死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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やっと物語が始まります


絶望の朝

 季節は春、もう俺は十二歳になる。成人も果たして、俺は家を、王宮を出ようと思っていた。

 

 そりゃそうだ、俺の魂のもたらす『偶然』と言う不具合は、他人を容易に巻き込む。このままじゃ田中と木村の二の舞だ。

 それに……この国に留まっていたって、俺の人生は変わらない、どうせ何時か死ぬ。王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)をあっさり倒す様を見て、それこそセレナが守ってくれるなら……とも思った。でも、それで何とかなるなら、神は俺をセレナとして転生させたハズだ。

 

 きっとそれでは駄目なんだ。単純な力でどうにかなるなら、いっそ俺を王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)みたいな化物に転生させるぐらいの事は、とっくに試したに違い無い。

 かと言って、皆に同情されるヒロインらしい因果律を集めるって言われても、いまだに何をするべきかは解っていない。でも、動かなければ確実な死だ。それも大切な家族を巻き込んで!

 

 本当はもっと早く旅に出るべきだったのかもしれない。でもせめて大人として、成人の儀をこなすまではと思っていた。

 正直、今でも外の世界で生きていける自信なんてこれっぽっちもない。体はマシになったけど、丈夫とは言い難いし、本はいっぱい読んだけど、所詮は世間知らずのお姫様。

 何より、魔獣だ。ちょっと外を歩いただけで魔獣が出てくるこの世界、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)はもちろん、大牙猪(ザルギルゴール)だって、俺じゃ全く歯が立たない。

 それでも、あんな規格外の魔獣でなければ、何とか逃げる事ぐらいは俺だって出来るようになったと思う。

 

 ああ、でも家を出るなんて言ったらセレナは泣くかな……俺も泣くかもしれない。でも、それでも俺はココを出ないと、このまま漠然と生きて、やっぱり殺されましたじゃ、田中にも木村にも、本当のユマちゃんにだって顔向け出来ない。

 皆の反対を押し切って国を出た途端に、大牙猪(ザルギルゴール)にいきなり殺されるかもしれない。でも、それでも行かなくちゃ、1%でも皆を巻き込む可能性が有るなら動き出さないと。

 

 朝が来たら、両親に、兄様に、セレナに打ち明けよう。でも、なんて? 神の使命が有るって言うか? 嘘じゃないよな? 実は俺はユマちゃんじゃなくて体を乗っ取った『高橋』なんですよーってか? ……言えるかよ、俺はもうユマでもある、説明出来る気がしない。

 ああ、でもセレナには、セレナにだけは全部話しても良いかも知れない。それで怒られて、殺されたって、悪くない人生だったと言えそうな気がするんだ。

 

 

 

 そんな事を考えながら俺は眠りについたんだ、きっと幸せな朝が来ると信じて。

 

 

 その日は爽やかな朝だった、こんなに気持ちよく目が覚める事など今まで有っただろうか?

 

「ふあぁぁ」

 

 あくびをして枕もとの王冠を握る、日課の健康値チェック

 

 

 健康値:30

 魔力値:50

 

 

 …………は?

 

 まさか壊れたか?

 マズい、貰って数日しか経ってないんだぞ? しかも正式に()()されるのはまだ先。成人の儀完遂のお披露目の場での事だ。こんな一瞬で壊したとあっちゃ、どんだけ乱雑な姫と思われるか解ったもんじゃない。いや、これ初期不良だろ? クーリングオフだ! クーリングオフ!

 

 内心パニックになりながら、慌てて鏡に駆け寄る。慌て過ぎてローテーブルに蹴躓き、テーブルの上の文房具や賞味期限が切れたチーズをぶちまけるのにも構わず、健康値を確認。

 ……それでも結果は同じ、俺は混乱の極みに陥った。

 

 何が起こった?

 俺がまず疑ったのは体の『変異』だ。しかし見た感じ、姿はどこも変わっていない。

 

 ――ピィィィィィィィィ

 

 笛の音が聞こえる、笛? 警笛だ! 緊急事態が起きている。

 寝ぼけた頭が一瞬で冴える。慌てて窓から外を覗くと、王都では見たことがない程、濃い霧が出ていた。

 そして『燃えていた』。

 王都が、燃えていたのだ!

 

「敵襲! 敵襲ぅ――」

 

 切迫した叫び声。まさか……と思った、何かの冗談ではと。

 エルフの歴史は千年以上。その歴史の中には巨大な魔獣が群れをなしての侵攻だって一度や二度じゃ無い。それでも王都は健在だった。エルフは程度の差こそあれ、全員が人間が言うところの魔法使い、国民皆兵どころか全員が兵器なのだ。

 王都と言われながら、碌な堀も、壁も無い。有るのは魔獣除けの簡素な結界と柵のみ。

 それでも構わないのだ。堀や壁など作ろうと思えばあっと言う間に魔法で作れる。塔を作っても良い、上から得意の弓矢に魔法を載せて射貫いてやればいい。あの威力なら鋼鉄の鎧だって関係なく貫くだろう。

 その王都が燃えている。なぜだ?

 

――とココで思い至った。

 

 魔力値:50

 

 ……まさか?

 俺は慌てて部屋を出て、走る。

 

 ……体が軽い! それも、異常な程に!

 いつもだったら、寝ぼけ眼で衛兵に挨拶をする離宮の広間。そこが今は戦場の様に殺気立っていた。

 

「魔法は使えん! だが、そんなモノが無くても、我々には鍛えた剣と弓がある!」

 

 広間で叫んで兵達を鼓舞する兵士長。その言葉で疑惑は確信に至った。

 あの霧だ、霧の所為で魔法が使えない。魔法が使えないエルフなどひ弱な人間に過ぎない。いや、それどころか兵士が皆、顔色が悪い。コレも霧の所為なのか?

 しかし、確認する暇は無い。何が起こっているのか聞かないと。

 

「ユマです、皆はどうしました?」

「ユマ姫! 部屋にお戻り下さい。セレナ様もパルメ様もお部屋にいらっしゃいます」

 

 それは良かった。……だけど、俺の予想が正しければ、セレナを、妹をこの霧の中に居させるのは危険だ。

 だったら、原因を取り除かなくてはいけない。

 

「いいえ、戻りません」

「何故です!? 」

 

 兵士長は俺が拒否したことが信じられないと愕然とする。

 そりゃ、病弱なお姫様が敵襲だってのに外をうろつくのに、邪魔じゃ無いハズが無い。

 

 ……だけどな、その『病弱』って前提が、まず間違っているんだよ。

 俺が黙っていると、兵士長は俺の腕をとって、無理矢理部屋に帰そうとする。

 

「お戻り下さい! ここは私が守ります」

 

 仕事熱心だ、だけどその手に力が籠もっていない。女の子一人、グイグイと引っ張る力が無いのだ。

 ……それどころか。

 

「『我、望む、この手より放たれたる風の刃を』」

「なっ!? 魔法?」

 

 俺は指先から風の魔法を出し、兵士長の頬を切り裂いた。

 

「魔法が……使えるのですか?」

 

 その傷をそっと撫で、指についた血を確認した兵士長が呆然と呟く。

 

「ええ、私は父様に事情を聞きに行きます」

 

 俺は兵士長の目を真っ正面から見て、そう言った。

 

「危険です! せめて兵をお連れになってください」

 

 どうする? いや、でも時間が惜しい。それに兵士がみんなフラフラなのだ、あんなのが戦力なるとは思えない。

 

「要りません! あなたたちはココを、セレナを守ってください」

 

 この先には母上もセレナも居る、守りは必要だ。でも俺は父様と霧を止めないと!

 

「ユマ様! ユマ様! いけません」

 

 兵士長を無視して駆け出す、やはり体が軽い?なぜだ?

 

 いや一つ思い当たる事がある、図書室の本をありったけ読んだが、魔力が体にどんな影響を与えるかかと言う本だけが不自然に無かった。抜き取られているのでは無いかと、そんな風に思えてならなかったのだ。

 この森は魔獣に溢れている。そんな危険な土地に、どうして優れた種族を自称するエルフが住み続けなくてはならないのか? 資源が豊富なわけでも、森で狩りをして生計を立てている訳でも無い。

 そもそもなぜ魔獣はこの森に集うのか? その理由と原因は同じなのではないか?

 

 ひょっとして、猪が魔獣になったのがあの、大牙猪(ザルギルゴール)なら、人間が魔獣化したものがエルフなのでは?

 

 その仮説が正しいのならば、魔法が使えない事も、ハーフエルフの俺が普段は青白い顔でヒーヒー言っているのに今は体が思い通りに動くのも、エルフの兵士たちが、まるで普段の俺みたいな青白い顔をしているのも……

 

 ……大気の魔力が無いと言う一点で、説明できるのでは無いか?

 

 先程の魔法、本当は大木ですら切り裂く威力なのに、コイン一枚分の小さな風の刃が発生しただけ。

 この霧はきっと魔力を文字通り霧散させてしまうのだ。だからこそ、俺の魔力値が50と少なく出た。

 そして、魔力が奪われる事で兵士達は体調不良に陥り、健康値が無い。だからこそ、俺の放った小さな風魔法ですら掻き消される事がなかった。

 

 この霧を人間が使ったらどうなる? エルフは動けず、人間だけが動けるのではないか?

 

 俺は廊下を走る、走る。

 そして……隠れた。

 

 予感を裏付ける様に、離宮と王宮を繋ぐ通路のそこかしこに敵兵が、人間がうろついていたからだ。

 そしてそれ以上に有ったのがエルフの死体だ、王宮へ至るこの場所には戦闘経験の無い文官が多い。抵抗も出来ずに殺されている。

 王宮へ至る通路はどれもが入り組んでいる。さんざん呪ったこの通路が今はありがたい。勝手知ったる我が家だ、気配を隠そうともしない鉄の鎧をガチャガチャ言わせる人間を巧みに避けて、俺は王宮の中に滑り込んだ。

 

 

 

 ああクソッ! 王宮の中は離宮以上の地獄だった。死体がそこら中に転がっている。それもエルフの死体が圧倒的に多い。

 マズい! 敵の布陣は? 敵はどうやって侵入しようとしている? 敵の本体とかち合わない様に父様の元へ行かないと!

 焦る! 焦る! でも離宮と違って俺は王宮には詳しくない。

 何かヒントは? 離宮と建物の作りに共通点が無いか? 死体にまみれた広間を見回すと、死体の一つと目が合った。

 それは昔、俺の御側付きを勤めていたピラリスだった。何度も倒れる俺を助けてくれたピラリスも元々はやり手の文官の一人、最近は俺の御側付きから復帰して、王宮に勤めているとは聞いていた。

 

 ピラリスの傍に膝を折る、この時まで俺は死を実感出来ていなかった。ゲームのイベントみたいにぼんやりしていたのだ。だってそうだろ? たった一晩で全てが変わってしまったんだ、付いていける訳がない。

 

「ひめ、さま?」

 

 正直、その死体から声を掛けられた時、ギョッとした。

 死んだと思った知った顔が思いがけず生きていたと言う喜びよりも、それだけの怪我でまだ生きているのかと言う恐怖が勝ってしまったのだ。

 それ程の大怪我、もう長くない。だけど俺は聞かなくてはならない、この惨状の原因を!

 

「ピラリス? ピラリス! ユマよ! 何があったの?」

「ひめさま、にげて」

 

 そうだよな、でもこのまま逃げられないだろ! 俺は必死に首を振った。

 

「教えなさい! ピラリス!」

「せんそうです、てきが……せめてきて」

 

 戦争……突然、戦争が始まったのか? そんな事があり得るか?

 

 ……そういえば、一週間ぐらい前に突然軍事演習が決まったのだ。だから成人の儀でも魔獣の間引きが甘く、あんな事になったと聞かされた。

 だけど、本当は演習じゃなく人間が進軍していたと言うのか? 何故そんな嘘を?

 いや、……本を読み漁った俺なら、理由は解る。

 エルフにとって人間の襲撃など、数年に一度ある風物詩に過ぎなかった。何度も何度も散々に蹴散らし、追い返してきたのだ。わざわざ国民に知らせる程のモノでも無かった。少なくとも、今までは。

 

「父様の居場所を、教えて!」

 

 俺がそう言うと、目の焦点も合わないピラリスが、グッと息を飲んで喋った。

 

「エリプス王は謁見の間で戦う準備を、そこまで使用人室にある裏口から繋がっています」

 

 ピラリスの怪我は致命傷だ、出血が多過ぎる。治そうにも魔法が使えない。止血なんて無駄だ、もう手遅れだ! 話せるほうが不思議なぐらいなんだから!

 なのに王の場所を伝える時だけは、シャッキリした昔みたいな口調で教えてくれたんだ。

 

「ありがとう……」

 

 俺は泣いていた。そのまま使用人室へと走る。

 ピラリスを見捨て、父様に会いに行く!

 

「ごぶうんを」

 

 最期の力を出し切った、ピラリスのたどたどしい声を背に、泣きながら走った。顔をクシャクシャにして泣きながら、頭の片隅では酷く冷静な思考が脳の表面を、まるで他人事の様に上滑っていくのを感じていた。

 俺は、ピラリスを治そうともしなかったし、彼女の為に遺言を聞こうともしなかった。ただ聞きたい事だけを聞いて背を向けた、俺は思ったよりも薄情だったんだなと冷静に自己分析をして心が冷えて行くような気がした。

 

 使用人室も死体の山だった。エルフだけでなく人間の死体も有った。そいつが握っていた剣を手に取って振ってみる。

 

 軽い。

 

 これなら振れる、殺せる。

 暗い喜びに震えながら、蛮勇を発揮しない様にゆっくりと息を吸う。ともすれば敵に向かって特攻しかねない自分の精神状態を自覚する。

 それでも剣を手放せず、部屋から部屋に渡り歩いた。

 使用人室は幾つかあるのだが、それらは全て繋がっている。もちろん玉座に一番近い使用人室が最も位が高く。玉座に繋がる通路があるのもそこだ。

 

「!?」

 

 ……そこで人間の兵士と目が合った。一人だ、殺気立った目は充血して獣の様だった。

 

「ごきげんよう」

 

 お姫様らしい朝の挨拶。俺は笑った、穏やかに、淑やかに。生誕の儀以来の演技と言えるだろう。

 このとき俺はなんで挨拶なんてしたのか、なんで笑ったのか? 後で考えたってサッパリ解らなかった。ひょっとしたら俺は、やっと殺せると笑ったのかも知れない。

 

「……え?」

 

 殺気立っていたはずの兵士は毒気を抜かれた様にポカンとしていた。俺は剣を持たない左手を挙げて、親しい人に話し掛ける様に、無防備に笑顔で、はしゃぐ様に、近づいた。

 

「さよなら」

 

 で、刺した。

 鎧の無い所を狙って下から上に、心臓を狙った。

 

「あがっ! グッ!」

「…………ごきげんよう」

 

 その瞬間まで俺は笑っていたと思う。兵士は信じられないとでも言う表情でゆっくりと倒れた。

 俺は純エルフ程耳は長くないし、髪もピンクと変な色をしているから、それが原因かもしれない。そんな事はでもどうでも良かったが。

 返り血が飛んだが俺の笑顔は張り付いて取れる事は無かった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 裏から玉座へ至る使用人用の通路だが、今は玉座へ通じる扉には鉄格子が下されていた。

 

「お父様! お父様!」

 

 格子を掴んでその先へ俺は叫んだ。どうやってもこの格子は動きそうにない、こちらからでは絶対に開かないのだ。

 

「ユマか! なぜ来た!」

 

 王座に集う兵たちを掻き分けて、父様が叫ぶ。良かった! 間に合った。

 父様は見慣れぬ青い貫頭衣を被り、腰には大振りの大剣を刷いていた。完全な戦闘モードだと解る。しかし、この状況ではまともに戦いにすら成らないのは明白だ。

 

「霧です! 父様、霧を払わないと魔法が使えません」

「解っている! だが霧を払うにも魔法が使えないのだ!」

 

 そうだ、この国は全てが魔法、魔法が使えないなら? エルフは途端に何も出来なくなる。現代で言うと電気が無いようなものなのだ。

 じゃあどうする? 雨か? 雨が降れば? どうやって?

 

「そうだ! 一旦逃げ出して、王宮と街に火を放ちましょう! そうすれば雨が降るかも、そうじゃなくても霧が晴れるかもしれません」

「それは王として、看過出来ぬな、王都と国を守る者が街に火をかける訳にはいかん」

 

 そうだよな、でもさ、でもよ、じゃあどうしようも無いじゃないか。

 全てを奪われ、殺されるぐらいなら火を放って逃げると言うのも、ひとつの手段じゃないか? そんな風に考える俺はおかしいのだろうか? 『偶然』に振り回されて、常に最悪の事態を考え過ぎだろうか?

 悩んで動けなくなった俺に、格子の向こうからもう一人の家族の声が聞こえて来た。

 

「父上、敵はまもなくここまで来ます、お逃げください」

 

 ステフ兄さんだ、兄さんは血にまみれていた。兄さんも戦っていたのだ。

 その姿をチラリと振り返った父様が、私に尋ねる。

 

「ユマよ、その通路に敵は居ないんだな?」

「ユマ? ど、どうしてこんな所に居るんだ!」

 

 慌てる兄様を無視して俺は答える。

 

「はい、『今は』敵は居ません」

 

 ここに至るまで、全員殺してきた。兄様に負けないぐらい俺は血まみれだろう。

 

「よし、良くやった」

 

 言うなり父様は格子を上げ始める。

 

「父上、ここは任せてユマとお逃げください」

「父様、兄様も!……皆で逃げましょう!」

 

 ステフ兄様は残る気で居るが、俺は皆で脱出したい。

 火は駄目と言われてしまったが、俺はまだ諦めていない。魔力が通っていないなら今の王宮はただの木の塊、燃えやすいんじゃないか? 敵を引き込んで燃やす。火計の一種と考えればやっぱり悪くない、後は脱出の問題だけだが、通路の掃除も済んでいる。

 

 一緒に逃げて再起を図ろう。

 

「ユマ、父上と一緒に行くんだ! 良いね?」

「ステフ兄さんは?」

「俺はここで敵を食い止める」

 

 俺の肩に手を掛けて優しく語り掛けるステフ兄様、兄様は覚悟を決めている。でも、その覚悟を曲げて逃げて欲しい。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 どんな言葉を掛けようか考えていたら、兄様がこちらに転がってきた。俺まで巻き込まれ、地面に転がるハメになる。

 

「え?」

 

 仰向けに転がって、片足を上げる父様を見上げても、その足で兄様を蹴っ飛ばしたのだと理解するのにしばらく掛かった。

 

 ――ガラガラガラガラ

 

 鉄格子が下りる、父様?

 

「よし、二人は脱出しろ」

「父上!」「父様!」

「王は王の責任を果たさねばならん」

 

 この親父カッコつけてくれる。でも、逃げようぜ? そんなの無駄死にじゃないか。

 

「逃げましょう父様、ここで戦う意味など有りません」

「有るんだよ! 玉座を守れずして何が王か、王都を落とされるエルフ最初の王だ、間抜けと謗られようが最期は立派で有ったと残さねばな」

 

 ああ……父様はもう、覚悟を決めている。

 

「そんな! 父上!」

「行こう、兄様!」

「ユマ? 父を置いていくつもりなのか?」

「セレナを、セレナを助けないと」

 

 自分でも驚くほどの感情の籠ってない低い声が出た。その声に兄様は言葉を失い俯いた。

 そうだ、全てを諦めてでも、セレナだけは助けなくてはならない。

 

 王宮を抜けて、離宮に戻った、途中で出会った人間は、……殺した。

 兄様には分けてあげない、顔色が悪い兄様を助けないとね。

 いつもは、いままでは、ずーっと俺が助けて貰ってきたんだから。

 

「ユマ、お前……」

「何ですかお兄様?」

 

 兄様は何か、恐怖に引きつった顔をしていた、イケメンが台無しだ。

 ただ、二の句は告げなかった。血塗れなのはお互い様だ、言葉で伝えられる事なんてもう無いんだ。

 

「酷い有様ですわね」

 

 離宮の広間まで戻ると、兵士は皆、死体に変わっていた。代わりに溢れかえるのは人間の兵士達。

 先ほど声を掛けてきた兵士長が唯一生きていたが、それも取り囲まれていて、断末魔が響くと同時に死体に変わった。

 最後の獲物を仕留めた兵士達が俺達を指差す。

 

「生き残りが居たぞ! 殺せ!」

 

 この離宮の広間は迂回出来ない。この先にセレナ達が居る。なのにココまで敵が来ている。セレナは? セレナは無事なのか?

 焦る俺の心とは真逆、頭と体の芯だけは、凍える程に冷静だった。

 

「こんにちは皆さん、本日はどの様な御用件でしょうか?」

 

 俺は親しげに手を振って見せる。お客様向けの声が出る。

 

「なに?」

 

 ソレを目にした数人が気勢を削がれ、隊長だろう人物を振り返る。

 

 ――そこに兄様が斬りかかった。

 

「うわっ!」

「クソッ! コイツ強いぞ!」

「数で押さえ込め!」

 

 後は乱戦だ、斬りも斬ったりだ。

 俺は案外戦えた。まず相手はエルフらしくない俺に手加減していた、そして相手の兵士だってよく見ると体調が万全とは言えない様だった。森を抜けて王宮まで乗り込んだのだ、疲れが有ったのだろう。反して邪魔な魔力が薄まった俺は絶好調。

 

 ――でも、兄様は? 兄様は俺と違って純エルフだ、魔力が無ければ他の兵士と同じ、きっと体調は悪かったのだ。

 

 ……そうでなければ、そうでなければアレだけ強かった兄様が負ける訳など無いのだから。

 

 戦っている最中に、剣を突き刺される兄様を見た。俺は、アレじゃあもう助からないなとぼんやりと考えていた。まるで他人事の様に。

 もう俺は、全てがどうでも良くなっていた。気持ち的にはアレだ「なんだよこのクソゲー」って言ってる時に近い、リセット5秒前だ。

 後はどれだけの人間を殺せるかのスコアアタックだ。

 さぁどうだ? 案外、たった一人で人間どもを全滅させられるかもしれないぞ?

 

 ……そんな事が出来るハズも無く。結局俺は組み伏せられて、仰向けに地面に引き倒された。多勢に無勢って奴だ、気持ちはもう「このゲームバランス悪いっすねー」ぐらいのもんだ。

 

 そんな俺に、兄様の最期の声が聞こえてきた。

 

「すまない、ユマ、俺はお前にずっと笑っていて欲しいと思っていた、でも、でも、そんな風に笑って欲しかった訳じゃあないんだ、不甲斐ない兄で……」

「五月蠅い! 黙れ!」

 

 兵士の剣が兄様の胸に突き刺さる。ソレをみて「あ、死んだな」とぼんやり思った。

 

 それに……なんだ? そうか、俺は笑っているのか……

 

「化け物め!」

「人間とバケモノの間の子(あいのこ)とはな! モノ好きも居るもんだ」

「ギャハハハハ!」

 

 下品な言葉を掛けられ、革靴に顔面を踏まれ、それでも俺は笑ってるのか。

 

 ああ、でも仕方が無いだろ? もう笑うしか無いじゃないか、こんなのどうすれば良かったんだよ。

 魔法が有るからって諦めずにチートを模索しておけば? でも何か作るとしても、多分魔法を組み合わせて作っただろうな。じゃあ霧に妨害されて駄目だったかな?

 全て諦めよう。神様だって対処不能の『偶然』に俺が逆らおうってのが無駄だったんだ。

 

 ああ、でも! セレナ! セレナだけは!

 

 ……いやもう駄目か、だったらなるべくセレナと近い所で死にたい。

 

「笑ってやがるぜこいつ」

「イカレてやがる」

「何人も殺しやがって、やっちまっていいですか?」

「ああ、構わん」

 

 そんな下卑た声に混じって、聞き慣れた可愛い声が聞こえた。

 

「お姉ちゃんを! 離せーーー」

 

 セレナ? セレナなのか?

 

「『我、望む、この手より放たれたる、強く大きく熱く疾い、炎と風の鋭き刃よ』」

 

 あぁ駄目だ、駄目なんだよセレナ。魔法は駄目なんだ。霧の所為で全て消えてしまうんだ。

 俺だってちょっとは試したさ、小さな魔法は出るけれどソレだってスグに消えてしまうんだ。きっと王宮も、父様と兄様も、俺も、霧の中に消えてしまうんだ……

 

 だけど、良かったセレナと一緒に死ねる。そう思って居たのに……

 

「ぐぴゃ!」「あべっ!」「びゃ!」

 

 醜い悲鳴が幾つも上がった。

 兵士達の上半身がズリ落ちて、血が溢れ出す。俺の顔面を踏みつけていた足が吹き飛んで、ガツンと部屋の壁にぶつかる。

 

 ……セレナの魔法は兵士をすべてなぎ倒した。

 

「え?」

「おねい……ちゃん」

 

 そうか、普段200ちょいの俺の魔力が50。ざっと4分の1。これじゃちょっとした種火の魔法とかコインサイズの風魔法しか出せない。

 でも、普段2000を超えるセレナなら? 4分の1でも500、魔法を使うに十分だ。

 

「お……ね、いちゃん……」

 

 力なくセレナが蹲る。

 駄目だ。魔法を使わせちゃ駄目だ。

 外から魔力が吸収出来ないから、体内に残った自分の魔力を使っている。

 魔力が無いと生きられないからこそ、エルフにこの霧が毒となる。だったら妹のセレナはどうだ? 人一倍どころか十倍魔力が多いのだ。だったらきっと十倍辛いはずなのだ。

 その証拠に今のセレナの顔色は、ああ、まるでかつての俺じゃないか。こんなに青く、……なんでこんな。

 

「ば、化け物だー」

 

 化け物なんかじゃない、世界一可愛い俺の妹だ。

 

「セ、セレナ!」

「お姉ちゃん!『我、望む、この手より放たれたる風の刃を』」

 

 駄目だ、もう魔法を使っちゃ駄目だ、それは今、命を削って撃ってる魔法だ。

 

「ギャァーー」

 

 兵士の悲鳴が上がる。後ろから俺を切ろうとしたのを……また守ってくれたのか? 良いのに、セレナだけでも逃げれば良いのに!

 

「セレナ!」

 

 俺はセレナを抱きしめる。

 

「逃げよう! 二人で! 逃げよう!」

「お父さんとお兄ちゃんを助けないと!」

 

 俺は、セレナの目を見て……ゆっくりと首を振る。

 

「え゛っ? うそぉぉ、嘘だよね」

 

 俺は、再度、首を振る!

 妹の顔が絶望に染まる、こんな顔、こんなの! 絶対に見たくなかったのに。

 そして、セレナは父と兄を心配した、じゃあ母は? セレナの部屋と母の部屋は近い、つまりそう言う事なんだろ?

 

 クソッ! クソクソクソ!

 

「え゛びぇぇーーーーん」

 

 セレナが泣き出してしまう、セレナは頭が良いんだ、良い子で、聞き分けが良くて、魔法が強過ぎて暴走することも有るけど、わざと悪戯する事も無いし、子供みたいに泣くことなんて一回も無かったんだ。

 だから、馬鹿なお姉ちゃんは泣いてる妹を慰める言葉の一つも知らないんだ。

 

「セ、セレナァ……」

 

 なんで! 俺まで泣いてるんだよ馬鹿にも程が有る、何だよ! 何なんだよ!

 

 ――パァァァン

 

 俺が馬鹿なのが悪いんだ、だからその時その音が鳴ったんだ。

 

 気が付くとセレナは倒れていた。

 

 音のした方へ、俺の首が壊れたカラクリ人形みたいにぎこちなく回った。

 あれは? 歴史の教科書で見た、火縄銃? ファンタジーだぞ? なんでそんなもんがここに有るんだよ?

 

「よし、化け物は倒した、進め!」

 

 殺す! 俺は知ってる、火縄銃は連射出来ない? そうだろ?

 兄の死体に近づいて、躊躇なく兄様の双剣を手に取って走る。

 まだ動く、まだ軽い。

 

 魔力が流れゆっくりと魔剣が起動する。

 

 その時俺は、セレナが魔法を使えたもう一つの理由に思い至った。

 王宮を、王都を、燃やしてでも降って欲しいと思った雨がこの部屋だけには降っていた。

 

 人間の、

 エルフの、

 そして兄様の。

 

 文字通りの血の雨だ。

 

「ヒッ! 来た!」

 

 まず、一息に走り込み銃を持つ奴を斬る。豆腐を切ったのかと錯覚するような手応え。慌てて隣の兵士が斬りかかって来たのをもう一方の剣で受け止める。

 受けたと思ったが、魔剣は逆に相手の剣を切り裂いた。千切れ飛ぶ剣の端が頬を浅く切り付けたのも気にせずに、受けた方と逆の剣で鎧ごと兵士を切り裂いた。

 

 一人、  二人、   三人斬った、取り敢えず、動くものはなくなった。

 

 セレナは? 死んじゃった? 死んじゃったらセレナと一緒に死のう。

 ふらつく足取りで倒れ込むセレナの元へと縋った。

 

「セレナ! セレナ!」

 

 セレナが撃たれたのは太ももだった。致命傷じゃない、でも出血が酷い。剣でカーテンを切り裂いて太ももの付け根を縛る。付け根に物を挟んで血を止める。

 

 俺はセレナをおんぶする、今度は、俺が! 俺がセレナを助けないと、まだ体は動く、王宮を脱出するんだ。


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