死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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気配の正体

「でよ、俺のツレがチーズにガデッドなんて絶対合わねぇって食おうとしねぇのよ」

「ばっか、挽き肉だって騙して食わせちまえば良いのよ」

「かみさんに許可無く肉を使ったなんて言ってみろよ、殺されるぜ」

「おいおい、だらしねぇなぁ」

「言ってろよ、家のかみさんを怒らせてみろ。お前のケツなんざ果ての山脈まで蹴っ飛ばされるぜ」

「そりゃおっかねぇや」

 

 狭い檻の中、俺は肩を竦めて笑う。

 俺はすっかり監守と仲良くなった。

 

「んな事よりどうなんだよ? 結局ガデッドとチーズ入りゲッタルカ、かみさんは食ったのか?」

「ああ、ギャーギャー騒いだ末にペロリと食いやがった、『おいしい』だってよ」

「良かったじゃねぇか」

「あんだけ騒いでそれだけかよ! って叫んだぜ、でよ、実は嫁さんもガデッドは本心じゃ臭いと思ってたらしいんだ」

「ブハッ! マジかよ! それこそ商売始める前に言ってくれって話だな」

「だよな! そうなんだよ、今更そんな事言われてもってな」

「旦那の故郷の味を否定したく無かったってトコロか?」

「そう! 正にソレらしいのよ! そんなトコで急に良妻ぶりを発揮されてもよぉ」

「良い嫁さんじゃねーの、借金抱えた旦那を見捨てないだけで上出来だ」

「始めっから素直に臭いって言ってくれりゃー、その借金だって無かったっての!」

「ハハッ違ぇねえ!」

 

 藁が敷かれただけの寝床の上で、俺は腹を抱え笑う。

 対して檻の向こう、雑な作りの丸椅子で笑うのが話し相手である看守役の若造、ミダナンだ。

 ミダナンは、ゲッタルカって名の蛙に煮豆を詰めて揚げた田舎料理に、ガデッドって納豆みたいな癖の強い食材を組み合わせる危険な素人料理を屋台で売り出した。

 結果、見事に借金をこさえ奴隷として売られる、って瀬戸際で、逆に奴隷を仕入れる側、人攫いって犯罪者に身をやつした訳だが、度胸も腕っぷしも無く、ひたすら表向きの仕事、下水掃除だけをさせられているらしい。

 

 本人は情けなく思っている様だが、ここは足を洗う絶好のチャンスと言える。

 ここスフィールの領主グプロスは王国の守りを担う立場にあって、恐らくは帝国に寝返っている。

 広報使節団と称した帝国兵を百人から呼び込むのだから間違いは無いだろう。

 しかもその結果、帝国兵は壊滅。大損害を負った筈。

 百人からの部隊を失った帝国がどう思うかは解らないが、面白くは無いだろう。その上コレだけの騒ぎとなれば、近隣諸侯も異変に気付く可能性が高い。

 更にゼスリード平原ではグプロスの片腕、ズーラーが死んでいる。これまた死んでしまったヤッガランとか言う衛兵隊長が言っていたが、ズーラーは昔から裏の仕事を取り仕切っていたらしい。

 現に俺を捕まえたと人攫い共がグプロスに連絡を取ろうにも取れず、既に四日も俺はこの狭い檻の中で待たされていた。

 

 ここまで揃えばグプロスがどう出るか解らない。ただグプロスが逃げるにも追い立てられるにも、後ろ盾が無くなった組織が辿る末路は悲惨な物だろう。

 俺は笑いを納めて、真面目な顔でミダナンに向き合った。

 

「でよ、今日の分のゲッタルカはまだかヨ?」

「真面目な顔で言う事が其れかよ、ほらよ」

 

 ミダナンが檻の向こうから投げて寄こすゲッタルカを俺は両手で大切にキャッチした。

 

「コレよコレ、良い匂いじゃねーの」

「ああ、漏れ出る匂いも、ガデッドの臭さじゃなくて美味しそうな香りだってかみさんも太鼓判よ」

「へぇ、相当気に入ったみてぇだな」

「おうよ、お陰で最近晩飯はこればっかりだぜ」

「へへっそいつはご愁傷様、俺は毎日だって構わねぇがな」

 

 そう言って俺は蛙の腹にかぶり付く。腹に詰まったチーズとガデッドはまだほのかに暖かく、チーズとガデッドのとろみが混じり合い、更には強烈な二つの臭いが鼻に抜けて行く。

 

「くぁーたまんねぇな」

 

 口に広がるガデッドとチーズの味は滋味に溢れている。実際ここ数日食べ続けたコイツのお陰で俺の体は既に調子を取り戻していた。

 大怪我を魔法で癒した俺の体だが、魔法が無から有を作るので無ければ、体中の血と肉を寄せ集めて傷を塞いだに過ぎないと思われる。

 実際、かつてない程の眩暈や不調に見舞われ、度々気を失う有様だった。

 それがどうだ? たったの四日での完全回復。俺の体の作りの良さを考慮しても驚異的なスピードだった。

 しみじみと蛙の腹に詰まった、ガデッドととろけたチーズが混じり合った具を眺めている俺に、ニヤニヤと監守のミダナンが話し掛けて来る。

 

「どうだ? うめぇだろ?」

「ああ、日に日に良くなってる。ガデッドの香辛料、辛みの強い奴に変えたか?」

「解るかのか? 流石だな」

「ああ、この辛みが良いアクセントになってる」

「へへっ、かみさん以外にも誰に食わせても本気で評判良いのよ。前は舞い上がってそんな事も見えて無かったんだなって思う程にな」

 

 得意そうに鼻をこするミダナン、しかし状況は案外に悪い事を伝えなくちゃならない。

 

「オイ、ミダナン」

「どうした?」

「ゲッタルカはうめぇけどよ、不味い事になると思うぜ」

「んだよ?」

 

 俺が捕まって四日、グプロス卿との連絡はまだ取れていないらしい。

 それだけでグプロスサイドの混乱の程が知れると言う物。

 

「百人からの帝国兵が全滅したんだ、間違いなく荒れるぜ。何が起こるか解らねぇ」

「その、全滅ってのはマジなのかよ?」

「マジだ、それに碌でもねぇ事しか起こってねぇ、それでよミダナン! これはチャンスだぜ?」

「チャンス?」

「借金だよ、あの糞親父に立て替えて貰ったって言ってたじゃねぇか」

「そうだよ、大恩人だぜ」

「その大恩人がヤバくなっても助けようなんて思うなよ?」

「どういう事だよ?」

「…………」

 

 どういう事と聞かれて俺は言葉を濁す、どうにも説明しきれる気がしねぇ。

 ゼスリード平原からこっち、俺の気配を感じる力は増した様に思える。

 

 俺が感じる気配って奴が何なのか? 漫画の中では当たり前に出て来るキーワードだけに今までは疑問にも思わなかった。

 だが暇になってここ四日考えた、気配にも個人差があって、気配が薄い人間と濃い人間が居るのだ。

 濃い人間の筆頭はユマ姫こと高橋だ、あの濃い霧の中でも何処に落ちて来るかハッキリ解る程にその気配は濃かった。

 逆に薄い人間は誰か? 色々見て来たが直近で気になる程薄い奴が居る。それも三人だ。

 それが兎に角ヤベェと感じる原因なんだが、それを説明出来ない以上、力業での説得しかない。

 

「とにかくヤベェと思ったら隠れてろ、絶対に碌でも無い事が起こる。荒事専門で生きて来た男の勘を信じてくれ」

「そんな事言われてもよ」

 

 ミダナンは困惑気味だが、納得して貰わなきゃ困る、俺が声を荒げようとした時だ。

 

「オイ! うるせぇぞ!」

 

 部屋の外、扉の向こうから荒っぽいダミ声が届く。

 いつの間に? 何時から居たんだ? 人攫いは四人、あのいやらしい親父とミダナン以外に二人。この声は髭が濃い方。だが髭の濃さなんてどうでも良い。

 

 ――俺は今、コイツの気配を全く感じなかった。

 

 そんな俺の焦りを知らず、ミダナンは呑気に言い返す。

 

「でもよぉ、こっちだって監視しろって部屋に閉じ込められて暇なんだよ。これじゃどっちが奴隷だか解らねぇよ」

「ハッ! お前も奴隷一歩手前だろうが! 売られたく無かったら黙ってろ」

「解ったよ……」

「親父さんがそろそろ帰って来る、報告させて貰うからな」

「えぇ! 勘弁してくださいよぉ」

 

 二人の会話も頭に入らず、思考に沈む。

 『気配を消す』普通に考えたら達人の仕業だ。

 だがこの髭が濃い男はただの人攫い、そんな技とは無縁のハズだ。

 言い知れぬ焦燥感に苛まれるが、そこに新たな気配が二つ。

 

「おっ!? 噂をすれば親父さんが帰って来たみたいだぜ?」

 

 髭の濃い男のにやけた声、確かに気配なんぞ読むまでも無く、地下室に足音が響く。しかしその足音の数が問題だった。気配は二つ、しかし足音は地下の反響を考慮しても明らかに三人分。

 俺がその事に密かに戦慄したその時だ。

 

「ああ、ミダナンの野郎、また親父さんにどやされるぜ!」

 

 ――は? また違う声! 髭が薄い方も居たのかよ!

 

 響く陽気な声とは裏腹、俺の背筋には更に冷たいものが走る。

 コイツもまた、気配を全く感じなかった。

 

「よぉ! 戻ったぜ!」

 

 浮かれた声、親父と呼ばれる小汚いおっさんの物。しかしその声の元からは気配がしない!

 これで三人、元々極端に気配が薄い三人だったが、今や全く気配を感じない。

 

「どうだよ親父、首尾の方は」

「バッチリよ! ワザワザ引き取りに来て下すった」

 

 声と共に部屋に入って来る気配が二つ、こちらは濃い気配と共に金属音を鳴らして歩く。扉の向こう、姿は見えないが恐らくは鎧で身を固めている。

 

「オイ、例の男は何処だ?」

 

 聞いたことが無い無機質な声。殺し屋や職業軍人を思わせた。

 それに対するおっさんの声は、もみ手で答える様が目に浮かぶ程。

 

「奥の部屋に確保しています、オイ! 連れて来い! 念入りに枷を嵌めろよ!」

「へい!」

 

 景気の良い返事と共に、髭の濃い男が部屋に入って来る。

 

「ミダナン、出荷だ、枷を嵌めろ」

「あ、ああ……オイ枷だ、嵌めろよ」

「おう……」

 

 ミダナンが木枷を檻の中に放り込んだ。俺としても変に歯向かうつもりは無い。

 木枷ってのは案外面倒なんだ、俺達は檻を挟んで二人、木枷を嵌める共同作業となった。

 自然、俺達は檻越しながら、至近に向かい合う形になる。

 ミダナンは悲し気な顔で話し掛けて来る。

 

「悪いな、これでお別れだ」

「んな事はどうでも良いから話を聞け!」

 

 しかし俺はその感傷をバッサリと切り捨てる。今は一刻を争うのだ。

 

「んだよ! 人が折角……」

「良いから! 俺が出て行った後、入れ替わりで檻の中に隠れろ! 頭から藁を被って部屋の隅で丸まってろ! 良いな!」

「は? んな事したら親父に殺されちまうよ」

「もし何にも無かったら、世話のお礼に藁の中に指輪を隠したと、俺に嘘を吐かれたと言え! 馬鹿にされるだけで済む」

「何だってんだよ?」

「さもなくば……死ぬぞ!」

「なっ!」

 

 俺の迫力に声を失うミダナンだが、どうやらコイツは酷い勘違いをしたらしい。

 

「やけっぱちで暴れる気かよ? 無駄だぜ? 立派な騎士様が二人も来てる」

 

 ――チッ

 騎士が二人、自分の予想通りの事が起こりそうで、ミダナンの言葉に思わず舌打ちが漏れる。そしてそれが更なる勘違いを生んだ様だ。

 

「オイ無謀だぜ? 嘘だよな?」

 

 どうやら本格的に俺が暴れると思い込んだ様だが、俺はいっそコレに乗っかる事にした。

 俺は思い切り大法螺を吹いてやったのだ。

 

「嘘じゃねぇ、俺は森に棲む者(ザバ)の魔法具をケツの穴に隠してる、コイツが爆発すれば辺りが吹っ飛ぶぜ」

「自殺じゃねぇか! 馬鹿な事は辞めろよ!」

 

 ミダナンが慌てた声をあげるもんだから、髭の男が苛立たしげに檻を蹴っ飛ばす。

 

「オイうっせぇぞ! 枷を嵌めたならとっとと檻から出しやがれ!」

「ハ、ハイ!」

 

 ミダナンは怯えの混じる返事と共に檻の鍵を開けて入って来た。

 今度こそ最後のチャンスと俺は小声で必死に訴える。

 

「頼む! 俺を男にしてくれ! お前は部屋の隅に居るだけで良い。それで借金も無くなり、あの糞旨いゲッタルカでやり直せる」

「そんな! そんな!」

「ありがとよ、お前のゲッタルカ旨かったぜ、俺が死んでも俺が考えたゲッタルカが残る。それを誇りに逝かせてくれよ」

「うっ! うう!」

 

 ミダナンは泣くが、勿論大嘘だ。

 

「なぁーにをボヤボヤしてやがる! お客が待ってんだ! もたもたすんな!」

「ああ、木枷も嵌まってるし大丈夫だ、連れて行ってくれ。俺は部屋の掃除をしてから行くよ」

「そりゃぁ良い、お前は掃除のプロだからな」

 

 髭の濃い男がガハハと笑うが、掃除のプロ、その方が人攫いよりよっぽど良いだろうに。

 木枷がしっかりと嵌められたまま、髭の男に連れられ扉を潜る。俺は四日ぶりに部屋の外に出た。

 監禁部屋の外も同じ様な地下室だが、流石に四倍以上には広い。小さなテーブルに謎の薬品、樽の中には一杯の武器。薬は言うまでも無いが、武器はゼスリード平原で拾った物だろうし真っ当に捌けない物の見本市だ。

 

 振り返ると、俺を悲しそうに見つめるミダナンと目が合って、俺は黙って頷いた。

 そこに大きな気配の主から声が掛かる。

 

「その男が例のタナカか?」

 

 低い声の主はやはり鎧の男、それも一目で騎士と解る姿だった。悪党の巣の中で正騎士の重装備は酷く浮いて見える。

 

「騎士様がお出迎えとは、俺も偉くなったもんだな」

「馬鹿な事言ってんじゃねぇ! スイマセン、口の悪い野郎で」

 

 おっさんは俺の頭をぶっ叩きながら、気味の悪い猫なで声で騎士に笑いかけるが、騎士の方は愛想笑いも返さない。

 こりゃヤバいか? 軽口とは裏腹、俺はじっとりと重い汗を掻く。

 

 騎士の体は大きく、仕草にも一々隙が無い。その強さは一目瞭然だった。ブッガーにも劣らぬ実力者に違いない。

 だが本当にヤベェのは奥でジッとしている方。俺と同じかそれ以上に強いじゃねぇか!

 

 ――噂に(たが)わねぇ! コイツらが、破戒騎士団!

 

 俺の視線に気が付いたのか、奥の騎士が柔らかい声でおっさんに尋ねた。

 

「組織の人間は三人だけですか?」

 

 恐らくは三十過ぎの男、気遣いの出来る優し気な声だが、俺には妙に冷たく感じられた。

 対して人間が少ない事を指摘されたと思ったのか、おっさんは慌てた声で返す。

 

「いや、ホントはもっと居たんですがね、色々有って減ってっちまいまして」

「いえ、責めてる訳では無いのです。それ所かこの男の確保は大変なお手柄で、直々に予算を貰っているのですよ」

「ホ、ホントですか?」

 

 どう考えても怪しい話だが、おっさんは疑いも無く乗っかった様だった。

 

「ええ、報奨金とは別に、騎士団からのお礼としてね。近くに良いお店が有るんですよ、可愛い子いっぱい居ますよ」

「おおっ! 騎士なんざお堅い職業と思ってましたが、ありがたい! 大好物です!」

「ご冗談を! 破戒騎士団と言われてるの知ってますから、で、予算は有りますから組織の人間は残らず呼んで下さい。人数が少なくてもお店のグレードは上がりませんからね」

 

 冗談めかして騎士が言うが、その目が笑っていないのに俺以外は気が付いていない。俺はごくりと唾を飲むが、対照的におっさんと髭の濃い方、薄い方はニヤニヤと笑って見つめ合う。

 

「いえ、これで全員です、早く! 早く行きましょう」

 

 おっさんが急かし、髭の二人もウンウンと首を縦に振る。コイツ等ミダナンをハブるつもりだ! しかしこれはツイてる。

 

「そうですか、三人で全員ですか……」

 

 騎士から柔らかな笑みが消え、代わりに腰から剣を引き抜く。

 

「な? 何ですか?」

「直々に送ってあげます、最高にいい女、女神さまがおわす所にね」

「ふざけっ」

 

 おっさんは最後まで文句を言う事が出来なかった。

 袈裟懸けに一斬り。ソレで真っ二つとは……叩き付けるのが普通の西洋剣にしちゃ、鋭く研がれている。

 もう一人の騎士も剣を抜き、髭の濃い男を同様に斬り殺していた。

 

「ヒッ!」

 

 残る髭が薄い男が悲鳴を上げたがそれだけ、すぐに斬り伏せられる。

 

 全員即死! コイツ等! 人を殺し慣れている。

 騎士なら当たり前? いや、ここんとこ戦争も無く二十年は経って居る。大規模な山賊団が出たとも聞かない、恐らくは捕まえた犯罪者を日常的に切り殺している。

 

「へへっ! さっすがローグ隊長、良い剣筋ですねぇ一撃ですよ」

 

 騎士達はそれまでの硬質な態度を一変させた。人間的な柔らかな笑顔、だが少しも穏やかになれない。それが傷口をブラブラと弄びながらの言葉だからだ。

 

「いや駄目駄目ですよ、最近殺してませんからねぇ、ちょっと鈍りました」

「とんでもない、俺の斬り口なんて酷いもんです、見てくださいよ」

 

 奥のヤベェ方がローグ隊長か……しげしげと部下が斬った断面を検分する様は正気じゃねぇ。

 

「うーん、剣を引くスピードをもう少し上げましょう、それに剣は魔獣用とは別に、人斬り専門の物を買った方が良いですよ」

「さっすが、こだわりますねぇ」

 

 部屋は血塗れ、なのに楽し気に話す二人は異質に見える。

 見えるが……これがコイツ等の日常なのだと一目で解った。コイツ等は殺しを楽しんでいやがる!

 

「隊長、こいつは? コイツは殺しちゃまずいんですか?」

「おやおや、折角迎えに来たんです、その人は殺さないでね」

 

 部下の騎士がケラケラと俺を指差し笑うが、ローグ隊長とやらがそれを止めた。

 

 どうやら俺は殺されずに済むらしい。

 

 どうやって倒すか必死に頭を巡らせていたが、今の俺は木枷を嵌められ、武器どころか服も無い。全裸に枷の変態紳士スタイル。殺された素人三人が相手だったら兎も角、コイツ等とは勝負にもならないだろう。

 

「これはこれはお優しいね」

 

 必死に軽口を叩くがキレが出ない、声も震えているだろう。

 そんな俺を無視して、騎士二人は部屋を見やる。

 

「他に人は居ないか一応見ておきましょう」

「わかりました」

 

 ヤバい! ミダナンは檻の中だが、調べればすぐにバレてしまう!

 

「居ない様ですね、しかし隊長が奢ってくれるとは知りませんでしたよ」

 

 騎士は俺が囚われていた部屋を一瞥しただけで判断してくれた。

 

「はは、ああ言えば仲間と言う仲間を呼ぶと思ったんですが失敗でしたかね?」

「いやぁ、本当に三人で全員だったのでしょうよ」

 

 楽し気に話す二人とは裏腹、俺は浅い呼吸を繰り返す。

 どうやらミダナンは死なずに済んだか?

 

「じゃあ、行きましょう。グプロス卿がお待ちです」

「おい、せめて下になんか着させてくれよ」

「あーそうですね、私もその粗末な物を見たくは無いですし」

 

 粗末じゃねぇだろ! お前のモン見せて見ろ! 叫びそうになるが見せて貰っても困るのでグッと堪える。

 で、俺に着せてくれたのは死んだおっさんから剥ぎ取ったズボンだった。

 有難くって涙が出らぁ。

 

「じゃ、今度こそ行きましょ」

 

 そう言って柔らかに笑うローグ隊長に連れられ、地下道を抜ける。

 外に出ると暗く、時間は深夜。しかし場所は解る、スフィールの北門広場の脇、待機していた馬車に乗せられ、俺はグプロス卿の屋敷へと再び向かうのだった。

 

 今度は囚われの身で。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 馬車の中、俺は自分が感じる気配に関しての考察が正しかったと確信する。

 

 前世で、俺は高橋だけは絶対に死なない様に思っていた。

 それに対して神は言っていた、死を運ぶ偶然に対抗するべく、最も死ににくく平凡な運命を持つのが高橋だったと。

 そして俺がその運命の力を感じていた可能性は否定できないと。

 

 だとしたら、俺が感じる気配、それは運命の力そのものじゃないのか?

 

 だとしたら? だとしたら高橋は、ユマ姫は巨大な運命を持っている。まだ死なない。死んでいないハズだ。

 だったら俺はあのブローチを取り戻し、そして再会しなくちゃならねぇ!

 

 決意を胸に、俺はグプロス卿の城へと向かうのだった。


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