死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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月花の少女アスラを読んだら、葉月双さんの特徴的なセリフ表現に影響されてしまった。

「短いひと言」キャラクターの動作「セリフ」

みたいなの。

短いセリフでスカスカにならずに済むのが良いですね。

でも、使いこなせないので控えます……


恥辱

 殺っちゃったぜ☆ てへペロ♪

 

 なんと、ユマ姫は敵国の使者を殺してしまいました。

 

 いやー、まさか殺っちゃうとはなー、我慢出来なかったなー。もーしわけ……

 

 まーーーじかーーー!!

 

 まさか殺しちゃうとはなー、折角シノニムさんが余計な事すんなって忠告してくれてたのになー。

 うわー、悔しいこれ、めっちゃ悔しい。

 これじゃ、ユマ姫は戦争したいだけってのに反論出来ないわ。

 

 コレで終わりたくないな……戦争、参加したかったな。

 今回はちょっと反省するわ。

 

 

 

「どうして……どうして笑っているんです!」

 

 ヒステリックな声が冷たい牢獄に響いた。シノニムさんの声だ。

 

「どうして? どうしてって」俺は手の中のカツラをクシャリと握る。「あなたは母親をこんな風にされて、笑う以外に出来ますか?」

 

 血走った目で叫びながらも、脳の冷静な部分が冷たく笑っていた。

 

 本当は覚悟はしていた。

 帝国は俺の暴発を狙っている。だったら俺の家族の死体を使えば良い。

 

 死体を晒し者にしたり、遺骨をオモチャにしたり。

 

 そう言う事を覚悟していた。

 いや、むしろ期待していたと言って良い。敵がそうしてくれる事で、俺の殺意を高めてくれる事を願ってすらいた。

 そして、そんな外道を働けば、敵の戦意は挫け、味方の戦意は上がる。帝国は自滅する。

 そんな事を夢見ていた。

 

「だけど、あの女は、なんの悪気も無かった。ただ、()()()()していた!」

 

 あいつらは露悪的に振る舞わず。ひたすら死体を利用した。ただ素材として扱った。

 美しいカツラが手に入ったぞと、ただソレだけ。何食わぬ顔で挨拶をしてきた。

 それが許せなかった。

 

「そんな……」シノニムさんの瞳が揺れる。「気のせいでは? 髪の毛など見分けが付くはずが無いでしょう?」

 

 それはそうだ、『普通なら』髪の毛なんぞで見分けが付かない。

 だけど、母様は、パルメの髪は特別に美しかった。そして俺には『参照権』がある。見間違う事はあり得ない。

 

「私には解るのです。そして相手も、テムザンも解っているからこそ言付けをした『ユマ姫の髪を結いたい』と」

「そんな!」

 

 俺の言葉にシノニムさんは顔を蒼白に食いしばる。ココに至るまで、放心状態の俺は言い訳ひとつしなかったからだ。

 いや、出来なかった。

 

 あの後、俺はオーズドの部下に押さえ込まれて、昂ぶった状態で魔法を暴発させてしまう。

 そのままズルズルとスフィールまで護送され、牢屋に押し込まれた。

 

 あれから二日、俺は何も口にしていない。憔悴して何も口にする気がしなかった。魔力も目減りして髪は銀に変じている。

 

 今の俺は痩せこけて、幽鬼の様に不気味な姿をしているに違いない。

 

 俺をこれだけ追い込んで、奴らはさぞかし笑っているだろう。想像するだけで、悔しさに頭の血管が弾けそうになる。

 今すぐ飛んでいって、テムザンを血祭りに上げたい。だけど……

 

「今、姫様が動けばきっと貴族達は姫様を殺すために、なりふり構わなくなります」

「それぐらい! 解っています!」

 

 今、俺が魔法の力でテムザン将軍を暗殺したとしても、ユマ姫は戦争の激化を狙い、人間同士を殺し合わせる危険な存在と宣言する様なモノ。そうなれば俺は孤立する。それこそが帝国の狙い。

 でもこれ以上、一秒でもアイツらに生きて呼吸をさせたくない。だけど、今飛び出したら今までの全てが台無しになってしまう。

 ボルドー王子の墓前に復讐を誓ったばかり、彼が育てた軍部とのパイプも、俺の暴発で全てが台無しになる。

 俺はギュッと自分の肩を抱き、煮えたぎる殺意をどうにか抑えようと、蹲って必死に耐えていた。

 見かねたシノニムさんが鉄格子越しに必死に縋る。

 

「姫様の言う事が本当だとして、何か証拠がありますか?」

「……ありません」

 

 羅生門の老婆じゃないけれど、この世界でも死体から髪の毛を抜きカツラを作るのはままある。

 だけど、貴人の死体にそんな事をするのは外道な行いだ。褒められたモノじゃない。証拠があれば俺の行為も言い訳が立つ。

 そうで無くとも、帝国は徹頭徹尾エルフを人間と扱わなかった。貴人だろうと、子供だろうと、構わず殺して積み上げて焼いたと聞く。その暴虐もいつか白日の下に晒したいものだ。

 

 むしろそんな中、よく母の死体など見つけたモノだと感心する。

 ……ひょっとして、エルフの髪の毛で作ったカツラだと俺が気が付けば、テムザンにとっては十分だったのかもしれない。それだけで、子供が激情に駆られるには十分な理由になる。

 奴らはただ、エルフの髪で一番綺麗なカツラを選んだだけ。

 

 だとしたら、証拠などあるハズも無い……母の髪が美し過ぎたのか。

 皮肉だな……思わず笑ってしまう。

 

 そんな俺の様子を見たせいか、シノニムさんが鉄格子を悔しげに叩いた。

 

「味方は混乱しています。ユマ姫が敵の使者を、それも無抵抗な女性を殺した事で、あなたを疑う声が兵士からも出ています」

「解って……います」

 

 俺は三角座りのまま俯いて泣いた。

 

 平気なフリをしているが、俺だってまんまと罠に嵌まった自覚はある。

 俺が誰彼構わず殺したいと思って居るのは事実。だから噂にも真実味が出てしまった。

 そこに俺が敵の使者を問答無用に殺してしまえば、ユマ姫は人間を潰し合いたいだけと言われるのも当然。

 

 そんな状態で、戦端が開かれてしまった。

 帝国にしてみれば、無抵抗な女騎士を殺されたのだ。兵の憤怒は凄まじく、王国の兵を一兵残らず血祭りに上げてやると、俺を殺さぬまで止まらぬ覚悟だと聞く。

 対する王国は兵の士気が落ち、混乱したまま。兵士達はゼスリード平原で散々に追い回されたらしい。

 

「今、オーズド様が必死で立て直しをしています。ゼスリード平原に至る山間部で奇襲を繰り返し、遅滞戦術で凌いでおりますが……そこを抜ければ」

「ここ、スフィールが包囲されるのも時間の問題、ですか」

 

 ゼスリード平原の麓にある砦を落とされれば、そこから先に守りやすい地形は無い。

 更に言えば、スフィールの城はここ二十年で戦闘に向かない城に改造されてしまっている。

 

 スフィールが落ちる。

 

 ここ数百年無かった事だ。たしかオルティナ姫の時代まで遡る。

 

 そうなれば、俺が生きている間に帝国をどうこうするなど夢のまた夢。

 悔しさと、やるせなさで何もかもが嫌になる。

 

 王子の事も全て忘れて。もう苛立ちに任せて、好き勝手に暴れてしまおうか……

 

 そんな事すら思った時だ。

 

「いやぁ、美人が二人揃っていながら。どうにも辛気くさいですね」

 

 現れたのは特徴的な緑のコートの優男。シノニムさんはハッとした様子で立ち上がる。

 

「あなたは……キィムラ様!」

 

 そう、現れたのは木村だ。だが、コイツ一人だけじゃない。俺には意外な人物の運命光が見えていた。

 勿体ぶって、木村が慇懃な挨拶を返す。

 

「私なぞ()()()です、この状況を打破出来る唯一の人物をお連れしましたよ」

「この状況を?」

 

 信じられないと立ち尽くすシノニムさんを余所に、木村の後ろ、暗がりから一人の人物が姿を現す。

 

「ふふーん、どうやらあたしの出番みたいねー」

「あなたは!!」

 

 現れたのは冷たい牢獄に似合わぬ、華美なドレスの女の子。

 

 ヨルミちゃんだった。

 押しも押されもせぬビルダール王国の女王が、あろうことか最前線のスフィールにやって来た。

 

 ――ピシャリ!

「張り切って行っちゃうよー♪」

「…………」

 

 そして、なぜか手には鞭を持っていた……

 

 嫌な……予感がする。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それから半刻後。俺は馬に乗せられて、スフィールを歩いていた。

 

 しかし、手綱は握っていない。握れない。

 なぜならば、俺の両手は後ろ手に縛られているからだ。

 

「お、おい……アレ!」

「ユマ姫じゃないか!」

 

「み、見ないで下さい」

 

 道行く人に指差され、恥ずかしさに身をよじる。だけど、(あぶみ)に足を掛け太ももで馬体を挟み込むだけで何とか馬に跨がっている状態なので、殆ど動けない。

 馬を引いてるのはプラヴァスの衛兵だ。乗っているのではなく、乗せられている。俺は馬上で晒し者にされていた。

 

 ココはスフィールの中心市街地。戦時下とは言え、人通りは引きも切らない。

 馬上の俺は人混みの中にあって大変に目立っている。行き交う人全ての視線に晒されていた。

 

 ギラつく民衆の視線が、俺の肩へと突き刺さる。

 

「なんだ? あの格好は!」

「なんと破廉恥な」

「どうやら、とんでもない事をしでかしたらしいぜ」

 

「うぅ……」

 

 恥ずかしさに俯く。俺はきっと耳まで真っ赤に染まっているだろう。

 そう、俺の肩は剥き出しに曝け出されている。この世界の貴婦人にはあるまじき、ふしだらな格好だった。

 ドレスこそ舞台で何度か使ったオフショルダーのデザインだが、いつもは肩に掛けていたショートマントが取り上げられて、肩も首筋も無防備にまるっと晒されている。

 いや、違う。首には無骨で大きな鉄枷が嵌められていた。コレでは丸っきり罪人だ。繊細なドレスとは不釣り合いで、酷く目立つ。

 そして、下半身はミニスカート。それで馬に跨がってるものだから下半身も酷く不安だった。一応、白タイツをガーターベルトで固定しているが、ただエロくしているだけ。

 

 言うまでも無く、この格好は木村の趣味だ。

 

 提案された時は恥ずかしいと抵抗したが、この位は必要と説得されてしまった。

 所詮、肩を出しているだけ。前世の基準じゃエロく無い。そう言われても、やっぱり恥ずかしい。

 

 俺はもう十四年もこの世界に生きている。なにより女の子としてのキャリアは丸ごとコッチの世界のモノ。

 肩を出して歩くなんて、酷くふしだらで、みだらな行為だとすり込まれている。

 

 そりゃ、プラヴァスではマイクロビキニで晒されたりもしたが、あれはもう裸みたいなモノ。却って恥ずかしくなかったし、こんな風にじっくり街中を引き回される事も無かった。

 

 そうして晒し者にされながら、俺は中央広場まで連行された。

 スフィールの広場、中央には噴水が(もう)けられ、芸術的なオブジェも並ぶ市民の憩いの場。

 かつては霧の悪魔(ギュルドス)までも混じっていた曰く付きのアートスペースだが、本日ばかりは全部撤去されて、代わりに急造の舞台が設えられていた。

 

 ……俺はいっつもこう言う舞台で晒し者にされてるな。

 

 そんな事を思ってたら、馬を降ろされ、首輪を引かれ、舞台の中央まで引っ張り出されてしまう。

 眼下には何事と息を飲むスフィールの民がズラリと揃っていた。

 不本意ながら、かつて何度も見た光景だ。こんな事に慣れたくは無いのだが。

 

 唯一、今までと違うのは舞台の中央にドンと構えるのが簡素な絞首台だと言う事。ぷらんと輪縄が一本垂れ下がっている。

 

 まさか首を吊られるんじゃあるまいな?

 

 打ち合わせで違うとは聞いているが、今まで何人も吊ってきた伝統モノと言うのも納得の迫力で、実物を見ると途端に不安になる。

 執行官を兼ねる兵士が、舞台上でうちひしがれる俺の前にやってくる。本気で吊る気か?

 

「手を」

「……はい」

 

 しかし違った。後ろ手に縛られた拘束が外される。しかし、再び両手は頭上の輪縄で縛られ、そのまま吊し上げられた。

 

 ――ギリリッ

 

 縄が擦過音を上げ、俺の手首を締め上げる。ブーツのつま先だけが地面に辛うじて届く苦しい体勢。

 俺は吊された状態で広場に晒し者にされていた。

 

「おいおい、なんだよあの格好は」

「腋が丸出しじゃないか!」

 

「うぅ……」

 

 両腕を吊されれば、当然腋が丸見え。それどころか思い切り伸ばされた上体に引っ張られ、短いスカートが余計に際どい。

 ひょっとして、下からは丸見えなんじゃないか? 少なくともガーターベルトは思い切り見えている。

 俺が恥ずかしさに喘いでいると、兵士が罪状を読み上げる。

 

「この者、ユマ・ガーシェントは無抵抗な宣戦の使者を悪意を持って(しい)した罪で、厳罰に処す」

 

 兵士の宣言に、市民がざわめく。

 

「オイ、使者を殺したってマジかよ」

「勝手にか?」

「その所為で大変な負け戦になりそうだって聞くぜ?」

「なんでそんな事を……」

 

 動揺が広がる中で、一際甲高い声で一人の少女が叫んだ。

 

「この! 森に棲む者(ザバ)め! 人間同士を戦わせて喜んでいるのね!」

 

 叫びと共に投げられたのは瓜。俺に命中せず舞台上に黄色いシミを作るに終わるが、貴族にこんな行いをするのは大変な暴挙である。

 だが周りの市民からも、呼応する様に声が挙がった。

 

「そうだ! 化け物め、人間を潰し合わせる気だな!」

「俺達の街から出て行け!」

「化け物に騙されるな!」

 

 余りの熱狂に、周囲の市民は困惑している。

 だが、止めようとはしない。彼らの家族が戦争で死んだのかもと思えば、暴挙に出るのも無理は無いと微妙な表情で見守るばかり。

 

 しかし、彼らの家族が徴兵されたわけじゃ無い。

 今回の戦争ではスフィールで徴兵していないからだ。

 

 ……なるほどな。コイツらが帝国派の市民団体か。

 

 スフィールは長年の平和の中、帝国やプラヴァスとの交易で栄えてきた。

 だから、帝国に資金を貰って活動している団体が、市内には好き勝手に蔓延っている。そして帝国かぶれの連中も、悪気無くそんな団体に所属していたりする。

 

 曰く、帝国のやり方が正しいのではないか? 王国の誤りを正す必要があるのでは?

 そんな事を囁いて市井へ広めていく。毒の様に広がる、帝国の内部工作だ。

 ずっと以前から、エルフとの同盟は悪だと喧伝していたに違いない。

 表だって行動しなかった奴らが、ココで動いてきた。

 

 市民に紛れた木村の部下が、そっと彼らを確保していくが、一度火が付いた市民は止まらない。

 

「エルフは人間同士の戦争を目論んでるんじゃ?」

「大丈夫なのか? ユマ姫は!」

 

 そんな声が聞こえてくる。

 だが、そんな声も兵士が刑罰の内容を読み上げるまでだった。

 

「ユマ姫は鞭打ち刑に処す」

 

 宣言と同時、市民のざわめきは一層に大きくなった。

 貴族の、それも婦女子へ鞭打ち刑など前代未聞だ。鞭打ちは酷く跡が残る。貴族の女性としては処刑に等しい刑罰だからだ。

 

「嘘だろ?」

「ユマ姫に鞭打つってのかよ!」

 

 今まで静観していた市民も流石に酷いと声を上げ始める。

 

 コレこそが狙いだった。余りに酷い刑に処されれば、誰もこれ以上は言い辛い。鞭を撃たれた少女を前に、エルフの事を悪く言う事も憚られるだろう。

 そういう空気を作るべく、なるべく酷い罰を受けろと木村に言われたのだ。

 

 おまえがソコまでサディストだとは思わなかった。と言ってやったのだが、とち狂って敵の使者を撃ち殺したヤツが、何の罰も受けずに戦場に居たら恐いぞ。って言い返されてしまった。

 

 辱めを受け、鞭でも打たれて戦線に復帰するか、このまま大人しくスフィールで待機するか。

 どっちを選ぶと言うなら、俺はテムザン将軍をヌッ殺したい。

 

 ……いや、痛いのも恥ずかしいのも嫌だけどね。

 でも、回復魔法で跡も残らず治せるし、俺は痛みにも大分慣れた。

 今回は全面的に俺が悪いので、残念だけど我慢しよう。

 

 しかし、もう一つ問題が。

 ザワつく市民の声が響いた。

 

「しかし、誰が鞭を打つんだ? 相手はエルフとは言え王族なんだろ?」

 

 そう、鞭を打つには上位の者という決まりがある。

 子供なら親が、学生なら学長が、市民なら貴族が、貴族ならより位が高い者がその役目を担う。

 

 しかし、俺は他国の者とは言え、曲がりなりとも王族。お姫様である。

 だとすれば……

 

 ――プオオォォォー

 

 特徴的なラッパの音が鳴り、まさかと市民の顔が強張る。

 ビルダール王国民なら誰もが知るラッパの音。

 

 このラッパを鳴らして良い場面は三つだけ。

 

 建国記念日に国旗を掲揚するとき。

 王の親書を読み上げるとき。

 そして、王が登場するとき。

 

 この三つだけだ。今回は勿論、決まっていた。

 儀礼服を着た男が突然に現れて、高々と宣言する。

 

「四十二代目ビルダール王 ヨルミ・ラ・ガードナー様の御前である! 頭が高いぞ皆の者!」

 

 広場の皆が、揃ってその場に跪いた。

 そこへ着飾った女王ヨルミが進み出ると、皆が一斉に息を飲んだ。

 事あるごとに威厳が無いと悩んでいた女王であるが、王都から遠いスフィールで、王の看板は王都以上に強力であった。

 

「本物だ! 姿絵の通り」

「なんて美しいんだ。ユマ姫に見劣りしないぞ!」

 

 そして、木村の魔改造メイクを受けて、地味顔ヨルミちゃんは変貌を遂げていた。

 

 なにより、俺がやつれて痛々しい姿なので、輝くばかりに健康的な女王の美しさが一層映えると言うモノ。

 純白にレースがあしらわれた、前世の感覚で言うとウェディングドレスに近い姿。

 だが、手に持った(とう)の鞭だけが異彩を放っていた。

 

 そう、女王ヨルミちゃんに鞭を打たせようって魂胆である。

 女王が直接刑罰に処せば、誰もそれ以上は文句を言えない。女王の前に懺悔して従順な事を示せば、ユマ姫を不安視する声も一服するだろうという狙いもあった。

 

 手には籐の鞭。比較的安全で、シンガポールなどでは今でも刑罰に用いられるぐらいだと木村は言っていた。

 

 しかし、痛くない訳では無く、一回で気絶することも珍しくないらしい。

 まぁでも、俺は生きたまま燃やされたり、雷に打たれたり。酷い目に遭いまくっている。痛いだけで解決するなら楽な物だ。

 

 子供でも打たれる事もある籐の鞭。なんてことも無いだろう。早くやっちゃってよ……

 

 俺は退屈で興味も無く、反省してますって体で、悲しげな顔で俯いていた。すると、俺の顎を鞭の柄でクイッっと持ち上げヨルミちゃんが詰問する。

 

「どうして使者を殺した! 答えろ!」

「それは……言えません」

 

 殺した理由は牢屋で全て話した。だからコレは茶番である。

 

「何故だ!」

「どうしてもです」

 

 俺が突っぱねれば、女王も本当は鞭など打ちたく無いのだとばかり、苦しそうに歯を食いしばる。

 ……ヨルミちゃんも中々に演技派だ。伊達に王都ではステージに立っていない。

 

「では、もう二度とこのような事をしないと誓うか!」

「誓いません!!」

「このっ!」

 

 ――ピシャ!

 

 怒りの余り、鞭を振りかぶってがら空きの俺の背中へ振り下ろす。

 全部想定通りであった。

 

 しかし、想定と違ったのが一つだけ。

 

「!!!!!”#$%&☆〒」

 

 猛烈に、痛かった。

 覚悟していた痛みのその上を軽々と越えていった。

 目から火花が散る、全身の神経が麻痺してビクビクと震えた。視界は狭まり、ホワイトアウト。

 

 え? 焼かれるのと同じぐらい痛くない? アドレナリンが出ていないから?

 

「どうだ! 言う気になったか!

 ……だいじょぶ?」

 

 叫びながらも、小声で心配してくるヨルミちゃん。

 大丈夫と返そうにも、俺の口はパクパクと打ち上げられた魚みたいに何も紡げない。

 

「やばい……かな?」

 

 ヨルミちゃんはドン引きしている。事前の打ち合わせでは『鞭? そんなの楽勝っすわw 痛みには慣れてるんで』みたいな態度の俺がこの有様だ。心配するのも無理は無い。

 

 だけど、俺も流石にプライドがある。ギリリと歯を食いしばり、思い出す。

 『参照権』など使うまでも無い、妹の事、父の最期、そして優しかった母との思い出。

 

 殺してやる。

 

 ふぅー。

 アドレナリンが湧き出てくる。帝国の兵を皆殺しにしたい。それだけが望みだ。

 

 爛々と目に光が灯る。ココでダウンしては戦争に参加出来ない。

 

「何も!」気丈に言い放つ。「好きなだけ鞭を打ちなさい! 私は何度でも同じ事をする!」

 

「このっ!」ヨルミちゃんは激情に駆られ、鞭を振り上げる。「強情な!!」

 

 ――ピシャッ! ピシャッッ!

 

 二回、余りの痛みに背中が仰け反り、つま先が浮く。それでも気絶しないで耐えた。神経が痛みに支配されて全身の感覚が痺れる。

 体中から変な汗が染み出し、体の感覚がなくなる。

 それでも、意識は昂ぶり。目だけは爛々と輝いているのを自覚した。

 

「そんなモノですか? 寝てしまいそうです」

 

 そして、キッっと気丈にヨルミちゃんを睨みつける……予定通り。

 全て予定通りなのだが……ヨルミちゃんの表情はどうにも俺が思ってたのと違った。

 

「……そう、どうしても言わないというのね」

 

 薄く、笑っていた。その笑みは何というか、サディスティックであった。

 

 ……あの、ヨルミさん? なんだか楽しんでやしませんか?

 

「あなたがその気なら、コッチにも考えがあります」

 

 そう言って取り出したのは水牛の革で出来た鞭。

 メチャクチャに痛いヤツである。下手したら死ぬヤツね。

 

「…………」

 

 あの? ヨルミさん? いや確かに言いましたよ? どうせなら子供に振るう様な籐の鞭じゃなくて、革の鞭で打てばって。

 でも、今そういう流れじゃ無かったでしょ? 誰も求めて無いでしょ? ソレ。

 

 気になって市民を見ると、まさかと言う顔でドン引きしてるじゃないですか!

 ソレ引っ込めよ、ね。

 その鞭は難しくて、失敗すると自分を打っちゃうらしいよ? 危ないよ?

 

 ――ピッッッシャアァァァァァ!!

 

「!”#$%&&’!!!!!!!?*+!!」

 

 ッッ!! ぐるんと瞳が裏返る感触を確かに憶えている。

 途端に視界はホワイトアウト。

 

 その直後。

 

 ――ピッッッシャアァァァァァ!!

 

 二回目の鞭。

 いや、直後じゃないわ。完全に気絶してる所に二回目を打たれて、余りの痛みに意識を取り戻したんだわ。

 

「!”#$%&&’!」

 

 強烈な痛み。呼吸すらままならず、酸素を求めて口だけが魚みたいにパクパクするが、一向に酸素を取り込めない。

 

 コレ、耐えるとかそう言うのじゃ無いね。

 強制的に電源を落とされる感じ。ぶたれた時より、体に強烈な電気を流された時の感覚に近い。

 

「あっ、ぐ、げっ」

「どうです? 素直になりました?」

「ヒッ!」

 

 動けないハズの体が、鞭を見せられた瞬間にビクンと跳ねた。放心した精神の中で、他人事みたいに人体の神秘に驚く自分が居た。

 ここ二日、一滴も水を飲んでいないのに冷や汗が全身を濡らしていた。大粒の涙で視界はゆがみ、長い睫毛に乗った涙で目が重く感じる程。

 

「ハッ! ハッ! ハッ!」

 

 ようやく吸い込めた酸素を必死に取り込む。それも引き攣ってなかなか上手く行かない。心より先に体が恐怖に支配されていた。

 

「ねぇ、なんで使者を殺したの?」

 

 再び問い詰めるヨルミちゃん。顔は紅潮し、サディスティックな笑みを浮かべている。

 そう言うのは勘弁して貰いたい。もう、何もかも投げ出して、田舎でゆっくり暮らしたくなってきた。

 

 ……だけど。

 

 ヨルミちゃんが俺の眼前に手をかざす。

 

「ねぇ、どうして使者を。ミニエールを殺したの?」

 

 彼女の手には、母パルメの髪が、ミニエールが無邪気に付けていたカツラがあった。

 

 カッっと体に火が灯る。ヨルミちゃんのカツラを咥え、奪い取ると声高に叫んだ。

 

「母の形見に触るな!」

 

 指一本動かないはずの体。呼吸もままならないハズの体。

 だけど、良く通る声が出た。

 

 俺の声は鉄枷に忍ばせた拡声の魔道具で広場中に広がった。全ては狙い通りだ。

 

「形見?」ヨルミちゃんが眉根を寄せる。「どう言う事です? 説明なさい!」

 

 吊り上げられた俺は拘束を解かれ、ベシャリと地面に突っ伏した。

 そのまま、涙ながらに訴える。

 

 帝国の使者が母の髪で作ったカツラを付けていたこと、そして『ユマ姫の髪も結いたい』とテムザン将軍が言付けた事。

 

 広場はすっかり静まり返り、すすり泣く声が聞こえるほど。

 

「証拠など何もありません、だけどコレは確かに母の髪なのです」

 

 俺が涙ながらに訴えれば、ヨルミちゃんが堪らずといった風に俺を抱きしめた。

 

「ああ、どうしてユマ? どうして早くに教えてくれなかったの?」

「言っても、信じてはくれなかったでしょう?」

「信じる。信じるわ」

 

 お涙頂戴の寸劇だが、二人して舞台に立つこともあったので中々サマになってるはずだ。

 

 お互いに抱き合って、涙ながらに許し合う感動的な光景。俺が女王に忠誠を誓えば皆が安心するに違いないのだ。

 この世界、証拠なんぞ何の役にも立たない。こうやってごり押しするのが正解だと木村は言っていたが、その通りだろう。

 

 広場の空気を見る限り、狙い通りの大成功。俺は密かにほくそ笑む。

 しかし。

 

「!”#$%&!!!!」

 

 突然の激痛。俺は漏れそうな悲鳴を必死に堪えた。

 抱きしめるヨルミちゃんが、鞭で腫れた俺の背中を抓ったのだ。何事とヨルミちゃんを睨むと、陶然とした顔で俺を見ていた。

 

「ハァハァ、ユマちゃん可愛い。可愛すぎる。痛がるの可愛い、たまんない」

 

 ……駄目だ。サディストだ。

 痛めつけるなら他の人にお願い出来ませんか?

 

 あの……プラヴァスにリヨンさんってイケメンが居るんだけど……どう?


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