死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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ユマ姫視点にしようにも、気絶してるから無理だった感。


在庫処分

 ヨルミ女王の活躍により、ユマ姫の暴走を未然に防ぐことに成功した我々は、作戦本部となったログハウスで朝食をとることとなった。

 メンバーはいつもの通り、キィムラ商会の商会長である俺と、総司令のオーズド伯。

 そこに当たり前の顔で現れたのがヨルミ女王だった。俺は頭を抱える。

 

「あの?」

「お気になさらず、今は一介の侍女ですから」

 

 一介の侍女は、司令部でメシを食わないんですが?

 言ってやって下さいよと作戦総指揮であるオーズド伯にアイコンタクトを試みるも、スイッっと目線を外されてしまう。

 ぐぬぬ、ヨルミちゃんにはユマ姫の暴発を止めるために、大急ぎで前線まで来て貰っただけに強くは言えない。

 覚悟を決めたのはオーズド伯だった。

 

「女王、いえ、ヨルミさん。ここは戦場だ。危険なのは勿論、食事だって固いパンや渇いた保存食ばかり。司令官である私すら兵士と同じ物を口にする習わしです。長居しても楽しい場所ではありません」

「私も戦場の食事が美味しいなどとは思っていません。だからこそ戦場の現実を知っておくべきだと考えました」

「そうでしたか。このオーズド、お見逸れいたしました」

「いいのです」

「…………」

 

 マズイ、コレは良くない流れだぞ! 嫌な予感に冷や汗が止まらない。なにしろ今まではどうか知らないが、今日からの食事はウチの商会で用意した物だからだ。

 しかし、無情にも本物の侍女達が俺達の分の食事を給仕してくる。

 まずは平皿に注がれたスープ。

 

「ほう! これは!」

「温かいモノが出るのですね……」

「え、ええ、戦場とは言え湯を沸かすぐらいは可能です……しかし」

 

 オーズド伯はジッとコチラを見てくる。逃げられそうにはなかった。

 

「私の商会で作っている乾燥スープの素を入れています、タップリの豆と乾燥した野菜も入っていて栄養豊富になっています」

「ほぅ! ソレでこの滋味溢れる味わいか」

「美味しい!」

 

 とても好評だ。しかし、参ったぞ……と、次々料理が運ばれてくる。

 

「ぬ、柔らかいぞ! 焼き締めたパンじゃないのか?」

「実は、ダッチオーブン、あー何というか、鉄の鍋でパンを焼いていまして」

「あの……このお肉、異常に美味しいんですけど……」

「コンビーフですね、香味野菜と炒めてあります」

「まさか!? 目玉焼きだと!」

「卵は案外日持ちするのです。ああ、私の商会では養鶏場を経営していまして……」

 

 この戦場メシは俺の商会のテスト販売も兼ねている。マズイモノなど一切出す気はないし、何より俺がマズイメシなど食いたくないのだ。

 しかし、滑らかに回る俺の舌もココまでだった。

 俯いたヨルミちゃんが感情の籠もらぬ声を出す。

 

「あの、キィムラさん?」

「何でしょう、()()のヨルミさん?」

「コレ……私が普段食べてるものより、ずっと美味しいんですけど????」

 

 ……コレは、痛い所を突かれてしまったな。

 

「残念ながら、私は侍女のヨルミさんが普段どんなものを食べているか存じ上げないので」

「来たでしょ? 一緒に! ココまで! 同じ車に乗って!」

「はて? 侍女ヨルミ……そんな者が居たかどうか」

「ふッざけんな!」

 

 ヨルミ女王が、キレた。

 口元にコンビーフを付けたままの姿で、目を吊り上げて俺に掴み掛かってくる。

 

「旅の間、私だけ別に食事してたけど、皆はこんな美味しいモノ食べてたのぉ?」

「そうですね、殆どこんな感じのメニューでしたね」

「味がしないパンとか、乾物ばかり食べさせられて飽き飽きしてたのにぃ!」

「いえ、女王の食事は皆よりずっと手が込んでるんですよ。あの……王の食事は色々と規定がございますので……」

 

 そうなのだ、アレは毒とかコレはダメとか。良く解らない謎ルールが多いのだ。

 第二王子はガン無視してプリンとか食ってた気がするけど、あんな生菓子はもっての外で、使って良いのは火がみっちり入ったリスト上の許された食材のみ。その上、毒味をしている間に冷えてしまう。

 俺の商会の新しい食材とかはダメだし、肉も徹底的に加熱したり茹でるのでうま味が抜けてしまう。

 コンビーフなんてガッチリ加熱してるから良さそうだけど、今度は調理法とかが特殊だとNGを食らってしまった。

 

「おかしいでしょ、なんで王が兵士よりマズイ物食べさせられてるの!」

 

 ヨルミちゃんが激昂するが、ひとつ勘違いしている。俺が行った食料革命はずっと昔に始まっているのだ。

 

「王都の市民も同じか、もっと良い物を食べてますが?」

「ふぎゃー!」

 

 猫の様に毛を逆立てて威嚇してくるが……仕方無くない?

 

「いや、しかし、王としての責務、しきたりでして」

「関係無いッ! 私だってユマ姫みたいにエルフのお菓子を毎日食べたい!」

「え?」

 

 エルフのお菓子って、なんだ?

 

「あの、黄色くて甘い、プリンって言うヤツ!」

 

 ああ~! ユマ姫絡みのパーティでしか出してないから、そう思ってたのかぁ。

 

「あれは私の商会で作ったお菓子ですが?」

「嘘ッ!? じゃあ、アレをみんな普通に食べてるの?」

「流石に普通に、では……かなり高い物なので」

 

 具体的に言うと、ちょっと奮発したディナーぐらい。現代人で言うと一個五千円ぐらいの感覚だ。勿論、王都の中流以上の市民の感覚なので、物々交換が主体の農家だと一週間の食費とかになっちゃうけど。

 ……それでも、王族なら余裕で毎日食べられる金額だ。たとえ緊縮財政だと言ってもね。

 

「なんで? じゃあ、あの高級料理って言ってたラーメンってヤツは?」

「高級?」

 

 思わず首を捻ってしまった。

 そう言えば、婚約披露宴が終わった後の食事会では、新しい料理として食べて貰ったんだった。

 クセのある豚骨スープをコチラの人の口にあう様に臭みを抜いて、味を洗練させるのに苦労したんだよなー。

 

「ラーメンは既に大衆食として、貴族から肉体労働者まで、幅広く食べられていますが?」

「なぁぁぁ!」

 

 余りにショックだったのかヨルミちゃんはプルプルと震えている。

 正直、これは解っていた。

 王様の専属料理人が作る料理を観察して、ヨルミ女王あんまり良い物食べさせて貰って無いなって、薄々じゃなくてハッキリ認識していた。

 でも、俺の肝いりの食材が全部使えないし、変に首を突っ込んでも王族専用の料理人と波風を立てるだけなので、放置していたのだ。

 

 そもそも、ヨルミちゃんはあんまり食べ物に拘らないタイプだ。だからまぁ良いかなって。だけどアレだよな、食べ物に拘らないタイプだろうが、流石にコレだけ差があると気が付いちゃうよな。

 旅の間はコッチの食事を見られない様に注意していたけど、ココに来てバレてしまった。

 ヨルミ女王はお怒りだ。

 

「なんで? 王なのよ? 私、王様なのよ? なのに! なんで? みんなよりマズイ物食べさせられてるの?」

 

 激昂した女王の問いかけに、俺は神妙な面持ちで弁明する。

 

「いえ、ヨルミ女王、誤解です。そうではありません」

「じゃあ、なに?」

 

 詰め寄る女王。だが、勘違いをしている。王様の食事は手抜きではない。ずっと手が込んでいるのだ。ただし、無駄な努力でうま味が抜ける方向に。

 なんでそんな進化を遂げたかと言うと、あくまで予想になるが、連日パーティー漬けだった歴代の王様達は、きっと糖尿病になったのだ。

 で、寿命をすり減らす王族をどうにか長生きさせるため、普段の食事向けとして、塩分と油分を徹底的に抜く料理が開発され、ソレだけを食べる様に徹底された。

 それも、うま味の概念も無い世界で、だ。味なんてどうなるか推して知るべし。

 

 ヨルミちゃんは日々、そんなモノを食べさせられているってワケだ。

 

 だから、市民よりもマズイ物を食べていると言う表現は全く正しくない。

 

「市民どころか、犬よりマズイ物を食べさせられてますよ」

「殺す! 殺してやる!」

 

 ヨルミ女王、キレる。

 

 マジギレである。なんか、鞭とか持ってる。

 

「いや、女王。落ち着いて下さい」

「犬以下のモノを食べさせられてるって言われて落ち着けるかぁ!」

 

 一理ある。だが、ソレを言ったのは俺では無い。

 

「ヨルミ女王、落ち着いて下さい。食事に関して悲しい思いをしているのは女王だけではないのです、もっと悲しい思いをしている者も居るのです」

「なんのハナシ?」

 

 目が血走ってらっしゃる。

 

「一番の被害者は、王の毒味役に選ばれた女性です。彼女は王の食事を食べられるのだと大変楽しみにしていたらしいのですが……」

「マズかったって?」

「ウチの犬の方が良い物食べてるって絶望してましたよ」

「絶望してるのはコッチだぁー」

 

 鞭を手にヨルミ女王が暴れ始めた。もう、まるで手が付けられない。

 すったもんだの末に、無理矢理に拘束して馬車に放り込んだ。大変な無礼だが、今は侍女だからセーフ。そのままスフィールに送還してもらった。

 

 暴れる女王を取り押さえる際、ケツに一発、鞭を貰ってしまったが全く嬉しくない。

 革の分厚いパンツの上からでも腫れ上がる程に痛くて、肌を直接打たれたユマ姫の痛さはどれほどなのかと考えてしまった。

 

 今は陣内でダウンしているが、ちょっとだけ優しくしようと俺は誓ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 朝食後、ゼスリード平原で始まった戦争は意外や意外、この世界的では真っ当な、俺に言わせれば前時代的なモノだった。

 

 いわゆる、騎兵同士のぶつかり合いだ。

 

 望遠鏡を覗く先では、豪華な鎧に身を包んだ騎士達がチャンチャンバラバラ斬り合っている。

 

「どう思います?」

 

 装甲車に乗った俺は、隣に座る男へ訊ねた。

 

「在庫処分だろうな」

 

 オーズド伯である。今日は彼も装甲車に乗り込んでいた。

 

「ですよね……」

 

 見物としては上等だが、それ以上にはなり得ない。

 

 騎士というのは身分が高い。そんな彼らに『騎士なんて時代遅れッスよ』って説明しても納得するハズが無い。コッチもそうだが、向こうにだって急に変わった世界に適応出来ない者が大勢居たと言う事か。

 コチラの騎士を圧倒する程の数と練度を誇る帝国騎士達が、ゼスリード平原であらぶっていた。

 

「彼らはロアンヌの騎士だ」

「ああ、それで」

 

 合点がいった。ユマ姫がド(たま)を撃ち抜いた女騎士ミニエールの故郷だ。怒り狂うのも無理はない。

 狂った様な敵の戦意に、コチラの騎士は押し込まれている。

 

「もう良いだろう。コチラの在庫処分も済んだ」オーズドは角笛を吹く。「滑稽に思うであろうが、コイツじゃないと従わんのだ」

「心中お察しします」

 

 この平原、角笛など無くても命令は伝わる。エルフの拡声器は大変に高性能だからだ。魔道具を使うことに抵抗のないオーズド伯にしてみれば苛立たしいのだろう。

 しかし、ふと思い出す。魔道具に頼りすぎるのも危険だ。

 

「ですが、昔のやり方を全て捨ててしまう事はありません。敵は霧の悪魔(ギュルドス)を使います」

 

 魔道具は霧の悪魔(ギュルドス)の前に無力。俺がそれを伝えるとオーズドは歯噛みした。

 

「……そうか、クソッ! 敵に戦場を変えられるのは厄介だな」

「そうは言っても、既に霧の悪魔(ギュルドス)は貴重品。そして、テムザン将軍は正体不明の道具には頼らないでしょう」

「しかし銃は使う。やはり、銃は古代の遺物やエルフの魔道具では無いのだな?」

「ええ、現に魔石を使わないでしょう? それにエルフの助けがなくても銃は作れる。私の商会でも生産に入っています」

「うむ……」

 

 オーズド伯は不安げに顎を摘まむ。伯にしてみれば、突然に発展した技術の切り分けが出来ないだろう。

 エルフ、古代人、そして俺達異世界の技術。何百年も安定した世界が、突然三つの異文化に浸食されているのだ。

 一目でそれらを識別出来るのは、ひょっとしたら全てに詳しいユマ姫だけかも知れない。

 

 そして、どう転んでも結局、騎士の活躍する時代には戻らない。

 

「撃てぇ!」

 

 オーズドが拡声器で号令を出せば、俺の商会のマスケット銃が一斉に火を噴いた。

 味方を追撃してきた敵の騎士がバタバタと倒れる。火薬に驚いた馬が暴れ、敵だけじゃなく、味方の騎士まで次々と落馬した。

 しかし、悲劇はソレに止まらない。

 

 ――ドォォォォン!

 

 トドメとばかり、戦場に響いたのは火薬のもたらす重低音。

 巨大パチンコみたいな昔ながらの投石機で、巨大な爆弾を敵陣に投げ込んだのだ。強烈な音と衝撃で騎士達が次々と落馬する。モクモクと立ちこめる硝煙が、遠くコチラまで漂ってきた。

 鼻につく火薬の匂い。平原にぽっかり大穴が空いてしまった。

 あまりにあまりな光景に、オーズド伯は拡声器を取り落とし、馬車の中で腰を抜かしてしまう。

 

「なんだ? アレは」

「私が用意した爆弾です。火薬を丸めてそのまま投げ込んだのです」

「火薬は貴重なのでは?」

「最近、大量生産にメドがたちまして」

「……恐ろしいな。それこそ魔法と見分けが付かない」

 

 そうだよな……、しかし古代技術や魔法はこれ以上に危険だ。

 

「ですが、使わなければ負ける。これ以上に厄介な兵器が次々出てくるでしょう」

 

 俺がそう言うと、オーズド伯は頭痛が止まらないと頭を押さえた。

 

「嫌な時代だ。ネルダリア領だって自慢の騎士団が居たのだが」

 

 ダンディなおじ様といった風情のオーズド伯の横顔は、少し寂しそうにも見えた。リアリストで知られる彼ですら、この変化を受け入れられてはいないのだ。

 

 ならば、幾ら名将と呼ばれようと七十過ぎのテムザン大将軍が世界の変化について行けるハズが無い。

 古代人や魔女、エルフの不思議な力さえ無ければ負ける事はあり得ない。


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