死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

227 / 327
反撃

 翌日、晴れ渡った空の下であぜ道を駆ける騎馬の軍団がいた。ゼクトール率いる近衛兵達である。

 いや、もう近衛兵と言うべきではない。再編され、ユマ姫親衛隊と言うべき存在になっていた。

 ボルドー王子の近衛兵は遺跡でゼクトール以外の精鋭をゴッソリと失った。

 

 その穴を埋めるべく、第一王子カディナールの近衛だった騎士から、実力が確かでユマ姫に心酔する者を選抜し編入したのだ。

 

 その中から今回出動したのは僅かに五十。精鋭中の精鋭を選りすぐったので、数は余りにも少ない。

 しかし、その顔には余裕があった。繰り上がりで副長となったグリードなど、軽い調子で口を開く。

 

「ゼクトール隊長ぉ、奴らノコノコ現れますかね? ビビって逃げちまったんじゃ?」

「来ないなら来ないで構わんさ」

 

 ヤレヤレと思いながらもゼクトールは注意をしない。敢えて気の抜けた素振りで相手の油断を誘うのは、グリードの得意技。

 だが、グリードは本当に抜けた所もある。策に溺れて油断をしなければ良いのだが……。

 

「いや、いましたよ隊長。奴ら、好き放題荒らしてやがる」

「ほぅ」

 

 ゼクトールからは見えないがグリードは抜群に目が良い。振り返って皆に吠えた。

 

「行くぞ! 帝国の奴らにユマ姫の痛みを教えてやれ」

「おおぉー!」

 

 騎馬が一斉にあぜ道を下り、麦畑へと飛び込んだ。

 

「この時期の畑を荒らすのは心が痛みます」

「言うな、スフィールが占領されたらこんなモノでは済まんぞ」

 

 青々とした麦を踏みしめ騎馬が駆けていく。揃いのマントと馬衣を纏った一団はあっという間に距離を詰めた。

 敵は三人。良く見ると、松明を手に油壺まで持っている。

 

「奴ら! 麦を焼こうとしてやがる」

「向こうもこちらを誘い出すつもりだったか……どうやらお待たせしたようだ、タップリもてなしてやれ」

 

 親衛隊が吠え、駿馬の快速で一息に距離を詰める。

 しかし、敵も馬持ち。コチラを確認するなり、松明を捨て飛び乗った。しかも酷く軽装だ。

 彼らは騎士と言うより騎兵。馬も騎手も鎧を一切纏っていない。

 代わりに背中に担いでいるのはマスケット銃だった。

 

「アレが、竜騎兵」

「お手並み拝見と行こうじゃないか」

 

 親衛隊は溜めに溜めた鞭を入れ、ゼクトールを先頭に襲歩(ギャロップ)で駆けた。恐るべきスピードで竜騎兵を追撃する。

 

 竜騎兵。地球でも近世ヨーロッパにあった兵科だ。勿論、竜に乗っている訳じゃない。火器で武装した騎兵を指す。火を噴く竜になぞらえて名付けられた。

 

「チッ! やはり逃げるか」

 

 だが、彼らは銃での反撃を試みず。尻に帆を掛けゼクトール達から逃げる一方。これは聞いていた通りのやり口だった。

 

「来ました。ワラワラ集まって来やがった」

「構わん、このまま挽き潰せ!」

 

 どこからか、竜騎兵が続々と集結してくる。

 帝国竜騎兵のやり口は単純。散開して敵を挑発。接敵するや逃げに徹し、他の竜騎兵に撃ち抜いて貰うと言うモノ。

 もしも敵が追いかける目標を変えたら、今度は逃げる役と撃つ役を入れ替える。簡単に聞こえるが、有機的に役割を変えながらの戦術はかなりの練度を必要とする。

 

 銃撃は基本的に馬を停止した状態で行い、走りながらは撃たない。ソレが出来るのは死んだミニエール本人と、竜騎兵の中でも数える程しか居なかった。

 逃げながら追う相手を射撃するのはこの世界で最強の戦法になり得るが、銃が登場して数年。まだそこまでの練度を誇る兵は少ないのだ。

 それでも王国軍はゼスリード平原で散々にやり込められている。

 

 竜騎兵は尖兵としてこれ以上無いほどに活躍した。

 隊長だったミニエールの弔い合戦と、部隊の士気も異様なまでに高い。

 しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「撃てェェェェーーー」

 

 誘い出された間抜けに目掛け、待ち構えていた竜騎兵十五騎が一斉に銃弾を放つ。コレでも竜騎兵のごく一部、総員二百名が続々とゼクトールを取り囲む。

 一方で親衛隊は僅か五十。武器の特性、そして数の差。全く被害を出さずに撃退可能。

 

 彼らはそう信じていた。

 

「なんだと? 何故止まらん!?」

 

 呟きは竜騎兵の中でもベテランと知られる男のモノ。

 そう、ゼクトール達親衛隊は一切その歩みを止めなかった。

 

 何故か?

 

 その秘密は、彼らのマントと馬衣にあった。

 

 エルフの武器はアサルトライフル並の威力を誇る魔法の矢。だからこそ、弾丸の防御方法も長年研究されてきた。

 筆頭は防御用の結界魔法。しかし常に魔法を張り続けるのは難しい。そこで開発されたのが蜘蛛の魔獣の糸で作られた防弾チョッキだった。

 

 地球で防弾チョッキによく使われるのはアラミド繊維だが、その十倍の強度を誇るのが蜘蛛の糸だ。夢の繊維として現在競う様に開発されているが、魔獣素材の利用に長けたエルフは当然の様に実用化していた。

 だが、難点があった。高価な上に動けない程に厚くしない限り、アサルトライフル並の威力を持つ魔法の矢は防げない。

 余り実用的とは言えなかった。式典の緞帳などに仕込むのが精々。

 しかし、マスケット銃が相手なら薄いマントでも十分。しかも馬衣とマントですっぽり全身を覆っても、逃げる騎兵を追える程に軽い。

 

「クソッ奴ら! 止まらねぇ」

 

 ひたすらに追われ続けるハメになった竜騎兵の三人は焦った。貴重な銃すら投げ捨て、逃げに徹するが振り切れない。

 しかし、それでも希望を失ってはいなかった。

 

「必死こいて走らせろ! 走ってさえいれば絶対にやられねぇ!」

 

 そう、例えば2メートルの槍を持って敵を追いかけたとして、逃げる相手にその距離まで馬体を寄せるのは困難だ。

 通常、逃げる軽騎兵は無理に追わないのが戦場の鉄則である。しかし、竜騎兵は言わば全員が軽騎兵。そして無視出来ない火力まで持っている。そう言う意味で、極めて厄介な兵科と言える。

 

 だったらどうするか?

 

「グハァ!」

 

 三人の内、一人が突然、落馬する。

 

「なんだ? どうした? グッ!」

 

 残った一人も気になって後ろを振り向いてしまう。当然速度は緩まり、結果、良い的になった。

 放たれたのは小さな鉄球だった。頭に命中すれば兜も着けていない竜騎兵。堪らず落馬するしか無い。

 

「命中っと!」

 

 当てたのはグリード、親衛隊の副長だ。手に持っているのはいわゆるパチンコ。正しくはスリングショットだった。

 魔導車のタイヤにゴムが使われているのを見た木村が開発したものだ。なにせ馬上で弓や銃を扱うのは難しい。馬体に干渉するからだ。和弓の様に馬上で扱える弓も存在するが、恐るべき練度を要求されるのは言うまでも無い。

 そして、クロスボウは高価な上、馬を走らせながらの装填は難しい。

 その点、スリングショットなら馬上でも比較的簡単に扱えた。扱いも簡単で射程も10メートルは優にある。しかも軽くてかさばらない。

 騎士が相手では威力不足だが、軽騎兵が相手であれば刺さる兵器である。

 

「グハッ!」

 

 残る一人も程なく撃ち落とされた。機動力を重視した軽装が災いした格好だった。三人を始末した親衛隊は、他の竜騎兵も散々に追い回していく。

 

 ココまで圧倒的な勝負になった理由は武装の相性にある。

 竜騎兵のマスケット銃は馬上での取り回しを考えて、砲身を短く切ってある。威力は低く、単純な運動エネルギーに換算すると200ジュール前後。

 ソレでは防弾チョッキを着た親衛隊を傷つける術が無い。そして、竜騎兵は銃以外の武器を一切持っていなかった。

 今回、親衛隊は鎧を着ていない。防弾に特化したマントだけを羽織っている為、普通の騎士の突進なら親衛隊に大きなダメージを与えられただろう。

 

 そんな光景を遙か遠く、小高い丘から望遠鏡で観察している男がいた。

 竜騎兵は面白い兵科だが、コチラには()()()()()。対策は簡単と豪語した男だった。

 

「はえ~! エルフのアイテムつええええ!!!」

 

 木村である。お手製のサンドイッチなどパクつきながら呑気に戦況を見守っている。しかし横合いから手が伸びて、望遠鏡は取り上げられた。

 

「コレだけの装備があって、どうしてエルフは負けたのでしょう?」

 

 望遠鏡を覗きながら訊ねたのはシノニム。ユマ姫の看病はシャルティアに任せている。……少し不安だが仕方が無い。

 

「何より霧の悪魔(ギュルドス)ですね。エルフにだけ効く毒ガスみたいなモノですから。その上エルフは全く戦う覚悟がなかった」

「覚悟……」

 

 シノニムの脳裏に浮かぶのは、覚悟だけで生きているようなエルフの姫だった。

 

「今はエルフも本気ですよ。ですが、当時は酷く油断していたようです」

「……そうですか」

 

 言いながらも、シノニムは晴れない表情で俯いた。それがどうにも木村には気になった。

 

「どうしました?」

「いえ……エルフは人間を憎んでいるのでは……と」

 

 ユマ姫は帝国がエルフの都でどんな非道を働いたかを声高に語っている。民間人も構わず殺し、積み上げた死体を燃やしたと。

 大げさに言っているのかと思えば、田中まで何でもない様に言うのだ「アイツらはエルフを魔獣の生き餌にしてたぜ」と。

 だから怖くなる。エルフの優れた技術を見る度に、ソレがコチラの喉元を狙わないとは限らないのではと。

 

「そりゃ、憎んでいるでしょうね」

「そんな!」

 

 だからこそ、何でもない調子で語る木村に顔を蒼くした。

 

「でも、人間を憎んでいるのはエルフだけじゃない」

「? それは?」

「まずは魔女クロミーネ」木村は革袋からナッツを取り出し口の中に放り込む。バリバリと咀嚼しながら獰猛な顔で言った。「そして、古代人」

「え?」

 

 魔女はともかく、古代人とは? 腰が引けたシノニムを脅かす様に木村は歪んだ笑みを見せつける。

 

「彼らはエルフよりも、更に進んだ技術を持っていた。だけど滅んだ。そう思われていた。だけど違った。奴らは明らかに人間の敵だ」

「そんな!?」

 

 シノニムでも各地に朽ちた地下遺跡がある事は知っていた。だけどお伽噺の中の世界の様に思っていたのだ、その力でユマ姫の腕や目が治ったと聞かされても、ユマ姫の神秘性と併せて現実感がなかった。

 

「そうじゃなきゃ、人間よりも優れたエルフを帝国程度が落とせる訳が無い。ユマ姫の見立てでは霧の悪魔(ギュルドス)だって奴らのモノ。私も同意見です」

 

 それどころか、木村達はソルンと言う古代人らしき人物の姿を実際に目にしている。

 だが、あまり公にしていないのだ。敵は帝国。その話をブレさせたくなかった。

 

「スフィールに居たならシノニムさんも見たでしょう? 空が灼ける爆発を。別に適当に吹かしているんじゃないんです。アレは本当に、誇張無く、世界を一瞬で灼ける兵器だ」

「そんな……」

 

 常識的なシノニムは、自然現象みたいなモノをユマ姫の宣伝に使っているのだと思っていた。

 天変地異が起きたときに、権力者が何度となく使って来た手だ。

 だけど、違った。木村は一切嘘を言っていない。シノニムにだって、それぐらいは解るつもりだった。世界を丸ごと灼いてしまう兵器など、全く想像出来なかったから。

 

 だとすると、とても怖くなった。昨日も、今日も、明日もずっと同じように続くと思っていた。王国が勝とうが、帝国が勝とうが、人間は変わらず暮らしてきた。それが当たり前だと思っていた。

 何百年も続いてきた世界が突然に世界に現れた異物、ユマ姫、キィムラ子爵、黒衣の剣士タナカ、黒き魔女クロミーネ。彼らの登場で波間に浮かぶ小舟の様に不安定なモノに変わってしまっていた。

 青い顔でガクガクと震えるシノニムを見て、木村はユマ姫がシノニムに細かく事情を説明していない理由を悟った。

 オーズド伯の部下だからだと思っていたが違う。頭が良いだけに、世界の危機をリアルに認識出来てしまう。それは常識的な彼女にとって、物凄く負担となっていた。

 自らの失敗を悟った木村は殊更に明るく言った。

 

「まぁ、考え方を変えましょう」

「考え方を?」

「ええ、エルフが帝国と王国の潰し合いを望むなら、我々はエルフと古代人の潰し合いを望みましょう」

「そんな!」

「敵の敵は味方。この戦い、味方を信じられない方が負けます」

 

 木村が震えるシノニムの手から望遠鏡を取り返すと、丁度半壊した竜騎兵が逃げて行く所だった。

 望遠鏡を手渡しながら木村は語る。

 

「テムザン大将軍は優れた武将です。ユマ姫を挑発した手管はお見事。だけどそれだけ、所詮は前時代の遺物です。仕組みが理解出来て、人間でも作れる銃までしか信じられない」

 

 そう語る自信ありげな木村の顔。この戦いに負ける気が微塵も無いと物語っていた。

 どうして? と思うシノニムの耳にゴトゴトと鳴るタイヤの音。そして機械の駆動音が届いた。

 彼らの背後、丘の向こうから現れた()()の影で、丘の上は急に暗くなった。それほどに巨大な物体だった。

 シノニムはコレに似たものを見たことがある。

 

「コレは……魔導車?」

 

 しかし、以前見た姿とは異なる。もっと禍々しい姿をしていた。

 木村は「ん~?」と悩み、勿体ぶってから言った。

 

「敢えて言うなら『装甲車』ですね」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。