死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
落下する世界で俺は焦りまくっていた。
Gが思いの外キツくて、胃が引っ張られる様な苦しさに見舞われたのも一つ。
だが、なによりも暗闇でのフリーフォールが恐かった。
アレだけ強烈に輝いた魔法の光だが、その分持続は短く既に掻き消えている。
なんにせよ、その時俺が、情けなくもパニックに陥っていたのは認めよう。
それを救ったのはたった一つの明かり。俺の後を追うように降ってきて、間近をすり抜け、追い抜いていった微かな光明。
――木村のカンテラだ!
奴め、咄嗟に投げ入れたのか! 当たったら大惨事だぞ? ……自信があったんだろうな、流石の器用さか。
落ちていくカンテラに導かれる様に落下、しかしこのままではミンチだ。少し冷静を取り戻した頭で思考する。
「ッ! と!」
その時、落下していたカンテラが中空で何かに引っ掛かった、俺はソレに向けて左手のフックを振り回す。
――よし! 掛かった!
カンテラに照らされた小さな世界で、瓦礫から飛び出したケーブルを左手のフックが捉えたのだと理解した。
左手のフックを固定しているベルトが右肩を締め上げ、体は急停止の衝撃に悲鳴を上げる。そして加速が効いた全体重を受け止めたケーブルは大きくたわんだ。
それにより、辛うじて引っ掛かっていたカンテラは零れる様に落下し、ケーブルは端からブチブチと断裂していく。
「我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を」
体が安定した僅かな時間さえあれば、魔法を発動出来る。俺は落ちていくカンテラを追うように、ゆっくりと降下していく。
俺の魔法の出力では空を自由に飛ぶなんて事は出来ない。ジャンプと同時に魔法を使えば高く飛び上がる事も可能だが、もう30メーターは落ちてしまっている。
だったらいっそ下まで降りようと思ったのだ。高度な浮遊魔法と光魔法は同時に行使出来ないので、カンテラの明かりを目指すのが安全だ。
「うわぁぁぁぁ」
そう思った矢先、強烈な悲鳴と質量にぶつかった。
暗闇でもその正体は知れた。マーロゥだ! 魔法の制御に失敗して落ちやがったか? あの糞ガキが! いや、
んな事よりッ! ヤバい!
魔法って奴は健康値でアッサリとかき消える。ソレも高度な浮遊魔法、他人と接触した状態で維持出来るハズが無い!
俺はマーロゥ君と揉み合った状態で落ちていく。このままじゃ二人でお陀仏!
俺は縋るように左手のフックを振り回す、するとカリカリと壁を削る感触が!
しかし少女の細腕、その程度じゃ二人分の重量と加速は減じない。
「マーロゥ! 魔剣を!」
「姫様!? ハ、ハイ!」
マーロゥ君は落下しながら魔剣を起動、壁に突き刺すとズザァァっと俺のとは異なる音で壁を削って行く。
いや、壁を斬っている? 魔剣ってのはいつ見てもチートな切れ味! しかも健康値の影響を殆ど受けないってのが羨ましい。
「止まれぇぇぇ!」
絶叫するマーロゥ。左手に俺を抱え、右手の魔剣を渾身の力で突き立てる。
壁の表面はガリガリと削れ、飛び散る火花の中に浮かんだ横顔は真剣そのもの。跳ね返る破片を受けながらも動じない。
いや、まぁ、うーん、カッコイイけど、全く納得が行かないぞ!
少女を守る為に躊躇無く大穴に飛び込んで空中でキャッチ、自慢の魔剣で壁を削りながら速度を減じる。
まさに主人公な活躍だけどさ、実態は俺の邪魔してるだけだからね? そこんとこ頼むな。
「姫様は俺が守る!」
そんな熱い絶叫も「オメーが危険に晒してるンだよ」と冷めた目線で見てしまうのはご愛敬。
それでもこの熱いシチュエーションに、俺の乙女な部分が僅かに反応している。説明が難しいがこう、なんと言うか、雰囲気次第で無条件にキュンときちゃう的なアレ。
って言っても、俺の最も少女っぽい部分でも二対八で無しの部類ではある。
そんでも俺の為に頑張ってる男の子を前に、その腕を振りほどいて、蹴っ飛ばして、距離をとって、そんでもってイチかバチか浮遊魔法の再起動に賭けるって選択肢を取るのが憚られる程度にはカッコイイワケだ。
……いや違うな、コレは俺が男だったからこそ、男が振り絞った勇気を無碍には出来ねーって奴なのよ。
照れてないよ? ホント。
……と言う訳でな。
「左手を!」
叫ぶやマーロゥ君にしがみつく。
「ハイ!」
するとマーロゥ君は俺を抱えた左手も使える。壁の抵抗に押し出され、表面を切り裂くに留まっていた刃がより強く、深く、壁に刺さる。
それでも抵抗に押し出され、徐々に剣の角度は浅くなる。加速が付いた二人分の体重を両腕で支えるのだから当然だ。
なので俺はよりマーロゥ君に密着、抱っこされるかの如く正面からしがみつく。
「何を?」
焦るマーロゥ君を無視して、そこから更に俺は彼の腕へと取り付いた。ガリガリと壁を削る音が一層大きくなる。
重いレバーを下に引く所を想像してみて欲しい。
二人掛かりで引くのなら、体に抱きつくよりは腕に抱きついて体重を掛けるのが良いだろう。
腕へのダメージは増し増しかも知れんが、それは知らん。
そうして落ちながらも、俺はマーロゥと意識と呼吸を合わせて行く。俺の魔力が浸透すれば、この状態であっても魔法を使え……
「危ない!」
しかし、突然のマーロゥの叫びと共に、俺の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マズいな、ドンドン危険な雰囲気になっている。
落下したユマ姫を追って階段を駆け下りた俺達だが、五階ぐらい下った辺りから、のどかな病院の雰囲気がガラリと変わった。例えるのも難しいが、バイオハザードが起きそうな研究所と言うか、とにかく真っ当な施設じゃない。
しかも一気に下層まで行けると思いきや、五階毎に階段の位置が変わるため、フロアの中を移動する必要があった。
地球で言うとテロリスト対策に放送局などがそう言った作りになっていると聞いたが、だとすれば益々きな臭い。少なくともただの病院では無いだろう。
そんな中で十五階程降りた時、ようやく遺跡の中が綺麗に保たれている原因を目撃した。
予想通りに、その正体はお掃除ロボだ。だが、てっきりルンバみたいなモノかと思ったが違う。スライムに機械が貼り付いたみたいな奇妙な装置だったのだ。
お掃除スライムロボには一見して攻撃能力は無さそうだ。我々を見つけてもピーピーと警告音を発するだけ。特に問題が無いと思っていたのだが……
――ベチャリ。
「あっ?」
一人の近衛兵の足にスライムがぶつけられた。別に溶解液では無いらしく、それ自体に危険は無かった。
「あ、足が!」
しかしスライムはトリモチの様に貼り付いて足を封じた。なるほど侵入者を拘束するのに穏当な手段と言える。
だが、俺達はユマ姫の救出に急ぐ身。ここで足止めされる訳には行かない。
「靴を脱いで脱出しろ!」
ゼクトール氏は流石の判断の早さだが、反応が遅れた数人は靴紐ごとスライムに取り込まれ身動きが取れない。
一方で俺はスライムの粘液自体を上手い事避けている。コレは俺の運動神経が優れていると言うより、近衛兵の面々の動きが悪いのだ。
深く潜る毎にドンドンと魔力が濃くなっている。これ以上の探索は危険な程だ、だがユマ姫が落下した以上退却は許されない。
「私は先行させて貰います」
「クソッ! 頼みます!」
ゼクトール氏の声を背に、俺はマントでスライムを防ぎながら駆け抜ける。
走りながらも曲がり角を曲がる際に、チョークで目印を付けるのを忘れない。迷いやすい建物だけに万一の保険であるが、後続のゼクトール氏に向けた目印でもある。
この建物は近代的であるが故、彼らには馴染みが無い構造となっている。俺の案内が無ければ彼らはスグに立ち往生するに違いない。
こっから先はスピード勝負だ。モタモタしてるとスライムまみれで身動きが取れなくなってしまう。
だが、逃げるのと同時に薄暗く入り組んだ建物の中で、正確に下への階段を捜し出す必要もある。
階段を示す標識を一瞥し、足を止めずに駆け抜けるのはパズルゲームさながらだ。
いや、いっそゲームと思おう。ゲームなら俺は負けない。少なくとも初見なら俺以上に上手くやれる奴は見た事が無い!
俺はお掃除スライムロボを躱しながら、チョークを壁に押しつけて走る。
「コレで二十階! まだあるのか!」
案内板の表示でまだ最下層では無いと知る。建物は既に病院どころか宇宙船の様な内装になっている。どう考えてもヤバい予感しかしない。
――どうする? そろそろ穴の底だ、姫を探すか? いや……
その時ブーンと低い風切り音が聞こえて来た。壁の一部がパカリと開くと、同時に飛来してくる不気味な球体の群れ。
――ドローン!
地球人でなければソレの正体に気が付くのは不可能だっただろう、メジャーではないが、球体のドローンは現代にも存在した。
飛行するロジックは地球と同じくプロペラか? 敢えて球体にしている理由はなんだ? 地球の場合は障害物へのクッションだったが、なぜクッションが要る?
――ピュイーン! ブブブ……
ドローン群が俺に気が付くや、赤い警告灯が灯る。同時に甲高い警告音と低い風切り音を上げながら、一斉に向かってくる! その数は6!
その表面には青白い輝きと……特有のオゾン臭! スタンガンか! 表面に電気を纏っての体当たりが攻撃手段かよ! その為の球体か!
「難易度が急に上がりすぎだろうが!」
俺は叫びながらも銃を抜く。
――パァァン
乾いた銃声が一つ、だが……
「効かねぇか」
球体の表面は銃弾をキレイに受け流した。そんなこったろうと思ったがコレはヤベーぞ!
編隊を組みながら六機が一遍にツッコンで来やがる! しかもちょっとでも触れたら電気ショックで昏倒は必至と来た!
「オッと!」
アクロバティックなポーズでドローンの隙間をギリギリですり抜ける。俺を追い越したドローンはすぐさま反転、再び一丸となって突っ込んでくる!
「クソッ」
今度は伏せてギリギリ躱す。頭上スレスレを飛ぶ、耳障りな風切り音と強烈なオゾン臭。
――こんな大道芸、長くは続かねぇぞ!
焦るが妙案は無い、それどころか床に伏せた目の前にスライムロボ!
――ッ! 逃げッ! ヤベェ! 粘着液で足が動かねぇ!
六つの赤い警告灯が高速で迫っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いてて、ココは?
ぼんやりと視界が霞む。そうだ、俺はマーロゥの奴と落下して何とか無事に……クッソ全然無事じゃない!
肋骨がボキボキと折れてるし、右足首もポッキリいってる。
「ゲホッ!」
咳が出ると思ったら血が! あーもう! コレ折れた肋骨が肺に刺さってる!
魔力を体にゆっくりと流せば、自分の体の状態が知れる。一種の探査魔法だ。
こりゃ随分とボロボロだ、俺もだが、それ以上に……コイツがな。
「っと」
俺はゴロリとマーロゥの上から
っと、まだ生きてるか? だいぶ死にかけだが。
取り敢えず俺の怪我を治さなくては始まらない。
肺に魔法で空気を送り込み、刺さった肋骨を押し出す。折れた骨の位置を調整しながらゆっくりと回復魔法で治していく。
内出血した部分から血を抜き出して胃に送る。出血を体に戻すのは難しく、体の外に排出するのに穴は空けたくないためだ。俺の中ではお決まりの処置なのだがどうしたって胃が荒れる。
「いや、そうでも無いな……これが吸血鬼の記憶の効果か?」
とは言え、気の所為な感じもする。なにしろ俺の体は何一つ変わっていないのだから。
それにしてもココは魔力が濃い。もはやエルフの都以上、俺にとっちゃ毒になるレベルの魔力のハズなんだが……
「むしろ調子が良いな、やっぱり記憶の影響か?」
濃厚な魔力で回復魔法の効きも良い。出血で気だるいのを除けば体はスグに回復した。
「さてと、上手く行くかは解らんが」
次に俺はマーロゥに魔力を通していく、意識が無いとは言え無意識に抵抗されちゃ魔力が通らない事もあるのだが……
なんと異常に通りが良い。コレはガチで死にかけてるか……もしくは無意識でも俺に気を許しているか。
いや、両方か。認めようコイツは俺の事をマジで好きなんだ。
「最後の王族……か」
エルフって奴は妙に生まれの貴さを気にして止まない。
それは魔法の適性がある種族を残すための方法であるのだろうが、目的と手段が入れ替わっては居ないか?
王族を守る為にエルフが死に絶えたら何にもならないのにな。
生き残ったエルフは全体の何割だ? 半分か? 三割か? 元々数が減ってきた所だ。このまま何も無くても種の存続が危ういレベルのハズ。
しかし、俺は王族の権威を振りかざし彼らを戦争に引っ張り出そうとしている。
いっそ『おめおめと逃げ延びた卑怯者』と罵ってくれれば楽だったかも知れない……だが、利用できるとなったら、俺はもう、どうしたって利用したい。
帝国に俺は全てを奪われ続けている、もう憎んでも憎んでも……クソッ魔法が安定しない、落ち着け!
「う、うぅ……」
マーロゥから呻き声が上がるが魔法に失敗した訳じゃ無い、これはむしろ回復した証だ。
なにせソレまでは声など出せない位に内臓が破けていた。かなり打ち所が悪かったのだろう。恐らくは俺を庇って落下した影響だ。
庇われた俺もしっかり重傷だったのは俺の体が異常に脆かったからに他ならない。カルシウムは足りてると思うんだけどなー
悪い夢でも見ているのか、マーロゥ君はやたらとうなされて、俺の名前を連呼している。
いや、お前の夢の中で俺はどんだけ死にかけてるのかと聞きたいぐらい。
って言うか、むしろお前に殺されかけたんだが? っと苛立ちが限界に迫った所で、ようやっとマーロゥが意識を取り戻した。
「はぁ、はぁ、姫、サマ?」
「気が付きましたか?」
俺の献身的な介護の甲斐あって何とか話せる程度には回復した。
俺は穏やかな笑みを浮かべのぞき込む。膝枕って奴だ、泣いて喜んで欲しい。
お前が飛び込んで来なけりゃかすり傷一つ負わずに済んだのになーとか、嫌味の一つや二つ言ってやりたい所なのだが、グッと我慢。
彼にはコレからもメイン盾として奮闘を期待したい。
……だが。
「くっ」
「動かないで下さい、全身の骨がズタズタだったのですよ」
マーロゥ君は
その割に外傷が無いので違和感が凄いのだろう。だが傷口を塞いだだけで本調子からは程遠く、その違和感に苦しんでいる。
「コレは? 怪我の跡も無い。コレが姫様の魔法?」
「見かけだけは綺麗に治せますが、医者では無いので保証しかねます」
「いや、コレは凄いですよ、ホラ何ともない! ぐっ」
あー、ド素人! 俺の回復魔法は高精度で体を繋いでるから治りは良いが、その為には俺の魔力で骨の髄まで染め上げる必要がある。
つまり、魔力で一時的に健康値は大幅に削られているのだ。出血と併せればそれなりの休息が必要だろう。
だが、正直言うと俺はココに長居したくはない。落下して辿り着いた場所だが、ココはどうにも怪しい。
広大な空間だがドアも無く完全な閉鎖空間、まるで何かを閉じ込めて居たような……
恐ろしい事に、吸血鬼ポーネリアの記憶でもココに何が保存してあったのかは解らない。
危険な魔獣の保管庫とだけ資料に残っていたが、それだけ。更に言うならば最期に拠点に戻るまで、こんな穴は空いていなかった。
粗方魔獣を退治し終わって、やっと拠点に帰ってみればこんな大穴が空いていれば、そりゃ自殺したくもなる。
凶化の副作用と王子の容体だけが原因じゃ無かったわけだ。
……ここの魔獣がドコへ行ったのか? ンなコト、考えたくも無い。
だが、ここでジッとしていれば身動きの取れないマーロゥ君は確実に死ぬ。
既にマーロゥ君の運命はガリガリと削れている。このままじゃ無為に『偶然』の餌食になるのは確定だ。
ってか、二人でジッとしていれば共倒れの予感。どっちにしても俺がココに留まる理由は無い。
そうと決まれば何か理由を付けて一旦別れるに限る。
「待っていて下さい、ロープを探してきます」
「いえ、その必要は、私も、行きます」
身を起こそうとするが顔色は蒼白。いや、無理でしょ。
「この部屋から抜けるには四メートルほど駆け上がる必要があります、魔法を使わず可能ですか?」
「いえ、その位の魔法、俺にも!」
「今の体で魔法が使えますか?」
使えないだろ? 見た目以上に健康値がすり減ってるんだよ。下手に魔法を使うと命が危険な程に。
「それでも! それでも一人では行かせない! 行かせられない!」
分からず屋なマーロゥ君はそれでも必死の表情で俺のスカートの端を握りしめる。
いやー邪魔! 普通に邪魔!
「マーロゥ……」
「俺、悪い予感がするんです。このままじゃユマ様が、姫様が死んでしまうってそんな気がして」
はぁーーこれ、夢と現実の区別が付いていないだろ。想像以上に重傷だったらしい。意識レベルを見誤ったか?
「解りました」
「ああ、ありがとう御座います」
俺は寝込むマーロゥの横に陣取り、優しく微笑む。
こう言う時は格好良く首筋をトンッ! とやりたいのだが、殺ってしまう危険もままある。ってーか、首筋トンって意識飛ぶの?
大人しくお腹ズドンにするか。
「どこにも行きませんから、だから目を瞑って?」
「いえ、そんな……」
マーロゥ君の目を左手で閉ざし、一方で右手を振りかざす。
「グヒョ!」
マーロゥ君から珍妙な悲鳴が上がる。
――やっちまった。
男の急所へ右ストレート。スヤァっと安らかに眠ってくれたから良しとしよう。
……いや、この泡を吹いた寝顔。見た事あるな。
ま、いいや、『参照権』を使うまでも無いだろう。
俺はマーロゥを置いて、ポーネリアの記憶を頼りに目当てのブツを探す事にしたのだった。