死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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スマヌ


晴れときどき姫

 ――バチュン!

 

 湿った破砕音。

 またひとつ、帝国兵の頭が吹き飛んだ。

 空から見ると、人間が蟻のように見える。

 

「クソッ怯むな! 仰角に構え! 目標は敵飛行物体。三、二――」

 ――バチュン

 

 音頭を取っていた下士官が、旗を振り下ろせずに首無し死体と化していく。

 

「ハイ、次♪」

 

 俺は楽しくって堪らない。

 鴨撃ちとばかりに撃ちまくっていた側が一転、撃たれる側に回るってのは傍目にも愉快なモノ、それが憎き帝国兵ともなれば格別だ。

 

 銃を持ち、横に広がって歩く戦列歩兵。

 俺は馬上で叫び続ける上級士官を無視して、旗振り役の下級士官を狙い続けた。

 

 ――パ、パ、パン、パパン

 

 するとどうだ? この腑抜けた音。兵士達は斉射が出来なくなる。

 ポスポスと散発的な破裂音が連続する。単発で規則無く撃つだけでは、面で圧する弾幕とならない。

 

「撃てぇー 撃ち落とせぇー」

 

 上級士官はあえて殺さない。

 何故か? 彼は俺が下級士官を敢えて狙っていることを知らない。だから次は自分かと怯え、半狂乱に陥っている。

 自分の番が来るまでに何としてでも撃ち落とそうと、当たらない弾丸をひたすら宙にばらまくだけ。周囲の警戒も疎かだ。

 

「そこぉ! 旗を拾わんかー」

 

 上級士官は落ちた旗を指差し絶叫する。

 下級士官は前線での旗振り役。当然に死ぬ事も計算の内で、次の旗振り役も決まっているようだ。

 今も一人の兵士が旗を拾おうと手を伸ばし――

 

 ――バチュン

 

 俺に頭を吹き飛ばされた。

 これを何度か続ければ、もう誰も旗を拾わない。

 指揮系統はグチャグチャだ。

 

「撃てェー」

 

 ――パァァァァン!

 

 久しぶりに纏まった数の斉射がなされる。

 だが、その全てが俺へ届かない。バシュッと音をたて、不可視の膜に阻まれる。

 防御結界の魔法だ。矢を加速させる逆、全てがこの膜で静止する。

 

 今、俺は空を飛んでいる。魔法で……と言うのは半分だけ正解。

 使っているのは白いグライダー。天使の羽に見えるのか、俺を目にした兵士達が祈り始めるのだから堪らない。

 調子にのって後光まで演出してしまったのだから、俺もだいぶ神だなんだと持ち上げられるのが癖になっている、癖になる前に自重したい。

 で、魔法の風をグライダーに受け空高く飛ぶ、コレだけで火縄銃なんぞ滅多に当たるモノでは無いのだが、オマケとばかり防御魔法を展開。

 これで万が一、弾丸が直撃しても数発なら問題はない。

 そして矢の魔法で空中から狙撃を行えば、あたかも戦闘ヘリに乗って戦国時代に現れたかの様な圧倒的な戦果が得られるって寸法だ。

 

 お気づきだろうか? 俺は複数の高度な魔法を同時に使用している。

 魔法は通常、一人の人間が同時に二つは展開出来ない。ソレは絶対のルールである。

 ところが俺は、精神的なショックから複数の人格を同時に制御出来る様になり、おかげで複数の魔法を同時に展開可能となる。

 コレは俺だけに許された唯一無二の力と言える。

 だが今までは魔力の問題で、ごく簡単な魔法を二つ同時に使うのが精一杯だった。

 

 それがどうだ? 今の俺はかなり高度な魔法を二つ、簡単なものなら三つ同時に起動できる。

 これは途轍もないことで、例えば大牙猪(ザルギルゴール)を倒すのには、囮役と攻撃役に別れての緻密な連携が必要である。

 それが移動の魔法で逃げながら魔法の矢を放てるならば、どんな魔獣も一人で討伐可能な無敵の兵士となってしまう。

 

 実際、今の俺は無敵に近い。だが悲しいかな俺には『偶然』がある。

 今も俺を殺すのにフル回転で、確率的にあり得ない量の銃弾が俺の防御結界に命中してるのだ。これでは流石に防御に専念せざるを得ない。

 

 だが、そんなに上ばかりにかまけて良いのかな?

 

「オォォォォ-」

 

 重騎士が一塊となって敵陣に突っ込んで行く。溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、散々に蹴散らし回っている。

 勿論、槍兵も一斉に突っ込んで行くし、弓兵も俺が作った土壁から矢を斉射する。

 

 おーおー、さっきまで逃げ惑っていたと言うのに、みんなの士気が高いこと高いこと。天使なんだかデコトラなんだか解らんぐらいにピカピカ光った甲斐があるというモノ。

 そして、一旦陣地に入り込まれると、今度は射撃兵器の弱さが出た。

 同士討ちを恐れて銃弾が撃てなくなる。帝国兵はしっかり訓練を積んでいた模様だが、ここまで近づかれ、乱戦となった時のマニュアルは無さそうだ。

 そうで無くても、現場指揮官が不在で現場は混乱している。正しい対処は難しかろう。

 

 この劣勢には茹で上がった指揮官の頭も冷えた様子。

 

「立て直すぞ! ゲイル大橋まで退却する! 号令の笛を吹――」

 ――バチュン

 

 ココで初めて上級士官を狙撃。冷え切った頭が転がり落ちる。

 

 

 ――逃がしはしない。おまえらは、全員、ココで死ね!!

 

 

 自然と口の端がつり上がるのが解った。

 ああ、楽しい、楽しいなぁ。

 コレが終わっても、敵の本陣には()(ちょう)(たい)などの兵士が残っている。まだまだ獲物には困らない。

 

 ――パァァァン

 

 だが、俺の楽しい時間を邪魔する無粋な弾丸。

 それは苦し紛れに撃たれただけのモノ。斉射でもなく、でたらめに撃っただけに違いない一発だった。

 

 だが『偶然』がソレを凶弾にする。

 

 砂粒一つ通さぬ俺の防御結界。俺が気を良くして戦場から目を切ったのはほんの一瞬、そこに開いたちょうど弾丸一発分の小さな結界の穴。

 ソレを見事にすり抜けて、一発の鉛玉が俺の柔らかなお腹に直撃する。

 

「ぐっ……」

 

 ゴスロリっぽく魔改造した白い軍服が、みるみる赤く染まっていく。重力に逆らって命中した弾丸に威力は無く、悪い事に鉛玉は貫通せずに腹の中に留まってしまった。

 

 このままでは回復魔法が使えない。

 

「仕方無い」

 

 俺はハンカチと、ブーツに仕込んだナイフを取り出す。

 

「グッッ」

 

 ハンカチを口に挟んでキツく噛みしめると、腹の大穴にナイフを突っ込んだ。

 銃創をグリグリとこじ開け、傷口の底をほじくる。

 ナイフの先端に歪んだ鉛玉が引っ掛かる。食い込んだ肉の線維をブチブチと引き千切りながらなんとか弾丸の摘出に成功。

 

 ……想像よりも痛くない。その証拠にこの間も俺の防御魔法は揺らいでいないし、グライダーの制御も完璧だ。

 こんな事なら、弾の摘出も魔法でやれば良かったと思うほど。

 だが、体のダメージが少ない訳じゃ無いだろう。

 その証拠にナイフを持つ手は汗でヌルヌルと滑るし、顔は拭き出した脂汗でベチャベチャだ。

 失われた血で体が冷えて、指先は震えるし、目も霞む。

 余りに痛い目に遭いすぎて、俺はスッカリ酷い目に遭うことに慣れてしまったのだろう。

 ちょっとやそっとの痛みでは、泣き叫ぶような事も無い。

 

 グライダーの進行は天然の風に任せて、防御結界を張りながら回復魔法を唱える。

 

「『我、望む、命の輝きと生の息吹よ、傷付く体を癒し給え』」

 

 ゆっくりと傷口が塞がっていく。怪我は癒えたが飛ぶのはココまでにしておこう。

 それでも戦争自体には、まだ参加出来るはずだ。なんせ俺の健康値はかなり高い。

 

 

 健康値:58

 魔力値:890

 

 かなり凄い数字じゃないか? かつて一桁だった時が懐かしい。

 

 ……本当に懐かしい。セレナ、母様、兄さん。

 

 そして、父様……最後に残った……家族。

 

 少しだけ、ボーッとしてしまったな。風任せにしたら、いつの間にか戦場から離れてしまった。

 魔法で風を制御して急旋回。再び向かった戦場は戦況が大きく動いていた。ソレも悪い方に。

 

 ――ドゴォォォン!

 

「ぐああああぁぁぁ」

 

 俺の作った土壁ごと、弓兵達が吹き飛ばされる。

 なんだ? なにが……

 

 戦場を見回せば、車輪が付いた鉄の大筒が登場していた。

 野戦砲か! アイツらあんなモノまで!

 しかも、戦場に登場した新兵器はそれだけじゃない。

 

 ――バァァァァン!

 ――ヒヒィィィィン

 

 見れば馬が棹立ちになり、重騎士が投げ出される所だった。

 戦場に巻き上がる土煙に炸裂音。投げ込まれたのは爆弾? そんなモノまで!

 更によく見れば、もっとヤバいモノが! アレは? 手回し式のガトリングガン?

 アレはヤバい!

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 俺は慌てて矢の魔法を唱え、ガトリングガンを狙う。コレを止めなければ、兵士達が穴だらけになってしまう!

 

 ――シュッ――ガンッ!

 

 魔法の矢が命中、射撃を遅らせる事には成功するが、ガトリングガンは健在。

 ? おかしい。俺の矢はアサルトライフルぐらいの威力がある。木製の車輪を破壊する位の威力はあるハズなんだが……

 

 ……よく見れば、地上は白っぽく靄がかかっている。帝国がバンバン火薬を使うモノだから、てっきり硝煙だと思い込んでいたが違う。

 

 コレは……霧の悪魔(ギュルドス)の霧!

 

 薄く地上を覆うだけの量だが、これでは着陸したら最後、二度と空へと飛び上がれない。

 俺はギリリと奥歯を噛みしめる。今回は小競り合いだろうと油断した。帝国がココまで本気とは、まさか夢にも思っていなかった。

 残念だがココは引くしか無さそうだ。

 

 俺が撤退の無念さに目を瞑った時だった、ポタリと(まぶた)に冷たい雫。

 え? と見上げれば、日は陰り、分厚い雨雲が空を覆っていた。

 

 ……いつの間に! 下を見過ぎて空を見ていなかった。

 

 雨! と思った次の瞬間には、ザァッと強烈な夕立に見舞われた。

 

 いや、コレはチャンスかも……

 そう思った矢先、目を開けられぬ程の閃光が迸った。

 

 ――ゴロゴロゴロゴロ

 

 雷鳴! 音が近い! 稲妻が落下したのはそう遠くない樹上!

 マズイ! 俺の『偶然』は死をもたらす。隕石だって落とすのだ。

 俺が死んだのは十五歳、俺は既に十三歳、死はより濃厚に、理不尽に迫っていた。

 ましてや高い所に雷は落ちる。そんなのは当たり前に過ぎること。俺は慌てて高度を落とそうとグライダーを操作した

 

 ……だが。

 

 ――ピシャァァァ

 

 

 

 ――視界が、ホワイトアウトした。

 稲妻に撃たれたと解った瞬間、強烈な痛みが全身を襲った。

 

 痛い痛い痛いイタイ痛いイタイ痛い痛い痛い痛い痛い!痛い!!イタァイ痛い!

 イタイ痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!

 

 体が……灼ける!

 

 ぶすぶすと体とグライダーを燻らせながら、殆ど自由落下のままに落ちていく。

 

 ――ああ、なんて、なんて終わり方だよ。

 せめて、パパは救いたかったのに……

 

 痛みで狂いながらも、思い出すのは洗脳された父の姿だった。

 ……悔しい、なんで、どうして? こんな突然? あっけなく?

 

 考える間もなく、俺の体は無惨にも地面へと突っ込んで……潰れた。

 

 ――グチャァ

「グェッ!」

 

 大切な内臓が幾つも潰れて、喉からカエルみたいな声が出た。

 

 ……なんで? なんで、即死じゃ無いの? どこまで神様は意地悪なの?

 

 黒焦げに焼け果てて、これ以上無いと思った痛み。その更に上の苦しみが脳に直接突き刺さるようだった。

 なんで? なんで? 痛いよ! 苦しいよ。なんで私がこんな……

 

 見回せば戦場のど真ん中。

 とっくに目は見えない。でも俺には運命視がある。

 幾人もの兵士が、恐らくは布を広げて俺の体を受け止めたのだと解った。

 

 どうして……殺してくれないの……

 

 戦場の真ん中で悠長に布を広げて……そんな事をしていればどうなるか? 受け止めた兵達は次々と銃弾に倒れていく。

 それでも、俺を庇うように体で射線を遮り、一人、また一人と倒れ果てていく。

 俺を抱えて走っているのだ? どこに?

 

 俺を抱えてひたすらに、走る、走る。倒れたら代わりの者が俺を抱えて、それでも走る。

 

 そうして最後の一人がようやく辿り付いたのは

 ……この運命光は? シノニム?

 

「ンガッ!」

 

 口に突っ込まれたのは……そうか! ポーション!

 

「姫様! 気を確かに!」

「あり、がとう」

 

 喉が復活した。コレなら!

 

「『我、望む、命の輝きと生の息吹よ、傷付く体を癒し給え』」

 

 本日二回目の回復魔法。体中が焼け焦げているが欠損ではないので、なんとか生命活動の維持は問題なさそうだ。

 だが、皮膚は赤く腫れているし、髪の毛は焼け焦げている。

 見るも無惨な姿になり果てているに違いない。

 

 ……それでも、俺をココまで決死の覚悟で運んでくれた兵士には感謝しか無い。

 見てみれば、その兵士が部屋の片隅で蹲っている。

 

 その運命光が……消えた。

 

 シノニムさんがふるふると首を振る。……そうか。『偶然』に巻き込んでしまったか。

 

 ……それにしても、本陣の中、ココまでは霧が来ていないのか? ポーションもそうだが、回復魔法も普通に使えた。

 

 違う! 耳を澄ませば、まだザァザァと雨の音。

 雨が霧を落としたのだ!

 これなら! 戦える!?

 

「戦況は?」

「壊滅寸前、なのですが、帝国側の攻撃が突然止まり、膠着状態です」

「!?」

 

 そうだ! 無効になるのは霧だけじゃない! 雨で濡れれば帝国の主力である銃は? 大砲は?

 所詮は黒色火薬。湿気ってしまえば使えない!

 

「打って出ます!」

「無茶です! その体で!」

 

 シノニムさんに止められる。そりゃそうだ、俺はボロボロ。内臓だって悲鳴を上げている。

 でも俺の体はカプセルで治せば良い。

 だけどコレは千載一遇のチャンス!

 

「今しか! 今しか無いのです!」

 

 ゼスリード平原はさながら帝国新兵器の見本市。

 実際にそうなのだろう、新しい兵器の実験をしようという算段なのだ。これを逃せば、危険なデータが敵の手に渡る。

 雨が降っている今こそ千載一遇のチャンス。

 

 

 ――そうして俺は、火薬も、霧の悪魔(ギュルドス)の影響も無いのを良いことに、帝国の新兵器を破壊し尽くした。

 

 だが、その代償として、無茶をした俺の体は崩壊の危機を迎えてしまう。

 結局俺は、カプセルの中で長期間の静養を余儀なくされるのだった。

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