死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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クロミーネの秘術

 ――ピィィィィ

 

 甲高い笛の音が、占領下にある都の重苦しい空気を切り裂いた。

 敵襲を知らせる警笛にも(かか)わらず、敵兵の姿は大地のどこにもなかった。

 エルフの王都を襲撃したのは空を舞うグリフォンだったのだ。

 

「うわっ? あ? ああああ」

「嘘だろ!」

 

 笛を吹いた隊長が真っ先にグリフォンに掴まれ、空高く持ち上げられた。間近にいた兵士達はその様子を呆然と見上げるしかない。

 

「あっ!」

 

 空を見上げていた兵士達の視線が揃って下を向く。その先にあるハズの隊長の姿は潰れ、肉塊へと変貌していた。

 

「ひっ! 逃げっ! 逃げろ!」

 

 蜘蛛の子を散らす様に、兵士達が建物に転がり込んで行く。

 

 帝国軍は空からの襲撃者に全くの無力であった。

 エルフの戦士であれば、弓の魔法を一斉に射かけ、数の暴力で打ち落とす事も容易だったハズだ。

 だが、彼らが持つのは普通の弓でしかない。

 

「放てッ!」

 

 号令と共に弓兵達から放たれた無数の矢が、うねる魚群の様に蒼天を駆け上がり、悠然と翼を広げるグリフォンを飲み込んでいく。

 

「よし! やったぞ!」

 

 しかし魚たちが重力に逆らう力を失い、やがて矢の雨となって大地に墜落した後も、グリフォンは何事もなかったかの様に、確かに空を泳いでいた。

 

「全く効いていないのか?」

 

 無数の矢が命中したグリフォンは全くの無傷。

 それもそのはず、相手はユマ姫が放った魔法の矢ですら、その前足ではじき返して見せた化け物。

 普通の矢の威力では体のどこであれ、刺さる道理はなかった。

 

 帝国には大型で高威力なボウガンの用意もあったが、数と精度の両面に問題があり、空を飛ぶグリフォンに当てられる様な代物ではなかった。

 

 空を見上げる兵士達の顔が、悔しげに歪んだ。

 

 ――パァァァン

 

 そこに乾いた音が響く。

 そう、帝国兵にはコレがあった。

 

 火縄銃である。

 

 連射能力はどっこいか、むしろボウガンにも劣る火縄銃だが、威力や精度では大きく勝る。

 着弾まで早い事も相まって、何発かはグリフォンに直撃してみせた。

 

 ――ギュイ! ビィィィイィィ

 

 怒りの咆哮が上がった。今度は無傷では居られず、滴る血が空から降り注ぐ。

 

 ――だが、致命傷には程遠い。

 

 繰り返すが、ユマの弓魔法はグリフォンの前足に弾き返されている。

 エルフの戦士が放つ弓魔法は人間の頭部に命中すれば頭が吹き飛ぶ程。丁度ライフル弾と同程度の威力がある事を思えば、グリフォンの体は尋常な硬さではない。

 火縄銃は火薬の量で大きく威力が変わるので定量的に威力を判ずる事は出来ないが、現代のライフルに勝るモノでは無いだろう。更に上に向けて撃つ今回のケースでは減衰も激しい。

 実際に与えた衝撃は、ハンドガン程度が精々だろう。

 それがグリフォンの柔らかな部位にたまたま数発命中し、小さな穴を開ける程度に終わるのは必然と言えた。

 

 とは言え、それでも確実にダメージは通っている。このまま鉄砲隊を守りながら、手傷を負わせ続ければ、追い払うぐらいは可能かと思われた矢先であった。

 

 ――ビィィィィ

 ――ピィィィィ

 

 笛の音と、グリフォンの鳴き声が交錯し、また一人の兵士が空高く攫われる。

 

 帝国にとって不幸だったのは士官が吹く軍令の笛の音が、グリフォンにとって非常に『気になる』音だった事だ。

 一瞬仲間かと思うが、違うと解ると苛立ちが募る。その繰り返しだった。

 

 魔力による突然変異で、複数の獣が遺伝子的に混ざり合った化け物である妖獣に、同種などはあり得ないのだが、グリフォンは本能から来る欲求に逆らえずに居た。

 一方で、帝国兵から見れば士官を正確に狙い撃ちにしている様にすら見え、ひょっとして、と気が付く頃には、既に被害は大きく拡大していた。

 

「ま、マズいぞ! このままじゃ……アレを使うしかない!」

 

 しかし、帝国にはまだもう一つのカードがあった。霧の悪魔(ギュルドス)だ。

 

 魔力が無くなれば、魔力を利用して推進力を得ている魔獣は飛ぶ事が出来ない。それを帝国は、ここまでの侵攻で把握していた。

 だが、霧の悪魔(ギュルドス)の魔力を奪う霧の元は健康値。簡単に補充が利く物では無い。さらに言うと霧の比重は重く、空には中々広がらない。

 以前、ユマ姫が霧の悪魔(ギュルドス)を破壊、爆発させた時の勢いは言わば例外だ。同様の事を起こそうとすれば全ての健康値を使い切る事になる。

 ただでさえ、最近はレジスタンスの抵抗で、貴重な霧の悪魔(ギュルドス)が余計に不足している最中なのだ。

 そして、霧の悪魔(ギュルドス)が無くなった瞬間に、森に棲む者(ザバ)からの反撃は熾烈を極め、狩る側と狩られる側は決定的に逆転する。

 其処まで理解して尚、現場の判断で一人の男が霧の悪魔(ギュルドス)を引っ張り出すべく倉庫に駆けていく。

 

 幾ら霧の悪魔(ギュルドス)を温存しても、指揮系統に深刻なダメージが加わり、占領の維持に支障が出ては同じ事。

 決して臆病風に吹かれての愚行では無かったが、其れを制止する者が居た。

 

「やめなさい」

「あ、アナタは!」

 

 倉庫に向かう兵士の肩を掴んで引き留めたのは一人の女性だった。

 全員の視線がその女性に釘付けとなる。彼女はそれだけ目を奪う格好をしていた。

 戦場のただ中で優雅なドレス姿。それも体のラインが浮き出る扇情的な物。色合いこそ黒一色と地味に見えるが、煌めく光沢は生地の高級さを主張している。

 なにより、片側に大きくスリットが入ったスカートは歩く度に太ももが大胆に露わになるし、肩を大きく露出させるデザインに至っては、この世界では異端に過ぎる。

 いっそ痴女と罵られても不思議では無いハズの格好なのだが、その女性はそんな格好を何でも無い風に着こなして見せていた。

 

 ――まるで、『全く違った文明からふらりと現れた』様な違和感を体現する姿だった。

 

「黒き、魔女?」

「クロミーネ様だ!」

 

 誰かが呆然と呟く。そう、彼女こそが黒き魔女と恐れられる帝国の魔女。クロミーネ。

 だが、一方でこの登場に眉をひそめる者も少なくなかった。状況に(かんが)みぬ服装はもちろん、魔法使いと恐れられる彼女の魔法を、実際には誰も見た事が無かったからだ。

 

「ここは私に任せてくれる?」

 

 だからこそ、クロミーネがそう言った事に皆が驚いた。魔法使いとは名ばかり、ただのお偉いさんの愛妾と揶揄する声さえ上がっていたから当然だ。

 そんな彼らはお手並み拝見と、すこし引いた目で彼女を見ていた。

 

「行きなさい!」

 

 だが、それも彼女の号令を聞くまでだった。ある者は腰を抜かし、ある者は逃げ惑う。

 

「ばっ、馬鹿なッ!」

 

 穀物倉庫と思っていた石造りの建物から、巨大な魔獣が二匹。姿を現したのだから無理もない。

 

 ――ブゥーブゥーブゥーブゥー

 

 特徴的な鳴き声はブーブーと呼ばれる恐鳥(リコイ)の特徴だ。そして恐鳥(リコイ)と呼ばれる鳥形の魔獣は、その巨体で当たり前に空を飛ぶ。

 

「うわっ!」

 

 二つの巨体が砂塵を巻き上げながら浮かび上がると、一直線に空へ飛ぶグリフォンへと飛び掛かった。

 

「なんだコレは? 地獄か?」

 

 突然始まった魔獣同士の戦いに、皆の頭はついて行けず呆然とするのみ。

 一方、ただひとりだけ、つまらなそうに其れを見つめるクロミーネ。

 「まるで怪獣映画ね」と日本語で呟いたが、当然にその意味を理解する者は一人も居なかった。

 

 ――ビィィィィィィ

 

 そんな彼女でも予想外だったのはグリフォンの強さだ。

 グリフォンの爪の一振りで、恐鳥(リコイ)は傷つき、大量の羽が舞い落ちてくる。

 二体の恐鳥(リコイ)を相手に圧倒してみせるのは、流石に想定外。

 

「なんとか降ろしなさい!」

 

 次に発したのはそんな言葉、コレもまた、他の兵士達は理解出来なかったのだが。

 

「3番を出して、スグに」

「かしこまりました」

 

 唯一、いつの間に彼女の側に控えていた銀髪の男には意味が通っていたらしい。命令を受けた男は恐鳥(リコイ)が出て来た穀物庫へと平然と入っていく。

 その様子を怪訝そうに見つめる広場の兵士達だが、クロミーネは逆にそんな彼らを怪訝そうに見つめ、指差す。

 

「そこ……」

「なんですか?」

 

 突然に話し掛けられて兵士は焦った。

 だが、もっと別の意味で焦るべきであっただろう。

 

「どかないと、危ないわよ」

「……え?」

 

「オイ! 上だ! 落ちてくるぞ!」

 

 兵士の口から漏れた間抜けな声は、悲鳴と絶叫で遮られた。

 

 ――ドォォォン!

 

 凄まじい衝撃。兵士達はほうほうの体で逃げ出していく。

 二匹の恐鳥(リコイ)はグリフォンの翼を抑え、広場に落とす事に成功したのだった。

 

 ――ブゥーーーブ……

 

 ただ、当然に落下の衝撃で恐鳥(リコイ)は既に息も絶え絶え、一方でグリフォンは獅子の後ろ脚と、鷲の前脚とで綺麗に着地。殆どダメージを負っていない。

 

 だが、其処に突っ込む大きな影。

 

 ――ギィィィィ

 

「竜だ! 地竜(クーツァ)が突っ込んで来やがった!」

 

 地響きと共に現れたのは、地竜(クーツァ)の中でも頑健竜(ゴバルオン)と呼ばれる巨大なトカゲだ。

 竜篭と言う馬車の爬虫類版を使う時に、牽く役目を担うのがこの竜だった。

 ユマが湖に旅行に行った時に、竜篭を牽いたのと全く同じ個体でもある。比較的大人しく、エルフが活用出来る数少ない魔獣の一つだった。

 

 そのパワーは言わずもがな、サイズも大きく、単純な力では大牙猪(ザルギルゴール)と匹敵する。

 当然、恐鳥(リコイ)とは比べものにならない。空を飛ぶ魔獣は軽く、力は弱いのが常識、コレで決着と思われた。

 

「まだ動くの?」

 

 だが、グリフォンにはそんな常識は通用しなかった。頑健竜(ゴバルオン)相手に一歩も引かず暴れ続ける。

 

「何とか抑えて!」

 

 クロミーネが叫ぶと頑健竜(ゴバルオン)は競り合うのをやめ、グリフォンを押さえ込まんと、のし掛かる動きを見せた。

 

「マジかよ……」

 

 ここに至っては、流石に兵士達もクロミーネが魔獣を操っているのだと理解せざるを得なかった。

 人に飼われる牛馬とて、ここまでの意思疎通は不可能。全く常識外の事に兵士達は戦慄していた。

 

「そのまま抑えておいてね」

「危険です! クロミーネ様!」

 

 彼女はいまだに暴れる二体の巨獣の前にふらりと近寄ってしまう。いつの間に戻った銀髪の青年の制止も聞かず、そこは既にグリフォンの爪のテリトリーであった。

 しかし、クロミーネは止まらない。体を捻って前足の一撃を躱すと、グリフォンの真っ正面に陣取った。

 それどころか、噛み付かんとするグリフォンの頭、クロミーネはガッシリと掴んでみせた。

 

「良い子ね、ホラ、ゆっくり目を閉じて。そう」

 

 見上げる彼女の視線と、見下ろすグリフォンの視線が交わる。

 するとどうだ? 暴れ回るグリフォンの目がトロンとし始め、彼女の言うとおり瞼がゆっくりと閉じられた。

 

「そう。良い子、良い子、甘えん坊さんね」

 

 遂にグリフォンは甘える様にクロミーネの胸に頭をこすりつけ、クロミーネは其れを優しく抱きしめた。

 

「嘘だろ?」

 

 それは一人の兵士の呟きであったが、その場の全ての兵士の思いを代弁していた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「嘘だろ?」

 

 田中も頭を抱えていた。

 グリフォンが出たからと、いきなり王都に突っ込むわけでは無い。マズは情報収集と諜報員からの応答を待った。

 実際、被害が大きそうなら、そのまま王都に突っ込むぐらいの気持ちで「王都を攻める」と啖呵を切ったのだ。

 しかし、返って来た報告は最悪中の最悪だった。

 

「街中での事ですので、目撃者は多数、クロミーネは田中様がグリフォンと呼ぶ個体を手懐けたと……」

「ばっ、馬鹿なッ!」

 

 諜報員の報告を遮る様に叫んだのはセーラ。エルフ達の思いは同じ。彼らだって魔獣を手懐けようと何年も研究してきた。

 その成果こそが、頑健竜(ゴバルオン)やピラーク(ダチョウの様な鳥の魔獣)といった。大人しい草食の魔獣の幾つかだった。

 なのに、肉食の、それも襲いかかってくる魔獣をその場で手懐けるなど考えられない。長年研究を重ねたが故に、その非常識さにショックを受けていた。

 

「何かの間違いでは?」

「目撃者が多すぎます、まず間違いが無いかと」

「……動物園か」

 

 霧の悪魔(ギュルドス)だけが帝国の秘密兵器かと思えば、またとんでもない隠し球があった。

 その事実に顔を蒼くする一同。だが事実は事実として受け止めなくてはならない。

 黙ってしまった周囲に代わって、田中が尋ねる。

 

「で、そのグリフォンが、今はエルフの王都を守ってるって訳かよ?」

「そ、それが……」

 

 諜報員の歯切れが悪い。彼自身が信じられない様な報告をしなければならないからだ。

 

「ど、どうやらグリフォンはクロミーネを乗せ、空を飛んでいったと……」

「ウッソだろオイ!」

 

 ファンタジーに過ぎるだろ! と田中とて笑うしか無い。

 だが、あのグリフォンの力を思えば人を乗せる事も訳がないだろう、現に目の前で大の男が吊り上げられるのを見ている。

 問題はそこではなく、そこまで制御する事が可能なのかという一点のみだが、現実に飛んだと言うのだから仕方が無い。

 そして、空を飛ぶ相手が敵だとするとその機動力は脅威だ。

 

「マジィな、そんな奴が相手じゃ陽動もクソも無い」

 

 田中は呆れかえるしか出来なかったが、爪を囓り悩むセーラは別の事を考えていた。

 

「まさか、王国に向かったんじゃ? ユマ姫が危険だ!」

「そりゃあ、考え過ぎじゃ無いのか?」

 

 慌てるセーラに田中が疑問の声を上げるが、彼女は首を振る。

 

「我々だってユマ姫がビルダール王国に居る事は知れたのだ、奴らが知らない訳は無い。直系の王族はユマ様が最後、狙うのは当然だろう」

「でもよぉ、帝国が魔獣に乗って攻めてきたってなれば、ユマ姫(アイツ)にとっても願ったりだぜ。無理に王国を刺激する理由は無いはずだ」

「確かに……」

「悪い方に考え過ぎだぜ、冷静になれよ」

 

 セーラはふぅっと息を吐き、落ち着きを取り戻した。

 

「そうだな、では奴らの狙いは何とみる?」

 

 そう問われても田中にだって見当が付かない。

 

「わっかんねーよ、どうだ? 爺さん?」

 

 だから気まぐれに、年の功だと爺さん達に丸投げしてみた。

 

「偵察や情報収集ではないかの?」

「物資を取りに戻った可能性があるの」

「まだ試しに飛んでみただけで、特に狙いはないんじゃないかの?」

 

 田中は「思った以上に、まともな返事が返ってきて驚いたぜ」と思った。

 思っただけのつもり。

 しかし、思った以上を口にしてしまうのが田中だ。

 

「良かった。ボケ老人はいなかった」

「「「ボケとるのはお主じゃろうが!」」」

 

 良いツッコミだ、と満足しながら、田中はセーラに向き直る。

 

「俺も、そんな所だと思うがどうよ?」

「お前の老人達の扱いはどうかと思うが、そうだな一理ある」

「それより、このままじゃ相手の戦力は増大する一方ってのがマズいぜ、霧の悪魔(ギュルドス)を抑えて、健康値が切れるのを待って逆転ってプランが崩れちまった」

 

 相手が魔獣を籠絡出来るなら、時間が経てば経つほどに戦力は増強されてしまう。

 

「そうだな、しかし手が無い」

「でもよ、手をこまねいていると魔獣軍団が増える一方かも知れないぜ? そう考えると帝国の侵攻は、魔獣軍団を作る事。それ自体が目的だった可能性もあるんじゃねーか?」「……無いとは言い切れないな」

 

 魔獣で構成された軍隊があれば、帝国と長年争っていたビルダール王国を平らげる事も容易い。餌代だけで養える最強の兵力と言えるだろう。

 ひょっとしたら其処まで便利な代物では無いのかも知れないが、今は其れすら解らない、そこに田中は危機感を持った。

 

「とにかく、魔獣を手懐ける方法すら解らねーから、打つ手が無いし、余計に不安になっちまう、違うか?」

「何が言いたい?」

 

 セーラは田中が言いたい事を図りかねていた。

 

「だからよ、俺が禁書庫を襲って、禁術を手に入れる」

「正気か?」

「禁書庫は王都からそこそこ距離があるし、警備もそれ程じゃ無い。禁じ手だかなんだか知らないが手段を選んでいる場合じゃ無いし、相手の魔法の正体が判明するかも知れねぇ」

「いくらなんでも危険過ぎるだろうが!」

「このまま黙って見てるのも危険なンだよ! それに元々グリフォン退治は俺の仕事だ、いま突っつけば出てくる可能性は高いだろ?」

「…………」

 

 田中の意思が固いと見て、セーラは二の句が継げなかった。自分は何の力にもなれないのかと、無力感に(さいな)まれてもいた。

 

「オイオイ、何黙ってるんだよ、協力してくれるんだろ?」

 

 だから、意外そうに覗き込んでくる田中こそが、セーラにとっては意外だった。

 

「足手まといでは……ないのか?」

「今までは……な、でも今度の敵は魔獣だろ? だったらそっちが専門家だろ?」

「そうか……そうだな!」

 

 セーラは色めき立った。今までの汚名を返上出来る機会だと思うのが一つと、この男と並び戦えるのが嬉しかったのだ。

 しかし……

 

「でも、あくまで後方支援で頼むぜ」

「なぁにー!!」

 

 期待していただけにセーラの怒りと落胆は大きい。だが、良く考えてみれば当然の話。

 

「何って、エルフのメイン武器は弓だろ? それに相手が霧を撒いてきたら真っ先に逃げる必要がある。出来れば馬……じゃなくて鳥に乗って戦った方が良いぜ」

「鳥? ピラークか? しかしピラークに乗りながらでは魔法は使えんぞ?」

「そうなのか?」

「ああ、ピラークは人間以上に健康値を持っているから当然だ」

 

 そう言われて田中はふむ、と考える。そう言えばユマ姫(アイツ)を担いで大牙猪(ザルギルゴール)から逃げる時、呼吸を合わせてなんとか魔法を放った。

 器用と言われるアイツでアレなら、完全な意思疎通が難しい動物相手では、無理と言うのも頷ける。

 

「じゃあ、近くに置いておいて、霧が出たと思ったらスグに鳥に乗って逃げるってのはどうだ?」

「それも試したが、少しでも霧の範囲に入るとピラークも速度が落ちるし、視界も悪くなる。スピードが落ちた所に物量で押し込まれると逃げられるものでは無い。一度かなりの被害を出している」

「なるほどね」

「何が言いたい?」

「簡単な事さ、反撃が無いと解っているから視界が悪い中も一目散に追えるんだ。俺がケツを守れば大分違うぜ?」

 

 確かに今までは撤退する時に殿(しんがり)を勤められる人間が居なかった。霧の前にはエルフは無力だからだ。

 

「危険だが、お前を一人で突っ込ませるよりはマシか。それで行くか」

「よぉし、決まりだ!」

 

 田中がピシャリと手を叩く。その様子を苦々しく見る者も居たが、代案が出せない以上何も言う事が出来ずにいた。

 それに一番危険な殿を守ると言うのなら文句の付けようも無い。

 

「志願者は居るか? ピラークに乗り慣れた者が良い」

 

 だがセーラの志願兵の募集に手を上げる者は少なかった。

 この場は比較的お偉いエルフが多く、分が悪い賭けと言うか、田中任せの作戦に命を賭ける気はならなかったのだ。

 

「俺も行きますよ! 兄貴!」

「ワシが行かんと、場所が解らんじゃろう?」

 

 手を上げたのは伝令の少年と、魔法使いの爺と言う面子。

 そのあんまりな様子に田中は呆れ、煽る。

 

「オイオイー、子供と老人に任せてオッサン達はダンマリかよ?」

 

 実際の所、セーラは戦士達に人気があるので余計な人員は必要ない。指揮官としても襲撃メンバーは少数精鋭だけに、無用と言える。

 それこそ足手まといになるだけだ。だから、来ないのかと言う誘いは単純に田中が幹部連中を煽りたかっただけなのだが……

 

「解った、私が行こう」

 

 と言って、手を上げたのは眼鏡の男。感情が読めない目で田中を見つめる。

 

「アイツは?」

「ドネルホーン、士官ではあるが学者肌で目立たない男だ。こう言う場面で積極性を見せる事はないのだが……」

 

 セーラは耳打ちするが、当のドネルホーンには聞こえていた。

 

「ドネルで結構。私は禁術に興味がありまして」

 

 いや、この距離は通常聞こえる筈が無い、集音の魔法と見るべきだ。だとすれば、そうと悟られない魔法の腕はかなりのモノ。

 

「なるほどな、ヨロシク頼むぜ」

 

 そうして禁書庫を襲撃するメンバーは決まった。

 軍馬ならぬ軍ピラークの数の都合で、出撃出来るメンバーは精々五十人。

 それでも禁書庫と言う、軍事的に価値がないと思われている場所を襲うには十分な人数だ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 エンディアン王都、王宮内広場にて

 

「じゃあ行ってくるわね」

 

 グリフォンの背に乗ると言うファンタジーを体現する女性こそ、クロミーネであった。

 普段のパンプスと違い、流石にブーツを履いては居るが、それでも大胆なドレス姿は変わりが無い。なんとも現実感が無い光景に見えるであろう。

 

「本当に行くのですか?」

 

 尋ねるのは銀髪の青年。

 

「ええ、森の中に埋もれているのにも飽きたしね。たまには息抜きも良いでしょ?」

「それが本心ですか……」

 

 青年は大きくため息を吐く。

 クロミーネは会議で、王国の様子を見てくると豪語して偵察任務を買って出た。

 

 そう、考え過ぎと言われたセーラの予感は当たっていた。

 クロミーネはユマ姫を倒しに行こうとしていた。その理由は森の中に飽き、そろそろ街で遊びたいと言う不純な理由だが、一応少しは仕事もする気でいた。

 

 帝国は第一王子カディナールを裏から支援している。今や圧倒的に次代の王に近い所に居るはずだが、そこにユマ姫が現れ、ボルドー第二王子に付いて情勢が変わりつつあると言う。

 どこまでも邪魔をしてくれるユマ姫だが、ここでカディナールをもう一押しして、王に据える事が出来れば、邪魔者の排除も出来て一石二鳥とも言える。

 そう主張して、グリフォンに乗れる自分が銃を担いで王都に飛ぶのだと、会議の場で自信満々に語ってみせれば、誰も反論など出来なかった。

 

 そうで無くても皇帝のお気に入りと言われるクロミーネに意見出来る者など一人も居ないのだが……

 

「じゃあ、王都でしばらく遊んでくるからそのつもりでね、ソルン」

 

 ソルンと呼ばれた青年は、不安げに顔をしかめる。

 

「解りました。ですが銃も減って、グリフォンも無しでは、コチラの守りに不安がありませんか?」

「大丈夫よ、王都に着いたらグリフォンだけ帰すから」

「え? それは制御出来るのですか?」

 

 グリフォンだけ帰されてもどうしようも無い、ソルンはそう反論するのだが……

 

「何言ってるの? アナタが制御するのよ。従うように言っておくから」

「そんな、他人に制御を任せても暴走する事が多いじゃ無いですか?」

「その時はその時よ」

「はぁ~」

 

 ソルンはこめかみを必死に抑えて、これから訪れるだろうストレスに耐えた。

 一方でクロミーネは気楽な様子で空に舞った。

 

「じゃーねー」

 

 軽い調子で空の彼方へ、小さくなっていく一人と一匹を見守るしか無い。

 あまりに現実感が無い光景。子供の頃に憧れた絵本の世界かと思ってしまう。

 

「凄いな、あの人は」

 

 だから、そう呟く言葉は掛け値無しの本心。

 

「あんな魔法は聞いた事も無い。魔力に関しては知り尽くしたつもりの僕でも」

 

 その言葉通り、この青年の魔法に関する知識は群を抜いている。

 

 ……それは、人間はおろか、エルフすら凌ぐレベルの知識。

 

 それでも青年にクロミーネの秘術の仕掛けは解らない。

 

「不思議なものだな……なんと言っていたか」

 

 聞いた事も無い響き。だから中々記憶出来ないのだが……

 

「……たしか、『コウシンケン』と言っていたか」

 

 その言葉の意味は、青年にはどうしても解らなかった。

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