死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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流石に前話がアレなんで速めに投稿したい。


俺の名は?

「ヒデェ目に合ったぜ」

 

 命からがら中央制御室に帰ったノエルはドッカリとソファーに沈み、天を仰ぐ。

 その様子を不安げに見つめるソルン。

 

「部隊は全滅……か、ただの女の子に?」

「そのカラクリはコレよ」

 

 ノエルが見せるのはユマ姫が持って居た拳銃。リボルバーだ。

 

「コレは?」

「ユマ姫が使ってた武器だ」

「驚いたな、このシリンダーにカートリッジ式の火薬を詰め込む訳か?」

「ご名答! 六連射まで可能って事だ」

「それだけじゃ無い、カートリッジ式ならばリロードも一瞬のハズだ、考え方は丸っきり魔力銃(ガーデッド)と一緒だぞ」

 

 魔力銃(ガーデッド)は魔力で空気を圧縮してカートリッジ化した古代人の銃だ。

 

 魔力と風は親和性が高い。丁度電気と磁力の関係に近く、魔力が流れれば風が吹き、風が渦巻けば魔力が圧縮される。

 それだけに風魔法と言うのは最も原始的で、最も応用の利くメジャーなモノ。

 だと言うのに、空気を圧縮して弾丸を発射するだけの空気銃をエルフですら実用化出来ていない。

 魔力で圧縮された空気は、さながらはち切れる寸前の風船。健康値の一突きで爆発する危険があるからだ。

 それを解決するために、魔力銃(ガーデッド)の弾丸は魔力でコーティングされたカートリッジ内で空気を圧縮する事により、健康値に晒されても魔力と相殺する事で暴発を防ぐ仕組みとなっている。

 だが、そんな複雑な仕組みである故に、空気圧と魔力圧に晒されるカートリッジの寿命は短く、現存していない。

 

 話が逸れたが、古代の兵器に通じる彼らは火薬が詰まった弾丸をカートリッジ化すると言う発想はあったモノの、その為の方法も技術も持っていなかった。

 ソルンが食いつくのも当然と言える。

 

「コレの弾丸は?」

「あるにはあるが……」

 

 ユマ姫が持っていた弾丸は残らず火炎に飲まれ暴発済みだった。

 

「残念だな、でも使用済みカートリッジだけでも構造が探れるかも知れない」

「それに、このシリンダー構造は単純なのにスゲーぜ? 魔力も使わず複雑かつ合理的な構造をしていやがる」

 

 彼らの知る文明は全て魔力の上に成り立っていた。

 魔力銃(ガーデッド)も魔力でリロードや排莢までこなす銃のため、アナログな機構でそれらをこなすリボルバーは驚きの兵器だった。

 

「銃の解析は任せたよ、それより僕はコレを作った人間に興味があるな」

「ああ、魔女と同郷って奴で間違い無いか」

 

 彼らが敬愛する魔女は、魔力が使用不可能な状況でも使える数々のアイデアを持っていた。

 火縄銃はその最たるモノ、皇帝にしたって銃が無ければエルフはともかく、王国との戦争に踏み切る決断は下さなかったに違いない。

 だからこそ、より強力な銃を相手が持っていると言うのは問題だ。厭戦論が出るに違いない。

 

「邪魔だな」

「ああ、それにタナカも」

 

 彼らの計画には、余りにも邪魔な不確定要素。何としてでも殺したい。

 

「ユマ姫の死体はどうした?」

「ンなモン、捨ててきたよ」

「何だと?」

 

 ノエルの言葉はソルンにとって、捨て置けないモノだった。

 

「人形ぐらいは作れたかも知れないじゃ無いか」

「あ゛? 俺達三人で、大きな赤ん坊の子守が出来るのかよ?」

「それも……そうか」

 

 ソルンが人質に拘った理由は一つ。

 アレ程しつこかったタナカの追跡が、遺跡に入り込むやピタリと止まってしまったからだ。

 遺跡の最奥でドローンやガスまで用意しての待ち伏せ。万全を期したつもりであったが、それゆえ余りにも見え透いた罠であったことを認めなくてはならなかった。

 だが、あの化け物を確実に始末するにはこの程度の仕掛けは必要不可欠。

 何としてでもタナカを誘い込むネタが欲しい。その為にはユマ姫を人質に欲しかったのだが……

 

「なんにせよ、霧が残る内は僕たちに出来る事は無い」

「ンだな、俺は寝るぜ」

「ああ、休んでおけ」

 

 霧が晴れるまで、中央制御室で出来る事は殆ど無かった。いっそ脱出する事も考えたが霧の中で人間と出くわすのは最悪である。

 

 更に言えば、霧が晴れてからも精密なコンピューターである中央コンソールの復帰にはかなりの手間を要した。

 結局、システムが完全復旧したのはソルンの徹夜の頑張りをもってしても10時間程度の時間を必要とした。

 

「ふぁぁぁー、どうだ?」

 

 起き抜けの眠気を隠そうともせず、ノエルが尋ねる。

 

「良く寝る男だな君は」

「まぁーな、図太いのが取り柄でね」

「丁度復旧するところだ、見ていろ」

「へぇ」

 

 モニターにポツポツと明かりが戻る。そうして表示された空中ホログラムには施設の様子が表示された。

 

「所々、モニター不可能なエリアがあるな」

「霧が滞留している所だろうな、換気が進めば直にもどるさ」

「そうかよ……目立った侵入者はナシ……は?」

 

 ノエルの目に止まったのは、ココからほど近い最下層の一室だった?

 

「オイ! 冗談だろ? 誰か居るぜ?」

「まさか? なんだこの熱源は?」

 

 映し出されていたのは二つの光点。どう考えても宿直室で休むトリネラではない。

 

「モニターは?」

「今やってる!」

 

 問題の場所は最下層。監視カメラも設置されているため映像も確認可能であった。

 

「映像、出るぞ!」

「オイ! コイツは!」

 

 宙にデカデカと映し出されたのは黒ずくめの大男。難しい顔で一点を見つめている。

 

「タナカ! マズいぞ? いつの間に入り込んでいやがった!」

 

 怨敵が目と鼻の先に居る、それも自らを守る兵士も、ドローンも無い最悪の状態。

 だが、ソルンはコレが千載一遇のチャンスと色めき立った。

 

「いや、ツイてる」

「なんだと?」

「ココは最下層、気密性も高い、部屋をロックした上で――」

 

 ソルンの指が不可視のコンソールをなぞる。それでモニターの中に変化が訪れる。

 

「睡眠ガスか!」

「ご名答」

 

 モニターの先、部屋の中に白いガスが満ちる。田中が苦しんだのも一瞬、すぐに動かなくなった。

 

「ずいぶんアッサリだな……」

「無理も無い、毒ガスの罠なんて彼が知るはずが無いからね」

「コレでコイツとの因縁も終わりか」

「いや、タナカからは他の転生者について聞き出そう」

「確かに、もう一人居るって言っていたな、だがタナカのそばに居るコイツ、コレがそうなんじゃ無いか?」

「それも含めてだ、焦ることは無いよ。なんせ彼らは既に僕らの手の内なんだからね」

「わーったよ、俺に任せな、ソルン、お前は寝ておけよ」

「……わかった、そうさせて貰うよ」

 

 かくして、ノエルは睡眠ガスで気を失った田中と木村の確保に成功する。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ガスを抜いてから部屋に飛び込んだノエルは、真っ先にタナカと、もう一人の男を拘束した。

 後ろ手に手首を拘束する金属は、田中や木村が知る手錠と殆ど同じモノ。帝国軍第一特務部隊の所有物である。

 人間の腕力で引き千切る事は、どうやっても不可能に出来ている。

 そうして一息ついた所で、ノエルは彼らがココで何をしていたかを理解してしまう。

 

「ハ! ヒヒッ! ハァーハッハ」

 

 それがいかに愚かで空しい行為かを知っているだけに、笑いも漏れようと言うモノ。

 

「何か面白い事でもあったか?」

 

 しかし、思いがけず声が掛かる。捕らえた田中からだった。

 ノエルは一瞬ギョッして振り向くも、自分の優位を思い出す。

 

「オイオイ、ガスを喰らったのに元気だな、その調子で鎖を引き千切ってみるか?」

「残念ながら無理そうだ」

 

 声を掛ける前に、とっくに試していた。しかし後ろ手に嵌められた手錠はびくともしない。

 その言葉に安心したノエルだが、そうなると今度はタナカの余裕が気にくわない。

 

「丁度良い、俺はな、お前に聞きたい事があったんだ」

「なんだ? 可愛い女の子の居る店か?」

「それも興味あるけどよー、お前以外の、転生者の話よ」

「へぇ?」

 

 田中は面白そうに目を見張る。木村がノエル達にどう評価されているかに興味があったのだ。

 

「とんでもない銃を作っていやがった、コッチにつくなら良いが、その気が無いなら消させて貰うぜ」

「ほぅー危険な銃ね」

 

 面白そうに田中が笑う。そうしてごく自然に、隣で眠る男に話を振った。

 

「どんな銃なんだよ? お前が作ったんだろ? 木村」

 

 しかし返事は無い、木村はまだ催眠ガスで眠りこけていた。

 一方でノエルは、ひょっとして、と思っていた事をアッサリと白状した田中の態度が益々不気味に映る。余りにも余裕が過ぎるのだ。

 ノエルは苛立ち混じりに、寝ている木村を蹴っ飛ばした。

 

「オラッ! 起きろ」

「グッ、ガァ!」

 

 災難だったのは木村だ、催眠ガスに混じる催涙効果で苦しんだ挙げ句、足蹴に起こされた。

 

「なんだ? どうなった?」

「残念ながら、捕まっちまったみたいだ、ホラ」

 

 田中は後ろ手の手錠を見せつけるが木村は取り合わない。

 

「ンな事は良いんだよ! アイツの事だ!」

「ん? ああ、アレだよ」

 

 俺達、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぜ? と苦笑しながらも田中が顎で指し示す先には一つの巨大なカプセルがあった。

 大の男でも余裕をもって入れるサイズ。

 

 その中にぷかぷかと浮かぶのは、一糸纏わぬ少女の姿。

 

 ――ユマ姫だった。

 

「良かった!」

 

 安堵する木村、だがソレが彼らの余裕の正体だとすると、ノエルは笑いが止まらない。

 

「プッ! クハッ! ヒャァヒャ! オイ! 勘弁してくれ!」

 

 ノエルは笑う、笑い続ける。余りに滑稽で愚かしい二人に、涙が出るぐらい笑いが止まらない。

 木村は突然笑い出すノエルに不気味なモノを感じ、眉を顰めた。

 そうで無くても大ピンチ、後ろ手に縛られたコチラは全く笑えない状況だからだ。

 だが、そんな空気を全く無視する男が一人。

 

「ハッハッハッー、いやー愉快愉快」

 

 田中だった。

 

「いや! なんでお前が笑うんだよ!」

 

 木村のツッコミも追いつかない。

 

「そりゃ、めでたいからさ、なんとかなるものだろ?」

「……そりゃ、そうか」

 

 ユマ姫の復活。常軌を逸した夢物語に思えたソレがアッサリと叶った。喜ぶべき事である事には違いない。

 だが、ソレを見てノエルはいじわるな笑みを浮かべ、カプセルに繋がるコンソールを操作する。

 

「オイ! 止めろ!」

「酷い言い草だな、俺はこの娘を培養槽から解放してやろうってんだぜ?」

 

 木村は声をあげるが、ノエルの指は止まらない。後ろ手に縛られた身だが、体ごとぶつかって止めようかと逡巡(しゅんじゅん)する。

 

「オイ、良いだろうが、折角向こうが出してくれるって言うんだ」

 

 しかしソレを田中が小声で遮った。いたずらを思いついた様な笑みを浮かべていた。

 それでいて一転して大声を張り上げ、コンソールを叩くノエルに訴える。

 

「なぁ! 俺達はどうなっても良い! どんな事でも話す! 約束してくれ、ユマ姫だけは解放するとな」

「いいぜ」

 

 田中の悲痛な訴えが通じたのか、ノエルはアッサリと了承する。

 

「だけどな、解放したら何としてでも喋って貰うぜ? 洗いざらいな」

「ああ約束する、ほらお前も!」

 

 田中は即答。更には木村に対して、肩でぶつかり催促までする。

 

「ああ、俺も約束する」

 

 空気を読んだ木村が約束するも。

 

(オイ! どう言うつもりだ?)

 

 木村には状況が掴めない。

 

(ワカンネーか?)

(ワカンネーよ!)

(常識で判断するな、信じようぜ、神の奇跡って奴をさ)

(……なにを?)

 

 小声のやり取りを遮る様に、ノエルは木村に潰れた弾丸を見せつける。

 

「コレは、お前が作ったのか?」

「……そうだ」

「火薬が入っていて、ケツをハンマーで叩くと着火する、入っているのは小さい火打ち石、違うか?」

「違うな、雷管だ」

「ライカン?」

「ああ、起爆用の特殊な火薬を火打ち石より火花が出やすい金属で刺激する、それで確実に弾が発射される、雨に濡れてもだ」

「へぇ?」

 

 ノエルは目を見張った。想像していた以上の技術を持っていたからだ。

 

「銃の方にも色々仕掛けがあったよな?」

「ああ、シリンダー構造で撃つだけで次の弾丸が装填される、引き金を引くだけで六連射、弾の詰め替えだって一瞬で済む」

「良いじゃねぇか! なぁお前! 俺達と一緒に来ねぇか?」

 

 誘われた木村はチラリと田中を見る、余裕過ぎる田中の態度の理由が理解出来ない。

 時間を稼いではいるが、ノエルの話す雰囲気で木村は良くても、田中は見逃すつもりは一切無さそうだと感じていたからだ。

 とにかく、誘いをはぐらかす必要があった。

 

「……ユマ姫が良いと言うなら、俺もお前に従うとしよう」

 

 言うはずが無い、他の何を妥協しようと、ユマ姫が帝国に付くハズが無かった。

 だが。

 

「ああ、すぐに了承は取れるとおもうぜ」

 

 ノエルは何事も無くそう言った。

 

「なに?」

「簡単さ、いや、それにしてもこんなガキが好みなのか、お前? いや、確かに可愛いがな、人生賭ける程じゃねぇだろう?」

「質問に答えてくれ、どう言う意味だ?」

「そのまんまの意味さ、折角だ、お前専用の人形にしたらどうだ?」

「……人形?」

 

 どう言う意味だ? と、木村は首を捻る。

 

(話がちっとも見えてこな……いや、なるほど人形、そう言う事か)

 

 遅まきに、木村にも事態が飲み込めた瞬間であった。

 

(なるほど、そうか、それが道理か、だとしたら……)

 

 憎たらしい田中の顔に合点が行った。

 ノエルの言葉も田中の余裕も。

 

 そして、ノエルの返事は木村の想像を裏付けるものだった。

 

「なんなら、お前好みにユマ姫を育てても良いんだぜ?」

「俺が? ユマ姫を? 俺だけのユマ姫を?」

 

 木村はパッと笑顔を見せる、想像の裏付けが取れ、立ちこめる霧が晴れたかの様であった。

 しかしノエルにそれは、欲望(たぎ)る男の顔に見えた。

 

「ああ、そうだ、お前専用。何でもしてくれるユマ姫の誕生だ。見てな、仕上げだ」

 

 ユマ姫が浮かぶ培養槽から液体が抜かれていく、その様子を落ち着かない様子で見つめる木村だが、知識があるノエルに任せた方が安心だと思い直した。

 

「ほら! 出ろよ!」

 

 ノエルは液体が抜けたカプセルをガポッと開けると、少女の左手を握って強引に引っ張り上げた。

 そう、左腕を、だ。失われたハズの左腕。そして左目も元のきらめく輝きを取り戻していた。

 ノエルはリュックでも担ぐようにユマ姫を肩に掛けると、二人から見える場所にドチャリと落とした。

 きっと痛かったに違いない。その証拠にユマ姫は泣き出した。

 

「うあ、うえ、う、ヒック、オギャァアァァァ」

 

 そう、赤子のように泣いた、いや、赤子そのものの泣き方だった。

 

「ほら、どうした? 挨拶でもしてやれよ、感動の対面だろ?」

 

 ノエルはユマ姫を促すが、泣きじゃくるだけのユマ姫は立ち上がる事すらしなかった。

 いや、出来なかった。

 

「こ、これは?」

「ど、どういうことだ?」

 

 驚愕の声を上げる、田中と木村。しかし田中の方は少しばかり棒読みではあったのだが、ノエルはソレに気が付かなかった。

 ノエルは自分が笑うのに忙しかったからだ。

 

「解らねぇか? ワカラネーよなぁ! ヒャ! ヒッハハッ!」

「お前、一体何をした!」

「なんもしてねーよ、装置は確実に作動して、ユマ姫は復活した、お前らの望み通りさ」

 

 ノエルは木村に訴えかける、両手を広げた大げさな身振りだった。

 

「お前ぐらい賢いなら理解出来るか? 人間は生まれた時から喋れるか? 歩けるか? 出来ないよな? じゃあ何故歩けるようになると思う?」

「そりゃ、経験を積むからだろ、生まれて一年ぐらいで歩けるようになる」

「そのとーり」

 

 言うと同時に、ノエルは泣きじゃくるユマ姫の髪を引っ張り上げ、自我のない顔を二人に見せつける。

 

「そこで、このお嬢ちゃんの年齢は幾つだと思う?」

「そりゃ……」

 

 木村は口ごもるが、その前にノエルは答えを発表した。

 

「ゼロ歳だ! 解るか? コイツは今生まれたんだよ!」

「なにを、言っている!」

「そのマンマの意味さ、この装置はな、人間の体を読み取ってその設計図を元に、体を復元するんだ、意味が解るか?」

「設計図? 毎日皮が剥けたり、髪が抜けても、また同じように生えるのはその設計図のお陰?」

「そうだ! 筋がいいじゃねーか、他の奴とは全然ちがうぜ」

 

 ノエルはユマ姫からパッと手を離し、ご機嫌で木村へと向き合う。この世界にマトモに話せる人間は殆ど居ないと思っていたからだ。

 

「それで、設計図は子供にも引き継がれる。母と父それぞれの設計図をな、だからある程度、親に似た子供が生まれる訳だ」

「なにが言いたい?」

「わかんねぇか? 子供は親の記憶を持っていないだろ?」

 

 ノエルは笑う。こんなモノは常識だからだ。

 彼は知らない、彼の常識は、彼らに取っても常識なのだ、そして、彼らの常識は彼の常識では無い。

 

「じゃあ、記憶はどこにあると思う? どこに記憶があると思う? それはな、ココさ」

 

 ノエルは左手で自分の頭をトントンと叩いてみせる。

 

「人間が積み上げた記憶って奴は脳にあんのよ、そしてな、他ならぬ俺が、ユマ姫の脳をぶっ飛ばした、その意味が解るか?」

「ま、まさか!」

「そうさ、設計図から脳を作れても、記憶はどうやっても戻らねぇ!」

「そんな、じゃあ? ユマ姫は? あの心優しき少女は?」

「死んださ! 人間の本質は記憶にこそあるんだ! 死んじまった人間はどうやっても戻らない」

「そんな、ばかな事が……」

 

 木村はガックリとうなだれた、笑いを堪えながらもノエルはその肩を叩く。

 

「悪い事ばっかりじゃ無いさ、あのユマ姫は記憶も無い人形。お前の好きに出来るんだゼ?」

 

 ノエルは背後のユマ姫を親指で指し示す。その指の先、美しい裸体を晒す少女の姿に、木村はハッとした様子であった。

 

「ユマ姫が、俺のモノ?」

「そうさ、だから俺達と銃を作ろうぜ? 二人で幸せに暮らしていけるさ」

 

 実際には、頭が空っぽの大人は長生き出来ない事をノエルは知っていた。

 体と知識がちぐはぐだと、リミッターを外れた様な癇癪で暴れれば、自らの腕を折ったりする。自死に至る事すら珍しく無いのだ。

 ただでさえ大人の体で泣き喚き、垂れ流す赤子など、育てるのは難しい。

 

 だが、ソレは言わずとも良い事、この知識に長けた男を引き抜く事をノエルは優先した。

 言わばこれはノエルにとっては茶番。

 だが、それは二人にとっても茶番だった。

 

 ――しかし長過ぎた茶番、そろそろ耐えられぬ男が一人。

 

「クックック」

 

 田中だった。

 

「テメェ! 何笑ってやがる」

 

 ノエルは田中を蹴っ飛ばすが、それでも田中は笑い続ける。

 

「これが! 笑わずにいられるかよ! ユマ様を()()()()()()()、エルフ族の神聖不可侵たる王の系譜、そして神にいざなわれた聖女なるぞ」

 

 狂った様な笑顔を貼り付け、爛々とした目でノエルを見つめる田中の表情は不気味だった。

 

「なーに言ってやがる! この期に及んで神頼みとはな、俺の話が理解できなかったんだろ?」

「理解する必要なんざない、何が脳だ、何が記憶だ、なにが設計書だ、神の奇跡の前にそんな屁理屈は無意味と知れ」

 

 心底楽しそうに田中は笑う、完全に狂った様にすら見えた。

 それを見て一気に冷えてしまったのがノエルだ。呆れたため息と肩をすくめた。

 

「ハッ、この時代の馬鹿共はなーんでも神、神って馬鹿かよ、モノの道理を知らねぇ、お前は違うよな?」

 

 話を振られた木村も、ケラケラと笑う。

 

「ああ、生命の設計図、俺らは遺伝子って呼んでるけどな。たった四種類の塩基からなる二重螺旋構造って知ってるか?」

「なんだ? 何を言っている?」

 

 豹変した木村の様子にノエルはギョッとした、言っている事の意味が少しも解らない為だ。

 

「お前等が使っている機械も補助記憶装置(ストレージ)主記憶装置(メモリ)は有るんじゃ無いか? 主記憶装置は魔力を流した時だけ記録可能な代わりに高速、補助記憶装置はおおかた金属版に魔力で記録を刻みつける事で、魔力を流していない状態でも記録が保持される、違うか?」

 

 違わない。違わないが、なぜそんな事をコイツが知っている? ノエルにはソレが解らない。

 

「脳の記憶も記憶装置の内容も、壊れたら復元は難しい。だがバックアップは取れる、クラウドで外部サーバーにバックアップを置くのがオススメだ」

「何を、言っている!」

 

 声を荒らげるノエルだが、今度は田中が笑う。

 

「神の力を見よ、我らが前に顕現なされた!」

「いい加減黙れ、気狂いめ! お前は邪魔だ!」

 

 ノエルは田中の顔面へショットガンを突きつける、引き金一つで脳味噌が吹っ飛ぶであろう距離。

 それでも田中は余裕だった。

 

「オイオイィ、お前は神を信じないのか?」

「信じる訳ないだろうが!」

 

 ノエルが吠える、だが木村も笑う。

 

「そりゃ残念だな、俺達は()()()()()ぜ?」

「だから! お前まで!」

 

 理知的だと思っていた男まで、完全に気狂いに変わってしまった。

 

「お前はきっと神の使徒から神罰を喰らう」

「だから! そんなもん居る訳ないだろうが! 居るなら見せてみろ!」

 

 唾を飛ばし怒るノエルはトリガーを引く寸前。それでも木村と田中、二人は楽しげに声を重ねる。

 

「「居るぜ? お前の後ろに」」

 

 ――シャラン

 

 涼やかな音が鳴った、聞き慣れた音だった。

 なにせソレはノエルが持つ自慢の一振り、腰のサーベルが引き抜かれる音だったからだ。

 

「なっ!?」

 

 慌てて振り向いた目の前に、裸の少女が立っていた。

 抜き身のサーベルを構えた姿で。

 

 そう、立っていた! ユマ姫が、その目に殺意を湛えて。

 

「死ねッ!」

 

 そして、迷い無く、サーベルをノエルの胸へと突き刺した。

 

「あぐっ」

 

 ノエルには何が起こったか理解出来ない。脳を吹き飛ばしたのは間違い無いのだ、他ならぬ自分の手で、欠片も残らず吹き飛んだ!

 もうユマ姫の人格は破壊され、永遠に失われたハズだった。見た目だけ体だけが戻ろうと、生き返るなどあり得ない。立って歩いて剣を振るうなどあり得ない。

 

「何故だ! おまえは! 何者だ!」

 

 だから問う、刺されて尚問う。理解出来ない少女の形をしたモノの正体を問い詰める。

 

 少女は笑った、不気味な程つり上がった口は少女らしくない笑みを浮かべた。

 不思議と、タナカとキムラ、二人の男とよく似た笑顔だった。

 

 より、サーベルに力を込めて、念入りに突き刺すと同時、言い放つ。

 

「俺の名前は『高橋敬一』、――どこにでもいる普通の中学生だ」


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