死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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男同士、砂漠、二ケツ、何も起こる訳はなく

 ブロロロロロロォォ!

 

 見渡す限りの砂、砂、砂。ここは大陸南部に広がるゾッデム砂漠。

 その砂漠地帯を爆走するのは、ファンタジー世界に似つかわしくない三輪バイク。

 

「砂ばっかりだな」

「そりゃ、砂漠だからな」

 

 木村と田中の二人であった。

 これは田中がエルフから貰ったバイク。木村が田中の背に張り付いての二人乗りであった。

 

「男と二ケツでツーリングとは悪夢だぜ」

「俺だって好きで張り付いてるんじゃねーよ」

 

 季節は春。それでも茹だるような暑さが身を焼くのが、このゾッデム砂漠である。

 

「アイツはどうなんだ?」

「アイツ? ああユマ姫(アイツ)か」

 

 丁度、去年の今頃、ユマ姫は遺跡の中で一度死んで、復活した。

 それ以来、凶化と言われる不安定な体となったユマ姫は、遺跡での調整を度々必要としていたのだった。

 

「アイツ、そんな中、戦争に飛び出して雷に打たれたんだよな?」

「完全にアホだわ、オーズド伯の為にとポーションを持って待機していたシノニムさんが居なきゃ終わってたぜ」

「ハァ……」

 

 二人が話すのは共通の親友にして、転生して転性した『高橋敬一』ことユマ姫の事。

 

「まだ治らねーのか?」

「縛り付けてでも経過観察中だよ」

 

 元々、不安定だった体で無理をしたお陰で、ユマ姫はカプセルの中で過ごさざるを得なくなっていた。

 

「だけど、そろそろ大丈夫……なんだが」

「まぁーた、戦争に飛び出していったら元も子もねぇよな」

「「ハァ……」」

 

 二人で息の合ったため息を零すのであった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ヒュー♪

 

 砂煙りにの向こうに石造りの街並みを見た木村は、後部座席から口笛を吹き、快哉を叫ぶ。

 

「もう着いたのかよ? オイオイマジじゃん、流石に早いな」

 

 二人はゾッデム砂漠最大の都市、プラヴァスを望む場所まで到着した。

 砂漠を渡るのに掛かった時間は僅か二日。二日で500km以上の砂漠を越えた事になる。

 この世界に於いて、全く常識外の速さであった。

 

「ま、俺一人なら一日の距離なんだけどな」

「無茶言うな! ケツが死ぬ」

 

 自慢げな田中へ木村は毒づく。飲まず食わず、休憩無しの強行軍など冗談では無い。

 

「じゃあ、会いに行こうぜ。ここの王様によ」

「オイ、嘘だろ?」

 

 木村は慌てる。たった二日の旅程とは言え、砂漠のど真ん中を突っ切った服は砂にまみれ、体は汗だくに汚れている。

 

「そう言うの気にするヤツじゃネーんだよ」

 

 田中は構わずバイクのままにプラヴァスへと乗り込んだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 砂漠の都プラヴァス。ゾッデム砂漠の中にあって、砂岩を積み上げて人類の拠点とした街である。

 砂埃が舞う街中は強烈な日光で焼かれ、白と黒以外の色が蒸発したかの様だ。麻のターバンを巻いた男達が牽いているのはラクダだろうか?

 砂漠の都と聞いてイメージしていた中東の町並みと大差が無いことに、木村は人知れず安堵していた。

 

 田中と木村、二人は並んでプラヴァスの中央通りを歩む。

 流石に街中でバイクを乗り回す訳にも行かず、手で牽いての移動となったのだが、子供達にワラワラと囲まれて中々進めない。

 

「大人気だな」

「ココに来るといっつもこうだ、コラ! ペタペタ触るんじゃネーよ!」

 

 田中が叱るものの、子供達は止まらない。勝手に跨がろうとする者まで居る。

 王都ではコレほどにワンパクな子供は少ない、身分制度が厳格で下手に貴族の馬車に触ろうものなら、その場で無礼打ちとなりかねないからだ。

 ある程度ゆるい身分制度が見て取れる。同時に心配なのは、子供達が一様に痩せていることだ。

 

「飢饉は深刻みたいだな」

「そりゃあ、雨が降らねぇからな。それできっとお前を呼んだのよ」

「って、言ってもよぉ」

 

 木村は頭を掻くしかない。雨が降らずに不作と言われても、自分は神ではないのだから。

 

「ソコをお得意の柔軟な発想で何とかすんだよ!」

「何ともならねーよ」

 

 雨を降らせる事は出来ないが、何か食べるものを開発する事は可能かも知れない。

 そう思って、少し遠回りして市場に寄ったのだが、並んでいるのはトカゲや虫など食欲をそそられないモノばかりであった。

 

「俺はココでの生活が猛烈に不安になったぜ?」

「大丈夫だ、喰えばすぐ慣れるさ」

 

 無敵の胃袋を持つ人間に言われても安心出来ない。木村が恐る恐る干されたトカゲを眺めていると、正体不明の物体に目が行った。

 

「コレは?」

「ああ、フォッガだな。砂漠の芋だ」

「芋ぉ?」

 

 ……木村はしげしげとフォッガと呼ばれた物体を見つめる。

 色はベージュでサイズはピンポン球ぐらい。ヤシの皮で作られた籠の中、山盛りに積まれている姿は確かにジャガイモの様にも見える。

 

「手に取っても?」

 

 店主に尋ねれば、「構わんよ」と許可が出た。ターバンを巻いた顔はくたびれた様子で、どうにも覇気が無い。

 辛気くさいなと思いながらも、木村はフォッガを調べる。

 

 ……芋? その割には芽が生える様には見えない。

 

 良く解らないが、一籠買っていく事にした。

 

「結構美味いんだぜ? 焼くと栗みたいでよ。なにしろ香りが良い」

「香り? 芋に?」

 

 手に取って匂いを嗅げば、確かに独特の香りがある。

 

「でもよ、ホントはもっとデッカイんだ、人間の頭ぐらいにな。それをこんな小さい内にとっちまう位には食料が無いって事よ」

「いや、それよりな」

「……なんだよ?」

 

 疑問顔の田中へ、木村はフォッガを投げつけ答える。

 

「コレ、キノコだぜ?」

「……マジかよ」

 

 ずんぐりとした形状。地面の中に埋まっていると言う特性。確かに芋の様ではある。

 だが、地面に埋まっているキノコもあるのだ、そう言った種類は大抵こうしたずんぐりとした形をしている。

 

「有名なのはトリュフだな」

「喰ったことねーからなぁ、木村お坊ちゃまと違ってよ」

「俺も、トリュフそのものを見たことは無いっての」

 

 トリュフの代わりになるとすれば、面白い料理が作れるかも知れない。

 思いを巡らせる木村だが、田中から待ったが掛かった。

 

「オイオイ、食料を輸出する事を考えてどうするよ? プラヴァスで食うもんがねーってのに」

「ばっか、代わりに王国から小麦でも輸出すれば良いじゃん?」

「あの砂漠をか?」

「…………」

 

 確かに、たったの二日で抜けたので大した事が無いように思ってしまったが、徒歩でではどれだけ金を積まれても御免な程に過酷な土地だった。

 

「だろ? スパイスみたいな貴重品ならともかく、大量に小麦を運ぶなんて出来っこねぇ」

 

 田中は呆れた調子で言いながら、フォッガを囓った。

 

「ペッ! やっぱり焼かねーと美味しくねーな」

「馬鹿でしょ」

「違いねぇ」

 

 笑い合いながら、二人は市場を抜け、いよいよ砂漠の太守であるブラッドの屋敷まで辿り着いた。

 プラヴァスの建物の大半は砂岩で出来たモノで、ベージュ一色の地味な佇まいばかりであったが、太守であるブラッド邸は石膏の白い壁にエメラルドの屋根と言う鮮やかな姿を誇示していた。

 

「オイオイ、こんなみすぼらしい姿で良いのか?」

 

 木村は焦る、とても有力者に顔を合わせる姿では無い。

 

「アイツはそんな事気にしねーっての」

 

 田中はプラプラと手を振りながら、ズカズカと庭先に侵入していく。

 

「オイ、待てって」

 

 木村は慌ててソレを追いかけるのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「おお! そなたがキィムラ子爵か! 話は良く聞いている」

 

 通されたのは天井が高い大広間。現れた太守は快活に笑った。砂漠を越えてきた二人の様子を気にする素振りも一切無い。

 話には聞いていたが……若い。恐らくは二十代の中頃、浅黒い健康的な肌に黒髪黒目。身長は175cm前後とこの世界では高い方で、体つきは細身であるが引き絞った筋肉がみっしりと載っている。

 格式張った口調を心がけている様だが、若さから威厳があるとは言えない。

 だが恐ろしい程に整った顔は、女性的な美しさと同時に、黒豹を思わせる野生の美も感じさせた。

 木村はズイブンと女を泣かせてそうだな……と嫉妬心を燻らせながらも、無難な挨拶を返す。

 

「ええ、キィムラと申します、貴族位は持っていますが一介の商人に過ぎません。以後お見知り置きを」

「ハハ! 一介の商人か! 王国一の商人にそう言われれば形無しだな、そなたが一日に動かす金額はプラヴァスの月間予算にも匹敵すると聞くぞ?」

「まさか! 流石に大きく言い過ぎでしょう」

 

 キィムラはそう答えるが事実に近い。元来、物々交換が主流で貨幣取引の少ないプラヴァスの予算は多くない。

 特に最近の王国では現金での取引が活発で、経済の活性化も目覚ましく木村が動かす金額も倍々ゲームで増えている。

 子爵位でありながら、伯爵家や侯爵家でも木村の顔色を窺うほどであった。

 

 ただし、そうであっても下手に出ておく。商談の場では当たり前の探り合い。

 しかし、そんなモノに耐えられないのが田中だ。

 

「オイオイ、面倒くせー事は止めようぜ? プラヴァスの太守だかなんだかシラネーが、コイツは畏まる程偉くはネーよ」

「タナカ殿の言うとおりだ、太守など形だけに過ぎんよ、今日は泊まっていくのだろう? 湯も用意している」

「ああ、頼むぜ!」

 

 田中は馴れ馴れしくも太守と肩を抱き合って、バンバンと背中を叩いたりしている。

 仲が良いと言うのは本当の様だ。

 

 リヨン=ブラッド。

 

 若くしてブラッド家を継いだ、プラヴァスの黒豹。型破りな政策は賛否が分かれるが、即断即決の人物として知られる。

 タナカをプラヴァスに送り込んでから丁度一年ほどであるが、スッカリと打ち解けている様だ。屋敷にはバイクを停める専用のスペースまであったほど。

 当初の予定であった砂漠の歌姫の情報収集は遅々として進んで居ないのだが、リヨンと顔が繋がって、スパイスの流通では一定の成果があった。

 ただし、それも最近の不作で目に見えて輸入量が減っているのが実情だ。

 

 そんな時、田中からプラヴァスがきな臭くなってきたので太守が助けを求めていると連絡があったのだ。

 

 雨を降らせろと言われても困るのだが……悩みながらもひとっ風呂浴びた。

 水が無いのに風呂とは? と思ったが、大河フィーナスのお陰で、砂漠の割に飲み水はソコソコあるらしいのだ。

 

 そうで無ければ砂漠の都とは言え、住民は早々に干上がっている。

 ただし、植物を育てる為に水を引いて畑を作れる範囲は限られている。それ以外での収穫が無ければとても立ちゆかない。

 雨期にまとまった雨が降り、広大なサバンナが現れる。それが乾期になると、再び砂漠に戻る。

 そのサイクルで成り立っていた砂漠の生態系が、雨期の降雨量が減って成り立たなくなっていると言うのだ。

 

 現に今もすでに雨期だと言うのに、全く雨が降る気配が無い。

 だとしても、雨乞いは木村も専門外。エルフの魔法使いにでもお願いしたいものだが大森林から遠く離れ、魔力が極端に薄い土地とあれば援護は期待出来ない。

 気が進まないまま、風呂上がりのガウン姿で太守の私室に招かれ、木村は田中とリヨンの三人で飲むことに。

 

 ソファーに背を預け、美しい大理石のテーブルにグラスが三つ。

 注がれた蒸留酒の味わいは素晴らしいモノだが、わざわざお願いなどロクな予感がせず、木村は味わう余裕も無かった。

 無礼講と言う事でなので、遠慮している余裕も無い。

 

「所で、なにか私に相談事と言う事ですが?」

 

 率直に切り出す。雨乞いは専門外と伝えるつもりだった、一方で農業技術や植林について幾つかの提案を持ってきたのだが……

 

 太守の相談はそんな次元の話では無かった。砕けた調子でトンでも無いことを言い始めた。

 

「実は、太守である我らブラッド家に逆らうポンザル家を潰して欲しいのです」

「ハァ?」

 

 全くの予想外、聞けばポンザル家は太守の座を狙う万年の二番手であり、それが今や勢力を拡大していると言うのだった。

 

「いや、申し訳無いのですが内部の紛争に加担するには……」

 

 プラヴァスは遠すぎる。隔てる砂漠が余人の侵入を妨げ、とても統治しきれない。だからこそ、プラヴァスは帝国にも王国にも属さない自由都市として存在できたのだ。

 だが、太守であるリヨンはグッと酒を呷ると、吐き捨てる様に言った。

 

「ポンザル家の背後に帝国があると言ってもでしょうか?」

「なにっ?」

 

 田中が腰を浮かせる。

 プラヴァスには帝国の影は無いと聞いていたからだ。

 

「お言葉ですが、帝国とは言え軍事力でプラヴァスに影響を及ぼすのは並大抵ではないでしょう」

 

 そう言って木村は渋面を作る。やってやれない事は無いが、ソコまでしても統治するリターンが合わないのだ。

 

「帝国軍ではないのです、やって来たのはたった一人」

「一人?」

 

 リヨンの意味が解らぬ言葉に首を傾げる木村。しかしリヨンは答えず、目を瞑り首を横に振るのみ。

 そうして取り出したのは革袋。中に入った粉末をテーブルにぶちまける。

 

「コレは?」

 

 訳が解らないと覗き込む二人を前にして、リヨンはペロリと粉を舐めてみせる。

 

「ケシです」

「なっ! まさか!」

 

 今度は木村が腰を浮かせる版だった。聞きたくなかった事実、ならばやって来たのは?

 

「黒き魔女、クロミーネがこの街を支配しようとしています」

 

 告げられた事実に、木村は頭を抱えるのだった。


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