死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「フフッ、そんなに褒められると照れてしまいますわ」
――シャルティア? なんで?
――王子は? 怪我?
――ボウガン? 背中に刺さってる!
混乱する頭で必死に状況を整理する。
つまり、王子は俺を庇うために抱きついて、代わりにボウガンのボルトを食らったのだ。
一方俺はどうだ? 抱きつかれたショックで呆けた妄想を抱いて、シャルティアに気が付くのが遅れたのは悔やみきれない、それにしても……
「一体ッ! どこから!?」
「フフッ種明かしは地獄でしますわ」
「くっ!」
シャルティアはまだ俺を殺る気だ!
構えたのは小ぶりなナイフ。――気付けば既に手が届く距離!
マズイッ! 俺はボルドー王子に押し倒された状態。王子の健康値が邪魔をして、俺は魔法が使えないッ!
なのに混乱する俺は魔力を練り上げてしまった。殆ど条件反射と言っていい。
抱きつかれたままのろくに体が動かせぬ状況、溺れる人間が藁をも掴まんともがく様な無様さで、固めた魔力を振り上げる。
「シッ――」
すると何故か、シャルティアは気合いの入った声と共に大きく回避行動をとる。
バックステップを一つ、ローテーブルの上に乗る。
さらに一つ、暖炉の脇まで飛び退いた。
――何だ? こんな固めただけの魔力なんて何の脅威も……
いや? 何故魔力を固めたと解る? 他人の魔力などエルフにだって見えやしない。
触れた時に健康値と相殺される『嫌な感じ』で初めて存在を感じる程度。
――まさか? 見えるのかッ! 魔力が?
だとしたら……今までの疑問が
と、同時に魔力が見えるシャルティアは、魔力を扱う俺の天敵となり得る。
シャルティアはコチラを警戒し、窺うがそれも一瞬、再びコチラに駆けてくる。その間に俺はなんとか王子の下から這い出す事に成功。同時に叫ぶ。
口にするのは魔法じゃ無い、もっと単純で効果的な言葉だ。
「誰かぁっ! 賊です! 王子が!」
助けを呼ぶ。ただそれだけの事がここに至るまで頭から抜け落ちていた。
不測の事態に陥ると案外に声が出ない、遅すぎる救援要請だったがすぐさまシノニムとガルダさんがなだれ込んでくる。
「なんですか? えっ?」
「曲者だ! 取り押さえろ!」
屈強な兵士が駆けつけるが遅い! 扉からは距離がある、シャルティアの凶刃は止まらない!
俺は王子の健康値の圏外に逃れ、魔法を唱える。
「『我、望む、指差す先に風の奔流を』」
指差した先へと風の奔流が突き抜ける。それを見たシャルティアは腕を交差し防御の態勢に、しかし魔法は健康値の前にかき消え、そよ風が頬を撫でるだけ。
怪訝そうなシャルティアの顔が一瞬見えた。
ただし! それは吹っ飛ぶソファーの影越しだ。
ガゴォンと重い音を立てて、シャルティアの居た場所を大きなソファーが踏み潰す。
魔力が見えるからこそのフェイント、本命は突風で吹っ飛ばすソファーの一撃。
――やったか? などと確認しなくても殺っていない事は解っていた。
転がるソファーの影に紛れて、暖炉に飛び込み煙突から逃げていくシャルティアを俺の目は捉えていたからだ。
――追うか? いや、無謀だ。それに俺にはやる事がある。
「賊は? どこへ消えました?」
しかし、一方で到着した援軍は誰もシャルティアの姿を捉えてはいなかった。
シャルティアの実力を知っていて、あの程度でどうにかなると思っていない俺だからこそギリギリ見えたのだ。
それ程に動きの全てが自然で、注目を抱けない。殺意に満ちているはずなのに。誰よりも自然体であった。
「煙突です! 屋根を調べて下さい!」
だから俺がそう言うと、「え?」と言う顔で兵士達は中々動かない。転がったソファーやテーブルの影に潜んでいると思い込んでしまっている。
「早く! 逃げてしまいますよ!」
俺がそう声を荒らげると、渋々暖炉を調べ始める。言いたい事は解る、季節は夏、暖炉は恐らく一切使っていない。
元々狭い暖炉、そこに薪やらが積み上がって非常に狭い。
ここに目にも止まらぬ速度で飛び込んだ上、煙突に逃げるなど信じられないのも無理は無い。
まるでウナギがニュルンと隙間に入り込む様な早業だった。本気で人間技とは思えない。
「いや、誰もいませんぜ?」
なんとか身を屈めて暖炉から煙突を見上げた兵士がススだらけの顔でぼやく。
結局まんまと逃げられてしまったか。
「どこにも見当たりません、賊の特徴は?」
一方で家具の影など、部屋の中を調べていた隊長格の人物が俺に訊ねてくる。だから煙突に逃げたって言ってるだろうが! と怒鳴りたいが、深呼吸してなんとか押さえる。
そんな俺に苛立ったのか隊長は急かす。
「早く! 取り逃してしまいます!」
クッソッ! イラッとするなぁもう!
「賊は黒ずくめ。シルエットからは女性に見えました」
苛立つ俺の代わりにシノニムさんが答えてくれる。
「しかし、姿が見えませんが?」
実の所、後から入ってきた兵士はタイミング的にシャルティアの姿を見ていないか、見てても吹っ飛ぶソファーの影に溶け込んだ姿だろう。
いっそ賊の侵入すら疑っていて、シノニムさんとガルダさんが見ていなければ俺の狂言扱いにされても不思議じゃ無かった。
そのシノニムさんも向き直って俺に訊ねる
「ユマ様、賊はどこへ?」
「何度も言っています! 暖炉から煙突に逃げていきました、もう屋根まで抜けているでしょう、屋根伝いに逃げるのを防いで下さい」
シノニムさんの問いに無駄だろうなと思いつつ答えた。
そのやりとりに、今更ながらに隊長格の兵士が訳知り顔で頷いた。
「なるほど、女性ですか。小柄な女性でしたらこの狭い煙突に入る事も可能かもしれませんな」
等と今更のたまう! 殴りつけたい気持ちが爆発しそうだ。
「いや、隊長そんな痕跡ありませんよ、あの一瞬でこんな所に逃げ込めますかね?」
先程、暖炉を調べた兵士はそう訴えるが、それ程の凄腕だから王子の私邸に入り込むなんて言う無茶が出来たんだろうと怒鳴りつけてやりたい。
あ゛あ゛ーー ストレスが堪るぅー
駄目だ、あんな化け物に並の兵士が対抗出来るハズが無い、そっちはもう諦めて。もう一方の騒ぎの方へと目を向ける。
「ボルドー! お前ッ無事か!」
「ガルダ、俺が死んだらヨルミに付け、事なかれ主義だが俺のためなら動いてくれるだろう」
「そんな! ふざけるなよ! そんな遺言聞かねぇからな!」
などと、コッチはコッチでお涙頂戴の寸劇を繰り広げている。
背中に二、三本ボルトが刺さった位で死ぬ訳ねーだろ!
……いや、死ぬな。普通死ぬわ。
「ユマ様」
「解っています」
シノニムさんに
「ユマ……君か、君にも迷惑を掛けてしまったな」
「ハイハイ、解りましたから黙って。それとガルダさんも離れて下さい」
王子は掠れる声で俺にまで遺言めいた事を言ってくる。
正直、イライラも手伝って応対が雑になってしまうのも無理は無いだろう。
「なんだと! ふざけるな!」
すると怒り出すのはガルダさんだ。しかしコレは読めた事。
「ガルダ様、失礼!」
シノニムがガルダさんの首根っこを捕まえて引き離す、流石に俺と付き合いが長くなってきたからか、シノニムさんの有無を言わさぬ対応は気持ちが良いね。
……ま、何時もは俺が首根っこを捕まえられる側なんだが。
しかし、当然ながらガルダさんは激しく抵抗する。
「馬鹿が! 遊んでる場合じゃねーだろ!」
「動かないで下さい、動いたら刺します」
「なっ! 狂ったか!」
シノニムさんはガルダさんの首筋にナイフを突きつける。
いやースゲーわ、容赦がなさ過ぎて惚れるね。揉めている二人を余所に俺は準備に入ろう、まずは呼吸を合わせる事だ。
「王子、死ぬのは早いですよ。先程説明したでしょう? 回復魔法です」
「あっ! そ、そう……か」
忘れていたな、ま、無理もないか。普通なら死ぬ様な怪我だ、パニックだったのだろう。
「呼吸を合わせろ、息を吸って――吐いて」
「あ、ああ……」
言いながらも、王子を抱え、王子の右耳を俺のささやかな胸へと密着させる。
心音を聞かせるのは呼吸を合わせるのと同じぐらい効果がある同調方法だ。
おっぱいが大きい女性だと逆に興奮してしまうんじゃないかと思うが、俺にそんな心配は無用だろう。
……いや、母親を思い出して逆に安心するんだろうか? ま、そんな事はどうでも良いな。
「体が、暖かい。コレが回復魔法?」
王子がそんな事をほざくが、まだ同調段階。体が温まりリラックスしてくるだけだ。
回復魔法を使いたくても、王子の背中にはまだボルトが刺さっている。
俺は手を伸ばしボルトに付いた鉄の矢羽根を握って、一気に引き抜いた。
「ぐぁぁぁっ!」
「わめくな! 男だろうが!」
俺は悲鳴を上げる王子に一喝する。ってか俺の手もちょっと切れた。痛い。
っと、その手の平が僅かに痺れる。ボルトからは独特の匂い。
――毒だ!
念入りな事、相手も本気か。
恐らく
その中でも
メジャー過ぎて逆に要人暗殺には使われないレベルだが、この場面で使ってくる以上、ココでは珍しい毒なんじゃなかろうか?
「あの、手が痛い様なら、残りは私が抜きましょうか?」
シノニムさんが問いかけて来た、俺が怪我した手をジッと見ていたので気になった様である。
そう言えば、……っと見てみればガルダさんはぐったりしていた、多分シノニムさんが締め落としたのだろう。後ろでギャーギャー五月蠅かったので正直助かる。
「いや、回復魔法の邪魔になるので誰も近づけるな。それとボルトには毒が塗ってある、気をつけろよ」
「???………………毒、大丈夫ですか?」
「問題ない」
他の毒なら兎も角、
「ぐぅぅー!」
くぐもった悲鳴を上げる王子を無視して、俺は傷口に顔を寄せる。
――ジュル、ペッ!
傷口から血を吸って吐き捨てる。
魔法で毒を抜くと言っても、まずは物理的に血を吸い出した方が効果が高い。
……しっかし何が悲しくてここ数日、連続で男の傷口を舐めなきゃならんのか、どうせなら女の子を舐めたか――
――と、そんな思考に至った時。自分が『高橋敬一』の思考に寄り切っているのに気が付いた。
そう言えば先程から口調が荒っぽい。
普段俺の思考はユマ姫と溶け合い、自然と女の子らしい言葉遣いが口をつくのだが田中が死んでからどうも暴走しがちだ。
自由に人格を分離、統合出来ると思っていたが勝手に分離する事もある様だ。
ユマだけでなく、プリルラやオルティナ姫と言った女の子の人格も吸収して来たが、今回みたいな命の危機となると、彼女らは残らず引っ込んでしまう。
って事はだ、例えばボルドー王子と結婚したとして、初夜に初体験を迎えた瞬間、痛みで『高橋敬一』の人格になってしまう事もあり得るか?
胸に抱いた、ボルドー王子を見やる。
意識は朦朧として額には玉の様な汗をかいている。
――キッツイ!
先程まで甘い妄想を抱いていたのに、今は一転気持ち悪い。
コレヤバいな、俺、どうやっても幸せになれなく無いか?
苦いモノを噛みつぶした俺の表情に、心配そうなシノニムさんの声が掛かる。
「マズイ状況ですか?」
「いや、問題ねーよ」
毒の方は問題ない、さっさと治療に移ろう。
「『我、望む、汝に混じりし死苔の毒よ、この手に引き寄せられん』」
魔法の発動と共に、血に混じり散っていった毒が再び傷口に集まり、やがて手の平に。
――ジュル、ペッ!
最後に再び傷口に残った僅かな毒を吸い出せば完了だ。
と、ココに至ってやっとお医者様の登場だ。
「ボルドー王子が瀕死の重傷というのは本当か!」
現れたのは王子とも話していた中央書庫の偏屈爺さん、フィダーソン老だった。
確かに爺さんなら医療の心得もあるんだろうが、俺が居れば必要ない。
「今治療中だから黙って見てろ」
すげなく追い返すが、爺さんは引かない。
「なんじゃと! ワシに見せてみよ! 暗殺の場合毒が使われている可能性があるぞい」
一周遅れの爺さんに、引き抜いたボルトを顎で指し示す。俺は回復魔法の制御に忙しいからだ。
「なんと! コレは
「そんなに強力な毒なのですか?」
「強力なのもそうじゃが、特効薬が存在しない毒を使うと言う事は交渉する余地も無く殺す事のみを考えていると言う事じゃ、王子は……もう、……助からん!」
「……そうでしょうか?」
フィダーソン老とシノニムさんの掛け合いを横目に、俺の治療は終了する。
「治りましたよ?」
「なんじゃと!?」
これは何かのコントだろうか? 王子の怪我を調べるフィダーソン老だが、当然そこには傷口すら存在しない。
「なんじゃコレは? 奇跡か?」
呆然と呟く老を尻目に、俺は大盤振る舞いした魔法の所為で酷い疲れに見舞われていた。
それに、右手から入り込んだ毒も少量ながら体に回ってしまった。今から魔法を掛けても効果は低いだろう。
「シノニムさん!」
「なんです?」
「寝ます」
「はっ?」
俺は一方的に宣言すると、暖炉の脇まで転がったソファーを立て直し、ゴロンと寝転んだ。
「なっ!? 馬鹿ですか! ちょっと」
慌てるシノニムさんの声が、はるか遠くへ遠ざかっていった。