死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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兄ーレッスン

 さて、自分の部屋に帰ってきた俺は、まず自分の健康値を確認。

 

 健康値:5

 魔力値:26

 

 よし、絶好調だ! 普通は入院するレベルでも、俺には絶好調だ。生誕の儀まで約三日、ここからは健康値との闘いと言ってよい。

 今回の劇を行うにあたって、両親からは最大限の譲歩と言うか待遇改善をもぎ取った。

 そう、動物性たんぱく質だ。とは言えお肉ではない、そもそも俺を排除したい長老をぎゃふんと言わせるのに俺がエルフにとって禁忌となるお肉をもっちゃもっちゃ食べて生誕の儀に挑めばどう思われるか?

 それ以上に健康値5の俺がお肉を食べられるかと言う問題もある。前世でも病人がステーキを食べるかと言われたら食べないだろう、トロトロになるまで蒸して柔らかくなった鶏肉だったら食べられると思うが、肉食文化が発達していないこの国でそんな気の利いた物が出てくる可能性はゼロ。となれば有るもので融通してもらうしかない。

 

 そこで大量に確保してもらう事にしたのはヨーグルト。そう、ヨーグルト、有ったのである。

 ヤギ(パクー)のミルクが有ったのでもしやとは思っていたのだが、ちょっと前に料理に酸味があるソースが使われていたので聞いてみたらヨーグルトだった。

 そこに、ナッツの糖蜜漬けと芋っぽい奴や小麦っぽいものに少量の油を混ぜて焼き上げたものを混ぜ合わせ、最後にヤギヨーグルトの臭みをミントっぽい葉っぱで誤魔化せば完成だ。お好みでドライフルーツを加えても良い、つまりはグラノーラだ。

 と言う訳で、「私、この三日間は栄養の有るものしか食べたくありません!」と、事実上の三食これ一本でいく宣言だ。

 このグラノーラ? を作るにあたって王宮の台所にオラオラと大乱入。こっちは命が懸かってるので容赦も遠慮も慈悲もない。ヨーグルト単体で食べ始めた辺りで既にうわぁ……って空気が漂って、グラノーラを焼く段階で狂人を見る目をされて、とどめに貴重な糖蜜漬けのナッツを放り込んだ辺りで悲鳴が上がった。

 

 妹様にも食べて貰ったが、フルーツたっぷりのグラノーラはお気に召したご様子。両親はそんなもの食べて大丈夫なのかと心配していたが。

 

「これでお腹を壊したら夏中月に生誕の儀を行います!」

 

 と事実上の自殺願望をひけらかしてやった、それを聞いたお父様は真っ赤になってプルプル震えていた、おそらく健康な男児(つまりは前世の俺)だったらぶん殴られてる場面であろう。だがなにせ王自らが撒いた種、その上こちらは殴られたらその場で死にかねない身だ。「なんだったらその手で全て終わらせてみるか?あぁ?」とばかりに首を差し出すように睨み付けたまま近づいてやる。後ずさる父、追いかける俺、間に母が慌てて割り込んだ。

 

「覚悟があるのね?」

 

 コクリと俺は頷いた。なにせ夏中月を越えても後夏月だって暑い、それを越えると秋だ、秋は収穫期、エルフは畑を耕している訳ではないのかもしれないが、ナッツだって芋だって取れるのは秋、なにより冬支度がある、一年で一番忙しい時期なのだ。それを越えて冬となれば今度は寒さに殺される番だ。冬を過ぎれば春、一年経ってしまい、生誕の儀が汚されたとか難癖を付けられ、生まれて来なかった扱いにされかねない。

 そう考えれば生誕の儀は早ければ早いほど涼しくて良い。長老が余計な工作をする隙も無くなるし、時期も慣例通りで文句の付けようもない。

 加えて「どうせ失敗するだろう」と言う油断を誘えるのが良い。普通に考えて三日で戯曲のセリフを覚えきれる五歳児など居る訳が無いのだ。

 

「やらせてあげましょう、あなた」

「あ、ああ」

 

 父の威厳と地位がストップ安だ、俺はヨーグルトとナッツに買い注文。

 

「僕も、協力させて貰うよ!」

 

 そこに今まで空気だった兄が突然の参戦表明である、何事か?

 

「お兄様?」

「妹の一世一代の大舞台だ、兄である僕が黙って見ている訳にはいかないだろう?」

 

 うーん無茶だ、参照権の有る俺と違って、いくらイケメンエルフのチートをもってしても今からやれる事などたかが知れてると思うんだ。

 

「頼もしいですわ、お兄様」

 

 ニコッと満面のスマイルを披露したが正直全く期待をしていなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 で、俺はヨーグルトグラノーラをよく噛んで、無理やり流し込むように頂いた後、退去した自室で膨れるお腹をさすりながら満足げに微笑んでいた。

 

 健康値:5 こんなに無理やりご飯を詰め込むと健康値は下がる事が多かったのだが、あれだけ詰め込んで5を維持しているのはヨーグルトの整腸作用とかが影響しているのだろうか?

 待望の動物性たんぱく質だからと言う所も大きいのかもしれない。上手くいけば、ひょっとしてだが当日までに健康値が10の大台まで乗せられるかもしれない。そうすれば劇の成功率はグッと上がるはずだとほくそ笑んでいた時だ。

 

「ユマ! ユマ、入っていいかな? 僕だよステフ兄さんだ」

「ステフ兄さん?」

 

 突然の兄の訪問である。兄もあれでいて次期王としての厳しい教育があるらしく、部屋に遊びに来てくれる事は……いや、倒れる度にお見舞いに来てくれるから少なくは無いな。

 だけど元気な時に遊びに来ることは皆無なのだ、どうぞと部屋に招き入れてみるとお付きの人がサッとシダのすだれを開けて、両手に本を積み上げた兄が部屋に入ってきた。

 

「兄さま? どうしたのですか?」

「ゼナさんと父との戯曲だよ、いろんな解釈も有るしね、色々借りてきたんだ」

 

 言うなり、大量の本を机の上にどさりと置いた。大きくもない少女向けの机はたちまち占領される。

 

「えーと兄さま?」

「戯曲も作者によっていろいろな解釈が有るからね、セリフが少ないもの、特にゼナさんのセリフが少ないものを選べば今からでも何とか成るかと思ってね」

 

 言いながら比較的薄めの本を手に取ってどっかりと席に座りだす、ご丁寧に同じ本をもう一冊用意して向かいの席に置く始末だ。

 なるほどーなるほどねぇーーーうーん。

 

「お兄様?」

「なんだい? ユマ。まだ諦めるには早いよ、劇と言うのはね相手役の技量次第でサポートが効くものなんだ」

 

 しってる…………知ってるから、プロにお願いしようと思っていた。ところがこの兄、わざわざ本まで用意してセリフ合わせをしようとしている節がある、自分でやる気満々である。

 三日だぞ? 三日でセリフを、しかもサポートするってんなら相手のセリフまで覚えられんのか? この兄、家族愛が強すぎて暴走しかかってるのでは無いだろうか?

 

「お兄様!」

「なんだい?」

 

 ここは毅然と行く所だ。

 

「要りません」

「え?」

 

「要らないんです!!!」

 

 凍る空気、大惨事である、しかし今の俺に空気を読んでる余裕は無いのだ。

 

「わたくし、その本の内容はもう全部覚えておりますから」

「冗談だろ?」

 

 冗談である、覚えてなど居ない。ただし見ながら読み上げるだけの知能ぐらいは、持ち合わせがあるのだ、参照権のチート、今使わないでいつ使うのか?

 

「どこでも好きなページを(そら)んじて見せますわ」

「……わかった」

 

 真剣な表情でページをめくる兄、どうやら食堂の件はワンシーンだけ暗記していたと思われていた様だ。印象的な出会いのシーンだから良いかと思っただけなのだが、裏目に出たか。

 

「では、十四ページ目、僕の母パメラが父とお揃いの花冠を作ろうと花畑に向かうシーンを読んで見てくれるかな」

 

 そうそう、ここで我ら王族の家族構成と成り立ちを説明しておこう。それがそのまま戯曲の内容に成る訳だから。

 そもそも、王族だからってその馴れ初めが戯曲となる事は稀だ。実際に有った事件が、王エリプスの悲劇と恋と冒険の物語が、今をときめく大ヒット戯曲として完成してしまっているのだ。

 その内容はと言うと。

 

 ――パメラとパルメの仲良し姉妹、二人は同時に同じ人を好きになってしまう、当時はまだ王子だったエリプスその人である、ドキドキの少女漫画の様な恋の駆け引きの中で王の死や継承を巡るごたごた等があり、最終的に王子の心を射止めたのは姉のパメラ。

 涙ながらに二人を応援するパルメ、そして愛し合う二人の間に息子のステフも生まれてハッピーエンド……とはならなかった。

 森の花畑でお花を摘んでいたパメラが魔獣に殺されてしまうのだ。王エリプスは怒り、涙し、そして魔獣の一掃を決意し少数の部下と共に魔獣の掃討作戦を決行する。

 無謀に思われた作戦もエリプス王の剣と魔法により多くの成果を挙げていく、しかしある日森の奥で出会ってしまう、最強の魔獣、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)

 魔法に強い耐性を持ち、糸を吐き拘束し、素早く追い詰め無数の足で串刺しにしてくる。王は足で腹を突き刺されるも部下の奮闘により単身での逃走に成功。

 しかし傷は深く死に瀕していたところを女性冒険者ゼナの薬で応急処置をされ、帰還。パルメとゼナの献身的な介護のお陰で奇跡的な回復を果たしたエリプスはゼナと共に王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)の討伐を果たす。

 そして結ばれる二人だがそこは人間とエルフとの道ならぬ恋、ゼナは身を引いて冒険の旅に立ってしまう、傷心の王を慰めるパルメ、しかし不器用な二人はなかなか進展しなかった、それから一年後なんと赤ん坊を抱えて再び現れたゼナ。

 泣きながら謝るゼナと、同じく泣きながら私の子供として育てると誓うパルメ。そうして、正式にエリプスとパルメが結ばれセレナが生まれて今に至ると。

 

 いやー長いね、大長編だね、だいぶ端折ってこれだから、そりゃー戯曲にもなりますわな。

 吟遊詩人だろうが、語り部だろうが本だろうがこの話一色なわけ、その登場人物である俺も国民の注目の的だというのに、健康問題を理由に公の場に出ないと言うのだから、ハーフエルフの俺を王族と認めない勢力とは別に、悪気もなく表舞台に引っ張り出したい人も多くてこんな事になってしまったとそう言う事らしい。 

 その悲劇のヒロインが観衆の目の前で血反吐を吹いて倒れるところをお望みか?民衆は更なる悲劇を望んでいると?

 

 愚痴っぽくていけない、話が逸れた。

 

 そんなんだから本だって一冊で済ませると「おっ纏めたね」となる位で、長い奴だと上中下巻、劇だと三日間の公演となったりするんだから恐れ入る。

 読んだ事は有るものの盛りも盛ったり、そんな会話ホントに言ったとしても恥ずかしくて他人には教えてくれないだろ! と言うセリフのオンパレードだ。

 いや、短い本の内容だって王族に直接インタビューしてる訳じゃないから、公式発表のお堅い文章から盛りまくりなんだろうけどね。

 

「す、凄い、本当に全部覚えてる……」

 

 そんなわけで参照権の力で本の内容を読み上げると、兄は信じられないものを見たかの様な驚き様だ。それはそうだろう、本が好きだと、記憶力が高いと言っても全部丸ごと記憶してる様な奴は早々居ない。

 

「わたくし病弱でしょう? ベッドの中で本当の母親はどんな方だったのかとか、どんなつもりで母は、パルメは私を育てたのかとか考えてしまって……不安で不安で、戯曲を何度も読んだんです」

 

 兄、ステフの慈愛に満ちた眼差しが涙で潤む。

 

「大丈夫、僕も、パルメ母さんも、死んだ僕の母パメラだって、もちろん父上もきっとゼナさんだって、君の事を本当に愛しているんだ」

 

 泣きながら俺を抱きしめてくれる兄に罪悪感がチラリ、一方で「死んだパメラさんは俺の事知りもしないだろ」とか脳内で要らない突っ込みをしてしまう、宗教観のアレで見守ってくれてるって奴だろう。当然戯曲なんて一回しか読んでないし。

 

 そもそも、参照権の有る俺は母親の姿を知っている。乳幼児でも気っ風の良い感じで典型的な冒険者装備の赤髪の剣士だった。ゼナは謎が多い女性として戯曲でも扱われているのだが、参照できる記録(ログ)には謎を解き明かせる様な情報はまるで無かった。

 そりゃー赤子を背負って狩りに出かける様な事はしないよな。人間の村で俺を生んで、真っ直ぐ森を突っ切り、エルフの王宮まで向かってる模様。その間ほんの一ヶ月ほど、森の中の強行軍で赤子としてほとんど泣いて寝てるので、『参照権』じゃ何にも解らなかった。

 

 そんなこんなで、兄さんも諦めてくれるかと思ったのだが随分と粘られた。

 

「解った、解ったよ。だけどゼナさんと父上が愛を語るシーン、これだけは僕がやらせて貰うよ、可愛い妹の相手役を他の男には任せられないからね」

 

 はい、シスコン頂きましたー!

 

 この世界のラブシーンは相手を花と称えつつ、自分を群がる蝶へ例えて、蜜を吸うなんて表現が有ればあわや発禁処分と言う、曲解に曲解を重ねる様な宇宙の神秘を感じるお花畑時空だ。

 ちなみに母パルメが生誕の儀で朗読するのに渡してきたのが、母自作のドリーミー過ぎて全く意味が解らないポエム状態だったので、アレを朗読しないで済んだのは不幸中の幸いと言えるだろう。しかも、そのドリーミーポエムだって過激にすぎるかと母は人知れず悩んでいた様なのでもはや意味が解らない。

 

 そんなデリケートなラブシーンのお国柄で、簡略化された大衆向けの戯曲の内容は俺には穏当過ぎて意味不明でも、兄には妹が他人とベッドシーンを演じる様な物で、ここだけは絶対に譲れないと言う所らしい。

 

「わかりましたわ、わたくしもお兄様が相手なら恥ずかしがらずに言えそうです」

「そうだろう、では79ページ目からいくか」

 

 と、言う訳で読み合わせが始まったのだが…………

 

「ああ、どうして君は鳥の様に突然あらわれて、また鳥の様に飛び立ってしまうのか、もし僕に君を、と、と、閉じ込めるお、檻と勇気が有るのなら、君をま、毎日愛し、君のこ、こ、声を……」

 

 真っ赤になってポエムをつっかえつっかえ朗読する兄に不安を禁じ得ない。大丈夫なのか? コレ。


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