死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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魔女の罠

「お? おおッ?」

 

 俺はクルリと一回転。いつの間に髪色がピンクに戻っている。

 

「スフィールで田中と死別して以来だな」

「死んでねぇ死んでねぇ」

 

 いや、ホントに髪が脱色するぐらいショックだったのよ。ソコは汲んで欲しいね。

 

「俺は初めて見るな、今までも大概だったけど、余計にアニメキャラみたいだな」

 

 一方で木村は初めてか? 力抜けよ。

 いや、マジで力抜け! グイグイ来すぎだろ、女の子の髪をペタペタ触るな。

 

「なぁ? エルフってのは髪の色が変わるのか?」

「ないない、どんな生き物だよ!」

「……アザラシとか?」

「ゴマちゃん!」

 

 今まで赤ちゃんだったとでも言うのかね? バブー!

 

「心配ないって。元々銀髪で、子供の頃にピンクになったんだけどさ、魔力過多が異常なレベルに達すると体毛が赤くなることがあるらしいんだよな」

 

 俺が鶏肉を食べてひっくり返った際は、王国一の名医が呼び出された。ソイツの診断だから間違い無いだろう。

 更に言うと、ポーネリアの記憶から古代人の知識を検索しても同様だった。

 そう考えると銀髪に戻ったのも田中の死のショックで脱色したと言うより、魔力不足で色が抜けたと考える方が妥当だろうか。

 

「赤ってよりもピンクでは?」

「診断では、赤よりはマシな状態じゃないかって話だったかな?」

「あ!」

 

 田中が唐突に声を上げ、木村との会話に割り込んだ。

 

「そうだ、確かグリフォンも魔石をボリボリと食いまくって、体毛が不気味に赤く光ってやがった」

「ああ、凶化の最終段階だな」

 

 そりゃあ魔力暴走で弾ける寸前と言われている状態だ。

 コレはもちろんポーネリアの記憶による所だが、エルフの知識だって中々捨てたモノじゃ無い。机上の実験データでは無く、実際に戦った記録と言う観点ではむしろ上等ですらあった。

 凶化した魔獣はエルフを大変手こずらせたので、王宮図書室には少なくない資料があったワケだ。

 今思えば、新しい書物が多かったあたり、この施設から逃げ出した奴の生き残りじゃあ無かろうか?

 ま、だとしても俺に責任がある訳じゃ無い。

 

 俺が現実逃避をしている間も、木村は俺の髪をしげしげと見つめる。

 

「それで、体調は大丈夫なん?」

「んだぜ、助けて貰っておいてアレだが、どうして来た?」

 

 む、田中の奴めどうして来ただと? 危なかった癖に態度がデカいぞ!

 

 こうなったらピンク髪の義務をこなさなくては。

 

 ――ふぅ、ちょっと緊張するな。深呼吸をひとつ。

 手始めにと田中へ向けて、ビッっと人差し指を突きつける。

 

「べっ、別にアンタの為に来た訳じゃないんだからね! ついでよ! ついで!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 キマったな! 

 喉も完全復活で舌っ足らずなキンキン声が突き刺さる。もはや二人はぐうの音も出ない様子。

 

 我ながら見事過ぎるツンデレである。

 

 ピンク髪と言えば、ツンデレ。ツンデレと言えばピンク髪。

 そんなイメージあるよね? みんなも好きだろ?

 

「そうだな、ソルンを追わねぇと」

 

 田中。まさかの、ガン無視であった。

 

「俺は、……可愛かったと思いますよ?」

 

 木村は中途半端なフォローをヤメロ!

 

 まぁ良い。俺達はソルンの追跡を開始する。

 実際、ふざけていないでとっとと追いたい気持ちはあった。だが王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)との戦いはかなりの激戦であったらしい。

 汗だくの二人は男臭いを通り越し、もはや獣臭い。クタクタに疲れ果てていて、とてもスグには動けなかった。

 勿論、か弱い俺が一人で突っ込む、なんてのはもっての外だった。

 ……なんせ今の俺は、ほぼほぼ無力。走りながら自分の魔力を確認する。

 

「体調は大丈夫っぽいんだけどなぁ」

「魔法は無理か?」

「コホン、多少は使えますが、魔力値で言うと100もありません。いつもの半分以下ですね」

 

 そろそろ口調もお姫様に戻しておく。

 ちなみにこの位の魔力だと矢を加速して、やっと人並みの威力って程度。

 

「戦力外じゃねーか!」

「それでも施設を把握しているのはこの私です。それに銃ぐらいは撃てますし」

 

 自信満々、ノエルが使っていたショットガンを見せつける。すると、申し訳無さそうに木村からのご注進。

 

「その……銃なんですが。実は私、火薬を切らしておりまして」

「え?」

 

 あんなにあったのに? どんだけ撃ってるんだよ……あっ! 十挺で廻し撃ちしたの? え? 爆弾にも使った? クソ馬鹿では?

 

「つきましては、姫様は火薬をお持ちで無いですか?」

「さっきの爆発を見たでしょう? ンなモン、使い切ったに決まってるじゃん!」

 

 足りない胸を反らせて堂々と宣言。お姫様はキャンセルだ!

 

 むしろ、俺が木村から借りようと思ってたんだが?

 念のため言っておくけどさ、さっき使った火薬だって俺が見つけた物だから文句を言われる筋合いはナッシング!

 中央制御室のそばに宿直室がある事を思い出し、ひょっとして、と探したら奴らの荷物がしっかり残っていた。そこで拝借したのがさっき灯油を混ぜた火薬ってワケ。

 

 もちろんオールイン。何しろ相手は伝説の魔獣だよ?

 俺の言葉を噛み締めるように、木村は優しい笑顔で頷いた。

 

「なるほど……ズバリ、戦力外!」

「あ、ハイ……」

 

 しょんぼり。またしても無情な戦力外通告。

 

「留守番しておくか?」

 

 そう田中に問われるが、ぐぬぬと首を横に振る。

 実際、戦う力は無いのだが、久しぶりに三人揃ったのだ、一緒に冒険したいではないか。

 でもなぁ、戦力外だけなら兎も角、俺が居ると『偶然』に巻き込んで却って危険に晒してしまう。

 今だって二人だけならもっと速く走れる。どうやら灯油の一斗缶を担いで移動したのが、思った以上に足に来ている。

 そんな俺の様子を木村が一瞥すると、速度を緩めようとしない田中に舌打ち。

 

「そうは言っても、こんな所にお姫様をひとりで放置ってのもマズイだろ?」

「ンだからオマエも留守番だって」

「え? 俺も?」

 

 いや、木村さん。なんで俺が? みたいな顔してるけど、良く考えれば銃が使えなきゃ戦えないのはアナタも一緒じゃない?

 

「いや? 俺には自在金腕(ルー・デルオン)があるし」

「さっき指が痛いって言ってなかったか?」

「……言いましたぁ! メッチャ痛い!」

 

 木村が降参のポーズで赤く腫れた指を見せる。

 自在金腕(ルー・デルオン)は指に金属のワイヤーを巻き付けて使用する。

 五本束ねて一つの腕とする通常の利用法ならそれ程問題はないらしいが、五本同時に操る木村の場合、指の負担が大きいようだ。

 まぁね、普通に考えて、指一本一本にマスケット銃の5kg近い重量がのし掛かるのだから当然だわな。

 

 木村を指差し「ズバリ、戦力外!」と言い返してやれば、思い切り木村にほっぺたを抓られた。理不尽過ぎない?

 

 こうなると戦えるのは田中だけ。

 

「じゃあ、二人でゆっくり来いよ、俺は先に行くぜ」

 

 言うなりスタコラ一人で駆けていく。

 その速い事。そう言えば、かつてアイツは魔法を使った俺の速度に付いて来た。馬にも劣らぬ速度と言える。

 

「行っちまったな」

「そうですね……」

 

 一方で俺達は速度を緩める。もう焦っても仕方が無い。

 

「どうする?」

「万が一を考えるなら、追加で灯油を探すべきですね」

 

 考えたくも無いが、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)が一体とは限らない。だとすれば備えは必要だ。アイツにトドメを刺すには燃やす以外にないのだから。

 

「この遺跡に火薬は無いのですか?」

「古代文明は魔力を電気の如く様々な用途に使っていました。何しろ簡単に手に入るのです。ただし、保存性が悪いので魔力を灯油の様な他のエネルギーに変換する事はありましたが、武器として火薬を使う発想はなかったようです」

「なるほど……」

 

 木村は澄ました顔で思考に沈むが、俺は田中が居ない場面で木村とどう会話するべきか悩んでしまう。

 今までは二人きりであっても、日本語で冗談を言う場合を除くと、真面目にお姫様していたのだが……

 なんか、こう。お互いに口調をどうするかってのが気まずいんだよな。

 却って他の誰かが居てくれた方がお姫様しやすいんだが……

 

 と、そんな俺の気持ちが通じたのか、上の二十二層へ通じる通路の前、思わぬ集団と出くわした。

 

「姫様! ご無事で! キィムラ様も!」

 

 近衛兵たちである。

 ボルドー王子亡き後、王族の護衛ではなく俺の護衛を選んだ時点で、厳密には近衛とは言わないらしいが……そんな事はどうでも良い。貴重な増援だ。

 

 だけど、気になる事が一つ。彼らの先頭に居るのが副長のワッツさんなのだ。

 

「ゼクトール隊長はどうしたのです?」

「隊長とは途中ではぐれてしまって」

「まぁ!」

 

 大変だ、この遺跡はドチャクソ広い。下手すりゃ建物の中で行き倒れ。

 

「だいじょぶッスよ! 隊長はとにかくしぶといんで」

「ちげぇねぇ!」

「そんな事より! 本当に腕と目が治ったんですね! おめでとうございます!」

「まさに奇跡だ! 隊長が見たら喜ぶぞ」

 

 魔力が濃くて辛いだろうに、彼らは強がって笑ってみせる。

 そう言えば確かに中央制御室で確認した光点は、一人だけが妙に離れた位置に居た。

 それにしても濃い魔力の中で辛いだろうに、ワイワイと盛り上がる。流石に体育会系の奴らだ。

 お陰で文系の木村は居心地が悪そう。よし、君に使命を与えよう。

 

「キィムラ様。灯油がこの階層の北側の部屋にあるハズです。探して持ってきては頂けませんか?」

「ふむ、探してみます」

「よろしくお願いします」

 

 近衛兵は七名。むしろ彼らに灯油を探して欲しい所だが、灯油がどんな物か判別不能だろう。

 もちろん俺が一番捜し物に向いているのだが、そうすると護衛である彼らもセットで付いて来てしまう。

 大の男が七人。折角の戦力をソルンの追撃に使わない手は無い。

 っと、そう言えば? 彼らは上層から来たのだ。

 

「皆さん、黒衣の大男とはすれ違いませんでした?」

「いえ? そんな者は見ていませんが?」

「では、銀髪の青年は居ませんでした?」

「銀髪の? そう言やピーク、オマエが見たって言うのがそうか?」

「ほら、ワッツ副長! だから見たって言ったじゃないですか!」

 

 ピークと呼ばれた赤毛の男が口をとがらせブーたれる。

 ワイワイとまぁ、微笑ましいね。聞けばスグ上の二十二層の小部屋に入り込んだのを見たとの事。

 

「まぁーた、幽霊だーってビビってるとばっかり思ったぜ」

「そりゃ無いっすよ-」

「幽霊よりも隊長のがおっかねぇよな」

「違いねぇ」

 

 ゼクトール隊長が居ないせいか、みんなして伸び伸びとしてらっしゃる。そう言うのあるよな。

 それにしてもゼクトールさんはドコへ行ってしまったのか。

 あの時の光点を『参照権』で思い出し、その経路を予想してみるか。

 

 ――ん?

 

「姫様、あの小部屋に入ったのを見たんでスよ!」

 

 俺の思考はピークという赤毛の男の声に遮られた。それに対しワッツ副長も威勢の良い声を上げる。

 

「ホントに見たんだろうなぁ?」

「間違い無いっスよ! 多分」

「よぉーし、探ってこい」

「うぃっす」

 

 赤毛の男が扉を探る。罠の有無を調べているのだろう。ただのお調子者かと思いきや、どうやら彼はその手の専門家だ。

 

「やっぱり誰か入った形跡がありますよ」

「誰も居ないのか?」

「もう居ないみたいですね。ん? 何だコレ? 良く解らないモノがありますよ?」

 

 ……なんだろう? いや、何にしても俺が見れば解るハズ。

 

 俺がトトトと扉に近づくや、ピークは明るい顔を覗かせた。

 

「あ、姫様! 見て貰って良いですか? コッチなんですけど」

「構いませんよ、あっ」

 

 了承するや、ピークは気安く腕を取ると俺を部屋へと引き込んだ。コレが陽キャの積極性と恐れ入る。

 しかし、パッと見、部屋には大した物がありそうには思えないが……

 

 ――シュパッ

 

「え?」

 

 ゴロンと目の前に転がったのは赤毛の頭。

 ピークの生首だった。

 

「ユマ様! お下がり下さい!」

 

 ワッツ副長に抱えられ部屋から引き摺り出される。

 その腕の向こうに見えたのは

 

 ふらつく足取りでボロボロな金髪の女幽霊? いや、違う!

 

 ……シャルティア嬢だった。

 

「ユマッ姫サマ!」

 

 その様子は尋常では無い。青白い顔は幽鬼の様であり、顔にはびっしりと珠の汗が浮かぶ。

 

「貴様! ユマ姫の侍女ではないか! 狂ったか!」

 

 ワッツ副長が大喝する。そう、彼らは俺の侍女を知っている。もちろんその正体も。

 彼らが敬愛していたボルドー王子を狙った暗殺者だった過去ですら。

 狂ったと思うのも当然の所業だ。

 

 狂ってる……か。

 

 確かに彼女は元々頭がオカシイ側の人間だが、今回は文字通り狂っているのかも知れない。

 敵には王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)すら使役する異能の魔女が居る。以前のシャルティアはその力を退けたモノの、この地では濃すぎる魔力に苦しんでいた。

 そこを狙われたとして、全く不思議では無い。

 

「恩を仇で返しおって! 成敗してやる!」

 

 ワッツ副長は大剣を抜き、部屋の中央に陣取るシャルティアへと構え、踏み込む。

 ……だが、俺がそれを止めた。

 

「待ちなさい! ワッツ!」

「待てません! こやつはピークを」

「待てと言っています!」

 

 俺は副長を抑え、代わりにとシャルティアへの前に躍り出た。

 

「シャルティア。いえ、シャリアちゃん」

「ゆ、ま、サマ……」

 

 なるほど、ゾンビの様だ。コレなら操られてしまったとしても仕方が無いだろう。

 

「そのナイフを離しなさい」

「い、嫌ッ、ちがう……の」

「離しなさいと言っています!」

 

 私が声を荒らげると、悲しそうにシャリアちゃんはナイフを床に落とした。

 

「ひめ、さ、ま」

「お待ち下さいユマ姫!」

 

 ワッツの静止も聞かず、俺はナイフへ近づくとゆっくりと拾い上げた。

 うーん、何の変哲も無いナイフである。肉を切るにも薄すぎて頼りない印象。なのに人間の首をああも見事にかっ切れるか……

 腐っても暗殺組織のトップだった女だ。まぁそれでもこうなっては辛いだろう、俺が仕留めてやらんとな。

 

「ワッツ! 私の代わりにこの者を拘束なさい」

「ハッ!」

 

 後ろからドタドタとワッツが近づく。

 

「ユマ、さ……ま、逃げ……」

 

 シャリアちゃんは切なげな顔でコッチを見るが駄目! コレは譲れない。

 ワッツ隊長がシャリアちゃんにのし掛かり、その体を床に押しつける。

 コレでチェックメイトだ。俺はナイフを振り上げる。

 

「わたくしが始末を付けます」

「ユマ様、わざわざ手を下さずとも我々が!」

「いえ、私の責任でもあります。私自身がケジメをつけないとなりません」

「解りました」

 

 ワッツのぶっとい腕で肩を押さえられ、シャリアちゃんの白い首筋が晒される。すこぶる付きの美女に汗だくの首筋。それを押さえつける大男。満貫だね。かなりエロイ。

 コレは一息にやらないと申し訳無い。専門家が見ているのだ、半端な真似は出来ないだろう。

 俺はギュッと奥歯を噛みしめリミッターを解除。久しぶりに奥歯があって嬉しい。またスグにすり減りそうだけどさ。

 そして少女の枠を越えた力をもって、ナイフを持つ手に力を込める!

 

「行きます!」

 

 掛け声と同時、俺は曝け出された首筋にナイフを突き立てた。

 

 ――ドスッ! ギリギリギリ。

 

 それから力任せに引き裂けば、なんとかゴロンと首が落ち。パツキン美女が真っ赤に染まった。

 

「ふぅ……」

 

 一仕事終えた感動に俺はホッと一息。

 

「どうして?」

 

 そんな俺に問う声。

 虚ろな瞳でシャリアちゃんはコチラを見ていた。

 

「そりゃあ、コイツら洗脳されてるからね」

 

 血塗れの笑顔で、俺は転がったワッツ副長の生首を蹴飛ばした。




一斗缶言ってるけど、ステンレスのガソリン携行缶のが近い。
斗って単位がマズ無いし。

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