死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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★クーデター3

「思ったよりも静かですね」

 

 俺はポツリと呟いた。ラクダの上、パノッサさんの背中にしがみついた状態である。

 そろそろプラヴァスの市街地も近い。事実上のクーデターと聞いて銃撃戦でも始まっているかと思えば、街は静まり返っていた。

 拍子抜けした俺の声に、不安げに髭を弄り回すのはパノッサさん

 

「いえ、オカシイ。静か過ぎる」

「でしょうね」

 

 俺だってその位は気付いている。街の喧騒がココまで無いのは異常だ。

 だが、悲鳴と呻き声が重奏するよりはずっとマシだろう? アレは二度と聞きたいモノじゃない。今でも夢に見る。

 そんな俺の思いを知ってか知らずか……いや、知らないんだろうな。世間知らずな女の子の軽口と思っているのだろう。パノッサさんは露骨に苛立った声になる。

 

「リヨン様はとっくに着いてるハズ。コチラには姫様がいるのですから、そろそろ迎えが来ても良さそうなモノですが……」

「ブラッド家も手が足りないのかも知れません……もしくは既に制圧されている」

「馬鹿な! 報告から二時間と経っていません」

「目を切るな!」

 

 俺はパノッサを怒鳴りつける。世間知らずはどっちだと言いたい。

 ココはもう戦場なのだ。気軽に後ろを見て良い場面じゃ無い。

 

「前を向け! 狙撃を警戒しろ」

 

 低く冷たい声で命じれば、パノッサさんは慌てて前に向き直ってくれた。

 俺はその事実にホッと胸をなで下ろした。

 偉い人の声には、人を従えて当然と言うだけの自尊心と強制力が詰まっている。俺もなんとか会得したいモノだが、幼い体は威厳とは無縁で中々上手く行かない。

 いや、違うな。単純にお姫様が板に付いていないのだ。

 だから俺の事を信じ切れず、パノッサさんはまだ不安げにチラチラとコチラを振り返る。

 

「考え過ぎです、こんな所で射かけた所で……」

「矢じゃない、銃だ! 知っているか?」

 

 だからこそ理屈で武装した上で、キョトンとしたマヌケ面に、噛んで含める様に言い聞かせる必要がある訳だ。面倒臭いことこの上ないが、至らぬ自分の所為だから諦めるより他ないだろう。

 

「小さな鉄球が音と同じ速度で突き刺さる。防ぐことも躱す事も不可能。それが銃です」

「そんな訳が、そんなものに狙われたらどうすれば……」

 

 信じてくれた、その上で悩んでくれた。こんな少女の言葉をマジに受け取ってくれる辺り、俺のお姫様力も中々捨てたもんじゃ無い。

 

 お姫様力? 今の俺にお姫様力とかあるか? 今一度、自分の姿を再確認。

 余りに暑苦しいロングコートは前を大胆にはだけている。だから、俺のマイクロビキニ姿は振り向いたパノッサさんからは丸見えだ。

 ぷにぷにのお腹に、浮き出る肋骨。局部だけをギリギリ隠した破廉恥な姿。その上、ロングコートでラクダに跨がっている訳だ。

 ……いや、ひょっとしてコレお姫様力じゃ無いぞ? 痴女変態力とかだろ! そりゃ、こんなヤベー奴が血走った目で囁くなら、刺激しちゃマズいと従うも道理。全く本気にはしていない可能性がチラリ。

 だけど命に関わる問題だから、俺としては引くに引けない。恥ずかしさと気まずさがない交ぜになり、泣き笑いの表情で凍える声で命令する。

 

「防げないし、躱せない。だから私が狙われたら、代わりにお前が死ね!」

「そんなっ!」

 

 あんまりだと振り返るパノッサさん。そりゃそうだろう。でも、守って欲しいんだよ。幾ら何でもこんな姿で死にたく無い。死ぬ気で守って欲しいんだよ。

 だからもう、キチ○イだと思われても構わない。思い切り目を剥いて、渾身の目力で訴えかけるしか無いでは無いか!

 

「骨は拾ってやる」

「…………」

 

 これぞ最後の手段。脅し文句である。

 しっかり守らないと、この場で殺すぞ的な意味で取って貰って構わない。

 いや、実際。骨ぐらいバンバン拾ってやる。なんならしゃぶってやる。こんな美少女に弔って貰うなら嬉しいだろ? ぶっちゃけロリコンだろ? 汝、ロリコンであれ!

 むしろロリコンじゃないと困る。駄目? 聞いてみよう。

 

「不満か?」

「いえ、身に余る光栄にございます」

 

 やったぜ! ロリコンだった。

 いや、ロリコンかどうか知らんし、普通に他国のお姫様だと思い出してくれただけかも知れないが、とにかく覚悟が決まった顔をした。

 こうなると俺の『偶然』はまずはコイツを殺してから俺を狙うに違いない。なんて言うかライフが増えた感がある。

 

「ありがとう」

 

 耳元で囁けば、少し耳が赤く染まったのでやっぱりロリコンなんじゃないか? 貞操の危機とか無いよな? 別の不安が出て来たぞ?

 とそんな事を考えていたら、いよいよブラッド家の本邸に辿り付いた。

 ここは流石に慌ただしいかと思ったら、どうにも平和そのもの。

 屋敷の門兵達がパノッサの姿を認めると、待ちわびたとばかりに駆けつけてきた。

 

「パノッサ様、リヨン様が!」

「なに? 若が?」

 

 パノッサさんが驚くのも無理は無い。リヨンさんは魔石商での戦闘で負傷。田中と木村の二人は敵を追って地下遺跡に入ったままと言うでは無いか。

 

「して、若はドコに?」

「それが……」

「学校、か……」

 

 ルードフ家だけでなく、帝国兵の姿もチラつく状況で人々は学校に避難しているらしい。

 良くそんなに手際良く避難できるな、と思ったらどうも砂嵐とかで避難に慣れているっぽい。

 

「若はブラッド邸(ここ)まで運べば良いでは無いか! 何故学校に?」

「戦力を全て学校に集中させているのです、今やここに居るのは火事場泥棒の警戒と伝言のために残っている我々だけ」

「そうか……すまないがユマ姫様」

「なんでしょう?」

 

 俺はキョトンと首を傾げる。暑いけどロングコートの前は閉めて、お姫様のお澄まし顔で無言の圧力。

 いや俺だって言いたい事は解るぞ? リヨンさんの怪我を治せと言うのだろう? タダ働きは嫌だぞとしらばっくれて、()()()を待つ。

 

「リヨン様は怪我をしてらっしゃる。この通りだ、ユマ様の奇跡の力をリヨン様の為に使ってはくれないか?」

 

 よしよし良いぞ! 合格だ! 俺は華がほころぶ様な笑顔で応えた。

 

「もちろんです! 行きましょう。学校に!」

「ハッ!」

 

 そうして再びラクダを駆る事30分。市街地の端にある学校までやってきた。

 

「コチラは流石に人が多いですね」

「プラヴァスの人口の大半が集まっている様ですな」

 

 パノッサは住宅地が閑散としていた理由を思い知った。本当にプラヴァス中から人々が集まっているらしく、炊き出しに並ぶ列が延々と続いている。

 流石に全ての人間は学内に収まらなかったのだろう。学校前の通りまで人が溢れ、屋台まで出ている。雑然とした活気に溢れていた。

 コレだけ居れば狙撃の心配は少ないだろう。だけど代わりに別のリスクがある。

 

「…………」

 

 俺が不安げにキョロキョロと周囲を窺うと、心外とばかりにパノッサさんが胸を張る。

 

「ご安心を、姫様はこのパノッサ、命を懸けてお守りします」

 

 うーん、そう言えば魔法の欠点を言ってなかった。説明しておく必要があるだろう。

 

「いえ、そうでは無いのです、実は……」

「……なんと!」

 

 魔法の弱点を話すと、パノッサさんはとても驚いていた。ただ近くに寄るだけで健康値に阻害されて、魔法は使えなくなるのだと知る人間は少ない。

 魔法を使うときには人払いを徹底していたのは、何も技術を秘匿するためじゃない。むしろ真似なんて出来ないから見ても構わない。単純に健康値が邪魔なのだ。

 そして、コレだけの人混みだと魔法はどこに居ても使えないと説明する。

 

「これでは咄嗟に身を守る魔法すら使えません、それに回復魔法も多用出来ない以上。あまり見せびらかすのは得策では無いでしょう……」

「いえ、それは杞憂でしょう、幾らなんでもリヨン様が他の民と雑魚寝と言う事はありますまい」

 

 パノッサさんはそう言うが、なーんか嫌な感じがしてしょうがない。特別扱いしてくれたとして、ソレが良い特別扱いとは限らないのだ。

 現に、俺とパノッサさんを迎えに現れたのは偉そうだけどなんか変な感じのオッサンだった。

 

「ユマ姫様! 良く来てくれましたリヨン様の所までご案内します」

「おおっ! デネシス殿!」

 

 パノッサさんは嬉しそうにそのオッサンの手を握る。聞けばかなり偉い人。デネシスは学園の長にして、プラヴァスの国教であるセイリン教の司祭でもあるらしい。

 パノッサさんと親しいらしく、肩をパンパンと叩いている。

 

「パノッサ様も! ご無事でしたか! 奴らは未知の武装をしています、怪我人も多く心配しておりました」

「それ程に激しい戦闘が? 街は静まり返っておりましたが……」

「ええ、奴らは街で暴れるだけ暴れた後、地下に引き上げて行きました。勿論追いかけたのですが、それこそが奴らの狙いだったのやも知れません、追撃戦で多くの被害が出たようです」

「なんと!」

 

 当初は優勢に進めたモノの地下では銃撃を躱す術も無い。一行はリヨンの怪我と共に引き上げたと言う。

 

「目を離すと血気盛んな若い衆が敵討ちだと飛び出して行こうとするので、止めるのに難儀しております、私も許せない気持ちは同じなのですが……」

「これだけの人数です、守りの手が足りませんか……」

「ええ、パノッサ様、引き締めの方お願いできますか?」

「仕方ありません」

「助かります、ユマ姫様はリヨン殿の治療をお願い出来ますか?」

「……良いでしょう」

 

 俺の身はこのデネシスとか言うオッサンの手に委ねられてしまった。

 知らない人について行っちゃいけませんって言われてるんだが、背に腹は代えられない。

 いや、パノッサさんにも同行して貰った方が良いか?

 しかし、彼には彼で、学園の警備を強化する任務があるらしい。リヨンさんの片腕として知られていると言うのは嘘じゃ無いらしく、既に兵士に囲まれてアレコレ聞かれている。

 諦めるしか無さそうだ。

 

「ではユマ姫、コチラへ。リヨン様がお待ちです」

「よろしくお願い致します」

 

 俺はデネシスとか言う脂っこいオッサンの手を取るしか無い訳だ。

 

 そして、案内されたのは保健室だった。

 いや、葦の衝立が並び、ゴザが敷かれているあたり前世の保健室とは似ても似つかないが、仄かに香るアルコールの匂いでそこが保健室だと何となく察せられた。

 まぁ、リヨンさんが怪我をしていると言うのなら保健室に案内されるのは当たり前。

 しかし、そこで待っていたのはリヨンさんではなくカラミティちゃんだったのだ。

 

「カラミティさん、どうしてココに?」

「リヨン叔父様の一大事に私が居ては変ですか?」

 

 変じゃない。だが、下手すれば戦闘になると思っていただけに気が抜けた。彼女は彼女の友達共々、魔法で助けているのだし、信用して良いだろう。

 受け答えにも変な部分は無い、目つきも正常だ。

 

「リヨン叔父様は、今、お医者様に診て貰っています」

「でも、早いほうが良いでしょう?」

「お医者様の都合もありますから、これを飲んでまずは落ち着いて下さい」

「それはそうですね、頂きます」

 

 だから俺は全く疑わずソレを口にしたのだが……

 

「カラミティさん、コレは?」

「お茶、ですが?」

「いいえ、コレは……悪魔の薬よ!」

 

 麻薬! ソレに睡眠薬。俺が糾弾すれば、カラミティちゃんは静かに言った。

 

「悪魔は……どちらですか? 叔父様を魔法で操って!」

「え?」

 

 酷い誤解だ、認識をズラされている!! 誰に? そんなの決まっている。黒き魔女。黒峰さんだ!

 どこに居る? 見回す俺の視界に入るのはデネシスと言うオッサン。

 

「おや、神聖な神酒を否定するとは、流石は邪神の使いだ」

「なにが! 神酒なものか! 誰が! 邪神だ!」

 

 叫ぶ声に力が出ない。即効性の睡眠薬だ。フラつく足元に、危険な霧が迫っていた。

 

霧の悪魔(ギュルドス)!! あなた達、やっぱり」

「コレは神との対話に必要なのです、決して奪わせはしません」

 

 なにが! 神との対話だ! ヤクがキマって幻覚が見えてるだけでは無いか!

 だが、そうか! 宗教か! 宗教と麻薬は切っても切れない。幻覚を見せて神との会話が可能な薬と(うそぶ)けば、麻薬は飛ぶ様に売れると言う事か。

 ポンザル家だけじゃない、ココにも販路を持っていた!

 そして、俺は神との対話を否定する神敵と化す! 帝国め! やりやがった!

 

「カラミティ! どうして!」

 

 俺は彼女の肩を抱く。洗脳は強く否定すれば決して通らないハズなのだ。どうして彼女に? そうか! 麻薬! でも、彼女の目は澄んでいる。

 

「どうしてって……」

 

 目の前に顔を突きつければ、頬を染めて彼女は目を背けた。

 コレは?

 

「さぁ、眠って頂きましょう」

 

 ボイザンの声。口に液体を突っ込まれた。そして混乱の中、俺は意識を手放した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 一時間後、関係各署からの物資の要求書類を見ていたパノッサは、突如入った報告書を見るや、机を蹴飛ばし怒号を上げる。

 

「馬鹿な!」

 

 それはユマ姫が邪神ギュアルの手下として拘束されたと言う報せだった。

 

 パノッサが血相を変えて駆けつけたのは学園の講堂。ここでユマ姫を断罪するとセイリン教の信徒が学園中をふれ回っていた。

 その報せをまさかと思ったのはパノッサだけではない、ユマ姫の奇跡を間近で見た学生達も信じられぬと講堂に詰めかけていた。

 結果、人がすし詰めになっており講堂は異様な熱気に包まれていた。

 

 通常は司祭が祈りを捧げ聖句を読み上げる壇上、そこで十字架に縛り付けられ掲げられていた少女こそ、つい先程に別れたばかりのユマ姫であった。

 タナカの黒いコートを着たまま(はりつけ)にされたユマ姫は髪色が銀に戻っていた。

 ソレこそが魔力が抜けてしまった証拠。しかし黒のコートと銀の髪の取り合わせは神々しく、背徳的な程に様々な感情を呼び起こし、直接に脳を灼く劇物として機能した。

 

 いっそ異様なまでの熱気が辺りを支配する。

 

「これではまるで生贄では無いか! 裁判も無しに公開処刑? 野蛮な! なぜ誰も止めない!?」

 

 怒声を上げながら人を掻き分け突き進むパノッサだが、周囲の反応は鈍い。

 構内を埋め尽くす大半はセイリン教の信徒達であるらしく、熱気に浮かされ正気を失っているかに見えた。彼らはパノッサの存在を意に介さず、壇上にいるデネシスの言葉に聞き入っていた。

 

「回復魔法こそがこの者が邪神ギュアルの使徒である証拠。人が人を癒やす術など使えるはずがない」

 

 縛り付けられたユマ姫を前にして滔々と語ってみせるデネシス。ただし要人は彼だけでは無い、退役軍人や水質管理の技術者など、ブラッド家と繋がりが深く、国政の要職に就く人間が幾人も壇上に揃っていた。

 

「クソッ! どけ、これはなんたることだ!?」

 

 パノッサは人混みを掻き分け、転がるように壇上に上がる。血の通わないぼんやりとした目がコチラを睨みつけてくる、それに恐怖を感じながらも声を張り上げる。

 

「デネシス卿! 説明を!」

「おやおや、パノッサ様もこの邪教徒にご用ですか?」

 

 だが、会話が噛み合わない。芝居がかった口調のデネシス卿も正気を失っている様にパノッサには思えた。

 

「何故! 如何なる理由で彼女が邪教徒だと?」

「彼女は我らの教義を否定した、そして魔法などと言う邪法。これが邪教徒である証拠でないならなんとする!」

 

 邪法。ユマ姫の魔法は確かに不可思議な奇跡と言える。一部の教会関係者が面白く思っていない事も知っていた。

 しかし、だからと言って暴力で排除すると言うのは、神の敗北を認めるのと同義。

 

「教義の否定とはどう言う事だ?」

神酒(みき)を口にせず、存在すらも否定したのだ! それが神への冒涜でないとすればなんとする!」

「神酒?」

 

 デネシスが掲げるグラスには血の様に赤いワインがなみなみと注がれていた。パノッサは神酒と呼ばれるソレが、ワインにラウの葉を漬け込んだだけのモノだと知っていた。

 神聖なラウの葉を神聖なワインに漬け込む事で、神に捧げる神酒を作る。

 だが、ラウの葉を漬ける行為に意味は無い。宗教儀式の一環に過ぎない飲み物……そう、パノッサは思っていた。

 

「ユマ姫は幼い! 神酒を飲めないぐらいで馬鹿な!」

「違うのだ、ユマ姫が否定したのは神との対話」

「なにを……なにを言って?」

 

 パノッサはそこで檀上のお歴々が揃って異常な興奮状態である事に気が付いた。その様子は異常の一言。

 その原因が彼らが手に持つ神酒にあるのか? まさか! ワインにもラウの葉にも害など無いハズ、どんな仕掛けがあるのかとパノッサは辺りを見回す。

 

 しかし違う。神が愛したと言われる植物ラウ。セイリン教の象徴にして、この世界に広く分布し、王国も帝国も貴族も平民も分け隔てなくお茶として常飲する、なんの変哲もない植物ラウ。

 だが、その何の変哲もないはずの植物は、地球で最も危険な植物であった。

 

 その名は『コカ』。

 

 言わずと知れたコカインの原料であり、その葉には微量のコカインが含まれている。微量とは言え口に入れて噛み続ければコカインの効果はある。

 とは言え、そもそもが南米原産のコカと同じ特性を持っているのはプラヴァスの境界地に自生するラウのみ。

 王国などで収穫されるラウにはコカインが殆ど含まれていなかったため、木村はラウ茶の危険性に気が付く事が出来なかった。

 

 更に言うと危険だと思われるコカの葉だが、地球に於いても葉に含まれるコカインの濃度は高くない。

 原産地である南米ではお茶として飲んだり、葉を齧って噛む程度は違法では無い。だが抽出してコカインを取り出してしまえば話は別だ。

 コカインはアルコールに溶け抽出される。コカの葉を漬けたワインにはそれなりのコカインが溶けていた。

 それこそが司祭が行う、神との対話と言う奇跡のタネ。境界地で育った特別なラウの葉を度数の高い特別なワインに漬けた成果と言えた。

 

 そして、その成果を更に改悪したのがエルフの植物学者、ドネルホーンだった。

 元々、境界地に土地を持ち、罪を償う存在として黒いターバンを許されたポンザル家は教会との繋がりも強かった。

 教会に供出するラウの葉に魔女クロミーネが目を付けたのは必然と言えた。

 斯くして魔改造されたラウが境界地に生える事となる。コカインを従来の数倍も蓄えたラウの葉は教会関係者を熱狂させた。

 

 ポンザル家の二人が、帝国や王国が境界地の権利を欲する理由を新種の麻薬を栽培する為だと言ったのは、勘違いでも何でも無い。実際には既に精製さえしていたと言うワケだ。

 

 ポンザル家は知らなかったが、彼らが軍に普及させた鎮痛剤もコカインを多量に含んでいる。

 そもそも兵士が使う鎮痛剤としては、アヘンより興奮作用のあるコカインが向いている。

 麻薬には大きく分けてアッパー系とダウナー系があり、コカインはアッパー系の代表格である。

 

 そして、その効果をより高める方法が存在した。その痕跡をパノッサは発見する。

 

「この煙! デネシス、貴様!」

「おや、神へ捧げる供香(ぐこう)が気にくわないと?」

「当然だ! これは、これは! ケシの香りではないか!」

 

 アヘンはダウナー系の麻薬。コカインと同時に摂取すれば、スピードボールと言われる最高にキマる方法となる。

 帝国はポンザル家を矢面に立たせアヘンを広める一方、コカインと言う第二の矢を宗教を介して広めていた。

 供香としてアヘンを焚いた中であれば、多くの信徒が神酒に溶けたコカインの魅力に取り憑かれた。

 

 神酒と供香。

 アッパーとダウナー。

 その両方を同時に使えば効果は何倍にも跳ね上がる。

 

「行けませんなぁ、神への供香をその様なモノと一緒にされては」

「馬鹿な! そうだ! リヨン様は? リヨン様をどうした?」

「おおぅ、そうであった、リヨン殿も我らが同志、彼の言葉であればパノッサ殿も理解出来よう」

「なんと?」

 

 デネシスの合図で舞台袖から一人の男が姿を現す。それこそがパノッサの上司にしてブラッド家の当主リヨンだった。

 

「苦労を掛けたなデネシス。それにパノッサも無事でなにより」

 

 現れたのは変わらぬ様子のリヨンの姿。アッパー系でキマった人々の中で随分と落ち着いて見える姿であった。

 

「リヨン様! ご無事で!」

「ああ、元より怪我など敵を釣るための欺瞞に過ぎない」

「欺瞞? 何故……その様な奇策を?」

 

 言いながらもパノッサはリヨンの様子をつぶさに観察した。だが、そこにデネシスらに見られる不自然なまでの興奮は見られない。

 それどころか、どっしりと落ち着いた様子のリヨンはその言葉に一切の淀みが無い。熱に浮かされてペラペラと口走るデネシスとは全く様子が違った。

 ……それはダウナー系の麻薬のみ摂取したからなのだが、そこまではパノッサに解らない。

 自らの主人が『正常』に見えてしまう事が、パノッサにとって何より衝撃だった。

 

「無論、全てはこの売女を罠に掛けるため。見事なまでに釣れてくれたわ」

「そんなまさか! リヨン様はずっとユマ様と打ち解けて……」

「それこそがこの娘の恐ろしさよ、我がこの様な小娘に良いように使われていた。それこそがこの娘が邪法を使う証拠と言えよう。我らは操られていたのだ」

「まさか!?」

「あり得ないと? ここに送ってくるまでに思い当たる節はひとつも無いか?」

 

 ある。あり過ぎるほど。

 パノッサはいつの間にかユマ姫の代わりに死ぬ覚悟すら決めていた。よくよく考えればそれは異常で、今にして思えば恐ろしくもあった。

 

 そうだ、こんな小娘に我らが主人が骨抜きになっていた事が邪法である何よりの証拠。我々は良いように騙されていたのではないか?

 

「そんな、だとしたら私はなにを信じたら、ユマ姫に何をさせられていたのか……」

「いんや、パノッサよ、気にすることはなか」

「???」

 

 今喋ったのは? リヨンに間違いは無い。間違いは無いのだが?

 

「操られたのはワイもいっしょじゃ」

「…………」

 

 リヨンの口から出たのは、リヨンの母方の少数部族が使う方言。本当にリラックスしている場面で方言が口を衝くことをパノッサも知っていた。

 

 だからこそ、これは間違い無くリヨンである。偽物では知り得ない事。そうパノッサは確信した。

 

「そうでしたか……邪教徒め! よくも!」

 

 パノッサはユマ姫に向き直ると懐のナイフを取り出し、磔にされたユマ姫に襲いかかった。

 

「何をする!」

 

 パノッサの突然の凶行に目を剥くリヨン。これでは折角の見せしめを殺しかねない。

 ……だが、パノッサが斬り裂いたのはユマ姫を縛る縄だった。

 

「起きて! 起きて下さい!」

 

 ユマ姫を解放したパノッサは、デネシスから奪った神酒を少量ユマ姫の口に含ませた。

 アルコールとコカインの作用は、少量であれば気付けに強力な効果を発揮する。もちろんパノッサがそれを知っていた訳では無いのだが……

 

「ユマ様! お願いです! 若を! リヨン様を救って下さい!」

「……あ、うぅ」

「パノッサ! おめどなつもりで!」

「リヨン様は、正気であれば人前で方言など決して使わない!」

 

 リヨンは周囲から若輩だ、田舎者だと下に見られがちな支配者だ。当然だが言葉遣いに人一倍気を使う。それがこんな衆人環視の中で方言を使うなど、正気ではあり得ない。

 浴びるように酒を飲んだときに漏れる程度。それを腹心の部下パノッサは知っていた。

 だからこそ、今のリヨンは()()()()リラックスさせられている。何の為に? どうやって?

 

 麻薬、そして洗脳! それ以外に無い。

 

 そして、それを救える手段がたったひとつしか無いことも。

 

「ユマ様! どうか!」

「ハァ……ハァ……」

 

 だが、ユマ姫は目を覚まさない。念入りに睡眠薬でも盛られているようだった。

 彼女だけが全てを覆すカードになるハズ。だが、そんな事は相手も知っていた。彼女こそが最も危険なカード。それでも大変な人気を誇るユマ姫をただ殺してしまっては禍根を残す。

 そう判断しての見せしめであったが、少しでも状況が悪化したらすぐさま手を打つべく、帝国で最も危険な女が待機していた。

 

「もう! 上手く行かないモノね」

 

 舞台袖からゆらりと現れたのは黒髪黒目、黒い眼帯に黒いドレスの不気味な女。

 この女こそが魔女クロミーネ! パノッサは即座にその正体を悟り、そして彼女の手に握られた金属塊に目が行った。

 ソレが何か、理解出来る人間はその場に三人程。取り出した魔女と、リヨン、そしてパノッサ。

 パノッサはキィムラ子爵が使う武器を見ていた。故に魔女が取り出したソレがよく似ている事に気がついた。

 

 ――パーン、パーン! パーン!

 

 リボルバー。魔女は知りうる中で最高の鍛冶士に特注し、ユマ姫から奪った銃をたった一丁だけ形にしていた。

 それでも不完全なリボルバーは薬莢では無く、雷管を埋め込むパーカッション式。そしてたった五発しか装填出来なかった。

 すぐさま装填出来ない以上、打ち切る事は出来ない。それでも躱す事も防ぐことも出来ない弾丸。動けない少女一人を撃ち抜く事になんの問題もない。

 

「ぐぅ……」

 

 だが、ソレは誰かが代わりに死ななければの話。

 パノッサは自らの体を盾にして、ユマ姫を弾丸から守り切った。黒色火薬の拳銃弾に人間を貫通するほどの火力は無い。

 

「ユマ様! どうか!」

 

 腕の中、抱きしめた体は細身で、なのに柔らかで、うっとりとした甘い匂いが漂う。喋らなければ誰よりもか弱い少女。

 

 だけど彼女に祈らざるを得ない。どんな神よりも愛おしい存在なのだから。

 

 パノッサはユマ姫に命を捧げられる事に喜びすら感じていた。

 

「あ、ああ……」

 

 そして、皮肉な事に銃声と硝煙の匂い。そして誰かに守られる記憶はユマ姫のトラウマを刺激した。

 それは、普通の少女ならすぐさま壊れてしまうほどの強烈な記憶。

 

「セレ……ナ!」

 

 自分を守ってくれた妹が目の前で凶弾に晒された記憶。その強烈な後悔と絶望がフラッシュバックし、パノッサに重なる。

 両手両足の爪に針を刺された上、強烈な電流を流されればコレほどの痛みとなるだろうか? それだけの衝撃が少女の脳を灼いた。

 

「ぐッ!」

 

 その強烈な刺激は、今度こそアヘンでぼんやりとしていたユマ姫の脳を揺り動かした。

 

「ガッ!」

 

 ――また、殺された! 守ってくれた人が、目の前で、無惨に死んだ!

 

 ユマ姫の空っぽの心に、どす黒い殺意だけが満ちていく。

 

 その時だ。死に際のパノッサが最期の言葉を紡ぐ。

 

「ユマ姫様、骨を……」

 

 ――骨を、そうだ骨を拾うと約束した!

 

 魔女を殺して自分も死ぬ事を考えていたユマ姫に冷静さが戻る。しかしその隙を見逃すような魔女では無い。

 

「デネシス! 引っ張り出しなさい!」

「この! 邪神の使徒め!」

 

 デネシスがユマ姫の腕を取り、魔女クロミーネの前にまで幼い体を引っ張り出した。

 

「そのまま押さえなさい!」

「こら、暴れるな!」

 

 ――パーン!

 

 虎の子の四発目、しかし当たったのはデネシスの首筋。

 ユマ姫はリミッターを解除した力で体を捻り、デネシスの体を盾にしたのだ。

 

「ハァッ! ハァッ!」

「グッ! 化け物め!」

 

 だが、代償はいつもの様に軽くない。ユマ姫の肩は外れ、冷たい汗が体中から噴き出していた。

 ぼんやりしようとする頭へと、四肢からひっきりなしに刺すような痛みが送られる。

 致死量に近い睡眠薬と気絶する様な強烈な痛み、二つが危険なバランスを保ち、なんとか意識を保っている様な有様だった。

 そんなユマ姫に立ち塞がるのはプラヴァスの黒豹とも言われるリヨン。

 魔女が大声で指示を飛ばす。

 

「リヨン! さっさと殺しなさい!」

「観念するんだなユマ姫……こげな抵抗は何の意味もない」

「…………」

 

 ユマ姫はボロボロ、周りには洗脳済みの人間が詰めている。

 この状況にクロミーネは自らの勝利を確信した。

 

 撃たれたデネシスは麻薬に蝕まれたヒョロヒョロの司祭に過ぎなかった。対してリヨンの鍛え抜かれた肉体は、ユマ姫の力ではどう足掻いても小揺るぎもしないだろう。

 加えてリヨンだけはクロミーネが完全な形で操っている。ダウナー系のアヘンを吸わせた上で念入りに施された洗脳は、生半可では抜けない。

 魔法とか言う力を使えば別かも知れないが、ユマ姫には健康値の霧を嗅がせ魔力を奪い。隠し持っていた魔石は既に取り上げている。

 元々、魔石が少ないプラヴァスに於いて魔力濃度を確保するほどの魔石粉末を手に入れるのは並大抵では無い。

 それが可能だった魔石商も国庫も既にクロミーネは押さえている。

 

 それでも万が一、魔法を使わずにユマ姫がリヨンを殺したなら、それこそユマ姫がプラヴァスの太守を殺したと喧伝すれば良い。

 さぁ、どうする? と、冷静さを取り戻したクロミーネはユマ姫の顔色を覗く。

 パノッサとか言う人間が乱入した事で混乱した構内は、今や魔女の心を映すかの如く静まり返っていた。

 

 そんな中。

 

「ふふっ」

 

 笑った。ユマ姫は、笑った。

 

 妖艶な微笑みを浮かべ、身に纏うのは無粋にも見えるタナカが贈ったブカブカのコート、そのボタンを外していく。

 

「何してるの? 押さえなさい!」

 

 不吉な予感にクロミーネは叫ぶ。しかし、その場にいた男達は誰一人動かない。動けない。

 少女が服を脱ぐ。ただそれだけ、その仕草に魅入られていた。

 

 いよいよ全てのボタンとベルトが外され、ユマ姫は前合わせのコートをバッと開いた。

 

「バァ!」

 

 当然、コートの下は裸……ではない。

 だがある意味で、下着より、裸より、なお恥ずかしいマイクロビキニの艶姿。

 ほんのりと上気し、汗ばんだ体は人の視線を掴んで離さない。

 

「アンタ、変態なの? 頭オカシイんじゃないの? 死になさい!」

 

 ただ一人、呆れたのはクロミーネ。彼女はユマ姫の身体検査をしたために、コートの下が裸同然だと知っていた。

 知ってはいたが、まさか自分から脱ぐなど夢にも思っていなかった。

 

 恥知らずで不可解な行動に苛立ち、銃を構え、ユマ姫に照準を合わせる。しかし……

 

「なっ?」

 

 今更にクロミーネの命令が届いたのか、男達がワラワラとユマ姫に接近する。いや、それは誘蛾灯に惹かれる虫のようであった。ユマ姫のカラダに目を奪われている。

 そしてユマ姫よりずっと大きい男達が取り囲めば、なかなか射線が通らない。残るは一発。クロミーネも無駄撃ちは出来ない。

 だけど悪くないと魔女は思い直す。取り囲まれればユマ姫は魔法を使えない。手詰まりには違いないのだ。

 無数の男に嬲られるユマ姫の姿は、魔女の溜飲を下げさせるに違いなかった。

 

 一方で男達に囲まれたユマ姫は、リヨンへと無防備に近づいた。

 これはユマ姫にとって賭けではあったが、リヨンはユマ姫のカラダから目が離せない。

 

「頭が高い!」

 

 そうして歩んだリヨンの元、ユマ姫は垂れ下がったターバンを思い切り引っ張った。リヨンの体がくの字に曲がり、頭の高さがユマ姫と釣り合う。

 言うまでも無く失礼極まる行動なのだが、リヨンはいよいよ指一本動かせぬ程に硬直した。

 

 それは間近に見るユマ姫の顔が美しすぎたから。

 

 リヨンの脳をユマ姫の顔とカラダが支配し、目と目がぶつかる。

 

 リヨンの剥き出しで無防備な意識が晒される。この瞬間こそユマ姫は待っていた。

 

 ユマ姫はポケットから取り出した極小の()()を囓る。

 

「嘘ッ!」

 

 漏れたのは魔女の悲鳴。これは二つの意味でクロミーネにとって誤算であった。

 

 一つは凶化したユマ姫にとって、魔力の補充は魔石を撒かずとも、ただ食べることでずっと効率良く行えるようになっていたこと。

 そして、身体検査を重ねたユマ姫が魔石を隠し持っていたこと。

 

 いや、隠し持っていた訳では無い。身体検査した瞬間は確かに持っていなかった。

 

 ――骨じゃ無いけど、拾ったぞ。

 

 ユマ姫は抉り出したのだ、パノッサの体から。

 

 この世界の人間は大なり小なり魔力に対して耐性を持ち、魔力を利用して生きている。

 だからこそ、エルフでも魔獣でも無い生き物であっても体内に魔石を持っている。

 極小の魔石は利用価値も皆無。存在すら余り知られてはいないのだが、魔力に敏感なユマ姫は銃痕から覗いた魔石の姿を見るや、指を突っ込み抉り出していた。

 

「『我、望む、揺蕩う海の寄る辺なき魂よ、我指し示す先に安寧あれ』」

 

 しかし、極小の魔石ではうっすらとしか魔法が使えない。高度な精神魔術など望むべくもない。

 アヘンでダル状態になっている相手に、カラダまで披露して強引に心の隙間を空けさせた。そうして作り上げた極限の魔力抵抗ゼロ状態。

 それだけやっても、一瞬の完全な脱力状態を作るだけが関の山。

 ただソレだけの魔法。

 

 だがユマ姫にとってソレで十分だった。

 

 一気にターバンを引っ張れば、リヨンはベシャリと地面に突っ伏した。隙だらけで耐性スカスカになった心に土足で踏み込む。

 

 いや、文字通り物理的に、土足で踏みにじる。突っ伏した、その頭を!

 

「だらしなく洗脳されやがって」

 

 グリグリと頭を踏むと同時、シュッと引き抜いたのはコートのベルト。

 振りかぶり、勢い良く叩きつければ、リヨンのケツがピシャリと鳴った。

 

「いい加減目を覚ませ! このブタ!」

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