死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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帝国の陰謀2

 帝国兵達はぶっ殺したものの、事態を収めるまでに大分時間を食っちまった。

 特にいけなかったのが、後頭部を踏みつけた敵の隊長が死んでいたことだ。

 俺みたいな大男に、頭部を思い切り踏みつけられれば人は死ぬ。そりゃそうか……気絶させるつもりで斬らずにいたんだが、ココでも完全に裏目に出てしまった格好だ。

 なんてーのか、やっぱ世の中上手く行かんね。結局、ギュルドス? とか言ったか、霧を出す装置を起動させた兵士をどうにかとっ捕まえて、やっと停止させることに成功した。

 

 いっそ装置を叩き斬ってやりたかったが、あの時みたいに、中の霧が爆発したら堪らねぇ。

 で、なんとか装置は停止。操作した兵士はふん縛って捕虜として確保した。

 後は、霧が風に散らされるのを待つばかりだが、問題はセーラ様とか呼ばれたレジスタンスの女の扱いだ。

 ヒステリックにギャーギャー騒ぐし、ある事ない事言われて、折角協力的になってくれた村人を刺激したくはない。

 俺はセーラ様とやらを肩に担ぐと、手近な小屋へと連れ込んだ。

 

「鍛冶場か?」

 

 窯に赤々と火が灯り。激しい熱気に満ちていた。締め切られていたお陰もあって、霧の影響が見られないのは僥倖だ。

 もしかして? と、俺の想像が正しい事を裏付ける様に、奥から爺さんが現れた。丁度ファーモス爺と同じぐらいの歳に見える。

 

「お主が田中か?」

「そう言うあんたが、モルガンって鍛冶師か?」

「ああ、その剣を打った(もん)だ」

「良い仕事だ、感動ものだぜ……と、爺さん水あるか?」

 

 俺は尋ねながらも、積み上げられた藁の上にセーラ様を降ろす。

 

「あぁ、ちょっと待ってろ、浄水槽から汲んでくる」

「いや、飲むんじゃねぇんだ、コイツで十分」

「オイ! ソイツは!」

 

 止める爺の声も聞かず、俺は窯の横に用意された消火用の木桶を掴み、中身をセーラ様へとぶっ掛けた。灰とか浮かぶ汚ぇ水だが、気付けにぶちまけるんだからこれで良い。

 

「うあ、ぶぁ!」

 

 意識を取り戻したセーラ様は嘔吐(えず)くが……灰でも口に入ったのかな……悪ぃ。

 しかし、暴れられても困るしなぁ。

 

「おぅ、大人しくしろよ」

「なっ!?」

 

 見下ろす様にセーラ様の眼前に屈み込んでやると、彼女は滑稽な程に怯えを見せた。

 訳が解らないと、俺とモルガン爺の顔をキョロキョロと見比べる様子は哀愁を誘う。

 んなつもりは無かったが、その妙に嗜虐心を刺激する様子に変な笑いが漏れる。

 

「へっへっへっ、そうやって、しおらしくしてりゃ結構可愛いじゃねーの。中々に色っぽいぜ?」

 

 実際、濡れて髪が肌に貼り付き、呆然とするセーラ様の様子は中々魅力的ではあった。

 俺の言葉にセーラ様は青かった顔を一転、赤くしながらも決意の籠もった顔で歯を食いしばり、俺を睨み付け――

 

「殺せっ!」

 

 ――クッ殺頂きました!

 

 なるほどね、ごちそうさま。しかし、過剰サービス。

 いや、まぁ小屋に押し込められて男に囲まれればそんなもんか。俺は一見して優しげな好青年だが、もう一人はそうじゃない。

 

「オイ爺さん! 顔が恐いぞ! 怯えてるじゃ無いか!」

「そうか? ワシはファーモスの奴と違って優しい顔をしとるじゃろう?」

「なるほど解った」

 

 この爺さんボケだ! ツッコミを期待した俺が馬鹿だった。

 ファーモス爺さんがツッコミで、この爺さんがボケ担当。二人して若い頃は人気をさらった漫才師に違いない。

 漫才はボケが二人では成り立たない、おふざけも控えめに行くか。っと!

 

 俺は突き出されたナイフを避け、セーラ様の腕を取る。

 

「クソッ! 離せ!」

 

 元気一杯である。どうにも最後まで抵抗する気らしいが、話をしたいだけだから大人しくしてくれや。

 俺は助けを求めてチラリと後ろを見る。

 

「しかし、最近は鏡なんぞ見とらんかったなぁ……老けたとは思ったが、恐い……かのう?」

 

 手鏡を眺め、一人で悩む爺さん。

 これはアレだ。ボケじゃない、痴呆老人だ!

 

「おーい、俺がこの村の英雄だって説明してくれよ爺さんよぉ」

「ふむ、英雄かどうかは知らんが、ワシの剣を使いこなせるようじゃな、物騒な男が居たもんじゃ」

 

 駄目だ。この爺さん役に立たない。

 俺の困惑を余所にセーラ様は暴れ続け、俺は覆い被さる様に押さえつけるしか無くなってしまう。

 

「クソッ! 嫌だ! 離せ! 離して!」

 

 まさにレイプ寸前の事案状態にして、膠着状態。

 ちょっとずつ、抵抗がお願いに変わってるのがマズイ。可愛い。

 ってか、確実に犯罪であった。

 押し倒して、両手を押さえてのし掛かる体勢的に、顔が間近に来るのもマズイ。

 どうするべきかと、悩んでいる内に、いよいよセーラ様は泣き出してしまった!

 

「やだぁ……お母さん……」

 

 お母さん……まで来ちゃった!

 これぞフルコース。もうコレ、レイプしなきゃ逆に失礼なんじゃないか、と言う気さえして来るから不思議。いや、しないよ?

 つか、大分ピンチである。

 

 と、そんな膠着状態を救ってくれたのは、頼れる方の爺さんだった。

 

「無事か! モルガン!」

「あ゛~」

 

 元気よく入ってきたファーモス爺に、俺は思わず安堵の呻きが漏れてしまった。

 

「お主、何をしてるか!」

 

 何故か、めっさ怒られた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「つまり、纏めると帝国兵が集会場に設置した『帝国の偉大さを示す像』、とやらは偽装された霧の噴出装置。その名も霧の悪魔(ギュルドス)だったわけですな?」

 

 ココは村長の家。霧が収まったので、今後の作戦会議が始まったのだ。

 それじゃあ、イカれたメンバーを紹介するぜ。

 

 ツッコミ役のファーモス爺。

 痴呆(ボケ)担当。俺の潔白を証明する為に連れてきたモルガン爺。

 やたら睨んでくるセーラ様と、お付きの男性。

 まとめ役の村長。

 そして、村の英雄たる俺。

 以上六名だ。

 

 俺はスフィールで見たモノ、そしてユマ姫の仮説も踏まえ状況を整理する。

 

「ああ、霧の悪魔はスフィールでも無造作に広間に置かれていた。何故かってーとユマ姫様が言うには、アレは人間の健康値を吸い取り、霧として放出するんだと」

「馬鹿な! そんなモノは我々だって作れん! 這いつくばる者(ボズ)にそんなモノが――」

「どっかの遺跡から拾ってきたんじゃねーの? 現にアイツもそう考えていたみたいだぜ?」

 

 何かと食ってかかって来るセーラ様の言葉を待たず、俺はその可能性を言及する。

 ファンタジーよろしく、古代遺跡って奴に超文明があったりするのだ。この世界には。

 

「だとしたら、再現は出来ず。数は限られると?」

「そう言う事。それでいて健康値を吸い取るんだから、村の真ん中に置かなきゃ意味が無い」

「なるほど、そう言えばあの像が置かれてから健康値が妙に低かった。村の者の中でも体調を崩す者が後を絶たず心配していたのですが、敗戦のショックが原因だとばかり……」

「無理もねぇ、大都市のスフィールだって誰も気付いてなかったんだ。つってもココと違って健康値なんぞ測れないから仕方がないんだがな」

「ふん! 健康値すら測れんとは、蛮族が!」

 

 ……セーラ様や、いちいち突っかかって来るの辞めて。そんな事言うなら俺にも考えがあるよ?

 

「俺の住んでいた場所だったら、体重や脂肪率も測れたんだけどな」

「脂肪率とはなんだ?」

 

 おっ! 食いついてきた。

 

「太って見えても筋肉質なだけだったり、痩せていても筋肉が少なく体の大半が脂肪の人も居る。太ってると勘違いして食事を減らせば体に悪いし、脂肪が多いのに痩せてると思って食うのもマズイ。脂肪率が解れば体調管理が容易になる訳だ」

 

 俺の説明に、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をする一同。そして食ってかかるセーラ様。

 

「そんな話は聞いた事が無いぞ!?」

 

 そんな彼女に、俺は華麗な返答。

 

「そうか、蛮族だな」

「貴様ァァ!」

 

 期待通りのリアクションで笑うわ。マジ。

 

「まぁまぁ、今は霧の悪魔(ギュルドス)の話を聞きましょう」

 

 対して村長は必死で話を進めようとするから大人だ。

 

「うーん、今のアイデア、魔道具商に売れんかのう?」

 

 一方こっちの爺さんは駄目な大人だ。痴呆は恐い。

 そして話を締めてくれたのは、頼れる方の爺さんだ。

 

「つまり、ウチの村みたいに霧の悪魔(ギュルドス)が置かれている村を捜し、確保すれば、替えは利かず、我々は有利になると言うわけじゃな?」

「流石、ファーモス爺は、俺の癒やしだな」

「? お主は時々気持ち悪いな」

 

 なるほど、相思相愛って奴だな。言ってみた俺も気持ち悪いし。

 

「それだけじゃ無い、大牙猪(ザルギルゴール)が現れたのも無関係とは思えねぇ。思い出せばアイツの様子はナニか探している様にも見えた」

「どう言う事じゃ?」

「魔獣にとって魔力は大事な訳だろ? その魔力をかき消す霧はエルフだけでなく、魔獣にとっても天敵なハズだ」

「ちょっと待て、エルフとは何だ? 説明しろ!」

 

 セーラ様はまだイキり散らしている。

 

「後で説明するからちょっと待っててね? 良い子良い子」

「馬鹿にするなっ!」

 

 いちいち食いつき過ぎで、流石に面倒。

 

「で、魔獣は本能なのか匂いなのか、魔力を削る兵器を目の敵にして、この村に行き着いたんじゃねぇかと思うんだ」

「つまり、霧の悪魔(ギュルドス)とやらが置いてある場所は魔獣が現れると?」

「流石、村長さん飲み込みが早いね。思えばゼスリード平原での二度目のグリフォン襲来は偶然だけじゃ無いかも知れないと思ってな」

 

 三度目は魔石を食うためだったみたいだが、二度目の襲撃は謎だった。大変な量の翼獣の群れであったから、一度目同様に食料確保がメインだと思っていたが。あそこまで先導してきたグリフォンには別の目的があっても不思議じゃ無い。

 

「何にしても、健康値は吸い取る。魔獣は呼び寄せるで碌な事が無いのう」

「それでエルフの戦士を殺す兵器として稼働するんだから相手にしてみりゃ一石三鳥だわな」

「だからエルフとはなんだ!」

 

 この女しつこい! 仕方無いから俺はエルフについて説明してやる事にした。

 

 

「……つまり、ユマ様が這いつくばる者(ボズ)と仲良くする為に、我らの名前を?」

「そうだ、俺ら人間が多数派なのは疑い様も無い。なにより助けを求めるのに、お前らは人間じゃないから改名しろ! ってのも筋が通らねぇだろ? かと言って森に棲む者(ザバ)って化け物扱いの名前は困る。そんでユマ様が考えなさったのがエルフって名前よ」

「そうなのか……いや、しかし」

 

 セーラ様は悩んでいる様子だが、ココは折れて頂きたい。

 俺としてもエルフな見た目の種族をエルフ以外で呼びたく無いので、俺が面白半分に提案した下りはバッサリカットする程には必死だ。

 

 結局、お付きの男性の説得もあり、セーラ様は折れてくれた。

 彼女はレジスタンスの最重要人物? まぁそうは見えないが、らしいので彼女が納得して、広めてくれれば、エルフと言う名前が浸透するのは間違い無いとか。

 この村の人々も、エルフと名乗ることを約束してくれているので、ドンドンと広がる事だろう。

 ザバだかボズとか面倒なんで、俺としてもありがたい。切実に。

 

「本当に姫様は生きているのだな?」

「それは何回も言ってるだろ? 生きてねぇならこんな危ねぇ所に来ねぇよ」

 

 それはそれとして、セーラ様は俺に何度もユマ姫の生存を確認してきた。

 シノニムさんが確保したって聞いてるから、問題なく生きているハズだ。

 

「嘘だったら許さんからな! つい先日ガイラスと言う使者を王国に向かわせた所だ、下らん嘘はすぐに知れるぞ!」

「そうかよ……と、その使者は大丈夫なのか? 純エルフなんだろ?」

「心配無用。魔導衣という青い貫頭衣で魔力の保護が可能だ」

「へぇ」

 

 そんな便利な物があるなら、是非ともユマ姫(アイツ)にも送ってやって欲しい。そう言うと、またまた怒り出す。

 

「そんなに簡単に手に入るなら私が真っ先に着ている!」

 

 なるほど、納得である。聞けば一人一人へのアジャストが必須。ユマ姫にあつらえた物はエンディアン王家の倉庫に眠っているらしい。

 

「加えて、あの霧の力で、魔導衣に蓄えられた魔力は霧散している可能性が高い。今から姫様の体質に合わせた魔石を用意するのは不可能だ」

 

 聞けばその魔導衣って奴に使う魔石も特別にアジャストする必要があるんだと。

 

「ましてや姫様は特殊な魔力を持っている。三種の波動を均一に持つ不偏の魔力だ、中々手に入る物では無い」

 

 つまり、魔力の波動パターンが一致すれば健康値が削られず、魔力の助けになる訳だ。

 魔力のパターンは三種、それが何段階にもレベルが有るので全てが一致する事は殆ど無い。

 仮に一致する魔獣が居れば、その魔石から魔導衣が作れるし、肉を食っても健康値の減少も最小限で済むと言うから驚きだ。

 っと、何か引っかかる。

 

「でも、待てよ? 俺が追ってるグリフォンはんなモン気にせず、魔石をゴリゴリ食ってたぞ?」

「なんだと?」

「凶化してるというのか?」

 

 知らない単語に疎外感! みんなして、俺を置いてきぼりに盛り上がってくれちゃって。

 堪らずファーモス爺が解説してくれる。まっこと癒やしだ。

 

「凶化と言うのはな、あらゆる魔石を食って力に変えられる危険な魔獣の形態じゃ」

「そりゃ、見れば解るが」

「そもそも妖獣は、複数の魔獣や動物の特性を取り込んでいる。柔軟で変化しやすく、それゆえ不安定」

「なるほどね、確かに不思議生物だよな」

「だからこそ凶化しやすい。そうすれば様々な魔力の波長を柔軟に吸収出来る」

「つまり、滅茶苦茶ツエーって事だろ? 覚悟の上だ」

 

 そう言い切った俺だが、皆が一斉にため息。傷つくなぁ、おらぁ寂しいよ。

 

「凶化すれば様々な魔獣の魔石を吸収出来る。ただ、様々な魔石を吸収して無限に強くなるかと言うとそうではない」

「どっかに天辺があるってか?」

「いいや、狂ってしまうんじゃよ。複数の魔石、そして魔力に乗った複数の意識が精神を蝕んでいく」

「複数の、意識……」

 

 そりゃあ、まるで……

 

「じゃあ、ほっときゃ勝手に死ぬって言うのか?」

「なら良いが、凶暴化して滅茶苦茶に暴れ回るんじゃ。だから凶化と言われとる」

「物騒だなぁ」

「十数年に一度しか現れない、凶事を運ぶと言われる恐ろしい魔獣じゃ。只の妖獣の比では無い。恐ろしく強いぞ。毎回被害は大きく、倒せば名実共に勇者とも英雄とも名乗り放題じゃ」

「名声には興味ねぇよ、他の人が殺ってくれるならそれでも構わねぇ」

「それにな凶化して複数の魔力を吸収していると言う事は、魔石は平均化され、魔力は丸い。姫様と同じ不偏の魔力を持つ天然の巨大魔石である可能性は高いじゃろう」

「オイオイ、何だよそれ! 一石二鳥かよ!」

 

 ユマの妹、セレナの秘宝と便利な魔石。こりゃ益々グリフォンを狩らねばならなくなった。

 となれば、コレからやる事は決まりだ。

 

「セーラ様、俺をレジスタンスに入れてくれ」

 

 俺はセーラ様に握手を求める。

 レジスタンスはコレから大森林中の街を巡って霧の悪魔(ギュルドス)を確保するだろう。

 そしてそこにはグリフォンが現れる可能性が高い。そして例え霧がばらまかれても俺なら戦える。

 WIN-WINの関係って奴だ! 損はさせないぜ!

 

 ――パンッ!

 

 しかし、俺の手は凄い勢いで弾かれた。

 

「ふざけるな! 馬鹿が!」

 

 駄目かぁ……




セガサターンの体組成計買うの忘れてた。

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