死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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「一体、何しに来たのです?」

「酷いなぁ、探したんですよ?」

 

 木村の奴め、ヤレヤレと肩を竦めるが……。

 

「怪我をしてるのですか?」

「良く解りましたね」

 

 なにが良く解りましたね、だよ。「ユマえもーん。腕がイタイイタイなのぉ! 助けてぇ」って入ってきたじゃねーか! まぁ良いけどさ。

 

「治します、座って下さい」

「ご厚意、痛み入ります」

 

 と、言う訳で、診てみる。

 うーん、普通の弾痕。しかし威力が弱めなのかあまり肉にめり込んではいなかった。鉄球を抜いて、とっとと治してしまおう。

 と魔法を唱えようとしたら、木村が囁く。

 

『なんでリヨン氏はともかくカラミティちゃんまで居るワケ?』

『あ? ああ……付いて来たんだよね』

『それにお前、そのカッコ、誰の趣味なの? エロいぞ?』

 

 ……確かにターバンを巻いただけのスタイルは、ビキニほどじゃないけど結構アレ。

 

『色々あったんだよ』

『俺、てっきりシャリアちゃんしか居ないと思って、ノリノリで入って来ちゃったじゃん。恥ずかしいんだけど?』

『知らんがな』

 

 それ以上は無視して回復魔法を掛ける。魔力抵抗は薄い、まぁコイツは魔力が濃い場所でも平気だから健康値を削っても構わないんだけど。

 

「しかし、この怪我はどこで? いえ、どうしてこの場所が?」

 

 てっきり騒動を聞きつけ追って来たのだと思った。しかし、だとしたらカラミティちゃんが一緒なのを知らないと言うのはおかしい。

 問い正せば、一転、真面目な顔で木村が向き直る。

 

「落ち着いて聞いて下さい。今、お父上と田中が戦闘中です。怪我はその時に」

「それは! どこで?」

「どこと一口で言うのは難しいのですが……父君は時間稼ぎをしている節がありました。それで敵の本当の狙いはなにか? ソレを捜しに境界地の真下に来たのです」

「ここが? 境界地の真下?」

 

 そうか、だからこそリネージュの記憶があったのか……だけど、ここにあるのは駅だけだ。本当の狙いは別にある。

 

「敵の狙いは、ここではありません」

「!? それは?」

「ですが、まずは父を止めます。案内して下さい」

「……承知しました。直ちに向かいましょう、少し急ぎますが良いですね?」

「ええ、構いませんよ」

 

 木村は何も聞かずに部屋を出て、振り返りもせずに走った。

 

 早い!! 魔法を使って、追いつくのがやっと。コイツこんなに足が速かったか? この速度ではとてもじゃないがリヨンさん達は追いつけないだろう。

 二人の事はシャリアちゃんに任せよう。

 木村は階段を上り、シャッターの隙間を潜って、崩落した瓦礫を飛び越えていく。

 

「飛びます!」

 

 極めつけとばかり木村が飛び込んだのは、こじ開けられたエレベーターの昇降路。

 真っ暗な吹き抜けをたっぷり三階分は落下すれば、不思議な空間に辿り付いた。

 

「ここは?」

 

 目の前に広がっていたのは、宙に浮かぶ高速道路が交差する、まさにコンクリートジャングルと言える光景だった。

 しかし、そのジャングルに一切の音はなかった。

 その正体は……言ってしまえばただのインターチェンジなのだが、人が居ない道路が闇の中、無数に浮かび上がる光景はなんとも言えない恐怖を感じさせた。

 

「何してるんです? 急ぎますよ」

 

 ……全く、自分はユマえもーんとか言ってた癖に、急かしてくれる。

 

「今、行きます!」

 

 言いつつも、俺は木村が向かう先とは違う方角へ伸びていく道路を見つめる。

 この方向にはアレがある。今から目指す場所とは距離がある。

 今すぐ飛んでいって止めた方が良いはずだ。

 

 それどころか二人の決闘に、今更に飛び込んでいったって、ただ邪魔するだけになるかも知れない。

 でも、俺は聞いて欲しかったんだ。最後に残った家族に、俺の歌を。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 全てを斬り裂く剣閃が嵐の様に吹き荒れる。

 田中はその全てを躱していた。紙一重で。

 

 木村と別れた後も田中とエスプリ。二人の死闘は続いていた。しかし、田中はエスプリが持つ大剣のリーチに対して打つ手がなく、回避に専念せざるを得ない状況が続いていた。

 いや、回避できる事がそもそも人間技ではない。それどころか田中は躱した先で反撃に転じる踏み込みさえも、何度か見せていた。

 だが、田中が間合いに入る前に、返すエスプリの剣閃が迫ってくる。

 

 その繰り返しだった。

 

(前から思っていたが、どう言うカラクリだ?)

 

 常識外れの巨大な大剣ながら、その剣速は通常の剣に劣らないどころか、むしろ速い。その上、エスプリの体格は剣士としてはむしろ細身に見える。

 田中が訝しむのも当然と言えた。

 

 そのタネは勿論、エスプリが振るう王剣ザルディアにあった。

 元来、魔剣は表面の粒子がチェーンソーの様に回転する事で尋常ならざる切れ味を実現している。

 王剣ザルディアも例外では無い。ただし、違うのはその機構の数。

 想像して欲しいのはシュレッダーの刃だ。回転する刃が食らいついたが最後、紙はスルスルと飲み込まれ細断されていく。

 対して王剣ザルディアは全くの逆回転。一度肉にめり込んだが最後、力を入れずとも刃は肉を掻き分け、加速していく。

 空気の中でもそれは同じ、振るう度に加速する剣を、使い手は方向転換するだけで良い。

 とは言え、王剣ザルディアを使うと言う事は、その構造上、無数の魔剣を振るうのと同じ。その制御だけでも超人技であり、精神を削って行く。

 

 しかし、田中はそんな事を知る由が無い。

 

(クソッ! 武器の差がなけりゃ……)

 

 そんな風に思ってしまうのも無理は無い。ジッと見つめる先、手の中にあるのはただの日本刀なのだ。

 

(……何を弱気になってるんだ! 俺は!)

 

 しかし、同時に思い出したのはソレを作った爺さん二人。魔法万能な世界で、頑固に自分の仕事を貫いていた。曰く、ただの鉄の剣でも魔剣に負けないところを見せたい。その一心で地味な仕事を続けていた。

 そこに田中は、科学万能な世界で剣の修行を続けてきた自分の姿を重ねていた。

 

(負けられねぇ! 絶対に!)

 

 気合いを入れ直すと同時、絶対に剣の性能は負けていないのだ、と()()()()。信頼というより盲信だが、目を瞑る事で逆に見えてくる事もある。

 

(重さを感じねぇ速度の割りに、剣に振り回されてやがる。扱いが難しいのか?)

 

 王剣ザルディアは空気を斬り裂き加速する。それ故、一度加速を始めると止めることが難しい。圧倒的な体積と切断力に隠れていたが、正確な剣捌きが難しいのが見て取れた。

 

(完璧なキャラは居ない。か……)

 

 田中は、木村達と遊んだ対戦ゲームを思い出していた。

 キャラの個性をぶつけ合う対戦ゲームだからこそ、相手の良いところばかりが目につき理不尽に感じる。

 自分の強みは何か? ソレを突き詰めて、相手の弱点にぶつける。

 

(俺の剣は最強! ソレを証明するために俺は、この世界に生きている! 俺の剣は揺るがない。お前はどうだ?)

 

 結果、田中は、より深く踏み込む。

 

「ハッ!」

 

 振り抜かれた大剣を首の皮一枚で躱す。それは仰け反った先、本当の意味で首の皮一枚だけ斬らせるギリギリの回避だった。一筋の刀傷から血が零れるよりも早く、一転、前のめりに反撃に出る。

 だが、今までも散々にギリギリの回避は試みた。それでも届かなかったのだ。しかし今回違うのは、狙うのが今し方通り過ぎた大剣そのものと言う事。

 

(絶対に刀の方が強ぇ! 絶対に! 絶対だ!)

 

 ソレは刀に対する盲信。だが、武器と言うのは信じ込まなければ応えてはくれない。

 

「シッ!」

 

 今まさに方向転換を始めた大剣に向け、下からすくい上げる様に斬り上げた。渾身の一刀。だが……

 

――ギィィィィン!

 

 無情にも刀は弾かれた。老人と田中。二人の妄執の集大成たる刀と剣術であるが、王剣ザルディアもまた、エルフ達が長年積み上げた研究と王家への畏敬。そして惜しみなく豪華な素材を選りすぐり作成した一振りであった。

 エルフの国エンディアンを代表する王剣。まさか執念で勝る物などこの世にあるハズが無い。

 なにより、使うのはその象徴であり頂点に立つ王、その人なのだから。

 

 ……しかし。

 

(チャンスだ!)

 

 笑ったのは田中。すくい上げた大剣は見当違いの方向へと加速を初め、一方で田中の剣は制御を失っていない。コレこそが田中が見出した勝機。制御が難しいなら制御し切れない状況を作れば良いのだ。一方で田中は刀の制御に絶対の自信を持っている。

 

 その結果がコレ。後は、すくい上げた刀を踏み込みざまに振り下ろす。それで決着。

 

 ……しかし、その目論見は脆くも崩れ去る。

 

(ウソだろ!)

 

 エスプリは既に田中の懐に踏み込んでいた。全くの無手。大剣を捨てて、身一つで飛び込んで来た。

 もはや振り上げた刀を振り下ろすのも難しい距離。しかし、剣術にはこの間合いでの技も存在し、田中の体は染みこんだ動きを再現した。

 

 すなわち、柄頭(つかがしら)での打ち下ろし。

 

「グッ!」

 

 お互いの攻撃が交錯し、果たして思いがけぬ深手に呻きを上げたのは田中であった。

 エスプリはいつの間に取り出したのか、田中の脇腹から肺へ、極細の短剣を深々と突き刺していた。

 残念ながら田中が放った柄頭での打撃は致命打とはならなかった。その理由の一つ、田中が持つエルフ謹製の刀と本当の日本刀では、当然ながら違いがある。

 その代表的なモノが柄。鮫皮も柄糸も無いのだから当然なのだが、エルフの柄は手に吸い付くゴム製である。もちろん持ち手としての性能で言えば、握りやすさはゴムが遥かに上。

 だが、柄頭にあしらわれた金属が無く、柔らかなゴムでは打撃で大きなダメージとなり得なかった。

 

(……いや、言い訳だな。俺には覚悟が無かった)

 

 しかしそんな物は小さな差。一番の違いは何か? 田中は既に気が付いていた。それは脇に残された傷跡が物語っている。

 

(あんなオモチャまで魔剣か……)

 

 エルフ謹製のカーボン鎧を豆腐みたいに貫通していた。剣を振る上で重要なわき腹を正確に狙った一刺し。重要な可動部であるが故、この鎧の最も薄い部分でもあった。

 

(なぜッ!! 俺は! 鎧など着こんで勝負に出た? らしくねぇ!)

 

 エルフの鎧は軽く、重量を感じさせない上、防御力も高い。田中は今までこの鎧に何度も命を救われてきた。

 

 それ故に過信した。どんなに軽くとも、動きを妨げない訳じゃ無い。一対一の戦い、それもお互いが防御力を無視する剣を持っての決闘ならば、鎧は邪魔にしかならないのだ。

 まして相手はエルフの鎧の弱点など、知り尽くしているに違いない。

 

(なんだかんだ言って、死合う覚悟が無かった。これがその差か!)

 

 武士の決闘。一対一ともなれば、鎧など邪魔なだけ。それは地球でも常識であったのに、田中は最後の所で剣士としての矜恃を徹底出来ず、ファンタジーの力に頼ってしまった己を恥じた。

 ゴムの柄頭でも、綺麗に入ればダメージになったのだ。しかし、鎧を着た事での僅かな動作の遅れは極至近での戦いに於いて、致命的な差を分かつ。

 

(だが、まだ死ぬわけには行かねぇな!)

 

 ここに至れば、何とか逃げるしかない。田中は機を窺った。

 

「ガッ、ゴフ!」

 

 しかし、呼吸がままならない。気合を入れ、叫ぼうとしたが、出たのは吐血だけだった。一方でエスプリは投げ捨てた大剣を既に回収し終わり、油断無く間合いを詰めてくる。

 なにより、切られたのが脇腹と言うのがマズイ。剣の冴えに如実に影響する部位。これでは一合と()たないだろう。

 

(ちっ、負けたのは剣の腕でも、剣の性能でもねぇ。覚悟が足りず負けた。この敗因なら納得するしかねぇか。高橋、木村。わりぃが先に逝く事になりそうだぜ)

 

 田中はゆっくりと目を瞑る。辞世の句を詠もうにも、理解する者はここには居ない。

 

 ――~♪

 

 しかし、その時聞こえて来たのは句ではなく、詩だった。

 

「咲き誇る花の中、私は一輪のクチナシで、巡り往く星の中、アナタの姿を見つけるの」

 

 綺麗な歌だ。初めて聴く歌。だけど、この声を聴くのは初めてじゃ無い。

 

「枯れ果てた花壇の中、私だけが残されて。巡り着いたアナタ。飛び立つ鳥を求めて、いつか空を目指すのね♪」

 

 目を開けば、エスプリも動きを止め、歌がする方角をジッと見ていた。ベールに遮られ視線は追えないが、洗脳された者らしくない動揺が見て取れた。

 

「飛べない自分を恨んだけれど、アナタを待つクチナシを忘れないで、私は、私だけはずっとココに居るから♪」

「ウソだッ!」

 

 その声は……エスプリの、いや、エリプス王の声だと、田中が理解するのに一瞬の間が必要だった。

 魔法を唱えていたのだから声が出せるのは知っている。けれど感情が籠もった声を聞くのはコレが初めて。

 

「お前はッ! もう、居ない! 死んだ! 死んだんだ!」

 

 明らかに、動揺していた。頭を掻きむしる仕草を見せる。

 

(コレなら殺れるか? いや、ダメだ。きっと殺意に反応して、殺される)

 

 アイツが作ってくれたこのチャンス、どうやって逃げるか? 田中がソレだけを考えた時。

 

「私は居るわ、ココに居るわ。ずっとずっと♪」

 

(馬鹿な! 何故ッ出て来た?)

 

 声の主。それはもちろんユマ姫だった。

 彼女は泣いていた。泣きながら、歌っていた。

 きっと思い出の歌なのだろう。単純に田中はそう考えたが、実際にはユマ姫がずっと苦手にしていた詩だった。

 彼女の母、パルメが夫を思って紡いだ詩。その中で、コレは比較的解りやすい詩ではあったが、自分を花に、相手を星に例えるセンスには相容れない物をユマはずっと感じていた。

 これは妹のセレナが生誕の儀でも披露した一曲。でも、その時は、その真意にユマは気がつかなかった。

 だけど、今なら本当の意味が解る。エリプス王は出て行ったゼナの事をずっと気にしていた。外の世界に出るための魔導衣まで準備して。

 そんな王の気持ちに気が付かぬ程、パルメは愚かでは無かった。だけど、止められない、止めたくない。

 花よ星よと言いつつ、結局、ソレだけの歌なのだとユマが気がついたのはつい最近。

 それ故に、泣いていた。飛び立つ事も出来ず、最果ての砂漠で命を削られる父の姿に。

 

「一緒に空は飛べないけれど、一緒に星を眺めたい。でも、それも無理なのね♪」

 

 エスプリ、いや洗脳されたエリプス王へと、ユマ姫は歌いながら、無防備に近づいた。

 

(今のエスプリは言われた事に従い、あとは殺意に反応する人形。殺意を抱かずに攻撃出来るなら! だが……)

 

 そんな攻撃じゃ届かない。殺意がない少女の非力な一撃では、人間を行動不能にする事など出来はしない。何か武器が無ければ。

 

「アナタは星に還るの。私は空へと祈るわ♪」

 

 しかし、ユマ姫は寸鉄帯びて居なかった。それどころか、どこかに武器を隠す余地のない、ターバンを体に巻いただけの姿。

 

「あ……う、が」

 

 それ故に、エスプリはユマ姫が目前に近づいても反応する事が出来なかった。理解に苦しみ、唸るだけ。

 

(どうするつもりだ?)

 

 とうとう、エスプリの目の前に辿り付いたユマ姫。だけど、少女の腕力では殴ったところで腕の方が折れるだけだろう。

 

「でも、少しだけ。少しだけアナタの胸で泣かせて、たとえアナタがあの人の事を想っていても♪」

 

 そう言って、飛び込んだ先。ユマ姫はトンっと、エスプリの胸を叩いた。

 

 それは、じゃれて叩いただけにしか見えない非力な一撃。だけど、実際はか弱いユマ姫の全力で、そんな力では何も起こせないハズの一打だった。

 

 だが、息をするのも忘れ。ユマ姫の姿を見つめていたエスプリにとっては別だった。

 

「カハッ」

 

 胸骨の間、呼吸に合わせ、思い切り押し込めば。呼吸を止める一打となる。侍女から教えて貰った決死の一撃。

 

 肺から酸素を残らず放出し、動きを止めたのは僅かに一瞬。

 だが、ソレでユマ姫には十分だった。王の衣服、決められた魔導衣を着ている以上は大きく変えられない。

 だとしたら、剣を帯びるその位置も変わらず以前と一緒と言う事だ。

 そして、胸の内、飛び込むと同時に最後の詩を詠み上げる。

 

「だからせめて、わたしの姿を、声を、匂いを、ぬくもりをあなたの心に刻ませて♪」

 

 結局の所、パルメの詩はどれも最後にコレを詠うためだけの詩だった。

 何度も消した跡が残る。ポエム帳の最後はいつもインクで薄汚れていた。そんな消された言葉の正体がわかったのもつい最近。

 だからこそ、ユマ姫は詠いたかった。

 

 生誕の儀。詠うことが出来なかったパルメの詩を。

 

 ……やっと詠えた。最期に。

 

「パパ、ごめんね」

 

 そして、王の懐から引き抜いた短剣を、胸へ目掛け突き刺した。


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