死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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近衛兵長

「思ったよりも精強ですね」

「これは手厳しいな、国一番の部隊だと誇っていたんだが」

 

 場所は城の中庭の練兵場、そこでは百人前後の兵達が訓練に励んでいた。俺達は第二王子ボルドーに連れられて、彼の擁する近衛兵を視察に来ていた。

 

「一人一人が選りすぐりの実力と頭脳を持っていて、全員が一団を指揮するだけの力を持っています」

「そうなのですね、そう聞くと勇ましく見えてきます」

 

 王子の付き人ガルダさんの補足に頷く、思ったよりもと言うのは普通に失言だったので、俺のフォローは必死だ。

 

 第二王子派の主な支持層は軍属だ。第一王子はそれこそ王子様然として華やかで、悪く言えばチャラチャラして、人気は有っても軍人受けが悪いのだ。

 その一方で朴訥とした第二王子は軍からの受けが良い、ただちょっと、いや、かなり地味で人気が無かった。

 それを補うのがマスコット役の俺と言う訳だが、その俺が軍に受け入れられないなら組織が瓦解してしまう。それに俺を護衛してくれる兵も、今後はここから選んでくれる様なので、その強さを見せつけて俺を安心させる狙いもある様だ。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

 俺達を出迎えてくれたのは、190センチはあろうかと言う上背の男、その身長の割に体は細く見えた。

 だが貧弱と言う言葉とは無縁、引き絞った体には一分の隙も見当たらない。

 

「ああ、コイツはゼクトール、近衛兵長にして俺が知る限り最強の男だ」

「余りおだて無いで下さい、そう言われて姫様が比べるのはあの男でしょう」

 

 田中の事だ、確かに最強の戦士と言われると思い浮かぶのはアイツ。少し感傷に浸ってしまうが、それを引き戻す様に(あざけ)る声が聞こえて来た。

 

「幾ら何でも冒険者風情が団長より強い訳ねーっての」

「ああ、団長も人が悪いぜ」

 

 集音魔法を使う俺の耳には、小声で笑い合う兵士の声だって聞こえてしまう。

 この世界の冒険者、と言うより魔獣駆除人と言うべきか? とかく地位が低い。地元に居場所が無くなった渡世人が食い詰めてなる仕事と言った認識だ。

 勿論英雄めいた人物も時折生まれるが、それすら(もと)を正せば盗賊まがいの悪党だったと言う事も珍しくない。

 そして、あくまで専門は魔獣退治。仕事として対人戦を極めた騎士に比べると、直接対決では一段も二段も見劣りするのが普通だ。

 それは解ってるが俺としてはやっぱり田中を馬鹿にされるのは面白く無い。

 

「国一番の騎士と言う事なら、お相手願いませんか?」

「姫様がですか? 冗談でしょう?」

「姫様が魔法の使い手と言う事は聞き及んで居ますが、流石にその格好で訓練は無理でしょう」

 

 キョトンとした様子のゼクトールと苦笑するボルドー王子。

 確かに今の俺は略装とは言え可愛らしいワンピースのドレス姿で、このままちょっとした夜会に出ても失礼に当たらない姿だ、戦う格好じゃ無い。

 

「今回は及ばずながら僕がゼクトールと戦わせて貰うとしようか」

 

 そう言ってボルドー王子が剣を取る。そう言えば今日の格好はギリギリ礼服か? と言うぐらいのラフな格好で、初めから訓練に参加するつもりだったに違いない。

 ちょっと気になるのが、俺へ話し掛ける時、『俺』だったり『僕』だったり『私』だったり王子の一人称が安定しない事だ。

 恐らく女の子へ、特に俺の様な小さな女の子へ話すのに慣れて居らず、どうやって話し掛けて良いか困っている感が有る。

 もうちょっと仲良くなる必要があるなと思うと同時に、王子もそう思っているからこそ格好いい所を見せに来たと言う感じか?

 

「頑張って下さい、応援しています」

「こりゃあ張り切らなきゃな」

 

 肩をすくめる王子だが、ゼクトールは目を細める。

 

「姫様の前でも、私は手加減しませんよ?」

「解ってるよ、お手柔らかにな」

 

 そう言って二人は練兵場の中心へ、周囲が固唾を飲んで見守る中、試合が始まった。

 

「ハッ! テヤッ!」

 

 振るうのは木剣、それでも当たれば当然大怪我だろうに、二人とも躊躇無く振るっている。

 人間は魔法で癒やす事も出来ないのに随分思い切った事をすると呆れるが、やはり非常識らしい、ガルダさんや他の兵士はヒヤヒヤした様子で見守っていた。

 試合の内容は流石に兵長である、ゼクトールさんが圧倒している。

 一見ボルドー王子が果敢に攻めているが、170センチそこそこのボルドー王子と一回り大きいゼクトールさんではリーチが違う。

 それをボルドー王子は上手い事掻い潜るが。

 

「罠ですね」

「ええ」

 

 呟きに応えたのはシノニムさん、彼女もそこそこ剣技を解っている様だ。一方でガルダさんはついて行けてない。

 

「よしッ! え? ああっ!」

 

 ゼクトールさんが放った胸を突く一撃を王子は姿勢を低くして躱す。チャンスと見るやそのまま足を払おうと踏み込む王子だが。

 

「ぐぁ!」

 

 狙い澄ました蹴りが王子の顎を捉えた、ボルドー王子は堪らずひっくり返る。

 

「あちゃー」

 

 額を押さえるガルダさんだが、王子が弱いとは思わなかった。ゼクトールさんが強いのだ、それもかなり差があるからこそ大怪我をさせずに無難に勝てる。

 

「やりますね」

「まず上背がありますからね、田中さんも同じぐらいありましたか?」

「そうですね、ですが彼は徹底的にリーチ差を押しつける戦法ではなく叩きつける威力を重視していました」

「魔獣を狩ると、どうしても威力を重視する様になるそうですよ」

「そうなのですね」

 

 シノニムさんは物知りだ。そう言えば大牙猪(ザルギルゴール)相手に田中の攻撃は効いていなかった。

 魔獣は固い。だからこそ威力を求めると言う事だろう。田中だって一つ下の牙猪(ギルゴール)は余裕で倒せていたらしいので、剣の威力はあったのだろう。

 そう考えると、田中の剣は前世の剣術とは大分違ったし、何時も剣が馴染まないとボヤいていたものだ、木村の財力と俺の魔法があれば日本刀だって再現出来たかもと思うと、空しい気持ちが募る。

 

「オイオイそれじゃ、団長の剣が魔獣に効かないみたいじゃ無いか、それは聞き捨てならねぇな」

 

 そんな俺たちに割って入ったのは、暑苦しいほどにガッシリした体格の、粗野な男の声だった。

 

「貴方は?」

「ああ、失礼、俺はここの副長のワッツだ。ウチの団長は対人戦だけじゃねぇ。魔獣だって何匹も狩っているんだぜ」

「どう言う事です?」

「どうもこうも、団長は信じらんねぇ事に長期休暇の(たび)に、ピルタ山脈のあたり迄ちょくちょく魔獣を狩りに行くんだ」

「本当ですか?」

「あたぼうよ、俺は嘘は苦手でね」

 

 そう言うワッツは、イライラするほど良い笑顔を見せつけてくる。

 

「オイ、勝手な事を言うな」

 

 そこにゼクトールさんが戻ってくる、王子を連れ立ってだ。

 

「いや、情けない所を見せてしまった」

「いえ、ゼクトールさんが強すぎるだけでしょう、他の兵士と比べれば見劣りしない実力に思えました」

「そう言って貰えると救われるな」

 

 頭を掻くボルドー王子だが俺の言葉は掛け値無しの本心だ。むしろ他の勉強そっちのけで剣を振るって来たに違いない。

 

「ここの奴らは上級騎士の中でも選りすぐりのエリートなんだから、王子と同じ程度の実力じゃ問題なんですがね」

 

 そう言って呆れるゼクトールさんに「俺程度とは何事だ」と食ってかかるボルドー王子。

 二人もまた気心の知れた男友達と言った風で、なんとなく羨ましい。それはそれとして魔獣について聞いておこうか。

 

「休日は魔獣を狩りにピルタ山脈まで行くと窺いましたが?」

「ああ、趣味と訓練の一環ですね。流石に大牙猪(ザルギルゴール)なんて大物にはお目に掛かった事も御座いませんが」

「そうは言っても牙猪(ギルゴール)なら何匹か狩ってますぜ」

 

 ワッツが無遠慮に割って入る。

 つまりゼクトールさんは田中と同じぐらいの実力があるのか? 因みに牙猪(ギルゴール)だって小型車ぐらいのサイズがあるので大変な大物だ。

 

「お前は出しゃばるな! 私は牙猪(ギルゴール)相手でも大変な死闘でした。あれより大きいとなるとちょっと難しいでしょうね」

 

 そう言ってゼクトールさんはワッツを小突きながらフォローしてくれる。

 

「しかしアレより大きな生き物など想像もつきませんなぁ」

「オイ! 失礼だろうが!」

 

 ワッツは大牙猪(ザルギルゴール)自体を信じられないと言いたげで、ゼクトールさんも流石に怒り出した。

 ま、俺だってこの目で見てなきゃ信じられない位だ、大型トラックみたいなのが森を分け入ってくるのは恐怖でしか無い。

 それでもワッツの態度は不快だけどな!

 

「何でしたら、大牙猪(ザルギルゴール)を仕留めた一撃をご覧に入れましょうか?」

「へぇおもしれぇじゃねぇか」

 

 ワッツは野太い声で笑う、望む所と言った感じだ。

 今の魔力じゃ魔獣の巨体を沈める様な大穴は無理でも、人間一人落とすぐらいの穴は訳無い。

 俺としてもここらで魔法のお披露目をして、エルフとの協力の有効性を示しておきたい。

 人間界でも魔石を使った魔道具で地形を変える事ぐらい出来る筈だ。戦場にいきなり落とし穴が作れる有用性は語るまでも無いだろう。

 しかしそんな思惑はシノニムさんに止められてしまった。

 

「いい加減にして下さい、こちらにも予定があります」

「そうですか……」

 

 別に魔法で相手の頭を吹っ飛ばすつもりは無いのだが、最近のシノニムさんは俺が魔法を使うと聞くとビビってしまって仕方が無い。

 結局、魔法のお披露目も出来ずその日は大人しく帰るしか無かった。

 

 後日聞いたら、大分負けん気の強いやんちゃなお姫様だと思われてしまったらしく、ちょっともにょる。

 

 しかし、団長のゼクトールさんは王子とも仲が良いみたいだし、魔法の実力を見せて置きたいね。

 

 ピルタ山脈か……


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