死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「思った以上に騒ぎになっていますか?」
「そうかも知れません」
シノニムさんの報告に焦る。
俺とボルドー王子の婚約は思った以上の反響があった。
良い方にも悪い方にもだ。
なんだかんだ王族は国の象徴。そこに他国の血が混ざる……どころか、この世界ではいっそ
一方で俺の熱心なファンにしてみれば、『王子サマとの結婚』と言うのは物語の理想的なゴールとして祝福してくれている。
だが、おとぎ話は王子サマと結婚したらめでたしめでたしだが、俺はソコで終わりにするつもりは毛頭無い。
そして俺と王子との婚約に危機感を抱く人間もそれを恐れている。
なんせ、俺は帝国に故郷を追われた姫だ、帝国への恨みは隠しようも無いし、帝国だって俺を狙っている。
そんな人間と王子が婚約など、その存在自体が帝国を刺激するに十分。
主戦派と和平派、そして種族や民族差別の問題まで、ビルダール王国は街中で一般市民が唾を飛ばして意見を交える程の騒ぎになっていた。
治安も悪化していると言うし、命の危険は更に倍。
そして、もう一つ微妙な問題が……
「私とボルドー王子が駆け落ちや心中まで考えている。との噂ですが?」
「議論は過熱するものですから……」
シノニムさんは「さもありなん」と言わんばかり、俺も言いたい事は解る。
つまりだ、
「
「はぁ? お前、種族を越えて愛し合う二人を引き裂くのかよ! この婚約が認められないなら二人は駆け落ちするつもりらしいぞ」
と、話がエスカレートしているらしい。
確かに、物語の筋的にも恋愛結婚じゃないと締まらない。俺の支持層は俺とボルドー王子がラブラブなのだと信じている。
そうでないと、国を追われた姫が人気が無い第二王子を利用して国を乗っ取り、帝国へ積年の復讐を果たす、そんなホラーになってしまう。
いや、紛れも無い事実なのだが、俺の支持者は夢見がちな女の子が多いので、そう言うイメージは致命傷になりかねない。
「心底王子に惚れ込んでいるお姫様で居ないといけないのですね?」
「そう言った甘酸っぱい空気は、女性が最も好む所ですから」
正直そういうのは最も苦手なジャンルだ。プリルラ先生の男を口説くテクニックともまた違うだろうし。
と、なれば一応練習しておきたい。
「ではシノニム、王子役をやって下さい。夢見る少女の練習をしてみます」
「必要ですか? いえ、やってみましょう」
なんだかんだシノニムさんも特殊工作員、そう言った演技はお手の物。
スッーっと息を吸い込むと、さっそく演技に入った。
設定はズバリ、婚約発表会だ。
「ユマ、見てご覧! 僕たちを祝福するために多くの人が来てくれたよ」
……いやいやいやいや。
ボルドー王子は俺を呼び捨てにしないし、そんなキザっぽい口調で話すか? まてよ、ボルドー王子側もラブラブって設定なら間違いじゃ無いのか?
「うふふ、そうね。私達二人の幸せ、みんなにちょっとだけでも分けてあげたいわ」
そりゃね。そっちがその気なら、俺だって負けないよ? 多少は臭くなるのは仕方無い所。
ウットリした俺の表情に動じず、シノニムさんはキリッとした表情で答える。
「それは反対だな」
「あら? どうして?」
尋ねると、シノニムさんは俺の肩を抱き寄せ一言。
「君の愛は僕が独占したいからさ」
「もうっ! わがままなんだからっ!」
俺はシノニムさんにしな垂れかかる。
何だコレ? 意味有ったか? このやりとり。
――バサッ
その時、扉が開くと同時、洗濯物が落ちる音。
「何やってるんですか?」
呆然としたネルネがソコに居た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、外では凄い騒ぎになっているのに遊んでいたんですか?」
「遊びでは無いのですが……」
ネルネは呆れて我々の言い分は通りそうにない、どうしてこうなった!?
「なんか殺気立った人達が大勢、屋敷の前にたむろしていて怖いです」
ネルネは洗濯や買い出しで外に出る事も多い、身の危険を感じている様だ。
どんなもんかと、窓を少しだけ開けて様子を窺ってみれば(曇りガラスだから開けないと外が見えない)正に二つの団体が取っ組み合いの喧嘩を始める所だった。
恐らく片方は俺の支持者達で、もう片方は反対派だろう。
俺はそっと窓を閉めた。
「どうしましょう? 暴動が始まったようですが」
「放っておきましょう、じきに衛兵が鎮圧します。今、この屋敷にはボルドー様の肝いりの優秀な兵士も詰めていますし、問題ありません」
シノニムさんは何時も冷静だが、それじゃ面白く無い。
「ですが、市民を暴力で鎮圧するのは気が進みませんね、人気も落ちるでしょう?」
「それは……仕方が無いのでは?」
「うふふ、先程の特訓の成果、見せる時では無くって?」
そう言って、俺は可愛らしく笑ったつもりだったのだが……
「姫様……怖いです」
ネルネには不評であった。
「取り敢えず、ネルネは拡声器を、シノニムはギットの実を用意して下さい」
「? 拡声器はともかく、ギットの実ですか?」
「ええ、シノニムには私とボルドー王子の愛に嫉妬する、未婚の女性の役をお願いします」
「……ええ、ええ。そう言う事ですか。……解りました、未婚の女性ね……全力で務めさせて頂きます」
「え? ええ? 意味が解りませんよ?」
ネルネと違ってシノニムさんは理解が早くて助かる。
……いや、理解が早すぎて怖いって言うか。他意は無かった所まで余計に理解されたって言うか。
シノニムさんの目が冷たい。
――素直に後悔してます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ネルダリア領主オーズドの屋敷。
そこをユマ姫が宿にしていると言うのは周知の事実であった。
そのため、ボルドー王子との婚約の噂が駆け巡る昨今、その噂の真偽を確かめるために屋敷の前には多くの人が集まっていた。
しかし、集まった人々の心は一様ではない。
一方はその婚約を祝福するためだが、一方は断固反対と気炎を上げている。
「化け物が王国を汚すな!」
相手は貴族と同等の人物。直接的な物言いは避けていた反対派だったが、にらみ合いが続き、遂に過激な言葉が放たれる。
しかも、口を突いた言葉も、話す当人も良くなかった。
「何言ってんだ! お前の方がよっぽど化け物みたいな見た目じゃないか!」
擁護派から放たれた言葉は正にその通り、二人の婚約に反対の声を上げる女性は、それはそれは醜く、お前こそ化け物だろと言いたくもなる様な見た目をしていた。
実の所……その女性はまさしく暴動を発生させるためのトリガーとして、婚約反対派の貴族から雇われていた。
『醜い化粧』を施し、ツッコミ待ちの暴言を吐き、相手から暴言を引き出すと、夫に扮した男が掴み掛かる。
たちまち発生した暴動は屋敷の衛兵に鎮圧されるも、更なる話題と共に潜在的な婚約反対派を決起させるきっかけとなるハズだった。
……だが、その時。
良く通る澄んだ女性の声が、荒ぶる男達の怒声をもかき消す程に大きく響いた。
「見て! 二階の窓! ユマ姫よ!」
声につられて人々が見た先、開け放たれた窓に銀髪の少女が姿を現した。
「おっ! おおっ!」
男性陣は声にならない声を上げ、ハァっと女性陣は息を呑む。
目は大きく、耳は長い。人間とは明らかに異なる容姿だが、それは醜いどころか人間離れした美しさを誇り、流れる銀髪や華奢な体つきも、全てが強制的に人の目を奪う程の魅力に溢れていた。
「皆さん、私の事で争わないで下さい!」
可憐な声が響く。本来ならユマ姫の魅力だけで暴動は収まっていた。
それ程に見る者を圧倒的し、醜い心を浄化する美貌であった。
ただし、それでは『仕事』で来ている人間までは止まらない。
「ユマ様ァ! あんたは! 王国を乗っ取るつもりですか!」
「この国を血で染める気ですか!」
「
まだ幼い少女に向けるには、あまりに苛烈な言葉。しかし投げつけられたのは言葉だけに止まらなかった。
「化け物め! 森に帰れ!」
良く通る女性の声と共に、投げつけられたのはギットの実。
赤い果汁を称えた果実は、寸分違わず二階の窓際に立つユマ姫に命中した。
「痛いっ!」
上がった悲鳴は先程の毅然とした声では無い、見た目通りの、か弱い少女の声だった。
潰れた果実は赤い果汁で姫を濡らし、痛々しい姿を晒していた。
集まった人々は余りの事に言葉を失う。あれほど気炎を上げていた反対派も毒気を抜かれ、可愛そうに思ってしまう程だった。
――誰も、その果実が投げられたのが庭の中、より屋敷に近い所などと、気が付く者はいなかった。
お付きの女性が慌ててユマ姫を窓から遠ざけようとする様子は、通りからでもハッキリ見えた。
しかし、ユマ姫はそれに抵抗した。
必死に齧り付く様に窓に取り付いて、ギットの実で濡れた顔も厭わず大声で訴えた。
「私はっ! ただ、愛した人と! 愛した人の側で! 一緒に居たい! それだけなのです!」
ユマ姫の慟哭は集まった人々の心を激しく揺らした。
そして侍女が引きずる様にユマ姫を部屋に引っ張り込み、パタンと窓が閉まるまでの様子を呆然と見つめる事しか出来なかった。
以降、ユマ姫とボルドー王子の恋愛は悲恋の物語として熱く語られる事になる。
それに文句を言うなど、恋を知らない無粋な人間と罵られる事になるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「このギット、美味しいですね」
俺は顔に付いた果汁をペロリと舐める。
「はしたないですよ! 今切りますから」
シノニムさんは予期していたのか、用意していたギットの実を一つ、綺麗にナイフで皮を剥いてくれた。
俺はそれを頬張りながら笑う。
「それにしても、全力でぶつけ過ぎでは無いですか? 本気で痛かったですよ? シノニムさん?」
「失礼しました、独身女性の嫉妬が乗ってしまったものですから」
「うふふふふ」
「おほほほほ」
「……本当に仲が良いですね、えっと……良いんですよね?」
笑い合う俺達に、何度目かの呆れたネルネの声が掛けられた。