死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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婚約発表会2

「何故だ! 何故? 正体を顕せ!」

 

 カディナール王子は異様な様相でボルドー王子に迫り、肩を掴んで揺すっている。

 

()()、一体何事ですか?」

 

 一方で、ボルドー王子も急変した。いや、コレこそがいつものボルドー王子、さっきまでがおかしかったのだ。

 酒焼けした様な声は鳴りを潜め、変に浮ついた様子も無い。

 

「何故だ!? 何故……」

 

 一方でカディナール王子の狼狽はいっそ滑稽な程。青い顔で身を引くと、引っ掴んだアクセサリーを片手に呆然としている。

 ……どうやら、信じがたい事にカディナール王子はボルドー王子から引き千切ったアクセサリーが『ルイーンの宝飾』だと勘違いした様だ。

 

 ルイーンの宝飾。それは、他人の姿に化けられると言う秘宝だ。

 

 しかし言うまでも無く、そんな便利なモノはエルフの国にだって存在しない。

 地球で言うならアラジンの魔法のランプとか、そう言う類の伝説のアイテムで、決して実在しないのだ。

 

 では何故、カディナール王子は物語と現実をごっちゃにしてしまったのか?

 

 まず、俺を題材にした演劇の存在だ。今や王都の名物と化したロングラン公演なのだが、それにルイーンの宝飾が登場する、コレが大きいだろう。

 そして、そこに登場するルイーンの宝飾のデザインが、ボルドー王子が身に付けていたセンスが悪いシルバーアクセサリーに似ているのだ。

 更に、カディナール王子にしてみれば、ボルドー王子は強力な死苔茸(チリアム)の毒を受け、死んでいなくてはオカシイ。

 姿を見せない、と聞いたので俺を糾弾する為に意気揚々とやって来たのに、拍子抜けする程元気な姿でボルドー王子は現れた。

 しかし、兄君と言う呼び方も、そしていっそ声すらいつもと異なる。

 そして、最近になって俺がエルフの使者と接触したのは周知の事実。

 

 そこに思い至って、閃いてはいけないモノを閃いてしまったのだろう。

 

 しかし、よくよく考えれば、演劇に登場するルイーンの宝飾のデザインにだって根拠は無い、それに似ている事に一切の意味は無い事は自明だ。

 どんな馬鹿かと言う話だが、恐らくカディナールにとって、まずボルドー王子が出てくる所が予想外。

 動揺した所で、シャルティアと相談する内緒話を俺の魔法で暴露されるのも予想外。

 混乱が頂点に達した所に、スルリと垂らされた糸は当然罠だったと言う寸法だ。

 

 恐らくは周到にボルドー王子が仕掛けた罠。それにしたってハマり過ぎだ。

 嬉しいを通り越して、乾いた笑いに引き攣っている俺に、楽しげな声が掛けられた。

 

「思った以上、この上ない大物が掛かりましたね」

 

 木村である。見上げる表情はいつもよりくたびれて見える。

 そっか、やっぱりアレを作ったのは……

 

「ええ、私です。ユマ様が婚約者へ贈るアクセサリー。専属商会の主にオーダーメードで依頼するのは当然のことでしょう?」

 

 そっかー

 あの趣味の悪いアクセは俺のプレゼントだったかー

 ……俺のログには何も無いが?

 

「私がセンスの無い人物と思われたらどうしてくれます?」

「人間、一つぐらい欠点が有った方が可愛いですよ? 姫は完璧過ぎます」

 

 ふーん。

 いや、センスが悪い理由は解っているつもりだ。

 ――ワザと、衣装とマッチせず、浮いて見える様、むしろ巧みにデザインされている。

 そのために、センスが悪く見えるのだ。

 

「カディナール様、おやめ下さい!」

 

 シャルティアの悲鳴、何かと目をやれば、カディナール王子が偽ルイーンの宝飾を床に叩きつけていた。

 

「黙って見てろ! コレを壊せば、きっと!」

 

 カディナールの愚行にため息をつくシャルティア。一方でカディナールは勢いよくアクセサリーを踏み潰した。

 

 ――グシャッ!

 

 おーおー、なんとまぁ壊れやすい事!

 あしらわれた青い宝石はいっそ清々しい程にはじけ飛び、シルバーの装飾はクタクタに潰れてしまった。

 何より面白いのは、潰れると同時に木村が「……あぅ」と力ない声を漏らした事。

 その憔悴した様子から、けっこう無理なスケジュールで作った力作だったに違いない。

 ざまぁ! と言う感情も無いでは無いが、代わりに俺が文句を言ってやろうじゃないか。

 

「え゛!? あっ! あああっ」

 

 俺はカディナール王子の足元に滑り込み、悲痛な声を上げる。

 

「どうしてっ! どうしてこんな!」

 

 そして泣きべそをかきながら、必死に砕けた宝石をかき集める。

 一方でカディナールは俺に構う余裕も無い様だ。

 

「どうして!? 何故正体を顕さない!」

「王子、我々はハメられました!」

 

 変化のないボルドー王子を見つめ、呆然とするカディナールへと、シャルティアは小声で、しかし毅然とした口調で話し掛ける。

 小声と行っても近くの人には丸聞こえ、取り繕う意味も無いのだろう。

 

「まさか! お前? 嘘をついたのか?」

「私ではありません、死苔茸(チリアム)を食らえばどんな人間も死に至る。そんな我々の常識を利用され、罠に嵌められたのです」

「そんな! まさか……」

 

 と、二人のやりとりは進んでいるが、俺は俺で仕事を続けなければ。

 俺は砕けた宝石とひしゃげたアクセサリーを手に、涙ながらにカディナールへと詰め寄った。

 

「なぜです? なぜ? 私がボルドー王子へと贈ったプレゼントを壊したのですか? 何がお気に障ったのですか?」

 

 俺の涙ながらの訴えに、周囲はアッと言う顔をする。

 新郎が目立つ所に付けていたセンスの悪いアクセサリー。どうして第二王子ともあろう人物が壊滅的なセンスのコーディネートを? と言う疑問も異国の新婦が贈ったアクセサリーと思えば納得出来ることだろう。

 そう言った事情が飲み込めた時に、思わず非難の目を向けてしまうのは、相手が第一王子カディナールと言えど必定だった。

 

「なっ! なんだと! 元はと言えば、お前がこんな紛らわしい、センスの悪いアクセサリーを作るからだろうが!」

 

 そう言ってカディナール王子は俺の手をはたく。当然、俺の手の上の壊れたアクセサリーは再び飛び散った。

 

「きゃっ!」

 

 手をはたかれた俺は可愛らしい悲鳴を上げてよろめくと、跪いて泣きながら必死に散らばったアクセサリーを拾い集める。

 

「なんで!? なんでなの? 酷いよぅ……、私、頑張って! 頑張ってデザインしたのに!」

 

 してない! 断じてしてない!

 が、第一王子の手前、周囲は泣きながら這いつくばって、無様に、そして必死に欠片を拾い集める俺を、それこそ胸を締め付けられる思いで見つめるしかない。

 

 ……ハズだったのだが。

 

「大丈夫、君の思いは僕の胸に、もうとっくに届いているから」

 

 そんなキザなセリフと共に、俺の手のひしゃげたアクセサリーを取り上げ、自分の胸元にそっと付け直したのはボルドー王子だ。

 

「あっ!」

 

 俺は驚きの余り口元を押さえ、先ほどと異なる涙に潤んだ瞳で、王子を見上げる。

 

「大丈夫! 君は何も悪く無い!」

 

 ボルドー王子は俺をギュッと抱きしめた。

 

「ボルドーお兄様! わたし! わたしっ!」

 

 俺も感極まった声で抱き返す。

 

 ……しかしだ、

 問題なのはボルドーお兄様のお手々に、少々力が入りすぎている。俺の右肩を掴む握力の強い事、また更に違う種類の涙が滲みそうになる。

 

「なぜ勝手な真似をした!」

 

 小声だが、確かな怒り。

 思ってますやん! 俺の事、何もかも悪いと思ってますやん!

 

「…………」

 

 何も言い返せないでいると、王子は静かな怒りを滲ませ、言い募る。

 

「……嵌められた暗殺者は、我々を恨むに違いない。君には無関係で進めた計画と思わせたかった」

 

 そっかー、そうだよな。そりゃそうだ。

 普通に考えたら俺に事情を説明しないのはオカシイ。当たり前に考えたら解る事なのだが、どうしても溺れた犬にダウン追い打ちを噛ましたい欲求に逆らえなかった。

 

「でも、こうした方が有効でしょう? 私をのけ者にしないで下さい」

「いい加減にしろ! これでは君が首謀者だと言っている様なモノだ!」

 

 てへぺろ。

 抱き合いながら、そっと木村の様子を窺うと、アイツも俺が咄嗟にこんな暴挙に出るとは予想だにしていなかったのか、コチラを見て呆然としている。

 木村にしたって、俺がこんなにアドリブかますとは予想外だろう。意味が解らないと困惑する俺に、事情を説明する優しさが、こうまで事態を揺るがすとは。

 

 ……俺はちょっと自棄になりすぎたかも知れない。反省しよう。

 

 王子と抱き合って二人の世界を作っている風に見せ掛けて、密かに青くなっている俺に、シャルティアから容赦ない追撃が掛かる。

 

「ユマ姫、わたくし、この償いは必ずさせて頂きますわ!」

 

 そう言いながら、会場中から白い目を向けられ「何故だ……」と自失しているカディナールを引きずる様にシャルティアは引き上げていった。

 この場合の、「この償い」と言うのは「今に見てろよ!」的な奴でメッチャ危ない奴の気がする。

 

 騒然とする会場、甘い空気を作る風で実は刺々しい空気に包まれる俺達を残し。慌ただしくも婚約発表がココでお開きとなってしまったのは、悲しいような、嬉しいようなだ。

 なにせ本来、この後は俺とボルドー王子は皆が見守る前で、熱い口付けをかわす段取りだったのだから……

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それから、数日後。俺とボルドー王子はキィムラ商会が運営する高級料理店へ招待されていた。

 無料なのは勿論、貸し切りである。

 異常なまでの警備体制が敷かれているが、コレでも安心出来ないとかなんとか。

 

「つまり、今回の計画はカディナール王子を狙ったモノでは無かったと?」

 

 俺の質問に、ボルドー王子は頷く。

 

「ああ、まさかと言う思いだ。俺が姿を見せない事へ声高に文句を言うのは、カディナールの息が掛かった貴族だと思っていた」

「ええ、ボンディール伯爵あたりじゃないかと、王子と話していたのですが」

 

 続けたのは木村だ、当然コイツも計画は知っていた。

 

「考えたのは私だから、お兄の事は怒んないでね」

 

 そう言うのはヨルミ第三王女だ、全ての絵図は彼女が引いたらしい。

 確かに仲間はずれにされたのは苛立つが、俺のやらかしを考えると、黙っていた事に文句は言えない。

 

 俺は「私」「凄く悪い」のハンドサインをチラ見せしながら木村にも謝っておく。

 

「済みません、私、皆の期待を裏切ってしまって」

「いえ、そんな事はありません、それを言うなら、私めの商会を専属から外そうとしたのは、暗殺者から遠ざける為だと言うではないですか! 姫様の優しさを最初に裏切ったのは私でありますから」

 

 そう言って木村はへりくだる。

 うん、そう言えばそうだな。オデ、ワルクナイ!(知能低下)

 

「それにしても、ボンディール伯爵が文句を言った後、元気にボルドー王子が出て来る。そこまでは良いのですが、本当にルイーンの宝飾に引っかかるでしょうか?」

「ここで掛からずとも、他の行事でも必ずこのアクセサリーを付けていく様になれば怪しいと声が上がると思っていた。だが、おおっぴらに騒がれず、陰で偽物では? と噂を流される展開は恐れていた所だ」

「だから、色々工夫したんだよねー」

 

 俺の質問に答えるボルドー王子を遮る様に、ヨルミちゃんが割り込んだ。

 

「まずね、この偽ルイーンの宝飾。うっすら光ってたの気付いた? 超小型の光の魔道具でもあったのよ! 魔道具を組み込んで『らしい』デザインに仕上げるなんて、キィムラ男爵ってホント器用よねー」

 

 ヨルミちゃんの言葉に「そんな事は」と謙遜する木村だが、光っていたのは俺も見ていた。

 

「ええ、気付いていました、その光る所為で余計にセンスが悪く見えましたが」

 

 俺の言葉に「だよねー、ちょっとやり過ぎだったかも」とヨルミちゃんは呆れた様な声を上げる。

 

「そんでね、これはキィムラ男爵のアイデアなんだけど、衣装をパリっとさせるノリの一種がね、スポットライトを多重に当てた時、溶けるんだって」

「どう言う意味です?」

「ライトの熱でね、ノリが蒸発して白いもやが出て、姿がぼやけるの、気付かなかった?」

 

 うーん、一瞬眩しくボルドー王子が光ったとは気付いたが、そうは見えなかった。ひょっとしたらカディナール王子には違って見えたのかも知れない。

 木村がヨルミちゃんの言葉を引き継ぐ。

 

「元々、過剰にのり付けした衣装を着た際のトラブルとして知っていたのですが、舞台演出に使えないかとずっと温めていました。デビューがこれほどの大舞台になるとは流石に予想も付きませんでしたが」

 

 との事。ちなみに酒焼けした声はそのまんま、酒に特殊な果実を入れたモノでうがいを繰り返すんだとか。飴でも舐めればすぐ治るんだと。

 

「しかし、ユマ様の即興には驚かされました」

 

 木村は感嘆する様子だが。ボルドー王子は不満げだ。

 

「敵の目をこちらに向けさせる計画がおじゃんだがな」

「でもさー、それこそ効果抜群だったみたいよ? なんせ悲劇のお姫様が愛する王子を思ってデザインしたアクセサリーなのに、カディナール王子が粉々に破壊しちゃうんだもん、顰蹙だよー」

 

 そう、カディナール王子の行為は、傍目には弟の婚約発表に乱入し、新婦が贈ったアクセサリーを引き千切った上、踏みつけ破壊。さめざめと泣く新婦を余所にさっさと退場する、と言う鬼畜極まりない蛮行だ。

 一方でボルドー王子はカディナールに声を荒げず、俺を励まし、歪んだアクセサリーを付け続けたのは美談として語られている。

 

 庶民の間でカディナールの奇行は、俺を嫁にしたボルドー王子へ対する嫉妬と解釈されている。

 カディナール王子は密かに俺へ思いを寄せ、妾にしようと画策するも、第二王子が婚約すると聞いて嫉妬心が押さえ切れなかったと言う筋だ。

 

 一方で、貴族の間にはまた違った解釈がある。

 

 最近軍部への影響を強めるボルドー王子が、カディナールにとって非常なプレッシャーとなっていたと言うのだ。

 軍部を掌握されれば、王権を握っても最悪クーデターすらあり得る。看過できる事では無かったが暗殺に失敗。

 重傷を負わせ寝込んでいると思われたが、俺が治してしまいアテが外れたと。

 

 この辺りは狙われたのが俺で、ボルドー王子が怪我をしたのがたまたまと言うだけで、事実とさほど相違は無い。死苔茸(チリアム)と聞けばイコール暗殺なのだ、この業界。

 

「流石にクソ兄貴を見限る貴族も出て来たねー、でもさ、これでも勢力は半分ぐらいかなー」

 

 ヨルミの言葉に頷く一同。

 そう、軍部の影響を強め、木村の商会を味方に、今回いくつかの貴族を味方に寝返らせ、庶民の支持も絶大な俺達だが、それでもまだまだ勢力としては半分ほど。

 それだけカディナールの持つ貴族の支持基盤は分厚いし、木村以外の大手商会や既得権益はがっちり唾が付いている。

 なんせ派手で見栄えが良い第一王子。最近はアレだが、目立った失態も無く、何事もそつなくこなして来たのだ。

 周りが次期王だと放っては置かず、それを仕切る暴力もキッチリと管理しているのだから隙が無い。

 そんな漂う緊張を払うかの様に、木村がパチンと一つ、柏手を叩く。

 

「さぁ! いよいよ戦いはコレからと言う事で、皆さんには英気を養って貰おうと、新しい料理を開発しましたので味わって頂けたらと」

「たのしみー」

 

 切り替えの早いヨルミちゃんは無邪気に笑う。こう言う時に明るく振る舞うのは大切と理解している感じだ。……いや、いつもこんな感じか? この人。

 

 今回、料理店での会合となったのは多分だが俺が原因だ。

 この所、俺は急速に痩せこけて来ている。味を感じずに食事が楽しくないからだ。

 

 むしろ前はバクバク食い過ぎて、太るんじゃ無いかと心配していたが太る様子は全く無かった。

 不思議に思っていたが、味が解らなくなって、食べる量を標準レベルに減らしたら、たちまち痩せてきてしまったのだ。

 

 原因は恐らく魔力。

 

 オカシイとは思っていた、異様にお腹が減る事に。耐えられぬほどに、ご飯が美味しい事に。

 それは多分、この地に足りない魔力の代わりにエネルギーを吸収しようとする本能だったと考えて良さそうだ。

 魔法を使わなければ普通の食事で大丈夫だろうが、アイスの需要も、怪我を治したいと言う要望も引きも切らない。

 しかし、その為に寿命を減らす程の無理をしては本末転倒だし、味がしないゴムの様な肉を口の中に放り込み続けるのもまた、想像以上の苦行だったのだ。

 今更ながらに後悔先に立たず、馬鹿な事をしたと後悔が募る。

 

 そうやって心を曇らせている内に、早くも準備が出来たようだ。入ってきたウェイトレスをみて木村は笑う。

 

「お、いよいよ料理が出来上がったようです」

「え? 高級料理なんでしょ? 早すぎなーい?」

 

 ヨルミちゃん、それはね、今から来るのが高級料理じゃないからだよ?

 独特の強烈な匂いで、俺はコレから出てくる料理の見当がついていた。

 

「これこそが新しく開発したラーメンです」

 

 出て来たのは……豚骨ラーメンだった。

 

「おおぉ、流石、キィムラ商会のスープは絶品だな!」

 

 ボルドー王子はそのスープを絶賛する。

 どうも、木村はスープを売る商売をしているらしいのだ、味の根っこを押さえられたらどの料理店も逆らえない。

 多分だが、圧力鍋でも使って居るのでは無かろうか? だとしたら真面目に大量の薪と時間を使って出汁を煮出している他の商会が、光熱費の面で太刀打ち出来る道理は無い。

 俺も一口すするが、匂いはすれど味を感じない。食感も確かにラーメン。大好きな豚骨ラーメン。なのに味がしない、とても、空しい。

 余りの悲しみに、俺は八つ当たりを開始する。

 

「この麺のコシが珍しいですね、ひょっとして植物の灰を使って居ますか?」

 

 俺の質問に木村は目を丸くする。

 

「お解りになりますか? いえ、灰自体ではなく成分を抽出しています、安全ですのでご安心を、ひょっとして……エルフの国では良くある食材ですか?」

「ええ、それに、このスープはひょっとしてブルンガ、……じゃなくて豚の骨を煮出したモノですか? 独特の臭みが苦手です」

「正解です! 我々の商会の秘密もユマ様の前では形無しですな」

 

 キィムラがちょっと悔しそうで、俺は溜飲が下がる。この美味しそうな匂いで味を感じないとか拷問でしか無いからね。

 あ、護衛の(ブルンガ)さんは間違って呼んだだけですから、来ないで下さい。

 こっちの世界の豚(っぽい生き物、ちょっと毛深い)なんて馴染みが無いから、呼び名なんざ咄嗟に忘れちゃうよ。

 スープはカロリーが多いハズなので飲んでみるが、味が無いので生臭い匂いだけ感じて辛い。

 なんてモノを飲ませてくれるんや、なんてモノを。

 

「泣いているのですか? そんなに美味しくなかった?」

「いえ、そんな事は、とっても美味しいですよ。故郷を思い出します」

 

 しかし、無理をしているのは丸わかりの様で、ちょっと重苦しい空気になってしまった。

 そんな空気をぶち壊すべく、ドタバタと足音がして大きな音でドアが開け放たれると、焦った声が放たれた。

 

「大変でス! 大変でスよ!」

 

 フィーゴ少年だ。彼も別室でネルネやシノニムさんと食事をしていたハズだが?

 ここに乱入するのはよっぽどの非常事態、木村も慌てて問いただす。

 

「どうした?」

「あの、その……」

 

 快活な少年にらしからぬ様子で言い淀む。それ程の一大事。

 

「王様が、ビルダール国王が崩御されました!」

 

 シィーンと、場が静まり返った。容体が悪いとは聞いていたが、すぐに死ぬ程とは言われて居なかった。流石に早過ぎる。

 真っ先に席を立ったのはボルドー王子だ、俺達も後に続く。

 王子は駆けながらも、少年を相手に情報収集を怠らない。

 

「後継は? 指名したのか?」

 

 この国は国王の指名でも、それだけで跡継ぎは決まらない。

 それでも強い影響力があるのは紛れも無い事実なのだが……

 

「指名をする暇も無い急逝だったそうでス、昼寝と思っていたら……と」

「……そうか、親父は本当に逝ったのか」

 

 思い出もあるのだろう、悲しそうなボルドー王子だが、それ以上に耳に残る印象的な言葉は、誰からとも無く発せられた。

 

「こりゃ、荒れるな」

 

 ただそれだけ、木村が発したモノか、それともただの一般兵が残したモノか。

 しかしこの場の皆の気持ちを代弁するその言葉は、結局最後まで誰が発したモノかは解らなかった。


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