玄関を開けると、我が家のものではない見知った靴があった。
おいおい、また来ちゃってるのかよ。
どんだけ小町のこと好きなんだ、あいつは。小町のプティスールなの? マリア様がみてるの?
やれやれ、一色いろはにあざといからかわれかたをして、あやうく俺の事好きなのかと勘違いして来たばかりなのに。
また、あざとい後輩の相手をするのかよ。
「ただいま」
誰に言うでもなく、ぼそりと帰宅を告げたつもりだった。
すると俺が見ていた革のローファーの持ち主が返事をしながら出迎えてきた。
「あ、おにーさん、おかえりなさーい。お邪魔してマース」
なに、俺のこと待ってたの?
そういうのまだ早いですしマジありえないんで戸塚くらい素直な可愛さになってから出直してくださいごめんなさい。
なんてな。うっかり照れ隠しで一色のようなことを考えてしまったが、これやっぱり照れてるんじゃねーの。ソースは今の俺。
神野めぐみは圧倒的な社交力を持っていて友人が非常に多く、自他ともに認める美少女で、スクールカーストの最上位に位置する。通常では縁のないタイプの女の子だ。ま、そもそもどんな人間とも縁がないんですけどね。
そんな女子からお出迎えされると妹より年下でも少し意識してしまう。
「お、おう……いらっしゃい」
気恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻きながら返事をすると、玄関前にやってきた神野めぐみはにこぱーっと満面の笑みを浮かべ、ポニーテールを揺らしつつ言った。
「おにーさん、喉乾いたでしょう? はい」
彼女が俺の前に出したのは、缶のドクペだ。どこの鳳凰院凶真さんですかねえ?
とりあえず受け取ると、重さから半分くらい飲まれていることがわかる。
よく見たらプルタブも開いている。
「これ、お前が飲んでたんじゃねーの」
「そうですよ?」
「じゃあなんで俺に」
当然の疑問を投げかけると、なんでもないような顔で
「喉乾いてるかなーっと思って♪」
とだけ言った。
――妙だ。
カンカン照りの夏の日、でもないのに。
缶は少しぬるくなっている。
たまたま今飲んでいて、俺がのどが渇いているからあげた。というシチュエーションには程遠い。
なんというか、まるで――半分飲んだ缶ジュースを俺に渡すために待ち構えていた、ような感じだ。
なぜ、そんなことを?
訝しむように彼女を見る。
子供がいたずらをしているような、楽しくて仕方がないという顔。
唇の端が上がっている。
よく見るとリップをつけているのか、少し艷やかだった。
改めてドクペを見ると、飲み口に何か付いている。指で少し触ってみると、それが彼女の唇に塗られているものと同じであるとわかった。
ああ、これに口をつけると間接キスになるんだな。そのことを否が応でも感じる。
「ど、どうしたんですかー、おにーさん? 飲まないんですか?」
動揺を隠しているように見えた。
こいつ、まさかわざと間接キスさせようとしてんのか?
「いや、これ、俺が飲むと間接キスにならないか?」
「あ、あー、そうなっちゃいますかね~。あたしは別に気にしませんけどー」
気にしてなかったらそんなにワチャワチャしねーだろ。神野さんは不器用。
しどろもどろになりながら、目線を俺とドクペと床と天井にぐるぐると回転させる。ランニングホームランでも打ってんのかな。20点くらい入ってるぞ。
ゆっくりと口を缶に近づけると、めぐみは目を見開いてグッと拳を握る。
そんなに見られたら飲めないんですけど……。
缶を離すと、ほっと安心したように肩を脱力させた。
また、缶を口に近づけると前のめりになって凝視してくる。
意識しすぎだろ……。
これが一色いろはだったら、例え間接キスであっても砂糖とスパイスをぶちまけたような甘く刺激的な印象を与えてくるだろう。
しかし、これは……もうお子様って感じだ。今どき、ちゃおやりぼんでももっと大人よ?
リアクションを楽しみながら、缶を近づけたり離したりしているうちになにやら悪戯心が芽生えてくる。まるで子猫と猫じゃらしで遊んでいるような、そんな感覚だ。カマクラも子猫のときはもっと俺に懐いてたんだよなあ。
俺はぺっと舌を出した。
一瞬、クエスチョンマークを頭の上に浮かべるめぐみだったが、その状態で缶を近づけると顔を真っ赤にして慌て始めた。
「なっ、ちょっと何してるんですか!?」
「いや、別に。ドクペ飲むの久しぶりだから、ちょっと舐めようかなって」
「舌を出しながら近づける必要ありますー!?」
「別にいいだろ。なんか問題あんの?」
「な、ないですけどー? 別におにーさんがどうやって飲もうと関係ないですし」
「だろ。なら問題ないな」
俺は、舌を高速で出し入れしたまま、ドクペの飲み口に近づける。ヒッキーはイジリーに進化した!
イジリー、なめまわすだ!
「わっ、わっ、わっ? なんですかそれ? 変態ですか!?」
思ったとおり、脚をジタバタさせて慌てふためくめぐみ。こうかはばつぐんだ!
俺は缶を猛烈にねぶり、舌で攻め、これでもかと舐め回した。
「きゃー! きゃー!? 何やってるんですか」
顔を両手で隠し、指の合間から俺を見ている。
「別に、缶ジュースの飲み口を舐め回してるだけだ」
「なんでそんなことするんですか!?」
「あー、いつもの癖だな。マックスコーヒーは飲み口まで甘いから」
「そ、そうですか」
俺の無茶な言い訳を信じたようだ。所詮中学一年生だよな。
つっても二年前の小町だったら騙されないけど。
「なぜかこれはレモンみたいな味だけどな。初めてのキスみたいな」
「わっ!? わわっ!?」
心臓に近い部分の胸を抑えて、内股になるめぐみ。
もうドキドキしすぎでしょ、この娘。どっきりどっきりドンドンでしょ。
間違いない、めぐみは間接キスで俺をからかおうとしたが、完全に墓穴を掘ったということだ。
さっき一色に翻弄された分を、取り返させてもらうかな。
舐め回したドクペをめぐみに向ける。
「妙に慌ててるな。これでも飲んで落ち着けよ」
「えっ!? ええっ!?」
「まー、俺と間接キスになっちゃうけど、気にしないんだろ?」
「も、もちろんですよ」
缶を受け取るめぐみ。
両手で缶の飲み口を見ながら、口を真一文字に結び、顎の下に
いじめすぎたか?
もう勘弁してやろう。
「なあ」
もういいと告げようとした矢先、めぐみは缶を一気にあおった。
つぶられた目は何かを覚悟したかのようにぎゅっと閉じられ、頬には赤みが差している。
ぷはっ、と缶を離しためぐみの桜色の唇は濡れて、一滴が垂れようとするところを舌でぺろりと舐め取った。
ゆっくりと開けられた瞳はとろんとして、普段の快活な表情とは違った色気を感じる。
まるで俺が直接彼女の唇を奪ったかのようなリアクションなんだが……。
彼女のあまりの表情に、俺まで口づけを交わしたような錯覚を覚えてしまう。
思わず目線を上に泳がして、頭をぼりぼりと掻いた。
「おにーさん、どきどき、したんじゃないですか?」
「ちょっとだけな」
どう考えてもお前ほどじゃねえけどな。
めぐみの表情を伺うと、
「んふふ、こーんなことでどきどきするなんて、お可愛いこと」
手を口元に寄せ、ドヤ顔で勝ち誇ったようにそう言った。
かぐや様ごっこがしたかっただけかよ。
全く、お可愛いことだ。
そこでリビングのドアが開いていることに気づく。
玄関先の俺たちをずっと生暖かい目で見守ってたらしき小町と目が合った。
――今日の勝敗、比企谷小町の勝ち。
感想貰ったら書くつもりだったのに、お気に入りと評価をかなり頂いてしまったので書きました。今度こそ感想が欲しいよ!