死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

123 / 327
婚約発表会

 遂に、婚約発表の日がやって来た。

 その会場だが、例のキィムラ商会の劇場となっている。

 

 いやさぁ……コレ、俺が決死の思いで木村の商会を専属から外そうとした甲斐ないじゃん?

 何なんだよ! しかも知った時には全てが決まっていたし。

 

 会場選びは難航したらしいが、最終的に決定したのは第三王女のヨルミちゃんと聞いた。

 まず貴族の間にはいまだに俺の圧倒的な人気を知らず、バケモノと(ののし)って(はばか)らない頭の固い連中が少なくないらしいのだ。

 そんな奴らに俺の人気を見せつけるには、市民が立ち寄れる会場が必要だった。そうなった時、第二王子には市民に近い位置にある大劇場のアテがなかったのだ。

 

 しかし同時に木村からも猛プッシュが有ったのは間違い無い。

 新しく出来た劇場は、既存の既得権益を破壊する為に建てたと聞いている。

 イベントスペースも備えていて、情報発信基地として設計されている。

 こんな大イベントを逃して堪るかと思うのも無理はない。

 

 情報を制する者が全てを制する。それを知っているのが木村だ。安価な紙、印刷技術の向上、教育改革にも乗り気と聞いた。

 

 ……アイツ、数年後には革命でも起こすつもりだったんじゃないか?

 

 メチャクチャあり得る。

 薄ら寒い物を感じながら窓の外を見ると、ソワソワと劇場を見守る多数の市民に、引っ切り無しにやってくる貴族の馬車の群れ。

 馬車はキャパオーバーだから別会場に駐車場も用意するらしいよ? 詳しく知らんけど。

 

「緊張しているのか?」

 

 アンニュイな気持ちで外を見ていると、声を掛けられた。未来の旦那様たるボルドー王子が俺の隣に座る。

 俺達がいる場所は劇場の四階。貴族のために特別な接待をするスペースだとか。

 いや、エロい意味じゃなくて。貴族が遊びに来た際に、出演前の主演女優が挨拶に来たりとかするらしい

 

 ……アレ? エロい意味なのか?

 

 まぁ良い。つまり貴族用の待機スペースだ。で、今日この待機スペースで長時間待機する予定の第二王子。

 これも作戦の一つなのだが、それはつまり婚約発表なのに、開幕は俺が一人で(しの)がなくてはならないと言う事だ。

 正直コレは、かなりしんどい。

 

「ええ、少しだけ。……私で大丈夫でしょうか?」

「ユマ、君なら大丈夫だ。保証する」

 

 王子はそう言いながら、俺の肩に手を置いた。

 左横に並んで、右手で俺の右肩にだ、つまり肩に手を回して抱き寄せる感じ。

 

 ……え? なんか、距離感が近い。

 

 名前を呼ぶのも珍しいし、これではシノニムさんの予行演習を笑えない。

 ……いや? 何もおかしくないじゃないか! 俺達は婚約発表するんだから、甘い雰囲気作りは確かに必要だ。

 だったら俺もやってやらんとマズいな、王子にだけ恥を掻かせる訳にはいかん。

 王子の肩に頭を預け、甘える様な声を出す。

 

「アナタがそう言ってくれるなら……私、頑張れそうな気がします」

「!?」

「??……」

「…………」

「…………」

 

 ハイッ! 大失敗。

 

 沈黙ッ! 答えは沈黙!

 気まずいままに、俺はそっと王子の肩から退くと、そこに気遣った声が掛けられた。

 

「……あの、余り無理をしないで良いと思うぞ」

「ええ、ありがとう……ございます」

 

 俺はもう、それだけ言うのが精一杯だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 さて、いよいよ会場が開かれ、大ホールには多くの貴族達が泳ぎ回っていた。

 俺はそれを舞台袖からチラリと眺める。

 オープニングは俺の挨拶でスタートする手はずだ、婚約発表なのに一人で登場する異常事態にどう言う反応があるか不安なだけに、会場の雰囲気は押さえておきたい。

 

 立食形式のパーティーである事はいつも通りなのだが、今回は木村の商会だけでなく、王子の付き合いのある商会の食べ物や飲み物も並んでいる。

 

 が、それはハッキリと公開処刑の様相を呈していた。

 向かって右側。木村の方はプリンやゼリー、シュークリームなどの甘味は勿論、ウニやあん肝みたいな海産物(勿論、加熱している)を裏ごししてコク深いクリームを作ったり、山椒みたいな山で取れた目新しい香辛料を組み合わせ、刺激的な味を作っている。

 一方で左側、第二王子の商会は伝統的な料理を並べるが、見た目も味も地味で話題性にも乏しいため、全く手に取られていない。

 結果、料理が無くなり、がらんとしたキィムラ商会側のテーブルと、料理が満載の第二王子側のテーブルと言う構図になってしまった。

 一方、人間の方の偏りは真逆だ。

 食通の貴族がその素材を予想しながら、豊富なうんちくを披露していて、それを聞こうと人だかりが出来ている。

 机の回りには料理の供給待ちの貴族が世間話をしているが、大切な情報交換のハズが気もそぞろ。

 それどころかウェイターやメイドさんがワゴンを押してくるのだが、あろう事かそのワゴンから「ちょっと拝借」してしまう貴族の多いこと!

 マナー違反だし普通はそんな事しないのだが、待ちきれないと言った様子だ。

 それだけでも困った事なのに、貴族達は食材当てゲームの答え合わせをメイドさん達に求めてくるので、その受け答えも大変である。

 そんな熱狂を見ながら、俺は顔を青くし、歯を食いしばって耐えていた。

 

 ――俺も食べたい、味わいたい。

 

 食べれば良いだろう? と人は言うだろうが、実は人には言えない事情があった。

 

 味が、分からない!

 

 そう、この前、調子に乗ってメンヘラ気味に針をぶっ刺してしまったからだ。

 いやー治ると思ったんだけどなー

 実際ほぼ治ったし、一見元通りなんだけど、味覚に対する刺激が極端に鈍くなってしまった。

 もう二度と以前の様に食事を楽しめないと思うと、目の前が真っ暗になる思いがする。

 これが誰かの陰謀で毒を盛られて、その後遺症で味が分からなくなったとかなら良いよ?

 そしたら俺だって「陰謀に巻き込まれ、味覚すら奪われたアテクシ」として、ヨヨヨと回りに泣きついて同情を買ったりとか、悲劇のヒロイン的な楽しみが出来たと思う。

 

 それが、トチ狂って自分で舌に針を刺した結果って……

 

 控えめに言って、キチガイである。

 クソ馬鹿としか言い様がない、針を刺した事も馬鹿なら、その後カレーパン食べたり、翌日の治療も程ほどにアイスとか作ったりしてるのがクソ馬鹿キングダム。

 人生でこんなに後悔した事は無い。悲劇は一通り体験してきたが、それらはあくまで不可抗力。

 気が狂いそうな後悔って中々無いよ? 

 余りにアホの子過ぎて、シノニムさんにも打ち明けられない。

 

 「え? 馬鹿ですか?」とか言われたら立ち直れないからだ。

 

 かといって、誰にも打ち明けられない現状も辛い。

 「美味しいですか?」と聞かれて「ええ、とっても」などと応える時の絶望感とか筆舌に尽くしがたい。

 

 ……いっそ死にたくなった。

 

 セレナや田中が死んだ時だって、こうも死にたくなったかと言われれば疑問だ。

 仇は取ってやる! とか、何クソ屈してなる物か! という闘志が湧きようが無いからだ。

 それどころかこんなクソ馬鹿死んで当然!

 とか、どうせ生きていても何にもならねーよ!

 みたいなネガティブな感情が味覚が鈍っただけで湧いてくるから凄い。

 

 そうして青くなって震えていたからだろうか? 急に後ろから抱きしめられた。

 

「ううっ、ユマ様ぁ! そんなに緊張しないで下さい、私もついてますからー」

 

 ネルネだった。ネルネは泣きながら俺を励ましてくれる。

 

「もし、もしユマ様がなにか失敗しても、最後の最後まで、絶対に見捨てない人が揃っています」

 

 いつの間にか現れたシノニムさんも俺を励ましてくれる。

 

「でも……私はッ」

 

 しかし、心は晴れない。俺の悲しみはソコには無いからだ。

 悲嘆に暮れる俺に、荒々しく野太い男の声が掛かる。

 

「生きてりゃ取り返しの付かない事なんてこの世にねぇよ、現に俺の怪我はお嬢ちゃんが治してくれた。今度は俺の番さ、お嬢ちゃんが失敗したら俺が代わりに何でもやってやるぜ!」

 

 格好いい事を言うダンディな声に振り返れば、そこに居たのは巨大な、豚?

 

 この豚は? 誰?

 

 あ、ブルンガだっけ? 凄腕の兵士らしいが、訓練中にはしゃいで膝をやって引退していたのを俺が魔法で治したのだった。

 いやーーーーコイツが言うと説得力が有るな! 膝を治した時はふざけて、怪我をして、落ち込んで、死にたいとか、どんだけ甘えた奴だと内心馬鹿にしていた。

 それこそクソ馬鹿かと思っていたが、今、初めてコイツの気持ちが解る。

 

「どんな人間にもミスはあります、でも、それを助け合えるのもまた人間だと思います」

「おっ! おおぅ! 俺は絶対に、死んでもお嬢ちゃんを助けるからな!」

 

 号泣する豚。汚い感じなので止めて欲しい。

 ネルネやシノニムさんも涙ぐんでるけど、コッチは可愛いからやっぱり女の子は得だな。

 

 ってか、言ったな? この豚。俺、マジで命がけで助けて貰うからね? 俺、度々死にそうになるから、口だけとか絶対に許されないよ?

 元を正せばお前の膝がアッサリ治ったから、自分の舌なんて余裕と勘違いした所あるからね? (膝と舌じゃ複雑さが全然違ったよ!)

 それに「生きてりゃ取り返しの付かない事なんてこの世に無い」ってのは良い言葉。

 よっし、こいつに取り返して貰おう。

 実は、俺の舌を治すアテは在る。

 

 ――吸血鬼だ。

 

 神の言葉を信じるなら、俺の前世には最後の吸血鬼がいる。

 王都に残る吸血鬼伝説、最も有名なのはオルティナ姫の後の王国動乱期。不吉な伝承が数多くあるのだが、最たる物が吸血鬼だ。

 混乱期ゆえに信憑性は不明だが、吸血鬼は腕を切り落とされるも逃げおおせ、次に出会った時には元通り生えていたとか何とか。

 

 あのね? 酒呑童子だって流石に腕は生えないよ? くっつくだけだよ?

 オルティナ姫の運命視みたいにこの力を手に入れる事が可能なら、舌の復活とか余裕だろう。

 俺の寿命を考えたら、狙って前世を回収する暇など無いし、吸血鬼の本拠地なんて何があるか解らんトコに突っ込むリスクを勘案すれば、現実味は薄いと思っていた。

 そもそもが眉唾で、プラスになるかマイナスになるか解らんからね。

 でもまぁ、そんなに俺の尻拭いをしたいならして貰おう、そうしよう。

 

「本当……ですか? 本当に私のミスで、どれだけ多くの人が犠牲になるか知れないのですよ?」

「それでもだ! 俺は嬢ちゃんの為なら何時だって命を賭けられる!」

 

 豚はそう言って、俺の脇に手を入れて大きく持ち上げる。

 ……怖いので止めて欲しい。

 どうやら感動的なシーンなのか、皆涙ぐんでいる、でも俺の涙は恐怖からの物だから!

 

 それにしても、回復魔法で治すと、どちらさんも即デレてくれる。

 ゼクトールさんとかキャラまで変わってしまったから笑う。

 そう言えばさっきの王子の様子もデレ気味だった。これ、何か変な精神的作用とか有るんじゃ無いか?

 まだ禁術の準備も出来て無いのに、洗脳する魔女と弾圧されるのは勘弁して欲しいのだが。

 

 そんな事を考えて居たら、いよいよ式が始まるらしい。

 

「勇気をありがとう、私、行ってきます!」

 

 儚げな笑みを意識して、俺は舞台へと飛び出した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 この世界が中世と明確に違う点は魔道具のあるなしだ。

 魔法というエネルギーは、エルフの国ではそれこそ電気みたいに幅広く利用されていたが、ビルダール王国では精々ライトぐらい。

 たかがライト、されどライト。

 劇場と言う場所ではその有無の差は計り知れない。

 さらに拡声器の魔道具はちょっとお高いのだが、この劇場には完備されている。普通の大型マイクなので演劇には使いにくいが、スピーチなら問題ない。

 この二つが揃えば、現代の結婚式とそう変わる物では無い。

 照明を落とした会場で、俺はスポットライトを一身に浴びていた。

 

「ボルドー様は体調が優れず、本日は私から報告をさせて頂きます、私、ユマ・ガーシェント・エンディアンとボルドー・ラ・ヴィット・ビルダールは婚約します」

 

 俺の言葉にザワめく会場、だが俺は無視して話を続けていく。

 

 俺を守る為にボルドー王子が同盟を申し込んだ事。

 兄の様に慕っていたボルドー王子への気持ちが、次第に恋心へ変わって行った事。

 そして、暗殺者の死体を目にして震える俺の姿に、ボルドー王子も恋をして、二人の文通が始まったと。

 そういう『設定』で、作家に作って貰ったポエムを朗読した。

 

 そんな茶番染みたワンマンショーだが、なんだかんだ場が暖まってきた。

 会場に明かりが戻る。次は質疑応答の時間だ。

 この質疑応答の時間こそが勝負。ボルドー王子の体調不良が本当なのか? 流石に姿を見せないのは問題では? と強く食い下がる相手が怪しいと言う事らしい。

 ガバガバな作戦に思えるが、そこはお任せだ。

 俺や木村は地球で様々な物語を読みすぎて、客としてはスレて居る。

 案外この世界の人には、単純すぎる策のがハマるのかも知れないし。

 

 そんな事を考えていると、会場がどよめいた。どうやら遅れて大物が登場したみたい。

 

「カディナール殿下だ!」

「シャルティア様もいるぞ!」

 

 ……一応招待状は送っていた。

 だがボルドー王子との仲の悪さは有名で、来る事は無いと思われていたのだが……

 

 相手が王位継承権第一となれば、俺も舞台の上で安穏とはしていられない、慌てて舞台を降りて挨拶に向かう。

 

「カディナール様! 今日は来て頂けないのかと」

「ハハッ、実の弟の婚約だよ? 兄として出席しない訳には行かないさ。それが、僕が怪我をさせてしまったユマちゃんとの婚約ともなればなおさらね」

「まぁ! 私、カディナール様を兄と呼べる日が待ちきれませんわ」

「僕も君みたいな可愛い妹が出来ると思うと楽しみだよ」

「ふふっ」

「ハハッ!」

 

 なーにが、「ハハッ!」だ、おまえはミッキーか!

 と笑い合っていると、出て来たのはシャルティアだ、今日も凶悪な血の様な運命光が目に痛い。

 

「もう、カディナール様ったら、私にもユマちゃんと話をさせて」

「ハハッ悪い悪い」

「シャルティアお姉様、お久しぶりです」

 

 俺は両手を広げ、シャルティアへと抱きついた。

 

「? え、ええ、この前の同盟発表会、以来かしら? 思えばあの時、既に二人は好き合っていたのね」

「はい、秘密だって言われていたのです」

「もうっ! サッパリ気付かなかったわ、いい人を紹介するなんて余計なお世話だったのね」

「へへっ」

「うふふ」

 

 抱き合って笑い合う、俺とシャルティア。

 

「オイオイ、二人は仲が悪いと聞いていたが随分と親密じゃ無いか」

「噂はアテにならんな」

「二人の恋路から目を反らす為の、シャルティア様の策だったのかも知れませんぞ」

 

 などなど、ギャラリーは驚愕の声を上げるが、俺にしたって命がけの行動だ。

 なにせ暗殺者、即効性じゃなく遅効性の毒だって持っている可能性があるし、どんな仕掛けをされるか解らない。

 俺だって数日前だったら頼まれたって絶対にこんな行動は取らなかった。

 

 因みに、ただのヤケクソである。

 

 味がわからねーとか生きてる意味ねーし! やれるもんならやって見ろクソが!

 そんな感じである。

 ココで死んだらセレナや田中の無念を晴らせない! 何としてでも生きたい。

 そう言う思いはある。あるにはあるが、だからと言って、死にたくないと籠もって居ても事態が好転するとは限らない。

 だったら勝負した上で、殺された方が納得が行く。

 そう言う意味で、いっそ生への執着が減ったお陰で、よりドライに命を賭けられる様になった。

 死に際のアカギ状態と言えば、なんとなく強そうな気がしないでも無い。

 

「あら? 私、シャルティアお姉様の声、最近聞いたような気がします」

 

 そんな事を言いながら、俺は体内の魔力を脈動させ、目に集める。

 怪しく魔力光が輝く目、そして活性化する魔力。

 シャルティアが魔力が見えるのならば、それを利用して、逆に存分に揺さぶってやれば良い。

 

「! そ、そう? 気のせいでは無くって?」

 

 しかし、シャルティアは一瞬の動揺を見せた物の、俺を突き飛ばす様な、致命的な失態は犯さなかった。

 至近距離で魔力が渦巻いているのを感じれば、エルフ同士だって警戒する。

 それが、魔力を目視出来ると思われるシャルティアが耐えたのは意外と言うか、空恐ろしい。

 これが魔力が見えると言うのが気のせいなら良いのだが、シャルティアは明らかに動揺していた。

 顔色も青く、声も上ずっている。ここまで演技ならお手上げだが、流石にないだろう。

 

 動揺しているシャルティアは、こう見ると結構可愛い。

 

 気の強い女の子が顔を青くしている所って良いよね? それが、いつもは蛇みたいに鋭い目をして超然としている女の子なら最高だ。

 その動揺に目を凝らせば、何時もは隠している目線の動きがハッキリ探れた。

 確実に魔力が見えている。顔に掠めた魔力の動きにハッキリ反応した。

 

 油断出来ないなと警戒度を上げながらも、名残惜しさすら演出して俺はシャルティアから離れる。

 

「今度は二人っきりでシャルティアお姉様とお話ししたいです」

 

 俺はありったけの魔力を絞り出し、嵐の様に渦巻く中で、不気味に笑った。

 きっとシャルティア以外には、ただの満面の笑顔と映っただろう。

 

「ええ、私も楽しみだわ」

 

 涙目になる姿を期待したのだが、ソコまでのサービスはしてくれなかった。

 シャルティアも蛇の様な鋭い瞳で迎え撃ち、俺を睨むが、顔は笑顔。全く隙が無い。

 

「うふふ」

「えへへ」

 

 笑顔の中に殺意が渦巻く危険地帯、どんな素人だって腰が引けそうな物だが、極度に鈍い人間は居るモノで、無遠慮にカディナール王子が割り込んだ。

 

「ところでユマちゃん、弟のボルドーはどこだい? 今日の主役だろう? 僕に挨拶をさせてくれないか?」

 

 いや、コイツ凄いな。と初めてカディナール王子を尊敬しかけた。

 だが、この位鈍くないとシャルティアの旦那とか無理だし、納得か?

 

「それが……あの人は、今日、急に風邪を引いてしまって。体調不良で伏せってしまっているのです」

「それはいけないね、でも、兄である僕にぐらいはお見舞いさせて貰えるだろう?」

「でも、良くない病かも知れないって、感染するとマズイと心配してました」

「ハハッ、僕は弟に風邪をうつされた位でどうにかなるほど、弱くも無いし、小さい男では無いよ」

 

 ……ふむぅ、筋は通っているな。

 そもそも、婚約発表の場だと言うのに主役がいない方が余程筋が通っていない。

 これは流石にこれ以上引っ張れないぞ?

 

「あの、でも、本当に調子が悪くて、挨拶が出来るかどうかも解らないのです」

「そう言って、それっぽく見える木偶と対面させる訳では無いだろうね?」

「なっ! そんな事!」

「どうかなぁ? みんな! 聞いてくれ! 実は非道な噂が流されている!」

 

 カディナールは突然に大声を張り、宣言した。

 

「このユマ姫が、弟ボルドーに呪いを掛け、王座の簒奪を目論んでいると言う外道な物言いだ! 僕はこの噂に決着を付けるためココに来た!」

 

 カディナール王子は朗々と語る、って言うか大分気持ちが良さそうである。

 

「ユマ姫の名誉の為に、そして弟の万が一を考えて僕はどうしても弟に会いたいのだ! ユマちゃん、弟に、会わせてくれるね」

 

 俺へと向き直ったその笑みは、酷く歪んでいた。

 

「…………」

 

 なるほど、ボルドー王子の狙いはコレか?

 

 カディナールの言い分は、俺への嫌疑を晴らす風であっても、疑っているのはミエミエだ。

 ボルドー王子が元気に出て来たら、白けた空気はカディナールへ刺さるだろう。

 ま、その程度じゃシャルティアを追い詰めるには、ちょっと弱いなとは思うが、そんな些細な恥を気にするのがこのカディナール王子だ。

 

「うっ、わ、私! どうすれば良いか、ボルドー兄様に聞いて来ます!」

「あらっ、普段はボルドー兄様って呼んでいるのね、可愛いわ」

「あぅ、ううぅ」

 

 シャルティアのツッコミに、俺は赤面する。

 ……当然演技である。

 こう言う、咄嗟の時にボルドーを兄様と呼んでしまう、恋愛未満な感じ、最高に萌えるじゃん?

 スルーされるかと思ったけど拾って貰って嬉しい。

 と、そこへ、舞台から声が掛かった。

 

「オイオイ()()、僕のハニーをそんなに苛めないでくれないかい?」

 

 ボルドー王子であった。

 

「……は? はぁ?」

 

 素の声が出た! 低っくい声出た! 自分でもビックリする程。

 演技台無しである。

 現れたのはボルドー王子だ。さっき控え室で会ったばかりだから間違い無い。

 間違いないのだが、声がなんか酒焼けした様な変な声だし。加えて格好もオカシイ。

 婚約衣装はさっきも見たが、問題は胸元。そこに衣装と全く似合わない浮いた存在のシルバーアクセサリーが光っていらっしゃる。

 それはもう、露骨に! 光ってらっしゃる! 正直センスが酷い。

 もっと酷いのが言動だ。

 なんだよ? ハニーって! ハニーってなんだよ! シノニムさんの王子の演技の方が十倍良かった。

 まさかボルドー王子、地味だ地味だとは思っていたが、華やかな舞台に引きずり出せばココまでセンスがない男とは、露程も知らなんだ。

 ホラッ! カディナール王子だってドン引きしてるし、俺は恥ずかしいよ。

 

「何故ッ! 生きている?」

 

 あっ、そっちね、そりゃそうだよね。

 カディナール王子は、暗殺の張本人たるシャルティアを睨む。

 睨まれたシャルティアも眉を(ひそ)(いぶか)しむ。

 この様子が余りのセンスの悪さに引いてるのだとしたら、むしろ一周して笑うよ?

 

「どう言う事だ?」

「魔法で治したのでは? 怪我をたちどころに治す魔法が有ると噂に聞きました」

 

 二人はコソコソと会話をしている、ちなみにコレは集音の魔法で拾った会話だ。

 これだけ人が多いと、こんな魔法でも使うのは一苦労、範囲を絞った上で、魔力を多く使って制御していた。

 しかし、魔力を無駄に渦巻かせた影響と、無遠慮に近づいてきた貴族の健康値の干渉を受け、最も使い慣れた魔法だと言うのに、俺は魔力を暴走させてしまう。

 

死苔茸(チリアム)を塗った矢を刺したと言ったでは無いか!!」

 

 カディナール王子の小声は、大声に変換されて、広間に大音量で再生された。

 

 会場はシン――と静まり返る。

 魔法の出力に失敗した。俺の健康値にしばらくはマイナス補正だし、魔力もちょっと弱まるが、そんなのがおつりが来る位のラッキーだ。

 

 『偶然』が良い方に仕事したと思って良いのか?

 

 一方で、小声で話したハズの内容が大音量で暴かれた王子は驚愕する。

 シャルティアは俺を睨むが、俺は『計画通り』と不敵に笑う事で応える。

 そこにボルドー王子から追撃が入る。

 

「今、死苔茸(チリアム)などと物騒な単語が聞こえましたが?」

「五月蠅い! 黙れ!」

 

 カディナール王子は取り繕う仮面も剥がれ、焦った声を上げる。

 

「そうは行きませんな、()()。実は最近、死苔茸(チリアム)を使う賊が侵入したのです、もしも知っている事が有るのなら、何でも良いので答えて頂けると」

(あに)(ぎみ)だと! 気持ち悪い、お前にそんな事言われる謂われは……」

 

 言いかけてカディナール王子はハッとする、その視線の先には悪趣味なシルバーアクセサリー。

 その時だ、カディナール王子が見つめる目の前、突然ボルドー王子が白く発光した。

 

「うわっ?」

「なんだ?」

 

 凄く(まぶ)しい。

 今のは? と見上げれば、単純にスポットライトが多重にボルドー王子を照らしただけだと解った。

 

 ……なんだ? なにが起こっている?

 

 何か、俺の知らない事が起こっているのは間違いない。その証拠に追い詰められたカディナール王子が突然高笑いを始めたのだ。

 

「ヒヒッ、ハハッ、そうか! そう言う事か! (あに)(ぎみ)ね! (あに)(ぎみ)か! アイツは兄上ならともかく、そんな風に僕を呼ばないよ」

 

 ……なるほど、付け加えさせて貰えば、俺をハニーとも呼ばない。

 そしてカディナール王子は一転、俺へと邪悪な笑みを浮かべる。

 

「そう言えばユマちゃんは最近、大事にしていたティアラを付けていないね? 無くしたのかな?」

 

 なんか急にコッチにお鉢が回ってきたぞ? そんな事突然言われても、正直に答えるしか無い。

 

「いえ、私が無事である事を証明するために、預けてしまいましたが?」

「ハハッ、唯一の宝を預けた……ね。代わりにどんな秘宝を手に入れたんだい?」

 

 ん? あ!

 ……そうか、そう言う事か。

 

「俺は赤の他人に兄と呼ばせる趣味は無いよ! 姿を現せ!」

 

 そう叫ぶと、カディナール王子はボルドー王子の胸元のアクセサリーを引きちぎった。

 

 しかし、当然だが、何も起こりはしなかったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。