死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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姫の願い

「つまり、ユマ様は健在。それどころか大衆から凄まじい人気を誇っていると?」

「左様で御座います。美しい姫君の話題が貴賤を問わず席巻しておりました」

「おおっ! 流石ユマ姫だ!」

 

 セーラは予想を超えたユマ姫の頑張りに感動し、打ち震えた。

 一方で、予想外の驚きに震えていたのは他のエルフ達もだった。

 

「まさか、本当に生きていたとは」

「あの男が言っていた事が本当であろうとは……」

「いやはや、予想外でありますな」

 

 彼らはユマ姫の生存をまるで信じていなかった。大牙猪(ザルギルゴール)の襲撃の痕跡や、翼獣の群れの痕跡を見て生存を諦めていたのだ。

 ハーフエルフの村での証言を始め、諜報部はユマ姫生存の痕跡を報告していたが、それすらも何かの欺瞞工作で、田中が仕掛けた詐欺だと疑ってすらいた。

 

「だぁーから言っただろ? アイツは王都に行ったってよ」

 

 調子良い事を言いながらも、田中は田中で『高橋敬一』の運の悪さを知っているだけに、生存報告にホッと息をついていた。

 しかしそんな田中を不審がるのは当のガイラスだ。

 偵察任務から帰って来たら、どう見ても妖しい男が幅を利かせているのだから当然だろう。

 

「失礼ながらあの方は?」

「あ、ああ、彼はタナカ。ユマ姫の脱出を助け、今はセレナ様の秘宝を奪った妖獣を追っている所だ」

「なんと! 彼がタナカですか? いや……しかし」

「知っているのか?」

 

 ビルダールの王都へ偵察に出ていたガイラスが、田中の事を知っていた。

 当然、ユマ姫自身から田中の事を聞いたのかと思いきや、話によればどうにも奇妙な事になっているようだった。

 

「へぇ? 俺が命がけで姫を守った英雄ってか?」

「ああ、貴殿の活躍は劇として語られ、ユマ様の人気に一役買っていた」

「ふぅん?」

 

 考えてみれば当然ではある。命からがら城を脱出した姫を守って魔獣や帝国相手に大立ち回り。

 英雄譚の一節の様だと、庶民が沸き立つのも無理は無い。だが、問題なのはそこでは無かった。

 

「劇の中で貴殿は敵を道連れに崖を落下。英雄らしい最期と感動を呼んでいたのだが……」

「いや、崖には落ちたが、セレナ様の秘宝って奴でスッカリ治ったがよ?」

「うぅーむ、どうしたことか?」

 

 田中にしてみれば、当然自分の無事は伝わっていると思っていた。自分を助けたのはネルダリアの間者なのだから。

 確かにその後はグリフォンを追っかけ、そのまま大森林に向かってしまったが、途中の村では王都へ向けてユマ姫やキィムラ商会(木村で間違いないだろう)へ、複数のルートで手紙を出している。

 幾ら郵便制度が未発達でも、全てが届かなかったとは思いたくない。

 

「本当に、アイツは俺が死んだと思っているのか?」

「いや、正直、私はその事に余り興味が無かったので詳しく話をしていない。知っての通り我々は魔力がない場所では長く活動できない、この貫頭衣の魔力にも限りが有るからな」

「……ふぅむ」

 

 人間がエルフの姫を助けた英雄的なエピソードが必要で、劇を解りやすくする都合上、田中を死んだ事にした方が話が早かった可能性はあるだろう。

 だが、それでは田中が後から合流する可能性をまるで考えていない、流石にあんまりと言えるだろう。

 

(やはり、アイツは俺が死んだと勘違いしていると考えた方が良いだろうな……)

 

 そう考えた田中は、ガイラスに自分が生きている事をユマ姫に伝えてくれと頼んだ。

 だが意外にもガイラスの反応は芳しくない。

 

「それ以前に、このままでは姫様の命が危ない」

「なんだと!?」

 

 真っ先に反応したのは田中では無く、セーラ。だがショックだったのは全員同じだ。

 

「ピルタ山脈に遮られ、彼の地は想像以上に魔力が薄い。加えて第一王子を相手取っての政争の真っ只中だった」

 

 ガイラスが語る所、魔法を使って無茶をするのは危険で、かといって魔法を使わずに過ごすのも難しい状況と言う。

 

「その様な……その様な事が……」

 

 呆然とするセーラ。

 セーラにはユマ姫の窮状が容易に想像が付いてしまう。

 エルフの国にあっても美容の為の回復魔法で似たような状況は発生していた。

 魔法が使える者が他に居ない人間の世界では、どの様な扱いを受けるか、考えるまでも無い事であった。

 

「今すぐ姫様をお助けするために兵を送らねば!」

「お待ちを! 魔導衣無く、大勢の兵士が向かったところで何の力にもなりますまい」

「くぅ、しかし!」

 

 セーラはほぞを噛むが、そもそも魔導衣と呼ばれる青い貫頭衣は、人間界を偵察するために、諜報員に向けてオーダーメイドで作られた物。

 現在、その諜報員の大半は帝国の動向を探るため出払っている。

 

 因みにその開発には、王族のために組まれた予算の多くをつぎ込んでいた。その為にユマ達は王族の割に質素な生活を強いられていた訳だが、ユマ姫は其れを知らない。

 

 全ては過剰な魔力に苦しむユマ、逆に潤沢な魔力の中でしか生きられないセレナ。そして人間であるゼナを捜し出し、何時か全員が一緒に暮らすため。

 他にも魔力と健康に関する研究に、エリプス王は多くの国家予算をつぎ込んでいた。

 当然、それを面白く思わない勢力も存在し、元老院の面々は王と対立する事も多かった。

 そんな研究が、結果的に今のエルフをギリギリの所で支えているのだから、セーラはこの世の因果を感じてしまう。

 

 目的がどうあれ、王の判断は正しかったのだ。しかし、そんな王の血を引く最後の王族が今、命を落とそうとしている。なのにこちらから何も出来る事は無いのか……

 そう気落ちするセーラの視界に、困ったように頭を掻く男が映る。

 

「そ、そうだ! タナカ! お前なら姫を守れる!」

「ま、そうするしかねぇかな……」

 

 田中は物事をひとつひとつ解決出来ないと、どうにも気持ち悪くなってしまうタイプの人間。

 ユマ姫を王都に送るのを投げ出したばかりか、心に決めた秘宝の奪還もまた半ばにて投げ出すのは気持ち悪くて仕方が無かった。

 とは言え、それもユマ姫が死んでしまっては全てが台無し。自分が行くしか無いかと覚悟を決めた時だった。

 

「大変です! 王都に妖獣が現れました!」

 

 再びの大声で、連絡員の少年がまたしても走り込んでくる。

 

「本当か? それは田中が追っていた奴なのか?」

 

 セーラの問いに、少年はチラリとタナカを見やる。少年の目には田中の強さへの憧れが見て取れた。

 

「あの……、鳥の頭に獅子の体。たぶん兄貴が探していたグリフォンって奴だと……」

「マジかよ? このタイミングとか」

 

 田中は頭を抱える。

 グリフォンを倒してセレナの秘宝を奪還したいが、そうするとユマ姫の元には行けなくなってしまう。

 

「? あの、グリフォンとは?」

 

 一方で、使者であるガイラスには事情が知れない。仕方無く爺さん達がガイラスに事情を説明していく。

 所々、話が脱線してしまうのは老人の癖みたいな物で仕方無い。

 

「なるほど、姫様の魔導衣を作るにはグリフォンの魔石が適格では無いかと?」

「そうじゃ、だが倒しても、肝心のベースとなる魔導衣は宝物庫だろうて」

「そう言えば、姫様が欲している物がありました」

 

 ガイラスは今更にユマ姫からのリクエストを思い出す。

 ガイラスも多くは知らず、安易に請け負ってしまったが、其れは想像以上に危険な代物であったのだ。

 

「なんじゃと? 禁術!?」

 

 魔法使いの爺が大声で叫ぶと、その声に皆が一斉にザワついた。

 禁術は人の精神に作用したり、危険な物質を精製したり、時としてエルフの文明を左右する危険で重要な代物であったりして、軽々に外に出して良い物では無い。

 

「じゃが、そうじゃの。姫が人間の中で一人。生きていく為には必要な力かも知れぬ」

 

 だが、ココでも問題となるのは禁術を収める禁書庫が王都のほど近い、帝国の勢力圏の中と言う事。

 一方で、その魔法の存在を聞いて穏やかで居られなかったのが田中だ。

 

「ちょっと待てよ? そんな魔法があるのか? 人間の精神に干渉するだって?」

「左様、だが非常に繊細な制御と、人の心に入り込む巧みな話術も要求される」

「催眠術みたいなもんか? それって魔獣にも使えるのか?」

「どう言う事じゃ?」

「いや、前も言ったが、俺らは蜘蛛のでっかい魔獣に襲われた。明らかに帝国の手先みたいなタイミングでだ」

「無理じゃよ、人間ならともかく、話の通じぬ獣に禁術を掛けようなぞ。人間技では無い」

「それは、アイツの様な途轍もない魔法制御が出来る人間でもか?」

「……うーむ」

 

 そう言われ老人は少し考えるが、結局は無理だろうと言う結論。

 話の通じぬ獣に催眠術紛いの魔法を掛けるのは、どうやっても無理だと思うのは当然であろう。

 だが……

 

「帝国の情報を集めているんだろ? 黒き魔女クロミーネって知らないか?」

「それは聞いた事はあるが、ただの詐欺師だろう? 人間に魔法が使える訳がない」

 

 セーラの疑問は無理も無い。実際ハーフエルフで魔力に優れた者でも大半は魔法を使えないのだから、そう考えるのが彼らの常識であった

 だが、他ならぬ田中自身が、転移者という常識を否定する存在なのだ。だとすれば黒峰さんがどんな能力を持っていても不思議じゃない。

 

「俺はクロミーネに会った事がある」

「なにっ?」

 

 眉をひそめるセーラと、再びザワつく会議室。だが何でもない事のように田中は続ける。

 

「そんな驚く事でもねぇだろ? 俺は名誉騎士の叙勲まで受けるトコだったんだ、それなりに有名人よ」

「確かに、そうだったな、しかし何故黙っていた?」

 

 まさか前世からの付き合いとは言えない。だが、それ以上に異様で妖しげな雰囲気を纏う黒峰さんとの邂逅は気持ちの良い記憶ではない。

 アレほど他人を恐いと思ったのは、前世の高橋の偶然を垣間見た時ぐらいかだろうか?

 田中は思い出すも不気味な記憶を語っていった。

 

「目が虚ろな男達に(かしず)かれていたと?」

「ああ、アレこそ洗脳魔法じゃないかって今なら思うぜ。俺もその一員にされちまうんじゃないかと気が気じゃなくてな、逃げ出す様に屋敷を出たモンだ」

「……まさか、人間にそんな高度な魔法が?」

 

 驚く一同だが、田中にしてみれば其れが神に貰った能力なら不思議はない。黒き魔女を名乗るのも必然と言えた。

 

「しかし、こうなりゃアイツの所に行くわけには行かなくなったな」

「どう言う意味だ?」

「どうもこうも、グリフォンを倒して、妹の秘宝を手に入れ、禁術を手に入れ、魔導衣も手に入れる、そしたら全部一遍に解決するだろう?」

「それは……つまり?」

 

 セーラは恐る恐る尋ねる。それは時間が味方してくれる筈だった攻略作戦が、逆に時間制限付きの物に変わってしまう苦渋の決断である筈だ。

 それでも、この男はやる気だ。

 

「ああ、王都を攻略する」


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