死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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下水の穴蔵

 落下の傷が癒え切らぬまま、簀巻(すま)きにされて粗末な荷台で運ばれた俺は、激しい振動に再び意識を失っていた。

 そうして気が付けば、薄暗い小部屋の檻の中って訳だ、全く笑えねぇ。

 檻の向こう側で一人、暇を持て余した様子の看守に尋ねる。

 

「オイ、どこだココは?」

「ちっ、誰が答えるかよ! グースカ気持ち良さそうに寝やがって、どんだけ肝が太いんだか」

 

 恐らくは二十そこそこ、人攫いって割りには人が好さそうな若者だが、言わせて貰えば肝がどうこうと言うより単純に俺の体の限界だった。

 

 何が『俺の剣で世界を引っ掻き回す』だ! 落下が無くたって、致命傷と言えるだけの大怪我の連続だった。

 世界最高レベルの肉体と言うがそれも素質の話、温い旅の間に(なま)らせちまったか?

 

 こっちに来てから魔獣とか言う化け物の相手ばっかりで、肝心の対人戦がお留守だったのは疑うべくもねぇ、自慢の剣術が最も生きるのが対人戦と言うのによぉ。

 とにかく今は体力の回復が先だ、血も肉も足りてねぇ。

 

「オイ、飯はねぇのかよ」

「馬鹿かテメェ! 虜囚らしく大人しくしやがれ!」

「こっちは崖から落っこちて、掛け値なし体の限界よ。外傷こそ治っちゃ居るが見た目よりヤベェんだ、死体を売るつもりじゃねぇなら飯ぐらい出せよ」

「そんだけ減らず口が叩けりゃ十分だろうが!」

「そいつぁ生まれつきよ、だがヤベェのはマジだぜ?」

「チッ! これでも食ってろ」

「お? なんだ?」

 

 そう言って檻の向こうから投げつけられた物を俺は片手でキャッチする、監守の若造が放って来たのは油の塊? いやよく見りゃ蛙か?

 

「こいつは良いや! ゲッタルカかよ!」

 

 ゲッタルカはこの世界の料理で、蛙の腹に味付けした煮豆をパンパンに詰め込んで油で揚げる田舎料理だ。

 

「へぇ、都会の人間はコイツを嫌がると思っていたがね」

「ハッ、見くびるなよ。こちとら魔獣退治の冒険で野っ原駆け回ってんだ、蛇や蛙を焼いたモンをいっつも食ってんだよ」

 

 そう言って俺はゲッタルカに齧りつく。言うまでも無く蛙に豆、どちらも良質なタンパク質だ。今の俺に最も必要な物と言って良い。

 

「ん? こいつぁ?」

「へへっ、驚いたか? そいつの腹に詰まってるのはただの煮豆じゃねぇ、ガデッドよ」

 

 悪戯が成功した子供の様に若造が笑う、ガデッドはどんな料理かって言うと……納豆だな。

 ただし、味は全く違う、中東っぽいエスニックな感じだ。

 豆を発酵させて、その独特の臭いを南方の香辛料で誤魔化す、ピリ辛で刺激的な味が、淡白な蛙を揚げたゲッタルカに存外マッチする。

 

「オイオイ、コイツはぁウメェじゃねぇか! ゲッタルカの中身をガデッドにするたぁよ」

「お前マジかよ? ガデッドが臭くねぇのか?」

「ああ? こいつは俺の故郷の味よ!」

「マジかよ、スールーンの生まれか? そうは見えねぇが」

「スールーンは第二の故郷だな、だが本当の故郷にも豆を腐らせた料理が有るんだ」

 

 スールーンは俺がこの世界に落ちた場所、帝国の南部地方の名前だ。右も左も言葉だって解らねぇ世界で中坊が一人、田舎の村に救われた。

 その時、このガデッドには随分お世話になったもんだ。

 俺の体はこのガデッドで作ったと言っても過言じゃねぇ。そうじゃなくても前世から納豆でこの手の臭みには慣れっこだ、初めっから大して苦痛でも無かったな。

 そもそもこいつが無けりゃチパタって言われる、ナンだかパンだか解らねぇ焼きしめた固いモン、食えたもんじゃ無かった、全粒粉で口の中がザラザラするんだから堪らない。

 

「ガデッド以外の腐った豆料理なんて聞いたことがねぇぞ? どこの生まれだ?」

「遥か遠く、帝国でも王国でも、ましてや南方のプラヴァスでもねぇよ。もっと遥か遠く、行くに行けない場所さ」

「吹かすなよ! この世に帝国でも王国でも南方でも無い国なんて聞いた事ねぇぞ!」

「ククッ!」

「からかうんじゃねぇ!」

 

 監守の若造の文句に、思いがけず苦笑が漏れる。そりゃー日本は『この世』に無いから仕方がねぇか。

 

「んな事より、こいつはもっとねぇのかよ?」

 

 そう言って俺は蛙の骨を左右に振る、丸揚げだが流石にコイツは食えねぇ。ちなみに頭は元々切り落としてある。

 

「ああん? もう喰っちまったのか? ゆっくり食わねぇと腹ぁ壊すぜ?」

 

 言われるまでも無く、この世界の揚げ物は油の質が悪く胃もたれする。いやこの蛙自体の油も碌なモンじゃねぇのか、ゲッタルカはゆっくり食えってのが格言みたいになっている。

 だが、俺の体は神様謹製よ、消化器官だって並じゃねぇ……いや、流石にあの怪我の後だ、ゆっくり食えば良かったな。

 

「わりぃな、思いの外旨くてよ」

「へっ、変わった奴だぜ、でもアレでゲッタルカは品切れよ、これでも食ってな」

「ん? ああ、これは普通の(クー)だな」

 

 次に投げつけて来たのは普通に茹でた芋、この辺りで良くとれ畑も多い。味はジャガイモに近いが、茹でれば里芋みたいな独特の粘り気が有るのが特徴だ。

 

「打って変わってコイツは随分と普通だな、オイ、バターとは言わねぇが塩ぐらいねぇのか?」

「贅沢言うんじゃねぇよ! ゲッタルカは俺の私物、おめぇの飯はその芋一つだ」

 

 どうやらこの若造の気まぐれで、俺はタンパク質たっぷりの蛙にありつけた様だ、こんな芋一つじゃ力は戻らないに違いない。

 

「そいつはどうも、あの蛙、旨かったぜ、何より久々のガデッドだ、この辺りでガデッドなんてどこで手に入れた?」

 

 俺は芋を齧りながら、世間話を持ち掛ける。

 情報が欲しいのも有るが、なにしろ芋がマズイ、塩が無きゃ食えたもんじゃねぇ。この辺は内陸だから塩は少々値が張るとは言えこれはキツイ。

 

「ああ、あれは俺の手作りよ、俺の地元のガデッドと嫁さんの実家の蛙で一旗上げようと思って屋台を出したが鳴かず飛ばず、借金だけ残っちまった」

「あー」

 

 俺の感覚では納豆もガデッドも旨いが、喰い慣れない者にはキツイに違いない。

 

「ぜってー旨いんだが、みんなして臭い臭いと言いやがる」

「おい、チーズは試したか?」

「なんだと? チーズ?」

「ああ、チーズを混ぜりゃガデッドの臭みはもっと消せる、実証済みさ。ピザって料理を聞いた事ねぇか?」

「ピザ? そういやスールーンで流行ってるって聞いたな、確かチパタに具とチーズを乗っけて焼くんだったか?」

「何を隠そうピザを流行らせたのがこの俺よ、チパタに乗せる具はガデッドでも構わねぇ、むしろ臭みが消えるんだ」

「何言ってやがる! チーズだってくせぇじゃねぇか!」

「打ち消し合うのよ、おまけにケルタオイルを振っちまえば誰もガデッドの臭いを気にしねぇ。ガデッド嫌いも気が付かずにガツガツ食ったぜ」

「マジかよ」

 

 そんな風に世間話に興じていた訳だが。

 

「オイ、うっせぇぞ! 何くっちゃべってやがる!」

 

 俺を監視している若造の背中側、この部屋の外、扉の向こうから谷底で見た、あの小汚ねぇおっちゃんの大喝が飛ぶ。

 ……今までそんな気配はしなかった、あいつ今までどこ行ってやがった?

 

「ふざけんな! こっちだって遊んでんじゃねぇんだよ! 俺なりにコイツから情報を聞き出そうとしてんだよ!」

 

 叫びながら看守役の若造が扉から出て行くが、生憎と檻は頑丈でこの隙に脱出なんてのは無理そうだ。

 なにより俺は素っ裸、体調だって、まだ本調子とは程遠い。

 

「うるせぇ! どうせ逆にこっちの情報を聞き出されちまうのがオチだ! 黙って見張っていやがれ!」

 

 バキッと鈍い音がする、その後、再び開いた扉からあの小憎らしいおっさんの顔が飛び出してくる。

 

「よぉ! 元気でやってるか?」

「なかなかの好待遇に感謝だな、塩がありゃもっと良かったがね」

「そうかよっ!」

 

 そう言っておっさんが投げつけて来たのは、陶器の筒に入った塩だ。塩をケチる飯屋が多く、こう言った物を常備する人間は少なくない。

 

「どうも!」

 

 素直に出て来るとは思わなかった、俺は残り少なくなった芋に塩を掛け、一息に頬張る。

 

「返せよ」

「はいよ」

 

 キープしたかったが、まぁ無理か。俺は陶器を投げ返す、コッソリ塩は抜いたがな。

 

「で? 俺を売る算段は付いたのかよ?」

「それよ、ズーラー様が居なくなって誰に連絡しようかと思ってな」

「誰だって良いじゃねーか」

 

 俺にはおっさんの言葉がピンと来なかった。そりゃ小ズルそうなズーラーってオヤジは、似た者同士で馬も合ったんだろうが、アイツ一人消えた途端、誰とも連絡が付かないってのは解せない。

 

「ズーラー様の部下も含め、根こそぎあそこで死んじまったのかも知れねぇ、コイツは困った事になったぜ」

「おいおい、普通に正面から商会かなんかのフリをして近づいて、シノニムだったかあの辺の嬢ちゃんに話を通せば良いじゃねぇか」

「それがよ、そのシノニムちゃんも居ねぇのよ」

「んだと?」

「で、代わりに見知らぬ輩がウロウロしてきな臭ぇ、そもそも面会の受付とかもストップしてるし、どうにも慌ただしいんだ、おめぇ何か知らねぇか?」

「知るわきゃねーだろーが!」

「……だよな、参ったぜ」

 

 頭を搔くおっさんの話は俺にも全く見当が付かない物、見知らぬ輩? 帝国軍か? 百人からの部隊が全滅、それもたった二人相手なんて考えつかねぇだろう、グプロス卿が裏切ったと思われた。そんな所か?

 何にせよ、情報が全く足りてねぇ。

 

「とにかく、連絡が取れるまでお前さんはココで暫く塩漬けだ。体調を整えて置けよ」

「へー、ありがたいねぇ」

「抜かせ、お前が売れないとあらば躊躇なくぶっ殺すからなぁ。よぉっく考えて行動しろよ」

「肝に銘じて置きますよっと」

「フン! 減らねぇ口だ!」

 

 そう言って、おっさんは出て行き、代わりにあの若造が入って来る。しかしその頬は赤く腫れあがり、恐らくはぶん殴られたに違いない。

 

「お前の所為で殴られちまったじゃねーか」

「俺の所為じゃねぇだろ? 敢えて言うならゲッタルカが旨過ぎるのが悪い」

「へへっ違いねぇや」

 

 そう言ってお互いに笑い合う、しばらく顔を突き合わせるんだから仲が悪くちゃどんな目に合うか解らねぇ。

 

 なにしろ俺はこの檻で暫く過ごすしか無いらしい、その間に体を回復しねぇと話にならない。

 脱出してまずは剣、そしてブローチだ。

 ここが何処だかも、あのおっさんの大声でアタリも付いた、反響音から恐らくは地下。

 俺が気絶してるとは言え、真っ当に門を潜ったとも思えねぇ。と来れば恐らくココは地下下水道。

 

 そんなトコだろ?

 

「明日も頼むぜ、チーズ入りゲッタルカ、試食してやるよ」

「言ってろ馬鹿が!」

 

 とにかく今は、飯にありつく方法を全力で模索する、考えるべきはそれだけだった。


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