死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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木村の試練

 ユマ姫に呼び出され、俺はひとり王宮を訪れていた。

 現在ユマ姫は王宮で暮らしている。王宮に今までの様な危険は無いし、女王ヨルミ様はエルフとの同盟を検討している。

 正式に国の賓客として扱われる事になったユマ姫にとって、一貴族でしかないオーズド様の屋敷にこれ以上留まるのは、政治的な弱点(リスク)となりかねない情勢だったからだ。

 

 新しく王宮に設えたユマ姫専用の私室。そこに案内すると言う話で、当然何人もの招待客が居るモノと思われた。

 私室と言っても、ちょっとしたパーティーが可能な程に豪華な部屋を想像したからだ。

 

 ……だが。

 

「ここ、ですか?」

「はい、コチラへお連れする様にと」

 

 見知らぬメイドさんは王宮付きの古株だろう。いつもの二人では無いので気安く話し掛けられる雰囲気では無い。

 だが、この場所は? 客間を抜けた二階部分。部屋のレイアウトってヤツは大体同じなのだ、今生は勿論前世を含めても。

 コイツは明らかにパーソナルな場所。少なくとも未婚の女性が未婚の男性を軽々しく案内して良い場所じゃ無い。

 ――本当に? そんな俺のジェスチャーに「どうぞ」と言うジェスチャーで返すメイドさん。

 

 仕方無く、俺は豪華な扉と向き合うハメに。

 扉は加工性の悪い重厚な広葉樹の無垢材を根気よく削り出したモノで、緻密な装飾が施されている。加えて表面は丹念に磨かれて艶々と輝いて見えた。

 これだけの一品と比べれば、我が商会本部の執務室や応接室の扉だって一段劣る。

 それらは男の戦場として舐められない様、かなりの大枚をはたいたにも関わらずだ! 高級な扉と言うのはそう言った場所にこそ使うもの。

 

 男なら執務室。女なら……

 

 俺は覚悟を決めて、扉を押し開いた。

 

 目に飛び込んで来たのは天蓋付きの豪華なベッドだ。

 ――やっぱり、と言う思いと。苦々しい慚愧の念が募り、俺は一歩も動けないで居た。

 

「何をしているのです? こちらへいらして下さい」

 

 ベッドから、少ししゃがれた声が響いた。その声を聞いただけで俺は途轍もない罪悪感に打ちのめされた。

 

「いえ、私はこの場より失礼します」

 

 まさか、寝台に近づく事など出来はしない。下手をすれば間男として処刑される案件だ。

 だが、ベッドからは続いて不満げな声が掛かる。

 

「私の声が解りませんか?」

 

 そう言って天蓋幕を割って現れたのは、当然にユマ姫だった。その姿は

 ――姿は?

 

「な、何なのですか? その格好は!?」

「? 貴方が贈ってくれた衣装でしょう?」

 

 贈った、贈りはした。

 だが、半ばセクシャルジョークと言うか、シノニムさん辺りに除去されて届かないものと思っていた。

 

「可愛く……無いですか?」

「い……いえ」

 

 逆だ! 可愛すぎる!

 今までの罪悪感がどうとか、そんなモンは一撃で吹っ飛んで脳みそがピンクに染まってしまった。

 それだけの威力があるのだ!

 

 バニーガールと言う魔物には!!

 

 その圧倒的魔力に、俺はフラフラと誘引されてしまう!

 が、少女が眼前に迫った時に。逆に俺の理性は危険を訴えてきた。

 

「? どうしたのです?」

「い、いえ」

 

 小さい体に、控えめな胸。まだ幼い体だからこそ、犯罪臭が強烈に過ぎる!

 何よりこの世界で肩を出すのは極めて()()()()()、過激なファッションなのだ。

 

「あ、あの……そ、の衣装はですね」

「なんです?」

 

 自分を安売りしちゃいけないと、肩に手を置いて、膝を折って説得しようと思ったが、まずッ!! その肩に手を置けないッ!

 

 もし、手で触ってしまったら穢してしまう! それ程に尊い。

 

「良かったら、中に入りませんか? 余人にこの姿を見せるのは……その、恥ずかしいです」

「あ、ハイ」

 

 なーーーにが、「あ、ハイ」じゃ! なっさけねー もう完全にテンパってしまいましたぁ!

 中? 中って? (なか)に出すぞ! 的な?

 って? どこの中? と、幕を割って入って彼女が招待するのは?

 

「どうぞ」

 

 って、天蓋の中ァァァ!

 そこに男を招くと言うことは? 言うことはぁぁ?

 俺はフラフラと天蓋に入る! 入ってしまうぅ! 二人でベッドに腰掛けるぅ!

 

「あの、私、こう言ったことは初めてで……リードして下さいますか」

「は、は、ハイ」

 

 いや! ハイじゃねーよ。理性よ来い!

 地球のみんな! オラに素数の力を分けてくれ!

 など、ひとかけらの理性をかき集めていたのだが。

 

「あの……この衣装、私には胸の部分のボリュームが足りませんよね」

 

 胸元を開いて、ジッと見つめるユマ姫。

 ん、理性がログアウト。

 俺は綺麗なルパンダイブで少女を押し倒そうとして……

 

「コホンッ、す、スイマセン」

 

 痛々しい咳の一つで、俺の理性がカムバック。

 

 ――馬鹿かよッ俺は!

 

「あの……裁判の時、ユマ様の体を自由にしたいとか。他にも下劣な事を口走りましたが、全ては処刑を引き延ばす策。決して私の本意ではありません」

「そう……なのですか?」

「……はい」

 

 嘘でーす! 本当は色んな事したいです。でも、でもやっぱりその、初めはホラ、映画館でデートとかそう言うのからスタートしたいじゃん?

 それにしても……、何故彼女は俺に媚びを売る?

 何が彼女をココまで追い詰めた?

 

「無理はしないで下さい、こんな事をせずとも、私は貴女の味方です」

「そんなつもりはありません。ただ、私は貴方のことが……」

「それで、私と結婚したいと?」

「それは……」

「違いますよね? だとしたら、貴女の悪い風聞を流してしまった私に貴女を抱く権利はありません」

 

 そうだ、今や彼女は国の重要人物。エルフとの同盟を強固にする意味でも有力貴族と婚姻すべき。だが、その障害になるのは俺が口走った悪評だ。だからこそ、彼女の処女には価値がある。

 他ならぬ、俺が散らしてしまって良い物では無い!

 後悔に押しつぶされながら、俺は固辞するしかない。

 

 ……だが。

 

「ダメですか? たった一晩の過ちを求めてはいけませんか? どこかの豚みたいな貴族の男に抱かれる為に、私は生まれてきたんですか? それが王族として生まれた者の務めですか?」

 

 ユマ姫は俺に抱きついてきた。小さい体で、無くした左手。力は強く無いけれど、ギュッと押しつけられた体には確かなふくらみ。

 

 ――理性がゴリゴリと削られる、だが俺は大人としての責務がある。

 

 今度こそ、俺は彼女の肩を掴んで引き剥がす。

 

「無理は……しないで下さい」

「そんな! 私は、アナタが好きなだけなのに!」

 

 うひょー肩もやわらけーし、手に吸い付く肌のなめらかさたるや!

 はらはらと泣きはらす、その涙の痛々しくもいじらしい事。

 こぼれる涙と輝く髪が光を反射して、神々しく輝いて見える。

 

 ……だけどな、綺麗すぎるんだよ。

 

「あの……」

「なんですか? わたし、どうしたら良いですか?」

 

 必死に縋る、その姿は美しい。

 

「…………」

「…………?」

 

 沈黙する俺に彼女はコテンと首を傾げる。その仕草も可愛らしい。

 ……が!

 

「嘘泣きですよね?」

「………………」

 

 そう、俺だっていい大人。子供の嘘ぐらい見破れる。

 いや、男だったら誰だって騙されるし、騙されてやるものだ。酷い男が居たモノだと自分でも思う。

 だけど、こんな少女が自分を傷つける為の嘘だけは。指摘しない訳には行かないだろう?

 

 

 俺だって、決死の覚悟が必要だった。

 対して彼女はどうだ? 俯いて真っ赤になってプルプル震え、必死に何かを堪えていた。

 

「き……」

「き?」

「着替えてきます!!」

 

 怒りの表情も露わに、ドスドスと音がしそうな足取りで、奥の扉へ向かっていく。

 

「ふぅ……」

 

 残念な気持ちで一杯。でもコレで良かった。

 俺が彼女を穢す権利は無い、もし、そうしてしまったらきっと大切なモノを失ってしまう。

 

 俺がそうやって一息ついていた時だった。

 いや、ベッドに腰掛けたまま、一息ついていたのが良くなかった。俺だって一杯一杯だったのだ、だからこそ天蓋の中、一歩も動けず中に居た。

 その天蓋幕が再び開かれる。今度は豪快に。

 

「失礼!」

 

 そう言って、再び入ってきたのは当然、ユマ姫だ。今度は紫のラインが入った美しい白銀のドレスに身を纏い、高貴な雰囲気を身に纏っている。

 いや、変わったのは服だけじゃ無い。表情からは媚びた部分が抜け、代わりに凜とした気高い精神を滾らせていた。

 

 まるで別人になった様。いや、コレが噂に聞くアレか。

 ユマ姫の人格の使い分け。先ほどの(いたい)()な少女の様に見せかける狡猾な女性の顔こそが噂のソレかと思いきや、さらに高潔な貴人としての人格が裏に隠れていた。

 コレでは普通の男は幾らでも手玉に取られるハズだと、見破った俺には余裕の笑みが浮かぶ。

 

 そんな俺の余裕も、彼女が次の言葉を発する迄だった。

 

 ユマ姫は勢いよく俺の隣に座り、ジッと真っ直ぐな瞳で俺を見つめて、一言。

 

「私を犯して下さい」

「ふぁ?」

 

 笑みが固まる。大人の余裕は場外ホームラン。

 

「手切れ金代わりとでも思って下さい。今までアナタの商会を専属として利用してきましたが、コレからはそう言う訳には行きません」

「存じております、が、その為に貴女が体を差し出す理由は無い」

「他ならぬ、私が許せないのです。一番辛い時期を支えてくれたアナタに報いる術が思いつかない」

「そんな!」

 

 彼女は間違っている、報いるも糞も無いのだ。

 

「報いなければいけないのは私です! 貴女のその腕も、喉も、私の所為で失われてしまった! 私は命を賭して報いなければいけないのに! 私は!」

 

 俺は、あの時、動けなかった。

 ギロチンの刃が落ちる時、銃弾に撃たれるのも、刃に断ち切られるのも厭わずに駆けつければ、俺の位置からならば彼女を守れたハズなのだ。

 なのに俺は動けず、ブルンガと言う男が彼女を守った。

 

 ユマ姫のキスで安らかに死んでいくブルンガが、俺は羨ましかった。

 あんな風に死ねたらと、多分、あの時、あの場の、全ての男が、同じ思いだったのだ。

 俺が頭を掻きむしる程の後悔と懺悔に塗れていると、ユマ姫は優しく俺の肩を抱いた。

 

「気にすることはありません、結局、あのままではジリ貧でした。全ては上手くいったのです」

「だが! 貴女の体は?」

 

 上手くいった? その勘定に貴女の体の被害は入っているのか? 自己犠牲も大概にして欲しい。だが、俺の気持ちは別の意味で取られてしまう。

 

「そうですか……不具の女はお嫌いですか?」

「ちっ! ちがッ!」

「違うと言うなら、ソレを証明して下さい」

「ですが!」

 

 俺の抵抗を遮る様に、彼女は俺の服のボタンを外していく。

 

 ……だけど、片手ではそれすら上手く行かない。もたもたした手つきでボタンを外そうとする仕草は、言い表せない程に痛々しく見ていられない!

 

「止めて、下さいっ!」

「なぜ?」

「もし、貴女が褒美として抱いてくれるというのなら、私が命を賭けて貴女を守った時にお願いします! 今の私に、その権利は無い!」

 

 そう、あの時のキスの様に。

 そう言うと、姫は呆気にとられた様子で笑った。

 

「そうか、頑固よの」

 

 呆れた様子でそう言うと、彼女は急に、ガクリと俯いて脱力した。

 ? なんだ? 急に?

 

「あの……」

 

 そして、控えめに、上目遣いに話し掛けてくる少女の顔は、また違った物だった。

 ――また人格が変わった?

 

「なんです?」

「ひとつ、お願いしても良いですか?」

 

 自信なさげな表情、媚びとは違う、窺う様なその瞳は、この位の少女が俺の様なオジサンに話し掛ける時としては、ひどく自然な表情では無いだろうか?

 

 鎧の様に纏った人格を剥いていった後には、年頃の少女らしい顔がそこにあった。

 

 これが! コレこそが本当のユマ姫なのだ! やっと彼女に辿り着いた!

 

 俺は柔らかな笑みを浮かべ、頼れる大人を演じて答える。

 

「勿論です、貴女の為になる願いなら。私は何だって叶えてあげたい」

 

 それはもう、命を賭けて。俺は心の中でそう付け足す。

 

 だが……俺は、思い上がっていた。

 

 彼女の本心をやっと探り当てたぞと。

 或いは、どんな手段で今度は口説いてくれるのかと、楽しみにしていたのかも知れない。

 

 軽々しく、何でもと言ったことを、俺は後悔することになる。

 彼女の覚悟は、俺の及びも付かない所にあった。

 よく見れば、その瞳は年頃の少女に見えて、凪いだ湖面の様に澄んでいた。

 

「じゃあ…………」

 

 彼女の笑顔は、吹っ切れた様な、とても清々しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「私の事を、殺して下さい」

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 ころして? なぜ? なにをいっている?

 

「な……ぜ?」

 

 俺の疑問は、そのまま口を衝いて出た。

 

「なぜって、決まっているじゃないですか?」

 

 泣きそうな顔で彼女は笑った。

 彼女は自分の体について語る。

 

 ――まるで、歌う様に。

 

 

「千切れた私の左手は、毎晩、幻肢痛が襲います」

 

「喉は喋るだけで鋭い痛みが走り、たまに血が出ます」

 

「残った右手も良く指先の皮が剥け、痛みが走ります」

 

「肩の関節は、すぐに外れて激しい痛みをもたらします」

 

「食いしばり過ぎた奥歯は、ひとつ砕けてしまいました」

 

「足も、魔法での無理な移動が祟って、走ると変な痛みを感じます」

 

「無くしたはずの左目が、時々、猛烈に痒くなります」

 

「片目なので遠近感がわからず、良く何かにぶつかります」

 

「舌は、ボロボロで本当は味なんて解りません。オイシイと嘘をついています」

 

「内臓だって、ろくなものじゃありません。痛みを感じるのが恐いです」

 

「後悔と激痛に寝れない夜は、自分で体を痛めつけ気絶して眠ります」

 

「動かない体を、魔法で無理矢理動かしています」

 

「それでも、生きなくてはなりませんか? それでも、戦わなくてはなりませんか?」

 

「それは、いったいどんな呪いでしょうか?」

 

 

 満面の笑顔で、彼女は笑う。

 

 そして、すがる様に、ねだるのだ。それが最後の希望とでも言う様に。

 

 

 

 

 

「ねぇ、はやく、わたしを、殺して」

 

 

 

 

 

 …………俺は、俺は、

 

 解っているつもりでいた、見れば解る事ではあった。

 でも、どこか、超然とした女神の様に彼女を見ていなかったか?

 

 狡猾な女性としてのベールや、高貴な姫としてのベールを剥ぎ取れば!

 

 当然ッ! こうなるに決まって居るでは無いか!!

 

 何故、無遠慮に彼女の鎧を剥ぎ取った?

 なんだ俺は!? 一体、全体ッ! 何がしたかったと言うのだ?

 

 

「アッ……グッ」

 

 言葉が出ない、大人らしい、安っぽい励ましの言葉が出せない。

 

 ただ、彼女はジッと俺の事を見つめてくる。何かに期待して。

 何に? そんなのっ決まっている?

 

 でも、出来ないッ!

 

 グニャリと視界が歪む、呼吸が出来ず息苦しい。

 何か言わなきゃいけないのに! 言葉にならない。

 果てしない沈黙の後、絞り出せたのは陳腐な言葉に過ぎなかった。

 

「死ぬのは、何時でも出来るのではないですか?」

「果たして、そうでしょうか?」

 

 俺の必死の一言は、少女は当然の様に織り込んでいた。

 

「死ぬべき時に、死にたい様に死ねることは幸せな事です。先日のブルンガさんの様に。だったら、私は、アナタに殺されたい」

 

 それは、絶望的な愛の告白だった。

 

「アナタだから良いのです、アナタでなくてはダメなのです」

「な、ぜ?」

「理由が必要ですか? 田中さんが死んで、ボルドー王子も死んで、私にはアナタしか残っていないのです。もし、アナタまで死んだら、私はどうやって死ねば良いのですか? 一人で寂しく、ギロチンの刃で死ぬべきですか?」

 

 そんな……そこまで、追い詰められていたならば。俺は彼女を抱くべきだったのか?

 そんな俺の後悔すら、彼女は許してはくれなかった。

 

「もし、アナタが抱いてくれたなら。私は一人で帝国に挑み。死にに行くつもりでした」

「なっ!?」

「アナタの為に何かをして、アナタの中に何かを残せればと。勿体ぶって指一本触れさせないままに、今度はアナタまで死んでしまったら? 今度は自分で死ぬ事も出来ない。狂った様に、命が尽きるまで、全てを巻き添えにして、戦い続けるしか無くなってしまいます」

 

 彼女はジッと俺を見つめる。

 

「私は、それが、恐かった。人は何時でも、自由に、死ねる訳では無いのです」

 

 彼女の言葉に俺は完全に打ちのめされて、結局、最後には自分勝手な利己的な思いしか残らなかった。

 

「貴女が居ない世界で、僕は、どうやって、生きていけば良いのですか?」

 

 俺は泣いていた。絶望と、悲しすぎる世界に恨みを込めて。

 だが、そんな俺の言葉すら、彼女はお見通しだった。

 

「でしたら、私を殺した後、アナタも死んで下さい」

「それは……」

「そこの棚にある香水。中身は毒、それも死苔茸(チリアム)です」

「そんな! どこから?」

「知り合いが持っていまして、ですが、私は毒では死にたくない、アナタに絞め殺して欲しいのです」

「絞め殺……な、なんで?」

「最期の瞬間まで、アナタの顔を見ていたい。それだけです」

 

 ああああぁぁー

 

 そこまで言われて、そこまで言わせてッ! 俺はッ! 俺はぁぁぁ!

 

 俺は、彼女を、ユマ姫をベッドに押し倒していた。

 彼女は幸せそうに、ゆっくりと目を瞑る。

 

 でも、それはキスをせがんでる訳でも、犯される事を望んででも無い!

 

 俺は、ゆっくりと、その首に手を掛けた。

 

「んっ」

 

 色っぽい声が漏れた、だけど、これから起こるのは艶っぽい事じゃあ無い。

 

 俺は……ゆっくりと、その指先に力を込める。

 しっとりとした喉に、ゆっくりと指が埋もれていく。

 

「カハッ」

 

 苦しいハズだ、だが、彼女は幸せそうに。でも少しずつその顔は赤黒く、やがて蒼白に染まって……

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 俺は、ベッドの端で泣いていた。

 

 泣けども泣けども、涙は尽きなかった。なんで俺はこうもダメなんだ?

 

 俺は、自分が情けなくて。もうこれから生きていても、何も出来そうにない。

 

 

 

 俺は――結局!

 殺せなかった!!

 

 何故? ここは綺麗に心中するシーンだろ? もうダメだ、自分が情けなくて許せそうにない、もう一人で毒をあおって死のう。

 

「殺しては……くれなかったのですか?」

 

 ……そこに、目を覚ましたユマ姫の声が掛けられた。

 

 なんてこと、くそぅ、きっと幻滅した。最期の期待まで俺は、裏切ってしまった!

 少女の最後に残った、たった一つ、どんな人間にも許された、最期の救い。

 それすらも! 俺は!

 

 せめて罵って貰えれば、いや、俺にそんな価値すらない。ゴミの様に死ぬしか。

 

 と、毒を手に取った時だった。

 

 

 

「はぁーーーーー」

 

 

 

 品の無い、糞デカため息。

 

 俺を見限ったのだから当然なのだが、あまりにあんまりで、俺は耳を疑った。

 なんだろう? 言うなれば、次々と少女の纏うベールを剥ぎ取って。やっと、生身の少女に出会えたと思った。

 そしたら、更に生皮まで剥がれてしまい、見てはいけない不気味な骨の怪物が飛び出して来た様な不吉な予感。

 

「『ヘタレが!』」

 

 そう、俺はヘタレ。

 でも、それは『日本語』だろう?

 

「『クソッ、俺の負けだ』」

 

 は? 何だ? 何が?

 

「『俺だよ、高橋敬一だよ』」

 

 意味がわかんねーんだが?

 

「『面倒くせえし、お前に殺して貰って。それで終わりにしようと思ったんだがなぁ』」

「なっ、なぁ!」

「『なっ? 夢ってのは綺麗に終わった方が良いんだ。男二人でみすぼらしく死ぬ事になるぜ? お前の所為だからな!』」

 

 悪戯っぽい笑顔は、あーそうだね、アイツのものだ。

 

「『えっ? 騙したの? ココまで黙ってる必要無くない?』」

 

 目頭を押さえて俺は抗議するも、情けない姿を晒したのは俺だ。

 

「『だーから、可愛い女の子と心中させてやろうとしたんじゃねーか、はー糞ッ! ヘタレチンポ!』」

 

 その顔でそう言う事、言わないで欲しいねー。

 

「あ゛ー」

 

 俺はベッドに飛び込み顔を埋める、そうか、そう言う事か。確かに年齢的に、計算は合うのか? 碌でもねーな! コイツはよー!

 

「ハハハハハッ」

「フヘヘヘヘッ」

 

 俺は、俺達は、ひとしきり笑った。

 

「で、コレからどうする?」

 

 そして、アイツはそんな事を聞いてくる。

 

「どうしたいんだ?」

「そりゃ、俺は帝国と戦うさ、仇だからな」

「じゃ、付き合うよ」

「んな必要ねーだろ?」

「そもそも、この人生を俺は持て余しているんだよ。ロスタイムにしちゃ長すぎる」

「そーかよ」

「そーだよ」

 

 ベッドで大の字になって、二人で笑う。デカいベッドなのもそうだが、今のコイツが小さすぎるのだ。

 

「じゃ、派手に内政チートして帝国をメッタメタにすっか」

「俺は既にやらかしてるけどな」

「今度は国ぐるみでやれんだろ? ヨルミちゃんに言えば大体通るぜ?」

「そうだな」

 

 二人で話し合えば、大体の事は何とかなるだろう。だったら、何故コイツは心中なんてしようとした? いや、そうか、そうだな。

 俺の気持ちを悟ったのかユマ姫は言う。ユマ姫の澄ました表情でだ!

 

「でも、良いのですか? 私の『偶然』で、きっと碌な死に方は出来ませんよ」

「今更、その口調はズルいだろー、くそ、解ったよ。覚悟の上だ」

 

 そう、俺にメインヒロインと悲劇的な死なんて許される訳は無いんだ。

 コレでいい、二人して絶望的な死に向けて、戦っていこう。

 コイツは俺の覚悟を試す様に、俯いていた俺の顔を覗き込む。

 

「言っとくけど、ほんっとーに禄でも無いぞ?」

「痛いの苦手なんだよな……」

「俺だって得意じゃ無かったけど、慣れちまったよ。でもな、上には上があるぜ?」

「ん?」

「カディナールな、殺したんだけどさ。回復魔法を使いながら、死なない様に死なない様に削って行くとさ、いや、こんなちっちゃくなるまで生きてるモンだね」

「お前、何言ってるの?」

 

 ドンッ引きなんだが? 狂ってるだろコイツ。

 その両手で大きさを表現するのヤメロ、え? 嘘だろ?

 

「イライラをぶつけるつもりだった、そして同時に、俺は覚悟を決めるつもりだったんだ。最高にキツい死に方ってヤツを見て、こうなっても折れないぞって、でもな」

「逆に、今すぐ、死にたくなった?」

 

 真っ青になって、コクンと頷く様子は可愛かったが、中身はアレだと思うと何とも言えない。

 

「で、いっそ木村に殺して貰おうってな」

「オカシくない?」

「犯してくれないんだもん、そしたら、しがらみを捨てて一人で死にに行くつもりだったのに」

「はぁ……」

「お前、解ってんの? 田中だって最期はグチャグチャのハンバーグみたいに死んだんだぞ?」

 

 ……そっか、お前が本当に恐れたのは。酷い死に方をする自分じゃなくて、酷い死に方をする俺を見る事か。

 

 しゃーない、覚悟を決めますか。

 

「まーそーなったらそーなった時だ、田中の形見、あるか?」

「あるぜ、流石に寝ようって時に他の男の形見を付けるのはどうかと思って外してたが」

「そう聞くとキツいなオイ、取り敢えず出せや、田中も交えて打倒帝国の誓いをあげようぜ」

 

 俺の言葉に、ユマ姫はベッド脇の戸棚をゴソゴソと漁る。その可愛いお尻を見て、なんとも微妙な気持ちになった。

 

「ほらよ」

「ととっ、ホントに俺の弾丸を包み込む様に絡まってるのな」

「ああ、守ってくれたんだ」

「そっか」

 

 俺はそのオブジェを光に翳す。なんとも、不思議な感覚があった。

 

「それ、持っててくれよ」

「良いのか? いや、解ったよ」

 

 俺がコイツを持ってる事で、お前が安心して過ごせるなら、田中も喜ぶだろうぜ。

 

「よっしゃ! 弔い合戦だ! ハチャメチャやってやろうぜ!」

「おー」

 

 元気よく右手を振り上げる、その様子が可愛い。いやー詐欺だね。

 

「で、まずは手始めに」

「手始めに?」

 

 グイッと食い気味に高橋が、いや、ユマ姫が身を乗り出す。

 聞いて驚け、これが打倒帝国、渾身の一手。

 

「おっぱい揉ませてくれ」

「……は?」

 

 沈黙。答えは何時だってコレ。

 勢いで「おー」とか言ってくれなかったか。

 

「おっパオ揉ませて下さい」

「言い直してもダメだろ!? アホかよ!」

「おっぱお、おっぱい、おっぱれ」

「ハチャメチャやるってそう言う?」

「軽く、ふにふにって頼むよ、サイズ確認とかしておきたい」

「いや、さっきやれば良かっただろ?」

「さっきは、幼気な少女が無理してる感じで罪悪感があったけど、今ならホラ、男同士でキンタマのサイズを確認する感じでホラ」

「お前、そう言うの大っ嫌いだったよな?」

「ところ変われば品変わるってね、何なら今、確認する? 俺のサイズ」

「キチガイかよッ!」

 

 俺は、今度こそ少女をベッドへと性的な意味で押し倒した。

 

 俺は今こそ神に祈ろう、日ごとの糧に感謝する大事な祈りを。

 俺は合掌して、その言葉を唱える。

 

「いただきます」

「いや、殺すよ? フツーに殺すよ? それでも良いからね俺は!」

 

 うーん、俺もそれで良いけど? 殺してみてよ。

 

 ……いや、これだけ良い様に騙されて、今後の友情がさ、ピンチでしょ? 一生マウント取られるのが目に見えてるからね。

 そりゃーオッパオの一つや二つ、揉み揉みしてコリコリしてほぐす権利あるっしょ?

 

 そんな俺の『お楽しみ☆タイム』は無粋な乱入者によって打ち切られた。

 いや、本気じゃ無かったけどね?

 

「たいっへん! 大変です!」

 

 重厚な扉がパワフルな体当たりでブチ開けられた。鍵はしてなかったしね。

 

「あっ! う! 失礼しました」

 

 暴れたことで天蓋幕は吹き飛ばされていたから、扉の位置からも姫を押し倒す俺の姿は露わ。こっれっは、あられもないね!

 真っ赤になって頭を下げるネルネちゃんと、それを押さえつける様に引っ張って行くシノニムさんが見えた。

 

 が、それを止めるのは我らがユマ姫だ。

 

「お待ち下さい、じゃれ合っていただけです、話して下さい」

「え? でも……」

 

 チラチラと俺を見るネルネちゃん、うん、着衣は乱れてないから安心して欲しい。

 

「早く! 寝室に飛び込む程に重要な事でしょう!?」

「ハッ! ハイィ! あの……」

「なんです?」

「今っエルフの使者の人が来て! あのっ、エルフの国が、奪還されました。帝国は撤退。エンディアンの都は解放されたとの事です!」

「嘘っ!!」

 

 俺も声を上げかけた、早過ぎる! 帝国は魔力を消す霧頼みの占領だったので長く占領状態は続かないとは聞いていたが、物資を運び出したり反撃の芽を潰す為に、もっと頑張って占領しなければ意味が無いのだ。

 

「どうして? 何が起こりました?」

「それが……たった一人の英雄が、帝国兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、あっと言う間に都を奪還して見せたとか?」

「そんな! まさか! そんな事、ありえますか?」

 

 驚愕するユマちゃんだけど、俺は話の先が見えてきて、正直お腹が痛くなってきた。

 

「それでですね、その英雄の名前が『タナカ』って言うらしいんですけど。コレってあのタナカさんですよね? こんな珍しい名前! 偶然じゃないですよね? 生きてたんですよ!」

「…………」

 

 そんな気はしてた。そんで、話の途中で目が泳ぎだしたシノニムさん、短い付き合いだけどらしくないよな。こりゃ、なんか知ってるね。

 

 で、俺にはいっこ、真っ先に確認しなくちゃいけないことがあるんだ。

 

「あのユマ姫、この田中のメガネの残骸ですが、お返ししても良いですか?」

「あっ、捨てといて」

 

 で、で、で、で、ですよねーーーー!


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