死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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エピローグ2 アイドル活動

「みんなー! 聞っこえってるー?」

「イエーイ!」

 

 俺が叫ぶと、地を揺るがすようなコールが返る。人々の熱気がプラヴァスの太陽よりもギラギラと照り返していた。

 俺は今、プラヴァスの北部、水が湧き出す聖地に居た。

 何故かって? 野外ライブを行うためだ。

 プラヴァスには巨大なライブハウスなんて奴は無い。学校の講堂や俺が身請けさせられていた酒場こそソコソコの広さはあるが、それでも精々が体育館レベル。俺達が欲していたのはオペラハウスや、スタジアムぐらいにお客が入れられるスペースだった。

 そうなればもう、野外ライブしか選択肢が無かったわけだ。

 

「みんなー今日は楽しんでいってねー♪」

「おー」

 

 ノリノリだ。ノリノリのアイドルスマイルだ。なんか変なポーズまでキメている。

 何もヤバい薬をキメてるワケじゃない。仕方無くだ、仕方無く俺はアイドル活動をしていた。

 

 俺は確かに木村に「ライブでもやろうぜ!」とは言った。言ったは言ったがアレは歌姫として、それこそ当代の歌姫シェヘラさんみたいにしっとりと歌いたいと言う事だった。

 それがなぜ? アイドルみたいにキャピキャピで歌わなくてはいけないのか?

 

 

 それは、帝国が手引きしたクーデターがスッカリ沈静化して、一週間ぐらい経った日の事だった。

 それまでは事後処理や遺跡での資料集めに奔走し、それが終わってようやく一息ついたタイミングの出来事であった。

 

「実は……皆の不安が抜けないのです」

 

 悲しそうに打ち明けたのはリヨンさん。話があると俺、田中、木村の三人で私室に呼び出されての第一声がソレだった。

 

「そりゃーな」

 

 真っ先に応えたのは田中。大きくノビをして、あくびを噛み殺しながら片目でチラリとコッチを見てくる。

 

「なにが言いたいのです?」

「それはですね……」

 

 まるで俺の責任みたいに言うではないか! キリリと眉を吊り上げて怒ってみせたが、木村が言い含める様に解説を始めた。

 

 つまり、プラヴァスの国教であるセイリン教の司祭が俺を邪神の手先と断じ、それに対して俺に操られたブタ共? が宗教指導者に殴りかかるショッキングな事件が起きたと言うのだ。

 いやー、世界面白ニュースかな?

 

「正直、見逃したのがマジで悔しいぐらいには面白ぇよ」

「止めて下さい、思い出したくない」

 

 しみじみと残念がる田中に対して、リヨンさんは頭を抱えている。SMプレイを見られたのがそんなに恥ずかしいかぁ? ……普通に恥ずかしいよな。

 

 正直、際どい格好で暴れた俺が一番思い出したくない出来事だ。だがリヨンさんにとっては恥ずかしさとは、また別の問題がありそうだった。

 

「セイリン教の熱心な信徒の中には、未だにユマ姫を邪神の手先と言って憚らない連中も居るのです。もちろん侮辱的な物言いには対処していますが……」

「押さえつける度に、裏ではカルト化が進んでいるということですね?」

「恥ずかしながら……」

 

 俺の指摘に、端整なリヨンさんの顔が苦渋に歪む。

 うーん、そう言えばセイリン教と言えば王都でもかなりの勢力を持っている。アレが役に立たないだろうか?

 

「私はセイリン教の聖者に認定され、洗礼名も授かっていますが?」

「音に聞こえておりますが……失礼ながら悪魔の様な邪悪な名も帝国から入っています。それに洗礼名や聖名に関しては、ユマ姫様はあらゆる宗派から授かっている様ですが……それが益々」

「……怪しい、と言う事ですか」

 

 自分でもそう思う。例えば、仏教でもキリスト教でもイスラム教でも聖人認定を受けましたみたいな少女が現れたら、それこそ終末思想でも唱えたくなる。

 

「ここは一つ、皆の前で聖句でも唱えて見せるしかないのでは、とお願いに……」

「それはつまり、あの講堂で私にライブをしろ、と?」

「らいぶ? とは?」

 

 俺の言葉に首を傾げるリヨンさんは無視して、木村は身を乗り出して提案してきた。

 

「どうせなら野外ライブで派手にやりましょう!」と。

 

 

 で、よりによってプラヴァスの聖地で野外ライブと相成った訳だ。

 

 時間は朝もかなり早い時刻。夏に近いプラヴァスであっても少々肌寒い。

 それでも砂漠の都プラヴァスで野外イベントをするとしたら、この時間しか無いと言われてしまった。それだけ昼間は茹だる程に暑いし、日光が危険なレベルだと言う事。

 真横から照りつける、神秘的な太陽に目を細める。

 紫色の空は澄んでいて、赤い砂漠がグラデーションを描く。砂混じりの冷たい風が頬を撫でた。

 ココは聖域。元より水が湧き出す場所として、すり鉢状のステージ構造が出来ている。歴史のある謎の石柱や、ど真ん中の湖が少々邪魔だが、そういう部分も舞台演出と思えば悪くない。

 だが、この天然のステージは、とにかく馬鹿みたいに広いのだ。

 後ろの席にはとてもじゃないが声が届かないのでは? と言うのがリヨンさんが口にした不安要素。確かに、ただでさえ屋外では屋内より声が遠くまで届かない。

 だから当然、やって来たお客だって半信半疑、不安そうな表情が見て取れた。

 

 舞台袖からこっそり集音魔法で探っていると、こんな声まで聞こえて来た。

 

「オイ全然見えないぞ?」

「これじゃあ、ちっちゃい子の声なんて届かないでしょう? 帰りましょう!」

 

 夫婦なのだろう、オジサンとオバサンの二人組。若者に人気のユマ姫を見に来たが、余りの人出に辟易と顔に書いてある。

 

「声は聞こえるはずですよ」

 

 そんな彼らの耳元で、俺は囁いた。

 

「お前、何か言ったか?」

「ワタシは、何も!」

 

 キョロキョロと周囲を見回す。

 今のは俺のイタズラ、魔法で音を耳元まで飛ばしたのだ。イタズラが成功した快感に笑みが漏れる。老夫婦は首を傾げながらも席に着いた。そのまま観劇するようだ。

 

 そんなこんなで客入りは超満員。大半はお祭り好きの冷やかしだが、ソレで十分だ。すぐに目が離せなくなるのだから。

 そうこうしているうちに、いよいよステージが始まった。時間は朝一のまだ寒い時間である。

 さて、観客が最初に驚いたのは、意外かも知れないがリヨンさんの挨拶だった。

 

「本日はようこそお集まり下さいました」

 

 ただの定型文句。だから驚いたのはその内容では無い。

 

「なんて大音量だ!」

「ココまで声がハッキリ聞こえるぞ!」

 

 そう、それこそが歌好きな国民で知られるプラヴァスに、大きなステージが無かった理由。

 多大な魔力を使う大出力の拡声器がプラヴァスには無かったのだ。

 今回、遺跡から大量の魔力タンクを発見してるし、マイクとスピーカーはエルフの国で簡単に作れる。その技術力を見せつける良い機会でもあった。

 これはただ事じゃないぞと、この時点で観客は舞台に夢中。巨大なスピーカーを指差したりと、途端に落ち着きが無くなった。

 続く紹介は木村のギター。これもプラヴァスの人には見慣れぬ楽器である。流石にエレキではないのでしっかりとマイクも準備してある。

 まずは小手調べと演奏したフレーズの数々に、プラヴァスの人々は驚いていた。

 

 他にはアコーディオンのオッサンや、ダンサー達の紹介が入る。

 

 彼らは名店リーリッドのメンバーだ。格式高い紳士の社交場でのみ楽しめる彼らの音楽が無料で楽しめると言うだけで、会場のボルテージは否が応でも上がっていく。

 

 このメンバーが揃うなら当然、この人も! 歌姫シェヘラだ。

 

「おおおおぉぉぉ!」

 

 手を振りながらの登場に、会場が一気に湧き上がる。

 政治的に中立を求められる彼女がこう言った場に現れるのは極めて稀……らしい。

 

 そして大トリは勿論、俺だ。

 

「姫にして聖女、奇跡の魔法使いにして天よりの使者。ユマ・ガーシェント姫の登場です」

 

 湧き上がる大声援に笑顔で応える。今日の俺は魔力も控え目の銀髪で、銀とピンクのオッドアイ。衣装は木村が用意したアラビアンな白銀の踊り子衣装だ。

 とは言え、露出度はそんなでもない。精々が薄衣でおへそがちょっぴり透けて見えるのがエチエチなぐらいだろうか?

 それでもプラヴァスでは過激な衣装らしく、会場のどよめきは止まらない。

 まぁこの位は良いだろう。異文化と諦めて貰おうか。俺はマイクの前で最初の曲目を囁いた。

 

「それでは一曲目、砂漠の奇跡」

 

 それは紛れも無く聖句。本来は詩であって歌では無いのだが、木村が即興で音楽を付けて歌へと仕上げたのだった。

 どうやらアニソンのアレンジっぽい。俺もそのアニメを見ていたがリューナってエルフの女の子が可愛いだけのクソアニメだった記憶。

 エルフの女の子……当てつけか?

 ギターで奏でるバラードのしっとりとした音色が、神秘的な朝の砂漠の光景に溶けていく。

 いよいよ明るさを取り戻した太陽が、俺の小さな体を照らし、影を大きく伸ばしていく。

 

 砂漠の聖域で、静かに祈りを捧げる少女。

 

 自分で言うのもアレだが、中々に神秘的な光景だろう?

 会場は静まり返っている。これはきっと、皆が聞き入ってる証拠だ。

 

 ――静かな朝、死の時間が終わり、命の息吹が吹き込まれるの♪

 

 これはプラヴァスの建国神話。プラヴァスオリジナルの聖句である。

 かつて砂漠を渡った建国王が巨大なオアシスを発見すると言う内容だ。プラヴァスの国民なら皆が知ってる聖句らしいが、今は初めて聞くみたいに聞き入っている。

 木村のギターの目新しさもさることながら、今の俺はリネージュの記憶を吸収し、歌の達人になっているのだから当然だ。

 自分で言うのもアレだが、中々の美声。神秘的で美しい歌声だ。

 

 ……だけど、一カ所だけ、音が外れてしまった箇所がある。但し、外れたのは演奏の方。

 

 ――遙かなる理想郷、聖なる竜に導かれ辿り付いた湖♪

 

 ここで何故か木村が手を滑らせた。珍しい事もあるもんだ。

 

 聖句は短い。二つ三つと続けて歌った所で小休止。俺達は一旦舞台袖に引っ込んだ。

 

「おぉぉぉぉ!」

 

 その途端、ドッと会場が湧き上がる。

 良かった。余りに静かで、流石に途中から不安だったのだ。どうも感動の余り固まっていたらしい。聖句のノルマはココで終了、後は楽しいライブの始まりだ。

 

 そうして第二幕が始まった。

 

「みんなー! 聞っこえってるー?」

「イエーイ!」

「みんなー今日は楽しんでいってねー♪」

「おー」

 

 と、まぁそれでこうなるワケだ。

 

 キャピキャピの俺に、ノリノリのお客。実の所アレだ、仕込みだ。

 最前列にズラリと配置したのは講堂の一件で生まれた俺のシンパ、子ブタ隊である。

 その中でも一等目立つ場所でキラキラのうちわを振っているのは……カラミティちゃんの友達、フィナンティちゃんだ。俺が怪我を治した女の子でもある。どうしてこうなったのかは不思議だが、とにかく本人の強い希望で協力してくれている。

 

 仕込みはソレだけに止まらない。俺が魔石を飲み込むと同時。舞台袖で田中が遺跡にあったボンベから大量の魔力を垂れ流す。

 そして俺は片手をスッと上げると同時、背後に光の魔法を全開で展開させる。

 

「うわっ!」

「眩しい!」

 

 元々、朝の太陽で逆光気味のロケーション。加えて俺の魔力で思いっきり光らせれば、舞台は誰も見通せなくなる。

 その隙に田中とリヨンさんが薄い幕を俺の前に広げる。薄衣に遮られて俺のシルエットだけが観客に見えるという算段だ。

 このチャンスに早着替え。俺はよりによって魔法少女みたいなフリフリ衣装に着替えさせられた。

 着替えが終わると、薄い幕を容赦なく魔法で粉々に引き千切る。

 

 ――バシュッ!

 

 音と共に幕が千々に飛び散り、光と共に俺は再び観客の前に姿を現した。

 

「変 ☆ 身!」

 

 魔法少女の姿で豪快にキメポーズ。更に言えば、変わったのは衣装だけじゃ無い。

 

「髪の色が!」

「ぴ、ピンクになった!」

 

 ザワザワと観客のどよめきが広がる。

 俺の髪色が、みるみるピンク色に変わっていくのだ。こんなの地球でやってもニュースになるに違いない。

 

「いっくよー♪」

 

 それからは、もうやりたい放題やってしまった。

 

 光と音のスペクタクル。潤沢な魔力を使って光ったり浮かんだり。上から、後ろから音を飛ばしてみたり。

 観客は大興奮でかぶりつきだ。

 こんなショーがもしもあったなら、娯楽に満ちた地球であっても社会現象間違い無し。そんなライブを中世レベルの砂漠の都市で披露しているのだから、そりゃ皆ぶったまげる。

 なんとなく沈んでいたプラヴァスの民衆の心が、パァーッと晴れていくのが手に取る様に解った。

 そしてトドメがコレだ。

 

 ――砂漠の太陽が月へと変わり、わたしの夜がはじまる。

       乾いた大地を癒やすのは、わたしの歌だけ――

 

 雨乞いの歌。

 プラヴァスでは歌姫が歌うことで、雨を降らせると言う伝説の歌だ。

 

 歌いながら、俺は風の魔法でフォッガの胞子を遙か上空まで巻き上げる。

 

 それは丁度歌い終わるというタイミングだった。

 

「嘘だろ! 雨雲が」

「歌姫だ! ユマ姫は歌姫だったんだ!」

 

 狙い通りに雨雲が発達した。

 実は仕込みとして水を炊き出して、大量の水蒸気を散布していたのはご愛敬。

 しかし、想像以上に上手く行った。完璧なタイミング。

 

 こうなったらもういっちょサービス行っとくか!

 

「嘘だろ!」

「空に! ユマ姫が!」

 

 俺は雨で出来た霧のスクリーンに、俺の姿を大写しに映し出した。

 鏡と光の魔法を組み合わせた天然の映写機である。

 

「聖女だ!」

「聖女サマだ!」

 

 最後には雨の中でプラヴァスの民は揃って跪き、俺に祈りを捧げていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【とあるブタの日記】

 

「合い言葉は?」

「ブタのしっぽ」

「入れ」

 

 休日の午後だと言うのに、学生の僕は学校の講堂にやって来ていた。

 もちろん勉強や部活動ではない。今日はユマ姫のシークレットライブが行われるのだ。

 

 ホンモノのブタの為の一日限りの限定公演。

 緊張に手汗が噴き出す。ここに紛れ込む為に、生徒会長としてのコネは勿論。麻薬撲滅のために連日連夜駆け回ったのだから。感慨深いモノがある。

 そうしてやっと入り込んだ講堂。そこは異様な熱気で満ちていた。

 

「ブー! ブー! ブー!」

 

 響き渡るブタの鳴き声(コール)は勿論だけど人間のモノ。ユマ姫の為に人間を止めた、親衛隊のコールであった。

 ただ、彼らが居るのは解る。親衛隊はユマ姫のファンの中のファンだ。今もユマ姫に命を救われたフィナンティさんが、始まる前から盛り上がりすぎてステージに飛び込んでいる最中であった。

 

 一方で謎なのは、神父やシスター、そして顔色が悪い女性や子供。数少ないが男達の姿もある。

 見るからに具合が悪そうな……まさか、病人??

 いや……違う! このところ、街中を麻薬撲滅運動で駆け回ったからこそ察する事が出来た。

 彼らは麻薬中毒者(ジャンキー)だ! 間違い無い。

 彼らを治すには、ベッドに縛り付けるしか無い。隔離しないと狂った様に犯罪を起こす者が後を絶たないからだ。

 神父やシスターには望まない形で麻薬に関わってしまったが故に、中毒になってしまった者が少なくないと聞いている。

 それどころか、ポンザル家の人々は重金属アレルギーまで患っていて、痛みに麻薬が手放せない事情があったと聞いた。

 きっと、彼らの事だ。無実と言うのに、後は死を待つばかりの人々。しかし、何故この場所に集まっている? ユマ姫のシークレットライブじゃないのか?

 

 ッ! そうか! 解ったぞ! ユマ姫は死の淵にある彼らの手向けとして、最期にとびきりのライブを披露しようとしているのだ。

 

 なんと慈悲深い……僕は感動で視界が滲むほどに泣いていた。

 

 しかし、その涙は即座に引っ込むことになる。

 

「ブタ共ー! 覚悟は出来たか!」

 

 壇上に現れたユマ姫は、いきなり暴言を吐きながら登場したのだ。

 僕はてっきり、あの聖域でのライブと同じモノを想像していた。それだけに、あの開幕には完全に面食らってしまった。

 しかもゴテゴテと飾り付けられたスパンコールのコート姿は、とてもじゃないが正気の沙汰には見えない。

 

「ブー!!!」

 

 しかし、ソレに一切動揺を見せない親衛隊の息の揃ったコール。

 

「いっくぞー!」

 

 そしてユマ姫は、スパンコールのコートを投げ捨てた。

 え? なんだ? あの格好! 裸じゃ無いか!

 

 ソレは極小の布を僅かに纏っただけの姿。

 

「おお! 神々しい!」

「アレこそが聖衣マイクロビキニ!」

 

 え? 親衛隊はあの格好を知っている? 聖衣って、正気か? あんな下品な……いや、アレだけの極小の布面積だと言うのに、少しも下品では無い。

 浮き出る肋骨や、控え目な胸。柔らかそうなお腹。完璧な美だ。正に聖衣。見ているだけで血が滾ってくる。

 そして、奏でる音楽も聴いたことがない程にハードで刺激的だった。

 

「コレこそがロック!」

「止まらねぇ!」

 

 親衛隊が叫ぶ。これがロック? 麻薬よりも刺激的と、そう呼ばれていた音楽は、テンポが速く、体がリズムを刻むのを止められない!

 

「ブー!」

 

 気がつけば僕もノリノリでブタの様に叫んでいた。

 

 ライブが佳境に向かうにしたがって、恐るべき変化が起きていた。

 真っ青な顔をしていた中毒者達、彼らも全てを忘れ、ステージの熱狂に飲み込まれていたのだ。

 

 一時でも麻薬を超える刺激を提供し、ライブの間だけでもその呪縛から解放する!

 コレが、コレこそがユマ姫がライブを行った本当の狙い! 

 

 そう思ってしまった僕は本当に浅はかで、ユマ姫が神の使者だと言う言葉を根っから信じていなかった証拠と言えよう。

 

 本当の奇跡はココからだったのだ。

 

「え? なに? なんなの?」

「うわぁぁぁ!」

 

 熱狂のままに次々と親衛隊が作る波(クラウドサーフィング)でステージに打ち上げられる患者達。

 ステージで震えるばかりの彼らを、ユマ姫は容赦なく踏みつけて行く。

 そう、よりによって病人を、土足で、なじるように踏みつけたのだ。

 

「ブタはブタらしく、鳴きな!」

 

 普段のユマ姫は決して見せない表情。そして言葉。だけどなぜか不思議と頭の芯が蕩ける程に魅力的に見えた。

 

「う、羨ましい!」

 

 少女に踏まれて蔑まれると言う屈辱が、なぜか無性に羨ましい。

 きっと死が近い彼らの為の儀式と知りながら、それでも許されるならば僕も踏まれたいと願うほどに強烈な景色。

 だからこそ、彼らも必死に鳴き声を上げる。

 

「ぶー!」

 

 病人らしからぬ威勢が良い声、だが、奇跡はココからなのだ。

 

「さぁ! 立ち上がれブタ共! 人間に戻れ!」

「か、体が!」

「痛くない!」

 

 次々と患者達が生気を取り戻し、痛みを忘れて立ち上がるではないか。

 だけどその時の僕は、不敬にもユマ姫の奇跡を信じず、きっと彼らの錯覚なのだと疑っていた。

 ブタとする事で人間としての全ての苦しみから解放されたと一時的に錯覚させる手法だと。それだけのために、恥ずかしい格好を厭わず頑張るユマ姫は凄いと、そんな事を思っていた。

 

 だが、違った。みるみる彼らの顔に、すっかり生気が戻っていくではないか!

 

 

 現にこのライブから数日後、奇跡の回復を果たした麻薬中毒者達が、街で元気な姿を見せ始める。

 その時、僕はユマ姫が本当に神の使いなのだと確信に至り、彼女を女神と崇め信じる事にした。

 

 ユマ姫の奇跡として長らく語られることになるこのライブだが、僕を含めその詳細については誰も口外しないまま、秘匿される事になった。

 

 あのライブを口に出し、説明する事など出来はしない。それほどに過激で、胸を灼く様なライブだったのだ。

 一人一人の思い出として、大切に魂に刻むのがブタの定めと言えよう。

 

 僕は僕の神に誓うのだった。新しい女神へと。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【バイロンとドネイル】

 

 ポンザル家の代表に戻る事になったバイロンとドネイル。

 彼らは水路を広く知っている事から、魔力に満ちた遺跡の調査と言う危険な作業を義務づけられた。

 命を削る危険な作業。だけどそれは丁度かつてのポンザル家に課せられた罰に近い。だからこそ、二人は絶望などしていなかった。

 ……なにより。

 

「良い笑顔だったな親父」

「そうだね」

 

 引き払うために、かつてユマ姫に散々やり込められたおんぼろ小屋で思う。

 そこには既に無人となったベッドがあった。

 ポンザル家の主人だった彼らの父は、数日前に息を引き取ったのだ。

 

「良い歌だったな」

「歌姫級だよね」

「馬鹿言え、もっとさ」

 

 父が死ぬ数日前、突然ユマ姫がやってきた。

 そして、病に苦しむ父の枕元で静かに歌い始めたのだ。

 

 「女神だ」とむせび泣く父に、ユマ姫は魔法を掛けた。体に溜まった重金属も麻薬も全て取り除いてみせたのだ。

 ……だが、長年蝕まれた体は既に限界だった。もう長くないと告げるユマ姫は酷く悲しそうだったのだ。

 

「どうしてあそこまでしてくれたんだろう……」

「それがな」

 

 ドネイルと違い、バイロンは直接ユマ姫に尋ねた。なにかの思惑があるのかと気になっていたからだ。

 

「死んだ父親の代わり、気まぐれだってさ。なんかよ、悲しいよな」

「そうか……そうなんだね」

 

 彼らはおんぼろ小屋の窓から外を眺める。

 そこには動かなくなったラーガイン要塞が、神話のままの勇姿を朝日に浮かび上がらせていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【歌姫シェヘラ】

 

 歌姫は、かつてユマ姫とレッスンを重ねた部屋で微笑む。

 そこには、透き通る様な美しい鏡が何枚も並んでいた。

 

「綺麗だったわよね」

 

 それは鏡の事でも、鏡に映った自分の姿の事でも無い。

 かつて、彼女が教えた一人の踊り子を思い出しての賛美。

 

「まさか、本当にお姫様だったなんて」

 

 今思えば、余りにも美しく、常識外れの少女だった。なにせこのレッスンルームの大鏡をぼやけていて汚いと言ったのだ。

 こんなに大きくて美しい鏡なんてこの世に無いのに! なんて口の減らない子! そう思ったシェヘラだったが、今、かつての鏡と入れ替わり、レッスンルームにズラリと並ぶ大鏡を見れば、彼女の言葉が真実だったのだとわかる。

 

「コレが……エルフの技術なのね」

 

 ココまで透明度の高い鏡など、手鏡サイズでも見たことは無い。

 それが一点の曇りもゆがみも無く、全身が映る大きさで、レッスンルームの壁を覆い尽くす様に何枚も並んでいるのだ。

 

「こんなに送ってくるなんて、律儀よね」

 

 時はユマ姫がプラヴァスを離れて数ヶ月後の事。突然に大鏡が何枚も送られてきたのだ。

 運んできたのは漆黒に身を包んだ巨漢の戦士。前も見たが、超重量の大鏡を何枚も肩に担ぐ怪力は並では無い。

 

「素敵だったな……でも、とても敵わないわね」

 

 プラヴァスの女はどうしても強い男に惚れ込む気質があった。シェヘラはプラヴァス一の歌姫。だけどあのお姫様に挑もうとはとても思えない。

 

 今度の大鏡は、曇りが無いからこそ全てを正確に映してしまう。

 この鏡の前で、ユマ姫の横に立てるか自信を持てないシェヘラであった。


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