死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「グリフォン!」
――ビィィィィィ
俺の叫びに応える様にグリフォンが
空から飛来したコイツが鷲掴みにして見せたのは、俺が追いかける馬車だった。
俺は馬車に乗るギデムッドってジジイから、アイツから預かった魔道具を取り返さにゃならねぇ。
「お前に助けられるとはな」
言ってはみたがグリフォンがホントに助けに来た訳じゃないだろう。真っ平らな平原で高速に動く馬車が格好の獲物に映った、……そんなトコか?
「ツイてんだか、ツイて無いんだか、わっかんねーな」
崖から落とされ、監禁されたり、吊されたり、ロクでもねー目に遭い続けたが、俺の狙いは一にも二にもアイツ、ユマ姫から預かった魔道具だ。
魔道具自体の効果もスゲェもんがあるが、一番大切なのはアレがアイツの妹の唯一の形見だって事だ。
他の何を逃してもアレだけは取り返さないと洒落にならない。
ましてやあの技術が帝国に解析されて、それがアイツに牙を剥く事になれば、これ以上無い悲劇になっちまう。
それが何より怖かったのだが、この段に来ればその心配は無いか? 問題が有るとすればむしろ我が身の安全だ。
――ビィィィィ
なにせグリフォンは目的の馬車を猛然と突っついている、下手に近づく訳にも行かない。
「ご愁傷様だな、にしてもどうすっか」
下手に近づけばこっちがヤバい。かと言って落ち着くまで放置するのも引っかかる。
なにせグリフォンに掴まれた馬車は玩具箱みたいな大きさと錯覚するほど、馬車を抱えて飛び立つイメージが頭をよぎったからだ。
まさかとは思うが、俺はもう自分の常識に自信が持てない。
俺は息を潜め、様子を窺う事にした。
「さっすが、金が掛かってそうな馬車だ、ズイブン丈夫じゃねぇの」
馬車はグリフォンに突かれながらも、いまだに形を保っている。
……いや、猫が獲物をいたぶる様に、遊んでいるのか?
どちらにしても壊れるのは時間の問題。このまま中の
しかし、欲を言えばジジイは生きたまま捕縛したかった。アイツが魔道具を持って行ったと聞いているが、身に付けているとは限らない。
万が一ブラフ、もしくは既に誰かに預けたり隠したりしているなら、口を割らせる必要性が出て来るからだ。
「さぁて、どうなるか」
草むらに伏せながら、気取られない様に風下に移動して様子を窺う。
……その時だ。
ひっくり返された馬車から一人の男が転がり出た。
グリフォンの隙をついて飛び出したその男は、下草に紛れグリフォンから距離を取ると、油断無く草むらに飛び込んだ。
男が草むらに飛び込むその寸前、俺に気付いた男と俺で、視線が交錯する。
誰も居ないと思って全開で鼻歌を歌っていたら、通りすがりの相手と気まずい感じに目が合っちまう瞬間と言えば解るか?
いや、全然違うか。とにかくギクリとした。
その顔には覚えが有った。ゼスリード平原まで霧の兵器を持ってきた商人に違いない。
……アイツまだ生きていやがったか。
背中の弓から見て、さっき俺の愛馬を射かけたのもアイツに違いない。
しっかし嫌な予感がする。ココから更に面倒な事になる気がして成らねぇ。
俺のそんな予感を肯定するように、男は草を掻き分け近づくや、背中の弓を取り出した。
俺へ向け、ギリリと矢を番え叫ぶ。
「貴様ァ! 早くアイツをどうにかしろ!」
「……ハァ? ……何言ってんだ?」
「とぼけるな!」
「――あーそう言う事な」
一瞬本気で何を言ってるか解らなかった。
だがそう言えば奴らはエルフの技術で魔獣をけしかけてるとか疑っていたな、この状況がまさにそれだと思ってやがるのか。
ま、絶妙なタイミング、そう思うのも無理も無いか。
「早くしろ、撃つぞ!」
「いや、そう言われてもね……」
俺は両手を挙げて無抵抗を示す、曖昧な表情を浮かべ、ニヘラと笑った。
「何を笑ってる! 早くしろ」
「誤解だってーの、魔獣を操れる訳無いだろ? なぁ? お前もそう思うだろ?」
そう言って、俺は男の背後へと声を掛ける。だが。
「そんな見え透いた手に引っ掛かるか! 死ね!」
奴は振り返りもせず、そう言って俺に矢を放った。俺は慌てて横っ飛びにその矢を躱す。
成程、奴は実戦慣れも有るのだろう、俺の誘いには全く乗って来なかった。
だがな、確かに俺は嘘つきだが、不思議と嘘が現実になるってのに定評が有るんだぜ?
なにしろ俺が跳んだのは矢を躱すためだけじゃない、それだけならもっと小さな動きでも躱せる。
俺が話し掛けたのは……アイツ。
「ぎゃ!」
グリフォンだ。
グリフォンが音も無く飛び込んで男を踏み潰した。そのサイズを裏切る音の小ささは、まるでCGの様な現実感の無さだった。
しかし、そのパワーは疑うべくも無い。確認するまでも無く即死、いや即ミンチ。
そのまま突っ切って俺の居た所を駆け抜けて行く、そのスピードは生き物の常識を遥かに超えていた。助走の末に翼を広げ、再び大空へと駆け上がって行く。
「行ったか? ……クソッ」
見逃して貰ったかと思いきや、グリフォンは旋回し再びこちらに滑空して来た。
ゼスリード平原は身を隠す所の無い見渡す限りの平地。ここでは隠れる所もねぇ。
だがそれにしたって、なんでアイツは執拗に俺らを襲う? 餌だったら死肉がそこら中に転がっているだろうが!
腐った肉は食わないグルメ野郎なのか? そんな繊細には見えねぇが。
腐ると言えば、コイツとはズイブンな腐れ縁。利用しているどころか呪われてるって言った方がしっくりくるぜ。
兎に角、この状況はヤベェ。だが逃げ場もねぇと来れば、取り敢えずやれる事から片づけるだけだ。
俺は横転した馬車へと駆け寄ると、気配を探る。
居るな……
手早く上へと飛び乗ると、窓から中を覗き込む。中には頭を抱え蹲る老人が一人。
ギデムッド老に間違いない。
「アイクか? 奴はどうなった!」
「生憎死んだよ、俺だ。死にたく無ければ魔道具を返しな」
「くぅ……無念」
だが爺さんは震えながらも、素直に渡す気は無いらしい。
「死ねっ!」
取り出したのは小型のボウガン、慌てて首を引っ込めた途端。ボルトが木窓に突き刺さる。
ボウガンは連射出来ない。このチャンスに
……だが。
ガンッと激しい衝撃が馬車に伝わった。見上げれば文字通り馬車を
ギョロリとコチラを覗き込む目に思わず息を飲む。サイズもそうだがその鷲目は鳥類よりむしろ爬虫類じみていて、その意思を感じにくい。
まるでグリフォンが俺のしもべとばかりに、堂々と
「オイ、無駄な抵抗は止めろ、コイツに馬車ごと踏み潰されたいのか!」
「……解った、まずはココから出してくれ。魔道具は返す」
狙いは当たった。俺は御者台の方から這い出すと、残った爺さんの手を引き外へと引っ張り出す。
「ヒッ!」
爺さんの引き攣った声。何っ? と振り返れば、後ろからグリフォンがコチラに嘴を突き出す所だった。
「わッ! っとぉ!」
思わずビビって距離を取る、演技が台無しだが仕方が無い。
「ぐぎゃ、グギ」
馬車の中から奇妙な悲鳴が聞こえるが、見たくねぇな。しっかし何故俺を無視した?
俺の疑問は、グリフォンが血だらけの嘴を引っこ抜いた時に知れた。
「魔石か! 魔石を喰ってやがるのか」
咥えていたのはガラス瓶に詰まった魔石。恐らくは魔道車の燃料だ。それを噛み砕き嚥下する。
……成程な。
そう言えばアイツも言っていたっけ、大森林は魔力が濃い故に強力な魔獣が跋扈する。
エルフも強力な魔獣も、魔力が薄い地では生きられない。だがその割にあのグリフォンは人間の土地で活動しまくってるのが不思議だったが、そのカラクリがアレって訳かよ。
「ウメェかよ? 喰って満足したら帰れよ馬鹿野郎」
思わず毒づくが流石に通じちゃ居ないだろう。グリフォンの目的が魔石だとするならば程なく引き上げるに違いない。そう思った矢先だ。
――グル? ビィィィィ!
目が合った!?
訳も解らず地を蹴った。頭を狙った嘴の咬合を仰け反り躱す。反らした背のままにバク転をする最中、反転する世界にはグリフォンの姿が見えた。
何というスピード! あのまま立っていたら? アイクとか呼ばれてた男の二の舞だ。
綺麗なバク転を決めた俺だが、体勢を立て直す間もなくグリフォンは爪を振り下ろす。
慌ててバックステップで後ろに跳ぶ、前髪どころか鼻先を爪が掠めた。
魔石を食っただろうが! なぜまだ俺を狙う!
――そういや、俺の魔力値は90だったか? 人間の平均よりは遥かに高いとアイツも言ってたな。
それを聞いて正直嬉しかったが良い事ばかりじゃ無いらしい。
いや、そうじゃ無いか? グリフォンだって馬鹿じゃねぇ、何を考えてるかまでは解らないが、動きから知性は感じる。
俺の事が解るのか? だったら俺を怨敵と思っていても不思議じゃねぇ、それぐらい深い付き合いになっちまってる。
だがまぁ、腹が一杯になるまで其れを思い出せないのだとすれば、所詮は獣と言った所か。
目が合った瞬間に途端に思い出したみたいな顔をしやがった。本当に忌々しいったら。
「いい迷惑だぜ!」
叫びながら爪の攻撃を避け右へ左へ、時には剣でいなすが重い! そして信じられない位に固い。
魔獣って奴はどうしてこうもチートなのか、生物の常識をぶっ壊す硬度だろうが!
幾度かの攻防の末、なんとか比較的背の高い草の中へと転がり込んだ。
どうやら見失ってくれたようだが、しばらくすると奴は再び助走をし、天空へ舞い上がる。
思えばハーフエルフの村では助走も無くホバリングしたり、浮き上がったりしてなかったか?
だとすれば多少は弱ってると言う事だが、そんな物は気休めにしかなりそうにない。
なにせ上空から見下ろせば俺が隠れている下草なんぞ、何の邪魔にもならないに違いないのだ。
「ひっさしぶりにアレをやるしかねぇか!」
草むらに伏せ、剣を引き抜き空を眺める。走り回ったせいで汗が吹き出し、顔中に草や泥が引っ付いた。
草むらからはこの世界特有の虫の鳴き声がひっきりなしに鳴り響く、コオロギみたいな恰好をしていて、金属がたわんだみたいな音を出す奴だ。
痛い程握りしめた剣の感触を確かめ、呼吸をゆっくりと細めて行く。
少しの間、我慢比べだ、期待はしないが万一見逃してくれるならそれで良い。
フォンフォンと虫の音が耳に痛い程鳴り続けている。
その時、雲一つ無い空から影が伸び、一瞬だけ周囲を暗くしていった。
――奴だ。探し回っている。
気付けばもう太陽は高い所に登っていたらしい。
じっとりと汗ばむ手の平に対して、背筋には冷や汗。俺の体力にどこまで保つかと相談する。ふと嫌な予感に見上げれば、居た! 空に小さい影! 高い!
そして奴が見えると言う事は、奴からも俺が見えると言う事だ。その影がみるみる大きくなり迫る。
気付けば虫の音も鳴き止み、全くの静寂。虫も危機を感じたか、それとも俺の極限の集中力がそう感じさせるのか?
どんどんと巨大になる影に、今更ながらに恐怖する。やはり人間が戦えるサイズの相手じゃない。だが走って逃げたって追いつかれる、なんせ相手は空を飛ぶのだ。
攻撃をかわすならギリギリまで引き付けてから、それしかない。
俺はそのタイミングを必死に計る、恐怖を殺し、必死に距離を見切って引き付ける。
「3・2・1! 今だ!!」
俺は横っ飛びに跳び、そのまま地面を転がる。極限の集中力の中、俺が居た場所が鷲の前足でグシャリと吹き飛ぶ様子がスローモーションみたいにハッキリ見えた。
まずは無事! だがそれだけじゃ納得しねぇぞ!
俺は転がって突っ伏した体勢から、立ち上がりざまに右手の剣を高々と突き上げる。
「
必殺技! 文字通り必殺技だ! コマンドは下溜め上AorB だがゲームじゃねぇぞ? 正真正銘実戦で決めてやった、それもコレで二度目だ。
――ピィィィィーーーー
グリフォンが悲鳴を上げる、それもその筈、俺が突いたのは奴の傷跡だ。
村でユマ姫が射貫いた翼、そこを狙った、むしろそこしか無かった。
なんせコイツはかつて俺が斃したマンティコアとは比べ物にならない大物。
魔獣ってのは硬い。それも伝説級の魔獣ってのは桁違い。
そしてコイツはサイズこそ
そして今回、固くて刃が通りませんでしたは即、死を意味する。
悔しいが、動かない的相手なら兎も角、剣で姫様の魔法以上の威力は中々出せねぇ。
だったら頭を使うしかねぇだろ? 一度破けた脆い所を狙うのよ!
「ハァァァァ! 弧月昇!」
などと必殺技の名前を続いて叫ぶが、動きは全く違う。気分だけだ。
突き立てた刃に任せ、刃が通る方向に思いっきり剣を振る。
グリフォンの羽は生物的に考えて奴の中で最も脆い部分だろうが、それでも生え茂る羽毛が魔獣らしい固さを誇り、中々刃を通さない。
だが、一回刃を通してしまえば、外側に向けてスルリと切れるんでは無いかと野鳥を解体した経験から想像していたが、全くその通りになった。
それでも俺は顔を真っ赤に剣を振ったのだが、このレベルの魔獣にこれほどの打撃を与える方法は他に無いだろう。
切り裂いた裂け目は外側に抜け、深いスリットが入った様にパックリ裂けた。
――ピィィィィィ!!!
グリフォンは叫ぶがコレでもう飛ぶことは出来ないだろう、後はその辺の茂みに隠れてやり過ごせばゲームセットじゃないか?
茂みの中に転がり込めば、思った通りグリフォンは草むらを掻き分け、踏みつけ怒り狂うばかりで、もう飛ぶことは出来そうに無かった。
泥だらけになりながら、しめしめとその様子を暫く窺っていたが、グリフォンはようやく諦めたのか、再び馬車を漁り出した。
「持ってけ、持ってけ」
どれだけ魔石が残ってるか知らないが、そんなもんは幾らでもくれてやる。
そう思っていたんだが。
「!? ウッソだろ?」
顔を引き抜いたグリフォンの嘴に引っ掛かるのはペンダント。アイツの妹の形見の魔道具だった。
その他にも光物を中心に、お宝をたっぷりと嘴に咥えている。
――そう言えば、カラスは光物を巣に持ち帰ると言うが、アイツもか? 鳥頭しやがって糞がぁぁぁぁぁぁ!
ご丁寧に止めと馬車を踏みつけ潰し、グリフォンは進路を北に取る。
おいおい? こんだけ暴れといて大森林に帰る気か?
だとしたらやべぇ、ここで逃したら一生取り返せる気がしないぞ!?
俺は慌てて後を追う、奴は飛べない、なんとか追い縋る事は出来る筈。
ヨタヨタ走るグリフォンを追いたいがこっちは準備が必要だ、慌てて潰れた馬車を漁る。思った通り幾つかの非常食と水を見つけ、失敬する事に。
コレで追撃第二段の準備は整った、体力はヤバいが相手の動きは思いの外遅い。
まともに喧嘩を売るには厳しいが、寝てる間とか隙を見て取り返せる公算もある。
……しかしだ、ひょっとしたら長期戦になるかもしれない。
そう思えば俺は振り返ってスフィールの方角を見た。
「頼むぜ、アイツの事、守ってやってくれよ」
呟きを寄せた相手は、ユマ姫を保護してると言うオーズドって領主か、シノニムか。それともこの世界の運命とか言うクソシステムへ向けた物か、言った俺にだってよく解らねぇ。
だが、神を信じない俺が祈る様に何かに願った。
そして、ヨタヨタと逃げて行くグリフォンのケツを目印に、それを必死に追う旅が始まった。