「よし! 帰るか!」
「なんで帰るときが一番嬉しそうなんですかっ」
神野めぐみは大変不満そうにぷくっと頬を膨らませた。
だって原宿なんて存在しているだけでダメージを受けるし。歩くたびにズガッズガッって音が聞こえてくるしステータスウインドウが黄色いし。あらやだ、もうすぐ死んじゃう。キメラのつばさは原宿に売ってませんか? 結構インスタ映えすると思うよ? 知らんけど。
「ショッピングの後はカフェで休憩って決まってるじゃないですかー?」
なにそれ? なんで決まってるの? ギャルの鉄則? 寿蘭がそう言ったの? スーパーGALSが言ったんじゃあしょうがない。従うか……。
諦めて周りを見渡す。
なんで行列作ってんだかわからない店ばかりが目につく。実は薄い本も売ってるんでしょうか。そうじゃないと意味がわからない。ラーメンならまだわかるが、ポップコーンって……。しかもラーメンより高い。イミワカンナイ!
転生した異世界の方がよっぽど理解できるよなぁ……と思いながら、この街の中に目線を泳がせているとうってつけの看板を見つけた。
「店はあそこでいいか?」
「いやアレ、カフェはカフェでもネットカフェですよっ?」
「漫画も読めていいぞ」
「読みませんよっ!? なんで目の前に美少女がいるのに漫画なんて読もうとするんですかっ。そもそも今日は、パンケーキ食べるって決めてるんですから~♡」
パンケーキ? なにそれパンさんのケーキ? つい目を輝かせる雪ノ下を想像してしまった。空想上の雪ノ下は可愛いんだよなあ、実物は冷たい。
まぁ甘い物は嫌いじゃないから、とりあえず良しとする。
めぐみは腕に抱きついてくると、マーチのように絡ませていない方の腕を振り上げつつ行進を始めた。俺の心境はガンパレードマーチですけどね……。周囲の奴らが幻獣に見えるもんな。
数分ほどめぐみに引っ張られると目的地に着いたようだった。腕を組まれて歩くのもすっかり慣れてしまったな……。
「おいおい大行列じゃねえか」
パンケーキとやらも行列が出来てた。並ぶの好きだなこいつら……。若い女子のグループかカップルしかいない。
「じゃあ諦めるか」
「並びますよっ♪」
「諦めようぜ」
「並びますよっ♪」
駄目だ、この選択肢は選んでも永遠にループするタイプのやつだ。
俺が抵抗を諦めた。つくづく諦めるのが得意だな俺。
並んでいる前のカップルは、何が面白いのかユーチューバーのことだかなんだかで盛り上がっている。
こういうとき普通は雑談をするのだなあ……。
俺とめぐみでは会話の共通点などないだろう。
あらゆる人と友達になるめぐみと、あらゆる人と友達にならない俺。なにこれ矛盾? 俺とめぐみが友だちになろうとしたら宇宙が崩壊しちゃうかもしれない……。
こんなことを考えながら黙って時間を潰すのは問題ないが、こいつが退屈するだろうな。
ふう、と一息つきながら、ようやく開放された腕を動かして両手をズボンのポケットに突っ込む。
少し曇ってきた空を見上げて、無理やり天気の話題でも探しているとめぐみが声をかけてきた。
「おにーさんってー、ラノベ読みます?」
……は?
ラノベ? ラノベと言ったか。こいつが?
どっからどう見ても読みそうにない。どう見てもラブベリーくらいしか読まなさそう。花とゆめですら読まないように見える。
ははーん、わかったぞ。俺の知っているラノベじゃないんだ。一体なんのことなのか……。
ライトニングノベルティ? もれなく光るペンが貰えるよ、とか。なーんか違う気がしますね……。
熟考に入った俺を見て首をひねるめぐみ。
「知らないんですか~? ライトノベルですよライトノベル。キモオタが読むやつですよ~」
どうやら俺の知っているラノベだった。そして認識もあっていた。
「ちょっと? 俺のことはキモオタでいいからラノベ好きのことをキモオタって言わないでくださいね?」
俺があっちゃんばりの演説をするとめぐみは手を合わせて謝る素振りを見せた。こりゃ2代目前田敦子を襲名するのは俺かもわからんね。13代目まで継承する望みが出てきたよ!?
「ごめんなさーい、キモオタ小説って言っちゃいけないんでした~。でも、読んでますヨネ?」
まぁね、言うのはヤメたほうが良いけど、思うのは自由だからね。
思想の自由は大事だからね。俺って寛大。
「ああ、読んでるよラノベ」
「やっぱり! そうじゃないかと思ってました!」
それって俺をキモオタだと思ったって言ってるようなもんですよね……。いや否定はしませんが。
「実は~、あたし最近ラノベにハマってて~」
ええ? 嘘だろ? いや、嘘だ。
「アレだろ、お前。漫画大好きって言っときながらワンピースくらいしか読まないみたいな感じだろ」
「えっ、なんでわかったんですか~!」
大きな目を見開いて驚くめぐみ。ほーらね。
ラノベだってどうせハルヒとSAOくらいしか読んでないんだろ。あれ? それって十分じゃね? バスでSAO読んでる女子中学生を見かけたらちょっと好きになっちゃうまである。
それにしても俺とこれだけ会話が続くって凄いよなこいつ。友達が多いやつのコミュ力半端ねえな。
「漫画はそんなに読まないんですけどー。友達のおにーさんがラノベ作家なんですよう。その影響で読み始めたんですけど」
ほーん。俺もいるよ、知り合いに書かないラノベ作家。あいつを作家と呼んでいいかはともかく似たようなもんだろ。つか、あれは間違いなくキモオタだ。面と向かってキモオタだって言っちゃっていいですよ。
「和泉マサムネ先生って言うんですけどねー」
「えっ!? 転生の銀狼の!?」
思わずめぐみの肩を掴む。
ブラウンの瞳を丸くしながらコクコクと首を縦に降るめぐみ。
うっそ、マジかよ。え、マジ?
「あれは微妙ですけどネッ」
「え、あ、そう? 俺は嫌いじゃないけどね。特に絵が」
好きなものを微妙と言われてしまったときに引き下がってしまう俺。
本当はかなり好きなんだよなあ……。
「じゃあお前は」
「あたしはマリア様がみてるとか好きですよっ」
「ほう。何薔薇派?」
ジョジョが好きと聞けば、何部が好きかと問う。
ドラクエが好きと聞けば、好きなナンバリングを聞く。
マリみてなら、当然、どの姉妹派を聞くのが筋というものだろう。ぼっちだから知らんけど。
「どれも捨てがたいんですけど~、黄薔薇ですかね~」
「ほー……俺は白だな。志摩子さん」
「へー、意外ですね! でも、そっか~、志摩子さんみたいのが好きなんですね……」
やっべー、超楽しい。ぼっちだからこんな会話したことない。
きりりん氏が黒猫に出会ったときの気持ちでいると、めぐみはわかりやすくテンションを下げていた。
楽しすぎて地雷でも踏んじゃったのかしらん。"
心配そうな顔に気づいたのか、めぐみはいつものようににこぱーと笑いながら腕を引っ張る。
「あ、もう入れるみたいですよ~?」
レンガで出来た家みたいなところに木のテーブルや椅子が並んだカフェ。店員達も黒いエプロンに白いブラウスと正統派のカフェといった風情だ。うん、間違いなくアウェイ。
とはいえ、めぐみばかりを凝視するわけにもいかず周りの奴らを見渡すとどいつもこいつもなぜかホットケーキばかり食っている。
「おい、めぐみ。みんなホットケーキ食ってるぞ」
「あはは、パンケーキですよ。あれがパンケーキですよっ」
え? いやあれはホットケーキだよ。だってさくらちゃんが食べてはにゃーんってなってたし。ケロちゃんも食ってたし。
「んふふ~、これが今JCに流行ってるんですよ!」
ほーん。こんなもんがインスタ映えすんの? じゃあ、さくらちゃんがホットケーキ食ってるところもインスタ映えするの? そんなのするに決まってる。Instagramどころか知世ちゃんがYoutubeにアップしてるまである。パンケーキ、ちぃ覚えた。
「おにーさんは何にしますー?」
「お前が好きなの選んでいいよ」
自然に相手に選択を委ねるとめぐみは遠慮することなく「ありがとーございます」とお礼を言った。
こういうとき自動で発動するお兄ちゃんスキルはある意味便利だ。
注文を終え、とらドラ! の話をしているとウェイトレスが注文したものを持ってきた。
恋ヶ窪先生が結婚出来ないくらいだから平塚先生が出来ないのはやむを得ないんだよなあ……。早く貰ってあげて! 恋ヶ窪先生なら、とらドラ・ポータブル!で俺が幸せにするから!
独身先生に思いを馳せつつウェイトレスがパンケーキとカトラリーを並べ終わるのを見守る。
で、写真を撮るわけだな。
「まずパンケーキだけ撮りますね~」
「おう」
「その後、あたし達も一緒のところ撮りますよっ」
「あいよ」
わかってたとばかりの返事をすると、めぐみは少し不思議そうに、少し疑うようにこちらを睨む。
「おにーさん、意外に把握してますネェ? まさかとは思いますが……ないと思うんですが……ありえないとは思うんですが、まさかこういうデートしたことあるんですかっ?」
そこまで可能性ないの? いや、ないけど。ところが実はあるんだよなあ。どっちだよ。まぁ、一色とのデートの練習の経験があるわけだ。
「部活で、ちょっとな」
嘘はついていない。あれは葉山隼人とデートをしたときの予行練習を一色に頼まれたから奉仕部としてしぶしぶ休日出勤しただけだ。やだ俺ってほんと社畜。
「へー。部活。へー」
ジトリとした目で俺を疑うめぐみ。そんな部活があるかとでも言いたげだね。俺も無いと思います。
「お待たせしました」
ウェイトレスがドリンクを持ってきたようだ。助かった。
――いや、助かってない。何だこれは。
「ちょっと? これは一体?」
「これがアイスティーのダブルです」
むふんと胸を張るめぐみ。注文のときダブルって言うから二つ来るのかと思ったら、二倍量のことだったらしい。
それはいいが、これ……。
一本のストローが途中で別れているだけ。
いわゆるカップル用ってやつなのか……。
周りを見回すがそんなの頼んでるやつはいない。
「よし、先に飲んでいいぞ」
「ムフ♡」
俺がレディーファーストという紳士の行動を取ったにもかかわらず、あだち充キャラのような笑い方をするめぐみ。そう言えば新田の妹にちょっと似てるかもしれん。
「おにーさん、ひょっとして照れてるんですか~、かっわいい~」
「いや普通に恥ずかしいだろコレ」
もはや恥ずかしがることを恥ずかしいと思わないくらい恥ずかしいよ。
お前とだから恥ずかしいんじゃなくて、相手が誰でも恥ずかしいんだよ。だから照れてるっていうのとちょっと違うんだよなあ……。
「おにーさん、どうぞ」
満面の笑みでストローに向かって手のひらをずずいと出す。薦められれば薦められるほど手を出さない、どうも俺です。気をつけないと絶対ツボとか買っちゃうからね。
「ドゾドゾ」
嬉しそうな顔を隠すこと無く、ひたすら手のひらを何度も俺に差し向けるめぐみ。ブッチャーなの? 正直、地獄突きの方がマシなんだよなあ……。
ふー。目をつむって天井を仰ぐ。
ゆっくりと回るプロペラのようなものがいっぱいあった。これも意味わかんないんだよなあ。
絶対俺が飲もうとした途端に顔を近づけるってわかってるんだが、めぐみが諦める可能性はない。結局俺に選択肢などない。
ゆっくりとじわじわとストローに顔を近づけると、めぐみがシンクロするように近づく。
それを見てじわじわと顔を離すと、めぐみも距離をとった。
シンクロ率高すぎだろ。瞬間、心重なっちゃうよ? 俺のATフィールドは全開なんですけど?
ところがスパロボ並みにあっさり突き破られるんだよなあ……。
暫く顔を近づけあったり、離しあったりしていると、周囲からクスクスと笑い声が聞こえた。
「ねえみてあれ」
「わー、かっわいー」
「付き合いたてかな、いいなー若いっていいなー」
「男の子の方、顔真っ赤じゃん」
そんな会話がぽしょぽしょと聞こえる。はい、恥ずかしさで人は死にますか? 答えはYESだね!
こんなことをしているくらいなら、さっさと済ませたほうがいい。
嘆息した俺はストローに口をつけようとすると、めぐみが突然手をあげた。
「あ、ウェイトレスさーん、撮ってもらっていいですか~」
なっ……。
これは想定外だった。
もともと周囲から指を刺されていたが、完全に注目の的。
「彼氏さん、こっち向いていただけますか?」
む、無理です。
綺麗なウェイトレスさんにそう言っていただくのは大変光栄なのですが。
「あ、この状態で大丈夫ですー♡ このチョー恥ずかしがりまくってるところの写真が欲しいんで」
恥ずかしがってないよなんて言えないよ絶対。
おそらくにこぱーと笑っているだろう彼女の顔を見ることもできず、首のあたりを見るのがせいぜい。細くて白いうなじは健康的で色っぽいには程遠い。だからこの胸の高鳴りはあくまで恥をかくことへのもので、彼女の魅力とは関係がない。ないと思う。ないということにしてくれ。
結局途中がハートの形になったストローの両端を、横ピースサインで嬉しそうに笑うポニーテールの美少女と、必死でなんでもないようにしようとして死んだ魚の眼をキョドらせる男の写真が撮られた。
八幡が志摩子さん推しなのかどうかはわからないですねえ。城廻めぐり先輩のことは素直に好意を示すからやっぱり優しいお姉さんタイプが好きなんじゃないの、ということで。