死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「はぁ……」
思いがけず、ため息が漏れた。
「新婚さんのため息は幸運が逃げるって言いますよん」
耳元で馬鹿みたいに明るい声が返される。
モジャモジャの赤髪にそばかす。それでいて底抜けに明るいこの人は針子さんである。それも十人以上の針子さんを従えるリーダーだ。俺は十人以上の針子さん達に取り囲まれていた。
……逃げ場は無い。
ココはオーズド邸にて宛がわれた俺の私室。そこでドレスのお直しの真っ最中だった。
木村のドレスは俺の為にと一から作られたモノ。そして、木村の商会は専属で、何を頼むにもアイツの商会が窓口になっている。
つまり、今までも何着かドレスの注文をしてるので、俺の体のサイズはアイツに筒抜けだったと言うわけ。
だから、ドレスのお直しの工数も比較的少なくて済む……かと思いきや、今度は斬新なデザインが問題となった。
体のラインがハッキリと出る服なので細かい微調整が必須、更に言えば
……ちょっとの細工で着られたと言うのに悲しいモノがあるが、ソコは気にしたら負けだろう。
そんなワケで木村のツテで集められた女性針子が、何人も集って寄ってたかって採寸と修正、試着を繰り返しながら細かい調整を行っている最中だった。
ドレスの作成者の木村もこの作業には立ち会っていない。ドレスを着たり脱いだりするので当然か。
俺の私室が今や女の戦場と化していた。元男の意識では全く落ち着かない。
だが、やることが無いので、シャルティアの殺し方や、健康値の影響を受けながらの魔法の制御、あとは『参照権』で本を読んだり、見た目よりは忙しく過ごしては居る。
逆に言うと、そういう事をしているから男の意識のまま、この場に馴染めないで居た。
そんな時に飛び込んで来たのがシノニムさんだ。顔色が悪い、何事だろうか?
震える声で話すのは、来客の報せだった。
「ソルダム軍団長……ですか?」
今まで絡みが無い人物だ。アポ無しでやって来るとはふざけている。だが、そんな輩は大勢居る、敢えてシノニムさんが取り次いで来る理由とは?
「よりによって、王子から貸し出された近衛兵が懐柔されています」
「へぇ?」
つまり、なんだ? 断ろうとすれば押し入ってくると? 随分とヤンチャじゃないか。
シノニムさんは、近衛兵相手だからと身体検査に抜かりがあった事を詫びるが、何も相手は俺の首を取ろうと言う剣幕では無いらしい。
俺の魔法と同じだ、悪意が無いからこそタチが悪い、主戦派として帝国脅威論を唱える小娘が気にくわないと言う話なのだろう。
実際、いざ戦争となれば初めに矢面に立たされるのが彼らだ。
近衛兵長のゼクトールさんが近衛騎士や貴族の保有する騎士戦力の頂点だとするならば、軍団長はいわば雑兵の頂点だ。
侮るなかれ、お世辞にも練度が高いとは言えず、士気も低く、意識も低い彼らを纏めるのは並大抵の事では無い。
貴族階級では無い人間が、身一つで目指せる立身出世の到達点と言われる軍団長。そこに必要な資質は強さと、何より『恐ろしさ』と聞く。
育ちの悪い兵士、徴兵された農民、ゴロツキ。有事となればそんな人間をまとめ上げて出兵する必要があるのが軍団長だ。
つまり、ビビらせてケツを蹴っ飛ばして言う事を聞かせる専門家。諜報部とは言え貴族の生まれのシノニムさんじゃ荷が重い相手か。
俺はざっくばらんに命じた。
「ここに呼んでよ、時間ないし」
「ここに……ですか?」
俺の言葉にシノニムさんはハッキリと眉をひそめた。だけど、コッチだって暇じゃ無い。丁度女の子ばかりで居心地が悪かったところだ、不快感の共有をしたいね。
通常、女の子だらけの中に男が一人って居心地の悪さは、二人で味わう事は不可能。だけど俺だけは例外だ。
「相手は命がけで来てるんだろ? 女ばかりで居心地悪い位でガタガタ言わせないぜ」
「しかし!」
「あんたも、その方が良いだろ?」
俺が、もじゃ髪の針子リーダーに問いかければ、あっけらかんと言い放つ。
「ん! そうだね、期間がギリギリ、一秒だって惜しい」
「ほら、呼んでよ、早く!」
「……解りました、ですが姫様、口調の方はご注意を」
「あぁん? わーってるよ! …………私がその様な
態度を一変させ、氷の様な冷たい微笑みを返してやれば、シノニムさんが薄く笑った。
「……失礼しました」
そう言って部屋を辞すシノニムさんだけど、なんか楽しんでない?
なるほど、アポを断ったときによっぽど酷いことを言われたに違いない。シノニムさんもアレで女の子、ヤクザ紛いのオッサンに恫喝されれば恐かったろうし、腹も立ったに違いない。
これは、もう、俺がガツンと言ってやらねばならないな……
「邪魔するぜ」
そんな事を思っていたのだが、入ってきたソルダム軍団長はイメージと違った。
ヤクザと思ったら、洋ゲーとかアメコミの敵役みたいな顔だった。ハッキリ言うと、顔面が焼けただれて溶けていた。
てっきりヤクザみたいに恫喝されたのかと思ったが顔が恐かったみたいだ。シノニムさんも案外乙女である。この手の顔は洋ゲーとかやってると見慣れてしまう。なんで海外の人ってすぐに顔面溶かすんだろうね? 謎。
だけど、女の子に受けが悪いのは認めざるを得ない、針子の女性達は軽いパニックに陥った。
三百時間ぐらいヘッドショットを狙い続ければ、その顔面が愛おしくなるのだが……
針子リーダーだけは動じていない、どんな服が似合うか考えている顔だ。全身タイツとかどうですか? って提案したいね。
「ほらほら手を止めない!」
針子リーダーがパンパン手を叩くと、おっかなびっくり他の針子さんも作業に戻った。
シノニムさんが簡素な椅子を一つ、俺と向かい合う様に置いた。そうして壁際に戻ると片目で俺を見る、お手並み拝見と言いたげだ。
「どうぞ」
俺が着席を許せば、ソルダム軍団長は収まりが悪そうにそこに座った。
「こりゃぁまた、お忙しい所にどうも」
はい、不快感の共有大成功である。
「では、帰りますか?」
「そうは行かねぇな」
牙を見せて笑うが、敵意が無い。ハッタリだ、身の危険は無いだろう。
それより、俺はどうやったらこんな迫力満点の火傷になるか考えていた。
溶けて熱々のチョコをぶっかければこうなるか? チョコ食べたい。
俺が、今世で味わえない至高の甘味に思いを馳せれば、ソルダム軍団長から動揺の気配が伝わった。
こんな顔をしている癖に心の機微に聡い奴だ。……なるほど、獰猛に笑ってみせれば他の奴は怯えたか? そうやって雑兵を支配してきたのか?
俺みたいな小娘が、どんな事を考えているかお見通し、そう言う自信で来たのに、感じたのが甘味に対する渇望じゃ、驚くのも無理はない。
いや、チョコを思って俺はウットリとした笑顔を向けてしまったか? 言葉に詰まったソルダム軍団長がなんとか口を開く。
「先ずはよ、お礼を言わせてくれ、ブルンガの膝を治してくれたそうじゃねぇか」
「ブルンガ? ……ああ、あの豚みたいな男ですね」
「ヒヒッ、違ぇねぇ! 確かにアイツは豚顔よ! だがなアイツの突進は豚どころか
「勇敢な戦士とは聞きました、膝をやられて引退したとか」
「そうよ、これが戦場での傷ならまだ救われたがな、訓練中ちっと、おふざけが過ぎた時の事故だからもう落ち込んじまってよ、すっかり酒に溺れちまってな」
「はぁ……」
「それが久々に元気で嬉しいったら無いぜ、お陰でアイツ、すっかりアンタのファンだぜ?」
知らんがなと言いたい、俺は軍の偉い人だと言う事でゼクトールさんのツテで怪我を治しただけだ。変に癒着したスジを切り裂いて、正しく
……ただし、麻酔無しで。
ギャーギャー泣きやがるから、ホントに歴戦の猛者なのかと笑ってしまった。
だけど現金なモノで、抱きついて可愛らしく訊ねれば、途端に泣き止んだのを覚えている。
「わたしに切り刻まれるのは、いやですか? わたしにころされるのは、いやですか?」
じっと目をみて訊ねれば、悪くないと笑った。途端に魔法の通りも良くなった。
俺は美少女だ、美少女に殺されるなら、無為に生きるよりはマシだろう? 俺はソレを知っている。
元気になった後は忠誠さえも誓ってくれたよ? お前の知り合いか? ソルダム軍団長。
少しでも心が読めるなら読んで見せろと俺が薄く笑うと、軍団長は少し腰が引けた様だった。
「ファンと言やーよ、あの堅物のゼクトールも随分とアンタに入れ込んでるんだって?」
「ゼクトール近衛兵長ですか。近衛兵の支持を得られたのは嬉しいのですが、最近は好きな食べ物はなんだとか意味不明な質問が多い上、サインやら握手を求めてきて……正直言わせて頂くとウザったいですね」
コレは大マジだ、あのオッサン。俺をアイドルか何かと勘違いしている。
「ウザったい! 傑作だね! マジかよ! アイツ、公私混同するなが口癖だった癖に!」
「今度私が言いましょう、公私混同しないで! と」
「傑作だな! 頼むぜオイ! そっれにしてもよ、騎士も一般兵も区別無くアンタの人気は高まる一方だ、ブルンガ以外も治してくれるんだろ? 噂になってるぜ」
「手が空けば……ですが」
「軍人にとっちゃ怪我は死活問題よ、それも障害が残る怪我なら何をしてでも治したいだろうぜ、アンタは軍の支持を総取りだ」
「…………」
「ましてや王子の婚約者、いつかはアンタの命令ひとつで軍を好きなように動かせる様になるんだろうなぁ!」
「……なにが、言いたいのです?」
いい加減、オッサンの話が回りくどい。顔が無い分を補う様に、オーバーリアクションだから余計にウザい。
ソルダム軍団長は軽薄な笑みを引っ込め、真面目な顔になる。いや、顔は無いのだがそれが伝わる。
切り替えが早い、リアクションとかもそうだが、役者の方が向いているんじゃ無いか? モンスター役を用意したいね。
「俺はよ、お嬢ちゃんに覚悟を問いに来たのよ」
「覚悟、とは?」
「一言で言えばよ、嬢ちゃんは戦争をするつもりだよな?」
「そうですね、否定はしません」
俺は、帝国を引き裂きたい! それだけは揺るがない。
「それが間違ってるんだ。戦争なんてな、無いに越した事はねぇんだ。それでも起きちまう時だけで十分、自分から仕掛けよう、準備しよう。それが要らねぇ戦争を却って招いちまうんだよ」
「では、王国が何もしなければ戦争は起きないと?」
「そうは言っちゃいねぇが、お嬢ちゃんのやろうとしてる事が……いや、嬢ちゃんが婚約するだけで、十分戦争の原因にはなるわな、それは解ってるのかい?」
「そちらこそ解っているのですか? 我々、
「絶対に違うと、お嬢ちゃんは言い切れるのかい?」
「言い切れますね」
「へぇ、何故だか聞いても?」
「戦争の理由は帝国が臆病だからです」
「へぇ?」
そうでなくても奴らは俺達が超科学を持っている事を知っている、知ってしまえば放置は出来ない。ソレが人間だ。
「根も葉もない噂、それを信じて戦争を仕掛ける相手です、戦争は回避出来ません」
「しかしよぉ、それはザバ、いやエルフの国が帝国と話し合いをしてこなかったからだろ?」
「話し合いをして、その結果戦争が起こらないとも限りません。武器が無いと知るや、取るに足りぬと攻めてくる相手も居るでしょう」
「戦力を整えている事が、戦争の切っ掛けにもなるだろう?」
「そうですね、どっちにも転びます。しかし確実に言えるのは、今やこの世界のパワーバランスが明らかに変わってしまったという事実。これは揺るぎません、ならば少なくても『覚悟』を決めるべきではないですか?」
化かし合いはよせよ、結果論なら幾らでも言えるんだ。事実だけを並べても、戦争の公算は大きいぜ?
「そうは言うがよ、お嬢ちゃんは戦争の本質を理解してるのかい?」
「本質とは?」
「戦争ってのはよ、人間と人間をぶつけ合ってよ、グチャグチャに擂り潰す。それが戦争だ。そんで真っ先に擂り潰されるのは貴族でも騎士様でもねぇ、俺達一般兵よ」
「そうでしょうね」
俺は何でも無い様に、笑った。無垢なる笑顔で。
ソコに込めた思いは、……俺も擂り潰される第一候補だ。と言う一念。
一人で潰されるのが嫌なら、一緒に踊ってやるよ。ソレじゃ不満か? と笑いかけても俺の思いは伝わらなかった。
「ホントに解ってんのかぁ? お嬢ちゃんの知り合いが、家族がどんだけ死んだか知らねぇがな、今度はお嬢ちゃん自身がその原因を作る事になるんだぞ!」
「……あの時、私達には『覚悟』が無かった、自分たちが『擂り潰される』側などと、夢にも思っていなかった」
「……そうか、そうかよ」
「皆は、いつも通り一方的に『擂り潰せる』と、そう思っていたのでしょう。それどころか、作業だと考えて居たかもしれません。戦争がある事すら私は知らされていませんでした。軍事演習の事実をうっすらと聞いただけ」
もっと俺が気を配っていれば、そう思わなかった日は無い。
思い出しただけで、血は凍り、目の奥から火花が散る様な痛みが走る。
「私達には『覚悟』が無かった。だからまさか王宮まで攻め込まれるとは思わず、誰も何の準備も出来ていなかった。攻め込まれてから『覚悟』を決めても、準備を始めても既に遅いのです、『覚悟』を決める事が戦争の原因だとしても、『覚悟』無しで戦争に巻き込まれるより後悔は少ないでしょう」
俺の中で、怒りと、絶望に、魔力が溢れ、
渦巻く力は見えなくとも、皆の行動を縛るには十分だった。
唯一動けたのはソルダム軍団長だけ、そして、よりによって俺に覚悟を問うてきた。
「そうかい、でもよお嬢ちゃんが言う『覚悟』ってのはなんだい?」
「どうぞ、と見せられるほど安い物では無いと思っていますが」
「それでもよ、見せて貰えるなら、擂り潰される側だって納得が行くんだよ」
「そう言われても、私に前線で戦えと? そう言う事ならむしろ願ってもいませんが?」
俺は殺したい、一人でも多く。そのための力もある。
俺が部屋の壁に立てかけられた弓をギラついた目で見つめれば、ソレ見たことかとばかりにソルダム軍団長は立ち上がった。
「やっぱりアンタは復讐心に狂っちまってるよ。アンタはただ、死んでいく帝国兵を間近で見たい、そんだけだろ?」
そうだよ? 悪いか?
「違うと言い切れる自信は有りません」
「ほらな! 俺が問いたい『覚悟』ってのはな、そんな狂気を満たす道具に使われる人間の事を考えた事があるかって事よ」
「考えたからなんだと言うのです? それでも戦争は起こります。その時に、納得出来る『擂り潰され方』なんて存在するのですか?」
「有るね! 俺が悩み、考えるのはいっつもその事よ。どうやったら納得して死ねるのかってな。国の考えはどうあれ、直接兵士に死んでこいって命令するのは俺だからな、考えねぇ日は無いぐらいだぜ」
「では、その納得出来る死に方を、『擂り潰され方』をお聞きしても宜しいでしょうか? そんな物があるのなら!」
「ああ、いいさ。言ってやる。それこそが『覚悟』よ! かの名将ゲイル将軍の逸話として、兵達に言った言葉がある『お前らを一人死なす度、俺は一本の針を舌に刺す。千人死ぬなら俺の舌は針山になるだろう』とな」
なんだそれ? ただの自己満足じゃ無いか。
「?? 解らないのですが、舌に針を刺す事が、死者の供養になるのですか?」
あまりにストレートな俺の質問に、毒気を抜かれたように軍団長が答える。
「そりゃあ……自分の死をそれだけの痛みとしてくれたら、戦う方は嬉しいんじゃないか? 少なくとも俺は死地へ向かえと命じる上司に、それだけの覚悟があれば嬉しいぜ?」
へぇ、そうなの? そんなんで良いのなら俺はスグにでもその『覚悟』を見せられる。
「そうですか、それは良い事を聞きました」
俺は心の底から笑った。本当に嬉しかったのだ。
そんな供養があるのならやってみたい。
皆が俺を漫画の登場人物みたいに思っている、俺の悲しみも苦しみも知らず、羨ましいとすら思っている。
上っ面のお姫様としての可愛さだけしか見ていない、何でも無いフリをして、失ったモノの大きさを見せない様にし過ぎたか。
――よく見ておけ、俺の絶望の百分の一ぐらいは伝わるだろう。
採寸を続ける針子リーダーを無視して立ち上がると、俺は裁縫箱を引っ掴んだ。
「アルト、フェンス、リザー、ドムト、グンザ、ココラ、イーナ……」
広げた布の上、呟きながら一本一本針を並べる……
俺が何をしようとしているのか、気が付いたのはシノニムさんだけ。
「止めてッ!!! 止めなさい!!!!」
シノニムさんの悲鳴を余所に、俺は並べた針を一気に自らの舌へと突き刺した。