死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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ポンザル家と境界地の権利書

「ポンザル家は不当に境界地の権利を主張している訳では無いのです、それこそが問題をややこしくしています」

 

 リヨン氏が褐色肌の端整な顔を歪ませて語るのは、プラヴァスを取り巻く情勢だった。

 

 俺達は湿度が不快な境界地を後にして、再びブラッド家のお世話になっていた。またしても風呂に入ってから私室で三人、顔を合わせる。

 と、なると酒が出るのが当たり前。度数の高いアルコールに喉を焼き、スパイスが利いたつまみを流し込む。正体不明の食べ物だが悪くない。強烈な刺激が暑さを吹き飛ばすような爽快感をもたらしてくれる。

 だが、問題なのは飲み始めると全く話が進まない事だった。それにしてもコイツら毎日ひたすら飲みまくってるな、どう言う肝臓してんだろ。

 

「ひゃー、酒がうめぇ、リヨンっちさぁ? わりぃけど難しい話は木村にたのまぁ」

 

 田中は度数がキツいアルコールをガバガバ飲んで、早くも出来上がってる。

 

「タナカどん、ワイだってこんな話したかないでごつ、ばってん言わずにはおれんと」

 

 それにつきあうリヨン氏も謎の方言が出まくりな上、ろれつも回ってないから何言ってるか全くワカラネー。

 

「うひゃー女の子呼ぼうぜ、女の子」

「毎晩はまずか、十日、いや五日に一遍ぐらいにしてくんろ」

「しゃーねーなー、俺が金出すから呼ぼうぜー」

「げんにゃあ? そげなぜんあっど? 頼んみゃげもんど」

 

 リヨンさんは最早、本当に何言ってるかマジでワカラネー。

 それにしても、あんなどんちゃん騒ぎを毎晩やられちゃ堪らねーよ。それより話の続きを頼むよポンザル家の話をよ!

 

「キィムラどんの口には合わんと? 都会にはもっとよか酒や女があっちな?」

「ダメダメ、こいつはロリコンだから、ユマ姫にぞっこんよ」

「ほんのこっな? がっつい、私の姪が今、十三歳なんですが会ってみませんか?」

 

 オイ! リヨン! お前本当は酔ってねーだろ! 突然真顔になるのヤメロ!

 

「いや、それよりポンザル家の事をお願いします……」

「……そうですね」

 

 やっぱりロクに酔ってなかったリヨン氏から、ポンザル家の主張を聞き出す。

 当時のポンザル家はまだ名を知る者も少ない、ただ一介の地主に過ぎなかった。

 

 しかし、ポンザル家は二百年前にちょっとした功績を挙げ、ブラッド家や議会から恩賞を受け取る事になる。

 当然、議会で正式に認められた権利として間違いの無い書類が作られた。その拘束力は強く、通常の土地の権利書の比では無い。

 

「オイオイ、それが境界地の権利書だったら悪いのは当時のブラッド家と議会だろうが」

 

 田中が呆れるのも当然、だがリヨンが言うにはそうじゃ無かった。

 

「いえ、ポンザル家が褒美として求めたのは境界地の外、不毛の大地だったのです」

「なに?」

「だからこそ、広大な土地の所有が認められた、誰の土地でも無いのですから当時は誰も反対しませんでした」

「オカシイじゃねーか! じゃあどうして?」

「おいよせよ」

 

 憤る田中を俺は片手で制した、話の続きが読めたからだ。

 

「境界地の場所が移動した。違うか?」

 

 俺が問いかければ、リヨンは堪らず顔色を変えた。

 

「何故? それを?」

「簡単なことさ」

 

 俺は簡単な図解をする、半球状の膜が境界地で、膜の中に詰まっているのは魔力だ。

 魔力の量が増えれば、膜は膨張する。

 

「この世界の魔力は増大し続けている、エルフの都は遷都を余儀なくされたし、大森林は拡大している」

「境界地が外側に移動するのも当然って事か」

 

 納得する俺達に対し、顔を蒼くするのがリヨンだ。

 

「では、ソレを知っていたポンザル家が境界外の土地を欲したと言う事でしょうか?」

「……どうかな」

 

 解らない。百年以上先の事を考えて、境界の外の不毛な大地を欲しがったと言うのは解せないモノがある。

 

「何にせよ、土地の権利は本物。効力も強いってワケだ」

「ええ、専用の石版に領有を認める署名が連名でされています。コレを無効と断ずれば、我らブラッド家の支配権も揺らいでしまう事になる」

「どん詰まりじゃねーか」

 

 田中とリヨンが言うように、打つ手が無いのが現状だ。だったら別の手段で追い詰めていくしかない。

 

「ケシはどうなんです? ソチラで追い込むのは?」

「それが……」

 

 言い淀むリヨン。語る所は危険な事態だった。

 

「麻薬が犯罪じゃないだと?」

「ええ、正確にはケシの流通を制限する法律が無いのです、新しい麻薬に法律が追いついていない」

「確かに無理も無いですね……」

 

 王国ではヨルミちゃんも抱き込み、早々に違法化に踏み切った。ケシに既に幻覚作用があることが知られていた事も奏功した。

 だが、そうで無い場所では、日本で脱法ハーブが長らく規制を逃れていた様に法整備が追いつかないのは当然だ。

 

「それに、ポンザル家が早々に商売を始めた事でライバルであるブラッド家が待ったを掛けづらい状況が出来てしまいました。王国や帝国でも一般での使用が禁じられている事から、広く流通する事は防ぐことが出来ているのですが」

「裏では流通してしまっていると?」

 

 俺の問いに対し、リヨンは苛立たしげに机を叩く。

 

「いえ、痛み止めの薬として堂々と軍や警ら隊に納品されています。横流しや私的利用を罰しては居ますが……」

 

 ……最悪だ。悪を取り締まる警察に麻薬が蔓延してしまえば、麻薬を握らせればどんな罪でも見逃されてしまう。

 

「痛いのは、あなた方が主張する程はケシが危険な薬では無いと言う点です……」

「ソレは……」

 

 確かに、現在帝国が扱うアヘンは痛み止めとしての効果が高く。幻覚作用も控えめで、ほんのり気持ちよくなる程度。中毒性すらも抑えられている。

 質が高い故にバッドトリップに陥る事も少なく、混ぜ物で体調を崩すことも無い。ひょっとしたらドネルホーンが作るアヘンは地球の最新ドラッグよりも安全で、快適なモノである可能性は高い。

 

 ……だからこそ、危険なのだ。

 

 タバコ感覚で楽しんでいた人間が、帝国のさじ加減一つでジャンキーに早変わり。実質帝国に牛耳られてるも同然となってしまう。

 

「煙草もそうですが、中毒性がある薬品を他国からの輸入に頼るのは自殺行為です」

「おっしゃる通りです、私も一応実験をしてみました」

 

 実験? その言葉に引っ掛かって顔を見れば、リヨンは昏い目で卓上のグラスを見つめていた。

 手に取って琥珀の液体を一息に嚥下すると、実験の内容を語り出した。

 

「犯罪者に対して、大量に摂取させたのです。アレは……正気ではありませんでした」

 

 語るリヨンの様子に、気が良いだけの若者では無い部分を初めて見た気がした。

 とにかく、アヘンの危険性を解っているならコチラからはこれ以上言う事は無い。

 俺はヤレヤレとソファーに沈み込む。

 

「しかし、こうなると俺の頭脳でもどうにもならないっての、どっちかって言うと適任者が他にいるだろ?」

「誰だよ?」

 

 誰って? 決まってるじゃんか。俺はパタパタと手を振る。

 

「シャルティア嬢だよ、潜入と暗殺の専門家ね」

「シャリアちゃんかぁ? 可愛い女の子に見えるが、アイツってそんなに凄腕なのかよ?」

 

 あー、アレを可愛いって言うのは田中だけだと思うぜ? 俺は何故か気に入られてるんだけどさ、斬りかかられても平然としてる田中は心底ネジが外れてる。

 

「まー念願の女の子との二ケツだ、楽しんで来てくれよ」

「オイオイ、到着早々とって返すのかよ、そんでお前はココでどうすんだ?」

 

 不満そうに尖らせた田中の口を、俺は片手でギュッっと抓んだ。

 

「そりゃ、砂漠の歌姫の情報集めに決まってんだろ、オマエの成果が全くねーからな!」

「おぉい! 俺には向いてねぇんだよ、そう言うのは!」

 

 田中は俺の手を払うと、開き直ってふんぞり返った。

 マジで頭脳労働に向かないヤツだな……。

 

「そう言えば……」

 

 そこにリヨンが突然に割って入った。

 

「そもそも、ポンザル家はなんで恩賞を賜ったのか? 秘匿された内容を徹底的に調べ上げたのです、恩賞を無効にする事が出来ないのかとね」

「それが……何だってんだよ?」

 

 訝しむ田中。俺も思いは同じだが……まさか?

 

「どうも、砂漠の歌姫と謳われたリネージュと言う少女を発見した功績、と言う事なのですが……」

 

 ……嫌な予感が的中する、またもポンザル家かよ! それに発見した功績とは?

 

「オイオイオイ、ポンザル家は歌姫発掘オーディションでも開催してたのかよ」

「いえ、それも歌姫リネージュの死体を発見した功績で……と言う事らしいのです、それ以上の意味は解りませんでした」

「ああ~~」

 

 田中と二人で盛大にズッコケる。

 

「どうしました? 死体を見つけた事が重要なのですか?」

 

 リヨンは不思議そうに尋ねるが……その発見場所こそが何よりも重要なのだった。


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