死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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お家騒動

「ポンザル家で騒ぎが起きた。どうやら、バイロンとドネイルは放逐されたらしい」

 

 リヨンさんのショッキングな報告からその日の会議はスタートした。

 ドMがやっと鳴りを潜めたと思った途端にコレ! 全く驚かせてくれる。ドSにジョブチェンジしたんじゃあるまいな? 話が全然掴めんぞ!

 疑わしげに眉根を寄せる俺の頭を田中が雑にかき混ぜながら尋ねる。

 

「そんで……どうなるんだ? 一件落着か?」

「逆だな、麻薬撲滅が広く叫ばれるようになるや、バイロンとドネイルは帝国と手を切ろうとしていた」

「で、クーデターを起こされたってワケか」

「そうだ、ポンザル家は薬が手放せない人間が大半だったと言う訳だ。そう言う意味では私も危なかった。麻薬への啓蒙が進まぬ内に強硬に禁止を訴えていたら、私の立場も危うかったかも知れぬな」

 

 悩ましげに眉根を揉むリヨンさんの横顔は、なんともカッコイイ。

 

 ……これでドMでさえ無ければなぁ。

 

 とか思ってたら、キリッとした顔でコッチに向き直った。ドキッとするので止めて欲しい。

 

「それもコレも、ユマ様が麻薬の危険性を訴えてくれたお陰です。本当に感謝します」

「良いのです、本当に憎むべきは帝国。その為には労を厭いません」

「ありがたき幸せ」

 

 軽々しく頭を下げちゃう感じ、まだちょっとドMが抜けてない気がするな。まぁこの程度は好都合。

 

「と、なれば後は慎重さが欠け、過激になったポンザル家を堂々と叩けば良いだけでしょうか?」

「ポンザル家と改め、今はルードフ家ですな、ですが側近のルードフがバイロン達をほぼ無傷で追い出せたのが気に掛かる」

「何か裏があると」

「恐らく帝国でしょうな、奴らが協力して首をすげ替えた可能性がある」

「なるほど……」

 

 うーん困ったな。あのオッサン達の首で解決と思っていたのだが、首にする前に首にされた感。

 ん? そう言えば?

 

「放逐? バイロンとドネイルは生きているのですか?」

「それが……今朝、バイロンからの手紙が届いたのです。伝説の聖女様に是非会いたいと」

「罠でしょうか……」

「そうかも知れません」

 

 などと悩んでいたのだが。

 

「違うと思いますね」

 

 手を上げたのは木村。

 

「恐らく二人はカラミティちゃんの回復を聞き、聖女の魔法に希望を見出したのでしょう。だからこそ行動を起こしたとすれば辻褄が合う」

 

 なるほどな、あり得る話だ。やつらは麻薬だけじゃなく重金属中毒にも苦しんでいるらしいから、その苦しみは相当なものだろう。

 俺達はバイロン達に会いに行く事にしたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 手紙に記されていたのはプラヴァスの端。寂しい場所にポツンと建ったおんぼろ小屋だった。

 

「随分と、うらぶれてますね」

 

 言いながら、俺は髪に張り付く砂埃を払うのに必死。その髪色は綺麗なピンク。

 万が一を考えて、魔石を使って魔力を補充しておいた。

 そんな俺を眩しそうに見つめるリヨンさんが、恭しくも報告してくる。

 

「着の身着のままで逃げ込んだ様ですから、こんなものでしょう。奴らに敵意がないことは確認済みです」

「でしたら、入りましょう」

 

 そうして小屋の中へとお邪魔した。もちろんリヨンさん率いるブラッド家の皆さんで身体検査は済んでいる。中にはナイフ一本無いとの事。

 

「良く来たな……」

 

 出迎えたのは、バイロン。劇場で見た時はオラオラ系のスケベ親父って風情だったが、脂ぎった押しの強さはスッカリしなびていた。

 

「ああ、やはり美しい」

 

 へたり込んだまま、陶然と見上げてくるのはドネイル。コイツはゴキゲンに歌ってた方の冴えないオッサンだが、やつれてしまって見る影も無い有様だ。

 

 二人とも生命力を感じないし、運命光も弱い。麻薬の影響だろう。

 そして、そんな二人に輪を掛けて酷い状態なのがベッドの上の老人だ。

 

「あ゛、ぐぅぅぅぅ!!!」

 

 枯れ木のような体のドコにそんな力が? と思うほどに大声で呻き、暴れようとする体はベルトでベッドに固定されている。

 舌打ちを漏らした田中が顎でしゃくった。

 

「コイツは?」

「親父だ、死にかけてる。治せるか?」

 

 応えつつも、バイロンは真っ直ぐに俺だけを見つめる。よせやい、照れるぜ。

 

「少し、難しいかも知れません」

「……そうか」

 

 うなされている人間は、健康値を振り絞っている状態だ。魔法は中々通らないし、下手に通せば健康値を大きく削って殺してしまうことになる。

 俺の言葉は半ば予想通りだったのか、二人に諦めムードが広がった。実際、どんな医者に診せたって、こうも暴れる患者に処置を施すのは難しいだろう。

 でも、そういう時の為にアレがあるのでは?

 

「ですが麻薬を少量処方するか、睡眠薬を使って大人しくすることが出来れば或いは……」

「駄目なんだ、親父はケシを食い過ぎて殆ど効かない、効くほど飲めば命が危ない」

 

 呟くドネイルは力なくうなだれていた。

 

「それに、そんなんじゃ麻薬依存はどうにもならねぇ。違うか?」

 

 そして、苦々しげにバイロンが問う。

 実際、その通りかも知れない。カラミティちゃんには攫われたコト自体を残らず忘れて貰った訳だが、麻薬を常習していた人間にソレは叶わない。

 麻薬の記憶が残る限り、依存症は治せない。

 ……いや、或いは。

 

「より、強烈な刺激があれば……」

「馬鹿言うな、ケシより強い刺激なんてある訳ねぇ」

 

 ……確かにな。うーん、まぁソレは置いといて。

 

「でしたら、お二人の体の痛みだけでも取り除けるかも知れませんよ?」

「本当か?」

「ええ、確約は出来ませんが」

 

 事前に聞いていたとおり、ポンザル家は体の痛みに苦しんでいた様子、二人は腰を浮かせて食いついてきた。

 コレが木村の予想通り重金属中毒ならやりようはある。そうでは無く他の重病だとしても、寛解(かんかい)させる程度なら可能だ。

 コレもまた、俺を受け入れてくれなければ魔法が通らないので絶対じゃ無いのだが……

 と、ソコに木村が割り込んだ。

 

「おっと、その前にポンザル家について話してからにして下さいませんか?」

「オイオイ、効くか効かないか解らんのに、ペラペラ喋れるか」

「交渉出来る立場と思っているのか?」

 

 リヨンさんが凄むと、舌打ち一つ、バイロンは細々と語り出した。

 

 数年前から、体の不調を訴える者が続出したこと。

 地下水路から帝国が現れた事、麻薬を売りつけ武器も渡された事、奴らが境界地を欲している事。

 全てが俺達の予想通りであった。

 こうして聞くと全てが怪しい。呆れた様に田中が吐き捨てる。

 

「まんまと騙されやがって」

「俺だって、奴らが地下水路に何か混ぜたって事は考えたさ。だが奴らコッチの地下水だって気にせず飲むしな」

 

 ……少量飲む程度なら問題ないのだろう。或いは対策があるのかも知れない。

 

「だいたい、麻薬で商売するために毒まで撒く必要はないだろ?」

 

 ドネイルは苛立たしげに付け加えるが、ソレは彼らが砂漠の民であり、井戸に毒を撒くなど神に唾吐く所業だと思い込んでいるからだ。

 だが、奴らにしてみれば井戸どころかプラヴァス自体を滅茶苦茶にしても構わない。

 

「奴らが境界地を狙っている理由は?」

 

 苛立たしげにリヨンさんが訊ねると、二人はきょとんとした顔をした。

 

「そりゃ、おまえさん方の方が知ってるんじゃ無いのか?」

「俺達はてっきり、ケシより強力な麻薬でも作るために王国と奪い合ってるんだと思ってたんだが」

「なに?」

 

 コレにはリヨンさんも目を剥いた。ポンザル家がこの後に及んで何も知らない? いや、知らないどころか……

 

「何も無い……のか?」

 

 遺跡の一つや二つ、あるのだろうと思ったが……じゃあ奴らは何の為に? 静まり返る一同はいつの間にか一人の男の言葉を待っていた。

 木村である。

 コイツだけは思うところがあるのか一人考え込んでいた。

 

「ひょっとして……」

 

 ぽつりぽつりと語る所は、意外なモノ。

 

霧の悪魔(ギュルドス)の補充?」

「ああ、使えるのかも知れない」

 

 曰く、境界地に満ちるのは地球の健康値。だったら人間の健康値を削りながら霧の悪魔(ギュルドス)の霧を補充するよりも、ずっと大量の健康値を幾らでも補充可能かも知れない。

 

「帝国では最近、流行り病で全滅する村が多いと聞きます」

「そりゃあ……」

 

 間違い無く、帝国が霧の悪魔(ギュルドス)の補充をしているのだ。

 エルフの王国奪還時に、多くの霧の悪魔(ギュルドス)を俺達は奪取した。あんなモノが現代の技術で作成可能なハズも無く、どこかの遺跡で出土したモノだろう。大きく増えることは無いだろう。

 

 だとすると、残り少ない霧の悪魔(ギュルドス)はより多くの健康値を吸収せねばならないハズだ。

 そして、全開で稼働する事になった霧の悪魔(ギュルドス)はどうなるか? 村ごと滅ぼす程の災厄になるに違いない。

 

「胸くそ悪ぃぜ」

 

 苛立った田中が思いきり床を蹴っ飛ばすと、安普請なのか床材は甲高い悲鳴を上げた。

 

「ソレにしたって、境界地は広い。ドコでも良いのなら、それこそ他の場所でも良かったはずだ」

 

 リヨンさん曰く、木村が用意したルビーの十分の一の金額でも、境界地の権利を貸す程度なら断ることは無かったと言う。

 

「いや、そうなると今度は輸送が問題になるでしょう」

 

 そう言うのは他ならぬ木村。霧の悪魔(ギュルドス)は言わば精密機器である。整備する事も難しい現代で、砂漠を渡ってくるのは難しい。

 

「結局、ポンザル家の協力が必要ならば、ポンザル家の持つ境界地を買った方が早いってか?」

「それに、境界地の健康値を吸い取ってどんな影響があるかも解らない。万が一健康値の膜が壊れて、呪いと恐れられる紫外線がプラヴァスにまで降り注いだらどうなります?」

 

 問われたリヨンさんは音がするほど食いしばり、苦しげに呻いた。

 

「即刻叩き出すだろうな、金は全額返金する」

「でもよ、土地を買い取っていたとしても、市民の反発は間違いねぇぜ? ああ、そうかよ! だからプラヴァスは麻薬で滅んでくれた方が、いっそ都合が良かったってオチか」

 

 呆れた様に田中が天を仰ぐ。皆が事の重要さを理解し、空気が重くなる。

 だが、肝心のポンザル家の二人には意味が解らない様だった。

 

「ちょっと待てよぉ、プラヴァスが滅ぶ? どう言う事?」

「アイツら、何を企んでやがった!?」

 

 そう言われても俺達に説明は困難。代わりにリヨンさんにお願いした。

 曰く、プラヴァスでは境界地は神の領域で、その結界が外の呪いを防いでいると解釈しているらしい。それを吸収するのが帝国の狙いだったと噛み砕いて説明していた。

 

「ウソだろオイ? そんな事が可能なのか?」

 

 信用出来ないと言うボイザンだが、別に信用して貰わなくても構わない。

 

 それを横目に見ながらも貧相な椅子に腰掛けて、俺はホッと息を吐く。

 

「何にせよ、一旦危機は回避されたと見て良いのでは無いですか?」

「そうですね……」

 

 皆からも異論は出ない。

 なにせ、境界地の権利書である石版は抑えた。麻薬への忌避感も広がって、プラヴァスが混乱する予兆も無い。地下通路のタネも割れた。

 こうなれば繊細な霧の悪魔(ギュルドス)をノコノコ運んでくることなど出来ないだろう。

 境界地に霧の悪魔(ギュルドス)を並べ始めた時点で、違法占拠だとリヨンさんは堂々と軍隊を動かせる。霧の悪魔(ギュルドス)が戦闘に巻き込まれるのは必至だ。

 少なくとも、ゆっくりと健康値の吸収などさせないだろう。大量の兵士に守らせようにも、その兵士達の健康値だって吸い取られてしまうのだから配備も出来ない。

 

 こりゃ八割方解決と見て良いのかな?

 ホッと息をつく俺をドネイルが焦れたように急かした。

 

「もう良いのか? だったら治してくれよ」

「……まぁ、良いでしょう」

 

 結局、大した情報は聞けなかったが『何も無い』と言うのも大事な証言か。

 

「では……失礼して」

 

 俺はいそいそとドネイルに近づくと、彼の膝上にちょこんと腰掛けた。俺の背中がドネイルへと密着する。

 

「なっ? え?」

「だめ?」

 

 お姫様らしい威厳を引っ込めて、グイッっと背中を反らせれば、俺を見下ろすドネイルと目があった。

 俺はそのまま、上目遣いに小首を傾げる。

 あまりに幼い仕草だが、俺はまだ十四歳。似合わないってコトは無いだろう?

 その証拠にドネイルはドギマギとしつつも嫌そうでは無い。

 

「ダメじゃ無い、けど……」

「よかったー、へへ」

「うあっ!」

 

 有無を言わさず背中に体重を預ける。するとドネイルの奴、後ろから抱きしめてくるではないか!

 いや、そういうサービスはやってないんですよー!

 

「もう、パパのエッチ! 触んないでよ!」

「ぱ、パパ! パパ? パ・パ・パ・パパァ」

 

 茫然自失、壊れてしまったドネイルさん。

 恐らくは三十の後半。俺ぐらいの娘が居ても全く不思議では無い年齢だが、どうやら独身。愛人、子供も一切ナシの仕事人間だとか。

 そういう人間にこそ、『コレ』は効く!

 

「エッチなのは大きくなってからだよ! おっきくなったらパパのお嫁さんにしてくれる?」

「も・も・も・も! モロチン!」

 

 などと、意味不明の供述をしている所に追撃を入れる。

 

「良かった! 私のコト受け入れてね!」

「!!」

 

 既に言葉も無く、真っ赤な顔をひたすらに縦に振る玩具みたいになってしまった。

 こうなればしめたもの、魔法がメチャメチャ良く通る。

 

「『我、望む、この手に引き寄せられる、体を蝕む青金(あおがね)よ』」

 

 思い出すのはセレナに埋まった銃弾を摘出するとき。あの時は鉄だとハッキリ解ったが、今回は微細な重金属。その正体は鉛か水銀か、はたまたカドミウムか? なんにせよ重金属は青い金属に分類される。この魔法で良いはずだ。

 エルフは鏡を見るのが好きなのだが、工房ではたまに水銀中毒になる職人が出るのだとか。コレはその対策魔法である。

 

「あっグエッ!」

 

 体中から害になる重金属を寄せ集めると、どうやら苦しいらしくドネイルは激しく嘔吐(えず)いた。そー言えばこの魔法はメチャメチャ痛いって本に記載があったっけ。

 でも、このままでは抵抗が増してしまう。うーん困った。どうする?

 

「パパッ! 大丈夫? 頑張って!」

 

 手を握って必死に応援だ! すると、ドネイルは弱々しくも笑って見せた。

 

「こ、こんなのへっちゃらさ」

 

 はい、チョロい。

 一気に魔力を流すことに。

 

「ぐわぁぁぁぁ!」

 

 なんかのたうち回ってるけど、大丈夫! 必死に俺の魔法を受け入れてくれている。

 

「ぐぇぇぇぇ」

 

 胃に集めた重金属を胃液と一緒に一気に引き上げる。汚いね。

 蹴飛ばし部屋から追い出すと、外からゲロゲロ音がする。

 

「ふぅ、一仕事終わりました」

「お嬢ちゃん、ヒデぇな」

 

 バイロン氏はそう言うが、アレが一番文化的なやり方だ。

 一般的にはぶん殴って昏倒させたり、勝手に一服盛って衰弱させてから治療したりするんだぞ?

 それ以外で言うと、カラミティちゃんにやったみたいな魔力での飽和だが、こんなオッサンとローションプレイは御免である。

 

 それぐらい、魔力を体の隅々まで通すのは難しいのだ。

 おんなじコトを鉄分に対してやってしまったら、血液はその役割を果たせなくなるばかりか、血栓だらけになってあっという間に死ぬだろう。

 相手に殺されても構わないと思わせて始めて、コレほど深く魔法を通せる。そう言う意味ではドネイルは何というか、性癖? が解りやすくて良かった。

 

 そして俺はジッとバイロンを観察する。

 

「…………」

「……んだよ!」

 

 その点、このスレたオッサンは面倒臭そうだ。可愛い妻子だって普通に居るらしいし、さっきの手は通用しないだろう。

 そうなるとアレか、殴って昏倒コースしかないか?

 

「手を」

「? ああ」

 

 俺はバイロンに握手を求める。この世界にも一応は握手みたいな習慣はあるし、手相を見て治療を決めるのも珍しく無い。素直に手を出してきた。

 

 で、その手を思い切り捻る!

 

「グハッ! オイ! 何をする!」

 

 苦情は無視、シャリアちゃん直伝の暗殺テク。合気道みたいな技でバイロンを地面に転がせば、ピン止めされた虫みたいに動けない。護身用にもなるから必死で覚えた技の一つ。

 

「クソッタレェ!」

 

 しかし悲しいかな乙女の細腕。鍛えたオッサンの馬鹿力に長時間抗えるハズも無い。バイロンは無理矢理立ち上がってしまう。

 そうして振りほどかれる瞬間、今度は無防備な首筋に足を搦めて背後から締め上げる。

 

「ぐおおぉぉ、テメェ! なにを!」

 

 無視! そのまま海老反りに反動を付けて、再び地面へと引き倒す。ぐちゃりと潰れて失敗したフランケンシュタイナーみたいな感じになった。

 

「いい加減に! グゥッ」

「…………」

 

 呻くバイロンを無視して脚力で必死に締め上げる。

 威張り腐っていても所詮は素人。シャリアちゃんの暗殺術を習っている俺に隙は無い。暗殺術には胸を叩いて相手を心肺停止にしたり、逆に心肺を回復させる秘技もあったりで色々と奥が深いのだ。カラミティちゃんもそれで助かったんだってさ。便利だね。

 

 体格差がある以上、下手に抵抗されると厄介だ、このまま一気に締め落とす。

 

「オガァ!」

 

 だがこのオッサンも中々やる! 俺のアラビアンっぽいダボダボのズボンを掴んで強引に締めを外そうとしている。

 

「があぁ!」

「あぅ……」

 

 咆哮と同時。ビリビリとズボンが破け、木村の短い悲鳴が上がるが、どちらも無視!

 

 このままじゃ逆に投げ飛ばされる。俺はとっさにズボンを脱ぎ捨て、回り込んでマウントポジションを確保した。

 

「何のつもりだぁ!」

 

 地面からコチラを見上げつつも、吠えるバイロン。だけど今度は無視しない。

 俺は陶然とした笑みを浮かべ、舌舐めずりさえ見せつける。

 

「もちろん、殴るつもりですけど?」

「なにっ? グッ!」

 

 オラァ! ポカンとした顔面に火の玉右ストレート! 鼻が折れる感触と同時、柔らかな俺の拳もひしゃげる痛み。

 だけど、無視!

 

「ぐへぇ!」

 

 今度は渾身の左ストレート。折れた歯が刺さって痛い! コレも無視!

 

「テメェ!」

 

 マウントポジションは圧倒的に有利と言える程では無い。特にこれほどまでに体格差がある場合は、一瞬にしてひっくり返される事も珍しくは無い。

 

「クソッ! クソッ!」

 

 だけど脱ぎ捨てたズボンが両手に絡まり、逆転を許さない。俺はドサクサに紛れてその両手を縛っていた。

 

「今からアナタをボコボコに殴りまーす、何か言いたいことはなぁい?」

「テメェ、俺を治すんじゃ!」

「ふふふ、それが遺言?」

 

 無邪気に笑って、ワンツーワンツー。容赦なく顔面を強打する。

 

「…………」

 

 周りにはあらかじめ、こういう事もあるかもと伝えていたので一切の手出しを禁止している。

 

 そう、これは殴って昏倒コースでは無い。

 

 ズバリ、『苛めて屈服コース』。

 

 コチラが上だと体に教え込み、魔法の通りを良くする方法だ。

 

 ……それにしても皆、揃いも揃って微妙な顔で見てくるのな。

 田中は真顔だし、木村の笑顔は引き攣っている。リヨンさんに至ってはかぶりつきで、剥き出しのドMを隠そうともしていない。

 

 羨ましいと顔に書いてあるワケだが、コレは実力で相手を屈服させることに意味がある行為。小娘に負けちゃうなんて! と思わせるプライド破壊技である。

 だけど俺の見立てでは、どんなに不意を突いたところで本気になったリヨンさんに組み打ちでは敵わない。

 それではただのプレイの一環でしかなく……いや、ソレで良いのか?

 

 とにかくこの場合。自分が小娘にも負けれるクソ雑魚だと、心を折る事に意義がある。

 

 そのままひたすら殴り続け、俺の両手が鮮血で真っ赤に染まる頃には、バイロンの悲鳴もだいぶ大人しくなっていた。

 

「あ、ぐぅ……」

 

 汗にまみれ、興も乗って来た俺は、ズボンに続いて上着も脱ぎ捨てる。

 

「ふぅ……」

 

 鮮やかに色付き火照った肌に、輝くピンクの髪が張り付く。肌と髪、同色でありながら異なる質感を持つ二つのピンクの共演がもたらすグラデーションは、自分で見てもなんだかエロティック。

 

「おぉ!」

「うへぇ!」

 

 そして外野も絶好調。リヨンさんと木村が歓声を上げる。その原因は俺の下着。

 

「まだそれ着てんのかよ、お気に入りか?」

 

 田中が呆れるのも無理は無い。またまたマイクロビキニの登場だ。

 いや、だって俺達の初対面はあの舞台。二人にしてみれば俺は聖女と言うより痴女なワケじゃない? あの時の印象が強烈で会いたいって言うなら、そういう機会もあると思ってさ。

 

 なんか俺自身、癖になってきてる感じも無くは無い。なんだかニヤニヤと笑みが止まらない。

 

「ざーこ! 女の子に負けちゃって! もっと抵抗したら?」

「ぐっ、ぐぅぅぅ!」

 

 最後の一欠片まで抵抗を引き出して、ソレをへし折る。

 これはその為の手段だから誤解しないで欲しい。断じて!

 

 顔面だけでなく鳩尾も抉り、動かなくなるや金的を踏みつける。

 

「グゲッ!」

 

 丸まってしまったバイロンを無理矢理に引っぺがして仰向けに寝かせると、俺はその顔面を足でグリグリと踏みながら訊ねる。

 

「ホラ、降参は?」

「わ、わがったぁ、こ、こうさ……ふぐぅ!」

 

 言わせない! 俺はバイロンの顔面にどっかりと腰を下ろす。ケツで思い切り口を塞げばモゴモゴとしか喋れない。

 

「アハハッ! 何言ってるかワカンナイんだけどぉ!」

「ぐぅ……」

 

 もうスッカリ抵抗を無くしたバイロンにトドメを刺すべく、俺はオッサンの頭を太ももでギュッと締め上げる。

 

 顔面には俺のケツ、側頭部には俺の太もも。嬉しいだろ?

 嬉しいのか、悲しいのか、それとも血が上って苦しいのか。バイロンの顔が赤黒く染まり、気味が悪い程に血管が浮き出ている。

 このまま幸せに締め落としてやろーっと。

 

「あの?」

 

 ソコに突然、木村から肩を叩かれた。

 

「え?」

 

 突然のおさわりにビックリしていると、怪訝な様子でバイロンを指差す。

 

「もう、十分じゃ無いですか?」

「…………」

 

 一理、ある。

 見ればバイロンはスッカリと俺に屈服しているようだ。

 俺の沈黙を否定と受け取ったのか、木村は首を傾げる。

 

「ひょっとして、まだ?」

「……いえ」

 

 十分ですね。そうですね。

 

 ちょっと調子に乗りすぎたみたいです。

 こんな事ばかりしていると、いつどんな切っ掛けで、一転攻勢の催眠アプリでチンポ中毒にされるか解ったモノじゃ無いからね。よい子の皆は真似しないように。

 

 そうして、俺はバイロンの重金属中毒を治療し、ついでに俺が傷つけた怪我も治療したのであった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 さて、皆の容体が落ち着いた。俺はお姫様スマイルでニッコリと微笑む。

 対して、毒が抜けたハズのバイロンは、むしろその毒っ気を取り戻した様だった。

 

「しかし、ヒデェ変わり様だな」

 

 バカにしたような表情で、お澄まし顔の俺を笑うじゃないか!

 コイツは! まだ躾が足りんか?

 

「お嫌いでしたか?」

「…………」

 

 艶然と微笑んでやれば、顔を赤くして言葉を失した。

 再び意地悪な部分に火が付いた俺は、わざとらしく首を傾げて覗き込む。

 

「もう一度、体に教えてさしあげましょうか?」

「わかった、降参だ」

 

 諸手を挙げて無抵抗を表明してくれたので勘弁してやる事にする。

 

「重金属中毒は良くなったと思いますが、麻薬に関してはどうしようもありません。耐えて下さい」

「ああ、麻薬なんて有ったなって位に頭の中からぶっ飛んだ、安心してくれ」

「僕もだよ」

 

 バイロンとドネイル、二人には強烈な刺激となったようで、一時麻薬を忘れるぐらいは出来ているらしい。

 

「全く、もうちょっと早けりゃ親父も助けられたのにな」

 

 バイロンが愚痴る所によると、親父さんはもう目が見えないらしいのだ。

 俺がどんなに可愛くたって、目が見えないのなら仕方が無いだろ?

 

「そうでも無いぜ? お前さんの声は可愛いからな、歌でも歌ってくれりゃあ親父だって正気に戻るかも」

「苦手です!」

「……そうか」

 

 名案だとでも思っていたのか、バイロンは俺の強い否定にしょんぼりと項垂れた。

 

「ハッ、ポンザル家のバイロンともあろう男が形無しだな」

 

 それを鼻で笑って見せるリヨンさんだが。椅子の背もたれを千切らんばかりの勢いで握っているのが怖い。どうやらバイロンへの仕打ちが羨ましいみたいです。

 

 そんな和気あいあいとした空気を壊したのは木村だ。

 

「一つ気になる事があります」

「なんだ?」

「ポンザル家はどうして境界地の権利を手に入れたのですか? 遙か以前は境界地でも何でも無かったと聞きますが」

「ああ……」

 

 つまらなそうにバイロンが肩を竦める。

 

「何代か前の当主がな、当代の歌姫にズイブンと入れあげたみたいでよ。帝国と王国が綱引きするのも構わず自分の屋敷に匿ったんだ」

「それの褒美に土地か? 逆だろう?」

 

 鼻を鳴らす田中に、バイロンは舌打ちを返す。

 

「チッ、それなんだがな、どうも執事が裏切ったとかで家捜しが入ったワケだ。だけど歌姫は見つからなかった、何故だと思う?」

「地下水路か……」

 

 答えたのは木村。

 どうやら潜ったこともあるらしい、トカゲ天国のロクでも無い場所だとか。

 

「その時のポンザル家当主はよ、地下水路を知り尽くしてたとかで地下水路から歌姫を境界地の外に連れ出したのよ」

「それは?」

「知ってんだろ? 境界地の外は治外法権。罪人が追放される場所。逆に言えばソコに居る分には誰もソイツを裁けない」

 

 馬鹿馬鹿しい理屈だがな、とバイロンは吐き捨てた。

 だが、聞き捨てならないとばかりに木村が叫んだ。

 

「オイ! それじゃ境界地の真下にまで地下水路が続いてるって事じゃないか!」

「まぁ聞けよ、当然そこにはいくつかの魔道具があったらしいがよ、当主は全部売っちまったってワケ、歌姫を殺した遺跡のモノは何にも見たくないってさ」

「死んだのか?」

「そりゃな、ソレで死体を抱えて懺悔しに当時の行政府に駆け込んだら、逆に喜ばれたらしいぜ?」

 

 ……何故? と問えば、当時のプラヴァスは帝国と王国の綱引きに参っていたらしいのだ。

 どちらを取る訳にも行かず、いっそ支配地域の外で死んでいた方が面倒が無い。それも事故死なのだから百点満点と言う訳だ。

 

「そんでも全くの無実ってワケにも行かず、賠償として地下通路に残された貴重な魔道具は残らず手放す事にしたんだと、境界地外の土地の権利はむしろ罰なのよ、その一帯の土地をやるからその場所の魔道具を探して、残らず売ってお金を作りなさいってな、ご先祖様は地下通路に詳しかったから大量に見つけたらしいぜ? ブラッド家も随分潤ったらしいぜ」

「そう……か、確かに一時は魔道具の販売で好況だったと聞いていたが」

「それよ! 堪らねぇよなぁ。手放すだけならともかく、地下通路から運び出せない分は地上から運び出したらしいぜ?」

「地上から?」

「そうよ、水源で使われてる浄化装置なんかはどうやっても通路に出ないからな。地上から男衆が呪いに苦しみながらも運び出したんだ。黒いターバンはその時の名残よ」

 

 呪いに苦しんだバイロンのご先祖にはご愁傷様と言うしか無いが、それはつまり、結局の所境界地の下にはやっぱり遺跡があるってことじゃないか!

 

 皆が話が違うと食ってかかると、バイロンは鼻で笑った。

 

「だから、百年からの時間を掛けて全部運び出しちまったよ! あるのはがらんどうの空間だけさ」

 

 そうは言うモノの、奴らは誰よりも遺跡に通じている。そう言ってもバイロンはソレこそ面倒とばかりに頭を掻いた。

 

「ンな事言ったらよ、アイツらは帝国からコッチまで地下から来たんだろ? アイツらの方がよっぽど遺跡を知り尽くしてるじゃねぇか、掘り尽くした後の、ンな小さい範囲に何があるって言うんだよ? それに一回境界地まで地下から案内したけどよ。あいつら道幅しか気にしてなかったぜ? それこそお前達が言うギュルトス? だかなんだかを運ぶつもりだったのかもな」

 

 ……なるほど、帝国から表に出さずに一気に境界地まで運べるならば奴らにとって都合が良い。

 話の辻褄は合う。だとすれば地下通路をキッチリと封鎖しないとマズイ。その為にどうするかを話していたら、何か思い出したのかバイロンが声を上げた。

 

「ヒデェ変わり者と言えば、帝国の魔女もなんか変だったな」

「クロミーネに会ったのか?」

「あたりめぇだろ?」

 

 身を乗り出す田中をバイロンは手で制した。

 

「ソレまでは、それこそ道幅とかを気にしてたんだが、アレを見てから様子がおかしかったな」

 

 バイロンが言うには、子供が遊ぶ迷路のデカイのが壁一面に掘られている場所を見てから様子が一変したとの事。

 

「まさか地図か?」

「設計図かもしれません」

 

 リヨンさんの疑念に、木村が別の可能性を付け加える。

 一方で田中はつまらなそうにあくびをした。

 

「単純に珍しい壁だったのかも知れないぜ?」

 

 そんな彼らを無視してバイロンは続ける。

 

「とにかく奴らは急にせっかちになってな、麻薬を大量に融通するからしばらく自分達に従ってくれと言い出してな、麻薬なんかより薬をくれと突っぱねたらこのザマよ」

「待てよ! それじゃヤベェんじゃねぇか!」

「慌てんなって、奴らは数人しか居なかった。帝国から応援を呼ぶにしろどんなに急いだってコトを起こすのに一月は掛かるだろ?」

「バカが!」

 

 田中が声を荒らげ激昂した。まぁ田中自身がモノの数日で往復しているワケだし無知なバイロンに怒るのも無理も無い。地下道があって、魔導車もあるのだから、もっと早い移動手段があっても驚かない。

 

 しかし、田中の懸念は別にあった。

 

「大人数なんざ要らねぇんだよ、アイツさえ居れば!」

 

 父様……そうだ! 私のお父様なら一騎当千。遺跡をひっくり返す事ぐらい出来るハズ。

 だけど、父様は純エルフ。魔力が少ないプラヴァスで活動するには魔力が足りないはず……

 そう言う意味では、生きている遺跡があったとしても、どの程度稼働しているかは怪しい。

 

 その時だ、リヨンさんの部下の一人。パノッサとかいう人が部屋のなかに転がり込んできた。

 

「大変です! ルードフの奴ら、街で魔石商を襲っています!」

 

 既に事態は動き出していた。


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