死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
「うっ、うぅ!」
俺はスフィール城のベッドで猿ぐつわを噛み締めていた。
鞭を撃たれた傷跡が、あまりにも痛いからだ。
いや、痛いだけならまだ耐えられるんだけど。籐の鞭の傷は、時たま猛烈に痒くなる。
すると、夜中、ウトウトと寝た際に、無意識の内に猛烈に掻きむしり、水牛の鞭で付けられた傷跡に触れてしまう。
するとまぁ、飛び起きるほどに痛くて目を覚ます。
眠る事も許されず、痛みと痒みで延々と苦しめられる。そんな地獄の無限ループに嵌まり込んでいた。
なのでここ数日、睡眠時には引っ掻かない様にと俺の四肢は縄でベッドに固定され、舌を噛まない様にと口には猿ぐつわが噛まされている。
早い話が、鞭を打たれた翌日から全然変わってないワケだけど、俺の為だからココまでは我慢は出来る。
「でも! コレはないでしょう!! 何の真似です?」
だけど、流石にもう目隠しされる理由は一切無いハズだ!
鞭の痛みにまんじりと寝れない夜を過ごしていたら、急に暗転した視界に、俺はパニックに陥った。
「シノニム? ヨルミちゃん? 何なの?」
助けを求めるも返事がない。そう言えば、今日は敵を押し返す策があるとかで、木村と連れ立ってシノニムさんはスフィールの外に出かけたままだ。
そういえば、ボルドー王子の近衛兵だったゼクトールさんが『ユマ姫親衛隊』とか言う謎の役職に就いたらしい。
親衛隊と言う割に、俺の大ピンチに現れる様子が無いのだが?
今日から彼らと木村で、帝国自慢の竜騎兵を一網打尽にする作戦らしい。
ナニそれ! 見たい! と身を乗り出そうとしたのだが、俺はベッドに縛られたまま放置された。
じゃあ、誰が俺のお世話をしているのか? 消去法で言えば明らかだろう。
「ふふっ、綺麗よ」
シャリアちゃんだった。俺は身の危険を感じてゾクリと背筋が震える。
この娘の場合、物理的に美味しく頂かれてしまう可能性があるから怖い。
「えっと、どうして?」
「だって、目隠しをした方が敏感になるって言うでしょう?」
いや?? 鞭が痛くて鈍感になりたいのだが???
「痒いけど、強く掻きむしると痛い。だったら優しく掻いてあげるわ」
そう言ってシャリアちゃんは、四肢を縛られ大の字に曝け出された俺の背中をゆっくりと、焦らす様に掻き始めた。
「んっ! ああん」
思わず声が漏れる。
ソレほどに気持ちが良い。
「視覚を塞ぐと、感度が高まるでしょう?」
確かに気持ちいいけど、俺をヨガらせる理由がなくない?
あぅ気持ちいい、もっと!
「ハァ、ハァ、切ないでしょう? もっと掻いて欲しい? ふふっ」
コイツ! 縛られて動けない俺を焦らして楽しむつもりだ!!
「んんんん~~!」
「ハァハァハァ、可愛い!」
シャリアちゃんは身もだえする俺を見て、存分にお楽しみ。
痛みと痒みに、全身から汗が噴き出す。
「ハァハァ、美味しい!」
で、背中に滴る汗を、ぺろぺろと舐めるのがシャリアちゃんです。
「んんっ!」
それがまた、なんていうか痒いのか気持ち良いのか良く解らん感じ。
駄目だこれ、こんな所に居たら頭がおかしくなって死ぬ!
俺は隙を見つけて魔法を使い、拘束を抜ける事に成功。
グライダーに飛び乗って、風を操り戦場へと舞い戻る。
上空から観察すると、装甲車がゼスリード平原へ至る山道をゴリゴリと攻略している所だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で、どうして来たのです?」
そんな貞操の危機? を乗り越えて駆けつけた俺に浴びせられたのは、木村の冷たいひと言だった。
「どうしてって?」キッと俺は木村を睨み付ける。「私が居なければ始まらないでしょう?」
俺あっての戦争だろうが? 違うか?
……どうやら違うみたいです。
俺の宣言に、木村は心底嫌そうな顔をした。
ココはドコか? 嬉し恥ずかし、俺が帝国の使者ミニエールの頭を撃ち抜いた懐かしの味方陣地である。
俺が鞭で打たれてからまだ三日。あっと言う間にココまで盛り返したと言う訳だ。
「姫様はろくにお休みになってません」
シノニムさんが木村へ囁く。言ってやって! 俺は寝ずに頑張ってコッチに来たんやぞ!
陣地にたどり着くや、俺はシノニムさんに事情を説明し助けを求めた。正直、眠いわ痛いわで、どうにもならないから、少しばかり休ませて貰った格好だ。
そんなギリギリで、それでも軍を支援したいと言う俺の献身。しかし、感動するどころか、総司令官であるオーズド伯まで俺にいい顔をしなかった。
「ココは我らに任せて城に帰って貰うわけには行きませんか?」
ダンディーな顔で穏やかに、言い含める様に語りかけてくる。
しかし、そんな言葉で誤魔化される俺じゃない。
「本格的な開戦を前に、皆に私の不手際をお詫びしたいと思って参りました。それだけです」
自分の言葉で説明し、皆に解って欲しい。そんな少女の言葉を無視するとか、ありえませんよね?
ここからが本当の勝負。ココまでは水に流してノーカンって事でひとつヨロシク。
しかし、木村が割って入った。
「姫様がおらずとも心配は無用です。こちら側の準備が整った以上、奴らの好きにはさせません。ココまでの流れ、全て私の思惑の通り進んでいますから」
「思惑通り?」
いや、俺が使者をぶっ殺すのまで思惑通りってか? ンな訳あるか! エスパーか?
疑わしい目を向けるとどうやら、スフィールまで引くのが作戦通りなんだとか。
山道で遅滞戦術を行うのも、スフィールの前まで引くのも全ては予定通り。唯一の誤算は、ひと当てもせずにただ逃げるのは体面が悪いからと軽く戦うだけの予定が、俺の暴走で混乱したことにより、想定以上にボコボコにされてしまったとかなんとか。
つまり、押し込まれる事も含めて、ココまで想定内とか吹かしおる。
じゃあ何か? 俺が空回ってただけ? 反省し損的なアレか?
俺が頭を抱えていると、オーズド伯はにこやかに俺を追い返そうとする。
「では、翌朝、皆の前で謝罪をして頂き、それから帰城して頂きます。良いですね?」
帰るか! あんな所に居たら、体中ペロペロなめ回されるだろうが!
と、言ってしまえば、すぐさま摘まみ出されそう。
「ええ、もちろんです」
ニッコリ笑って誤魔化せば、オーズド伯は露骨に胸をなで下ろしてみせる。
……なんて言うか、俺ってメチャクチャに邪魔者扱いされてない? こちとら姫だぞ?
しかし、明日の俺の姿を見れば、誰も俺を追い返そうとはしなくなるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、例によってロクに眠れず、朝も早くから俺は陣内を練り歩いていた。
さて、今日のユマ姫のファッションは? 例によって肩丸出しのドレス姿、しかし今度は肩どころか他の露出度もアップしている。
タイツは破れて痛々しく、ミニスカートは千切れ、大きく入ったスリットからは、ガーターベルトを覗かせている。
更に更に、黒い目隠しに口枷まで装備。おまけに両手は荒縄で縛って、トドメは犬の首輪だ!!
首輪は鎖に繋がれ、モブっぽい兵士を捕まえて引っ張らせている念の入れよう。
今回、再現に拘らせて頂いた。必死に取り縋って止めようとするシノニムさんを脅して、縛り付けてでも、この格好を強行するほどに俺の思い入れは強い。
何故かって? コレは俺が夢にまで見た……違うな、エロゲーで見た、由緒正しきお姫様陵辱スタイルである。
まだ幼さの残る少女が、ボロボロの姿で陣内を引き回されている。
コレだけでも胸を掻きむしりたくなるほどにエグい光景だが、破れたドレスから覗く背中には痛々しい鞭の跡。痩せ細った体にフラつく足取り。
こんな俺の姿を見れば、兵士達の気持ちはひとつだ。
「なんと、無体な!」
「何を考えているのだ! 上の連中は!」
ん? 野獣の様なギラギラとした目で見られると思ったら、ちょっと違う。
真っ正面から同情されてしまった。まぁコレはコレで……。
そうして辿り付いた陣のど真ん中。皆の前で跪き、口枷を外してさめざめと泣いてみせる。
「皆さん……申し訳ありません……私の軽挙で、多くの人命を失ってしまいました」
で、どうよ? 俺の事をみんなして犯すとか? そこまでエロゲー化しないよね?
姫様をここまで追い詰めた帝国、許すまじ! って燃え上がって欲しいんだけど?
「そんな! 姫の所為ではありません! 許せないのは帝国の鬼畜よ」
「元々こんな端っこで陣を張るのが悪かったんだ」
なんか、思った以上に事情が知れ渡っているみたいだな。同情の声が強い。
「我らが弱かったのが原因。姫様のせいで負けたと言われるのはむしろ心外ですな」
そうだぞ! もっとちゃんと戦え! そしてお前は武人風の喋りで誤魔化すな。
しかし、全員が全員、俺に同情的な訳では無い。
「どうして武器も持たない使者を殺した!」
「卑怯だぞ!!」
そうそう、こう言うのを待っていたんだ。
可哀想な俺の顔面に、潰れた野菜が投げつけられて、更に無惨な姿に変わった。
……まぁ、仕込みなんだけどさ。
待ってましたと俺は涙ながらに訴える。我ながら演技派。
「それは……使者がつけていた、このカツラが原因なのです」
ぽつりぽつり語ってみせる母の思い出、はらりはらりと泣いてみせる薄幸の美少女。
コレで燃えない男なんて居ないわな。
場の空気がドンドンと帝国への怒りに支配されてくる。いいぞいいぞ♪
「殺せ! 帝国を!」
「全員血祭りにしてやる!」
「命燃え尽きるまで徹底的にやってやる!」
はい、皆で突っ込んで、ぐっちゃんぐっちゃん、血みどろの殺し合いをしようじゃないか♪
背中の痛みも、痒みも! 復讐も、恐怖も!
その時だけは全部忘れられるんだ。
殺して、殺されて、ソレだけで、他に、ナニも、要らない!
「皆の覚悟、しかと受け止めました。私も命懸けで戦いを見守る覚悟です」
そこで俺は目隠しを外し、集まった皆の顔を一人一人確認する。
言ったな? 言ったな? 言ったな?
命を賭けると。俺の為に死ぬまで戦うと。嘘じゃないな? 嘘でも取り消させないぞ。
死ぬまで、いや、死んでも回復魔法で治してやる。
千切れ飛んで肉塊に変わるまで、ソレまで戦い続けろ。俺の為に、帝国を滅ぼすために、俺と一緒に、寝ないで、食べないで、小さくなって消えるまで、それまで戦い続けろ!
俺がギラギラと周りを見回すと、千の兵士が揃って後ずさる。
コイツら、根性ないな。
姫と一緒に死にますって奴はおらんのか? もっとこう、亡国のお姫様を命懸けで守ろうって勇士が続々と集まるシーンじゃないの?
なんか、ココでも邪魔者扱いじゃない? 静まり返った変な空気になってしまう。
そんな雰囲気を切り裂いたのが、澄んだ女性の鶴の一声だ。
「よくぞ言いました。あなたも死んだ兵達の苦しみを知るべきでしょう」
ヨルミちゃんだった。え? なんで? ナンデここに?
ここは危険渦巻く最前線。まさかの女王の登場に、陣内は大きくざわめいた。
なんか、良く見ると今日は庶民的な姿である、町娘の様な質素なワンピース。露骨にお忍びですって感じである。
だけど化粧はバッチリで、ちょっとキツメの……女王様スタイル?
ヨルミちゃんは笑顔でコチラににじり寄って来る。
「あなたは、その覚悟を兵達に見せるべきです。いいですね?」
そう言って、ヨルミちゃんが取り出したのは、……鞭だった。
「え? あ、……え?」
うそ、ウソ、嘘、え? まさか? エロゲーでもソコまでやらんよ? まだ前回の鞭の傷跡が癒えてないんだよ?
絶望に足の力が抜けて、その場にぺたんと尻もちをついた。カチカチと奥歯が鳴って、サッと顔から血の気が引いていく。
「いいですね?」
ダメ押しに、ヨルミちゃんが鞭を掲げて微笑む。
え、嫌だ! 俺はもう鞭の痛みを知ってしまった。知らなかった時の、好きに鞭打てと強気に笑ったときとは違う。
だけど、だけど、俺はアレだけ覚悟を迫った。ココで駄目と言ったらもう二度と兵士達は俺の言う事を聞かないかも知れない。
少なくとも俺なら期待する。憧れのお姫様が、目の前で鞭に打たれて泣く姿。
痛いからと逃げ出して、ソレで兵士が俺の為に死んでくれるだろうか?
見回すと、コチラを見つめる兵士の瞳が俺の痴態を期待して、ギラギラと輝いている様に見えて仕方が無かった。
うぐぐっ、俺は歯を食いしばり、高らかに宣言する。
「ええ、か、覚悟を見せましょう!」
強気に言い放ったつもりが、やや上ずった声になり語尾はか細く消えてしまった。
いや、語尾が消えたと言うよりは、言うなりヨルミちゃんの鞭で打ちすえられたのだ。
――ピッッッシャアァァァァァ!!
「!”#$%&&’!!!!!!!?*+!!」
悲鳴も出ず、パクパクと口だけが酸素を求めて動くが、痛みで痙攣して呼吸もままならない。
打たれたのは籐の鞭だが、水牛の鞭の深い傷口を抉る一撃は、最初に鞭を撃たれたときの何倍も痛かった。
目の前に火花が散り、視界が激しく明滅する。
後から聞いた話だが、俺は鞭を一回打たれる度に、何十回もビクンビクンと背を仰け反らせて痙攣し、その数だけ失神と気絶を繰り返して、か細い悲鳴をあげ続けたらしい。
幾度となく明滅した視界は、その数だけ気絶したと言う事だろう。
で、その鞭をタップリと十発以上は打たれたらしい。
その度に何十回も痙攣し、手足はピーンと電気を流されたカエルみたいに突っ張って、惨めな姿を晒したようだ。
たった数時間で、俺は百回以上、気絶と、痛みによる強制的な覚醒を繰り返したワケだ。
普通は死ぬんじゃ無いかな?
さしもの俺も、その日はPTSDになって、部屋の隅でガチガチと泣きながら「あー」とか「うー」とか言えない精神状態に追い込まれる事となる。
まぁ、それは数日で治った訳だけど、その後も鞭を見るだけで、エヘヘと媚びへつらった作り笑いを浮かべる様になってしまった。
そして、その媚びた笑顔が嗜虐心を煽ると、更にヨルミちゃんに鞭打たれる事となるのだが。
俺が何しても嗜虐心が刺激されてるじゃねーかと文句を言いたいね。