死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「思ってた以上にクソみたいな作戦だった!」
完ッ全に騙された! 狭い! 苦しい! 暗い!
学者先生の立てた作戦は、言うならばトロイの木馬。
そのため、研究用にと分解していたのだが、その中身を放り出して代わりに俺が中に入って潜入するって寸法。
いや、俺の寸法の方を考えてねーだろ? マジでクソだね。狭過ぎるんだが?
「おい、それはそっちに運べ」
「ハイ!」
外からはうっすらとそんな声が聞こえてくる。俺が死にそうな以外、作戦は概ね順調だ。
帝国との折衝には学者先生自らが引き受けてくれたし、そう下手は打たないだろう。
「クソッ限界だぞ?」
問題は真面目に俺の体だ。
やってみれば解ると思うが、狭いところに押し込められてしまうと、体はなかなか本調子に戻らない。
この手の潜入は夜を待ってから外に出るのがセオリーだが、今回ばかりは無理。
侵入すれば良いってワケじゃ無いからな。適当な所で抜けさせて貰うぜ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よっ!」
移動が終わるや俺は勢いよく
「は? え?」
早速発見されちまった。どうやら
「よっす、こんちわ、そんでサヨナラ」
飛び出すと同時、俺は一刀で兵士の首を刎ねる。
そう、
発見されたと言っても、実のトコロ気配で敵の位置は解ってた、コレが俺じゃ無かったらこう素早くは行かないだろう。
目当ての場所に着いた以上、検査なんざされたら即バレる。俺の体を抜きにしても、隠れるのはここらが潮時だった。
心配なのは人質のセーラや学者先生が逃げる時間があるかどうかだが……
「ま、時間が無いのは先生の交渉術にお任せしますかね」
他人の心配ばかりをしていられない、ココからが重要なのだ。
「で、こっから先は俺のアイデア通りなワケだけど……」
見渡せば暗い倉庫の中。俺が持ってきた五個だけでなく、合計で十以上の黒くて丸い巨大な球体が並んでいる。全てが
「さーて、派手に行きますか」
俺は凝り固まった体をほぐすために、コキコキと首を鳴らした。
狭い所に押し込められていた事だけが原因じゃ無い。コレからの大仕事への緊張に、流石の俺もヒリつく程のスリルを感じていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここはエルフの王宮の一室。かつては侍女達の部屋で、今は帝国兵士達の待機室となっていた。
「ホイッと、俺の勝ち」
机を囲う兵士達。その一人が持っていたカードを得意気に突きつける。
「クッソ、また負けた」
「一人勝ちかよ」
「へへっ、お前らセンスが無いんだよ」
カードゲームに興じる彼らは、本来警備をしている時間。
エルフの王都を守る帝国兵の士気は決して高くなかった。
彼らも大森林の空気が体に悪い事は肌で感じ始めている。そうで無くてもエルフが開発した健康値計はどこの家庭にも有るありふれたもので、兵士達でも触れる機会が多い。
部隊の中では積極的に隊員の健康管理に利用している所もあるほどだ。バレない方がどうかしている。
そうなると、どうしたって大森林での勤務自体が気乗りしないモノになってしまう。
なにせ、有事以外はなるべく室内に居る事を求められるのだ。せっかく貴重な霧で魔力の濃度を低く調整しているのに、勝手に外に出て体調を崩されては堪らない。
だが、健康な若い男子達に部屋で待機しろと言うのは拷問に等しかった。
更に言えば、侵略戦争だと言うのに、略奪しようにもエルフの貨幣は金では無く魔法的な処理をした金属板。
他にお宝と言えば、使い方の解らぬ便利な魔道具が精々と言うのが兵士の不満を募らせていた。
丁度、彼らが地球人の家を襲撃したところを想像すれば近い。貨幣は金ではないし、お宝は車とか家電製品。使い方が解らぬとなればゴミでしか無いのだ。
「はぁ、つまんねぇなー」
「気を抜くなって、今、
「へぇー、誰か捕虜に取られてた訳?」
「いや、この前捕まえた
「ふーん」
誰一人として興味が無い。
それもその筈、ここ最近は魔獣を操る見慣れない奴らが軍の中で幅を利かせている。魔獣は一般の兵では為し得ない力仕事もこなすのだ。
加えて言えば、
それに他種族とは言え、吐き気をもよおす程の虐殺に参加させられたとあれば、正義について考えてしまう。
彼らは肉体的にも精神的にも参ってしまい、この戦争の意義が感じられなくなっていた。
だが、そんな彼らでも自分達の危険となれば話は別だ。
「火事だぁ!」
待機室の外から誰かの大声が届く。
「なんだと?」
「どこからだ?」
出火場所を見誤れば消火は勿論、脱出もままならない。皆が一斉に窓から首を突き出して外の様子を窺った。
「西棟から煙が出てやがる」
「あの辺はお偉い学者サマが実験してる場所じゃ無かったか?」
「奴ら下手こきやがった」
他人のミスは話のタネだ。それが鼻持ちならないホワイトカラーのエリートとなれば尚更。
しかし、西棟から吹き出る煙の様子は尋常では無かった。西棟が既に見えなくなる程。
「いや、アレは煙じゃ無い! 霧だ! 霧が溢れ出してやがる!」
煙より人工の霧は重く、地を這うように広がった。まして急造の壁で囲まれた王宮の中では霧は逃げ場が無く、一瞬の内に王宮を覆い尽くしていく。
兵士達が居る待機所とて例外では無い。部屋の端から端まで見渡す事も難しくなる。
「チッ、どうなってやがるんだ?」
「霧は貴重なんじゃなかったか? 大丈夫なのかよ」
「これほど濃く霧を焚くなんて無かったよな? 視界が利かねぇぞ?」
「クソッ気持ち悪ぃなぁ」
天然の霧ではあり得ない程に曇った視界。加えて普段の濃い魔力とのギャップに体調を崩すものが続出した。
そこに悪魔がやって来る。ドォーンと轟音と共に木製の扉が吹き飛んだ。
「よぉ! 邪魔するぜ!」
扉を蹴破ったのは大柄な一人の男。エルフの防具で全身を固めている。
言うまでも無く、田中だ。
彼は全ての
コレこそが彼が思いついた作戦。
霧を出すか出さないかの選択肢が相手側にあるのが厄介なら、いっそ自分が霧を出してしまえば良い。
壁に囲まれた王宮で稼働させれば、霧は長く留まり容易には取り除けない。エルフの弓矢対策、そして恐らくは霧を節約する為に帝国が作った城壁を逆手に取った格好だ。
田中にとって想定外だったのは潜入方法。
だが、田中の様な危険人物を王宮まで通す訳がない、と学者であるドネルホーンに笑われれば、散々暴れて来た田中としても納得せざるを得なかった。
そして狭苦しい所に押し込められた鬱憤を晴らすかの様に、暴れ回る最中だった。
「何者だ?」
「外はどうなっている?」
霧さえ無ければ、入ってきた男が黒ずくめの上、返り血まみれの怪しい風体な事は一目瞭然だったハズ。だが、田中が蹴破った扉からはいっそう濃い霧が入り込み、もはや隣の男の人相すら判別がつかない有り様だったのだ。
「みんな落ち着いて聞いてくれ。
田中は堂々とそんな事をのたまう。
「どう言う事だ?」
当然、兵士達は突然の事態について行けず、説明を求める。田中はそれに対し立て板に水、気負いも無く言葉を重ねる。
「どうもこうも、
「どうすりゃ良い?」
「逆に打って出る、裏山に潜んだ敵をあぶり出すんだ」
「よっしゃ! 行くぞ!」
「おぉ!」
部屋での待機が続き、皆が暴れ回りたくて仕方が無かった。田中はソコを巧みに煽った。
実は同じ事をしたのは既に三部屋目。
気配が濃い部屋を回って、適当な事を言って追い出していた。
田中にとって部屋の全員を斬って伏せる事は容易い。だが、弱い一般兵を斬る事がいい加減面倒になっていたのだ。
「皆は準備を整えて東門に集合してくれ。私はこの事を上に報告する。ところでクロミーネ様は天守に居るのか?」
田中はどさくさに紛れて情報を聞き出すべく、質問を返す。
「いや、魔女様は留守だ。ソルン様は居ると思うが……」
「そうか、では後は頼む」
そう言って田中は気安く肩すら叩くと、待機室を後に……しようとした。
「おっと、勝手をして貰っては困る」
出て行こうとした田中を、扉の外で待ち受けていた男達が居た。
揃って田中と同じ、エルフの戦士が身に付けるカーボン系の防具を着けている。
彼らは帝国の精鋭部隊。エルフの戦士から奪った貴重な鎧を身につけるだけの立場にあった。
そう、見ず知らずの田中が偉そうに命令を言えたのも、この鎧が精鋭の証となっていたから。それが今、本物に見つかった。
「随分と好き勝手暴れてくれたようだな」
精鋭部隊は抜き身の剣を突きつけ田中を部屋の中へと押し戻す。ようやく様子がおかしいと、周りの兵士もザワつき出した。
「そんなカリカリするなよ。カルシウムって知ってるか?」
一方で田中は柄に手も掛けず、ニヤニヤと笑っている。毒気を抜かれる態度だが、精鋭部隊は流石に油断が無かった。
それを見て取った田中は、今度は大げさに目線を外し肩をすくめる。
「――シッ!」
ふざけた態度で呼吸を乱してからの、突然の一閃。田中の得意技だが今度ばかりは読まれていた。
ギィンと乾いた軽い音が響く。田中の剣筋に割り込んだのは分厚いカーボン製のエルフの小手。流石は精鋭部隊、僅かに腕を上げるだけで首筋を狙った一閃を防いでみせ――?
「俺達の防具とて、
得意気な口上の途中。ズルリと顔面がずり落ちる。
同時にゴトリと落ちた小手は、鋭い断面を晒していた。
一瞬の静寂、そして狂乱と怒号が渦巻いた。
防ぐ? 防げるモノでは無い!
鎧の原料は大牙猪《ザルギルゴール》の毛皮。その毛皮を易々と切り裂くのが田中の刀なのだから、斬れない道理はドコにも無いのだ。
「殺せ! 取り囲め」
「うわっ! やめっ、俺じゃ無い!」
室内は霧にまみれ、碌に視界が利かない有り様だ。そこに精鋭部隊が田中と同じ鎧を着ている事が悪い方へと働く。
ぼんやりとしたシルエットを頼りに斬りかかれば、相手が精鋭部隊だったと言う事も起こってしまう。
田中はまれに見る巨躯だが、精鋭部隊も当然体格は良い。そして霧の中に浮かび上がる影は、光の加減で大きく見える事もある。
そんな中で、田中だけは斬る相手を迷う事は無い、理由は簡単。全てが敵だからだ。
そして、霧で獲物を見失う事もまた無い。気配もそうだが、彼は息づかいを読む事にも長けている。
一方的な殺戮が始まった。
霧に閉ざされた部屋の中。悲鳴と怒号、そして血潮が飛び、それらが過ぎ去ると恐ろしい程の静寂が訪れた。
結局助かったのは、先程カードで馬鹿勝ちしていた強運の兵士ただ一人。
「あっ、あ……」
彼は部屋の隅で腰を抜かしていた。
田中が作動させた
部屋を塗りつぶす程の血飛沫が、一時的に霧をかき消していたのだ。
だが、霧が晴れた部屋でその兵士が見た光景は、大量の首無し死体が折り重なる、悪夢のような光景だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、しんど」
血まみれになった田中は王宮を歩く。模型で地理を確認したが実際に歩くと、また印象が異なる。
曲がりくねった通路が多く、緩やかに上がったり下がったりの繰り返し、現在地の把握が困難な作りになっていた。
かなり乱暴なショートカットを繰り返し、ようやく中枢部まで来たはずだった。
「まぁココだよな」
通路の影から顔を出す。珍しく真っ直ぐな通路。その先の衝立こそが問題だった。
兵士が隠れているのが気配で解る、それも、多分だが鉄砲隊だ。
防犯上の理由で曲がりくねった通路が多い。それは侵入者である田中にとって悪い事だけではない。なにしろ飛び道具に困らなくて済むからだ。
だが、謁見の間へ至る通路は見晴らしの良い直線通路。誰だってココに鉄砲隊を配置するだろう。
「コイツの出番か」
田中は懐をまさぐる。そこから取り出したのは何の変哲もない革袋。この世界では水筒代わりに広く使われている物だ。
だが、今回入っているのは水ではない。
――火薬だ。
「ホイよ!」
同じく火薬を練り込んだ紐に着火し、投げつける。
衝立の向こうに落下した革袋は即座に破滅的な爆発を巻き起こす。
――ドォォォン
思いの他大きな音となった原因は、鉄砲隊が持っていた火薬に引火したから。
田中が持ってきた火薬も、禁書庫で倒した鉄砲隊から回収したものだった。
爆発と同時に滑り込んで斬りかかるつもりだった田中は拍子抜け。斬るべき相手は既に残っていなかった。
「さて、最大の難関はクリア、後は消化試合かね?」
どんな精鋭部隊だろうが敵じゃ無い。そんな余裕から来る独り言だったが、思いがけず返事があった。
「そうでも無いさ、『俺』が居る」
扉から現れたのは一人の男。実はこの男も衝立の向こうで待ち構えていた一人。
だが、放られた革袋の正体を瞬時に見破り、扉の向こうへと難を逃れた。
味方を見捨てた判断は褒められたモノでは無いかも知れないが、みすみす共倒れするよりも好判断だったと言えるだろう。
だが、たった一人現れて何をすると言うのか?
「それで? なにか面白い芸でも見せてくれるのか?」
引っ込んでろ、と田中は挑発したつもりだったのだが……
「ああ、とっておきが有る。見物料はお前の首で良い」
用意は有った。その自信に田中とて警戒を強める。
だが、対峙する男は、その警戒の上から堂々と不意を突いて見せた。
「グッ」
田中は思わず呻き声を上げる。
「厄介な玩具を持ってきたな」
「面白いだろう? コレが使えるのは俺だけだ」
男の手元からはワイヤーが伸びていた。その先には小ぶりな短剣が繋がれている。
男の指の動きに反応するようにワイヤーは揺れ、複雑な動きを見せる。ただのワイヤーではあり得ない動きだ。
「魔道具か?」
「ご名答。その名も
器用と聞いて、田中は小器用な友人を思い出す。と、今は目の前の敵に集中するべきだ。
相手はただ者じゃない、強者特有の雰囲気がある。
「へぇ……語るじゃねぇか。アンタ名前は?」
「俺か? 俺は帝国情報部、第一特務部隊のフェノムだ。田中よ、マルムークが世話になったらしいな?」
「……ん?」
「え?」
田中は会話をしながら、自らのエルフの防具ごと脛を切り裂いたカラクリを考えるつもりだった。しかし、会話では
「おい? お前がゼスリード平原で戦った奴らだ、忘れたとは言わせんぞ。隊長のマルムークとは付き合いが長くてな、礼がしたかった」
「……ああ、んな事も有ったか?」
いや、惑わすつもりは無かったようだ。つい数ヶ月前の事だったが、田中はスッカリ忘れていた。
この男、人の名前は特に覚えられない
だが、フェノムにとって、田中は友人の仇となる名前だ。ここ数日この機会を待ちわびていた。
「ふざけてくれるじゃないか、舐めた口をきけないようにしてやる」
言葉と共に左手で引き抜くのは刀身がうねる異様な剣だった。蛇行剣とも呼ばれるこの剣は、この世界では毒を仕込まれた卑怯者の剣、それこそ蛇蝎のように嫌われている。
だが、このフェノムは敢えてこの形に拘る。実の所、毒は塗っておらず、フェノムの剣術にフィットしていると言うのが理由だ。
特徴的な形状は人目を惹きつけ、ユラユラとした動きは虚実が入り交じり捉えどころが無い。
田中にとっては初めて見る剣だが、想像以上に厄介だった。
「チッ」
舌打ちと同時、バックステップで慌てて距離を取る。蛇行剣に目を取られた瞬間、視野外から短剣が飛んで来たのだ。しかも今度は首筋を狙っていた。
当たれば死ぬ。理屈抜き、直感でそれが解った。エルフの防具が役に立たない。
「魔剣か?」
「そうさ、この
フェノムは笑う。
そして魔剣とは魔力で刀身を高速振動させ切り裂く、エルフの強力な魔道具だ。
そう、魔道具。どちらも魔道具に違いない。だのになぜ霧の中でも使えるのか?
「爆風で霧が散っちまったか?」
「さぁ? どうかな?」
フェノムは左手で蛇行剣を振り、幻惑する。
蛇行剣はフェイントだけでなく防御にも使える。相手の剣筋をずらし、凹みで引っ掛けるのだ。そして、
一方で田中は覚悟を決めてどっしりと構えた。脇構え、刀身を隠して自らの半身を曝け出す独特の構えで、今回は更に腰を落とし、低く構えている。
今度はフェノムにとって未知の構えだったが、何のつもりだ? とは聞かない。聞く迄も無く一刀で決める気迫が見て取れた。
「ハッ!」
フェノムが仕掛けた。今度は蛇行剣でのフェイント無し。
一度見せた動きではあるが、コレこそがフェノム必殺の形であった。
なにせ、剣士にとって地面スレスレから脛を狙う攻撃は型に無く、対応は酷く難しい。
だが、田中はそれを予期した故に、低い構えを取っていた。
「ハッ!」
超低空の下段攻撃を、その更に下からすくい上げる様に跳ね上げた。
そして、
「グッ!」
呻く事になったのはフェノム。弾き上げられた魔剣が頭を掠めたのだ。
魔力で強化された刃は当然自らも傷つける。一歩間違えば終わっていた。
こんなのは偶然と思うのが普通だが、違う。とフェノムは気が付いた。
今ならあの構えの意味も解る。下段が来る事も、フェイントも読み切っていた。
(何故だ? 動きがこうも読まれるとは……)
解せないフェノムだが、理由は簡単。
田中は剣士として一番嫌な攻撃を想定し、それがピタリと嵌まっていた。
(かなりの使い手だ。それも悪辣。だが、それ故に読める)
戦法から相手は真っ当な剣士では無い。特務部隊と言った、つまり裏の世界の殺し屋だ。こんな表舞台で斬り合う様な人間ではなく、日陰こそが主戦場の筈。
それが、たまたま良い玩具を手に入れて、復讐できるとヤンチャをしてるに過ぎない。
本職の剣士として、決して負けるわけには行かない手合いであった。
「次で終わりにしようぜ? 玩具で遊ぶ子供に構ってられねぇんだ」
「そうだな、俺もそろそろお前の顔に見飽きた所だ」
田中の誘いにフェノムは乗った。
実は、フェノムが魔道具を使える理由は火薬と魔石を混ぜ込んだ魔爆と言う兵器にあった。
火薬と魔石の純粋結晶を混ぜ合わせ、爆発で広範囲にまき散らす。
魔石の魔力で霧を相殺すると、短時間だが霧の中でも魔法が使える空間が出来上がる。
鉄砲隊で終わらせるつもりのフェノムだったが、万が一を考えて用意していた。
それが田中の投げ込んだ爆弾に引火してしまっていたのだ、そして効果時間を考えればそろそろ決着を付ける必要がある。
少々の焦り、それだけにまたも先手はフェノム。
「死ね!」
再びの脛狙い。そして今回は同時に、顔面を目がけて蛇行剣を投げつける。
足と頭、上下の同時攻撃。
だが、田中は首を傾げて蛇行剣を躱し、
不格好な回避だが、問題ない。最早相手に武器は無く、隙だらけ。
その一瞬があれば、距離を詰めフェノムを両断する事は容易い。
「シッ!」
呼気を吐き出し、爆発的な加速で田中はフェノムへと迫る。
対するフェノムは蛇行剣を投げ放った左手を後ろに回した。何かを取り出す構えで有った。
「喰らえ!」
そうして突き出された左手。
――そこには何も握られていなかった。
虚を突くだけの突飛な行動?
取り出す素振りにはそんな狙いも有ったが、それだけでは無い。
確かに何も握っては無いが、結びつけられていたのは初めから。
指に巻き付いたか細い金属線の先。田中の背後、投げつけた筈の蛇行剣が鋭い切っ先を向けて田中の首筋を狙う。
フェノムは初めから、両手に
見せつけた何も無い左手に虚を突かれ、田中が停止する一瞬、背後から首筋を貫く。
――そのハズだった。
しかし田中は伏せる。いや、伏せると言うより、躓いて前に倒れたとしか見えぬ程の勢い。
だが無様に地面とキスする直前、勢いと体重を左手一本で支える。それでも体幹が小揺るぎもしない恐るべき膂力。
「お返しだ!」
そこから右腕一本で振り抜く無茶な斬撃。
それでもだ! それでも、田中の刀は無類の威力を発揮し――
「グアァァァァァ!」
相手の脛を切り裂いた。
と、その直後。田中の首筋を後ろから狙っていた蛇行剣は、吸い込まれるようにフェノムの胸元に向かう。
「あ?」
呆然と自分の胸から生えた蛇行剣の柄を見つめるフェノム。
呻き声も一瞬、ドサリと倒れ伏す。
即死だった。
「プッ! 手こずっちまったな」
田中は立ち上がると、すりむいた手のひらに唾を吹きかける。
フェノムは最後まで卑怯に徹した男で有った。それ故に、狙いは読めたし。こちらも正々堂々? 剣士らしからぬ邪道な剣術で倒すと決めていた。
「悪辣さが足りねぇよ、アイツに比べればな」
思い出すのはゲームの達人であった友人だ。最もやられて嫌な事、更にその上を行くのが木村という人間であった。
「終わったら久しぶりに会いに行かなきゃな、アイツまで見た目が変わっちまって無いと良いが」
既に難所は越えたつもりの田中だが、まだココからが本番であった。
いよいよ敵が待ち受ける謁見の間への扉へ手を掛けた。