死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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冷蔵庫が寿命ぽ


王蜘蛛蛇2

 ユマ姫(アイツ)と木村、戦力外二人を置き去りにした俺は遺跡を駆け抜け、遂に逃げ惑うソルンを発見した。

 追い詰めた先は、俺が遺跡に侵入する際に降りてきた大穴。

 見上げれば微かに日の光が差してる。どうやら遺跡の中で一晩明けてしまったみてぇだな。

 アイツの回復に時間が掛かったとは言え、思えば長丁場になったモンだ。

 

「そろそろ観念したらどうだ?」

 

 俺からの心の籠もった忠告。なのに聞いちゃ居ないとばかりソルンは隠し持った自在金腕(ルー・デルオン)を上層へと投げつけた。

 

「ハッ!」

「させるかよ」

 

 俺はそれを無造作に断ち斬る。

 投げ縄の如く、剥き出しの鉄骨に引っ掛かった自在金腕(ルー・デルオン)をブツリと斬れば、上層へと逃れようとしていたソルンは地べたに転がるハメになる。

 

「グッ」

「全く、生け捕りってのは手間だぜ」

 

 アイツらが雑だから俺が苦労するハメになる。他にも捕虜が居て、コイツを斬って良いならとっくの昔に終わっていた。

 俺みたいな良識派が、いつだって苦労するンだよなぁー。

 

「オラ! 神妙にしろ!」

 

 苛立ちを乗せてソルンの背中を踏みつける。俺は長身で体重もかなりのモノ。ジタバタと暴れるが逃がしはしない。

 しかしソルンは突然に抵抗を止めた。そして地べたに這いつくばったまま、背中を踏む俺を振り返りニヤリと笑った。

 

「そうだな、解った。降参だ」

 

 なんだ? 奇妙だ。諦めた顔じゃない。そう思ったのは一瞬。

 

 ――いや、見てるのは俺じゃ無い、後ろ?

 

 ココは俺が降りてきた大穴だ。背中を踏みつける俺の後ろには遙か地上まで虚空が広がっているハズだが……

 

 ――ッ!

 

 気配と空気を切り裂く音。

 受けッ? いや! 躱す!

 

 横へゴロリと転がると、慌てて立ち上がった目の前。先程まで俺が居た場所に立っているのはひとりのエルフ。

 

「オマエか!」

「…………」

 

 答えは無い。不可思議なベールを被った長身のエルフがソコに居た。気が狂ったグリフォンを倒した奴で間違い無い。

 

「…………」

 

 奴は無言のまま、その長身より更に長大な大剣を突きつけて来る。コイツの異常な切れ味を俺はよく知っている。バターみたいに化物(グリフォン)を切り裂いていた。

 

「つくづく邪魔してくれるなァ!」

「…………」

 

 無口なヤツだ。しかしソルンを守って一歩も退く気は無い様だった。

 まるで隙が無い。凄腕の剣士は何人も見てきたが、ここ最近はとんでもないヤツとばかり戦っている気がする。

 力なら崖上で死闘を演じたウォー・ハンマーを振り回すブッガー。技なら謁見の間で戦った魔剣使いのローグウッド。

 しかし、コイツは力も技も、そして武器の性能でもそれらを遙かに上回る。

 

「そろそろ名乗っちゃくれないか?」

「…………」

 

 名ぐらい聞いておきたかったが全く喋る気は無いらしい。だが、思わぬ所から返事があった。

 

「彼は私のナイトよ」

「黒峰ッ! オマエか!」

 

 遙か上空から声が掛かる。現れたのは久しぶりに見るクラスメイトだった女。

 

「ンだよ? そのオモチャは、面白そーじゃねーか」

「でしょう? 私の元に下るなら遊ばせてあげるわ」

 

 黒峰がいるのは遙か上空。切り取られた小さい空を背に巨大な黒い球体が虚空に浮かんでいた。

 ドローン! いや人間が乗ったらドローンとは言わないのか? プロペラを内部に複数搭載した球体の檻。そんなモノが空中に静止し、その中で優雅に座っている。

 その巨大な球体がコチラへゆっくりと下降してくる。

 

「テメェ」

「…………」

 

 追いすがろうとするがベールのエルフに止められる。コイツを斬らねば追撃は不可能。

 しかし、一筋縄でどうにか出来る相手では無い。

 

「ソルン。行きましょう」

「はい、クロミーネ様」

 

 そうこうしている内に地面に降り立った球体はソルンを回収しちまう。クソッ!

 球体はそのままゆっくりと上昇。俺はエルフと遊ばなければならないようだ。

 

「おいおいナイト様よ! 置いていかれたみたいだなぁ!」

「…………」

 

 無言、それでも構わない。機先を制すればそれで良い。

 俺はヘラヘラとした態度で近づいた。毒気を抜かれたのか知らないが、斬り掛かってくる様子はナシ。

 

「しっかし、オタクいっつも顔を隠して、さては恥ずかしがり屋か? それともよっぽどの醜男か?」

「…………」

 

 刀も抜かずに話し掛ける俺に、時間を稼げるなら好都合とばかりに動く様子がない。

 でもな、納刀した状態でも瞬時に斬りつける技がある。

 

 ――シッ!

 

 居合いだ。静止状態から突然の横薙ぎ。だが読まれていた。バックステップで躱される。

 お返しにと相手の一振り。大剣とは思えぬ速度で同じく横薙ぎの一閃。いや、同じに見えて剣のリーチが全く違う。

 俺の剣を避けた先からでも余裕で届く一振りを俺は伏せて躱す。

 

「行くぜ!」

 

 大剣を振り抜いた後、がら空きの胴体を斬りつけるのは長物相手のお決まりの手だ。

 

「…………」

「嘘だろ!?」

 

 しかし、振り抜いたハズの大剣はその重量を感じさせず切り返して来た。

 今度は伏せて避けようも無いナナメに切り下ろす斬撃。

 今度はジャンプで回避するも、削られた床の破片が宙に留まる俺の身を打つ。それだけじゃ無い、その大剣は地面に埋まった事が嘘だとばかり、再びの方向転換。

 宙で逃げ場の無い俺の身を追撃する。

 

 こうなっちまうから剣術に限らず、戦闘においてジャンプなんぞもっての他、そう教える武術は多い。

 だが、実戦にルールなんざ存在しない。特に俺の様な天才にはな!

 

「オラッ!」

「グゥッ……」

 

 俺は空中で床を一閃、その反動で俺はヤツの大剣の軌道から逃れると同時、削られた床材がヤツのヴェールを吹き飛ばす。

 そうして初めて見るヤツの顔は端正なエルフのイメージそのもの。

 

「案外イケてるじゃねーか、よっぽど顔に自信が無いのかと思ったぜ」

「…………」

「褒めてるんだから喜べよ」

 

 めんどくせえ! いや、洗脳されているんだろうが、ここまで意識が無いのはどうなんだ?

 お互いの剣の威力が規格外。それ故に一切の受けが取れない。防御が成り立たない。

 故に常に死と隣り合わせ。一瞬の油断で全てが決まってしまう。

 自然とにらみ合いが増え、斬り合っている時間は僅か、殆どの時間を相手の隙を窺う事で消費してしまう。

 その間にドンドン黒峰達は逃げて行ってしまうだろう。時間は俺の味方をしない。

 

「田中ァ!」

 

 いや、そうでは無かった。聞こえて来たのは前世来の親友、木村の声。

 

「無事だったのですね!」

 

 そして性別や種族まで変わってしまった高橋の可愛い声も。

 

「形勢逆転だな、降伏するなら剣を捨て「えっ!?」」

 

 ドヤ顔での俺の宣言はその可愛い声に遮られた。

 イヤイヤ高橋さん? ココは俺の見せ場なんですが?

 

「そんなっ! 嘘っ!」

 

 そればかりか、ヨロヨロと長身のエルフへと近づいていく。

 

「危ねぇぞ!」

「離して!」

 

 馬鹿かコイツ! 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが斬り合いのど真ん中に突っ込んで来るヤツがあるかよ!

 

「あの人は……私の!」

 

 ? オマエの何だってんだよ! そう怒鳴りつける前、遙か上空から声がした。

 

「彼は私のモノよ、返して貰うわ」

 

 黒峰だ! まだ居たのか! だったら今からでも! そう思って見上げた先。

 落ちてきたのは悪魔だった。

 

「ギョォォォォギョォォォ!」

 

 ズドンと音を立て、砂埃が舞う。

 その中心に立つのは再びの王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)! しかも先程の倍はある!

 

「代わりにそのコと遊んで下さる? 私には彼が必要なの、来なさい! エスプリ!」

 

 エスプリと呼ばれた長身のエルフは呪文を唱える、まさか?

 

『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』

 

 飛ぶのか! 凧も使わず、風の力だけで!

 長身のエルフはふわりと宙に浮く、まるでコチラを睥睨する様に。

 

 セーラに魔法で飛べないのかと尋ねた時、エルフの中でも魔力に優れた者のみが自在に空を飛ぶと苦々しい顔で言われた。

 セーラはそれなりに優秀らしいがそれでも無理、だとするなら、ソレが可能なアイツは何だ?

 

 しかし、ボケッと上を見ては居られない。なにせ眼前には恐るべき化物が迫っている。

 ……だって言うのによ! それらにまるで頓着しねぇお姫様が一人。

 

「待って! 待ってください!」

 

 ヨタヨタと歩き、浮き上がっていく男へと手を伸ばす。

 

「危ねぇ!」

 

 その進路を王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)の触手がなぎ払う。ソレを間一髪、抱きかかえて押し倒す事で何とか回避。

 

「なんで!」

 

 しかし返ってきたのは感謝の声では無かった。

 恩に着せる気はねぇが、なんだってんだ! その言い草は。

 文句を言おうと覗き込んだユマ姫の瞳。

 押し倒した体勢、間近に見る銀とピンクのそれらの中に、俺は全く映っていなかった。

 そこに映るのは虚空に浮かぶエルフの男。そこへ向かってユマ姫は必死に手を伸ばす。

 曇り無き水晶の如く大きな瞳、その中で像を結ぶ男の姿が急に歪んだ。ユマ姫が泣いているのだ。

 大きな瞳一杯に涙をたたえるその様子に、マヌケで狂暴な高橋の面影はまるで無い。

 見た目通り、年頃の女の子。俺はその理由を思い知る事になった。

 

「行かないで! ……パパ!」

「パパぁ?」

 

 ――アイツが、パパ? つまりエルフの国の! 王か!

 ……確か名前はエリプス王。それでエスプリたぁ、ずいぶんと知性(エスプリ)のない改名じゃねーか。

 

 確か、エルフは王族に近いほど多くの魔力を持つと、そう聞いた。

 じゃあ、本当にアイツが……

 

 ――ギョォォォォ!

 

 しかし、感傷に浸る余裕は無かった。寝っ転がった俺達に怪物の触手が迫る。

 

「何やってんだよ!」

 

 間一髪、打ち付けられる触手の一撃から床に転がる俺達を救い出したのは同じく触手? いや、か細い金属のワイヤーだった。

 自在金腕(ルー・デルオン)だ! 木村が俺達を窮地から引き摺り出した。

 

「木村ぁ助かったぜ、そんでオマエはしっかりしろ馬鹿!」

「ハァ! ハァ! くぅ! 解った」

 

 俺の腕の中、ユマ姫が必死に涙を拭う。顔の造形こそいまだ幼い少女のソレだが、中身は見知った男の顔へと戻っていた。

 その相貌が狂気に歪む。

 

「まずはコイツを倒す! ソレで良いだろ?」

「あぁ、細けぇ話はそれからだ!」

「しっかし、どう倒す? さっきのヤツより大分デカいぜ?」

 

 木村が不安になるのも仕方ねぇ。なにせさっき二人で大苦戦したヤツの倍の大きさ、そして火薬が一切残っていない。

 俺達が見上げる先、触手を振り回す巨大な王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)が立ち塞がる。


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