死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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強襲

 禁書庫の奪還は成った。

 

 高々図書館と思っていたが帝国もその重要性は理解していたらしく、防衛には銃や魔獣と盛りだくさん。それでもエルフの戦士達との共闘の前には敵では無かった。

 簡単に言やあ、霧さえ無ければエルフは無敵。そして霧が出ちまえば俺が無敵だ。

 いっそ王都だって楽勝で奪還可能では?

 そんな期待感が押さえ切れず、兎にも角にも見てみようと一人で出発した。

 

 今、俺は王宮の裏山で息を潜めている。ユマ姫(アイツ)が脱出の際、燃える王都を見たと言う場所も、そう遠くでは無いだろう。

 

 エルフの王都に高い壁は無い。魔獣除けの結界はあるし、それでも魔獣がノコノコ出て来たら誰にでも戦う力はある。何なら一晩でちょっとした堀や城壁ぐらい作れる。

 確か、ユマ姫(アイツ)はエルフの都についてそんな風に言っていた。

 

「まぁな、作れるんならそりゃ、作らせるよな」

 

 今や王宮は真新しい城壁にぐるりと囲まれていた。

 

「厄介だな」

 

 一人でいる所為か、面白くもない独り言が増える。俺は考えるのは得意じゃねぇが、そうも言ってられない状況が独り言に拍車を掛ける。

 

 この壁の厄介な所は二つ。

 まずは単純に目視出来ないので、ギュンギュン曲がるエルフの弓でも中への援護が期待出来ない。

 

 二つ目は、壁で区切られた中ではバンバン霧が焚かれている事だ。

 霧の比重は重い。だからコンビニのアイスを売る(じゅう)()みたいなモンで、上が空いていても問題ないわけだ。

 

 ……いや、バンバン焚いてる訳では無いみたいだ。壁の中、洗濯物を手に移動するエルフの侍女が見えた。

 

 つまり、エルフが倒れず、人間に不快じゃない程度に霧を焚いてる訳だ。

 

 それでも、いざって時には霧を全開でフカすだろう。となればエルフ達は壁の中に入っていけない。

 雨の日を狙うとか、風が強い日を狙うって案も有ったが。壁でぐるりと囲まれた中じゃ、霧を散らす効果はあんまり期待出来ないだろうな。

 

 つまり、壁のお陰で中に入り込んで魔導衣だかって言う、ユマ姫の服を奪還するには俺一人しか戦力にならない。

 俺は人間相手なら無双出来る自信はあるが、ハナから俺しか居ないんじゃ相手もわざわざ霧なんて焚かず、魔獣をけしかけてくるに違いない。

 

 流石に厳しいな。裏手に山と聞いて、そこから射かけて貰えば楽勝なんじゃないかと思ったら、そうは問屋が卸さないか。

 

 ま、流石にこの程度はレジスタンスの連中も調べていて、話には聞いていた。だが、実際に目で見ると、他にも奴らの対策が見て取れる。

 例えば、この裏山、地面が荒れていて滅茶苦茶歩きにくくなっている。

 コレは鳥に乗っての一撃離脱戦法を警戒しての事だろう。馬より登坂力に長ける鳥だが、魔獣より上って事は無いだろう。

 大土蜘蛛(ザルアブギュリ)辺りをけしかけられたら全滅は必至だ。エルフにとっちゃ近づくのも命がけになってくる。

 

「クッソ! 隙がねぇな」

 

 結局、向こうは霧を出すか出さないか、地形や情勢を見て自由に決められるのがデカ過ぎる。

 

 ……アレ? そういや使えるか?

 

「取り敢えず相談だな、一旦帰るか」

 

 活路は見えた。後は協力者を募るだけ。

 危険な作戦だが付いてくると五月蠅いだろう女の事を思うと、憂鬱半分、嬉しさ半分で帰路についた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 いつもなら濃い緑の匂いがするレジスタンスの秘密基地。

 なのに今は、硝煙の匂いだけが漂っていた。

 

「なんだ? こりゃあ!」

 

 苔むした丘は踏み荒らされ、その荘厳で静謐な気配は完膚なき程に穢されていた。

 だが、敵の姿は見えない。全ては終わった後であった。

 

「留守にした間に襲撃が有ったのか!」

 

 丘を見上げて唸る。俺がいない時を狙ったこのタイミング、流石に出来すぎているからだ。

 

「兄貴ィ! 生きてたんですね!」

 

 呆然とする俺に、丘の上から声が掛かる、なんと! マーロゥ少年だ。

 

「マジか! 生きてたのか? 俺はてっきり……」

「いや、驚き過ぎでしょ! コレぐらいじゃ死にませんよ、どうして兄貴はいつも俺が死ぬって決めつけるんですか! 縁起でも無い」

 

 そりゃ、お前の運命がか弱いからだっての……つっても信じちゃくれないだろうから言わねーけどな。ユマ姫(アイツ)が言うんだったら説得力もあるだろうが、俺みたいなオッサンが運命だなんだって言っても、ハッキリと気持ち悪ぃ。

 

「いや、まぁ、そう言やセーラは?」

「姐さんは……」

 

 マーロゥは泣きそうな顔で俯き、悔しそうに握りしめられた拳はプルプルと震えている。

 ……つまり?

 

「攫われたのか?」

「え? いや、そうなんだけどさ。どうして姐さんの場合は死んだって聞かないのさ?」

 

 ……そりゃ、アイツの運命力は図太いからな。

 とは言え、最近は運命力と言うか、気配の濃さなんざ大してアテにならない気がして来ちまった。

 

「そんで被害は?」

「酷いよ、大勢死んだ。けどこの基地は密閉しちゃえば霧は入らないからね、壊滅的って程じゃ無い」

「へぇ、流石はって所か」

 

 この基地も、元は古代遺跡を改修したんだったか? 秘密基地=シェルターって考えなのか気密性が高い。

 それこそ、核戦争でも想定してたんじゃ無いかってぐらいにな。

 それが霧から守る力として有効だと判断して、レジスタンスの本拠地になっているらしいが、コイツが期待通りの力を発揮したらしい。

 

「じゃあ、なんでセーラは捕まってるんだ?」

「そりゃ、私が敵を引きつける! って飛び出すんだもん……」

「はぁー馬鹿かよ、いや馬鹿だったな」

「そんな言い方! 誰かが牽制しないと扉をこじ開けられて終わってたよ」

「チッ! なにもセーラが出る必要はねーじゃねーか」

「そりゃ、そうだけどさ……」

 

 まぁ、誰かを犠牲にって選択はアイツには出来ないか……

 

「仕方ねぇ、どうやって取り返すか、作戦ぐらいあるんだろ?」

 

 俺はそう言って少年の肩を叩くと、基地の入り口である丘の中腹、地下へのハッチへと歩を進める。帝国がわざわざセーラを人質に何を企む? 想像がつかない訳じゃ無い。ひょっとしたら俺にとっては渡りに船かも知れねぇぞ?

 だが、ズカズカと歩く俺に、マーロゥ少年が待ったを掛けた。

 

「待って! 今はマズいんだ!」

「んだよ? どうした?」

「それが、敵が置き手紙を残してさ、そこに姐さんを攫った事と、そして兄貴が裏切ってこの場所まで兵士を手引きしたって書いてあったんだ」

「ハッ! まさかそれ、信じてるのか?」

「俺は信じてないよ! だけど……」

 

 歯噛みする少年を見るに、信じてる奴も居るって事か? エルフってのは存外馬鹿なのか?

 俺が今まで何人帝国兵を斬り殺したか計算も出来ねーのかよ。

 今更俺が裏切った所で吊されるに決まってるじゃねーか。

 ガッカリだな、とため息をつく。

 それと同時、危険な気配を感じて俺は大きく仰け反った。

 

 ――シュッ

 

 今まで頭があった場所を矢が通り過ぎる。魔法で強化もされていない普通の矢だ、当たっても死ななかっただろう。

 

「失せろ! この裏切り者め!」

 

 叫んだのは……爺だ、最近ジジイとばっかり話してるから爺がゲシュタルト崩壊を起こしてるが、偉そうに子分を引き連れた、一番いけ好かないジジイだ。えーと?

 

「誰だっけ?」

「ベルデグ卿、元老院の生き残りで、姐さんの悪口を言ってた」

「ああ、あの性悪爺さんね、アイツが俺が裏切り者って信じてるワケ?」

「うん、諸悪の根源だって。言いふらしてるんだ」

「そっか、いやー、いっそ馬鹿が一人で済んだのは救いだね。エルフに絶望するところだった」

「だけどさ、皆気落ちしてて、信じる人も少なくないんだ」

「ふぅん? まぁ任しとけ、説得してみせるさ」

「流石兄貴! こんな絶望的な状況でも動じないんだね!」

「この程度、絶望でもなんでもねーよ」

 

「ワシを無視するでない!!」

 

 老人の叫び声。同時にジジイの後ろに控えてた男から、今度は魔法がのった矢が放たれた。だが、この距離なら見切るのは容易い。

 

「よっ! と、オイ、今のは殺す気だったよな? 洒落にならねーぞ?」

 

 俺は加速する直前の矢、それが一瞬停止した瞬間に踏み込んで、刀の一閃で叩き落とした。

 失敗していたら死んでいたぞ? 俺に失敗なんてあり得ねーが、殺す気は殺す気だ。もう容赦しねーからな?

 

「えぇ? 最初の一矢も普通に殺す気だったと思うけど……」

 

 少年のツッコミは無視! 俺は今、爺さんと話してるんだよ!

 

「ふん、ノコノコ帰って来おって、血祭りに上げてやる!」

「ハァ……」

 

 思わずため息出ちゃった。やっぱ会話とか無理。ノコノコ帰ってきた事自体が、俺が裏切り者じゃない証拠って思えないのかね。

 

 ……いや? 違うか? なーるほどな、見えてきたぜ。

 

 この爺さん、どうにも人間を見下す選民意識が強かった。そんな中、俺が好き勝手やるもんだからメチャメチャ嫌われてた自覚はある。

 そんで、俺をこのチャンスに追い出そうとしてやがるに違いない。しかし、今の俺が何を主張しても……

 

 と、考えていたら、ハッチからまた一人ズルズルと不格好に這い出て来やがった。

 

「いやぁ、彼は犯人じゃないですよ」

 

 呑気な声が掛かる。確か、植物学者のドネルホーンとか言ったか? 白衣姿でボサボサ頭。

 擁護は有り難いけどよぉ……大丈夫なのか? 爺さんは顔を真っ赤に怒ってるぜ? アレでも、一応は権力者なんだろ?

 

「貴様ァ! 這いつくばる者(ボズ)をかばうのか! それとも貴様が裏切り者か!」

 

 顔を赤くして叫ぶ爺さんに対して学者先生はドコまでも冷静、と言うか馬鹿にした様子で笑う。

 

「いえいえ、もし彼が私達を裏切るなら、とっくに我々は死んでいますよ。保管している霧の悪魔(ギュルドス)を起動すれば良いだけでしょう?」

「何を言っている! そんな事が許されるハズが無いだろう!」

 

 爺さんが理屈にならない叫びを上げる。もはや妄想と現実をごっちゃにする態度だが、一方で学者先生の言葉は理詰めで頼りになるね。

 そう、俺が各地で帝国から奪った霧の悪魔(ギュルドス)は破壊していない。この基地に保管しているのだ。

 もし、俺がこの基地で霧の悪魔(ギュルドス)を起動したならば、バルサンを焚かれたゴキブリみたいにエルフは逃げる間もなく壊滅したに違いない。

 ちなみに、霧の悪魔(ギュルドス)を破壊しなかった理由は単純。破壊する方法が無かったからだ。

 下手に破壊したら、霧を破滅的にばらまくのはゼスリード平原で証明済み。その結果、魔獣をどんな風に刺激するかも解らず、密室で保管するしか無かったってワケ。

 

 学者先生は、更に続ける。ジジイの言う事は既に全く聞いていない。

 

「帝国がセーラ様を攫った目的は恐らく霧の悪魔(ギュルドス)の奪還でしょう? 霧の悪魔(ギュルドス)を奪ったのもタナカさんなのですから、彼が敵と言うのは理屈に合いません。言うなれば彼が一番、信頼できる人間なのです。そう、アナタよりもね」

 

 先生様も流石に気が付いてたかよ、セーラを殺さず攫った理由。

 今までお互い捕虜なんて取ってないんだから、交換するべき相手が居ない。

 それが突然捕虜なんて取るんだから、奴らはよっぽど霧の悪魔(ギュルドス)が欲しいんだろうよ。

 ここまで理詰めで先生が言っているのに、ジジイはまだヒステリックに鳴きやがる。

 

「馬鹿な、ワシで無く這いつくばる者(ボズ)の肩を持つと言うのか!」

「そりゃそうですよ、なにせアナタが裏切り者なのですからね」

 

 ん? 今、なんでも無い様子で学者先生は言ったけど、突然どうした? 超展開だぞ?

 当然ジジイは半狂乱だ。

 

「ワシが? なにを! なにを! 言うに事欠いて! 何を言っている!!」

「何って、アナタが裏切り者だって話ですよ。大体、どう考えたってこんなのは敵の離間策でしょう? まんまと乗ってしまう時点で害悪だ」

「なんだと! どうしてそう言い切れる! このまま這いつくばる者(ボズ)を野放しにすれば!」

「ハァッ」

 

 いよいよ学者先生は老人の話をデケぇため息で遮っちまう。ま、俺もそろそろ茶番に飽きてきた。

 つーか、自分の事だよ? 俺だって話に加わりたい。

 

「先生はアレだろ? 俺がホントに裏切り者なら、どうして敵がわざわざ正体をバラすような事を手紙に書くのかって言いたいんだろ?」

「それもありますが、秘匿されてきた基地に、よりによってタナカさんが居ない時を狙って襲撃があった。コレが重要です、タナカさんが居ればこうもやられる事は無かったでしょう」

 

 学者先生の言葉に、色めき立ったジジイが割り込む。

 

「そうじゃ! それこそが此奴が裏切り者の証拠じゃろうが!」

「って言ってるけど先生はどう思ってるわけ?」

「私はそれこそ、それがこの老人の裏切りの証拠であろうと思っています」

「おい? 随分と話が飛ぶじゃネーか」

「なんじゃと? ワシが敵を引き込んでなんの得がある? 下手をすればワシの命だって危なかったのだぞ!」

 

 キョトンとした様子のジジイ。一切可愛くないね、馬鹿だし。むしろ苛立つ!

 俺はこのジジイを反面教師に、訳知り顔で頷く事にしまーす!

 正直、俺も全く意味が解らんがな!

 

「なるほどな……そう言う事か」

 

 思わせぶりなセリフまで言っちゃうもんね!

 だって話について行けてないのがバレると恥ずかしいし。

 

「え? どう言う事だよ兄貴?」

 

 やめろ! 少年! 俺はそんな質問望んでない!

 

「気が付きましたか、我々よりも這いつくばる者(ボズ)の方が知性があるというのが皮肉なものですね、今の現状も必然と言う事ですか……」

 

 いいねぇ! 先生は本当に空気が読める。いやー頼もしい! 俺の事は良いから、そのまま続けて。

 

「襲撃を受ける前日、基地に鳩が飛んで来たのを何人もの兵士が目撃しています、その鳩を受け取ったのはベルデグ卿、アナタですね?」

 

 鳩? 伝書鳩か! それをこのジジイが?

 

「だから何だと言うのじゃ! 情報収集はワシの務めじゃ!」

「鳩は基地の場所がバレる恐れがあるから危険と、禁じられていたハズ。それでもアナタは鳩を出し、そして返事が来た」

「ワシの鳩を目印に奴らが基地に辿り着いたと言いたいのか! そんな事が這いつくばる者(ボズ)に出来るものか!」

「そうですかね? 相手は魔獣ですら操るのですよ? そうで無くても犬に匂いを辿らせれば簡単だ」

 

 ……確かに、帝国は猟犬を実戦投入している。鳩の匂いを辿らせるぐらい訳がないだろう。

 なんなら手紙を入れた筒に強烈な匂いを付けたって良いんだからな。

 

「だとしても! ワシがどうして這いつくばる者(ボズ)を手引きなんぞしなくちゃならないんじゃ!」

「アナタは帝国にこの基地を襲わせたかったのでは無い。あなたが襲わせたかったのは……タナカさんでしょう?」

「なっ!」

 

 爺さんが絶句する。

 あーなるほどな。流石に俺にも解ったぜ。先生答え合わせ頼みまーす!

 

「アナタはタナカさんが、いや、這いつくばる者(ボズ)が組織を我が物顔でうろつくのが耐えられなかった。だから彼が都を偵察に行くと言うので、その情報を帝国に流すよう、王都の知り合いに頼んだ。違いますか?」

「ぐ、ぐぅ……」

 

 出たー!! ぐうの音! 初めて聞きました!

 まさか異世界まで来てリアルにぐぅって聞けるとはね。

 

「だが、帝国はタナカさんを襲わなかった。なぜか?」

「そうじゃ、な、何故?」

 

 何故? じゃねーよ! 爺さん、語るに落ちすぎだろ……死んでくれ!

 

「たった一人に軍隊を差し向けたとしても、即座に逃げるに違いない上、ひょっとしたら手紙自体が罠かも知れない。だったら鳩を追って我々の基地を襲った方が得策に決まっているでしょう?」

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 ガックリとうなだれるジジイ。コイツ! つまり自分がしでかした事に気が付いてすら居なかったのか。

 馬鹿な味方が最大の敵とは言ったモノだが、あんまり過ぎて笑うね。

 苛立っているのは俺だけじゃなかったのか、無表情だった先生すら不愉快だと眉間に皺を作る。

 いや、先生の怒りは俺の想像を遙かに超えていたらしい。

 言葉の端々から殺意が溢れ出す。

 

「私は自分の種族に、貴い生まれである事に、選ばれた学士である事にすら、誇りを持った事など一度も無い。なぜならどんな所にでもアナタのような馬鹿は紛れ込むからです、そんな奴らと同じにされる事が苦痛ですらあった。そう……無能は死ぬべきだ」

 

 まさか? 先生は担いでいた弓を引き絞り、老人へ、いや、元老院のベルデグ卿へと構えた。

 完全に殺る気の目だ。俺には解る。

 

「な、な、な! 違う! ワシはそんなつもりじゃ、こんな事になるなぞ、知らなかった!」

「知らなかったから何だと? 無能は罪。せめてアナタが本当に裏切るつもりならまだ良かった。良かれと思って全てを台無しにする。これほど苛立つ事は無い」

 

 流石に止めるべき? いやー俺もマジで苛立つから殺してくれると助かる。オロオロしている少年も内心は同じ気持ちじゃ無いか? 今回はエルフの仲間が大勢死んでるみたいだしな。

 現に、老人を守るハズの従者ですら、気が付けば距離を開けている。

 そうこうしている内に先生が呪文を唱え終わる。コレは……魔法の矢だ。

 

「死ね!」

 

 ――ズパァァァン

 

 うわっ! グロッ!

 

「で、マーロゥさん。腐れジジイの脳みそがバーンって景気よくぶっ飛んじゃったんだけど、これ、良いんですか?」

「え? 兄貴なんで急に俺の名前呼ぶの? いや? 無理ですよこんなの、誰も責任取れないですよ」

「いやー、でも、俺は先生を責める気はしないんだ。先生がやらないなら俺がバシュっとやってたと思うんですよ」

「えー? いや、俺も気持ちは同じですけど――」

「ほらね? じゃあ君が、いや、マーロゥ少尉殿が責任をとるべきだ。頑張れ!」

「え? いや? は?」

 

 少年のリアクション良いね。目が泳ぎすぎて飛び立ちそうだわ。

 もっと見ていたかったが先生からフォローが入る。

 

「いえ、私の責任で問題ありません。私はセーラ様とベルデグ卿の次ぐらいには序列が上ですから、戦時下の緊急措置として処理させて貰います」

「お、センセってば案外偉いのな。この調子でセーラの奪還作戦も頼むぜ?」

 

 無茶ぶりを言ったつもりだったが、不敵に笑うのが先生だ。いや、これマジで頼りになるんじゃないか?

 

「ふっ、大した案はありませんよ。ただ、アナタは以前、魔獣はともかく同じ這いつくばる者(ボズ)が幾ら集まっても敵ではないと言っていましたね?」

「ああ、魔力に当てられた人間の不調は目に見える程だ。霧の中じゃ少しはマシだが、全く動けないエルフよりマシって位で決して良くはない。その点、俺はどっちでも問題ねぇからな。加えて装備も違うんだから負けようがねぇよ」

「ふむ、ならば行けるかも知れません。アナタばかりが危険な作戦になりますが……」

「へっ、考える事は一緒ってワケか」

 

 またまた俺は訳知り顔で笑って見せたが、コレで俺と全然違うアイデアだったらメッチャ恥ずかしいんだが?

 

「兄貴? どう言う事なんですか?」

 

 止めろ! 少年! 俺に聞くんじゃ無い!

 

「返して差し上げるんですよ、霧の悪魔(ギュルドス)を」

 

 すかさず先生のフォロー、お? やっぱ、俺の考えと一緒か?

 

「そうさ、何なら俺達の健康値分、利子を付けたって良い」

「なるほど、ソコまでは考えて居ませんでした。存外アナタは頭が回るようだ」

「いやぁ、学者先生にそう言って貰えると自信が出るね」

「いえいえ私など先達の天才に比べれば大した事ではないですよ」

「フッ、ハハハハ」

「クックックッ」

 

「いや、二人で笑い合ってないで教えて下さいよ!」

 

 止めろ! マーロゥ少年! 俺は半分ぐらい笑って誤魔化してるだけだ!


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