死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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禁書庫2

 爺さんに連れられて禁書庫の敷地の真ん前。鉄格子の門扉まで辿り着くと、ソコには既に乗ってきたピラークから降り、待ちきれないと言う顔をしたセーラがふんぞり返っていた。

 

「やっと来たか、タナカ!」

「そりゃ冗談で言ってるんだよなぁ?」

 

 セーラのドヤ顔は見慣れたつもりでいたが、今度ばかりはイラついた。

 今回の作戦の肝はセーラ達、エルフの戦士の後方支援。

 それが目標である禁書庫の門、そのド真ん前でドンと構えているのだから、脳みそを道中で落としてきたに違いない。

 

 エルフが魔力をかき消す霧に弱いのは周知の事実だが、魔獣だって濃い魔力を必要としているのは同じだ。

 そうで無きゃ大森林から溢れ出した魔獣が人間達を蹂躙しているだろう。

 前回の襲撃も霧が収まった辺りで大土蜘蛛(ザルアブギュリ)が現れたのが決定的。

 あの時だって、もし人間と魔獣が同時に襲ってきたなら、流石の俺も危なかったに違いない。

 

 つまり魔獣が出て来たら霧は無い。その時こそセーラ達、エルフの戦士の弓に頼りたかったのだが……

 

「姫様が一人、ビルダール王国で戦っていると言うのに私が後方待機では格好が付かないだろう?」

 

 クソふざけた事をのたまいやがる。

 

「格好だぁ? テメェの格好つけの為にお守りをしてやるつもりは無ぇよ! 引っ込んでろ!」

「何だと? お前にお守りを頼んだつもりは無いぞ!」

「ンなコト言って、いっつも抱っこされて帰るのは誰だよ!」

「それこそ! そんな事、頼んだ覚えは無い!」

 

 クソ聞き分けが無ぇ! ぶん殴ってでも引かせようとした時、頭上から決意を込めた少年のハスキーな声が割り込んだ。

 

「兄貴! 姐さんは俺が守るよ」

「ガキか……生意気言うんじゃねょ」

 

 ピラークとか言う鳥に跨がるのは伝令の少年だ、確か名前は……

 

「マーロゥだよ、そろそろ覚えてくれって」

「名前を覚えて欲しかったら、それだけの男になるんだな」

「そんなぁ……俺、こう見えても結構知れた魔剣の使い手なんだぜ?」

 

 ……わーってるよ! ンなモン。俺ぐらいになれば立ち姿だけで実力は知れる。

 歳は十四だとか言ったか? 歳に見合わぬ研鑽を積んでる位は一目でわかる。

 

 初めて会った時、変に突っかかって来るんで自慢の魔剣を叩き斬ってやったら、今度は兄貴と来たモンだ!

 才気溢れる素直な若者。同じ剣士として歓迎してやりたい所だが、俺は名前一つ覚える気は無い。

 なぜか?

 

「お前は薄いんだよ!」

「それ! 前も聞いたよ! 意味が解らないよ! なんだって言うのさ?」

 

 気配が、だよ! お前はもう死にかけている。

 一方でセーラは自信タップリ。腕を組みながら人差し指をピンと立て、片目で少年を(いち)(べつ)する。

 

「そうだ、お前は実戦経験が足りない。大人しく後方で待機していろ」

 

 イラつくが、気配だけなら誰より立派なのがコチラのお嬢様だ。ドヤ顔で待機してろなどと言うが、司令官のお前が一番後ろでドッカリと構えるべきだって言うのによ!

 

 ともあれ、死から縁遠い奴はそれだけで強い。それこそ俺がセーラをなんだかんだ拒絶しない最大の理由だ。

 セーラは躁鬱気味で、鬱の時は「自分だけがむざむざと生き残ってしまった」と愚痴るばかり。

 だが、危険な戦場を生き残る嗅覚こそ、戦士として最も希有にして必要な能力だ。話を聞けばこのお嬢様は常に紙一重で死を遠ざけている。

 

 コレが神の言ってた運命力って奴か?

 

 正直なトコロ、俺にだって強運にあやかりたい気持ちは強い。

 

「セーラは仕方ねぇが、ガキ! テメェは帰れ!」

「な、何でだよ? 意味が解らないよ、俺は魔剣使い、後方支援なんて出来ないよ!」

「それでもだ!」

 

 元子役と言うだけに、顔立ちも整っているし人望もある。俺とは違ってこんなトコで死んで良い奴じゃない。

 

「嫌だよ! 護衛なんだ、少なくともセーラ姐さんが引かないなら俺も引かない!」

「……クソッ! オイ! セーラ! 聞いたか? 若い芽を摘みたく無いならとっとと引っこめ!」

「なんだと! マーロゥだけ帰らせれば良いだろ!」

「あのーワシの事忘れとらん? 爺さんの心配だってしてもいいじゃろ?」

 

 まぁセーラは引かねぇよなぁ、コイツは面倒くせぇぞ。

 ……地味に爺さんが拗ねてるが、禁書庫に詳しいのは爺さんだけなんで仕方無い。言ってもジジイも本気じゃ無いだろう。年長者の愛嬌で和ませに来てるだけ。

 

「はー死ぬ前にもう一度チーズリゾットが食いたかったのー」

「…………」

 

 いや、このジジイ本気で拗ねてるかも知れねぇ。

 

「まぁ、しゃーない。ガキはそのまま鳥に乗って付いてこい、霧が来たらセーラを回収して引け、良いな!」

「解った!」

「仕方無いか」

 

 取り敢えず二人は納得した様だ。

 しかし、肝心の爺さんが意味不明な事を言い始めるのだ。

 

「はーしんどい、あ、セーラ様もうちょい高くしてくだされ、少年が死んでしまうでな」

「解った、任せろ」

「?」

 

 なんだ? 意味が解らねぇ……と首を傾げた瞬間。それは起こった。

 

 ――パァァァン

 

 甲高い破裂音。 そして俺だからギリギリ目視出来た高速の弾丸は、完全に音と同時にマーロゥ少年を襲った。

 

「危ねぇ!」

 

 思わず叫んだが庇おうにも庇えるタイミングじゃ無い。俺に出来たのは二の舞はごめんと地に伏せるだけ。

 クソッ、死ぬと解っていて救えなかった。仇は取ってやると、地に伏せながら鉄格子の門扉越しに、禁書庫らしい近代的な建物を睨む。

 見れば屋上から煙が上がっている。あんな所に隠れて居やがったか!

 

 ……あれ?

 

「なにやってんすか? 兄貴」

 

 視界の端、見下ろして来るのはマーロゥだった。

 

「無事なのか?」

「そりゃ、姐さんの障壁ですからね、破れませんよ」

「障壁?」

 

 ――パァァァン

 

 呆然と立ち上がる俺に二発目の弾丸。

 真っ直ぐに俺を狙った弾丸だっただけに、今度はハッキリと見えた。

 着弾と同時に前方の空間がグニャリと歪んで無数の白い筋が走る、その筋が巻き込む様に弾丸を止めちまった。まるで蜘蛛の糸にかかった虫の様。

 

「コイツは?」

「障壁だと言っているだろう? 弓矢を加速する事が可能なのだ、飛来物を減速させる事も当然可能だ」

 

 まーたセーラが片目で人差し指をおっ立ててドヤ顔しやがる! その顔止めろ!

 畜生! 恥を掻いた時のドヤ顔は万倍効く。

 爺さんは爺さんで、「敵意を感知したのはワシなんじゃけどね……」とか拗ねてるしよ!

 いや、実際爺さんの方が高度な事をやっているのだろう。俺の気配も感じぬ場所からの狙撃を感知しやがった。

 

「爺さん流石にやるな」

「オイ! 私には何か無いのか?」

 

 そのドヤ顔で満足しとけよ!

 俺は苛立ち混じりにセーラに尋ねる。

 

「つーかこっからどうするんだよ? ジリ貧だろ?」

 

 なんせ、障壁は解除出来ないし反撃の手段が無いだろ?

 そうこう言ってる内に三発目の銃声。それも障壁に遮られるが、一瞬セーラがビクッっとなったのを俺は見逃さなかった。オイオイ大丈夫なのか?

 障壁を眺める爺も興味深そうにめり込んだ弾丸を観察する。

 

「ふぅむ、威力はそうでも無いが、これは鉛か? 小さい分、矢より絡め取るのは難しいぞ?」

「うっ!」

「うっ! じゃねぇ、不安になるじゃねーかセーラ様よぉ?」

「ま、まぁ大丈夫だ、確かに長くは保たないが――それは向こうも一緒さ」

 

 そう言ってセーラは物騒な笑みを浮かべ手を振った。それがどう言う意味か……考えるまでも無い。

 弦を弾く音が一斉に響いた。

 

 俺達は四人で遊びに来たわけじゃ無い。戦争するつもりの大所帯で来てるのだ。

 俺達の頭上を越えていく無数の矢。それが禁書庫の上でグニャリと進路を下に向けるや、目視不可能な速度で一斉に禁書庫の屋上に降り注ぐ。

 

 ――ズバァアァン!

 

 アイツの弓でも見たが、異常な軌道で曲がって最後の加速からもたらされる火力は火縄銃を上回る。

 グシャリと弾ける音と血煙が舞うのが見えた、屋上の惨状は想像したくも無い。

 

「コレが我々の、エルフの戦士の力だ。魔法さえ使えるならば這いつくばる者(ボズ)如きに遅れを取る事は無い」

「そうみてぇだな」

 

 エルフの戦士達の弓。確かにコイツは頼もしい。

 

「行こうぜ、俺も昂ぶっちまった」

 

 言いながらも俺は門を蹴破る。振り返って笑う俺の顔は猟犬の様に獰猛に見えたに違いない。

 

「ああ、奴らに目に物みせてくれよう」

「ええぇ? めちゃめちゃ待ち伏せされてるじゃん! 慎重に行こうよ?」

 

 セーラは乗り気、マーロゥは慎重だがコイツはそれで良い。爺さんはため息混じりについてくる。

 俺達は堂々と敷地を突っ切ると、禁書庫の扉に手を掛けた。

 

「さぁーて、鬼と出るか蛇と出るか。なんでも掛かって来やがれ!」

 

 バーン! と豪快な音と共に、俺は勢いよく扉を開け放つ。

 

「「「「…………」」」」

 

 ……扉を開けて、いきなり住人と目が合っちまう。こう言うのは異世界でも気まずいもんだな。

 それが腹に穴が開く程に、苦手な相手だったらなおさらだ。

 

「ずらかれ! 大土蜘蛛(ザルアブギュリ)だ!」

 

 三人はピラークに乗って、俺は全力で走る。門まで僅か二秒。久々に本気で走った。

 振り返れば、扉から出るわ出るわ、三匹も……。

 真っ直ぐコッチを追って来やがる!

 

 ――ズバァァシュ!

 

 だがな、あれだけ苦労した魔獣だろうが、エルフの弓の前では一瞬なのよ。

 轟音と共に無数の矢が降り注ぎ、魔獣達は一瞬で無残な死骸に変貌した。

 

「結構強力な魔獣だって言ってなかったか?」

「ハン! 森で突然に遭遇するから恐ろしい相手なのだ、普通はこんな大勢の前に姿を現さない」

 

 俺の文句に呆れた様子で鼻を鳴らすセーラ。ムカつくが確かに道理だ、日本だって腕利きの猟師が熊に襲われ死んだりするが、銃を構えた軍隊の前には無力に違いないのだ。

 しっかし、余りに強すぎて俺の出番がねぇな。

 っと、言ってる側から第二陣がうじゃうじゃと湧いて来やがった。

 

「オーイ! 頼んます! 派手にやっちゃって下さいな」

 

 俺は大声を張り上げ、後方待機のエルフ達に声を掛ける。

 アレだけの威力を目の当たりにしたら、俺だって多少は腰が低くなる。

 気分は「先生やっちゃって下さい」って奴だ。完全に楽勝ムード。

 だが、それもマーロゥの叫びを聞く迄だった。

 

「兄貴! 霧が!」

「冗談だろ? 複合攻撃か?」

 

 アテが外れたのか? 霧と魔獣は同時に攻められるってーのか?

 いや、違う。バルサンを焚いたみたいに、建物から虫がうじゃうじゃ湧きやがる! 建物で飼っていたのをああやって追い出してるんじゃないか?

 いや、考察は後、とにかく何とかしないとマズイ。霧だけで無く魔獣からも追われる事になっちまう。

 溢れ出す魔獣に頑張って弓を放ってくれる戦士も居るが、あんまり頑張ると霧に飲まれて死ぬだろう。

 

「逃げろ! 霧に飲まれたら終わりだ!」

 

 こっから始まるのは霧と魔獣、そしてエルフと人間で織りなす追いかけっこ。

 いよいよ俺の仕事の始まりだ。

 

「よっしゃぁあ! 掛かってこい!」

 

 逃げるケツを守るのは俺。人間が相手かと思えば相手が魔獣だっただけの事!

 俺は群がる魔獣の前に陣取った。

 

 ……のだが

 

 ――ギョォォォォ!

 

「うん?」

 

 咆哮を上げながらまさかのスルー。格好良く啖呵を切った俺の横を猛然と魔獣が通り過ぎる。

 

「ざっけんな!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すために叫んだが。良く考えれば霧から逃げてるのだから当たり前か?

 だったら俺にもやりようがあるぜ?

 

 ――ズバァン! サンッ! ザシュ!

 

 心地よい手応え、大土蜘蛛(ザルアブギュリ)の足を次々と切断する。

 攻撃する意思も無く、ただ逃げるだけの相手を斬るなんざ、造作もねぇからな。

 五匹の足を切断し機動力を奪った所で、俺もいよいよ霧に飲まれた。

 

 ――ギョ……ォォォォ!

 

 霧に飲まれた蜘蛛は明らかに力が無い。刀でサクッと両断する。

 

「死ねぇぇ!」

「お前がな!」

 

 そして斬りかかってくる人間は返り討ち。霧と同時に出て来た奴らが十人以上は居やがったのだ。視界は悪いが気配が読める俺には関係無い。

 

「ギャァァァ! やめ! やめろ!」

 

 悲鳴? 目を向ければ大土蜘蛛(ザルアブギュリ)に囓られる帝国兵の姿があった。

 

「止めろ! 違う! 俺じゃ無い! アッチだ! アッチ!」

 

 必死で俺を指差すが魔獣は従わない。完全に制御を外れている。

 いや、元々ロクに制御なんて出来ていなかったのかも知れねぇ。

 

「ひでぇモンだ」

 

 完全に捨て駒じゃねぇか。しかも大して役に立ってねぇ。

 俺はバッサバッサと魔獣と人間に関わらず斬りまくる。俺は霧の中じゃ無敵だった。魔獣はスローモーションみたいに遅いし、人間は元々敵じゃ無い。

 

「大体片づいたか、さーてアイツらは大丈夫か?」

 

 ……少しずつだが霧が晴れてきた。辺りには無数の死体。魔獣も、人間も、違う色の血が混じり合ってひでぇ有様になっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 しばらくすると完全に霧は引いた。ただ待つのもアレだから一通り禁書庫の一階は探検してみたが、ロクに成果は無い。

 

「取り敢えず一階は制圧しておいたぜ」

「グチャグチャじゃないか!」

 

 セーラは文句を言うが、魔獣が巣くっていたのだから仕方がないだろう?

 建物の中の部屋では魔獣を飼育していた痕跡があった。どうやってこんな小さい部屋に押し込んだのかは謎だが、押し込んだのを解き放っただけで、元より制御なんてされて無かったと言うのが俺の見立てだ。

 それを霧で押し出して俺達にぶつけただけだろう。

 

「洗脳の禁術も時間が経てば弱まるからのぉ、いや、しかしオカシイの、てっきり霧で弱らせて健康値を削ってから洗脳するのかと思っていたが……アレほど霧から逃げるのではそれも難しそうじゃ」

「考察は後だ、早く地下に案内してくれ」

 

 ちゃっかり生きていた爺さんを急かす。ハッキリ言って長居したい場所じゃ無い。

 

「兄貴! 俺、大土蜘蛛(ザルアブギュリ)を叩き斬ったぜ! それも二体も!」

 

 生きていたのは気配の薄いマーロゥ少年も同じ。コイツは本当に良かった。

 気が付けば気配も少し大きくなっている。

 

 ……つまり、死ぬ確率が高いと気配が小さくなるし、危機を脱すると大きくなる訳か?

 オイオイ! 滅茶苦茶いい加減じゃねーか!

 

 だが俺に戦いを挑んだ帝国兵なんぞ、勝ち目が無いのに気配は有ったぞ?

 とは言え、俺は逃げる相手は追わなかった。それが斬られる瞬間までは行動次第で生存ルートはあったと言う判定になるのか?

 今回みたいに霧に追い立てられる魔獣や、魔獣にも襲われた帝国兵の気配は薄かった。

 

 薄すぎて、扉を開けるまでその気配に気が付かぬ程にだ。

 

 死兵として扱われた時点で、奴らの意思じゃどうしようも無い程に詰んでいたからだとすれば頷ける。

 俺だって今回はエルフの戦士の手前、見逃す訳には行かなかったからな。

 

「兄貴! ボーッとしてないで行こうぜ!」

「ああ……」

 

 マーロゥに急かされて俺は地下へと向かう、それが禁書庫の本体だからだ。

 ソコへ至る装置は特殊な操作が必要だと聞いていた。

 だが、実際に見てみれば拍子抜け。

 

「ただのエレベーターじゃねーか!」

 

 言葉も文明も違うが、同じ目的で同じ様な物を作れば似るモノなのかもな。

 割とよく見るガラス張りのエレベーターだ、下ボタンを押せば地下から籠がせり上がって来るのが丸見え。

 開いた扉から飛び乗ると、開くボタンっぽいのを押しながら皆が乗り込むのを待つ。

 

「どうした? 乗れよ」

「随分手慣れてるのだな?」

 

 まぁ神の使徒だからとでも思ってくれよ、セーラとマーロゥを乗せて地下へのボタンをポチっと

 ……つい癖で押しちまった!

 

「あ、ヤベェ多分下で待ち構えてるわ」

 

 良く考えたらエレベーターなんて使ったら着いた途端に蜂の巣じゃねーか!

 

「お前はどうしてそうマヌケなのだ!」

「いや、セーラにだけは言われたく無ぇよ!」

「どう言う意味だ!」

「い、今は止めましょう! ね? ね?」

 

 言い争う内に到着! チーンと音が鳴り、扉が開く。地下はガラス戸じゃないみたいで、開くまで外の様子は解らなかった。

 

「え?」

「あ゛?」

 

 呆然とした様子の白衣のオッサンと目が合った。

 まさかココから来るとは、相手も思って居なかったのか……

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 特に問題も無く禁書庫を制圧した。残っていたのは研究者が大半。エルフの技術の中枢を知ってしまった以上、捕虜にするのも難しい。無抵抗の民間人が死ぬのを傍観するのは癪だが仕方ねぇか……

 一応俺の目に見えない所で処分してくれる様だ……クソッ! 胸くそ悪ぃ。

 

 一方でご機嫌なのはドネルホーン、レジスタンス幹部の一人で植物学の研究者様だ。

 

「お! おぉぉぉ! 素晴らしい! コレだ! コレこそ私が求めていたモノ! 魔力だけで何も無いところから植物の肥料を錬成出来る! 何故こんな有用な技術が禁術なのだ? これを応用すれば誰も飢える事が無い世界が作れる! 真に平和な世界が訪れる!」

 

 一人で盛り上がってるが、無から何かを作る事など出来るのか? どうにも夢物語に思えてしまう。

 で、肝心の禁術の方はどうなんだ? 俺は爺さんに尋ねる。

 

「うぅむ、洗脳術に関して多くが抜き取られとる。しかし眉唾の書物が殆どじゃからな。逆に実用的な相手を昏睡状態にする術や、自分の意識を相手に浸透させる術は残っておった。これを姫様に渡せば良かろう」

「眉唾って言うのは?」

「使えると主張したのが高名な魔術師だったと言うだけで、まともに検証も出来ない程に高度、もしくは妖しいモノじゃな」

「見栄を張ってフカした可能性も否定できないと?」

「その通り、そう言う輩も少なくないのう」

 

 ……逆に言えば、嘘とも言い切れず仕方無くココに仕舞っていると。

 コレを運び出したのが黒峰さんだとすれば、本当に高度な禁術を使っているのか?

 

「洗脳術を持っていったのはクロミーネで間違いない」

 

 割り込んできたのはセーラ。研究員を拷問したのか、返り血を浴びている。

 目つきが荒んでいるな、こう言うのは性格的に向いてないよな……

 

「セーラか! 尋問は済んだのか?」

「ああ、奴らは初めから我々の魔法技術を簒奪する事が目的だった。研究者を帯同させていたし、占領して支配しようなどと思って居ないからこそ民間人も虐殺したそうだ」

 

 吐き捨てる様に言う。聞いていて気持ちが良い話じゃないな。

 

「ココでは主に魔獣の研究をしていたらしい。資料が揃っていて万が一でも王都とも帝国とも距離が有るから被害が出ないとな」

「そうか……計画が漏れて待ち伏せされていた訳じゃねーんだな?」

「ああ、重要拠点として考えられていたから日頃から警備は厚かったらしい」

 

 そうか……しかし本当に帝国は魔獣を操作する技術を研究していた。その成果がアレなのか?

 結局解らない事だらけか……結局グリフォンも現れなかった。ロクに成果がねーじゃねーか!

 

「まぁまぁ、ユマ様の助けにはなるじゃろ、ガイラス殿には急いで禁術を届けて貰おうじゃないか」

「ああ、そうだな……」

 

 爺さんの慰めにも空返事で答える。せめて魔導衣だったか? 魔力を補助する装備が届けられれば良いんだが……

 

「納得しておらんか、ユマ姫様は一筋縄では死なんよ。コレを見るが良い。王都を攻めるにも助けになるぞ、見た事がないじゃろ? 王宮の見取り図じゃ」

「コレは?」

 

 禁書庫の天井から吊されていたのはガラスの球体。大きい。ひと抱えは有るんじゃ無いか?

 そんでこの中に有るのは……ひょっとしてエルフの王宮のミニチュアなのか?

 アイツがこれを作ったって言うのかよ?

 

「なんて細けぇんだ」

「そうじゃろ? 大々的に発表したかったんじゃが、防犯上の理由で公開出来ず、こんな所で燻っておる」

「これはどうやって作るんだ? 瓶の中だろ?」

「小さい穴があってな、そこから魔力を流して操作して組み立てる。魔力制御の練習と、後は暇つぶしの大人の趣味じゃな」

 

 ……まるでボトルシップだ。実際にコッチの言葉で瓶の家、言うならばボトルハウスって名前で普通は瓶の中に自分の家を作る遊びらしい。

 それが、自分の家だからと王宮を作っちまうのだから規格外と恐れるのも解るわ。

 アイツ滅茶苦茶やってるじゃねーの!

 

「どのぐらいの時間を掛けて作るんだ?」

「普通は年単位、それこそ柱一本建てるのも神経を使う作業なんじゃ。それを姫様はたった三日で作って。……そして二週間寝込んだらしい」

「馬鹿かよ……」

 

 とにかく王宮の間取りはなんとなく覚えた。宝物庫への侵入経路や諸々だ。

 アイツの置き土産、有効活用しねーとな。

 

「本気か? エンディアンの王都は今や魔境と聞くぞ? 霧の悪魔(ギュルドス)も何基もあるらしいぞい?」

 

 爺さんはコッチを窺うが、むしろ霧は願ったり。

 

「結局グリフォンも来なかったしな、次は王都。それで駄目ならビルダール王国にまで行くしかねーよ」

「ふぉふぉ、尽くす男じゃのー」

 

 クソジジイが! 髭を毟ってやる!


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