死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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クーデター2

 バイクに乗った田中と木村、二人は砂漠を駆け市街地を抜け、モノの数分で魔石商まで辿り付いていた。

 その速度はこの世界の常識を大きく逸脱するものである。

 

「おえぇぇぇ」

「汚ぇなぁ……」

 

 ただし、木村の朝食も口から盛大に逸脱していた。田中はソレを見ないように前を向く。

 

「このまま突っ込むぞ!」

「マジかよ!」

 

 魔石商は既にルードフ家に占拠されている事が見て取れた。

 多くの死体が転がり、火縄銃を抱えた男達が警戒にあたっている。戦闘の痕跡は色濃く、100メートル以上離れたココまで血と硝煙の匂いが漂うほど。

 

「味方を待った方が……」

「遅ぇよ!」

 

 アクセル全開! 及び腰の木村を無視して田中は正面からの突撃を選択。

 応援が来たところで、それは弾よけに使うと同義であるからだ。それに血と硝煙の匂いが色濃いと言う事は決着からさほど経っていない事を意味する。

 体勢が整わない今が攻め時と本能が告げていた。

 

「何だアイツらは!」

「アイツがタナカだ! 止めろ!」

 

 突っ込んで来る漆黒の異形に、通りを封鎖していた男達が慌てふためく。中には迎撃を試みる者も居るのだが、それを見逃す田中では無い。

 

「オラッ!」

 

 ――漆黒の機体が駆け抜ける。

 

「グヘッ!」

「ガァッ!」

 

 一切の減速をせず二人を跳ね飛ばすと同時、駆け抜けざまに剣閃が瞬く。

 

「えっ? ア!」

「なんで? なんでなんで?」

 

 剣の通り道に居たのは四人。一切の衝撃も、ひとかけらの痛みすら無く、全てが分割されていた。

 四人は突如言う事を聞かなくなった体にパニックに陥る。

 胴を断たれ、首を落とされた事にすら、彼らは気付けなかったのだ。……最期まで。

 

 ドチャリと体がズリ落ち血の池を作る頃には、漆黒の機体はとうに過ぎ去っていた。

 

「クソッ、撃てッ!」

 

 生き残った男達は慌ててその背中へと銃口を向ける。時刻は白昼、太陽があらゆる物から色を奪う時刻、漆黒の機体は良い的に見えた。

 

「――ッ!」

 

 しかし、突如その太陽が陰る。銃を構える男達を覆う影。天を見上げる彼らが見たモノは?

 

「――シッ!」

 

 田中であった。

 

 彼は駆け抜けざまにバイクを乗り捨て、跳ねた。

 勢いのままに壁を駆け上がり、一息で邸内まで押し入ろうとする寸前、バイクへと置き去りにした木村の背中を狙う男達に気が付き、頭上より飛び掛かったのである。

 

「あ?」

 

 男達が言えたのはたったそれだけ。

 予想もしていない襲撃に晒され、声も少なに()()される。

 

 僅か数秒の出来事、コレだけで男達は残らず地面の血溜まりに沈む。

 

「クソが! ふざけやがって!」

 

 しかし、一部始終を見ていた者達が居た。屋上で警備にあたる男共である。

 近すぎた故に最期まで何が起こったのか解らなかった連中とは違い、彼らは高所より起こった全てをつぶさに見た。

 なので、その速度、手際に戦慄はしたモノの、田中が剣を振るって着地した隙を見逃すほどに(ほう)けては居なかった。

 

「死ねェ!」

 

 照星に田中を捉え、トリガーを絞る。

 

 ――パァン!

 

 頭上から乾いた破裂音。

 田中は慌てて物陰へ転がるが、銃弾が落ちる気配は無い。

 

 ――ドサッ!

 

 代わりとばかりに落ちてきたのは死体であった。

 

「オイィ、急に飛び降りるんじゃねーよ」

 

 破裂音の正体は木村のリボルバー。屋上で銃を構える男達を()()()()撃ち抜いたのだ。

 

「何時見ても気持ち悪ぃなソレ」

「ほっとけ」

 

 そのタネは自在金腕(ルー・デルオン)。数メートルもの長さを誇る金属の指が触手の様にうねる。

 ソレを両手にはめる木村は、田中が乗り捨てたバイクを後部から操りながら頭上の掃除まで成功させていた。

 

「ズリィよなぁ」

 

 田中が見上げた先、宙に浮かぶ三つのリボルバーが揃って硝煙を吹いていた。

 自在金腕(ルー・デルオン)を銃に巻き付け、屋上で待ち伏せる彼らの頭を真横から同時に撃ち抜いたのだ。

 高所の有利を台無しにする力技と言えた。

 

「使うか?」

「イラね」

 

 しかし、自在金腕(ルー・デルオン)を田中は使おうとはしない。

 いや、使えない。

 

 自在金腕(ルー・デルオン)を自在に扱う木村を見ていると錯覚するが、そこに神経が通っている訳でも、目がある訳でも無いのである。

 撃つだけは出来ても正確な射撃など人間技では無い事ぐらい、前の持ち主である田中は良く知っていた。ましてや三丁を片手で操作する様はこの目で見ても信じ難い。

 

 もちろん木村だってソレを承知で聞いたに過ぎない。複雑怪奇な軌道で自在金腕(ルー・デルオン)を振り回しながら、あきれ顔で舌を出す。

 

「ハイハイ、言うと思った」

「片方は元々俺のだから使用料とか貰えない?」

「ネーよ」

 

 軽口さえ叩きながら二人は魔石商へと足を踏み入れる。そこは一見するとホテルのロビー然としていた。

 違いはフロントに天秤が並ぶ事、普段はここで魔石を量り売りしているに違いなかった。

 

 ただし今の室内は薄暗く、人の気配はまるで無い。

 

「金庫って言えば、地下か?」

 

 田中はドンドンと床を踏み鳴らすが、ソレで地下室の有無が解るハズがない。

 一方で木村は地下だと確信していた。

 

「お前にしちゃ賢いな。多分そうだぜ?」

「オイ! どう言う意味だよ?」

「まぁ、自明だろ?」

「かったりぃな、言えよ!」

「魔石商だからな。魔石ってのは空気に溶けて目減りするんだよ、自然とな。だったら地下で密閉する方が賢い」

「なるほどな」

 

 田中が思い出すのは霧の悪魔(ギュルドス)に晒され、魔力を失い砂に還った魔石だった。

 

「逆に言えば業務に使っているんだから、隠し通路みたいにはなってないはずだ」

「オーケー、従業員用のフロアにある訳ね」

 

 田中はフロントを飛び越えるや、奥へと続く従業員用のドアを思い切り蹴飛ばした。

 ――ガァン! と派手な音を立て、蝶番(ちょうつがい)ごとドアが吹き飛ぶ。

 

安普請(やすぶしん)だな」

「せめて普通に開くかどうか試せよ!」

 

 呆れながらも木村は不格好にフロントに乗り上げて銃を構え、扉の奥へと銃口を向ける。

 

「居ねぇよ」

 

 だが、田中はあまりにも無造作に奥へと足を踏み入れた。

 

「気配、ってヤツか?」

「だな、聞けばユマ姫(アイツ)の運命光ってヤツとタネは変わらねぇ」

「死から遠い程、運命が強い……か、信じらんねぇケド、マジなんだな?」

「マジだぜ」

「そっちのがよっぽどズリィだろ」

 

 木村は面白く無い。彼はゲームでも自分だけ取り逃したスキルがある事に我慢がならないタイプだ。

 

「ソコまで便利じゃねぇよ、死に確のヤツはまるで見えねぇ、現にさっき屋上の奴らは見えなかった」

「全然ダメじゃねぇか!」

「だけどな、今度は俺の気配って言うのか? それが目減りするヤベェ感じが全然無い。アイツらは俺達の脅威じゃ無かったって事だ」

「そういうモンかね」

 

 木村はイマイチ納得が行かない。ソレこそ無敵の能力に聞こえるからだ。

 事実、田中にとって自分の気配を意識することは難しいのが実情だった。それは丁度自分の体臭を感じにくいのと同じ、当たり前過ぎて解らないのだ。

 それを何となく『嫌な感じ』として受け取れる様になったのはホンの最近。その精度もまだ高くない。

 

 実は、田中の本当の強みは超人的な聴力で、呼吸や心音で生物の存在を無意識に感じているのだが……当の本人にその認識がない。

 

 なにせ、体調や環境、まして相手が虫の魔獣だったりすると殆ど役に立たない故に、今まで肝心な場面で役に立っていないからだ。

 だが、砂漠にはここ一年、十分に適応している。

 

「そう言うモンさ、当たり(ビンゴ)だな地下への階段だ」

「おう、明かり要るか?」

「要らねぇ……っと、今度の扉は丈夫そうだぜ」

 

 だからこそ、地下への階段の終点。鉄で補強された分厚い扉の先からでも、息を潜める無数の気配を感じ取っていた。

 田中の感じる気配は『五感+魂の情報』から統合された直感と言うのが正しい。

 ある意味でその精度はユマ姫の運命光を上回っている。

 

「奴ら、中で引き籠もってるぜ?」

「じゃあ、コイツの出番かな?」

 

 木村が取り出したのはお手製の手榴弾。

 

「良いねぇ、俺がこじ開けるから隙間から投げ込んでくれ」

「りょーかい」

 

 田中は敢えてドカドカと階段を下りる、相手にプレッシャーを掛けたのだ。

 今度は念のためノブを捻るが……開かない。

 

「このタイプは(かんぬき)だ、ノブの辺りを縦に斬っちまえ」

「おう」

 

 木村に言われるまでも無い、田中は突き刺すべく刀を引き絞る。

 スゥっと大きく息を吸う。その様子を木村は階段上から固唾を飲んで見守っていた。自在金腕(ルー・デルオン)に爆弾を構え、その時を待つ。

 

 ――スゥゥゥゥ!

 

 呼吸がピタリと止まり、田中がカッと目を見開く。木村も大きく身を乗り出した。

 

 ……だが。

 

 ――!?

 

 消えていた……アレだけあった敵の気配!

 

 その時、ゾクリと首筋に冷たい感覚。これこそ例の『嫌な感じ』だった。

 

「ヤベェ!」

「!?」

 

 血相を変えた田中が階段を引き返す。突然の事に木村は反応出来ない。

 

「邪魔だ!」

「オイ?」

 

 木村を肩に担いで階段から転がり出た。その刹那。

 

 ――ゴガァァン!

 

 轟音と共に二人が立っていた場所を重厚な金属板が通過した。地面にひっくり返った木村が見たのは壁に突き刺さるドアだった。

 

「なっ?」

「アイツだ!」

 

 奇跡的な回避を演じた田中は既に向き直り、階下に刀を構えていた。

 しかし木村とて並の男では無い。倒れ込んだままの情けなくも見える姿だが、彼にとって姿勢など何の意味もない。

 

「ふざけやがって」

 

 倒れたまま自在金腕(ルー・デルオン)で爆弾を投げつける。それだけではない、投げつけた爆弾をリボルバーで撃ち抜くことで、即時起爆を成功させた。

 

 バァンと派手な爆発音。部屋を一つ吹き飛ばすつもりの炸薬だ。決して威力は低くない。

 だからこそ、無理だろうなと思いつつもお約束は忘れない。

 

「やったか?」

 

 あからさまなフラグ立てに田中は舌打ち。

 

「それ、面白くねぇよ!」

 

 冗談を抜きにしてもコレで終わるハズが無いと田中は確信していた。コレはアイツの気配だからだ。

 

 あの時、刀を構え、扉に突き込む直前。田中はハッキリとソレを感じた。

 待ち構えて居たハズの、無数の気配が突然消えた。その後、入れ替わる様に突如として現れた危険な気配。

 それは間違えようが無い、田中にとって最も手強い相手。

 

 立ちこめる硝煙の中、ベールで顔を隠した長身のエルフが現れる。

 

「エリプス王、いや今はエスプリ、か……」

 

 ユマ姫の父、エルフの王の変わり果てた姿だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 時を同じくして、リヨン達は魔石の保管場所たる国庫に辿り付いていた。

 この早さはリヨンが乗るラクダの健脚もさることながら、郊外に構える国庫が近かった事が大きい。

 

「無事か……」

 

 国庫周辺には元より人の気配が少ないのだが、それにしても物静かな様子にリヨンは胸をなで下ろしていた。

 

「これはこれはリヨン様、本日はどうなさいました?」

 

 一方で慌てたのは国庫の管理者たる老年の男性。地球で言うカンドゥーラに似たプラヴァスの伝統衣装をキッチリと着こなす老紳士だが、突然のトップ来訪には驚きを隠せなかった。

 

「詳しくは後で話すが、魔石商が襲撃されているらしい。敵は帝国。と、なればココも襲撃される可能性が高い」

「なんと!」

 

 老紳士は即座に部下へ厳戒態勢への移行を命じる。軍部の要人として名を馳せたかつての老将の手際にリヨンは感じ入った。

 

「流石は、と言ったところか」

「ハッ、詳しい話は奥で」

「ああ、ドコで誰が聞いているかも知れないからな。お前達も警備に回れ」

「宜しいので?」

「構わん」

 

 リヨンは連れてきた兵士の大半を国庫の警備に回してしまう。魔石商への援護に向かうと思っていただけに、兵士達は素直に従えなかった。

 

「ですが、魔石商(アチラ)はどうなるのです?」

「大丈夫だ、きっとな……」

 

 リヨンは田中が直接戦う所を見ていない。だが共に砂漠を駆けただけで途轍もない実力の一端を感じていた。

 なにより、地下水路で望外の実力を見せつけた木村が『ブラッド家の護衛を皆殺しに出来る』と豪語したのだ、連中に後れを取るとは思えなかった。

 

「と、なれば敵の出方を読まなくてはなりませんな」

「出来るか?」

 

 応接間に通されたリヨンは早速作戦を詰めにかかる。

 

「無論です、奴らとて魔石を集めて終わりではありますまい」

「ああ、ソレを使うアテがあると言う事、そしてプラヴァスをかき回す策の前哨戦である可能性が高い」

「それで魔石も手に入れば一石に二丁ということですな」

「ああ」

 

 リヨンは一息にラウ茶を飲み干し、砂漠で渇いた喉を潤す。

 

(……なんだ? 違和感がある)

 

 お茶の香りで落ち着きを取り戻したリヨンの頭に疑問が湧いた。

 

(敵の主力が動くのに魔石が必要と言う事は聞いた。加えて敵の狙いが古代遺跡とすれば稼働に魔石が要るのも当然)

 

 しかし、リヨンの脳裏に浮かぶのは巨大な地下通路。

 

(アレほどの地下通路を知り尽くしているのなら、魔石の搬入など造作も無い。わざわざプラヴァスで魔石を調達する必要がドコにある?)

 

 

 ――ガシャン!

 

 その時、どこかでカップが割れる音がした。

 

 ドコから?

 

 ソレは足元だった。それも、()()()落としたカップが割れる音。

 なのにどこか遠い世界の音としてリヨンには聞こえた。

 

「なっ?」

 

 ぐにゃりと視界が歪んでいく。何故? 決まっている、一服盛られたのだ。このラウ茶に!

 

(あり得ない、俺は太守となるべく育てられた。あらゆる毒を知っている。それどころかあのラウ茶は見事な味だった)

 

 本当にそうなのだろうかとリヨンは自問する。

 思えば、先ほどのラウ茶は()()()()()。砂漠で渇いた喉を差し引いたとしても。

 

(帝国には植物を操るエルフが居る。その意味を甘く見ていた!)

 

 歪んだ視界の中、老紳士がにこやかに微笑んでいた。彼は先代からの忠臣、絶対に裏切ることがないと信じていた人物。

 

 だとしたら? ココにはアイツが居る。

 

「あら、聞きしに勝るいい男じゃない!」

 

 奥の扉から現れたのは一人の女性。

 喜色を浮かべ、体に張り付く扇情的な黒のドレスを纏った姿。だがそんなモノはどうでも良いと思える程、禍々しい気配も纏っていた。

 

(魔女ッ!)

 

「ふふふ、いい男を操れると思うと興奮しちゃうわね」

 

 不気味に笑う顔、その右目には異形の機械が埋め込まれていた。

 ウィィィィと高いモーター音、右目のレンズが僅かに伸びる。リヨンの顔を隅々まで観察しているのだ。

 コレは魔道具の義眼。古代文明の遺産のひとつ。

 

「書き換えてあげる、アナタのココロ」

 

 機械の右目と、生身の左目がリヨンの目を覗き込む。

 

(ダメだ……見ては、しかし)

 

 ぼんやりと頭が働かない。不気味で美しいアシンメトリーに目が離せない。

 

(ユマ姫、来ては駄目だ。魔石を狙う理由は魔石が欲しいからではない)

 

 では、何が狙いなのか? リヨンは土壇場で敵の狙いにようやく気がついた。

 

(アナタに、魔石を、使わせない為だ!)

 

 霞が掛かる頭の中で必死に吠える。だが、リヨンの体は力なくソファーへと沈み込んだ。


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