死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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舞台の裏で

 健康値:9

 魔力値:28

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

 舞台袖で俺は思わず声を上げていた。簡易型、いや通常型の健康値測定の魔道具を握りしめ驚きを露わにする。

 健康値が9など初めて見た。大台には乗らなかったものの想像以上のヨーグルトグラノーラ効果が有ったと言えよう。これはもう、これからもヨーグルトとナッツの大量摂取は約束されたかと、効果の出始めた段階で母上にそれとなく確認したところ、色よい返事は貰えなかった。

 

 そもそもだ、この世界のミルクは病人や子供が飲むもの、一種の薬だ。それはナッツも蜂蜜も同様で体に活を入れるための食材と言う扱い。栄養価が高いので理に適ってると言えるだろう。

 で、それを、それだけを、毎日三食食べると言うのは病人が「これからは栄養ドリンク一本で行く!」と宣言するようなモノで、そりゃー親だったらぶん殴ってでも止めたいところだろう。

 ただ折角元気になれたのに頭ごなしにダメと言うのも可哀想だから言えないだけみたいだったので。

 

「今まで通りの食事も頂きますから、たまには食べさせていただけませんか?」

 

 としおらしくお願いしたら、OKが貰えた、ちょろい。

 

 ただ、そんな風に良い事ばかりではない、そう溢れんばかりの熱気がこの舞台袖まで届いているのだ。天候の問題では無い。晴れてはいるものの温度はさほど高くなく、時折さわやかな風が吹いてくる。

 俺でもお庭で遊ぶ許可が平気で下りるぐらいに天候に恵まれたと言えるだろう、だからこの熱気の正体は別にある。

 

「うへぇ」

 

 舞台袖から観客席をのぞき込むと同時に、思わず呻きが漏れる。

 人、人、人の超満員、エルフだが。野外ステージは人で埋め尽くされていた。

 

「うひゃあ、すげぇ人だな! 知ってるか? チケットの代金、最終的には10グレメルまで行ったらしいぜ?」

 

 話しかけてくる少年は、本日の私の相手役の劇団員の子供だ。私より二つ年上で七歳。

 生誕の儀で劇をやる場合、当然の如く相手役が必要で、サイズ感を考えて歳が近い異性の子供が日ごろのお付き合いを通して用意される。それでも本当にどうしようも無い場合は、父親本人が代役して娘にプロポーズする事になる。

 急に決まったので普通は相手役など見つからないのだが、なんせ親の恋愛事情が大ヒット戯曲になってる関係で、劇団員ともなればセリフを(そら)んじれる子供だって、探さないでも普通に居たって訳だ。

 

「10グレメルも? どうしましょう……そんなに期待されてしまっても、わたくし……」

 

 まぁ! と口を押えてショックを表現する俺、いや、本当にショックだ。なんでチケットなんて売ってんだよ! 馬鹿!

 そもそも、生誕の儀なんぞ普通は他人の七五三、もしくはお遊戯会で、見せつけられる方がお金を貰いたいよ、と言うようなイベントだろう。それがまさかのチケット販売である。

 

 そもそも、当初は当然チケット販売の予定などなく、野外劇場でオープン公演だったのだが、三日前にして開催の報を伝えるや否や、来るわ来るわの問い合わせ。現場から当日の混乱を危惧してチケット制にするべきとのご注進。

 かくして、関係者をメインに、役場を通して少量のチケットを、思いの外嵩んでしまいそうな警備費や劇団への依頼料などの補填のために安価な値段での販売を行ったのだが。チケットの値段はダフ屋を通して高騰を続け、遂には10グレメル。どのぐらいなんだろう? お姫様なので金銭感覚は乏しいのだが、お城に近い高級住宅地のご家庭でも月給に当たるお値段……と言うから相当な額になったようだ。

 ヨーグルトとナッツに買いを入れてる場合では無かったなと、自分の客寄せパンダ能力に想像以上の価値が有ったことに戦慄する次第だ。

 

「大丈夫だよ! ユマ様が出ない場面で、先輩たちが10グレメルに相応しい、完璧な演技を見せてくれるハズさ!」

 

 少年はそう元気づけてくれる。

 そう、普通は生誕の儀は馴れ初めとプロポーズの二場面もやればむしろやり過ぎ、片方で良いというぐらいなのに、チケット販売の段になってもう公演にしちゃおうぜと戯曲全体を演じる事になってしまった。つまりお父様の伝説を最初からずーっと!

 そうは言ってもエリプス王の物語に俺の母、ゼナの登場シーンは少ない。

 当然、ゼナの役を俺が演じるので、それまで俺はお休みで、楽屋か舞台袖で待機しておけば良い訳だ。

 そこで俺が出ない部分では少年も出番は無く、おそらく普段通りの公演の様に人気俳優が完璧な演技を魅せてくれるはずだ。

 

 とは言え、普段の公演の料金を考えると10グレメルは4、5倍の価格なので、ちょっとあり得ない訳だが。

 

「だから心配すんなよ、例え緊張でセリフが飛んじゃう事が有ってもさ、俺がバッチリフォローしてやるからさ!」

 

 優しい少年が心配してくれているが、俺にセリフ忘れの心配はない。参照権プロンプター様がいる、緊張や疲れで声が出ない可能性はあるが、拡声器の効果が有る不思議なチョーカーが有るし、緊張の方はアレだ、そもそも求められてるのが五歳児の演技なのだから棒読みだって構わないと思っている。

 

「…………」

 

 それよりも……だ、馴れ馴れしくも話しかけてくる少年が気になる。優しくて兄貴風を吹かせてくるのは良いのだが、顔を赤くしてチラリチラリと様子を見に来る辺り、意識されてしまっているのでは無いだろうか?

 そもそも生誕の儀の相手役は家族ぐるみのお付き合いもあり、愛を語らうのを切っ掛けに、なし崩し的に親公認のカップル認定され、そのままゴールインも非常に多いらしい。

 そう考えると、うざったかった兄のラブシーン引き受けもファインプレーと言えるのでは無いだろうか。

 少年よ、君にお兄様のイケメンチートを超えられるかね?

 

「大丈夫です、普段から何度も読み直してますから一字一句間違えませんわ、でも、わたくし体が弱くて……もし途中でふらつく事が有ったら支えて頂けますか?」

 

 そう、そっちが心配だ、悲しいかな病弱不健康児。

 

「う……うん」

 

 少年は顔を真っ赤にして目を逸らしてしまう、うん、不安大だ、いろんな意味で。

 

 ――ピィィィィィ!

 

 そんな事をしてると、開演の笛が鳴る。俺らは出番まで楽屋に待機と洒落込もう。

 

「な、なぁ出番まで大分時間も有るし、最後の台本合わせやらないか?」

 

 少年はそんな事を言ってくるが、体力が惜しい。健康値は金よりも時間よりも重い。お断りさせていただこう。

 

「すいません、お部屋で休んでおきたいので……」

「そ、そっか、そうだよな」

 

 少年は慌てた様子で取り繕いながら、そそくさと楽屋に帰って行った。

 俺はと言うと、お付きの人に抱き抱えられる様に自分専用の楽屋に特別に備え付けられたベッドまでお持ち帰りされてしまうので有った。

 

 あ、思ってたよりも疲れたのか、なんかすっごく眠くなってきた。

 ま、出番の前にお付きの人が起こしてくれるでしょ、俺の意識は春の陽気の()(どろ)みの中に溶けていった。


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