「お兄ちゃん、ちょっと付き合ってよ」
「そうか、ついに兄妹から恋人同士になるのか」
「ちょっとって言ってるでしょ? それに私達は恋人同士よりも深い関係だから。あ、今の小町的にポイント高い~♪」
「はいはい」
いつものように兄妹漫才を繰り広げる俺たち。妹のいない男子諸君が見ていたら嫉妬で怒り狂ってしまうに違いない。高坂京介も小町みたいな妹が欲しかっただろうよ、少なくとも5巻くらいまでは。
「で、どこにつきあえばいいんだ」
「まぁまぁ、ちょっとお買い物だよ」
この場合のちょっとは絶対ちょっとではない。
しかしわかっていてもどうしようもないことは世の中よくあることだ。妹のわがままとか、上司の間違った命令とか。働きたくねえ……。
「え、電車乗るの? 買い物だろ?」
「買うの、水着だから」
水着かよ。水着を選ぶのくらい彼氏と行けばいいだろ……なんて思わないよ絶対。
そんな男がいたら殺す。本当に殺すと問題があるから社会的に殺す。通学カバンにはやはちの薄い本をねじ込んでやる。俺も傷つくが、諸刃の剣を使用してでも殺る。
脳内で小町の水着きせかえパーティーというミニゲームを妄想していると千葉駅についた。スク水は八幡的にポイント低かった。
「あれ、どこいくの」
「乗り換えだよ。可愛い水着買うんだから千葉じゃ買えないでしょ」
「おい、千葉県民に謝れ、いや、せめて千葉市民に謝れ」
「はいはい、めんごめんご。お兄ちゃんの千葉愛はわかったからさっさと総武線乗るよ」
やっぱりちょっとじゃなかったぜ。まだ想定の範囲内だ。ちょっと驚いちゃったけど、アキバくらいまでは千葉のものと言っても過言じゃない。埼玉県民も池袋までは埼玉だと思ってるんだろ? そりゃちょっと図々しいぜ、赤羽くらいまでにしておけ。でもそんなこと言うと千葉県民は小岩までで我慢しろって言われちゃうかも。
脳内で埼玉県民とバトルしているとアキバについた。降りようとすると、小町に袖を引っ張られる。
「まだ降りないよ。なんでアキバだと思ってるの? 水着買うんだよ?」
言われてみればそうだな。水着のフィギュアを買うんじゃなくて水着を買うのだった。
え、じゃあどこいくの……。
ていうかなんで教えてくれないのかしらん。
中野まで行くのかと思いきや、なぜか代々木で降りようとする。アニメーション学院に行っても水着は売ってないと思うんだけど?
向かった先は改札ではなく山手線ホーム。もうわからん。俺はカーズのように考えるのをやめた。
すると意外にもすぐに降りるよう背中を押される。
げ。駅名を見て思わず目が腐る。
ちょっと? ここはアウェイすぎるんですけど?
「おい、俺はここはちょっと」
「はぁ? 今どきJCが水着買うなら原宿に決まってるじゃん」
「何そのセリフ。きりりん氏なの? どうせなら直葉みたいな妹がいいんだけど?」
「何気持ち悪いこと言ってんの、いいからさっさと来る」
袖を引っ張られながら、きゃりーぱみゅぱみゅみたいな街を連行される俺。龍が如くみたいな街のほうがよっぽど気が休まるんですけど。その辺のギャルと目が合ってバトルに突入されたらどうしよう……。ふえぇ、怖いよう……。
「あ、おにーさん、待ってましたよー」
そこには原宿がとても似合う女の子が待ち構えていた。つまり俺は苦手だ。
クレープをかじりながら俺に手を振るのは神野めぐみ。小町より2つ年下の友人で最近妙に会うことが多い。
彼女は一生懸命オシャレをしてきている若い女子達の中にあってもひときわ目立つ。スクールカーストの最上位にいるであろう友達たくさんのリア充美少女だ。
「なんでお前がいんの? いや、俺の高校にいるより不思議じゃないけど」
「なんでって、私が水着を買うのを手伝ってくれるんですよね?」
きょとんと目を丸くするめぐみ。謀ったな、小町!
真意を聞こうとするが、すでに忍法雲隠れの術を使われていた。どうなってんだってばよ。
「あ、おにーさん、私の水着姿を見るからって動揺してるんですね?」
ぷぷぷと言わんばかりに指先を口元に当てて、ニヤつくめぐみ。動揺してるのはそういうことじゃないのよ?
西武ドームのライオンズスタンドに放り込まれた、マリーンズファンのような心境だからなのよ?
「まー、わかりますけどねー、ドキドキが隠せない気持ち。うふふ、私はただ水着を選ぶのに男性の意見も聞きたいなーって思っただけなんですけどー」
だったらこんな遠いところまで俺を呼び出さないでもらえる? 俺は君の召喚獣じゃないのよ?
まあ、いつも千葉まで来てもらってるわけだし、たまにはいいか……。別に俺が呼んでるんじゃないけど。
頭をぼりっと掻きながら、現状を諦める。八幡、諦めるの得意。
「で? 水着買うんだろ? さっさと選ぼうぜ」
「あたしの水着姿を一刻も早く見たいからですか?」
ん? と耳横の髪束を触りながら問いかけるめぐみ。
「いや、早く帰りたいだけなんだけど」
「ふぅ~ん?」
見え透いた照れ隠しですね、みたいにニヤニヤしているけど、俺はマジでそう思ってるんですよ?
めぐみはゴテゴテしたケーキみたいな店に入っていく。俺には何の店なのかもわからん。
置いてあるものは服のようなものとかメガネのようなものとかアクセサリーらしきものとか、うんやっぱりわからん。諦めよう。八幡、諦めるの得意。
「こんにちは~」
「こんにちは~、今日は水着を見に来たんですー」
「そうなんだ、上の階に新作のコーナーあるからどうぞー、彼氏さんもどうぞー」
え、なんで店員タメ口なの?
お前らいつの間に友だちになったの?
「おにーさん、彼氏と間違えられたからってあたふたしすぎですよ? んふー」
いや、あたふたしてる理由が違うんだよなあ。お前らの会話にあたふたなんだよなあ。
彼氏ってあまりに似てないから兄妹に見えなかっただけだろ。小町みたいにアホ毛ねえし。
店員もお似合いだと思ってないと思うよ? レンタル彼女だと思ってるまである。
大体、なんで嬉しそうなの? 一色だったら「彼氏に間違えられたからってワンチャンあるかもしれないとか調子にのったら可哀想なんで今のうちに断っておきますごめんなさい」とか告白してないのに振られるところだよ?
困惑している俺を尻目にずんずんとダンジョンの奥に行くめぐみ。俺はまだレベル上げしないとそっちに行けないよぉ……。
新参者のMMORPGプレイヤーの心持ちでいると、中二階に上がる黒い鉄の階段の途中で振り返っためぐみがまたニヤニヤしている。
「んもー、あたしの水着姿を見るのがそんなに恥ずかしいんですかー?」
そういうことにしていいから一人にしないで欲しい。
ぼっちの俺がぼっちを怖がるくらい恐怖の場所だ。
「ちょっ、距離近くないですかっ?」
触れるか触れないかの距離に近づくと、俺の顔を見上げたまま焦るめぐみ。
二人パーティーみたいにすぐ後ろについてないと不安なんだよ……。
千葉のショッピングモールですら女子の行く店に入ってるのは周囲の目が気になって仕方がないのに、原宿の女子向け水着売り場なんて存在しているだけで通報されかねない。
「いや、そのすまん、こういう場所慣れてなくてな」
「あー、ですよねー? じゃあ、こうしちゃいますね♡」
そういうと腕を絡め取ってくる。こっちから近づくとやたら慌てるわりに自分からは距離を近づけるのは平気なのな……。
店内でこんなバカップルみたいな真似はごめんなんだが、状況的にはこの方が楽だ。通報されないし。
階段を上がって少し奥へ行くと季節モノの売り場なのだろう、トロぴかーる恋してーるな空間だった。でかいパイナップルの浮き輪やら、日光を遮る機能を失ってるサングラスやらが売られている。
ナイトプールでも行ってインスタグラムでもするためのアイテムなんだろうか。三浦と由比ヶ浜達もそんなんしたりすんのかなー、似合いそうだけどなんかやだなあ。
「ほらほら、おにーさん、こういうのどうですか?」
なにこの面積が異常にない代物……ってスリングショットじゃねーか。中学一年生がこんなの着たら大変なことになるぞ。
「試着しちゃおっかな~」
「いやヤメて? 絶対俺が白い目で見られるから」
「いつも白い目で見られてるんだから、いーじゃないですか?」
「ちょっと? なんで知ってるの?」
雪ノ下みたいなこと言うのやめてよね。同じセリフでも目が全然違うけど。
「じゃあじゃあ、こっちとこっち。どっちが似合うと思います?」
両手にハンガーをゆらゆらさせて微笑むめぐみ。
赤いビキニと水色のフリルの付いたワンピースか。軽く想像してみる。
「どっちも似合うだろ」
「えっ」
「ああ、選べなくてすまん」
「いやっ、その全然」
わちゃわちゃと顔の前で手を振るめぐみ。こいつすぐ顔赤くなるな。
「せっかくだから試着してみようかな」
「あ、ああ」
とは言ったもののどうしよう。
試着室に張り付いてるのも変態だと思われそうだし、その辺の女子の水着を見てても変態だと思われそう。変態王子だと思われたら笑わない猫と会えるかしらん。
「おにーさんは、ここに立っててください。着替えたら開けますから」
指示されたので居場所の理由が出来た。命令じゃ仕方がないからな。
「覗いちゃ駄目ですよ~?」
ここで覗こうとしてたら即通報だろ。
そもそも地面に這うようにするか、台に登るかしないと覗くことは出来ない。小町のお願いだとしてもそんなことはしない。一生のお願いだったらするけど。
カーテンの奥から服を脱ぐ様子が音で伝わってくる。
「今、下着姿ですよっ」
「そりゃ脱いだらそうなるだろうな」
「んふふ、照れちゃって~」
別に照れていない。むしろ会話していると、ここに立っていることを不審に思われなくて助かる。
「ブラジャーを脱いでますよ~」
「そうか」
「ぱんつに手をかけましたよ~」
「そうか」
「んふふ~、一生懸命無関心を装うおにーさん、かっわい~」
一生懸命ドキドキさせようとアピールしてくるめぐみん可愛いな。
めぐみんとか言うと爆裂魔法使いそうだな。めぐみんはからかい上手な声してそうだけど、めぐみは下手くそだ。
こういうのは黙ってて服が脱げる音だけ聞こえる方がエロい。
「すっぽんぽんですよ~?」
「そうかよ」
そう返事した途端、しゃーっとカーテンが開いた!
「じゃーん!」
試着室で誇らしげにしているめぐみは、赤いビキニを着ていた。
「びっくりしたでしょ~?」
「あ、ああ、さすがに今のはドキッとしたぜ」
「んっふふ~、おにーさんのえっち♡」
いや、えっちとかいう問題じゃねえよ。
そんな場面を他の人に見られたらと思ったらヒヤヒヤだっつーの……。
「で、どうですか?」
「あ、ああ」
赤いビキニを着ためぐみは少し大人びて見える。中学一年生にしてはなかなかのスタイルだ。こんなのが同級生にいたら男はみんな惚れてしまうだろうな……。
「いいんじゃねえの? 似合ってて、可愛いと思うぞ」
「あ、ありがとう……ございます……」
可愛いなんて言われ慣れているだろうに、恥ずかしそうにうつむいた。
「じゃっ、じゃあもう一つの方も着るからいい子で待っててくださいねっ」
閉じられたカーテンを見ながらいい子で待つ、どうも俺です。
おっぱいの大きな小学生の話だっけ。あれはよいこか。
お兄ちゃんスキルが発動するから中一に待ってろ言われて素直に待ってしまう。なぜか外せないアビリティなんだよなあ。
再び、しゃーっとカーテンが開く。
「じゃじゃーん、こっちはど」
「やっぱり似合ってるし可愛いな」
「あ、あう」
「悪いな、お前が喋ってる途中で声出しちゃって」
「い、いえ、いいです、ケド」
水色のワンピースを着ためぐみはもじもじと体をくねらせた。
こちらのほうが年相応という感じがする。
「で、ど、どっちがその似合ってますか?」
「あ? ああ……どっちも似合ってるよ。自分の好きな方でいいんじゃないか?」
大体こういうときは俺が選んだ方じゃない方を買うことが多い。小町とか。
無駄に傷つくから聞いて欲しくない。
よってこの答えがベストだ。似合ってるのは本当だしな。
「それじゃー意味ないじゃないですか、あたしはおにーさんが選んだ水着が着たいんですよ」
そう言って、腰に右手を当てて、左手の指をふりふりするめぐみ。
うわ、これ本音なんだろうな……さっき男性の意見も聞きたいなーって思っただけだって言ってたのも忘れちゃってるんだろうな。
いかん、さすがにこれはちょっと来るものがある。これが俺の欲しかった本物なの? ついに本物を手にしてしまったの?
いつものキャラ作りのような芝居がかった態度より、こういう素直なセリフの方が断然魅力的だ。
気恥ずかしいのを誤魔化すように、頬を掻きながら一つの水着をチョイスする。
「じゃあ、このセーラータイプのやつはどうだ? 小町が着てたのに似てるんだが世界一可愛かったぞ」
「うわー、おにーさん、さすがに引きます。それ以外にしてください」
初めてめぐみからジト目で睨まれてしまった。
似合うと思うんだがなあ……。
「全く、なーんでみんな妹のコトばっかり好きなんだか」
めぐみは腕を組んで鼻を鳴らした。
そうだよね。間柴了とか妹好きすぎて怖いもんね。
俺も小町を守るためにフリッカージャブの練習しようかな。
でも、川なんとかさんに一発KOされるイメージしか沸かない。やめよう。
そんな想像をしつつも、水着を物色。
「これなんかどうだ? お前の元気そうなイメージのオレンジでスタイルの良さもわかるビキニタイプ。パレオも付いてて俺の中ではポニーテールと相性抜群」
俺の熱弁を聞いてほあっと口を開けるめぐみ。
また引かれてしまったのかもしれん。
「好みが聞ければ良かったのに、あたしのこと考えて選んでくれたんですね~! しかもスタイルが良いとか、んも~えっちなんだからっ♡」
めぐみはぱあっと満面の笑みを浮かべると、両足をぴょんぴょんと跳ねさせて喜んだ。
ここまで素直に喜ばれると照れるんですけど。
この水着の試着のときだけは、一生懸命無関心を装うような努力をした。
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今まででダントツの反応をいただいており嬉しい誤算。
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