346プロダクション所属のアイドルだ。
そしてかつて俺のプロダクションに所属していたアイドルだった。
彼女が去ってから数か月後、社長であった俺は、一介の建築作業員として現場に立っていた。
「白菊ほたる」のデレステコミュ『UNLUCKY,but never plucked』を題材にしたもので、かつての社長の名前や設定は勝手に設けたものになります。
拙いものではありますが読んでいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
「昼休憩にするぞー!!」
現場監督の声が辺りに響いた。
ここは建築現場。
数多くの作業員が働くこの現場は俺より年下の若者ばかりだ。
翌年に控えた世界的スポーツイベントの為に急ピッチで建築が進む巨大プロジェクトの為だ。
俺は少し前まで小さいながらもとある会社の社長だった。
…俺はいったいここで何をしているのだろう?
「あれぇ?
俺のことを
田村はこのプロジェクトを運営する会社の社員で、現場管理者の一人として派遣されてきているヤツだ。
大卒で大手建設会社に就職し、今回の現場が初めての大きな現場なんだそうだ。
「いや、俺は…そんなに腹が減っていないんですよね。」
息子みたいな
コイツの会社は客だから致し方無いだろう。
「駄目ですよ、
田村はにこやかに笑うと、小走りで弁当を配っている場所へ向かっていった。
俺がこの現場に派遣されてきた翌日から、やけに俺に絡んできていた。
俺のほかに作業員はたくさんいて田村に
「
田村が幕の内弁当とお茶を持ってきた。
「あ、ああ。ありがとうございます。」
俺は弁当を受け取った。
「隣、失礼しますね!」
田村が俺の隣に座った。
田村は弁当を食べながら俺に何かを話しかけてきた。
俺はその話を適当に聞き流しながら弁当に箸を進めた。
「
田村が少し心配そうな表情で俺を見てきた。
「い、いや。大丈夫ですよ。気にしないでください。…あ、昼休憩が終わりですね。」
そう言うと俺は立ち上がり、逃げるようにその場を離れた。
「あ…!」
田村が何かを言いかけたが、俺はそれを無視した。
俺は誰にも心を開かない。
――――
ある日の休日。
俺は近所の公園に来ていた。
特に何をするでも無く、ただベンチに腰かけているだけだ。
視線の先には楽しく遊ぶ親子の姿。
とても幸せそうだ。
「あれぇ?
聞き覚えのある声、田村だ。
「田村さん、アンタ、どうしてここに?」
話し掛けられたら返事をしない訳にもいかないだろう。
「俺の家、この近所なんですよ。
「あ、ああ。俺の家も徒歩圏内なんでね。やることが無い日は散歩に来ているんですよ。」
俺はそう答えながら傍らに置いた鞄を持ち上げようとした。
適当に応対して、さっさとここから立ち去りたかったのだ。
カシャ!
その時、鞄に入っていた1枚のCDが零れ落ちた。
「
田村がCDを拾い上げた。
「
田村が俺が落としたCDを見ながら、少し興奮した様子で言った。
「いや、それは…」
「こ、これ、先日CDデビューが発表された白菊ほたるちゃんのCDじゃないですか!? まだ発売前なのにどうして?」
そう、俺が落としたのは346プロダクション所属アイドル、白菊ほたるのCDだったのだ。
田村の表情は興奮の表情が消えていない。
これは話さないと一歩も引かなそうだ。
俺は仕方なく、俺の過去について話し始めた。
―――
「田村さん、俺は去年まで、小さいながらも芸能プロダクションの社長だったんですよ。」
俺はベンチに深く腰掛け、話し始めた。
「
田村が驚きの表情を浮かべた。
現在の俺は下請け会社の社員だ。
田村が俺の経歴を知らなくても仕方ないだろう。
「そしてその白菊ほたる…さんは俺のプロダクションに所属していました。」
「え、えええええ!?」
驚くのは無理もない。
アイドル・白菊ほたるはこれからCDが発売され、輝かしい未来が来るかもしれない、そんな子だ。
対して俺は日陰にいるような男だ。
結び付き等、全く想像できないはずだ。
「お、俺、この子のファンなんですよ! CDも絶対買おうと思ってて!! ほたるちゃん、どんな子でした?」
田村が顔を輝かせながら言った。
「白菊は…」
質問に答えるように、俺は口を開いた。
―――
俺にとって、この公園は思い出の場所でもあった。
俺のプロダクションは小さかったから、アイドルのスカウトやマネジメントは俺自身もやった。
白菊ほたるはその中でも有望株の一人だったんだ。
レッスンに対する姿勢は真面目で、弱音を吐かなかった。
表情に影を差すこともあったが、それでもハイレベルのレッスンについてきてくれたんだ。
たまの休み、俺はほたるや他のアイドル達をこの公園に連れてきた。
『社長さん、私はトップアイドルになれるでしょうか?』
『社長さん、私、レッスンが楽しいです。厳しい先輩もいるけど、それでも私は夢に向かって頑張りたいんです!』
『社長さん、私、前の事務所ではまともにレッスンも受けさせてもらえなかったけど、今はたくさんレッスン出来て幸せです!』
この頃の白菊ほたるは、ぎこちないながらも俺に笑顔を向けてくれた。
だが、それは半年ももたなかった。
俺のプロダクションが倒産したのだ。
はっきり言って、それは俺の責任が大きい。
俺はアイドルにもっと羽ばたいてもらいたかった。
その為、身の丈以上の資金を投資した。
だがそれは俺のプロダクションの経営を圧迫した。
資金繰りが悪くなる中、俺の精神は圧迫されていった。
一人、また一人とアイドルや社員が去っていく中、ほたるとその一人の先輩アイドルだけが残った。
俺は何とか、この二人だけはCDデビューさせてやりたい…。
それが所属事務所の社長としての責任だと…。
曲を作り、レコーディングの手前まではこぎつけた。
だがそれは叶わなかった。
『あ、あの……!
どうして、事務所じゅうに赤い札が貼ってあるんですか?
今日は、初めてのレコーディング、させてもらえるはずじゃ……』
今でも暗い表情で話すほたるの顔が目に浮かぶ。
本来であれば、ほたるとその先輩アイドルのデュオのCDがレコーディングできるはずだった。
俺はほたるに、言ってはいけない事を言ってしまったんだ。
『レコーディングだぁ!? バカ言うな!
お前の不幸とやらのせいで、俺のプロダクションは倒産だ!
とっとと出ていけっ、この疫病神め!』
そんな訳があるはずもない。
確かに、ほたるは最低でも二つ以上の事務所に所属し、それらが倒産したと言う過去があった。
だがほたるに事務所が倒産した原因があるはずもない。
俺は自身の責任を、守るべきアイドルに、たった13歳の少女に転化してしまったんだ。
―――
その後俺は事務所を清算し、今の下請け建築会社に再就職した。
昔取った重機の免許があったのが幸いしたのだ。
少しして、346プロダクションのプロデューサーと名乗る男が俺の前に姿を現した。
『あなたが岩本さんですね。私は346プロダクションのプロデューサーをやっています。』
その男が名刺を差し出した。
346プロダクションと言えば俺がやっていたのとは段違いの、大手芸能事務所だ。
そんなところのプロデューサーが、一体何の用だろう?
『…あの大手芸能プロダクションのプロデューサーが俺に何の用ですか?』
『岩本さん、これを…』
プロデューサーは一枚のCDを取り出した。
俺はそのCDを受け取ると目を見開いた。
『し、白菊…!?』
そのCDには儚げな視線を向ける、白菊ほたるの顔があった。
だがその顔はただ儚げなだけではない、暗がりに咲く一輪の花。
まさに希望を感じるそれだったのだ。
『私は白菊ほたるさんの担当をしています。白菊さんが是非、発売前にあなたに聞いてほしいと言っていました。』
俺に、俺に聞いてほしいだと…?
俺の手は震えた。
『あんたは、俺を馬鹿にしているのか? 俺の事務所は倒産した。俺は、俺は…』
俺はプロデューサーを睨みつけた。
『知っています。ですが、あなたはこれまで白菊さんを育ててきました。』
『な…!』
俺は口を噤んだ。
『今の白菊さんは、あなたの事務所でのレッスン経験が活きています。彼女自身の努力の部分が大きいですが、あなたは白菊さんに、しっかりレッスンを受けさせていたのが分かります。』
『・・・』
『私どもの事務所でもCDデビューまでに少々紆余曲折がありましたが、仲間達の支えもあり前を向くことが出来たんですよ。』
それは俺が出来なかったことだ。
本来であれば俺がしなくてはいけなかったことだ。
『そ、そうか。あの白菊がなあ…』
知らないうちに、俺は涙を流していた。
『岩本さん。それとこれを…』
プロデューサーが一枚の封筒を取り出した。
『これは…?』
『これは白菊さんの初公演のチケットです。白菊さんは、是非岩本さんに見に来てほしいと。』
俺はその封筒を受け取った。
俺はその場に両膝をついた。
『プロデューサーさん、白菊は俺を恨んでいないのでしょうか? 憎んでいないのでしょうか? 俺は白菊をデビューさせてあげられなかったばかりか、酷い言葉を浴びせてしまいました。自分自身の不甲斐なさを、あの子に転化してしまったのです。』
『・・・』
プロデューサーは少しの間、押し黙った。
俺は恐る恐る顔を上げてプロデューサーの顔を見た。
『白菊さんは、岩本さんの事を恨んでなんかいません。それどころか、感謝していましたよ。』
『感謝!? 俺に…?』
『はい。先程申し上げたように、彼女の基礎を作り上げたのはあなたのレッスンです。それに彼女は人を幸せに、笑顔にしたいという一心で頑張っています。』
プロデューサーが一呼吸おいて話を続けた。
『白菊さんは前を向いています。岩本さん、もしあなたが前を向きたいと思うなら、白菊さんの公演に来てあげてください。』
『白菊…』
俺はチケットを強く握った。
『ではここで失礼します。私はこれから、あなたがプロデュースしていたもう一人のアイドル、白菊さんの先輩にもチケットを渡してくるつもりです。』
プロデューサーは一礼すると、背を向けて歩いて行った。
―――
「そ、そんなことがあったんですか…」
田村が神妙な表情で俺の話を聞いていた。
「はい。俺は白菊や他のアイドルを不幸にしてしまった。俺は…」
「待ってください!」
田村が俺の言葉を制した。
「…田村さん?」
俺は目を丸くした。
「
「い、いやそれは…」
俺は口を噤んだ。
そもそも俺は行っていいのか?
いくら彼女が俺を憎んでいないからと言っても…
「
「だ、だが俺は…」
「ほたるちゃんはあなたに来てほしいと言って、そのチケットを渡したんでしょう!」
「だが俺は白菊に酷い事を言った人間なんだぞ…」
「でも、ほたるちゃんの事を話してた
俺は、明るい表情をしていたのか?
ほたるは、人を幸せに笑顔にしたいからアイドルをやっている、と言っていた。
俺の下にいた時から、きっとそうだったのだろう。
「…分かった。俺は白菊に会いに行きますよ。」
「うんうん、そうするべきです!!」
「…その代わり、この日だけは作業を休みにしてくださいよ。」
「ん、んぐ! が、頑張ります! …それと、できればほたるちゃんのサインを貰ってきてくれませんか?」
「はいはい。」
俺は苦笑いしながら答えた。
一月後、俺は白菊ほたるの初公演の会場を訪れた。
田村は、俺の為にこの日が休みになるように調整してくれた。
会社の中では新人に癖に、強引に頑張ってくれたらしい。
これは意地でもサインを貰ってあげなくてはな。
会場には多くのファンが訪れていた。
このファンの数は、今までのほたるの努力の賜物なのだろう。
「あ、岩本さんですね。良く来てくれました。こちらへ…」
俺にチケットを届けてくれたプロデューサーが、俺を関係者入口に通してくれた。
扉を開けると、可愛らしい衣装に身を包んだほたるがそこにいた。
「あ…!」
ほたるが俺を見た。
「社長さん! 来てくれたんですね!」
ほたるが満面の笑みでこちらに駆け寄ってきた。
「あ、ああ。頑張ってるみたいじゃないか。お前のCDも、家で聞かせてもらっているよ。」
「本当ですか!? やったぁ!!」
眩しいばかりの笑顔だ。
俺の下にいた時とは違う。
だが彼女の本質は変わらないはずだ。
俺が見出してあげられなかっただけで。
彼女は本当に良い仲間に恵まれたのだろう。
「社長さんが来てくれて、本当に嬉しいです。」
「呼んでくれたのは嬉しいが、社長さん、はやめてくれないか?」
「そうですね。でも、私にとって岩本さんは社長さんですから!」
そう言えば、岩本さんと呼ばれたのは初めてだな。
「なぁ白菊。お前は俺のことを恨んでないのか…?」
「・・・」
ほたるがぎゅっとこぶしを握った。
「…確かに色々ありましたけど、私は社長さんに感謝しています。あの時のレッスンが無ければ、私はここまでたどり着けていません。」
プロデューサーと言ったことと同じことを、ほたるが言っている。
俺はほたるが隠し事が苦手な性格だと知っている。
これはほたるの本心なのだろう。
「…私は、いろいろな人を幸せにしてあげたいんです! だからアイドル・白菊ほたるを見ていてください! 社長さんも笑顔にしてみせますから!」
ほたるはにっこり笑うとステージへと向かっていった。
その後、俺は観客席からほたるの姿を見つめた。
俺の席の隣にはほたるの先輩アイドル、俺が不幸にしたもう一人のアイドルがいた。
聞くと、この子はもうアイドルは引退してしまっているらしい。
「…社長、あの子、眩しいですね。」
隣の子が俺に向かって呟いた。
その顔は晴れやかな表情だった。
「ああ、そうだな。白菊は…」
俺の顔も、きっと明るい表情になっているはずだ
ほたるはファンだけじゃなく、俺達も笑顔にしてくれた。
固く閉ざした心を開いてくれた。
その日俺達が見た谷の底で咲く花は、白く眩しい一輪の花だったのだ