死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

177 / 327
逆転する立場

「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

 

 俺は木村を土下座させていた。

 

 ……そんで全裸!

 土下座させている側が全裸!!

 全裸土下座の新しい可能性が開かれた()()であった。

 

「うりうり!」

 

 俺は素足で木村の後頭部を踏みつける。

 

「ヤメロ! やめて下さい! 開かれちゃう! 開いちゃイケない扉が開いちゃう!」

 

 木村の性癖が耐えきれず悲鳴を上げる。

 あ、その体勢で見上げようとするのは犯罪だぞ!

 

「乳繰り合ってないで助けて!」

 

 田中の悲痛な声。血だらけの姿は正に死にかけであった。

 俺はコッチにも笑顔でやり返す。

 

「でぇじょぶた、培養槽で生き返れる!」

「お前と違うから無理! 謝る! 謝るから! お助け!」

 

 言われたら嫌な事を言ってはいけません。田中も良い勉強になったな!

 満足した俺は木村を踏むのを止め、勝手知ったる薬棚からお馴染みの小瓶を取り出した。

 

「ホラ、コレを使えよ」

「何だコレ? 見た事無いんだが?」

 

 そうだろう、そうだろう。俺も初めてだ。

 ――今生(こんじょう)ではな!

 

「ポーションだ!」

「ぽーしょん……」

 

 ゲームのアイテムの名前を勝手に当てはめる。ポーネリアの記憶を辿れば正式名称はソルバルド。でもそんな名前じゃピンと来ないだろ?

 ナノマシン混じりの粘液で、培養カプセルの中身と同質のモノ。壊れた細胞をつなぎ合わせて修復してくれる。

 役目を果たした後は造血剤の効果も発揮する。

 使い方は振りかけるだけ、簡単で良いだろ? 説明が終わるや封を切った田中がベチャベチャと傷口に振りかけてる。それだけであっという間に傷口が塞がっていく。

 

「お! おおっ! まるで魔法だな!」

「んだろ? むしろその効果を落とし込んだモノが回復魔法らしいからな」

 

 魔法は術者がナノマシン代わりに魔力制御で細胞を修復するってワケ。

 

「へぇ?」

 

 田中が面白そうに瓶の成分表を眺めるが、どうせ読めないだろう?

 と、言っても、実は古代人の言語は現代と殆ど変わらない。エルフも人間も、王国も、帝国もだ。

 この事から、今の文明が古代人の文明を礎にしているのは間違い無いのだろう。

 だったら読めそうなモンだが、実際は読めない単語が山盛りだ。

 地球の風邪薬の成分だって意味が解らないのだから当たり前。ポーネリアの記憶が無かったら、俺だってサッパリ解らなかったに違いない。

 

「さて、後は鍵が必要なんだが……」

「ははぁ! 発見しております!」

 

 土下座したままの木村からご注進。土下座のままに両の手で掲げ上げたるは鍵だった。

 その手首に既に手錠は見当たらない。自在金腕(ルー・デルオン)でトリネラの死体から鍵を漁った成果であろう。

 

 『死体から』である。

 

 そう、トリネラは見事に死んでいる。ソレこそ俺が木村に土下座させている理由。

 俺は殺意の余りノエルを殺してしまったが、木村だって人の事は言えない。十発も弾丸を撃たれりゃそりゃ死にますよ。

 

「どうすんだよ! 殺しちゃ何にも聞き出せないだろ!」

 

 俺はココでも言われた事を言い返してやる。しかし帰ってきたのは言い訳であった。

 

「……いや、田中が撃って良いって言ったし」

 

 思わずと顔を上げた木村の顔面、俺はガシガシと踏みつける。

 

「誰が顔を上げて良いと言った! 死にそうな田中はそりゃ撃てって言いますわ!」

「ヤメロ! 開くだろ! 新しい扉が開くだろ! あ、良い眺め!」

 

 などと、全く反省の色が見られない。すっかり傷が塞がった田中がため息混じりに頭を掻いた。

 

「いや、そもそも十発全部撃つとは思わないじゃん?」

 

 冷静なツッコミ。その視点は無かったね。確かにそうじゃん?

 

「いや、二人とも動いてるから撃つタイミングが無くてさ、自在金腕(ルー・デルオン)の操作も面白くて、次々に弾を込めていったら十挺全部撃てる状態になってさ、そうなったらもう、撃ちたいだろ? 一斉に頭をバーンって!」

「頭がバーンなのはお前だクソ!」

 

 全力で顔面を踏みつけた。

 

 怒りに任せてどんなに口汚く罵っても、口から出るのはプリティボイス。完治した喉の試運転としてはハード過ぎるから勘弁な。

 田中も目の前でバーンされたのは堪えた様だ、血だらけの顔を拭う。

 

「その所為で吹っ飛んだ脳みその直撃を受けたんだがな」

 

 田中の顔は自分の血とトリネラの脳でグチャグチャ。

 それだけじゃない。幾つかの弾丸は田中のそばを掠めたらしく、壁の銃痕を指差し田中が猛抗議。

 

「一歩間違えば、俺にも当たる可能性あっただろうが!」

「そこは、狙った!」

「いや? ギリギリだったぞ?」

「ソレも、狙った!」

「「…………」」

 

 田中は絶句、俺も絶句である。

 なるほどね、木村先生はもうちょっと踏んでおこう。

 

「ふやぁー! 浄化されるぅぅ」

 

 ……駄目みたいですね。

 

 

 

 そうして俺達はやっとまともな装備にありついた。

 田中の手錠も外され刀も無事で完全装備。木村は自在金腕(ルー・デルオン)って新武装でホクホク。

 一方俺は、穴だらけ血だらけのトリネラの服で我慢。

 サイズは違うが木村に微調整して貰えば、一応は着られる状態に仕上がった。

 

 ……帝国の軍服って結構カッコイイのな、王国でも取り入れて欲しい。

 

「靴までは合わせられないな」

「しゃーない、裸よりマシ、付いてこい」

 

 ようやく部屋から脱出。勝手知ったる通路をペタペタと歩む。目指すは中央制御室。

 今の俺にはポーネリアの記憶がバッチリある。カプセルの中で生まれ変わってシンクロ率100%だ!

 

 ――ピ・ピピピ ブブブブブ

 

 そんな俺達に黒い球体ドローン、ザカートが一斉に向かってくる。

 

「オイ!」

 

 散々に泣かされたらしい木村が後ずさる。

 

「大丈夫だ」

 

 俺は余裕綽々。ザカートが飛び交う中に自ら突っ込んで行く。当然に一斉に取り囲まれ、レーザーが俺を探っていく。俺の顔、目の虹彩。体型。指紋。

 

 ――ピー、ピロリロ♪

 

 可愛らしい音と共にザカートは飛び去っていく。

 

「今のは?」

「俺の生体認証が通ったって事よ!」

 

 今の俺はシンクロ率100%。どう言うワケか凶化してポーネリアの遺伝子を取り込んだらしく、既にセキュリティーはフリーパスだ。

 ポーネリアは凶化していた。外見は勿論、遺伝子だって変異するワケで、生体認証にゆとりを持たせまくっていたワケよ。

 医療部屋でチェックして驚いた。機械は俺をかつてのあるじと認識する。パスワードだって勿論参照権で思い出せるので、今の俺なら施設の全てが自由になる。

 その為にはマズは中央制御室に向かいたい。

 

「ココだ」

 

 辿り付いた大扉。まだ帝国兵が居るとすればココしか無い。

 木村が扉をチェックする、原始的な罠を警戒しての事だった。

 

「まだ居るかね?」

「何が居ようと、俺に斬れないモノなんて無いさ」

 

 刀を装備した田中の頼もしい事! さっきまで「助けて!」と泣いていたのと同一人物とは思えない。チェンジされたのはお前だったか。

 危険な罠が無いと見るや、そんな田中が元気良く飛び込んでいく。

 

「たのもー」

 

 掛け声が完全に狂人のそれ。道場破りか? やっぱコイツもチェンジ。

 

「誰もいねぇみてぇだな」

 

 恐る恐る乗り込むと、記憶の中の中央制御室と変わり無い。

 部屋の中は色々な機械が鎮座しているモノの、隠れる所はナシ。

 しかし飲みかけの水や脱ぎ捨てた服が、直前まで人が居た事を教えてくれる。

 

「システムは切られてるか……」

 

 早速コンソールの前に腰掛け、モニターをチェックするが電源を入れる所からスタートとなった。

 強引に切断された場合の自己診断プログラムを華麗にキャンセル、それでも起動には10分ぐらいは掛かりそうである。

 

 これだけで敵はとっくに脱出してるのは窺い知れる。

 

「ソファーが少し温かい、まだ半時と経ってないぜ」

「じゃあ、とっとと追いかけようや!」

 

 ソファーを調べる木村が悔しげに唸り、ソレを聞いた田中は堪らず部屋を飛び出そうとする。

 だが、この施設はなんだかんだ広い。三人で手分けして探したって見つからないだろうし、なにより俺はもう頭を吹っ飛ばされるのは懲り懲り。

 

「まぁ待てよ、モニターに出るから」

 

 まだシステムの起動は半ばだが、俺はホログラムモニターを大写しにする。それを見た二人は口笛を吹かんばかり。

 スクリーンにはこの施設の地図が階層毎に細かく表示されていた。

 

「ヒュー! 使い方解るのか?」

「さっきのドローンと良い、記憶を回収したってワケか!」

「ご名答!」

 

 俺はご満悦でコンソールを叩く。すると、続々とコンソールに光が灯る。

 

「この小さい赤点は飛行ドローン、スライムドローンは青いんだけど邪魔だから表示オフ! 上層の光点は多分ゼクトールさん達かな? 一人だけちょっと離れてるけどなんだろ? それでー? この26階層をとぼとぼと歩くのがぁ?」

「ソルンってワケだな?」

「多分ね」

 

 俺は相手の顔も知らないが、田中にはお馴染みの相手っぽい。

 

「コイツが強いとかってワケじゃねーけど、マジで嫌な予感がすんだよ、学者先生の研究次第で、マズイ事になりそうな……」

 

 言葉に出来ない焦燥感に焼かれる田中。自分でも未知の感覚らしく、言葉に出来ないままに必死に訴えてくるが、木村はしたりと頷いた。

 

「お前の焦り、俺にもワカルぜ」

「マジかよ! 解ってくれるか! いやー、俺にも解らねーのに?」

「肥料を作る魔法のこったろ? 肥料が作れるなら、ちょっとイジるだけで火薬が作り放題って知ってた?」

「ぼフェー!」

 

 システム復旧に必死な後ろで、ショートコントの練習するの止めて欲しい。ちっとも面白く無い。ただでさえ五月蠅いのに唾とか飛んで来たし。

 慎重に唾を避けながらエンターキーをポチり。

 

「はい、システムオールグリーンね、隔壁降ろしまーす!」

「高橋君、いやユマ姫様! いっそレーザーとか撃ってぶっ殺せません?」

「無理ッス!」

 

 田中が後ろから俺の華奢な肩を掴んでガクガクと揺らす。

 

「うおーい! 火薬が普及したら、せっかく刀を手に入れたってのに活躍出来ねーじゃん」

 

 知るかいな、黙って木村とコントしててよ。サイレントで政治風刺的な奴で頼む。

 

「あ、前時代的遺物さんチーッス! 銃作ったけど撃ちます?」

「木村ァー、俺にガンブレード作ってくれー」

「無理でーす! ゲームじゃありませーん! どうです? いっそ棍棒と毛皮で戦ってみては? 敵はビビるよ? 俺もビビるし」

「パオーン!」

「マンモスだ! マンモスが出たぞ! コラ! 痛いだろ! 殴んな!」

 

 後ろのコントは佳境を迎えていた。正直楽しそうで混じりたい。

 そんなワケにも行かないので26層付近の隔壁をガンガン降ろしていく。

 

「お? おぉ? 焦ってる焦ってる! まさかコッチもコンピューターを使えるとは思いませんよねぇ」

 

 モニターには光点でしか表示されないが、オロオロとしたその動きだけで焦りは十分に伝わった。赤外線サーモグラフィーで体温上昇まで手に取るよう。

 そんでトドメにドローンをレッツゴー。

 

「決まりだな!」「ああ」

 

 コントの練習を終えた二人も、逃げ惑う光点の動きの方が面白いと見える。もはやコッチにかぶり付きだ。

 ソルンさんと君らじゃコンテンツ力が違うんだよ。見習って欲しい。手始めに田中にもドローンけしかけて良いか?

 

「ふざけてないでよく見ろ! 様子がおかしいぞ」

「ん?」

 

 二人に言われてモニターを注視。なんか21階層に突然巨大な光点が発生したんだが?

 

 ――発生。

 

 あり得ないと思ったが、そう言えばこの施設は大穴に削られている。

 地図上にあの大穴は反映されていない。当然だ、あの大穴はポーネリアが死ぬ直前まで存在しない。

 だったらソコにセンサー類も存在しない。

 

「人間の、サイズじゃないな」

「魔獣か?」

「ソレしか無いよね……」

 

 そう言えば、施設には大穴が空いているのに魔獣は入り込んで来ていない。だとしたら魔獣避けの結界や音波が出ている可能性は高い。

 だと言うのに、今、このタイミングで魔獣が施設に侵入してきた。コレは偶然か?

 

「嫌な、予感がするな!」

「ああ」

 

 固唾を飲む二人に考え過ぎとは言えない。なにせ魔獣はすぐさま動き出した。

 隔壁をぶち破りながら、向かうは階下。目指すのはコチラか、或いはソルンの救出か。

 

「俺は行くぞ!」

「オイ待てよ!」

 

 我先にと飛びだそうとする田中のマントを木村が引っ張る。

 

「高橋改めユマ姫様! 俺と田中は出ます。姫はココでお待ち下さい!」

 

 なるほどね、周囲に敵がいない事はモニターで確認済み。

 そんで今の俺は魔法も使えぬ幼女なんだから、そりゃココに居た方がよっぽど頼もしい事だろう。

 それにしてもユマ姫サマね……

 俺も『高橋敬一』を引っ込め、姫の顔で微笑む。

 

「良いでしょう。ですが私の魔力制御も戻って来ています、しばらくすれば戦う事も難しくありません。それでもたった二人で凶悪な魔獣に挑むと言うのですか?」

 

 俺は光の魔法で後光もきらびやかに尋ねる。

 すると木村も恭しく拝礼する。

 

「非才の身なれど、僭越ながら姫の御身を守る栄誉に預かりたく」

「許す! 行きなさい!」

「ハッ!」

 

 姫と騎士ごっこである。

 ノリノリでやってみたが、空気を読まない男が居た。

 

「いや、精々通路に入ってこれるサイズだろ? もっと巨大な魔獣だって俺一人で倒せるんだけど?」

 

 田中である。コイツ、空気を読まないね。

 

 だが、適当言って貰っちゃ困る。サイズが小さくても強力な魔獣はゴマンと居る。

 逆に大きくたって大したことない魔獣だって居るのだ。

 

「どんな魔獣です?」

 

 俺はお澄まし顔で尋ねる。

 

「一点物のグリフォンを除くと、良く狩ったのは大牙猪(ザルギルゴール)とか?」

 

 最上級の魔物であった。

 

「ぼフェー!」

 

 お澄まし姫様、大崩壊!

 話には聞いてたけど、アレは魔法なしに倒せるモンじゃないからね? 現にさっきも兵士が百人掛かりで突っついて、吹っ飛ばされて、結局俺が銃で倒したから。

 それを『ちょっと一狩り』って感じで言うのは中々凄い、お姫様が原始時代まで退化したって仕方が無い。

 

「パオーン! パオーン!」

「マンモスだ! マンモスが出たぞ!」

 

 家臣だって当然退化している。

 姫と騎士ごっこなんて時代遅れよ。今は野生。

 

「ふざけてないで行こうぜ?」

 

 田中さん、アナタさっきまで一番遊んでいたじゃない?

 俺は気を取り直して命じる。

 

「行きなさい! 王国の命運はあなた達に掛かっています!」

「ハイヨ!」

「オイ! 俺も行くって!」

 

 最後までマイペースに田中は出て行った。当然、木村も後を追う。

 一転、中央制御室に静寂が訪れたと思った矢先。

 忘れ物でもしたのか、ひょっこり木村が顔を出した。

 

「なぁ、聞き忘れたけど、大牙猪(ザルギルゴール)より強い魔獣って居ないの?」

 

 ……なるほど、確かに大牙猪(ザルギルゴール)は最上級の魔獣。遺伝子変異で生まれる妖獣や、他の遺伝子を取り込み続ける凶化した魔獣を例外とすると、種としてソレを上回る魔獣など……

 

「一つだけ、ハッキリと格上と言える魔獣が居ますね」

「ソレは?」

 

 俺は思い出す。『参照権』など使わずとも、今でもハッキリ思い出せる。

 エルフの戦士が数十人で倒すのが大牙猪(ザルギルゴール)だとするならば、エルフが軍を動かす唯一の存在。

 

王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)!」

 

 ハルキゲニアみたいな魔獣。

 かつてセレナが倒した魔獣。

 愛する女性のかたきと、今は亡きエリプス王が軍を動員し、それでも追い詰められた魔獣でもある。

 

「まさか……な」

 

 見つめるモニターの光点に、最悪の予感が拭えなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。