死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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プラヴァスの空模様

「囲まれてるわね」

 

 シャルティア、いや、シャリアは油断無く辺りを見回した。

 

「私は何も感じな……いや、居るな」

「え? ええっ?」

 

 気配を探る技能など無いリヨンでも感じられる程、周囲の敵はあからさまだった。不穏な空気にカラミティは冷静さを保てない。

 

 リヨンとカラミティの二人は、田中の元へと駆けていく木村とユマ姫に、ついて行くことが出来なかった。

 ユマ姫を守りたいリヨンにとって苦渋の決断であったが、これ以上無理をしても足手まといになるだけと、他ならぬユマ姫の侍女シャリアに断じられれば、頷かざるを得なかった。

 それほどに、濃すぎる魔力が彼らの体を蝕んでいたのだ。

 

 そうしてシャリアの案内の下で、地上への脱出を果たした彼らを待ち受けていたのはルードフ家の残党だった。

 ルードフ家は田中と木村の執拗な攻撃と、なによりソルンが放った強力な魔力によって、いよいよ地下から追い出されていた。

 そして、勝手知ったる地下への出入り口が多い場所で再集結。再起を賭けて動き出す直前だった。

 それは当然、旧ポンザル家、現ルードフ家の地下の近く。シャリア達が地上へ脱出を果たした場所と重なる事になる。

 

「焦って地上に出たのが裏目に出たわ。私の失態ね」

「いや、あれ以上地下に居てもジリ貧だった。恥ずかしながら私の体力が保たなかっただろう」

「……そうね」

 

 シャリアは否定しなかった。実際、肩に怪我をし、健康値を削って回復魔法を通したリヨンの体調は限界。勿論、ただの少女に過ぎないカラミティの体力も限界に迫っていた。

 

「うう……死んじゃうの?」

 

 逃げ込んだ薄っぺらな廃屋の中、膝を抱えて震えるカラミティへ、シャリアは微笑む。

 

「そんな事無いわ」

「え? は……はい」

 

 (あで)やかに笑うシャリアの美貌に、カラミティは思わず見惚れてしまった。

 

「うぅ!」

「? 変な子ね」

 

 不思議と脳裏に浮かぶのはシャリアの唇。妄想を振り払うべく頭を振る様子をみて、シャリアはため息を漏らす。その姿がまた艶めかしく見えて、カラミティにはたまらないのだが……

 

「来るぞ!」

 

 リヨンが叫ぶ。相手は徐々に包囲を縮めていた。

 だけどシャリアは慌てない。彼女には必殺の武器がある。

 

「これを使うわ」

 

 取り出したのは紙製で手の平サイズのくす玉。

 煙幕だ。

 

 視界がきかない世界であれば、彼女は無敵。

 元々は闇の世界こそ主戦場と定め、生きていた少女だ。今でこそ侍女などやっているが、暗殺一家の秘術を欲しいままにした彼女は、音や気配で相手を探るのはお手のもの。

 更に言えば、彼女だけの技能、魔力を目で見る力もある。煙幕の中でも戦うのにまるで支障が無い。一方的な虐殺になるハズだった。

 

 しかし。

 

「マズイわ。湿気ってる!」

「オイ、どうした?」

「今までジメついた地下水路を行き来し過ぎたわ」

 

 端整な顔が恥辱と後悔に歪む。こればかりは彼女らしくも無いミスだった。事前に装備の確認を怠った。

 ただ、彼女に代わって言い訳をするならば、火薬は余りにも最近手に入れた新兵器。貴重に過ぎてシャリア自身、細かいテストが出来ていないのだ。

 従来型の風上でばらまいて視界を奪うタイプの煙幕と違い、場所を選ばない代わりこう言ったトラブルは避けられない。

 元来、火薬だけの爆弾以上に、一度湿気ってしまうと着火し辛い傾向にあったのだ。

 

「仕方無いわね、少しずつでも掃除してくるわ」

「お、オイ!」

 

 リヨンの制止も聞かず、ぬるりと廃屋から外に出ていくシャリア。その姿にリヨンは驚きを禁じ得ない。出て行く際に全く音がしなかったことが一つ。監視している敵が一切発砲しなかった事が二つ。

 太陽が全てを照らし出すプラヴァスの日中、完全に囲まれた廃屋から彼女は敵に気がつかれずに脱出したのだ。

 これでは自分達が足手まといと言うのはなんの誇張でも無い。リヨンは深く息を吸い、覚悟を決めた。

 

「カラミティ、私も出る」

「そんな! 危険です」

「このままでは圧殺されるだけだ。私が人質になれば彼女に迷惑が掛かる」

「……わかり、ました」

 

 カラミティは続く言葉をぐっと堪えた。気を抜くと、私を見捨てる気なのかと文句を言いそうになってしまうから。

 彼女は彼女なりに反省していた。変な勘違いで暴走し、学校では迷惑を掛けてしまった。それまでだって政略結婚を嫌がって逃げ回って……その上最近では女の子に興奮している変態な自分に嫌気が差していたのだから、見捨てられるのが何より怖かったのだ。

 彼女はずっと自分に自信が無かった。だからこそ、奴隷だなんだと自分の価値を貶めてでも誰かに必要とされたかった。

 

 でも、この状況。暴力だけが支配するこの場面で自分が何か行動を起こして、物事が好転するとはとても思えない。

 

 こんなとき、貴族の子女として教えられる事は一つ。

 自害だ。

 

 小屋から出て行くリヨンを涙目で見つめる。辱められる前に潔く死ねと、その背中が言っている様に感じてしまう。

 

 実際は、リヨンにそのつもりは無い。

 むしろ、カラミティをなんとか守る為に行動に出たのだ。

 

 リヨンは木村から言い含められる様に何度も毒に気をつけろと言われていた。決して風下に立つなとも。

 周囲を包囲され、廃屋に追い詰められたこの状況。二人纏めて毒で始末するには絶好の機会に思われた。

 だからこそ、打って出た。間違った選択では無い。実際に爆弾でも投げ込まれたら二人纏めて死んでいただろう。

 

「行ってくる」

 

 それだけ言って、意を決したリヨンが廃屋を飛び出す。

 今度はリヨンを狙い、幾つもの火線が走った。幾つかを掠り、今度は左肩に一撃を貰いながらもリヨンは必死で走った。

 しかし、隠れようとした物陰に先客がいた。リヨンを撃った男の一人、モタモタと弾を込めていた。

 

「よくも!」

 

 一息で締め上げる。ナイフや火薬、もちろん銃と弾丸も取り上げる。

 

「よし、わかるぞ!」

 

 リヨンは元の持ち主より、よほど手際よく火薬を詰め、弾を込めた。銃という兵器について、木村からみっちりレクチャーを受けていたからだ。

 

 ――パァン!

 

 そして、リヨンは目が良く、器用だった。屋根の上からコチラを狙う狙撃手を逆に撃ち抜いてみせたのだ。

 

「いかん!」

 

 それと同時、カラミティが残る廃屋に踏み込もうとした男が目に入る。慌てたリヨンはナイフを引き抜き、投げる。

 

「イヂッ、グベッ!」

 

 太ももに命中。これだけでも大した物なのだが、それでは致命には至らない。しかし、ナイフを受けた男が体勢を崩した所、どこからか飛来した別のナイフが男のこめかみを貫いた。

 

(シャリア殿、かたじけない!)

 

 心の中で頭を下げながら、リヨンは銃を抱えて走って逃げた。姿を見せないシャリアと違い、リヨンを狙って火線が集中していたからだ。

 再び攻撃するにも、同じ狙撃ポイントは厳禁と言うのが木村の教え。なるべく守りやすく、逃げやすい、それでいて要所が一望出来る場所と無理難題だが、ここぞと思える民家に転がり込んだ。

 

 しかし、そこまでだった。

 

「キャ! 止め、止めなさい!」

 

 カラミティだった。彼女は自害することは出来なかった。と、言うより寸鉄帯びて居ないのだから喉を突く事も出来はしない。

 リヨンとシャリアの二人でなんとか一人目の男は始末したが、中に居るのが非力な少女一人とバレてしまえば、二人三人と続く男を止める術が無い。

 

「これだから……」

 

 人知れず屋根の上で様子を探っていたシャリアは息を吐いた。廃屋の中で守っていてくれればとリヨンに愚痴らずに居られない。

 だが、これは正しくない。もしもリヨンが籠城を選んだら、ルードフ家の連中は迷わず毒や爆弾を投げ込んだのだから、正しい判断をしたと言える。

 ただし、それに気がついていないのはリヨンも一緒だった。

 

「クソッ! カラミティ!」

 

 血が出るほど唇を噛みしめ、外に連れ出されたカラミティを見つめる。

 もしも、ただの叔父と姪と言う立場なら、彼は迷わず我が身を省みず飛び出したであろう。だが、彼はプラヴァスの太守であり、ユマ姫から預かった侍女の正体は、凄腕の護衛であった。

 

 ユマ姫を守るつもりが、逆に守られていたのだ。

 

 対してリヨンが木村へ貸し出した護衛たちは二度も成果無く死んでいる。そればかりかプラヴァスの民の裏切りでユマ姫を危険に晒してしまった。更に言えば、リヨンだって麻薬と洗脳で操られたりと散々であった。

 そこへ来てコチラのミスでユマ姫の護衛を殺してしまう事があれば、自分の命一つではとても顔向け出来ない。

 今、自分が飛び出してルードフ家の人質になれば、その可能性は極めて高くなる。

 

「スマン……スマン、カラミティ」

 

 ボロボロと泣きながら銃弾をこめる。それだけしか出来ない。

 せめてカラミティを殺した相手を即座に葬る事だけが手向けだと思われた。

 そんなリヨンへと、無慈悲な声が追い打ちを掛ける。

 

「殺して! 殺しなさい!」

「オイオイ、健気じゃないかカラミティちゃん。リヨン坊ちゃんよりもよっぽど肝が据わってるぜ」

「ちげぇねぇ!」

 

 組み伏せられたカラミティの周りで、やんやと男達が囃し立てる。

 これは罠だと思っても、怒りで手が震えるのが止められなかった。リヨンはプラヴァスの太守という責任感だけで耐えていた。

 

「オイ、いい加減に出てこいや。玉無し野郎! 正々堂々と勝負しようぜ?」

 

 この胴間声(どうまごえ)はルードフ! ポンザル家の中でも荒っぽく下品な男とリヨンは記憶していたが、よりによってコイツが反乱軍のトップと言う事になる。

 正々堂々と勝負だと! 思わず出て行きそうになるが、当たり前に罠だろう。勝負にもならず撃ち抜かれるのがオチ。耐えるしかない。

 

 リヨンが再び歯を食いしばった時だった。

 

「あら、一騎打ちとは中々度胸があるのね」

 

 上から声がした、とても澄んだ声。シャリアの声だった。

 彼女は堂々と見晴らしの良い屋上に立ち、名乗りを上げた。それは自分に注目を集め、リヨンによるカラミティ救出の機会を作る為。

 

「なんだお前は! オイ! 撃っちまえ」

「へぇ」

 

 パーンと散発的な銃声が上がる。しかしシャリアは飛び降りる事でその全てを回避した。

 彼女の狙いはこれ。派手に登場し射撃のタイミングを作りながら飛び降りて回避。かなりの賭けだったが彼女は勝った。

 それを見てリヨンは祈り、感謝した。ユマ姫の護衛は政治的な価値のないカラミティを最後の最後まで見捨てなかった。それが涙が出るほどに嬉しかった。

 

「神よ! プラヴァスに栄光を! ユマ姫に感謝を」

 

 ――パーン!

 

 すかさず、カラミティを押し倒していた男を殺す。それでも皆の注目はシャリアに集まっていた。

 

 一方でシャリアにしてみれば、ココまで終始、何かの指示で動いたわけではない。

 ましてや、人質に取られたのがリヨンだったとしたら、ココまでして助けていない。

 なぜなら、今の彼女は相手の地位や立場に忖度する様な精神は、微塵も持ち合わせて居ないから。

 ユマ姫が必死に治療した女の子。だからココで死なせたくなかった。それだけ。

 

 そして、この行動に勘違いしたのはリヨンだけではなかった。

 

「お姉様……」

「?」

 

 押さえつける者が死んだと言うのに、伏せたまま、カラミティは陶然とシャリアを見上げていた。

 それに毒気を抜かれたシャリアは高所からの着地の衝撃も相まって、一瞬硬直してしまう。

 

「死ね!」

 

 そこへルードフが引き金を引く。意識の隙間を突いた絶好のタイミング。

 こう言う時の弾は当たる。達人の強弓を躱してみせる軽業師が、無邪気な子供が投げ入れたおひねりで、思ってもみない怪我をすることだってあるのだ。

 厭らしく拗ねた男であるルードフは、そういう間隙を突くことに長けていた。

 引き金を引かれたことに気がついたシャリアは焦り、顔色を変える。全ては手遅れのタイミングだった。

 

 しかし、シャリアに痛みは訪れない。

 

「クソッ出ねぇ!」

 

 当たるハズの弾丸は、しかし不発に終わってしまう。マスケット銃では良くある事。だが、どうしてこのタイミングで?

 その時、ポツリとシャリアの頬を打つモノがあった。

 

 ――雨だ。

 

「おい、久しぶりに降って来やがった」

「ありがてぇ」

 

 プラヴァスの民として、砂漠の男として、当然に雨は嬉しい。

 だけど彼らは知らないのだ。与えられたオモチャに致命的な弱点がある事を。

 

「本当に、良い天気よね」

 

 土砂降りに降ってきた雨の中、逃げ回る動きから一転。シャリアは悠々と歩いていく。その先に立ち尽くすのはルードフ。

 

「なんだてめぇ! オイ、早く撃て」

「で、ですが!」

 

 撃てない、発射されない。火打ち石で着火するフリントロック式のマスケットはこんな雨では撃つことが出来ない。

 

「クソ、女一人が舐めやがって!」

 

 それでもルードフは余裕だった。相手が細腕の女一人だったから、絶対に自分を傷つけられないと確信していた。

 その理由は彼が着ている鎧。表通りに堂々と大将首が顔を出した理由がソレ、帝国から特別に渡されたエルフの加工が施された軽金属の鎧であった。

 田中の鎧とは比べるべくも無い安物で、重量も嵩む三級品だが、それでも多少の銃弾は弾いてみせる防御力があった。

 よもや女性の力では傷一つ付けられるハズが無い。

 敢えて一太刀受けてやって、絶望に歪んだ顔を使い慣れたシャムシールでかち割ってやろう。

 

 そう思って良く見ると、間近まで近づいた女の顔は想像以上に整っていた。

 これは組み敷いて楽しんでも良いなと、愉快な妄想に浸って相手の攻撃を待つルードフ。シャリアはその鎧を目掛けて殊更にゆっくりと、丁寧に、ケーキでも切る様に刃を滑らせた。

 あまりにゆっくりで、裸でも傷一つ付けられないぞと笑っていたルードフは、刃が速度を変えずに自分の体を通過した所で初めて顔が引き攣った。

 

 そして、その表情のまま、ずるりと地面へと落ちていった。自慢の鎧の断面を残して。

 

「やっぱりイケないわ、魔剣って手応えがなさ過ぎる。でも刃こぼれしないのは良いわね。全員殺せる」

 

 銃の登場でフラストレーションが溜まっていたのは、何も田中だけじゃ無い。確かに一流の騎士が相手では見劣りすることもあるシャルティアだが、頼みの銃が突然使えなくなった男達、ましてや彼らは重金属アレルギーを患っている。その上、今の彼女には魔剣がある。

 負ける要素は微塵もしなかった。

「皆、死になさい」

 

 彼女の表情は、雨と喜悦に濡れている。

 

「あ、ああっ!」

 

 そして、とびきりの笑顔に見とれ、カラミティは卒倒しそうになっていた。


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