死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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盲目の姫の残滓

「剥製? ええ、私が作ったの! カディナール王子のために丹精こめてね♪ どう? 綺麗に出来ているでしょう?」

 

 艶やかなシャルティアの声が無邪気に響く。

 鏡に映ったルージュの顔は呆然としていた。

 いや、よく見れば広場の面々全てが呆気にとられていた。こんな凶行を堂々と認めるとは欠片も思っては居なかったのだ。

 いや、違うな。人間を剥製にすると言う猟奇的な凶事、市民はまだ飲み込めては居なかった。そこに追い打ちを掛けるはシャルティアの様なお嬢様の突然の犯行宣言だ。

 それをまともに受け止められる人間が居たとすれば――木村ぐらいのモノだろう。

 

「と、言うことは。カディナール殿下が指定した女性を。貴女は殺し、剥製にしてきた?」

「ええ、暗殺も誘拐も、なんでもね。ホントはそのユマ姫も仕上げたかったんだけど……失敗しちゃった」

 

 シャルティアはてへっ……と言い出そうな舌出しで、可愛らしくコツンと自分の頭を叩いてみせる。

 もうね、俺も最近どうにも死生観とか壊れてきたと思ってたけど、やっぱモノホンはちげーっす。シビれるねぇ! 憧れないねぇ!

 

「なるほど、では今回の裁判なのですが。ボルドー王子の暗殺事件。その犯行も貴女とみて宜しいですか?」

「いーえ、それも失敗しちゃったの♪ ボルドー王子のお屋敷を煙突から襲撃したのは私。でもね、ボルドー王子の部下を洗脳して殺させたのは……」

 

 シャルティアは優雅な仕草で片手をスィっと伸ばし、指差す。

 

「カディナール殿下の新しい婚約者。ルージュよ。正確には彼女が連れてきた帝国の魔術師ね」

 

 その指先は、今まさにコッソリと逃げ出そうとするルージュの場所を正確に指していた。

 

「ひっ!」

 

 悲鳴を上げるルージュ。そして再起動したカディナールが遂に声を上げた。

 

「撃て! 殺せ!」

 

 ――バァァァァン!

 

 宣言と同時、乾いた炸裂音が連続する。恐怖にサッと血の気が引くが痛みは無い。俺には一発も撃たれなかった。

 理由は冷静になれば解る。綺麗な剥製にする為に、俺には絶対に撃たない様に厳命されていたに違いない。だから、狙われたのは証言台の二人。

 鏡の向こう、シャルティアが綺麗な飛び込みで証言台の下に転がり込むのが見えた。

 コイツ、本当に目が見えていないのか?

 対して木村は? ネルネが震える手で鏡を傾けると、既に物陰に隠れ、懐に手を突っ込む木村の姿が見えた。取り出したのは鉄の塊。

 

「アレは? 何ですか?」

 

 銃だよ! ネルネに答える俺の言葉は、しかし声には出来なかった。

 だが、その必要は無いだろう、そこから火花が散って、衝立の向こうに射撃をする姿を見れば正体は明らか。

 しかも、その精度、連射力は火縄銃の比では無い。時には衝立の穴を正確に打ち抜き銃を壊し、時には穴から覗く兵士を撃ち抜いている。

 

「全軍突っ込め!」

 

 そこに聞こえて来たのはソルダム軍団長の怒号。そして大勢の男の雄叫びだった。

 見れば広場のどこにそれだけの、と思える程の兵士達がステージに向けて雪崩れ込み、これまた湧いてきたカディナールの兵士たちと揉み合っている。

 

 気が付けば既に広場は戦場になっていた。怒号と悲鳴が響き渡り、市民は我先にと逃げていく。

 

 が、俺は逃げられない! 断頭台に固定され、一歩も動けない!

 弾丸飛び交う戦場のど真ん中。一歩も動けず声を上げられない強烈なストレスに頭が真っ白になる。握りしめた手から汗が滴り、呼吸と鼓動が耳に響く。

 

「い、今助けます!」

 

 我に返ったネルネが鏡を手放し、何とか断頭台へ固定された俺の木枷を外そうと奮闘するが、少女の力で外せるようには出来ていないのだ。

 

 ――止めろ!

 

 叫びたい俺の気持ちが、声にならずもどかしい。

 鏡を無くした俺に、ステージの様相は知れず。聞こえてくる音に想像力が膨らんで、恐怖に竦んでいた。

 そして、最も聞きたく無かった声が、俺の耳に飛び込んでくる。

 

「邪魔だッ! どけ!」

「キャッ!」

 

 その声はクズの声。

 劣勢を悟ったカディナールが、いよいよ無謀な行動に出たのだった。

 悲鳴の主はネルネ。殴られたのか、ステージから転がり落ちてピクリとも動かない。

 か弱い少女の腕力なんてこんなモノ、ロクに鍛えていないひ弱な王子の力にも抗えない。そして今や俺もネルネと同じ、何の力も無い普通の少女だ。

 いや、普通の少女以下か、枷に嵌められ一歩も動けないのだから。

 

 ――コイツに殺されるのだけは!

 

 許せない! 悔しい! だけど何も出来ない!

 俺の気持ちをあざ笑うかの様に、狂気を孕んだカディナールの奇声が響く。

 

「おっ前だけはぁ! 殺すぅ! 絶対にだ!」

 

 俺の真横に陣取ったカディナールが細剣を振りかぶる。必死に体を捻り見上げるも、逆光で王子の表情は知れない。

 ただ、太陽と振り上げた剣が眩しくて、俺は思わず目を瞑ってしまった。

 

 ……いや、正直に言おう。俺は顔面を斬られる瞬間が怖かった。

 

 必死に目を瞑り、歯を食いしばり。その衝撃に備える。

 だが、衝撃は来ない。代わりに聞こえたのはブツリと何かが切断される音だった。

 

 今の音は? なんだ? 俺の頭が理解するより早く。体がソレを理解していた。

 目の前の全てが止まった様にゆっくりと動く。

 走馬灯だ! そうだ、俺は決して助かっちゃいない。より確実な死が迫っている!

 知ってる、さっきの音! 俺は知っている! アレは断頭台のロープが切られた音だ!

 

 ギャリリと金属がレールを滑る音が、停止した世界で間延びして聞こえてくる。

 この音も知っている! ギロチンが滑り落ちる音、普通は一瞬の出来事で聞こえやしない。そんな音すら今の俺にはハッキリと聞こえてしまう。

 走馬灯の超感覚と言うのは、こうなると残酷だ。今の俺には何も出来ない!

 ただ、固く目を瞑り、歯を食いしばり、その瞬間に耐えるしか無い。

 オルティナ姫の記憶の中の死と、俺の運命が、ゆっくりと重っていく。

 

 

 ……なぁ、知ってるか?

 

 オルティナ姫の最後の記憶は断頭台の上じゃ無い。

 人間は首を切られても、しばらくは意識があるって聞いたことがあるが、まさか『その記憶』まである人間は、どこの世界にも居ないんじゃ無いか?

 

 ああ、そうさ、転がったオルティナ姫の首は。意識が闇に落ちる寸前まで、目に映る世界の全てを呪っていたよ。

 

 カディナールよ、お前の運命力はネズミ以下、最早無に近い。呪うまでも無いが、一応呪ってやるよ。

 お前は帝国に操られ。王国を荒らすだけ荒らせば、結局は消されるコマに過ぎなかったのさ。

 ああ、悔しいなぁ、悲しいなぁ。全ては帝国の糞共の手の平の上か……

 

 せめて俺の呪いが世界の全てを滅ぼしますように。

 

 俺は信じてもいない神に祈った。あの変なジジイじゃ無く、もっと上位の創造神的なクソッタレの神様に。

 

 そしていよいよスローモーションの世界で刃は俺へと至った。

 ギロチンの刃は切れやすいように鋭く斜めに角度が付いている。

 だから、まずは真ん中の首ではなく木枷に嵌まった俺の左手を切断した。

 

 ――ブチン、ブチンと血管や筋肉、そして骨が切断される衝撃。

 

 痛みは無い、脳が遮断してるのか、超スローの世界についていけないのか、もはや音も色さえも消えた世界で俺は、痛みも無く間近に迫った死を突きつけられていた。

 

 ソレをただ、死んだ魚の目で見るしかない現実。

 

 ああっ、このまま俺は首を切られて……

 俺が、全てを諦めたその時だった。

 

 ――ギィィイン

 

 激しく金属が衝突する音が響いた。

 同時に世界に色が、音が、時間が、戻っていく。

 そして、ゴロンと俺の左手が目の前に転がった。

 

「嬢ちゃんっ! 無事かっ!」

 

 そして掛けられた渋い声。

 

 ――いや、誰だよ?

 

 こう言う時は、もっと馴染みのキャラが助けに来るもんじゃ無いの?

 えーっと、『参照権』あーっ、ブルンガって豚顔の男。けっこう凄腕で知られた兵士で俺が膝の怪我を治したんだったか。

 しかしどうなっている? 俺には後ろの様子が一切解らない。ただ、声が掛けられたのは殆ど俺の真上の位置。そして、凄まじい圧力にギリギリと悲鳴を上げるのが断頭台だ。

 

 そうか! ひょっとしてこのブルンガと言う男が、今まさにギロチンの刃を押さえつけて止めているのか!?

 落ちてくる刃を瞬間見切って、横から押さえつけ止める等、何という神業だろうか!

 

 ……いや、違うな。そんな事出来るハズが無い。きっとコイツは断頭台に掛けられる俺の身代わりにと飛び込んで、切られて死ぬつもりだったんだ。

 そう、『死んでもお嬢ちゃんを守る』と、約束したその言葉通りにだ!

 そして、間一髪間に合わず。しかし横から押さえつける結果となって俺の首は守られた!

 

 いやいや? それだって、本当に可能なのか? ギロチンの刃は重い。特に今回のは見せしめのため、俺には過剰なほどに、巨大で立派なモノ。

 ひょっとして何十キロ、下手をすれば百キロ近い重量があるのでは?

 それが勢いよく落下するのを、止めることなど可能だろうか?

 

 と、切断された俺の左手首。見ればグロテスクな断面を晒しているが。そこからナニかが滑り落ち。チリンと高い音が鳴った。

 

 ――田中だ! 針になった田中が! またっ!

 

 恐らくはブルンガが押さえつけて速度が緩んだ所、田中がその身で受け止めてくれた。

 

 真っ二つに折れてしまった極太の針が、その証拠。

 

 その事に俺の心は奮い立ち、手首からの出血でブラックアウトしかけていた意識が急速に戻る。

 

 だが! いまだに俺は動けない! それどころか、超重量の刃が首筋に突きつけられる真っ最中!

 ブルンガが力を緩めれば、細っこい俺の首など一瞬でへし折れる。

 

「邪魔をするな! 死ね! シネ! しねぇぇぇ!」

「グッ! がぁ!」

 

 そして、カディナールの狂乱する声。肉が裂ける音。そしてブルンガの悲鳴。

 ブルンガは刃を押さえつけ、動けない! そこを斬りつけられているのだ!

 

 状況が解った俺は、左手首が無くなったのが幸いと木枷から引き抜き――

 カディナールの声がする方へと振り抜いた! 少しでも触れられれば、邪魔を出来ればと言う思いだったが、夥しい出血は存外の効果をもたらした。

 

「うっ、くっ」

 

 カディナールが数歩後ずさる、ソレでヤツが俺の視界に入った。その顔は血に塗れている。

 きっと俺の血だ! 恐らくは目に入った。その程度の痛みでも、この王子には耐えられなかったのだ。出血多量で遠くなる意識の中、やってやったと俺は笑みを深める。

 

 そして、その数歩の後ずさりで、奴を視界に収めたのは俺だけでは無かった様だ。

 

 ――ひとつ、乾いた銃声が響いた。

 

 木村が放った弾丸はカディナールの腹を抉り、そのまま王子は力なく蹲った。

 

「お待ちを!」

 

 そんなセリフと共に走り込んできた木村は、俺の左手が収まっていた穴をこじ開けるように銃身を突っ込む。

 お待ちを! とかって言われても困るんだが? 正直、意味不明なセリフだ。だが、なるほど、テンパって見えても冷静だ。こうすればつっかえ棒になって刃は落ちてこない。ついでに俺の首と木枷の隙間に細身のサーベルを突っ込んで、これで俺の命は守られた。

 

「嬢ちゃん、すまん」

 

 それと、ブルンガの消え入りそうな声。そしてグシャリと倒れ伏す音は殆ど同時だった。

 

「ユマ姫様! 大勢は決しました! 勝利です!」

 

 木村の報告もどこか遠くで聞こえる。血が足りない。

 だが、その言葉は嘘では無いのか、多くの気配が俺の回りに集い。刃は持ち上げられ、俺を苦しめた木枷は遂に取り外された。

 その作業と並行し、俺の脇は圧迫され簡単な止血が行わた。キツめのアルコールで傷口が洗浄された後、包帯がギッチリと巻かれる。

 やっと解放された……木枷で頭の横に両手を固定される体勢は、実のところ肩に酷い負担が掛かった。いまをもって右手は痺れ、ロクに動かせない。

 

 ……いや、もう片方は動かす手も無いのだ。

 

 俺の体はどんどんと欠損して行く。このままじゃ消しゴムみたいにすり減って消えて行くんじゃ無いかと自嘲気味に笑う。

 そんな俺の視界にズルズルと引きずられていくカディナールが映った。

 

 ……うん、アイツもどんどんと削って行こう。幸いシャルティアが居る。お願いしたらやってくれるんじゃないかな?

 

 などと、我ながらどす黒い笑みを浮かべて楽しい妄想に浸っていたが。まてまて、もう一つ仕事があった。

 

「あの、ユマ様、お休み下さい」

 

 心配そうに、復活したネルネが俺に駆け寄るが無視。

 大勢の男が寄ってたかって取り囲む中心へと分け入ると、血だらけで倒れる巨漢が一人。

 

「ブルンガ! 死ぬんじゃねぇ!」

 

 大喝を上げ、力ない手を握るのは軍団長のソルダムさん。いやいや、最期に侍らせるのが火傷面のおっさんじゃ浮かばれねぇよ。

 ブルンガを看る軍医は必死に止血し、脈を保とうとするが、希望は見出せない様相だ。

 ま、消えかけた運命光がなによりの証明だろう。

 カディナールの剣技は大した物では無いのだろうが、無抵抗のままに斬りつけられればあっという間に致命傷。むしろアレだけ良く耐えた。

 

「大義です、感謝します」

 

 とか、言ってやれれば良いのだろうが、残念ながら声が出ない。

 逆に、俺の姿を見たブルンガが呻く。

 

「あ゛、う」

「喋るな! 喋るんじゃねぇ」

 

 俺を見て、嬉しそうに声にならない呻きを上げ、それをソルダム軍団長が止める。

 いや、もう手遅れだから喋らせてやれば良いのに。

 あ、俺の魔法に期待してるんじゃ無いよな? 無理だからね? 喉が無くたってコッチが回復魔法欲しい位だよ?

 

 だから精々、俺に出来るのはこの位。

 

 俺はブルンガの横に座ると、そのほっぺたにキスをした。

 

「あ゛、よがっ、た――」

 

 そして、ジャストのタイミングで運命光は消えた。

 ほっぺたなのは、唇にキスする勇気が無かったから。ボルドー王子にすらしてないんだから、流石にね。

 そんで、仕事は終わったとばかりに俺は立ち上がって、スタスタと囲みを抜けて行く。

 そんな俺の様子を、皆が呆気にとられた様子で見上げる。

 

 どう思われたか知らんが、俺なりの手向けだよ。恐れられようが気味悪がられようが知ったこっちゃないね。

 

 ととっ、足取りがふらつく。そろそろ辛くなってきた。ってか、ヤバいな下手すりゃ死にかねないぞ?

 力なくへたり込んだ所に、ネルネが必死に声を掛けるが限界だ。意識が少しずつ遠くなる。

 

 

 ――あ、コレヤバい! 帰って来れないヤツ。気絶常習犯だから解る。何時もと違う! 正真正銘ヤベーヤツ。

 

 と、その時声が聞こえた。

 セレナが呼ぶ声なら良かったのに、またしてもむさ苦しいおっさんの声。おっさんばっかり多いね。どうも。

 

「どけ! 退くんだ! 通せ」

 

 暗転しかけた世界。目の前に跪くのはエルフの男、ガイラスだった。

 

「治します。我が命を賭けて! 『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、大いなる流れとなりて傷付く体を癒し給え』」

 

 ――あ、回復魔法。しかも他者回復はエリートにしか使えない高等魔法。

 

 使えたんだ、良かった……

 

 俺は安心と共に意識を手放した。


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