死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「で、禁書庫ってのはどんなトコなん?」
深い森の、道とも言えぬ獣道。しかし、俺の歩みには余裕があった。
気楽な調子で魔法使いの爺さんに声を掛ければ、淀みない言葉が返った。
「外観はそうと解らぬ様、よくある取水施設に偽装しておる。井戸に見える場所を降りるとそこは図書館と言う寸法じゃ」
「そうじゃねーよ、どう言う目的の施設かってハナシ」
外観なんざコレから見に行くんだ。聞きたかったのはそんなモンを建てた理由。
「だったらそう言わんか! ……お主らには理解出来んかも知れんが魔法の中には世に広まらぬ方が良い物もあると言う事じゃ」
「確かに洗脳魔法なんてもんが広まっちまうと危ねぇけどよ」
誰しも他人を自由に操ってやろうとするだろう。だが、ンなコトが簡単にできるハズもねぇ。
俺の言いたい事が解ったのか爺さんも頷く。
「左様、簡単に習得可能でも無いし、そもそも同意が無ければ洗脳など不可能。苦手の克服とかに使うのが精々じゃよ」
「だよな」
やっぱただの催眠術に毛が生えた程度の代物だ。
精神が魔力に、魔力が精神に干渉するって話だから、そりゃ地球の催眠術より強力なんだろう。
だが、この世界の人間は当たり前に魔法への抵抗を持っている。健康値って奴は生命力そのものにして、霧の正体でもある。
だから他人に直接働きかける洗脳魔法なんざ、そうそう掛けられるモノじゃ無ぇ。
いっそ出来る物ならやって見ろと堂々と公開した方が良いんじゃ無いか?
そう水を向けてみると、爺さんは苦い顔をした。
「そうなんじゃが……我々エルフには時々桁外れの実力を持った存在が生まれるのじゃよ。セレナ様がそうじゃった。自分には出来ずとも出来る者も居るのでは……と言う疑心暗鬼が政争や暗殺を生み、危険な魔法は全て封印する事にしたんじゃ」
「なぜ封印なんだ?
「惜しかったんじゃろうな、それらの知識は魔法学の集大成でもある。それに、役に立つ魔法が良く解らん理由で封印される事も少なくないんじゃ」
そんなモンかと鼻を鳴すと、突然後ろから声を掛けられた。
「そう、私が禁書庫から持ち出したいのはそんな魔法なのです」
「アンタは?」
コイツは確か……レジスタンス上層部の一人。鼻持ちならない連中ばかりで、作戦には参加せず口だけかと煽ってみれば、一人だけ手を上げる奴が居た。
それがこの冴えない無表情の男だ。一見して学者肌。戦いを好むようには見えないのだが、どんなつもりで付いて来たのやら、たしか名前は……
「ドネルホーンです、植物学の研究をしています」
「それはまぁ、ご立派なコトで」
「はい、全ての人類の為になる研究をしています」
馬鹿にした様な俺の言葉にも、顔色ひとつ変えずに言い切りやがる。
大した自信だ。実際、植物学者と言うのは森に埋もれるこの国では最も重要な研究だろう事は想像に難くない。
だが、結局の所、禁書庫を目指す理由がワカンねー。
俺がそう聞くと、待ってましたとばかりにベラベラと語りやがる。
「先ほど話にありましたが、有用な魔法でも理由も無く危険とされ、封印されてしまう事が少なくないのです。私が欲している魔法もかの植物学者ラクトンが発見した植物育成の最終定理とまで言われていて、植物の育成に欠かせない肥料作りに関する――」
「待て待て待て、ンなしゃべって貰ってもひとつも解らねぇよ」
俺は学者じゃねぇし、そもそも魔法のコトは何も知らない。
解った事はただひとつ、相手を構わずベラベラ話しちまうコイツは根っからの学者サマってこった。
とにかく変な裏が無けりゃそれで良い。
「そう! 解らなければ、関わらなければ良いのです。それを不要に恐れ、遠ざけようとするのは後進的に過ぎる! 愚かとしか言い様が無い!」
ドネルホーンは鼻息も荒く言い募るが、お前の隣にいる爺さんが禁術認定担当だぞ? そこまで言って良いんか?
「オイオイ魔法の
「そうかもな……確かに禁術とは名ばかりで、碌に使えぬ術ばかりじゃよ」
「お?」
「じゃがな、先人達にしろ、なんの考えも無く封印したとはどうしても思えないんじゃ。世の中には常識を超えた人間が度々現れる、常人の物差しだけで判断して良いものでは無い」
「そりゃ、噂に聞くユマ姫の妹のセレナって娘か? 死んだって聞いたがそんなに凄かったのか?」
「そうじゃの、優秀な魔法使いの魔力値が二百と言われる中、十倍の二千の魔力値を誇っていたと言えばその異常さが解るかの?」
「数字だけなら聞いたけどよ、どれぐらい凄いのかピンと来ねーのよ。あ、数字は解るぜ?」
この世界は百より大きい数は知らないって人間だって大勢いる。特に俺みたいな冒険者や傭兵崩れにゃ一生百より大きい数字なんざ扱う機会は無いからな。
そんな中じゃ中学中退の俺だって立派なエリート。数字に強い扱いだ。
つってもよ、百だの千だの聞いたって漫画ドラゴンダイスの戦闘力じゃねーんだから、数字だけで強さが測れるもんじゃないぜ?
不満げな俺の様子に爺さんは丁寧に説明してくれる。わりかし面倒見が良くて愛嬌があるんだよな。
「ふむ、魔力値と健康値の関係をまずは知るべきだな」
爺さんが俺に語るのはエルフにとっちゃ常識みたいな知識なのだろう。現に学者肌のドネルホーンはつまらなそうにどこかに行ってしまった。
「いいか? 魔力と健康は等価ではない、十の魔力を持っていても、たった一の健康値にかき消されてしまうのじゃ」
「……確か、人間の魔力値が二十から三十ぐらいって言ってたよな?」
「左様。つまり魔力値が二百が魔法使いの条件と言われる理由がソコよ、二百以下の魔力では相手に通せないんじゃ」
なーるほどね。それでアイツは俺の魔力値90が高いけど使い道が無いと言った訳ね。
「そんな中で、魔力値二千はどれだけの力があるか解るじゃろ? 人間は勿論、健康値に勝る魔獣すら魔法で一蹴出来ると言うわけじゃ」
「そりゃスゲェ、だけど凄すぎて納得出来ないな」
「どう言う意味じゃ?」
「普通どんなに凄いって言っても、常人の十倍も凄いなんてあり得ねーんだよ。俺だって背が高いって言われるが十倍高い訳じゃ無い。それに背が高いのが生き残るのに絶対に有利とは限らねぇ」
「ほう?」
興味深そうに見つめる爺に、俺は聞き囓った知識で対抗する。
「シンカロンって言う考え方があんだよ。生き物は世代を重ねる度に変化して形を変えている。全ては取捨選択の結果で意味があるってな。背がデカいほどモテるなら、人間はドンドンデッカくなるが、飢饉でも起こって食料が少なくなりゃ小さくて燃費が良い方が有利だろ? 魔獣みたいにデカくならずこのサイズに収まってるのにも意味があるのさ」
「驚いた、人間にもその様な考え方があるとはな」
爺さんはモシャモシャと茂る眉毛を跳ね上げて驚くが、あまり地球育ちを見くびって貰っちゃ困る。
「こう見えて、それなりの教育は受けてるんでね」
「微妙な訛りがあると思っとったが、訳ありと言う事か」
「まぁな」
「だったら知ってるか? 人間は猿から変化したと言う説が有るんじゃよ? お主が言っていたシンカロンと言う考え方の延長じゃ」
持ち上げたモシャモシャの片眉の奥から、探る様な爺さんの目が見える。口元は悪戯っぽく笑う様子は俺がショックを受けるのを楽しみにしているのが窺い知れた。
だが、ンなモンは俺に取っちゃ常識よ!
「ハッ、そんなんで驚くもんかよ。人間は神が作った特別な生き物だとは思っちゃ居ねぇよ!」
「ほぅ?」
俺がそう言うと、爺は意味深に笑った。
「ワシは
「へぇ、ロマンチストだな」
科学的な話が出来る数少ない人間(エルフ)だと思ったが、流石に最後の最後は神を信じるか。
現代地球だって、人間は猿から進化したと認められない人間が大勢居る。この中世っぽい世界じゃそれも当然か?
ちっとガッカリ半分、論理的に考えられる自分に優越感が半分ってトコ。
俺がそんな風に思っていたら、爺さんが意味深に声を潜めるのだ。
「少なくとも我らには魔法が有るじゃろ? 魔法を使えるのがお主の言うシンカロンの結果なら、何故魔法を使う猿が居ない? 魔力で体を強化するよりも色々な事が可能だと言うのにじゃ」
「…………」
俺は二の句が継げなかった。
確かに、何故エルフしか魔法が使えないんだ?
アイツが好きだったファンタジーでも精霊魔法とやらはエルフにしか使えない。そんな謎の設定を聞いた事があったから、俺まで当たり前に思っちまった。
少なくとも人間にだって使える奴が居ないとオカシイだろう?
ましてや魔獣や動物だって使えても良い。
いや、そもそも詠唱が必要と言うが詠唱って何なんだ? 冷静に考えると全く意味が解らねぇ。
困惑する俺を脅かすように、爺は続ける。
「魔法が使えないエルフだっておる、その違いは何なのか? 狂った一人の脳医学者が殺人鬼となった……そやつはのう、色んなエルフの頭蓋を引っぺがして中身をぶちまけて事細かに特徴を記録した」
「ゾッとしねぇな」
「その結果、魔法が使えないエルフは、使えるエルフと違って脳の一部が小さかった。そして他の動物にはその部分が無い。人間の解剖例も一ケースだけ有ったがそこにも存在しなかった。ワシはその研究を見てから、神は居るのではと想い始めたんじゃ」
まさか? いや、スッカリ忘れていたが俺は正真正銘の神を知っている。
あの神は呪文の詠唱で力を貸してくれたり、人間を改造したりするのか?
どう考えたってそんな風に干渉する存在じゃなかっただろ。
……だが、そもそも俺が神様の改造人間みたいなモンだ。
以前にも神が干渉した結果が有ったとしても不思議じゃ無ぇ。
いやいや、そんな無茶で実験を台無しにするような干渉をするか? 俺達はそれこそイチかバチかのイレギュラーだと、そう思っていたんだが?
「何ならそのレポートを見るかの? 正に今から行く禁書庫に保管しておる」
「成る程ね、禁書庫って言われるわけだぜ」
余りにグロ案件。俺は遠慮しておくと肩をすくめた。一方でそう言えばと爺さんは笑う。
「脱線したの、シンカロンはワシも似た思いで居るんじゃ。現にセレナ様の様な存在は淘汰された」
「どう言う事だ?」
「さっきの身長の話と一緒じゃよ。例え十倍身長が高い人間が生まれても、食料が無ければ生きていけない。セレナ様の場合、必要だったのは十倍の魔力じゃ」
「そう言う事かよ」
「そう言う意味で、過去にはひょっとしてもっと魔力が濃かった時代があったのやも、とワシは考えとる、そんな先祖返りの様な事例がセレナ様以外にも結構有るんじゃよ」
「そりゃ……使い方次第じゃ凄い戦力だろう?」
「成長と共に、必要な魔力量は増える一方、子供の内に死ぬ事が殆どじゃ。その為に魔導衣を研究してたんでの」
「そう……か」
ひょっとして、セレナって子は帝国に関係なく長生き出来なかったのかも知れねぇ。
……いや、そんな事でアイツの絶望が癒やせるってモンじゃ無いよな。
沈む俺に、復讐の為だけに生きるアイツの顔がチラついた。
だが、アイツの事を思って居たのは爺も同じ。ただし考えていた事は大分違った。
「そう言う意味で言うとな、ワシはユマ姫さまの方がよっぽどイレギュラーだと思うし、何より恐ろしかったものじゃ」
「どう言う意味だ?」
「それこそ、人の十倍、いや、百倍。下手をすれば千倍は魔力操作に長けていたし、常識外れの知識や考え方を持っていた。まるで違う世界から来たかの様に思ったものじゃ」
「……そんなに、か?」
「それこそ見た方が早いの、凄い物が保管されておる、それ、着いたぞ!」
「ココが?」
そこは突然に森が切り取られた様な場所だった。
その真ん中にある、……アレが取水施設だと?
「所々、こうやって森が開けた場所があるんじゃ。妖精の住み家とも言われての」
「そうじゃねぇ! あの真ん中の建物は何だよ?」
「ああ、古代遺跡じゃな。古代から水の豊富な場所はそう変わっとらんのじゃろ。丈夫な建物だからわざわざ壊す事も無い、そのまま使っておる」
「よくある取水施設ってそう言う事かよ……」
森から切り取られた様な草原のど真ん中。建っていたのはコンクリとガラスで出来た近代的な建物だ。
いや近代どころか、屋根なんざメタリックな光沢でSF感までありやがる。
こんな物がアタリマエなのか? 俺のちっぽけな常識なんざ何一つ通用しねぇ!
「神、か……」
俺はその正体に思いを馳せて呆然と呟いた。
ここで言う神は俺が会った神なのか? それとも別の?
クッソ、俺には難しい事は解らねぇ!
立ちすくむ俺に、苛立たしげに爺から声が掛かる。
「ボヤッとするんじゃ無い! セーラ様たちは先に行ったと言うぞ?」
「あんの! 後方待機って言ったじゃネーか」
俺は殿を経験する為に最後尾でついて行ったが、セーラは禁書庫が見えるところで待機って言ったのに余裕で無視かよ……
ため息交じりで駆け出すと、爺の乗るピラークも森の中の鬱憤を晴らすかのように軽快に駆け出した。
「おうおう、元気じゃネーの。ユマ姫の話、続きを話す前にポックリ逝くんじゃねーぞ? アイツがどんだけ化け物だったのか聞いとかねーとな」
「はぁ、まぁ良いが、そう言うお主も元気じゃの」
「それだけが取り柄だからな」
呆れた様な爺の言葉に、力こぶをつくって言い返す。
そんな俺を見て、ジジイは尚もブツブツと呟いていた。
聞こえぬように言ったつもりだろうが、俺の聴覚を舐めちゃ困るぜ?
「あの森の中を、ピラークに乗った行軍に
どんな愚痴かよ。まぁ俺も確かに神懸かりの体だ、アイツに近い存在か。木村はどうなんだろうな、地味で嫌な能力を選びそうだが……
「へへっ」
「なーにを笑っとるんじゃ、気持ち悪い」
「気にすんなよ爺さん、ハゲるぞ。ん? 手遅れか?」
「余計なお世話じゃ!」
爺は三角帽子を押さえて怒る。
ま、化け物として、精々頑張りますかね。