死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「止めてッ!!! 止めなさい!!!!」
シノニムさんの言葉も無視して、俺は自らの舌に針をまとめて突き刺した。
――脳の中で、何かが弾けた。
強烈な痛みが舌から直接脳を焼いた。視界が真っ赤に染まり、燃える様に舌が熱い。なのに冷たい汗が体中から噴き出して、ブルブルと体が震える。
キャーキャーと泣き叫ぶ針子達の声が遠くに聞こえる。
そうだ、よく見ておけ。見ているだけで痛いだろう? 俺はその百倍は痛いぞ?
だけどな、俺の悲しみは、俺の苦しみは、こんな痛みじゃ表せない!
もっとだ! もっと鋭く! もっと強烈な痛みじゃなきゃ、伝わらない。
強引に裁縫箱から掴み取ったのは、先ほどよりも大きい針だ。
「止めろと! 言っています!」
シノニムさんが俺の腕を掴んで、止める。
邪魔を、するな!
――ッ!
ギロリと睨めば、ハッとした表情でシノニムさんが後ずさる。
何を見たんだ? 俺も見た、シノニムさんの背後に見た。
――アルト、フェンス、リザー、ドムト、グンザ、ココラ、イーナ
針に見立てた皆の顔だ。みんな笑っていた。みんな! 笑っていたんだ。
彼らは俺の侍女や護衛だ、ずっと俺の世話をしてくれた。家族よりも話した時間は長いかもしれない人達だ。
きっと幻覚だ。強烈な痛みで幻覚を見てるんだ。
それは解る。解るけど、俺は嬉しかった。舌に刺さる針の一本一本が愛おしくすら思えてきた。
なのに……シノニムさんは邪魔をする。
「抜きます!」
決意を込めた目で、俺に立ち向かった。伸ばした手で、舌に刺さった針を掴む。
「邪魔ァ!」
俺はシノニムさんを突き飛ばした。枷が外れた腕力は、長身で鍛え上げた体のシノニムさんを吹き飛ばす。
尻もちをつくシノニムさんの顔面を、口から飛び散った血飛沫が赤く染めた。
針が抜け、舌から出血したのだ。シノニムさんの握り締めた右手には赤く染まった針が見えた。
侍女達を奪われた! 瞬間、頭が煮える様な苛立ちを覚えるが、シノニムさんも侍女だ、彼女も一人では大変だろう。
そのぐらいは譲っても良い。そう思えた。
俺には、もっと大切な人達がいる。
「……ウーブ、ガルゴ、リオール、ピラリス」
机の上には先ほどよりも、ずっと大きな針が並んだ。
彼らは、彼女たちは、特別な侍従たちだ。陰に日向に、不健康な俺を見守ってくれた人達だ。
俺が、気を失った時、変な所で寝てしまったとき、ベッドまで運んでくれた人達だ。死にかけていたとき、見つけてくれた人達だ。
声も上げられないときに、転んだときに、溺れたときに、黙って抜け出してこっそり気絶したときに、それでも絶対に見つけてくれた人達だ。
みんな、みんな、死んだ!
俺は、彼らが笑った顔を思い出せない。
『参照権』で思い出そうとしても、山と積まれた死体に混ざった彼らの姿しか思い出せない。
『参照権』がある限り、俺の記憶は薄れない。あの日の記憶だけが焼き付いて、他の記憶を上書きする。
俺は四本の図太い針が愛おしくて仕方がない。コレで彼らの笑顔が見られる。
その肩を掴んで止める者が居た。
今度は誰かと振り返れば、ソルダム軍団長だった。
「止めるんだ嬢ちゃん、嬢ちゃんの覚悟は解った! 十分だ!」
「邪魔をずるな゛と言っでる!」
もんじゃみたいな顔面に、俺の血飛沫が飛ぶ。それでも軍団長は手を離さない。リミッターが外れた力で握り返すが、丸太の様な腕は俺の力ではびくともしない。
「力づくでも止めるぜ!」
それどころか、軍団長は俺の華奢な肩が外れそうな程に、強い力で握りしめた。
馬並みの力で引っ張られれば、体が揺らぐ。コレでは針が刺せない、彼らが浮かばれない。
――邪魔を、するなぁぁぁぁぁ!!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
限界まで開かれていた俺の目が、意識に反して閉じられる。世界が細くなり、暗転する。
内側から制御不能な魔力の奔流が駆け巡り、俺の体を焼いていく。命を削って溢れる魔力が、体の外へと漏れ出した。
もう、他にどんな音も聞こえない。誰の叫びも届かない。
たとえ見えなくても、どんなに鈍くとも、力が渦巻いているのを感じるだろう。圧倒的な魔力を前に、軍団長がヘナヘナと座り込むのを見届けると、俺は作業を再開した。
何って? 針を並べるのをだ、たった四本の訳が無い。
まだ、メインが残っている。
「……父様、母様、ステフ兄さん、田中、セレナ」
父様は、厳しくともずっと私を見守ってくれた。
母様は、面倒臭いぐらいに私を愛してくれた。
ステフ兄さんは、ずっとカッコイイ憧れだった。
田中は前世からの親友だった。馬鹿な話も、真面目な話も聞いてくれる親友だった。
セレナは、私の生き甲斐だった。
串みたいな針が四本。田中とセレナの針なんて、編み棒みたいな大きさだ。
俺は一本一本、針を取り上げた。
――ウーブ、ガルゴ、リオール、ピラリス。
まずは四本、図太い針を舌に突き刺す。暗転した視界が赤く明滅した。
――父様。
串みたいな針を取り出し、刺す。ブチリと肉が裂ける音がした。
――母様。
更に大きい串を、刺す。脳を灼き尽くす火花が散る。
――ステフ兄さん。
太く捻れた串を、刺す。手が、足が震え、天地が解らなくなる。
「う゛あ゛ぁ、う゛」
奇妙な呻き声が聞こえ、ソレが自分の喉から鳴っているのだと初めて気が付いた。
大量に溢れ出た血が、喉を塞いでいた。飲み込もうとしたら、刺さった針が邪魔をした。喉に針が詰まり、ズタズタに引き裂いていく。
信じ難い程の痛み、俺は体の自由を失った。
ひきつけを起こし、手足がガクガクと震える。針だらけの舌を無理矢理喉奥に引っ込めようとする反射行動が起こり、余計に喉を引き裂いた。
大量の血と引っ込んだ舌が気道を塞ぎ、呼吸すらも不可能になった。
俺は、私は、死にかけていた。
視界の端に、泣きながら近づこうとするシノニムさんが見える。
だけど、要らない。俺には二人が居る。
机の上、ひったくる様に両手に掴んだ二本の針。
――そして。
その針を自らの口内へと突き刺した。引っ込んだ舌を強引に刺し、貫く。
「うぐ、グゲッ」
そのまま突き入れた針を、ゆっくりと持ち上げた。
ひきつけを起こして、勝手に引っ込んでいた舌がゆっくりと外にでた。
突き入れた針と、刺さっていた串針とが絡まって、気道を塞ぐ舌を引き出すことに成功した。
俺はビチャビチャと血を吐き出す。
「なんて、事を」
恐慌するシノニムさんの震える声が聞こえる。ズルズルと這いつくばったまま、それでも俺に近づいてきていた。
ああ、馬鹿な事をした、俺を心配するその姿に、あの日のピラリスさんが重なった。
「ゴホッ、ゲェ」
俺は大きな二本の針を引き抜き、小さな針も次々と舌から抜いていく。口内や喉に突き刺さってしまった針も残らずだ。
その過程で俺はふらつき、血反吐を吐く。シノニムさんに顔を拭いて貰うのだが情けない思いで一杯だった、痛みと貧血に意識が飛びそうになると肩を叩かれた。
そうだ、今、気絶してしまってはマズイ。
舌の怪我は命に関わるし、出血も酷い。少しでも早く魔法で治さなくては、マトモに喋る事も出来なくなる。
「少ひ離れてくらはい、魔法を使ひまふ」
挽き肉みたいになった舌では、マトモに言葉が出なかった。
それでも呪文は発動し、少しずつ舌が癒えていく。
――だが。
欠損が酷い、コレでは……中々治らない。
トチ来るって馬鹿な事をした。だけど、仕方が無い。コレが俺だ、他ならぬ覚悟を問われて、俺には止まることなど出来はしない。
背筋に冷や汗が伝うが、それすらもいっそ心地よく思える。
「大丈夫、ですか?」
「治りきってふぁ、いませへんね」
でも、まぁ、後悔はしている。俺は痛みに頬を押さえる。
ホッと息を吐くシノニムさんだが、俺は魔法に必死だ。
「どうふぇ、暇なのですから、徐々に治します、問題はこの惨状ですね」
針子達は殆どが気絶し、部屋の中で倒れていた。唯一倒れていなかった赤もじゃ毛の針子リーダーがパンパンと、一人一人叩き起こしていく。
「ホラ! 起きて! 起きなさい! 間に合わないでしょ!」
いや、タフだなオイ。そう言えば木村に針仕事を教えたのはこの女性だそうな、なるほどね。
あとは、ソルダム軍団長の話の途中だった。
「そへで、なんお話でひたっけ? 覚悟を見せゆとか?」
「いや、もう良い! 十分だ! 止めてくれ」
血だらけの俺を見て、スッカリ腰が引けてしまった軍団長は、そのままスゴスゴと退散した。
……全く、なんだったんだよアイツ?
で、どうやら後でシノニムさんから聞いた話だけど、俺の覚悟に感服したとかで「何でも言ってくれ、腹は決まった」みたいな事を言っていたらしいよ?
意味が解らないね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「痛っ」
「当たり前でショーよ」
俺の悲鳴に呆れた声を上げるのは針子の女性、この人はなんと言うか図太いねーマジで。
馬鹿な事をしたと自戒の思いがあるが、後悔はしていない。
結局、ズタズタになった心に合わせて、体を痛めつける必要があったのだ。
なんとなくサッパリした思いすらある。俺がうじうじしたって仕方無いのだが『参照権』の弊害か、あの日の記憶は消えてはくれない。
何かの拍子に思い出してしまうし、忘れたくも無いので時折見返してしまう。
すると夜、一人になると眠れず。密かに開発した電気魔法、通称スタンガンを自分に使って、気絶して無理矢理眠るのだ。
本当は護身用に開発したのだが、当然魔法なので健康値で消されてしまうので全く使いものにならなかった。
お蔵入りと思っていたが、気絶するために頻繁に自分に使う事になるなどと、その時は思っても居なかった。
外傷が無いので重宝していたが、毎晩寝不足でおかしくなる位なら、いっそもっと早く、こんな風に派手に痛めつけた方が良かったのかも知れない。
自己満足には違いないが、なんだか不思議な達成感がある。
俺は手元の二本の針を見つめる。
――田中とセレナだ。
「この針、頂いても宜しいですか?」
「……良いけど」
大切に大きな二本の針をしまい込む俺を、針子の女性は可哀想な者を見る目で見つめる。
いや、実際に可哀想なのだが。まぁ、記念と言うか? なんだろう?
そう言えば田中とセレナは針になっても俺を守ってくれた。気道を塞いだ舌を引っ張り出してくれた。
その事が、なんとも言えず嬉しいのだ。
――いや? あんまり健康的な思考では無いと解っていますよ?
でも自己満足以外の要因として、可哀想な者を見る目で見られるのも悪く無いと言いますか、同情されるのって美少女に転生して良かったなと思える部分ですな。
前世の普通の少年の時は、不幸な目に遭っても、変な奴だなーって笑われるだけだったからね?
俺はこんなにも普通だと言うのに! 変な奴だと言われるのがどれだけのストレスだったか!
ところが今世では絶世の美少女。お陰で不幸な目に遭った時は勿論、今回の様な自傷行為でも可哀想と同情して貰えるのはなんだか嬉しい。
不健康だとは思うのだが、嬉しい物は仕方が無い。せいぜい癖にならないように気をつけよう。
前世でリストカットするメンヘラな女の子を見て、どうしてこんな可愛い子が病んでしまうのだろう?
と不思議で仕方が無かったが、可愛いからこそ、同情を買えるからこそ、自分で傷つけてしまうのかと、美少女に生まれ変わって、心からの納得だろうか。
ま、馬鹿臭いからもうやらないけど。……多分ね。
「あ、姫様」
その時、部屋の中にネルネが入ってきた。
あのトチ狂った様子をこの娘に見られなかったのは幸いか。恥ずかしいからね。
「今夜の夕飯なのですが……」
ネルネの言葉に、思わず顔が引き攣る。舌が痛いし、溢れる血を大量に飲んでしまって胃が荒れている。なんであれ、喉を通りそうに無い。
なるべく刺激の少ない物をお願いしたい所だ。
「実はキィムラ男爵が用意してくれた新作らしいです! 楽しみですね!」
続く言葉に、俺は益々顔を強ばらせる。今度は逆の心配だ。
今まで俺は木村に負け続けている。
今回もまた、俺の気持ちに応える様に、舌と胃に優しい出汁の利いたおかゆでも出されてしまったら、きっとトロけきったアヘ顔を晒してしまうに違いない。
ただでさえ、ドレスを選ばざるを得なかった事で「なんだかんだ、ユマたんは俺の事が好きなんだなぁ」などと勘違いしている木村の顔を想像するだけで、沸々と殺意が湧いてくると言うのに!
ココに来て、木村が用意したご飯を幸せそうに食べる姿、決して見られたくは無い。
「何という、食べ物ですか?」
「確か――カレーパン、と言っていました」
その言葉に俺は満面の笑みで応える。
「そうですか、楽しみですね!」
「ハイッ」
ネルネと笑い合う。
大好物のカレー。
今世で初めて食べるカレー。
しかし、強烈な刺激物。今日に限ってはトロけ切った顔を木村に晒さずに済みそうだと俺は笑うのだった。