死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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可憐な姫の素顔

 ピルタ山脈へ三泊四日の強行軍を仕掛けた俺は、帰って来るなりシノニムさんに怒られていた。

 

「なぜ! どうして? 魔獣退治なんて無茶をしたんですか!?」

 

 その疑問はもっともだが、一言で説明するのは難しい。俺は手元で大土蜘蛛(ザルアブギュリ)の魔石を転がしながら答える。

 

「……ストレスが溜まっていたのです」

「ストレスとは?」

 

 ストレスの原因はハッキリしているが、それを正直に打ち明けるのは躊躇した。

 

「日々、自由が無く行動が制限されるものですから」

「すべて貴女を守る為なんですよ!」

 

 それはその通りなのだが、イライラの本当の原因は魔人公と恐れられるダックラム公爵……ではなく、その娘、シャルティアをぶっ殺せない事なのだから、打ち明けられる訳がない。

 

 もはや氷の矢とか生ぬるい事は言わずに、普通の矢で()(ころ)してやろうとすら思っているのだが。中々シャルティアが隙を見せないのだ。

 

 いっそ、第一王子を殺してしまおうかと思ったが、それはマズイ。

 

 今の俺達には第一王子をはじめ、政敵となる存在は少なくない。だがそこで安易に暗殺と言う手段を選択するのはリスクリターンが合わないのだ。

 まずリスクについて考えてみると、例えば第一王子の様な大物を暗殺してしまえば犯人を捜し出さねば収まらない事態になるのは明白だ。

 そして、その死因があまりにも不可思議な物だった場合、『魔法の仕業だ!』『魔法使いと言えば?』『ユマ姫だ!』の三段論法で俺が犯人にされてしまう。

 いや、その場合はホントに俺が犯人なのだが、証拠が無いから無罪と行かないのが中世の理屈な訳で、更に嘘発見器に掛けられてしまえば言い訳のしようも無い。

 

 嘘発見器と言えば、ルワンズ伯を氷の矢で殺したのは、不思議な暗殺が起きた時、どう言う成り行きになるかを見守っていた側面もあったのだ。

 ハッキリ言ってあの件だって当然、嘘発見器に掛けられたらヤバかった。

 しかし、嘘発見器を貴族に使うには、訴える貴族がその責任を負う必要がある。

 当たり前だ、気軽にポンポンと嘘発見器に掛けるぞと訴えられたら、とても政治が回らない。貴族としての地位とプライドを賭ける必要がある。

 国賓として貴族扱いである俺を訴えたルワンズ伯。奴は意気揚々と俺を尋問室に連れて行ったものの、俺が本当にオルティナ姫を前世に持つと証明するや、一気に立場が弱くなり、結果俺を憎むようになっていった。

 それ以来、ルワンズ伯は俺のことを嘘発見器すら誤魔化す魔女と断じていたので、ルワンズ伯が暗殺された時ですら、奴を支持していた貴族達も俺を嘘発見器に掛ける事は出来なかったのだ。

 そりゃそうだ、百歩譲って俺がオルティナ姫の生まれ変わりなのだと信じても、俺が神の使命を帯びてこの地にやってきた等と信じる方がどうかしてる。

 ……代わりに大量の暗殺者をけしかけたみたいだが、それらも第二王子傘下に入った時点でピタリと収まっている。

 

 そんな訳で勝算こそあったものの、あれだって結局誰かがイチかバチかで俺を嘘発見器に掛けたらヤバかった。実際は綱渡りであったのだ。

 

 と、そこまで織り込んだ上で、それでもシャルティアは危険に過ぎた。

 

 どれだけ危険かと言えば、シャルティアに目を付けられた辺りから凄い勢いで俺の巨大な運命力が削れて小さくなっている。

 先程暗殺のターゲットとして第一王子を殺すと危ないと言ったが、そんな危ない橋を渡った末に、リターンが有るかと言えばそうでもない。

 例えば第一王子を殺してもその後ろ盾となる勢力が、王位や権力の座を諦める訳も無く、他の第一王女とかに神輿をすげ替えるだけだ。

 それに引き換えシャルティアは……あんな化け物にすげ替えが効いてたまるかと言いたい。

 

 なので腹を括ってさあ殺るぞと、先週あたりからちょくちょく屋敷を抜け出して、夜の王都へと飛び出していた。

 だが、その成果は芳しくない。ダックラム公爵の邸宅にシャルティアの運命光は無く、王都中を屋根から屋根へと忍者みたいに飛び回って探した結果、ダックラムの持つ私邸の一つに引きこもっている事が解った。

 しかもシャルティアは絶対に窓際の部屋に寝泊まりしない。それどころか窓際に出てくる事も少なく、地下室で過ごす事すら多いなど徹底している。

 コレはもう間違い無く、相手にも俺のやり口がバレていると思って良さそうだ。

 それと平行して、俺が矢を魔法で制御して恐ろしい火力を出せると言う事実は、凄い勢いで広まってしまった。

 

 劇中では見せているものの、フィクションだろうと信じていない者が大半だった魔法が、事実として受け入れられたのはエルフの力を示す意味では願ったりだが、いかんせんタイミングが悪過ぎた。

 魔法の力でボロボロに砕けた矢なんて物まで証拠として見世物になっているらしい。

 それと同時にシャルティアは「ユマ姫様のご機嫌を損ねてしまったみたいで、魔法の矢で何時射られるのじゃないかと気が気じゃ無いわ」と周囲にこぼして「心配性ね」と笑われているらしいのだ。

 この段まで来ると、流石に俺も矢での暗殺を諦めなくてはならなくなった。

 

 恐ろしい相手を前に、俺はいよいよ手詰まりになってしまっていた。そのストレスが俺を森へと掻き立てたと言うのは流石に言い過ぎか?

 とにかく、家でじっとしていると、突然あのお嬢様が窓から入ってくるんじゃないかと言うプレッシャーに耐えきれなくなったのだ。

 常に目を瞑って運命光を確認したり、敵意を確認する魔法の閾値を下げ過ぎて、野良猫の喧嘩に夜中に飛び起きたり。

 

 いよいよ奇行が本格的に心配される様になってしまった。

 

 変な事をする度にネルネも必死に俺の背中をさすってなだめてくれたりするので、なんとも居たたまれない。

 何より睡眠時間的に限界だった。思えばピルタ山脈に向かったのもまともな思考回路じゃあり得ない。殆どヤケクソになってたみたいだ。

 こうなれば、素直にシャルティアが怖いと相談する必要があるかも知れない。

 実際に知恵を出し合うのもそうだし、シャルティアもやっている事だが、もし自分が死んだら、誰が犯人として怪しいか周囲に相談して話題にしておくのは、抑止力としても効果がある。

 頭を抱えて考え込む俺に、諦めた様なシノニムさんの声が掛かる。

 

「実は第二王子から腹を割って二人で話したいと連絡を受けているのですが」

「ボルドー殿下からですか?」

「その調子じゃ辞めた方が良いですね」

「いえ、会いましょう!」

「ですが、ストレスでおかしくなりそうなのでしょう? 問題発言をされてしまえばユマ様一人の問題では無いのですよ?」

「そのストレスを取り除く為の相談です」

「だ・か・ら! そのストレスとは何なのですか?」

 

 堂々巡りである。

 結局シノニムさんには魔人公を脅威に思っている事を伝えると、思ったよりも普通の悩みだと拍子抜けされた。

 しかし、脅威の対象が魔人公そのものではなく、むしろその娘シャルティアだと伝えると流石に信じられない様子で。

 

「だとすると、七年前の暗殺事件ではシャルティア様はユマ様と同じぐらいの年齢ですよ? とても暗殺なんて可能とは思えませんが? ……まさか? シャルティア様も魔法が使えるとおっしゃっていますか?」

「いえ、それは違うと思うのですが……」

 

 でも、正直自信が無い。俺がシャルティアの住居に近づくと、運命光が地下室に移動するなんて事が二度も有ったのだ。

 コレが偶然や勘の冴えなどで起こり得るのか、判断がつかない。

 その辺りもあって、どうしても奇襲出来るビジョンが浮かばないのだが、魔法か何かとすれば納得も出来る。

 考えてみればオルティナ姫の運命視だってかなり特殊な能力だ。魔法じゃ無かったとして、シャルティアに何か特殊な力があっても不思議じゃ無い。いや、考えるほどにあれほどの運命光の持ち主だ、何か特殊な運命に干渉する力があると思った方が納得できる。

 

「……魔法とは限りませんが、何か特殊な能力を持っていても不思議じゃないと考えています」

「むしろ、そう言う力があると殆ど確信しているのですね」

「……はい」

 

 魔力がある世界だからか、この世界では飛び抜けた人間が突然変異的に現れる事が有る。あいつはソレだ。間違い無い。

 

 そうして俺はシャルティアの事を第二王子と相談する事にした。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 かくして俺達は第二王子の住む、城の別棟にやってきていた。

 

 一口に城と言っても本丸以外にも別棟が幾つもある。その中で第一王子カディナールの住まいは豪華絢爛と謳われ、社交界が毎日の様に開催されるとか。

 

 一方で第二王子の別棟は、その人となりを表す様に地味だった。王子の邸宅と言うよりは砦と言われた方が納得がいく。それ程に無骨な(たたず)まいであった。

 

「このお屋敷はまるきり戦闘用に出来ているのですね」

 

 俺が驚いたのは、通された中庭に芝や植え込みが無い事だ。

 コレは貴族の邸宅としては非常に珍しい。少なくともオルティナ姫の記憶では、綺麗な庭は貴族のステータスであったハズ。

 その証拠に俺が厄介になっているネルダリア領主のお屋敷、質実剛健を旨とし貴族が使うに相応しい家具すら禄に整って居なかったと言うのに、庭だけは美しい植栽で彩られていた。

 俺がギョッとするのも当然なのである。

 

「そうなんですよ、アイツ本当に役に立つかどうかしか興味が無くて、殺風景な庭に有る唯一の緑と言えばホラ、アレ位ですよ」

 

 案内を買ってくれた王子の付き人たるガルダさん、彼が指さす先に有ったのは青々と茂る……

 

「……あれは?」

 

 優美さの欠片も無い青々とした茂みが並ぶ、どこかで見た事がありそうで、しかしその正体が解らない。

 オルティナ姫は幼い頃に盲目となった。そのため俺はこの王都の観葉植物に詳しくないのだが、それにしたって姫の記憶に全く無いのは珍しい。

 俺の疑問の声に、驚きつつも答えてくれたのはシノニムさんだった。

 

「まさか? 芋ですか? 貴族の中庭で芋の栽培とは……ボルドー様はここで籠城戦でもするおつもりですか?」

 

 まさかの芋。

 

 ……参照権で全ての記憶を紐解けば、むしろ見たのは最近。スフィールの市場で見た事があったっぽい。でもまさか大国の王子が庭で芋の栽培とは。

 

「どうせ育てるなら食えるモノにしろって、こうですよ? あの方は優雅さなんて理解出来んのですよ」

 

 諸手を挙げて大いに嘆いて見せるガルダさんだが、本音ではそんな友人への好意が透けて見える。

 友達と住み家を見れば本人の人柄も知れる。ボルドーはやはり実直で裏表の無い良い奴なのだ。

 だが、それでいてボルドーは馬鹿じゃ無い。そんな相手に裏表どころか中身と外見が重大な齟齬を起こしている俺の様な人間を根っから信用して貰うのは難しい気がしてしまう。

 

 考え事をしている間に、いよいよ邸内へ。

 屋敷の中もグレーのレンガが剥き出しで、しゃれっ気も皆無。極めつけが「窓かと思ったら()()()だった」と言うわけで、いよいよ邸宅ではなく砦か何かと思った方が良さそうだ。

 

 そんな邸宅だが案内された応接間は流石に立派なモノで、精緻な彫刻がなされた豪華な作りの重厚な木の扉を開ければ、落ち着いた雰囲気だが安くは無いと思われる家具や調度品に洒落た暖炉まで、センス良く纏まった部屋が設えられていた。

 そんな中でソファーに一人座るボルドー王子は、なんだか何時もより小さく見えた。

 

「良く来てくれた、歓迎するよ」

 

 そう言いつつも疲れた様子のボルドー王子の顔には、困った様な表情が浮かんでいた。

 厄介事かと身構えるが、その前に一つ言っておきたい。

 

「呼びつけて置いてその態度は失礼では無いですか?」

 

 ソファーにグデッとしたまま挨拶されちゃ堪らない、当然の文句と思ったがコレまでニコニコと案内してくれていたガルダさんが急にいきり立った。

 

「おまえ!」

「いや、いいんだ、失礼した。良く来てくれたありがとう」

 

 ボルドー王子はガルダさんを抑えて、立って挨拶をしてくれたので俺もそれに応える。

 

「お招きいただき、ありがとうございます」

 

 片手でスカートを、もう片手でおなかの辺りを押さえ軽く頭を下げる。

 この辺りの作法と言うのは自分と相手の立場で変わり無駄に複雑だ。もちろん他国の姫用の作法など有るはずも無いので、同じ王族同士での作法を流用している。

 

「これは……いや、参ったな」

 

 それを見たボルドー王子は頭を抱えた。

 

「この国で王族として育った俺よりもよほど作法に詳しいらしい」

「オルティナ姫を前世に持ちますからこの程度は当たり前です」

 

 俺は澄まして答える。純然たる事実だから仕方が無い。

 

「今日は君と、いや貴女と一対一で腹を割って話したくて来て貰ったんだ」

「王子!? それは危険では?」

 

 ガルダさんが聞いていないとばかりに慌てる。

 

「ガルダ、余り俺に恥を掻かせるな、普通は密室で一対一となれば心配するのは女性の方だぞ?」

「それはそうですが、相手は魔法使いですよ?」

「それでも、だ」

 

 どうやら王子は俺とサシで話をしたいらしい。俺としては断る理由は全く無い。

 ここで寝首を掻かれるならば、俺に人を見る目が無かったと言うだけ。

 

「良いでしょう。シノニム、外して下さい」

「……大丈夫ですか?」

「ボルドー王子は策謀とは無縁のお方とお見受けしました、罠の心配は無いでしょう」

「そうでは無くて、ユマ様が暴走しないかが心配なんですが?」

 

 澄ました笑顔のまま、俺はピシリと固まった。

 

「…………」

 

 そっち? え? じゃあナニ? つまり、どっちの陣営も俺が暴れ出さないかを心配していると?

 最近の俺の評価はどうなってんだ? 自分としては可憐でお淑やかなお姫様を精一杯演じているつもりなのだが。

 とは言えシノニムさんもガルダさんも黙って席を外してくれた。

 いよいよボルドー殿下とサシで話す事になる。

 

「重ね重ねになるが、良く来てくれた」

「いえ、私もお話ししたい事がありましたから」

「君がかい? 全て君の思う通りに進んでいると思っていたが」

「まさか、私は亡国の姫ですよ? 何もかも思う通りに行かないと言うのが本当の所です」

「そうか……いや、そうなのだろうが……」

 

 結局俺は姫とは名ばかりの亡命者に過ぎない。一応は先日エルフの諜報員と渡りが付いたが今の俺にどれほどの価値があるかは不明だ。

 つまりただハッタリだけでここまで来たと言っても過言じゃ無い。全て思い通りとはどう言う事だろうか?

 

「詳しく話を伺っても?」

「そうだな、まず君の陣営と同盟を組むにあたって、君には俺の派閥の陣容を紹介したな?」

「ええ、そこで私が何か粗相をしたでしょうか?」

「逆だ、初めは君が彼らに受け入れられるかを心配していたが、蓋を開けてみれば君の評価は異常な程高かった」

「それは嬉しいですね、でもそれが何か問題ですか?」

 

 俺もちょっとお姫様として上品に頑張ったつもりだ。ニコニコと笑顔を振りまいて可愛らしい姿を見せつけた。

 気に入って貰って嬉しい反面、媚びを売りすぎてしまっただろうか? 女性陣の反発でもあったのかも知れない。

 

「問題も何も、ウチの知恵袋たるフィダーソン老の君の評価なぞ耳を疑ったぞ」

「あの書庫のお爺さんですね? 良くして貰っていますけど……」

 

 この世界は本が貴重だ。で、その書庫の番人たる爺さんとは仲良くしたくて良く話し掛けたワケだが、何か問題があっただろうか?

 

「あの爺さんが! 中央書庫の偏屈ジジイと恐れられたあの爺さんが! 君の事を『自分よりよほど物知りだ』としょぼくれて居たんだぞ? あり得るか? この国の生き字引と恐れられる人間だぞ?」

「それは流石に私の事を持ち上げてくれたのでしょう?」

「いいや、あの爺さんはそう言うのとは無縁なんだ。俺の事だって糞ガキと一喝して杖でポンポンと殴ってくるんだぞ」

「……お元気ですのね」

「その元気な爺さんが、十二歳の少女に知識で負けたとしょげかえって居るのだぞ? あり得るか?」

「…………」

 

 そんな事言われても、生き字引と言う意味では俺はエルフの書庫の殆ど全てを参照権で呼び出せる。

 ここの本だって一度ペラペラと目を通せば、好きな時に参照出来る。

 しかも検索機能付きだから、脳内にグーグル検索が搭載されている様な物だ、そりゃあ知識では誰にも負けないだろう。

 

「お次はウチの陣営で最強の兵士と言われるゼクトールだ、コレは君も覚えが有るな?」

大土蜘蛛(ザルアブギュリ)の一件ですね?」

「ああ、そうだ! あれ以降アイツは君の事ばかり話しているぞ。すっかり参ってしまった様子でな」

「まぁ!」

 

 確かに、ちょっと力を見せすぎたか? でも仲良くなるのに問題は無いだろう。

 

「年甲斐も無く、妻も子も居る身で恋する少年の様に君の事を話す様子は見るに堪えん」

 

 ……そっちかー

 

「それは、申し訳ないですが、あの方を恋愛対象としては……」

 

 傷口を舐めたりしたのが良くなかったかなー? 俺の見た目は自分で言うのもアレだけど、滅茶苦茶可愛いからね、仕方ないね。

 

「いや、そう言う話では……いやそうなのか? 君の写し絵が欲しいなど言い始めてな。あんなアイツを見るのは初めてで本気なのかどうかも良く解らん」

「……そうですか」

 

 多分だが、アイドルを応援している様な感覚に近いのでは無いだろうか? 実はエルフの都でも似た様な経験は有った。我ながら罪な女である。

 

「魔法の力についても色々と聞いているが詳細は話してくれないんだ、君自身の口から聞いて欲しいとね」

「……そうですか、ではまずそこからお話ししますね」

 

 そして俺は、人間の頭を吹っ飛ばす矢の加速と制御。そして回復魔法について説明した。

 

「まさか! そんな事が出来るなら正に無敵じゃ無いか!」

「そうですね、自分は隠れて攻撃可能で万が一攻撃されても回復出来ます」

「攻撃よりも問題は回復魔法だ! それが有れば負傷兵に悩まされずに済む」

「いえ、それ程大人数を治すのは私一人では無理です。一日に二、三人が限界でしょう」

「そうか、いやそれでも将校クラスの幹部を怪我で失わずに済むのは大きい」

「戦争だけでなく、今怪我の後遺症で苦労している人間も救えるかも知れません」

「本当か? それは凄いぞ!」

 

 ゼクトールさんが語っていた事だが、足の腱を切ったりして松葉杖で過ごしている人間は大勢居るらしい。

 そんな人を魔法で救える可能性は高い。……だが。

 

「しかし、期待を持たせて駄目だったとなると逆恨みされたり、日に二、三人となると順番待ちで、どうして自分を治してくれないのだと暴動が起こったり。何より魔法が体に合わないと逆に健康を害してしまう危険があります」

「む、その辺りは薬と変わらないのだな」

「そうですね、下手に死人が出ればこの身が危うくなります」

「そうか……確かにな」

 

 俺の言葉にボルドー王子は考え込んだ。回復魔法で売り込むのはリスクが高い、強力だが変に恨みを買う事にもなりかねないのだ。

 

「では怪我で退役した軍人を中心に試してみるか。恐らく圧倒的な支持が集まるハズだ。そうなれば軍に表立って文句を言う人間も少ないだろう」

「それだけの価値がありますか?」

「ああ、軍部と衛兵達の組織を掌握出来れば、カディナールが王となっても最悪、クーデターでひっくり返すと言う目もある。それに……」

「それに?」

「同じだけの力を帝国が身に付けているとすればどうなる? その時、倒しても倒しても蘇る敵兵と直接戦うのは彼らだ、必死にもなるだろう」

「なるほど」

 

 何度も訴えている事だが、魔法や魔道具と言う力を間接的にでも手に入れた帝国は、領土的野望に火が付かないハズが無い。

 

「だが、そこで聞きたいのだが。君は自分が神の使者だと言ったな?」

「いえ、神の使命を帯びているとだけ……」

「同じ事だ、そしてその使者は帝国との戦争を望んでいる。コレが俺には理解出来ない」

 

 ボルドー殿下は何時になく真剣な顔で俺を見つめていた。

 

「神は平和を愛する存在じゃ無いのか? 神のくせに戦争を求めるのか? いや、違うな……神に選ばれた建国王の血筋たる王族がこんな事を言ったとなれば大問題だが、敢えて言おう」

「なんでしょう?」

「俺は神様なんざ信じていない、そんな者が居るならアイツは死んでいないさ」

「……そうですか」

 

 王子は婚約者を殺されている、神の存在なんて信じる事は出来ないだろう。

 

「それでも神は居ます」

「ハッ! だとしたらソイツは余程薄情なんだな」

「その通りです」

「なんだと?」

「神は万物を創造した。この国の神話でもそう語られていますね?」

「ああ」

「万物を創造したのなら、人間だけを特別扱いするはずが無いでしょう?」

「それは、神は邪悪な魔獣と戦う為に人間を……」

「いいえ、神はそれ程人間を特別扱いするつもりは無いでしょう。当然エルフもです」

「……そうか、いやその方が納得できるな。しかし、見てきた様に言うのだな」

「見てきましたから」

 

 そう言う俺の目を、ジッと王子は見つめてくる。

 

「嘘を言ってる様には見えないな」

「本当ですから」

「俺もこう見えて、王族として嘘を見分ける目には自信があるつもりだった、だが君の言葉は嘘か真か、サッパリ解らない」

「嘘と真。キッチリと割り切れる事の方が少ないのでは無いでしょうか?」

「そうなのだろうな、だとしたら君自身が嘘か真か割り切れない存在だと言う事か」

 

 ……確かに、そうかも知れない。俺自身が姫などとは真っ赤な偽物とも言えるし、これ以上無いほどに本物の神の使者でもある。

 

「だが、神を見たというのは本当に思える。そして、その神に好意を持っていない、違うか?」

「その通りです、コレは他言無用に願うのですが、神の使命などと言いつつも実際の所は大した物では無いのです」

「そうなのか?」

「神の使命などおまけ。私は所詮、国を追われた女に過ぎません。そして国を襲った帝国に復讐したい、ただそれだけで生きているだけの存在なのです」

「そうか……それなら解りやすくて良い、神の使者などと言うより余程安心出来る」

 

 ボルドー王子はそう言って笑った。その笑顔は屈託無く、なんだか可愛くも思えた、俺はなんだかんだ、この王子が気に入っているのだ。

 どうせここまで明かすなら、転生と『偶然』と言う部分を除いて、全て言ってしまおうと言う気持ちになっていた。

 

「ええ、使者と言えども大した力もありません、先程のフィダーソン老も驚く記憶力。それが(わたくし)が神から与えられた唯一の力です」

「なるほど、記録者として神に遣わされたと言うのか……それ(ゆえ)の記憶力」

 

 王子の考察は当たらずといえども遠からず。実際は俺だけじゃ無く、全ての人間の行動が記録されていて、引き出せる事が特殊能力なのだが、わざわざ言う必要は無いだろう。

 

 心苦しいがこの辺が限界だ。全てを語ると、前世もそうだが俺が『偶然』に死をばら撒く疫病神だと教えなくてはならなくなる、それだけは間違っても知られては行けないのだ。

 

「それにしても、本当に神は居るのだな」

 

 少し寂しそうに王子は笑った、思い通りにならない世界に文句を言いたいと言う顔だ。

 そして、その気持ちは俺が誰よりも理解出来る。

 

「帝国兵に、家族も知り合いも全て殺されました。神の試練と言うのなら私は神を恨みます」

「そうか、神の使者殿に言って貰えると、俺も神への愚痴が言いやすくて助かる」

「言い合いましょう! 神の文句を、盛大に」

「そうだな、少なくても君にはその権利がある」

 

 俺達は二人きりでしばらく笑い合い、ひとしきり神様への文句を言い合った。

 気が付けば二人で話し始めてから、かなりの時間が経っていた。

 

 取り留めも無い会話が途切れた瞬間。王子が俺を優しい目でジッと見下ろす。

 

「そう言えば、コチラの話ばかりだったな。君の話を聞かせてくれないか?」

 

 そうだ! 俺は相談したいことが有ったのだ、すっかり忘れていた。そう言えばこんなにもシャルティアの事を忘れて過ごしたのは久しぶりだった。

 

「そうでした、実は私、命の危険を感じているのです」

「それは! 穏やかじゃ無いな、暗殺者はめっきり減ったと聞いていたが?」

「あんな三流暗殺者、私に掛かればモノの数ではありません、不安なのは魔人公ダックラム――」

「アイツか! やはりアイツが黒幕なんだな!?」

「――ではなく、その娘シャルティアです」

「シャルティア?」

 

 気勢が削がれた様子でボルドー王子がズッコケるが、事実なんだから仕方が無い。

 

「いや、だってシャルティアって言ったらアレだろう? いかにも成り上がりのお嬢様みたいな古くさい格好で、運動だって苦手だって聞いてるぞ?」

「そのシャルティアです」

「冗談だろう?」

「彼女が運動音痴なら、王国に運動が得意な人は居ないでしょう」

「それ程か? 俺よりもか? あのお嬢様が?」

「ボルドー殿下がかなり強いのは解りますが、それでもです」

「そうか……」

 

 ボルドー王子は謎のショックを受けている様だ、いや、あの縦ロールお嬢様の方が強いと言われればショックなのも無理は無いか。

 

「いえ、あの……ボルドー王子がその辺の近衛兵より強いのは理解しています、この前のゼクトールさんとの立ち会いも、負けてしまいましたが格好良かったですよ」

「そ、そうか。君にそう言われると、なんだか……照れるな」

 

 い、いや、半分おべっかだから照れないで欲しい。なんだかコッチまで恥ずかしくなってきた。

 顔が赤くなるのを感じて、思わず俯いてしまう。

 

「あ、いや、俺にしたって別に変な意味があった訳じゃなくてだな」

「うぅ……」

 

 慌ててフォローするのも辞めて欲しい。ガチっぽいし。

 

 二人の間に、なんとも気恥ずかしい空気が流れる。甘酸っぱいと言うのか? 俺、なんだか王子と良い感じじゃ無いか? マジで玉の輿、行けるかも知れん。

 

 俺がそう思ったのもつかの間。突如、血相を変えたボルドー王子が俺に覆い被さり、俺は地面に組み敷かれる。

 

「ユマッ!」

「な、なんです!」

 

 あまりにあまりな急展開だが、悪くない。いっそこのまま――

 

 ボルドーが王として選ばれれば、二人で並んで帝国へと侵攻しよう。その戦いに勝ったあかつきには二人で国を盛り上げて子供――は、『偶然』で死ぬから無理か? いやエルフは長命かつ早熟。ワンチャン無いか?

 そもそもココまでトントン拍子、ひょっとすれば俺も長生き出来るかも知れない。

 

 と言う打算の元に俺は王子の体を抱き返す。――だが。

 

「え?」

 

 その手はヌルリとした感触、そしてこの匂い。嫌と言うほど俺はコレを知っている。

 

 ――血だ。

 

「フフッ、そんなに褒められると照れてしまいますわ」

 

 王子の肩越しに、ボウガンを構えた黒ずくめのシルエット。そしてその声。

 

 ――悪夢を見るまで思い続けたシャルティアが、そこに居た。


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