死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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空中戦

 ラーガイン要塞はソルンにとって神話の中の存在だった。

 一つの都市が丸ごと詰め込まれた移動要塞に、星を破壊すると言われた無数のカタパルト。設計時には何と戦うつもりだと笑われた化け物は、いつしか人類の希望となった。

 魔力の変質に大きな打撃を受けた人類は、原因の全てを暴走した魔力炉に定め、その破壊こそに希望を見出したのだ。

 科学者の暴走だとか、反乱した奴隷のテロだとか、判然としない魔力変質の原因だが、その中心にある魔力炉が全くの無関係と言うのはあり得ない。

 魔力炉を破壊しうる唯一の希望。そんな触れ込みで国家は団結。残った数少ない資源をかき集め建設されたラーガインは、人類の希望と持て囃されて、多くの兵士、多くの物資を乗せて出発した。

 そして、何の成果も得られず、誰一人戻る事も無かった訳だ。

 

 その顛末が一般に知らされることは無かったが、その後の人類の分断は目を覆うばかり。顛末の全ては黒歴史と成り果てた。

 だからラーガインの神話は人類が作り出した愚かな巨大建造物に対する教訓の神話となった。

 

 ソルンは知らない事だが、それはバベルの塔に酷似していた。

 余りにも巨大で過剰なモノを作成し、神の怒りを買ってしまう。そんな神話。そんな教訓。だからこそ、ラーガインなど実在しないハズのモノ。

 

 だが、神話は死んでいなかった。

 

 ラーガインは砂漠の片隅に眠っていた。経年劣化を除けば、システムの大半が無事なまま。

 きっと、健康値の膜に阻まれシステムが停止し、一歩も動かなくなったに違いない。

 

 だが、千年の時がラーガインを膜の内側に取り込んだ。

 千年の時を越え、ラーガインが侵攻を再開する。

 

「皮肉じゃないか、人類分断の原因が、新しい人類の歴史を作るというのは」

 

 コックピットの中でソルンは自嘲気味に笑った。

 時はユマ姫が格納庫にやってきた直後。既にロケットは発射シークエンスに入っていた。

 ソルンはココに至る前、厳重に封印された魔導金庫をプラヴァス中から集めた魔石で稼働させ、解錠に成功していた。

 中にあったのは異様な量の圧縮魔力タンク。

 これ自体もお宝だが、更に嬉しい誤算があった。潤沢な魔力でシステムを起動したところ、稼働可能なカタパルトがたった一門、残っていたのだ。

 

「狙うのは地下深くの魔力炉じゃない。ヒトなど、ただの一撃でお釣りが来る」

 

 そう、今回ラーガインで狙うのは魔力炉ではない。ビルダールの王都だ。

 ソルンにしてみれば、敵対勢力を根絶やしにしてしまえば、後のアレコレなどどうとでもなる。

 いまだに剣でえいやと戦っている連中など、核の一撃で全て片付く。

 

 そこにユマ姫が現れた。この魔力でも動ける唯一の敵。しかしその時、ソルンは軽口を叩く余裕するあった。

 なにせ神話に語られるラーガイン。発射段階に入った今、少女一人に止められるモノでは無い。

 

 ……そのハズであった。そう信じて疑わなかった。

 だからロケットに乗り込んだソルンは、静かに発射の瞬間を待っていた。

 

「ぐぅ……」

 

 いよいよカタパルトの加速が始まり、ソルンは強烈なGに押しつぶされそうになる。

 

(これで全てにカタがつく)

 

 そんな希望を胸に抱いて。

 カタパルトの加速を抜けた後、大空に展開された巨大結界の魔力を使い、僅か数秒で王都に着弾する予定。

 超音速の弾丸を阻むモノなど存在しない。照準を定めた後、ソルンはロケットから脱出する算段をつけていた。

 

 ――だが。

 

(結界が無い? 何故だ?)

 

 薄暗い地下から、抜ける様な青空への脱出。それ自体は望ましい事だったが、結界へ突入する衝撃がまるで無かった事に眉をひそめる。

 現に魔力量は一切上昇していない。魔法の加速は失敗していた。

 

(故障? いや直前まで展開していたのは間違いない。まさか?)

 

 思い出したのは、発射の直前に現れた少女の姿。

 

(ユマ姫! あの娘が何かしたのか?)

 

 元より人間では近づけぬほどの魔力が渦巻くカタパルト。今回の作戦で脅威になり得るとすればユマ姫しか居ないと考えていた。

 その予感は当たり、確かに彼女は姿を現した。

 

 だが、全ては手遅れのタイミング。何も出来ないと高を括った。

 

 しかし、結果はコレだ! 不思議と彼女は全ての計画を台無しにしてしまう。

 

(やはり、ユマ姫はなにかおかしい。クロミーネ様や、あのタナカも異常な力を持っているが、輪をかけて異質)

 

 魔法が使えることも、人間の住む場所でも生きていけるのも、ハーフと言う事で説明はつく。つくのだが、人格も能力も、何もかもチグハグで予想が付かない。

 歩く厄災。それがユマ姫だった。

 予想が付かないと言えば、死んだ人間が生き返ることが最もあり得ない事である。しかし、それらの異質さの正体にソルンでは決して辿りつけない。

 

 だからこそ、考えても仕方が無い事とソルンは早々に割り切った。推進力は減ったが王都まで片道で飛ばすには十分な魔力がある。王国を吹っ飛ばせばユマ姫一人なぞどうとでもなる。

 超音速で弾頭を飛ばすことが出来ずとも、ゆっくり王都まで飛んで行けば良いだけだ。

 

 それでも脳裏にチラつくユマ姫の姿。悪夢とばかり、振り払う様にソルンは頭を振った。その時だった。

 

 ――ピーン

 

 甲高い電子音。それはレーダー装置が放つマイクロ波がナニカの接近を知らせる音だった。

 

「まさか!?」

 

 思わず振り返る。

 コクピットに備わった全周囲モニターシステムは、追尾してくる高速飛行物体を捉え、拡大し、目の前に映し出す。

 

「ユマ姫!?」

 

(あり得ない。こんな速度で飛行が可能なのか?)

 

 森に棲む者(ザバ)の魔法について研究していたソルンにとっては信じられない光景。本来は浮くだけでも一流と称えられ、英雄とうたわれたエリプス王ですら低速での飛行がやっとだったのだから、ロケットに迫る速度は完全に埒外。

 

(どうやって? ひょっとして……発射時の魔力を利用して?)

 

 それしか考えられない。だが、森に棲む者(ザバ)であっても命を落としかねない高濃度の魔力。それを利用することなど可能なのか?

 

「まさか? 凶化してるのか?」

 

 ありえない。いずれ人としての理性も形も保てなくなる。しかし、それしか説明がつかない。

 だとしても、コチラはロケット。生身では何も出来ない……と楽観出来る余裕は既に無かった。

 

(まさかコチラを落とす方法が有るのか? 飛びながら?)

 

 森に棲む者(ザバ)は二つの魔法を同時に行使出来ない。これもまた常識だった。

 しかし、相手が凶化しているのならそんな常識は何の役にも立たなくなる。

 だから、ユマ姫がマントの内ポケットから取り出したのが銃であったのを見て、ソルンはむしろホッとした。

 

(銃! 弓ではない! やはり魔法の同時起動は不可能か……だが、そんな豆鉄砲でどうにかなるはずが……)

 

 ――ガァァン! ビーーーーッ!

 

 衝撃と同時、警告灯の赤に染まるコックピット。

 

(嘘だ! あり得ない!)

 

 ソルンは驚愕する。なぜなら弾丸を加速させる事はソルンの常識では不可能なのだから。

 弾丸は小さすぎて、結界に穴を空けるだけに終わってしまう。形状的にも魔法を巻き付けるのには向かず、威力を減ずるばかりのハズだった。

 かと言って、ただの拳銃弾でロケットにダメージを与える事など出来はしない。

 

 だから、ユマ姫がやっているのは結界魔法での加速では無く。風で押し出すだけの原始的な加速だ。

 魔力をコイルの様にグルグル巻きに流すと、内部に気流が発生する。この最も単純な理屈だけでユマ姫は銃弾加速していた。

 とは言え、他のエルフが同様の理屈で銃弾を加速する魔法を試みたところで必ず失敗するだろう。

 なぜなら何百万と巻かれたコイルの姿を詳細に想像する事など出来ないからだ。

 

 だがユマ姫だけは可能だった。

 

 『参照権』で空中に長大なコイルの姿を浮かび上がらせ、そこに沿って魔力を流すだけ。その中に放たれた弾丸は異常な加速と運動エネルギーを得る。

 

 その結果、四つのブースターの内の一つを破壊することに成功した。

 

「クソッ! 開け!」

 

 ソルンは瞬時に折り畳まれた主翼を展開する。

 主翼を展開すればロケットは飛行機に変じ、速度は更に大きく落ちる。だが、このままでは飛ぶための推進力が不足する。爆発的な速度を犠牲にしてでも揚力を得る必要があったのだ。

 しかし、こうなっては破壊されるのも時間の問題。

 ソルンがそう覚悟した時だった。

 

(減速した? 何故だ? そうか! 魔力が!)

 

 ユマ姫は急激に速度を減じ、ロケットとの距離が開いていく。

 ラーガインの格納庫には魔力が満ちていた。だが、外はプラヴァス。魔力は極めて薄い土地だ。

 これだけ魔力を蓄えたロケットでもたちまちガス欠になるのだから、無理やり飛んでいる人間などひとたまりもない。

 小さくなっていくユマ姫の姿に、ソルンは胸をなで下ろす。

 

 ――ピーン!

 

 しかし、再びの警告音。

 

「なぜだ? なぜ加速する?」

 

 ユマ姫は再びの加速。

 瞬く間に、ブースターの放つ青い燐光を被る程の至近まで迫っていた。

 

「そうか!」

 

 その光景で気がついた。ブースターが一つ破壊されたことで、魔力が漏れている。それ自体は覚悟していたが、その漏れた魔力を糧にしてユマ姫が再びの加速を得る事は全くの想定外。

 

「このっ! 化け物が!」

 

 魔力の漏洩防止処理を省略した事がこんな形で牙を剥くとは……呪詛を吐きながらも、ソルンの頭脳はあらゆる可能性を探った。しかし、残る魔力が少ない上に、相手がこちらの魔力を吸収出来るなら、振り切る事は不可能。王都に行くまでに何が起こるか想像もつかない。

 相手はあの厄災のユマ姫で、こちらは危険な爆弾を抱えている。無事で済むとはとても思えない。

 吹き出す冷や汗をソルンが自覚した時。全周囲モニターの開けた視界に、都市の姿が映し出される。

 

「スフィール!」

 

(そうだ! なにも王都に拘る必要はない。前線を支える王国指折りの大都市を核の一撃をもって亡きモノにすれば、戦意を挫くに十分なショーとなる)

 

 思い立ったソルンの行動は早かった。制御システムや全周囲モニターの電源を切り、全ての魔力を核弾頭へと集中させていく。吸収されるぐらいなら全てを推進力にした方がマシだった。

 この距離ならば既に細かい制御は不要。あとは弾頭を圧倒的な魔力で押し出せば良い。

 

 10%……20%……30%……

 

 徐々に魔力が弾頭へ充填されていくのを、赤い非常ライトのみが光源となった薄暗いコクピットでもどかしく見つめる。

 

 だが、悪夢(ユマ姫)は待ってはくれないのだ。

 

 ――ガァァァァァン!

 ――ビィィッーーー!!

 

 衝撃、そして再び響く非常ブザーが危機的状況を知らせてくる。

 

(またブースターがやられた?)

 

 慌てて計器類を確認。違う! 残ったブースターは全て無事。

 

 ――ガァァァァァァン!

 

 間髪入れず二度目の衝撃。そしてブザーは鳴り止む気配を見せない。

 

(まさか?)

 

 再び計器類を確認。見れば機体のたった一カ所にダメージが集中している。

 それは、何処か? 何が狙いか? 魔力タンクでも弾頭の格納場所でも無い。

 何も重要なパーツが無い場所だった。その狙いがソルンには解らない。

 

 ――ギィィィン! ガァァァァァァァァン!

 

 絶え間なく、衝撃と金属音が鳴り響き、そのペースを上げていく。

 計器類が赤く染まり局地的なダメージを知らせる。その位置は?

 

(まさか? ……真上! 馬鹿な! 機体に取り付いている!?)

 

 気がついたと同時、金属がひしゃげる音が間近で起こった。

 ソルンはギギギと軋む音が、まるで自分の首から鳴っている錯覚を覚えていた。

 

 見上げた先、金属の隙間から外光が漏れている。

 裂け目からコチラを爛々と見つめる瞳と目が合った。

 

「ミツケタ!」

 

 彼女は嗤った。

 悪魔が居た。

 

(狂っている!)

 

 ソルンはこれまでの邂逅でユマ姫の姿をモニター越しに確認してきた。

 少なくとも姿だけなら可愛い少女だと、そう認識していた。だが、実際に目にすると全く違う。

 爛々と光る瞳には殺意と狂気だけが輝いている。ただただ、それだけを燃料に動いている少女の形をした歪な生き物。

 だが、何よりも恐ろしいのは不気味さでは無い。

 

 美しいのだ。

 

 恐怖で神経がすり切れて、警告ブザーが耳を灼き、脳も最大限の警戒を発しているにも関わらず、それでもユマ姫の美しさに生唾を飲み込む喉を自覚した。

 

(なんだこれは? なんだこれは?)

 

 極限の混乱は、いっそソルンを冷静にさせた。

 

 ――ピー

 

 100%! 甲高いブザーは弾頭に魔力が満ちたことを伝えて来た。

 ソルンは保護カバーを跳ね上げ、赤いボタンを叩いた。叩いてしまった。

 

 ――シュッ! ズバァァァッ!

 

 弾頭は発射された。スフィールに向けて、超音速で。

 一方で全てのエネルギーを失ったロケットはゆっくりと落下して行く。

 ソルンとユマ姫を乗せたまま。

 

「お前はここで僕と死ぬんだ。悪魔め!」

 

 彼女を道連れに死ねるなら悪くない。

 そう思わせてしまうことが、ユマ姫最大の欠点かも知れない。ソルンはロケットから過剰なまでに魔力を抜いた。

 それどころかコックピットに持ち込んだ、小型の霧の悪魔(ギュルドス)を起動し、少量の霧をふりまきもした。

 これで脱出装置も含めた全てのシステムが停止。不時着など不可能。墜落を逃れる術は無い。

 だが、魔力を吸収し、霧を苦手とするユマ姫にとっても致命の攻撃となる筈だった。

 

「あら? 素敵なお誘いね」

 

 それでもユマ姫は嗤っていた。

 

 ――ギャリギャリギャリ!

 

「でも、折角なら二人きりが良いでしょう?」

 

 王剣を振るいコックピットに大穴を空ければ、吹き荒れる突風で霧はあっという間に散ってしまう。

 

(それでも霧はお前の魔力を奪ったはずだ! もう飛ぶことは出来ない! 違うか?)

 

 違わない。そもそもロケットに取り付くまででユマ姫は魔力の大半を使い果たしていた。その最後の一欠片が、霧を吸うことで消失した。

 ユマ姫の整った眉根が歪むのを確認すると、ソルンはオープンカーの様に変じたコックピットで風に煽られながらも、遙か彼方へ飛んでいく弾頭を見上げて笑った。

 全ては手遅れだった。

 ロケットが墜落し、ユマ姫と共に死ぬのが先か、核がスフィールを焼き尽くすのが先か。

 

 スフィールが先であってくれとソルンは願った。

 

 ど派手な花火と、美しくも恐ろしい少女が悔しがる様子を見つめながら死んでいけたなら、最高の最期じゃないかとソルンは笑った。

 

 だが、少女もまた笑っていた。

 笑っていたのだ。

 

 その時、少女がどこからか取り出したのは、信じられない位大きく、純度の高い魔石だった。

 

(なんで? どこから?)

 

 あり得ない事だった。プラヴァスの魔石は全て帝国の手中にあったのだから。

 持ち込もうにも砂漠を越える時にすり減って、殆どの魔石は消失してしまう。

 

 ソルンが呆然と見つめる中、美しい少女は神々しくも輝く魔石へ、祈る様に口付けた。

 

「お願い、父様」

 

 それは、エリプス王の魔石だった。

 無心に胸を抉り、取り出した魔石だった。彼女の父親が王剣と共に残した唯一の遺産。

 

 それを少女は、飲み込んだ!

 

「何を!」

 

 ――ギィィィィィン!

 

 驚愕するソルンを余所に、少女は落下して行くロケットへと一際深く、王剣を突き刺した。

 そしてあろうことかユマ姫は突風吹き荒れる上空で、体を支えるための最低限の魔法の制御すら手放してしまう。

 落下するロケットの外壁に人力でへばりついている状態。当然、吹きすさぶ突風は守りを失った少女の軽い体を吹き飛ばそうと殺到する。

 ユマ姫は突き刺した剣へ取り縋り、吹き飛ばされまいと跪く。

 

「父様、お願い。私を守って」

 

 跪いた姿勢で、少女は祈った。今は亡き父親へ。

 すると、不思議とその瞬間。吹き荒れていた突風がピタリと止んだ。

 少なくとも少女自身はそう感じた。

 

「父様、お願い。みんなを守って」

 

 そう言って、取り出したのは木村がコートに忍ばせていた拳銃。

 ユマ姫を思って木村が託したモノとは言え、帝国兵との絶え間ない激戦によりシリンダーに残されていた銃弾はたったの二発。

 しかも一発はブースターを撃ち抜くのに使ってしまった。

 

 だから正真正銘、これは最後の一発。

 狙うは高速で飛翔する、小さな弾頭。

 

 外せば戦争にはきっと勝てない。スフィールには軍の多くが、そしてシノニムさんも待機している。

 だと言うのに……ユマ姫はズキリと痛む胸の痛みに顔を顰める。

 

 当然だ。今日のユマ姫は魔石を食べてポンザル家の二人を治療し、その後は魔女に魔力を抜かれ、エルフでも参ってしまう様な要塞の強烈な魔力に曝された後、ソルンに霧で魔力を抜かれた。

 

 まるで深海と高地を往復する様なモノ。たとえ凶化した体でも強烈な負担であった。

 

 今の彼女の健康値はたったの8。

 それは何かと死にかけていた幼少期と同じ。ちょっとした怪我や病気で即座に死に至る極限状態と同じ。

 そんな状態で魔石を食べればどうなるか?

 

 普通は死ぬ。凶化していようと、間違い無く死ぬハズだった。

 

 だが……

 

「ありがとう、父様」

 

 その魔石は、彼女の健康値を(いささ)かも傷つけなかった。それどころか彼女を守る力がゆっくりと満ちて行く。

 幼少から変わらず彼女を見守っていた父の力が、彼女の中に取り込まれていく。

 

「行きます」

 

 膝を折り、祈る様に銃を構える。

 狙うのは飛行機雲を残して飛んでいく飛翔物体。

 夏の日を思わせる爽やかな光景だが、その正体は核弾頭。先にあるのはスフィールだ。

 思い描くのは何重にも巻かれたコイルの様な魔力回路。そこに全ての魔力を流し込む。

 

 魔力の青い燐光がユマ姫の姿を照らし出していた。

 

(何だこの魔力は!)

 

 ソルンは信じられぬ程に神々しい光景に目を奪われる。

 実は驚いていたのはユマ姫も同じ、通常は半分も吸収出来れば上出来の魔石の魔力。今回に限ってその全てが彼女の力となっていた。

 それでもユマ姫には自信が無かった。落下しながら、超音速で飛ぶ弾頭を狙うなど神業に他ならない。魔法の矢と違い、後からの制御が殆ど出来ないからだ。

 

「パパ、お願い」

 

 だから祈った。左手で王剣を握り、右手の銃を祈る様に掲げる。

 飛行機雲の先の点の様な弾頭を必死で狙った。

 

 ……そして、トリガーは引かれた。

 

 ――パァン!

 

 思いの外、軽い音。

 だけど魔力の渦で加速された弾丸はみるみるうちに加速していく。

 魔力で巻かれたコイルは『参照権』の力を借りて、飛行機雲をなぞる様にひたすらに伸びていく。

 長く、長く。

 

 音速を遙かに超えた弾丸は奇跡の様に吸い込まれた。小さな小さな弾頭へ。

 

 ――そして。

 

 ――!!!

 

 閃光! 僅かに後れて衝撃。音を感じる事が出来たのは最初だけ。

 瞬間、鼓膜が引き裂かれ。静寂の世界が訪れた。

 

 熱い。世界の全てが灼けてしまいそうな程。

 ロケットは嵐の中の小舟よりも尚、揺れている。ユマ姫は突き刺した王剣に必死に縋りながら、爆心地を見ようとする気持ちを必死で押し止めていた。

 見てしまえば目が灼けてしまうに違いない。それほどの閃光だった。

 

 それはソルンも同じ、作戦の首尾を確認するべきなのだから見たいに決まっている。

 だけど、ソルンはそれほど苦労せず、爆心地を見ずに済んでいた。

 他にもっと目が離せないモノがあったから。

 

 ゾッとする程に美しかったのだ。

 青の魔力光に代わり、今度は赤い閃光に彩られたユマ姫が。

 生と死の狭間で笑う死神、いや魔王に見えた。

 音が無くなり、太陽よりも強烈な破壊の光に曝された世界。

 

 艶然と少女は笑って、何かを言った。

 

 音が無くても、形の良い唇の動きで、意味は解った。

 

「さぁ、死にましょう」

 

 彼女は、笑っていた。


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