洞窟には異様な光景があった。
巨大な大鬼。
今まであってきた小鬼とは訳が違う。
まさしく鬼の神だと感じられる威圧感。
そしてそれの手下と思われる小鬼。
しかし、サイズは人間ほど。
他の小鬼と比べ異形の見た目をしているにほかならない。
それに接近しているウィルバーと後方の叶彗と時雨。
正しく異様だった。
「敵は2体ですか…」
「だけど、片方は中型のボスエネミー。もう片方もノーマルエネミーとはいえ他の小鬼とは違う姿をしている。うーん、手強い」
時雨とウィルバーは冷静に敵を見やる。
その後ろで叶彗は本を開いた。
「メサイア様」
「あれが叶彗さんの
黄色いローブをつけた長身の人型。
真っ暗な貌で異質な気配を感じる。
「《眷属召喚》《呼び声》」
空間が軋む。
またもや黄色いローブの腕から黒い水が滴る。
そこからは異形が生まれる。
そしてメサイア様と呼ばれたものが声を出す。
いや、それは声なのか。
何か音のようなものが聞こえた気がした。
しかし、理解してはならない。
聞こえてはならない。
それは正しく、中にあるはずのないものの声だから。
そしてほか2人の持つ禁書からも力が漏れる。
それは叶彗の禁書に吸い込まれる。
それは忘れられていた力。
この場所に来る前からあったのに関わらず、使わなかった力。
それは叶彗に大いなる力を与える。
叶彗がコインを打ち出す。
その時、メサイア様と呼ばれるそれが手を重ねたような気がした。
放たれるコイン。
轟音と共に宙を駆け抜けていったそれは。
鬼神の角を折り、額を貫いた。
ズズンっと音をたて、崩れ落ちる鬼神。
そばにいた小鬼は唖然とそれを眺めていた。
そこに鉄扇が飛来する。
くらくらと頭を震わせる小鬼にパンチが飛んできた。
正拳突きを食らった小鬼は目を回し、倒れ込んでしまった。
「えっ?……あっ!」
一瞬の出来事に、困惑しながらも紅璃は『鬼ノ舞』に念を送る。
本を閉じ、その力が出ないように鍵をかけるかのように力を封じる。
本から禍々しい気配が消え、禁書領域が少しづつ消えていくのを感じる。
そこで紅璃は気を失ってしまった。
失う直前。
倒れ込む紅璃を支えてくれる温もりを感じながら、紅璃は意識を手放した。
村で起こった騒動は何事も起きていなかったかのように村人の記憶に無かった。
気絶していた雪代公孝も翌日何も無かったかのように目を覚ました。
これは禁書領域が消えたことにより、禁書が与えた影響が消え去ったのだ。
怪我もトラウマも破壊跡も喪失も。
だが、1年前の惨劇までは消えない。
時間が経ちすぎてしまったからだろう。
そしてあの日、今日までの記憶を覚えていたものがいた。
紅璃だ。
紅璃だけ、あの場で起こったありえない光景を覚えていたのだ。
それは禁書を扱う力に目覚めた。
禁書使いになった事の証明に他ならない。
叶彗たちは帰る前に村に逗留し、紅璃にある程度の事情を語った。
「今回のこと。紅璃のことは聖ビブリオに報告しておく。整理が着いた頃に組織の人間が改めて来るだろう」
村の入口で別れの挨拶をしていた。
禁書は叶彗が更に封印を加え、所持していた。
相方に渡せばまた厄介事が増えるかもしれない。
「あんなものが世の中にあるなんて私知りませんでした」
「普通は知らないさ」
「でも、本から出てきたあの鬼は村に奉られている鬼神そのもので姿が歪められている事も感じ取れたんです。……私、この村を出ます!街の高校に通って皆さんのように誰かを助けられる存在になりたいんです!」
紅璃の決意は固く、揺るがないものだった。
村の入り口にタクシーが着いた。
3人はタクシーに乗り込み、街へと帰還する。
しばらくして紅璃が聖ビブリオ学園に進学を決めたことを知った。
いつか禁書『鬼ノ舞』の正式な所持者として叶彗たちと共に禁書災害と対峙する日が来るのかもしれない。