死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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前話のユマ姫視点の続きになります


デッドエンド??

【少し前の話】

 

 覚悟を決めた俺は、霧が漂う部屋の中で銃を握り締めた。

 

「さて、どうするか?」

 

 殺ると決めたら、急に頭がクリアになった気がする。

 敵は十二人、弾丸は三十発、でもリボルバーは一度に六発しか撃てない。固まって動かれるのが一番面倒臭い。

 もしそうなったら、ひたすらに逃げ回るのが正解だろう。

 霧は有限だから焚き続けるのは不可能だし、ドローンが停止している間に、後続の味方が来てくれる可能性もある。

 

 ……だが、俺の『偶然』はそんな消極的な策を許さないだろう。運命すらもねじ曲げて俺を死へと向かわせるからだ。

 

 それに俺自身、すっかり()る気になってしまっている。この遺跡を操っている奴が、仇の一人で間違い無いのだ。

 

 そうこうしている内に、敵の運命光が一斉に散開した。

 なるほど、俺を女の子と見て油断してくれたか。

 確かに魔法が使えない俺なんて、ただの美少女。二人で十分と思うだろう。

 しかし、壁越しに相手の位置を見られると言うのは、正にチートである。FPSで言う所のウォールハックと同等の効果で、銃の性能差も含めれば勝機は幾らでもありそうだ。

 光を見れば相手が来そうな場所に先回りするのは簡単だった、俺はがらんどうの部屋に人知れず滑り込み、やってくる相手を待ち構える。

 後はどうやって二人を一気に殺すかだが、相手がリボルバーを知らない所に付け込める隙がありそうだ。

 裁判の時に木村が公衆の面前でパーカッションリボルバーを連射しているが、詳しい情報は流石に持っていないだろう。

 この世界の銃は結構な大きさだし、これが銃だとは思わないのでは?

 

 そんな相手を更に油断させるには?

 いっそ幼気(いたいけ)な少女のいじらしさと色気? で勝負する。

 

 俺は海賊風マントを脱ぎ、首のヒラヒラした白い奴(シャボって言うらしい)を緩めると、ドレスシャツのボタンを外し、はだけさせる。

 

 ――どうして遺跡のなかで服をはだけさせてるのかって?

 良いんだよ、理屈なんて。事実の前には大して気にならないモンだ。

 

 さーて準備はOK、運命光で位置を確認すると、いよいよ獲物がやってきた。

 ガラリと扉が開けられると同時、演技を開始(スタート)

 

「キャッ! だ、誰?」

 

 はだけた肩を見せつける、ラッキースケベ風。

 

「いや、その……」

「き、君は?」

 

 目にした二人が晒すのは、唾を飲み込む音まで聞こえそうな程のマヌケ顔。

 お? 案外色仕掛け効果あるじゃん! 色っぽさと言うより、幼気な部分で勝負するつもりだったが、なかなかどうして?

 

「な、何ですか? で、出て行ってください!」

 

 俺は震えた声で訴える、そして腰のサーベルを突きつけて牽制。いかにも素人なへっぴり腰に、脅威は感じないだろう。

 

「大丈夫、怪我なんてさせないよ」

「ああ、俺達が保証する」

 

 優しく笑いながらも、二人はチラリと目配せ。怪しい笑みを浮かべている。

 二人でちょっと味見しちゃおうか? とかそんな感じか?

 

 おいおい、マジでコレ、色仕掛け通用してるな。子供扱いされる事も多かっただけに、ちょっと自信を取り戻した感はある。

 

「ほ、本当ですか?」

「本当だとも、君みたいな可愛い女の子に、誰も酷い事しないよ」

 

 酷い目ばかりに遭って来たがな!

 まぁ良い、俺は感極まった様子で震える手からサーベルを取り落とす。

 

「あ、ああ……」

 

 カランと転がったサーベルをさりげなく回収する男。うんうん拾っとけ拾っとけ、重いだけで邪魔なんじゃ。

 もう一人は呆然とする俺にニコニコと微笑みながら、後ろ手に扉を閉める。いやー好都合!

 

「え?」

 

 俺が呆然とそれを見つめると、下卑た笑いを浮かべて男は言う。

 

「大丈夫、静かにして、実は僕たちは王国側のスパイなんだ。君がユマ姫だと言うなら悪いようにはしない。それにはまず、君が本当にユマ姫なのか調べないと、体の特徴をさ、これも仕事だから」

 

 ガバガバ理論である。

 

 密かに気になっていたのだ。これから人質にしようって敵国の姫に、どういう理屈で手を出すのか?

 下手すりゃ物理的に首だぞと思ったら凄い無茶な言い訳が出て来た。

 いやー罪な女である。

 

 もう一人の男に至っては、期待に胸も、鼻の穴も、股間まで膨らませている。

 

「大丈夫、痛いのは最初だけ、すぐに頭が真っ白になる程、気持ちよくなるから」

 

 おうおうおうw

 

「そ、そんな!」

 

 バッと身構える俺に、迫る二人。

 

「へへへへ……」

「たまんねぇ……」

 

 もう隠す気ねーなコイツら。

 俺は、もううんざりだとホルスターから銃を抜き、下品な顔面に突きつける。

 

「先に、お前の頭を真っ白にしてやるよ」

「は?」

 

 ――パン! パン!

 

 ドサリと重なる二つの死体。

 はい、討伐完了っと。

 

 俺ははだけた服を手早く直すと、そそくさと部屋を脱出。

 

 流石にここの扉は銃声を遮れる程じゃ無い。

 ゾロゾロと残りの十人が集まってくる。

 

 物陰に隠れて様子を見ていたが、リーダーっぽいのはやはり白髪の不気味な男だ。なんだか軍属っぽい雰囲気じゃない、抜けた感じの男であった。

 奴が古代遺跡に通じているのか? どこかの科学者だろうか?

 

 まぁ良い、これで相手が固まって行動すると言うなら、おれはただ逃げ回れば良いだけだしな。

 ……と、アイツらの選択は残る十人を3・3・4で分けて探すと言うモノ。

 なるほど、二人一遍にやられた。だったら三人で、って? 馬鹿かよ。

 

 俺は迷わず四人が向かう部屋へと飛び込む。四人殺せれば、残るは六人になるからだ。

 六人相手だったら、上手くすれば一気に殺せる、逆に言えば七人以上で来られると詰み。

 

 次は流石に油断してくれないだろうから、俺は部屋の中、扉の真上の天井に張り付いた。

 

 どうやったって?

 

 答えはこれ、スライムだ。停止していたスライムドローンからスライムを拝借してマントの背中に貼り付ける。

 それを着込んで、リミッターを外した脚力と握力で壁をよじ登り、天井に背中をくっつければ完了だ。

 またぞろ、キョロキョロと辺りを見回しながら兵士が入り込んでくる。

 

 ――パン! パン!

 

 マズは無防備な首筋を晒す二人を始末。

 慌てた残りの二人がこちらを見上げるも、長くて取り回しの悪いマスケット銃。俺の方が早い。

 

 ――パンパンパンパン!

 

 今度はこちらに気が付かれていたので、一人頭二発掛かってしまった。拳銃弾の火力では急所に当てない限り、至近でも中々殺せない。

 だが、まぁ順調。コレで半分始末した計算だ。案外簡単じゃないか?

 

 なーんて思っていたら、背中のスライムが思った以上にべったり張り付いて動けない。

 結局、マントを脱いで脱出したんだけど、マントにフックが引っ掛かったりして、無駄に時間が掛かってしまった。

 僅かな間ではあったが、他の六人が射撃体勢を整えるには十分だった様で、運命光は膝立ちの高さで静止する四人を映している。

 一番恐かったのは一斉に部屋へ突っ込んで来る事だったので、ある意味助かった。この隙にリロード、左手はフックだけど練習したので割かし早く済む。

 

 さて、どうするか? そんな時、死んだ兵士達の腰にぶら下がる火薬に目が付いた。

 おあつらえ向きな事にマッチ棒も持っている。こりゃ決まりだな。

 

 ――シュボォォォー、パパパン!

 

 俺は部屋の前に火薬をばらまいて、マッチを放り込んで着火した。

 黒色火薬って奴は単体で大爆発する程凶悪なモノじゃ無い、地味な花火みたいなモンだ。

 不純物が入ってたりするみたいで、弾ける様な音がしたり、思ったより煙も多かったが、今回は願ったりだ。

 

 結構な量の火薬を携帯していたので。一人分でもそれなりの煙幕になった。霧のお陰も相まって、狭い通路は先を見通せない程の煙が満ちる。

 

 ――パァン!

 

 いよいよと顔を出そうとした目の前を、空気を切り裂き銃弾が通り過ぎていく。見えずとも風圧で解る程。数センチ、下手すりゃ数ミリの世界だ

 ブワリと冷や汗が吹き出す。そうだ、俺は『偶然』で死へと導かれている。油断は禁物。

 それでも居竦んではいられない、煙を吸い込まぬ様にフワフワのシャボで口を押さえながら、慎重に上半身を覗かせ、よぉっく狙って一発。

 

 ――パン!

 

 命中! 膝立ちの奴に一撃。 次は? 伏せた奴は放置、突然立ち上がった奴に決まりだ、撃たれる前に撃つ。

 

 ――パァン! ギッ!

 

 反撃では無く、逃げようとしていたらしい。これも一発で済んだ。

 次はまた膝立ちの奴。

 

 ――パァン! パァン! パァン!

 

 次は三発掛かった、コイツは撃たれる事を意識してガードしてたに違いない。

 運命光が見えるのは光の位置だけ、立っているのか座っているのか位は解るが、相手の姿までは解らない。

 結構察せられるものだけど、今みたいな咄嗟の状況判断に使うのは難しい。

 

 コレで五発撃ってしまって、シリンダーには残り一発。相手は三人。

 万が一だが、一斉に向かってきたらヤバい。

 そうじゃ無くても、撃たれるに厭わず、煙の中に突っ込んでくるバーサーカーが居たら終わりだ。

 急所を守った姿勢で突っ込まれると、弱い拳銃弾の一発で殺す事は絶対に不可能。

 息を潜めて、相手の出方を窺う。

 

 と、伏せていた奴が反転して猛ダッシュ、他の二人も続く。コッチは逃げてくれるなら好都合だ。

 ふぅー、なんとかなった。余裕に見えて、結構綱渡りだ。無策に突っ込んでくる奴だと終わっていた。慎重で居てくれて却って助かった。

 

 俺はリロードして後を追う、残る弾丸は十七発で、残るは三人。思ったよりも余裕である。

 大半を一発で仕留められたのが大きい。油断をしなければ大丈夫だがどうか?

 

 逃げた奴らを慎重に追いかけてみれば、どうやら三方に別れて散り散りに逃げて行く。

 だったら望み通り、一人一人確殺するのみ。

 先回りした俺は、部屋の中から通路へ向けて銃を構える。狙うは薄く戸を開けた隙間。

 

 ――パンッ!

 

 命中! 運命光で位置を見ればこんな荒技も可能。だが防具のある脇腹だったので致命傷には至らず、そのまま倒れ込んだ相手に三連射。

 

 ――パンッ! パンパン!

 

 これで残るは二人だが、シリンダーには二発。そろそろリロードしたい。

 だが、ここらでリロードのタイミングを読まれそう、グッと我慢して敢えて打ち切る。

 運命光を利用して、扉から手だけを出して撃ってみる。

 

 パンッパンと二連射、無理な体勢での射撃だったが、思ったよりはまともに撃てた感じ。

 でも、まぁ、当たらなかったんですけどね。

 牽制は完了。急いでリロードっと?

 クソッ肩が外れてしまっていた。一拍遅れて体中から汗が噴き出す。

 我慢出来る痛みでも、体の反射には抗えない。命に関わる手汗を即座に拭う。思わぬタイムロスとなったが仕方が無い。

 それに、噴き出すのは汗だけでは無かった。涙は袖で拭うが、鼻水をかむ程の余裕はナシ。

 

「トリネラッ! 撤退する!」

「ハイッ!」

 

 おっ! ツイてる! コレで安心してリロードが可能。今、突っ込んで来られたらヤバかった、運命光を見れば遠ざかっていくので一安心。

 そうしてリロードが完了、残弾は残り十一発だが、この六発で決めたいところ。

 逃げるなら面倒臭いな、と思ったが大丈夫。まだ二人はこちらの様子を見ている。

 

 確かに出入り口を狙われるのは厄介、銃だけ出すにしたって、唯一の武器を打ち抜かれたらその場でゲームオーバーだ。

 だが、俺には火薬がある。先程も使った手、倒れた兵士から五袋分も回収している。

 なんせ今の俺にとって、煙幕の価値は計り知れない。

 運命光で敵の位置が解るのもそうだが、ポーネリアの記憶から目を瞑っても歩ける位に施設の中は知り尽くしている。

 俺は大盤振る舞いに三袋分の火薬を撒く、霧も少なくなってきてるし、さっきは思ったよりも煙が薄まるのが早かったからだ。

 で、着火しようとマッチを出した途端、敵の運命光に動きが。

 

「逃がさない!」

 

 今なら無防備な背中を撃てる! しかし顔を出した途端、振り返る女性兵士と目が合った!

 

 ――釣られた!

 

 反転し、膝立ちに銃を構える動作の早い事。途轍もない練度だった。

 慌てて伏せた頭上、弾丸が通過したのを直感した。

 ヨシッ! これで連射出来ない相手に一方的に撃てる!

 

 と喜んだ俺の鼻に、刺激臭が突き刺さる?

 

 ――なんだ? コレ? 灯油の匂い? 参照権! あ、タンク、これマジで灯油だ! え? なんで? ひらひらのシャボや、シャツのレースに灯油が染みこんで行く。

 や、ヤバい! 灯油もヤバいが、さっき巻いた火薬が!

 

 

 もしも、今、撃たれたら!?

 

 ――パンッ! カンッ!

 

 

 あ、

 

 ――ドオオオォォン

 

 

 灯油を吸い込んだ火薬、灯油をタップリと吸い込んだ俺の衣装。そして腰にぶら下げた黒色火薬。

 それらが一瞬で発火し、爆発した。

 

 ――あ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!

 

 ――――熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! あ゛つ゛い゛ぃぃぃぃーーーー

 

 ――――――痛い! 痛い! 痛い! 痛い! イタイ! イタイ!

 

 体がぼうぼうと燃えていく。

 

 セレナ、ごめん。お姉ちゃん、ダメだったよ。

 わたし、けっきょく、何も、仇がそばに、いるのに……

 

 意識がゆっくりと溶けていく、意識だけじゃない、体だって熱で溶けていく。

 目の前がホワイトアウトして、ユマ姫の存在が消えていく。

 

 俺は、何だ? 俺は……誰だ?

 

 意識を失っていたのは数瞬の事だった、気が付くと床に転がっていた。

 全てが夢だったのかと思ったが、息を吸い込むと、肺が焼き付く強烈な痛み。

 

 ――ア゛ア゛ァァァァァーーー

 

 化け物みたいな声を出してるのは誰だ? 俺だ! 痛い! クルシイ。

 でも夢じゃ無い。死んでも、いない。

 

 足が動かない、痛みが全部の感覚を塗りつぶす。体が燃える、下半身の感触が無い。

 それでも立つ。

 

「なんで? 痛みでマトモに動けるハズが無いのに!」

「化け物がッ! 逃げるぞ!」

 

 そうだ、俺はバケモノ、狩る側、だ。

 

 魔法で飛ぶ、脚力は要らない、アレ? 使える、爆発で霧が飛んだか。

 

「クソッ! 離せ!」

 

 これだ! こいつが俺の、家族の、仇!

 

「このっ!」

 

 殴られる、それでいい、噛み付いて。ハナサナイ。

 

 噛み付いて、しがみついて、体は殆ど燃え落ちて。

 

 でも、右手にはまだ銃が有る。それだけで十分で、それだけが素晴らしい。

 

「止めッ!」

 

 ――止めない! コロス、ぜったいに。

 

 ――カチッ!

 

 あ、れ?

 

 ――カチッ! カチッ!

 

 あ、だめ? だめなの?

 

 ガチャリと目の前に相手の銃口。

 

 ――ドォン!

 

 俺の意識は完全に消え去った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 ドローンに囲まれた所、皮肉にも霧に助けられカプセルだらけの部屋を脱出した(木村)は、霧で視界が悪くなった遺跡の中、全力で駆けていた。

 正直、遺跡探索と言うより肝試しで廃墟の探検と言った風情だが、切羽詰まってるのは間違い無い。

 帝国がユマ姫相手に霧を使ったのだとしたら、一刻の猶予も無いからだ。

 

「ここは? 二十八階か?」

 

 壁に大きくペイントされた数字を信じるなら、大分潜ってきた事になる。

 当初見込んでいた地下二十階を大きく越え、地下三十階が近い。

 これだけ地下深いと、穴を掘るのも一苦労のハズだ、一体全体、どうして古代人は穴ばかり掘り返したんだか……

 と、次の階層への階段は、とうとう隔壁が閉まっていた。

 

 うーん、敵はココには来ていないのか? いや逆にこの奥に待ち構えている可能性も……

 

 判別は不可能、だったら開けてみるしかない。

 

「重いっ! じゃねぇか!」

 

 手回しで隔壁を開けるのは大変。だが、こう言うのは電源が落ちた時だって開けられなきゃオカシイよな?

 実際、男の力ならギリギリ開けられる位の重さに仕上がっている。

 

「臭いな? 石油か?」

 

 辿り付いた二十九階層は、灯油をひっくり返したみたいな匂い、いやもっと強烈だ。焼け焦げた悪臭が充満していた。

 

 ――なんだ? ここで何が?

 

 戦闘があったのは間違い無い、しかし火を使っての戦闘か? 優位な側が取る選択肢では無い、ならば数に劣るユマ姫達が火を付けたと考えるべきだが……

 

 あいつは運が無いのに、火なんて不確定要素に頼って大丈夫なのかよ!

 

 苛立ちながら足を進めれば、今度は洗剤の匂いが漂う。

 お掃除ロボだ。スライム達がそこかしこで活躍している。よく見ればこの階層には霧が無い、霧も燃えちまったのか?

 更に言えば、そこら中に死体が転がっている。新種の地獄かってエリアだが、一番酷いのは一面黒焦げになったエリア。

 

 ――ココで何があった?

 

 スライムに隠れながら様子を見る、石油系の中に、タンパク質が燃える嫌な匂いが混ざる。

 人が燃えたのか? まさか? いや、まさかだよな?

 

 黒焦げの男の死体に、むしろホッとする。そうだよな、ユマ姫があんな風になったりは……流石にだろ? アイツがこの世界のヒロインで中心なんだろ? 神様よ。

 

 大体にして、一応見た目は可愛い女の子なんだ、敵だってそんな血も涙も無い事は……

 

「えっ?」

 

 間抜けな声が出てしまった。

 スライムに掃き集められたゴミの一部、それが人間の下半身の様に見えたからだ。

 我を忘れてその下半身に取り付いた、スライムロボは掃除に精一杯なのか俺を無視してくれている。

 この炭のカタマリは人間? じゃないよな? マネキンだよな?

 でも、小さくて見慣れた少女みたいな下半身。

 

 殆ど焼け落ちて、丈夫な皮のロングスカートと金属の一部だけが辛うじて原型を留めている、

 ……だが、その衣装に……わ、僅かばかりの面影が。

 

「うそっ、嘘だろッ?」

 

 俺は下半身を抱え、最高に嬉しくないスカートめくり。

 

「あっ? えっ、そ、そんな!」

 

 嘘だっ! あり得ない。

 

 ……黒焦げの下半身は、俺が贈った紐パンを履いていた。

 

「なんでだ? なんでだよ! まだ何にも出来てないだろうが!」

 

 涙も、鼻水も全部垂れ流しで泣きじゃくる。大声を出したって構わない。

 いっそスライムに塗れて死にたいと思うが、ロボすらも俺なんかに目もくれず通り過ぎていく。

 

 オカシイだろ! こう言うのはギリギリで間に合うモノだろう? 息を切らして駆けつけて、どうしてチョン切れて炭化したヒロインと遭遇しなきゃならない?

 どうして俺は間に合わない? 俺はその程度だって笑いたいのか?

 

「なぜっ、こんなの! 俺は! 認めない!」

 

 神様はこんな結末の為に転生させたのかよ! あり得ないだろうが! ふざけるなよ。

 

「勘弁してくれよ、神様お願いだ、コイツを生き返らせてくれ!」

 

 俺の叫びは神へは届かない。

 

 

 ――ただ、変な奴には届いた。

 

「いやぁー、その状態で治せってのは神も困るだろ」

 

 泣きじゃくる俺を見下ろす、黒ずくめの大男。

 十三年ぶりで姿も大きく変わったが、そのとぼけた顔は見間違えるハズも無い。

 

「田中!?」

 

 前世からの旧友が、そこにいた。


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