死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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婚約準備と木村へお断り

 俺、ユマ姫とボルドー第二王子の婚約は大々的に発表された。

 で、来週には婚約披露パーティーが開催される。

 かなり急なスケジュールだが、それ以上はボルドー王子の性格的にジッとしてるのが無理との事。

 そもそも、婚約っていう結婚の前段階みたいなシステムがピンと来ないのだが、貴族ともなると結婚は大イベント過ぎて年単位の準備が必要なんだと。

 その上、結婚は家の都合で行われるので、結婚前だからと簡単に反故にされては堪らない、予約制度が必要になるって感じか?

 当たり前と言えば当たり前だが、前世の庶民感覚では理解し難い世界であった。

 では今生のお姫様、ユマ姫としてはどうか?

 

 実はエルフの王国でも婚約と言う制度は当たり前に存在していた。

 しかし俺は病弱だし、妹のセレナは……異常な魔力を持っていた所為だろうか? とにかく、二人とも婚約相手が定められる事は無かった。

 

 俺にだって縁談話が全く無かった訳じゃ無い、実際に同い年の男の子を紹介される機会も無いでは無かったが、俺は将来、国を出るつもりであった為、つれない対応に徹して居たら、いつの間にかそんな話も無くなっていた。

 俺としてはラッキーだとしか思わなかったが、周囲には酷く焦っている人も少なくなかったのを覚えている。

 それだけ、貴族の将来の相手と言うのは当たり前に決まっているモノだ。

 

 そう言う意味で、このビルダール王国も異常な状態と言える。

 第二王子は二十も半ばを過ぎて、婚約者が今まで居らず。第一王子カディナールだって婚約者のシャルティアが居るものの、いまだ結婚には至っていない。これは歴史的にも珍しい状態らしい。

 全ては第二王子ボルドーの婚約者の暗殺に端を発した政情不安が原因だが、それが落ち着こうと言う矢先、追い打ちの様に現王の健康問題が取り沙汰されている。

 これで荒れない訳は無い。

 

 ビルダール王国に動乱の嵐が吹き荒れようとしていた。

 その動乱の真っ只中に居る俺は、自室で落ち着かない思いをくすぶらせていた。

 

「私が、婚約……ですか」

 

 俺はシノニムさんが淹れてくれたお茶を啜りながら独りごちる。

 

「ユマ様でも、婚約となれば複雑な思いがありますか?」

 

 シノニムさんが不安そうに尋ねて来るが、これは一般的な婚前のアンニュイな気持ちとは違うと思うんだよな。

 俺の中の男の『高橋敬一』の意識が邪魔をするのだ。女性的な部分では納得しているのだが……

 ボルドー王子を思い描いた時の胸のドキドキが、不安からなのか恋心からなのかも良く解らない。

 そうで無くても『偶然』に巻き込んで殺してしまう可能性も非常に高い。

 

 『偶然』

 

 ここ王都に辿り着いてから、俺の身近な人間がポコポコ死ぬ事態には至っていない。

 だが、神から聞いた『偶然』の性質を考えればそれも納得なのだ。

 

 神が言うには『俺を強く思う人間』が狙われやすいのだと。

 その理屈として、頭の出来がいまいちな俺に何とか説明しようとした神は、シュレディンガーの猫を例に出していた。

 箱の中の猫は不確定で、不確定であれば『偶然』は容易く猫を殺す。死んでいることに対して辻褄を合わせてくる。

 だが多くの人間が観察している猫を『偶然』は殺せない。『偶然』はあくまで不確定な事象にのみ干渉出来るとかなんとか。

 では、多くの人間に観察されている猫をどうやって『偶然』は殺すのか。

 それは観察している周りの人間を殺してから、満を持して猫を殺すのだ。

 誰も見ていない猫は、箱の中の猫と同じ、というワケだ。

 

 だったらなんで誰にも注目されない普通の少年『高橋敬一』にそんな魂を入れたのか?

 それも猫に例えて、シュレディンガーの猫も野良猫と混ぜてしまえば、どれがどれだか解らない……とか。

 それと、普通であるが故に、たった一人を狙って不確定要素も介入し辛いとか何とか。

 

 そんな理屈を言っていたが、全部後付けで、理由は良く解っていないらしい。

 俺の魂を持った奴の死に様を統計的に分析した結果。思いっきり普通か、思い切り目立つか。極端な位が長生きしやすいと言うだけの話のようだ。

 ただし目立つ方は周りの人間を大勢巻き込むので、地球で試す上で、穏当な方をチョイスしたとの事だった。

 

 で、今生の俺は目立てるだけ目立とうと決めた。今やこの王国で、俺を知らない人間は居ない。

 ならば、俺は滅多な事で死ぬ事は無いはずだ。しかし逆に身近な人間は死ぬ確率がグッと高まる。第二王子も例外では無い。

 そう言う意味で、最も身近な観察者であるシノニムさんなんかは何時死んでもおかしくないと思っていたが、そこそこ運命力が強いのと、俺の事をコマとして割り切って淡白に接しているお陰か、今のところ無事だ。

 

 だが、第二王子ボルドーは性格的に婚約した俺を守ろうとするだろうし、運命力も至ってフツーのレベルだ。

 そして、巻き込んで殺してしまうには、ちょっと良い奴過ぎる。

 女の子としては勿論、男の部分でもなんだかんだアイツの事は気に入っている。それだけに悩みは尽きない。

 

 それに俺には絶対に殺したくない人間が一人居る。

 

「ハァ~~」

「そんなに悩む事は無いのでは? 王都に来た時の身一つの状況を思えば、王子との結婚など存外の成果と言えるでしょう?」

 

 シノニムさんの言う事はもっともなのだが、『偶然』の事は中々に打ち明けづらい。

 

「取り敢えず、後回しも限界でしょう。挨拶に行かなくては」

「挨拶? それはどこに?」

「勿論キィムラ商会です、専属を外れて貰わなければ」

「ああ、そんな話ありましたね」

 

 シノニムさんの返事はアッサリとした物だ、彼女の中で婚約と比較して、大して比重が大きくない話なのだろう。

 しかし、俺にとっては一大事だ。

 今や唯一の絶対に殺したく無い人間、それが木村だ。

 田中が死んじまって、木村まで『偶然』に巻き込んでしまっては堪らない。

 

 俺はセレナと、そして家族の復讐の為に。世界の全てを巻き込んでも構わないと思っていた。

 だが、田中を殺し。木村まで殺してしまうとしたら、流石に俺も決意が鈍る。

 思えば初めから頼るべきでは無かったが、ココまで甘えて来てしまった。

 

「キィムラ商会に向かいます」

「了解しました」

 

 決意を胸に、護衛を従え。俺は木村に会いに行くのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 とある昼下がり。我がキィムラ商会は一人の来客を迎えていた。

 マイ・ハニーこと、ユマ・ガーシェント・エンディアン。エルフの国のお姫様だ。

 もうその肩書きだけでサイッキョなのだが、銀髪オッド・アイの儚げな容姿。なにより鈴も転がす美声が堪らない。俺の鈴口も決壊寸前だ。

 

「今日は大切なお話が有って参りました」

 

 神妙に語り、緊張感の乗る声が美しい事。

 生きてて良かった。一度死んでるから、生き返って良かったが正解か。

 ちょっと宜しくないのが彼女の後ろにズラリと控えるムサイ護衛の数々。

 ま、それも例の話が真実ならば納得ではあるのだが。

 

「それは、私の商会を専属から外すと言う話で宜しいでしょうか?」

「ッ! その話、どこから聞きました?」

 

 当たりだ。どうやらユマたんを驚かせる事に開幕成功した様子。

 なんか隣から「うえ゛?」って汚いフィーゴ少年の声が聞こえたのは無視で。

 

「簡単な推測ですよ、ボルドー王子との婚約。となれば相手側の商会との関係も有る、私どもを専属として使い続けるのも無理があるでしょう」

 

 当たり前ではある。婚約して相手の神輿に乗るなら商会も相手側を使う必要が出てくる。

 

 それにしても、婚約か。

 

 そのニュースを聞いた時にゃー、思わず傷心旅行に出ようかと思ってしまった。

 でも相手はお姫様。名ばかり貴族の地位を手に入れたとは言え、所詮は一介の商人に過ぎない俺には釣り合いが取れない相手だとは初めから解っていた。

 それでも諦めきれず、ぶっちゃけ子飼いのヤクザ共に攫わせようかとも思ったが、100パー失敗するから辞めた。

 あー、こんな事ならもっと派手に暴れて、権力を付けておくべきだったかなー

 しかし、そんな俺の後悔を無視してユマたんは続ける。

 

「そう、ですか……お察しの通り、今日は私の婚約と、専属の見直しについて説明に参りました」

「それはそれは、ご丁寧に」

 

 実際、立場を考えれば俺の方を呼びつけるのが普通だ。わざわざ来てくれるのはありがたい。

 

 と、言うべき何だろうけど、惚れた相手から直接婚約の報告を聞くのはキチーのなんのって。

 この年にしての初恋が、ひと月とちょっとで早々にブレイクだ。

 

 しかし、続くユマたんの言葉に俺の心はブレイク、ブレイカー、ブレイキスト(最上級)の領域に。

 

「ただ、本当の所を言わせて頂くと。専属の解除どころか私との関係を切って欲しいのです」

「それは!? 一体どうしてでしょう? 我々に何か落ち度がありましたか?」

「後ろの護衛の数から解る通り、私は命を狙われています。タナカの友人である貴方を決して巻き込みたくないのです」

 

 ユマたんから語られたのは、オルティナ姫の生まれ変わりを名乗る自分を絶対に殺したい勢力。そして意外だったのは。

 

「シャルティア様が? ですか?」

「間違いありません、私が保証します」

 

 あの縦ロールのお蝶夫人が暗殺の首謀者? どころかメインの実行犯とか、さっすがの俺にも意味がサッパリ解らない。

 フィーゴ少年など「コイツ頭おかしいッスよ」のサインをひたすら俺へ連打している。

 交渉の最中にこっそり意思疎通する為に練習させたハンドサイン。しっかり活用してるな!

 客観的に見れば、変なリアクションを繰り返す少年が最も頭おかしい様にしか見えないのがポイント高い。

 

 一方で、なんとも微妙な顔で少年を見るユマたんの顔。

 シュール過ぎるでしょう!

 そんな顔すら可愛くて、傷心に染みてちょっぴり切ない。

 

「なればこそ、今までも語らせて貰った様に、私に友の意思を継ぎ、貴女を守る栄誉を与えて欲しいのですが」

「タナカの友人である貴方に守って貰える事。私は心から嬉しかった。しかし、今の私を守る権利があるのはあの方(ボルドー王子)だけです。貴方の気持ちを利用する様な事は出来ません」

「そうですか……」

 

 ……これは完全にアレだな。振られたな。

 友の意思と言いつつ、下心満載なのがバレていた。

 いや、堂々と好きだとは言ったけどね……

 そんで王子と婚約する以上、俺をキープするような不義理は出来ないと。

 

 フィーゴ少年は顔を真っ赤にして怒っているが、貴族としてはユマたんは義理堅過ぎる位だ。

 ってーか、そう言う風に意識して貰えているって意味で、王子との婚約さえ無ければ脈ありだったのかも知れん。うーん悔しい。

 アイドルが結婚した様なもんだと自分を慰めていたが、結婚しても応援してねではなく、応援しないでねってのは余計にキツい。

 代わりのアイドルを探そうにもこれだけの逸材が他に居るはずも無い。

 ってか、銀髪オッド・アイだけでアレなのに、亡国の姫で、悲劇の姫の生まれ変わりでって、設定盛りすぎでしょう?

 俺だけが救える、俺だけの悲劇のヒロインを探していたが。完全に手に余るヒロインを愛してしまった感。

 小器用だけど、いつも主役にはなりきれない自分の特性からして、身の丈に合わない恋と覚悟していたが、それにしたってバッドエンドも甚だしい。

 

 だけど俺にも意地がある。それに田中の弔い合戦と言うのも全部が全部嘘じゃ無い。

 最後に一花咲かせたいし、振られた相手に精一杯格好つけて終わりたいじゃんか。

 

「では、振られた男が哀れに思うなら。最後の贈り物として婚約披露宴で着るドレスを贈らせて欲しいのですが」

「それは……」

 

 これは無下に断れないだろう。

 婚約を正式に発表するパーティーは一週間後だ。

 どう言う事か知らないが急にも程がある。ユマ姫が婚約発表に見合うレベルのドレスを持っていない事ぐらい、専属だった俺は勿論知っている。

 当然、今からオーダーしても間に合わないし、どこからかお下がりを買って仕立て直すにもギリギリのスケジュールだ。

 頭が痛い問題なのでは無いだろうか。

 

「本当にドレスを用意できるのですか? 今からですよ?」

 

 食いついたのはユマたんのお付きのシノニム女史だ。

 実際に頭を悩ませていた問題なのだろう、食いつきが良い。

 

「勿論です、この様な事もあろうかと準備をさせて頂きました」

「そうですか……ユマ様、やはり今更にキィムラ商会と関係を切るのは難しいでしょう? 専属は無理でもこれからも良い関係を続けるべきでは?」

「で、ですが……シャルティアは既にキィムラさんに目を付けています。これからの危険度は今までの比になりません。キィムラさんが死んだら私は……」

 

 そう言ってユマ姫たんは俯いてしまう。

 俺はその様子に感動したね。なんせ「オメー色目使ってくるんじゃねーよ、こちとら王子サマって言う婚約者いるんじゃい!」と邪魔者扱いされてると覚悟したら。どうやらある程度は本気で心配してくれてそうなのだ。

 これは俄然やる気アップである。

 

「これでも私は田中の友人ですよ? 商人としてだけでなく腕の方も多少は自信が有ります、暗殺者が何人来ようと返り討ちにして見せますよ」

 

 ドンと胸を叩き、自信満々に語ってみせる俺。

 対してフィーゴ少年は『ド ン』とワンピース並の擬音が出そうな勢いで「お前頭おかしいんじゃ無いの?」のサインを連打である。

 

 うん、正直なトコ、腕っ節には全く自信が無い。つーか剣も殆ど握った事が無い。

 しかしココは覚悟の見せ所と判断、根拠の無い倍プッシュで攻めさせて頂く所存。

 一方で守ってあげたい当のお姫様の方はと言えば、呆れたと言わんばかりの深いため息を一つ。

 

「貴方がどの程度強いかは存じませんが、それでもシャルティアには絶対に勝てません。それだけの相手なのです。信じてくれないなら結構。私の頭がおかしくなったと思うなら、それこそ縁を切って下さい」

 

 そうして可愛い指で結ぶのは「コイツ頭おかしいッスよ」のサインである。

 突きつけられたフィーゴ少年は蒼白だ。

 

 

 ……な、なるほど。

 

 

 俺のハッタリ倍プッシュは筒抜け!! 筒抜けです!

 これはアレだな、「俺、地元じゃ結構なワルだったんだぜ?」って言ったら、相手も地元民だった時ぐらいの気まずさあるな。

 

 しかし、驚くべきはユマたんだろう。

 ハンドサインは難しい物ではないが、商会の幹部数人しか知らないのだ。

 

 商談では凄いオイシイ話で絶対獲れ! って時でも「うーん、大変良い提案なのですが~」などと言ってガッツかない方が良い事もあるし。

 相手が偉い人だったりすればコチラに全くメリットの無い、頭がオカシイ意味不明な商談でも、無下に断れない時もある。

 そう言う時を想定して「yes」「no」「相手が」「コチラが」「凄く良い」「良い」「普通」「悪い」「凄く悪い」「頭オカシイ」

 ぐらいの単純なサインを用意している。逆に言えばこの程度しかない。

 

 とは言え、幾ら簡単なハンドサインでも今まで見せる機会は精々数回、勿論目立たない様に動作に混ぜ込んでいるので、気が付かれる道理が無いのだ。

 

 だが、そう言えばユマたんは絶対的な記憶力があると聞いている。後から振り返って分析すれば、解読も可能だったのかも知れない。

 それにしても、ユマたんは本当に底が知れない。一体幾つ隠し球を用意してるのか。

 更に俺は、驚異的な魔法の力まで見せて貰った。

 もうね、神のチート能力とは何だったのかと言いたい程の圧倒的なファンタジーを感じてしまった。

 

 ……そして、これはユマたんなりのアピールだ。

 私は守られる弱い存在じゃ無いと言いたいのだ。

 

「私もですが、シャルティアも超常的な力を持っています。まともな人間に太刀打ちするのは難しいでしょう」

「解りました。しかし、それでも、それでも私は貴女にドレスを贈りたい」

「……では、コンペに出す事は許しましょう。しかし選ばれるとは思わないで下さい」

「十分で御座います。寛大な処置、感じ入ります」

「行きますよ! シノニム」

「ハッ、ハイ」

 

 そうして、ゾロゾロと護衛を引き連れ、ユマたんはあっという間に帰ってしまった。

 残ったのは赤くなったり青くなったりで大忙しのフィーゴ少年だけだ。

 因みに今は怒りで赤くなっている。

 

「キー、アイツめー! アレだけ世話になっておきながらー、コッチの好意を馬鹿にしてー」

 

 一人で憤っている。中々頭の回転も速い奴なのだが、ユマたんが絡むとどうにも愉快に変わってしまう。

 

「よし、少年。君には仕事があるぞ!」

「え? なんですか?」

 

 なんだかんだ、仕事と言うと真面目になるのが良い所。

 

「これは君にしか出来ない仕事だ、上手くすればユマ姫に一泡吹かせられるかも知れない」

「なっ! なんです? 僕なんでもやりますよ!」

 

 ん? 言ったね?

 

「宜しい、厳しい戦いになるぞ? 覚悟は良いな?」

「ハイ! 頑張ります! 僕、何をやれば良いですか?」

 

 ユマ姫のドレス、コンペに出すならマネキンに着せたって面白く無いよなぁ?

 

「女装だ!」

「え゛?」


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