死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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なろうでは木村視点


★苛めたくなるお姫様

「ギエピー」

 

 俺はピンクの妖精みたいな悲鳴をあげて、海老反りに飛び起きた。

 

「?? ここは?」

 

 どうやら俺は、ベッドにうつ伏せに寝ていた様だった。

 既に広場ではないだろう。品が良い調度品と無骨な石壁のミスマッチ。ここは?

 

「スフィール城です」

 

 シノニムさんの声。振り向こうとした瞬間、捻った背中に激痛が走った。

 

「ふぎぃぃ!」

 

 今度は尻尾を踏まれた猫みたいな悲鳴が漏れた。俺は背中を斬り裂かれたような激痛にのたうち回る。

 いや、思い出したぞ! 実際に俺の背中は、凶悪な黒光りするぶっとい水牛の鞭に引き裂かれたのだ。

 だが、思い出すのが少しばかり遅かった。

 

 ――ベリリッッ

 

 何かが剥がれる凶悪な音が、俺の背中から聞こえたのだ。のたうち回る衝撃で、背中に張り付いた包帯が剥がれ落ちたのだと、後で解った。

 生々しい傷跡に癒着した包帯を引っぺがす痛み。正直、どうやって表現して良いかもわからない。

 

「カッ! ハッ」

 

 人間、本当に痛いときは悲鳴すら出ない。コレ豆な。

 呼吸もままならず、何とか酸素を取り込もうと口だけがパクパク動く。時折、酸素の取り込みに成功した喉から掠れた悲鳴が漏れるのみ。

 全身が痺れて、打ち上げられた魚の様に手足がピクピクと痙攣する。

 

「ヒッヒッヒッ、ハッハッハッ」

「いけない、ひきつけを起こしているわ」

 

 シャリアちゃんの声だ。木村の声もする。

 

「横向きに寝かせるんだ。舌を巻き込まない様に何かを噛ませよう」

「わ、わわ、わかりました」

 

 パニックになったシノニムさんの声は結構珍しい。そんな事をぼんやりした意識の中で思ったりした。

 

 

 で、次に起きたときは、口枷を咥えさせられ。両手両足をベッドに縛り付けられた惨めな姿になっていた。うつ伏せではあるが、解剖されるカエルを思い出す。

 

「ごめん、ごめんねぇ~」

 

 背後から聞こえて来たのはヨルミちゃんの声。

 ビルダールを統べる女王たる絶対権力者の彼女が、俺に平謝りしているようだ。

 

「フゥ~! フゥ~!!」

 

 だが許さん。許さんぞー! 俺に鞭を打ったのは他ならぬこの女王なのだ。

 俺は革製の口枷をギリリと噛みしめる。痛みの余り、汗が吹き出してダラダラと流れた。

 そんな俺に、スッと影が差す。脇に立ったのはシノニムさんだ。

 何をするつもりだ? その手には、柔らかな布。え? まさか?

 

「んぅ!? !”#$%&!!ングゥゥゥ!!」

 

 背中を拭かれた。ソレだけで、メチャクチャに痛い!! 口枷に邪魔されて、獣みたいな唸り声しか出なかった。

 ビクンと背中が仰け反るが、今度はのたうち回る事も出来ない。縛られた手足は俺を締め上げ、ベッドも軋んで悲鳴をあげていた。

 目がチカチカして、またも視界がホワイトアウト。

 

「ん~~!!」

 

 それでも口枷を噛みしめ、今度は必死に耐える。汗だくで目に涙を浮かべ、汁まみれの俺がキッと睨みつけた相手は、木村だ。

 コイツが変なアイデア出さなきゃこうはなってなかった。

 

 良く見ると、ズタボロの俺を見て、ゴクリと生唾を飲み込んでやがる。

 

 絶対に楽しんでるだろ! いい加減にしろ!

 客観的に自分を見れば、手足を縛られ、口枷まで噛まされた美少女が、鞭を打たれた背中を曝け出し、汗だくで痛みと闘っているのだ。

 更に言うと、部屋には俺の甘い体臭が充満している。

 自分で言うのもアレだが、かなりエロイんじゃないか? 木村め、コレが見たかっただけじゃあるまいな? 殺すぞ!

 ってか、鞭の傷って打たれた時よりも打たれた後の方が痛いらしい。

 そう言うの、後から言うの止めて貰って良いですか?

 

 まぁ、男の子だからね、気持ちは解るよ? ぶん殴るけど。

 そんな風に思っていた俺だったのだが、変な気持ちになっていたのは木村だけではなかった。

 

「う、うー、エロいよぅ。見てると変な気分になっちゃう。私ね、そのケは無いのよ? 本当よ? ヒステリーで侍女を鞭打つ貴婦人も居ると言うけど、そう言うの私は軽蔑してるのよ?」

 

 鞭を打った張本人、ヨルミ女王だった。爛々とした目で俺を見ながら、イヤイヤと言い訳を繰り返す。

 良く考えたら、鞭を打つのは木村の案だが、死にかねない水牛の鞭で打ちすえるのは、流石にヨルミ女王の暴走だ。

 背中の肉が裂け、肉がめくり上がるような傷は水牛の鞭が無ければココまで痛くなかっただろう。

 思い出したら、また痛みがぶり返してきた。

 

「んんんぅ~~!!!」

 

 革の口枷を食いしばり。ギュッと目を瞑って耐える。

 密かに自慢にしている長い睫毛が涙に濡れて、しんなりと力なく垂れ下がっていた。だが、俺の心まではしんなりしないぞ!

 

「う~~!!」

 

 奮い立たせるように唸り声をあげ、再び木村を睨む。

 そもそもコイツが変な事考えなければこんな目に遭わなかったのだ。

 人の事をサディストとか言っておきながら、お前だって鞭で打たれる女の子に興奮する変態じゃないか!

 

 ってか、良く見れば、ココに居る全員が苦しむ俺を見て、熱に浮かされた顔をしている。

 え? ヨルミちゃん? なんで腰の鞭に手を伸ばすの? なんでピシッと伸ばして俺の前に晒してくるの?

 

「ッッ!」

 

 怖くないと思っても、体は正直だった。ビクンと体が跳ね、涙が滲む。視界は歪み、顔からサッと血の気が引くのを感じた。歯の根が合わず、ガタガタと震える。

 

 そんな怯えるオレの様子を見て、ヨルミちゃんはニンマリと笑っているではないか!

 

 あ、遊ばれている!! く、悔しい。

 プライドが踏みにじられた俺は、余計に悔しいやら悲しいやらで、もう。精々笑って楽しめとヨルミちゃんを睨むのだが……

 当のヨルミちゃんは何故か頭を抱えて悶えていた。

 

「うぅ~、絶対におかしいのよ。どうしようもなく苛めたくなるの」

 

 ウンウンと木村が頷いている。シャリアちゃんなんて鼻血を出して部屋の隅でひっそりと昇天している。

 

 ……これ、俺が悪いの?

 

 良く考えると、俺は、俺なりに、俺にとって理想の女の子を追及してきた。

 前世でやっていたエロゲーを思い出す。ゲームを彩る美少女達を。

 

 うーん、ロクなエロゲーがない。女の子に酷い事するゲームばかりだ。どんな酷い目に遭っても挫けない女騎士とか、可憐さを失わないお姫様とか。

 なるほどな、そう言うのを参考にしてしまったか。虐め甲斐しかないぞ。

 

 いや、参った。許して。取り敢えず辛い。汗をかき過ぎた。喉渇いた。

 気持ちが伝わったのか、ションボリする俺に木村から助け船が出る。

 

「取り敢えず、口枷を外して下さい。脱水症状の恐れがあります」

「大丈夫でしょうか? 魔法で暴れませんか?」

 

 だと言うのに、要らない心配をする薄情なシノニムさん。

 

「大丈夫でしょう、首根っこを押さえておけば健康値で魔法は発動出来ません」

「承知しました」

 

 それで納得するのかよ! ってか俺の扱いが酷い! 木村め、噛み付いてやる!

 シノニムさんが口枷を外すや、俺は近づいてきた木村に牙を向ける。

 

「ヤシの実のジュースです」

 

 そんな俺の眼前に突きつけられた大麦のストロー。俺はキッと木村を睨むが、ジュースの誘惑に抗えない。

 悔しい、でも、な女騎士の気持ちを体感する事になろうとは。

 

 ――ズッーーー

 

 一心不乱に大麦の茎からジュースを吸い上げた。

 

「ハァハァハァ……」

 

 呼吸を忘れて一気にジュースを飲みきると、苦しい呼吸を整える。

 ふぅ、よぉし、良いか? 俺はひと言、木村に言わなきゃ気が済まない。

 

『んだよコレ! 痛てぇよ! 痛えんだよ!』

 

 俺は日本語で、木村に苦情を訴えた。

 

『仕方無いだろ? 鞭ってそういうモノだし。知らんかった?』

『知らねぇ! 回復魔法で治すから! どけって』

『ダメ、鞭で打たれた跡を兵士に見せなきゃ意味無いじゃん』

『え?』

 

 ん? え? うそ、治しちゃだめ?

 

『いつまで? いつまで我慢しなきゃ行けないんだよ!』

『そうだな、大体一週間ぐらいは痛いみたい』

『いっしゅうかん……』

 

 いや、嘘でしょ。んっ、ぶり返した痛みにシーツを噛みしめて耐える。

 そんな俺をあざ笑うかの様に、木村の軽い声が掛かった。

 

『痛みが引いても、今度は死ぬ程(かゆ)いらしいからガンバレ!』

『なっ!! そんなの! 戦争終わっちゃうじゃん!』

『んー? そうかなー?』

『クソッ!!』

 

 は、ハメられた!! コイツ、痛みで俺を封じ込めるつもりで、最初から!

 

『戦争出来ないなら! 鞭の打たれ損だろ!』

『そうでもないよ』

 

 木村が言うには、あのまま引っ込んだら戦況が悪化しても、好転しても、俺が殺される可能性は高いとか。

 確かに、敵の使者を殺して引っかき回すだけ引っかき回して、満足して引っ込んだ様にも見えてしまうか?

 

『まぁ取り敢えず、食うもん食って英気を養ってよ』

『またお前は! 食べ物で、誤魔化してぇ!』

『好きでしょ? カレー。食べない?』

『…………』

 

 カレーを出されると弱い。ひもじいお腹がキュぅと鳴いた。

 その様子に満足したのか(根っからのサディスト)木村が手を叩くと、知らないお姉さんがカレーの匂いがするカートを運んできた。

 独特の匂いに生唾を飲み込む。しかし、この匂いを知らない人間が居た。

 

「キィムラ子爵、ソレは?」

 

 恐る恐る、ヨルミちゃんが鍋を指差す。

 

「ええ、コレをユマ姫に食べて貰お……」

「ええっ!」

 

 大げさなリアクションでヨルミちゃんが後ずさる。

 

「そんな、汚物を!?」

 

 汚物じゃない! 知らない人がカレーを見た時の定番リアクション止めて! 茶番は良いから早く食べさせて!

 気持ちが伝わったのか、木村が俺の目の前にカレー皿を突き出してくるんだけど。

 アレ? あの? 両手が縛られたままなんですが?

 

「ご飯も用意してますよ~!」

 

 助けて、と木村を見れば、なんかご飯まで出て来た。

 

「ええっ! まさか? 茹でた蛆?」

 

 あの、ヨルミさん? いちいち食欲が失せる事言わないで。ちょっと細長い米だからマジでウジみたいに見えるから!

 ってか、違うだろ! 手を自由にしろ!

 

「食べるので、コレを外して頂けますか?」

「……食べる? まさか、食べるの?」

 

 ハァハァと息を荒くするヨルミちゃん。

 あの、うんこでもウジでも無いので! 普通においしいので。変な期待をしないで貰えます? SM好きからスカトロ好きまでの進化が早過ぎませんか?

 

「手の拘束を外すと暴れるので外しません、そのまま食べて下さい」

「ええっ?」

 

 ええっって驚いたのはヨルミちゃんだった。俺はもう(千年に一度のサディスト)木村が犬の様にカレーを貪る俺を期待してるのにうっすら気が付いていた。

 

「クッ!」

 

 悔しい、でも(本日二回目)カレーの魔力に抗えない!

 手足を縛られたままベッドの上、半泣きで皿に盛られたカレーへと直接口を付ける。

 

「まさか! そんな! 茹でた蛆に汚物を掛けたモノを犬みたいに食べさせるなんて! 酷すぎる! 酷すぎるよぉ!」

 

 酷すぎると言いながら、なんか興奮しているヨルミちゃんの声が響いていた。

 また一人、変態を作ってしまった気がする。

 今日のカレーは普段よりスパイスが利いていて、目に染みた。


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